TOP 】 / 【 めぞん 】 / [ザクレロ]の部屋 / NEXT


別に深い意味はないんです

ラブコメが書きたかった
ネトネトに甘ったるいLASを書いて見たかった

それだけだったんです







 夕暮れの教室。
 グラウンドから聞こえる運動部員達の掛け声を聞きながら、その少女はぼんやりと夕焼けを眺めていた。
 教室に残っているのは、もう、この少女だけらしい。机の上に二つの鞄をのせ、頬杖を突いている。
 肩まで伸ばした黒髪。
 繊細な、可愛らしい、だが、それでいて控えめな顔立ち。もっとも、見る人によっては地味でパッとしないと映るかもしれない。
 そして、いかにも少女らしい、ほっそりとした躰をこの学校の制服で包んでいる。

「なんだ、待ってたのか?」
 教室に、一人の男子生徒が入ってきた。
「あ、アッちゃん」
 少女が少年の方に顔を向ける。
 美しい少年である。
 顔立ちこそ日本的ではあるが、赤みがかった金髪と、コバルトブルーの瞳が、その少年に日本人以外の血が混ざっていることを教えている。
「先に帰ってろって云わなかったか?」
「あ……ごめんなさい……迷惑だった?」
「ほら、また謝る。その謝り癖やめろって」
「う、うん、ごめん……あ」
「ったく……。しょうがねえなあ。別に迷惑なんかじゃねえよ。ホラ、帰るぞ」
 少年が少女の机に置いてある自分の鞄を掴み歩き出す。
「あ、待ってよ」
 少女は慌ててもう一つの自分の鞄を持って少年を追いかけ、少年の左横から半歩ばかり下がった所で少年と歩き出す。
 そこが、その少女の定位置だった。少女はもう10年近くもそこにいる。

 少年の名前は惣流アスカ。
 14歳中学生。ドイツの血が4分の1混ざったクォーター。
 少女の名前は碇シンコ。
 14歳中学生。こちらは純粋な日本人。
 二人は生まれた時から、常に一緒にいた……一緒にいるのが当たり前の様になった、一組の幼馴染だった。






『たぶん誰かが望んだ世界』







 夕暮れの中、家路につくアスカとシンコ。
「あ、そうだ、アッちゃん、今日、何が食べたい?」
「なんだぁ? 今日の夕飯、お前が作るの?」
「うん、アッちゃんちのおじさんとおばさん、しばらく泊まり込みなんだって」
「またかよ。じゃあ、お前んトコもか? 俺は聞いてねえぞ」
 二人の両親は4人とも親友であり同僚である。仕事が忙しいときは大抵4人一緒だ。
「だって、アッちゃん、今日もギリギリまで、起きてくんなくて……おばさんたちの話、聞いてる暇なかったじゃない」
「フン、まあいいや。で、シンコ、お前がメシ作るワケ?」
「うん。何か食べたいものある?」
 シンコの料理が食べられるのならば否はない。もっとも、毎日シンコに弁当を作って貰っているので、料理なら毎日食べているのだが、家で暖かい食事となれば話は変わってくる。
「じゃ、ハンバーグ」
「また? ハンバーグ好きよね、アッちゃん」
 お前が作るハンバーグが一番好きだ。
 と云うセリフをすんでの所で飲み込む。
「なんだよ。嫌なのか?」
「あ、そんなことないよ。だって、アッちゃん、いつも美味しそうに食べてくれるもん」
「そうか?」
「うん。じゃ、買い物行かなきゃ。私、スーパーに寄ってくから」
「なんだよ、じゃ、やっぱりお前、先帰ってた方が良かったんじゃないか」
「え? あ、そうよね。でも……」
 夕飯、何がいいか聞くの忘れてたんだもん。
 そこまでは云えない。云えば、アスカは「お前が作りたいものを作ってれば良かったんだ」と答えるだろう。それはアスカに取っては一つの気遣いではあったが、シンコは只、アスカの食べたいものを、アスカの為に作りたかったのだ。
「仕方ねぇなあ。じゃあ、付き合ってやるから、とっとと済ませて帰ろうぜ」
「え、いいの?」
「何だよ。俺と一緒にスーパー行くのが嫌なのか?」
「ううん。そんな事ない。ありがとう、アッちゃん」
 ぷるぷると首を振り、ニッコリと微笑む。
 その笑顔を見る度にアスカは思う。
(この笑顔に弱いんだよなぁ。普段はどうにも野暮ったいのに、なんだってこいつは笑うとこんなに可愛いのかね?)
 アスカは知らない。シンコがこんな顔で笑えるのがアスカの前でだけだと云うことを。



