息が上がっていた。
全身が心臓かのように鼓動が伝わっていく。シンジ・イカリは、もうとにかくがむしゃらに走っていた。
人波を掻き分けて、とにかく遠くへ。だが、途中である重要なことを思い出した。
馬のことである。彼は愛馬を放り出したままで走っていた。
(ダメだよ、あれは母さんが仔馬の頃から育ててた大切な馬なんだから。
見捨てたりしたら・・・ 大変なことになる!)
彼にとって銃士よりも何よりも母親の怒りの方が恐怖の対象であった。踵を返して、彼は馬の元に戻ることにした。
「頼むよぉ、アンタ。馬預けられてもねぇ・・・」
大柄なおばさんが、困り顔でシンジに言う。
「・・・すみませんでした」
力無く頭をおろして、彼は馬の手綱を引いて歩いて行く。背中が小さく見えるのは、彼の背負い込んでしまった厄介事が、あまりにも大きすぎたからかもしれない。
馬が無事に戻った安心感は、ほんの刹那でしかなく再び近づいてきた『死への恐怖』にただただシンジは心を重くしていた。
「逃げちゃだめなのかな?逃げていいよね・・・。逃げなきゃ死ぬんだから・・・」
誰への言い訳かも判断できないような呟きを残して、華奢な躰をひらりと馬に乗せ、彼はまた走り出した。
エヴァ三銃士
第三章 「第一歩は、小さく」
ネルフ王国の王城、謁見の間。豪華な装飾をふんだんに施されたその部屋には、ネルフ王国を中心においた世界地図が掲げられている。
旅装束的な身軽な服から、ブルーのドレスに着替えたレイ王妃が、その地図を見つめていた。
(ネルフがここ・・・その隣・・・ここがリリス・・・私の故郷)
「ここに居られましたか、レイ王妃」
彼女はゆっくりと声の方を向いた。
「・・・キール枢機卿・・・」
齢60にとどこうかというキール・ローレンツ枢機卿は、皺の寄った顔で笑いさらに皺を増やした。
「お寂しゅうございますかな?リリスの悲しみはネルフの喜び。私もお父上も両国の利益になると思い婚礼を進めましたが、王妃自身は気乗りされておらぬようですな」
自然と差し出された右手の甲に唇を触れさせる。敬意を込めた挨拶であるが、どうもキールの目線はいやらしい。
「いえ、そうではありません。陛下は華燭の典以来、あまり口を聞いて下さりません。陛下こそ」
「照れておられるのでしょう。ご心配はありません」
レイの言葉を遮るように、キールは言った。その瞬間、彼の目つきが鋭くなったのを、レイは見逃さなかった。
「キール枢機卿」
大股で、その場に姿をあらわしたのは、国王、カヲル・ナギサ十三世である。
「これは陛下。いかがなされました」
そうキールは彼に告げたが、彼はレイに気を取られていた。
「レイ・・・こ、ここにいたのかい?」
彼は頭を引いて、彼女を見た。
(・・・やっぱり・・・)「席を外しましょうか?」
「いや、いてくれ。・・・枢機卿、銃士隊を解散させたようだね?」
「何か不都合でも?」
カヲルは声を荒立てる。
「彼ら銃士隊はボクの友人だ。彼らにはボクから理由を説明したかった。勝手なことをしないでもらいたいね、国王はボクなのだから」
軽く舌打ちして、キールは頭を下げる。
「これは・・・失礼いたしました。・・・私めはこれで」
マントを翻すと、 苦虫を噛み潰したような顔を隠し謁見の間から逃げた。
その姿を確認すると軽く息を吐いて、彼も謁見の間を去る。
その場に残されたレイ。カヲルがいた場所で視線を止めたまま、彼女はこう思った。
(ああいう凛々しいところもあるのね)
「いまいましい若造めが!」
螺旋階段を早足で下りながら、キールは吐き捨てる。鋭く前方をにらみつけていた。
「しかしながら、所詮は世間知らずの小僧であります。枢機卿の助力なしでは」