「「いただきま〜す」」
 それから二人揃って箸を動かし始める。
 ここは、碇家のマンションのダイニング。マンションの隣の部屋に住む惣流家の夫婦が揃って留守の時は、惣流家の一人息子はここで食事を摂るのが習慣になっていた。
 シンコとアスカが二人きりで夕食を摂るのは、そんなに珍しい事ではない。月に1,2度はこんな日があり、シンコとアスカは相手には何も云わないものの、密かにこの日を楽しみにしている。
 シンコは自分の箸を動かしながら、アスカが自分の作った食事を食べるのを見ている。毎日、弁当を作っているとはいえ、一緒に食べているわけではないので、アスカが自分の料理を食べている所は、こういう時しか見れない。
 本当に美味しそうに食べてくれる。
 シンコは、そんなアスカの姿を見ていると、どうしようもなく嬉しくなり、堪らなく幸せな気分になるのだった。
「アッちゃん、野菜も食べなきゃだめだよ。あ、お水ないね、飲む? ああ、駄目じゃない、こんなにこぼして……」
 食事中もシンコは色々と世話を焼く。
「ちぇ、うるさいな……、全くいちいち、女房じゃあるまいし……」
 等と云いつつも、アスカも決して嫌そうではない。そして、女房と云う言葉を聞いて僅かに顔を赤らめるシンコ。それを見て、アスカに悪戯心が湧く。
「ま……でも……こうしていると……新婚夫婦みたいだよな、俺達」
 それを聞き、全身真っ赤に染まるシンコ。もっとも、アスカの方も自分で云っておきながら、顔に赤みが差している。
「あっと、えっと、アアアアッちゃんんん。し、新婚って、えっと、それって……」
「バ、バカ! 勘違いするなよ! 冗談に決まってるだろ! まったく……」
「え? あ……、う、うん。そうだよね……、冗談……だよね……」
「あ、当たり前だろ? 俺みたいなスポーツ万能で成績優秀な、ス、スーパーボーイが何でシンコみたいな……(ああっ! 何云ってんだ俺!!??)」
「そ、そうよね……。アッちゃんもてるもんね……」
 だんだんとシンコの声が小さくなっていく。
「お、おう、俺達は只の幼馴染なんだからな……(ち、違う! そんなことがいいたいんじゃなくて……)」
「うん……わかってる……」
「な、なら、いいんだ(ああっ! 落ち込ませちゃったよ、どうしよう!?)」
 とは云え、その後は特に会話もなく、二人は気まずい雰囲気のまま食事を終えた。

 食事と後かたづけが終わると、二人はいつものようにリビングでテレビを見る。だが、シンコはどこか落ち込んだ風であり、アスカはそれを気にして、テレビなど全く見ていない。
「あ……、アッちゃん……お茶飲む?」
 先に話しかけてきたのはシンコだった。アスカはシンコが話しかけてきてくれた事にホッとする。
「あ、うん、飲むよ」
「そう、えっと……コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「じゃ、紅茶……」
「解った……ちょっと待ってて」
 キッチンに戻るシンコ。
(よ、よし、何か話題はないか? 話題……)
「そ、そうだ、知ってるか、シンコ? 葛城とリョウコ先生の話」
「え? 葛城先生と加持先生?」
 キッチンの方から声が届く。
 二人の学校にいる二人の教師、葛城ミサタロウと加持リョウコの事らしい。
「ああ、何でも付き合ってるらしいぜ、あの二人」
「そうなの? 知らなかった……」
「(よ、よし、乗ってきたぞ)ああ、本当らしいぜ。でも、リョウコ先生も、何で、あんなズボラでいい加減な男がいいのかね」
「フフ、アッちゃん、加持先生のこと好きだったもんね」
「(お、笑ったぞ!)別に好きだったとかそう言うんじゃないよ。ただ、未婚の女教師の中じゃ一番ましだったからな」
「そんな事いうと、日向先生と青葉先生に言いつけちゃうわよ」
 ティーポットとティーカップを持って戻ってくるシンコ。
 テーブルにつくと、カップにお茶を注ぎ始める。
「でも、本当なの? 葛城先生と加持先生。何だか信じられないなあ」
 そっと、アスカの前にカップを差し出す。
「ホントだって。ヒカルの奴が見てたんだよ、校舎裏で二人がキスしてるとこ」
「洞木君が? ふ〜ん、で、でも……学校で?」
「……何、照れてんだよ」
「だ、だって……」
 両手でカップを持ち、口に運ぶシンコ。そんな仕種がちょっと可愛い。
 カップに当てられたシンコの唇に目がいく。柔らかそうな唇。
(キス……キス……。くちびる……柔らかそうだな……)
「シンコ……」
「何、アッちゃん?」
「キス……しようか?」
「え、な、何?」
「キスだよ、キス。キス……しよう」
「え、ど、どうして……」
「俺とキスするの……嫌か?」
「そんなこと……」
 嫌じゃない。絶対に嫌じゃない。
 それどころか、いつだってアスカとキスが出来る日を夢見ていた。アスカと唇を合わせる事を考えて、一人愉悦に浸っていた。
「なら、いいじゃないか……」
「え……、アッちゃん……」
 気が付くと、アスカの顔が目の前にあった。心臓が跳ねる。
 一気に全開運動を始めるシンコの心臓。アスカの顔が近づいてくる。動悸は益々激しくなっていく。
(心臓、破裂しないかしら?)
 記念すべきファーストキスの直前だと云うのに、シンコは偉く場違いな事を考えていた。
 だが、アスカの唇がシンコの唇に触れた瞬間、シンコの頭の中は真っ白になった。



 どれぐらいそうしていただろう。
 唇を合わせたまま、ピクリとも動かず、二人は固まっていた。
 時計の秒針を刻む音だけがやけに大きく部屋に響く。
 舌を使うワケでもない、唇を合わせるだけのキス。
 二人は、唇から感じる相手の唇の柔らかさと暖かさに酔っていた。

 やがて、どちらからともなく唇を離す。
 アスカはシンコの潤んだ瞳を間近に見つめていた。
「あ……」
(俺……何を……)
 慌ててシンコから眼を逸らして離れる。
「お、俺……帰るよ……」
「……」
「じゃ、じゃあ、また明日な」
 焦りながら、玄関に駆けていき、サンダルを突っかける。
 いつもなら、食事の後はシンコの家で風呂に入り、そのままリビングで寝るのだが、今はそんな気分じゃなかった。
「アッちゃん……?」
「……ご、ごめん……」
「え……?」
 気が付くと、もうアスカは居なかった。結局キスの後は一度も眼を合わせてはくれなかった。

 シンコはノロノロと動き出すと、結局一口も口を付けなかったアスカの紅茶を片づけ始めた。
 キッチンの流しで、ポットとカップを洗う。
 シンコの頭の中には、アスカが最後に云った言葉が渦巻いていた。
『ごめん……』
 アスカが初めてシンコに使った謝罪の言葉。
(どうして……)
 シンコは自分の目から涙が止めどなく溢れているのに漸く気が付く。
 気が付くと、もう止まらなかった。
「う……ぐすっ、ぐすっ、うう……」
 シンコは蹲って泣き出した。