「その小僧がいっぱしの男に成長しつつあるのだ!」
足を止めて、後方を随伴していいたシャノン・サキエルにその鋭い視線を向けるキール。
それは、シャノンにとって恐怖以外に何も生まなかった。齢60とは思えない、殺気に満ちた眼光。そこらの銃士や兵士などでは絶対に持ち得ないもの。
それだけでも彼が、枢機卿の地位を手に入れたことを納得できる。
「シャノン。早急にあの三人を始末しろ。お前の手腕でな。・・・カヲルと三銃士・・・。手を組まれては厄介だ」
「はっ。お任せを・・・」
シャノンは額にじわりと浮かんだ油汗を拭わずに、軽く腰を曲げた。
元銃士隊本部から、30〜40メートルほど離れた所に、銃士のたまり場だった酒屋がある。
銃士隊解散と共に、訪れる客がほとんど居なくなるこを予想した店主は、店をそのままにし田舎に隠遁したらしい。
最近では昼間でも閑散とした雰囲気で、人の気配すらない。
「ここだな」
赤い制服に身を包んだ歩兵7名と、先頭にシャノン。枢機卿警護隊の一部である。彼らが今、その酒場の前にいた。
後方にいた二人が扉を蹴破る。
大音響と共に、その扉が壊れた。
中には猿轡、後ろでに縄縛りという格好で積まれた枢機卿の歩兵たち。
そして奥にはブドウ酒を瓶で呷るリョウジ・カジと、足を組んだ体勢でギターをかき鳴らすシゲル・アオバがいた。
「二人だけか・・・。リョウジ・カジ!並びにシゲル・アオバ!!お前たちを逮捕する」
警護隊の一人が叫んだ。
「誰の命令だ」
「私だ」
後方からゆっくりと歩み出たシャノンが、淡々と言った。
「ほーう・・・。シャノンか・・・最後にあったのは、いつだったかな?」
瓶を机に置くと、嫌みを込めたオーバーアクションでリョウジ。
「あれ?こんなヤツ、銃士隊にいましたっけ?」
ギターを弾く手は止めずに、シゲルは在らぬ方向を見ながら、そう言った。
「忘れたのか?シゲル。居ただろ?前国王暗殺直前に、銃士隊規を除名されたシャノン・サキエル」
ギターの手が止まり、一瞬の沈黙が生まれた。
「ああ。そういわれると、そんなヤツもいたような」
それからまたギターを弾く。まさに興味なし、である。
「貴様らっ!」
後方の7人が剣を抜いこうとしたが、シャノンがそれを制した。
「それはお前たちの証言によるものだ」
「銃士としての勤めを果たしたまでのことだ」
「・・・おとなしく私に逮捕されろ。さもなくばお前たちは反逆罪で追われることになるぞ」
醜悪に口を歪めるシャノン。
シュウーン、ドーン!
シャノンは状況がつかめなかった。鼓膜に強い刺激が走ったと思うと、後方から風が吹いた。
「よくやった、マコト」
表情なくリョウジが褒めた。
「シャノンにあたりましたか?・・・なんだ、肝心なのを外すなんて。計算が狂ったかな」
振り返るとそこには、先ほどまでいたはずの自分の部下はなく、代わりにシャンデリアというには粗末な大燭台に乗ったマコト・ヒュウガと、それに押しつぶされている自分の部下たちがあった。
「貴様らァ!」
腰に下げた剣の柄に手をかける。
瞬間。
シャノンは肩にのった冷たい感覚に、手を止める。
後方からマコトの剣が右肩に。
前方からシゲルの剣が左肩に。
続いて、右脇からリョウジの剣が。
それぞれに彼の頸を狙っていた。
まさに針の穴の隙を付かれたと言えよう。
「くっ」
シャノンは奥歯を噛む。
リョウジが鋭くシャノンを睨んで口を開く。
「帰って枢機卿に伝えろ。我々は陛下をお守りするという任務を放棄しない。全力を持って枢機卿と戦う、とな」
肩の剣が鞘におさまった。
「ご立派なことだ。しかしその悪あがき、いつまで通用するかな?・・・銃士隊なき今」
侮蔑な笑みを浮かべて、シャノンは酒場を出た。
どれくらい走っただろうか?
そんな考え事すらしないで、無心で馬を飛ばしてきたシンジは、林の道を抜けて木漏れ日を受ける、とある場所にたどり着いていた。
「ふう・・・。ここまで来れば・・・。でも・・・どうしようかなぁ。もう村には戻れないし・・・」
適当な木に馬の手綱を縛りつつ、お得意の独り言に興じるシンジ。木々に遮られていた太陽光が、そろそろ真上あたりから差し込んで来る。
「そろそろ決闘の時間だ・・・なっ!?」
そう呟いた瞬間、眼前に立ちふさがった石城にシンジは愕然となった。
そこは、王都東に位置する、古城・コンフォート。
まだネルフが小国に分裂していた時代に、ナギサ三世がネルフ王国建国の礎を築いたという、由緒正しき城である。
シンジ・イカリ。・・・彼の今日の運勢は、最悪だった。
「驚いたな、時間通りに来るとは」
すでに馬の横で腕組みしていた、リョウジは不躾だと思いこんでいた少年が、時間通りに現れたのに、少々関心した。・・・真実は違うのだが。
そこに騎乗した二人の男が現れた。
「墓堀役が来たな」
一度だけ視線をそちらに向けた後、リョウジはシンジに笑いかけた。
「あ・・・」
「カジさん、こいつとやるのはやめてもらえませんか」
馬を止めた、眼鏡の青年が言った。
「なぜだ?」
「この少年にはちょっとしてやられましてね」
「た、確かあなたは一時・・・でした」
まさにぽつりぽつりとシンジは言う。
「待てよ、俺はこの少年に決闘を申し込まれたんだぞ、マコト」
「あなたは二時」
「なるほど」
噛み殺したような笑いをして、リョウジは続ける。
「それなら急がなければならんな。始めよう」
そして三人は同時にマントを取った。
彼らを飾っていたのは、銀の十字架の刺繍が施された蒼い制服。
「じゅ、銃士だったんですか?」
シンジは裏返った声で尋ねた。
「どうした?怖じけづいたかい?」
「・・・いいえ。銃士を殺すのは本意じゃありませんが・・・仕方ありません」
自棄気味にシンジ。どうせ殺されるならでかいホラでも吹かなきゃやってられない、そういう気分だった。
殺気におびえていたシンジだったが、まさかそれが銃士だとは思いもしなかった。
銃士ならなおさら勝てるはずがない。
(ならばいっそ華々しく・・・)
ゆっくりと剣を抜いた時。
後方からの蹄の音に、リョウジの動きが止まった。そして相手を確認して落胆する。
赤い制服。枢機卿の兵士だ。
「良いところを邪魔してくれるな・・・奴らは」
リョウジの殺気の方向が変わる。いや、正確にはシンジに殺気を向けてはいなかったのだが。
「お前たちを逮捕する」
隊長らしき男が言った。
「まさにバカの一つ覚えだな、マコト?」
「ああ。バカだ。語彙力に欠けている。どっかの筆者みたいだ」
・・・ほっとけ。
「抵抗か、降伏か、好きな方を選べ」
「もちろん抵抗さ。けど少し時間をもらおうかな」
と、マコト。
三銃士が寄り集まる。
「三対五・・・。少し厳しいですね」
「策を練っている暇がなかったからな。リョウジさん、ここは適当にあしらってやりましょう」
「それしかないな」
「きょ、協力されてくれませんか?」
驚いた。シンジ自身も。三銃士も。
「君には関係ない。葡萄酒の恨みを忘れるのは本意じゃないが・・・早くここから逃げるんだ」
「僕は銃士になるためにここへ来たんです!まだ銃士じゃないけど、銃士の心は持っています!」
「へぇ、詩人だな、君は」
シゲルが言う。
「お前ほどじゃないけどな」
「・・・いいだろう。俺はリョウジ・カジ。こっちがマコト・ヒュウガ。そしてシゲル・アオバ。君は?」
「シンジ・イカリです」
「イカリ・・・いい名だ・・・。それじゃあ行くか」
「お待たせした。そろそろ始めよう」
そう宣言したマコトに続き、その場にいた全員が剣を抜く。
それは、小さいながらも新たな銃士隊への第一歩だった。
さて、今回第三章は、ようやくシンジ&三銃士を出逢わせました。
やはりシンジが苦しい。もう少しポジティブにすべきだったと反省してます。
まだまだ映画のストーリーに沿っていますが、第五章あたりから、展開をオリジナルにしていこうかと考えています。
どうも映画のままだと、ヒカリやトウジ、ケンスケ、リツコetcを登場させられないんですよねぇ。
彼らの出番も作りたいので。
アスカも出したいなぁ・・・。
次回はもう少し早く投稿できるよう、前向きに頑張りたいと思いますので、どうか読んで下さい。