 翌朝。  シンコはいつもの時間に眼を覚ます。
 躰がだるい。気分は最悪だった。
 ノロノロと身を起こし、洗面所へ向かう。
 洗面所の鏡に、よく眠れなかったのか、腫れぼったい、充血した眼が映る。
(目薬ささなきゃ……)
 顔を洗い、髪を整え、台所へ向かう。
 そして、いつものように二人分の弁当と、今日は二人分の朝食も作る。
(起こしに……行かなきゃ)
 朝食が出来ると、アスカを起こしに行く。いつもならリビングに寝ているのだが、今日は隣の家に戻っている。
 サンダルを履き、マンションの隣の部屋の玄関の前に立つ。
 が、そこで固まってしまう。
 いつもは呼び鈴など鳴らさなくても入っていける。鍵が掛かっていても、合い鍵を預かっているので、いつでも入っていける。シンコと惣流家はそういう関係だったし、それはアスカと碇家にしてもそうだった。
 だが、今日は入っていけない。
 アスカに会いたい。でも、どんな顔をして会えばいいのか解らない。何を話せばいいのか解らない。
 迷っているうちに、扉は内側から開いた。
「あ……シンコ……」
「アッちゃん……」
 扉を開けたのはアスカだった。
 シンコの記憶では、アスカがこんなに早く起きたのは遠足と修学旅行の時以外記憶にない。アスカも眠れなかったのだろうか?
「な、何? シンコ」
「あ……、朝御飯……出来てるから……食べる……よね」
「う、うん……」

 二人は気まずい雰囲気のまま、それから一言も喋らずに朝食を食べ、それでも一緒に登校する。
 二人の通う第壱中学までの十数分の道程。
 いつもなら、なかなか起きないアスカの為に走らされることも多いのだが、今日はかなり時間に余裕があり、ゆっくりと歩いている。

「おはよう! アスカ、シンコちゃん、珍しく早いじゃないか」
 学校に到着し、昇降口で靴を履き替えようかと云うところで、一人の男子生徒が声を掛けてきた。そばかすの残る顔に笑みを浮かべ挨拶してきたのは、二人のクラスメートでアスカの親友でもある、洞木ヒカルだ。
「あ、ああ、ヒカル、おはよう」
「おはよう……洞木君……」
「……? 何だ、珍しく早いと思ったら、随分暗いな。喧嘩でもしたのか?」
「いや……そんなこと、ねえよ」
「うん………」
「……そうか?」
 それには答えず、アスカは自分の下駄箱を開ける。
 バサバサ。
 音を立てて何通かの封筒がこぼれ落ちる。見なくても解る。全てアスカへの女生徒からのラブレターだ。
 アスカはこの中学の女生徒達のアイドルの一人だった。スポーツ万能。アスカ自身は何のクラブにも入っていないが、大会前ともなると、いろんな部から助っ人として引っ張りだこになる。成績も学年トップ。全国レベルでもかなり上位にいるらしい。加えてハンサム。もてない要素など、ほとんど見あたらない。
 おかげで、第壱中学だけでなく、近隣の中学、高校にもアスカのファンがおり、本人未公認のファンクラブまでいくつか存在するらしい。そして、そんな彼女達にとって、いつもアスカの隣に居る碇シンコは最大の嫉妬とやっかみの対象であった。
 こうして、ラブレターの束が下駄箱に放り込まれるのも、ほとんど毎朝の事だ。
 いつものアスカなら、それらの手紙類は一切無視する。下駄箱の中から手紙を放り出し、そのまま教室へ向かう。そして、床に散らばったラブレターを片づけるのは、いつもシンコの仕事だった。それが、ファンの娘達の嫉妬を更に掻き立てるのだが。
 だが、今朝は違っていた。
 アスカは床に散らばった手紙を不機嫌そうに睨み付けたかと思うと、いきなり踏み付けたのだ。
「あ、アッちゃん!」
「おい、アスカ」
 シンコとヒカルが慌てる。
 アスカは構わずに、親の敵でもあるかのように手紙を踏みにじっている。
「駄目! やめて、アッちゃん!!」
 シンコがアスカの腕に飛びついて止める。
「な、何だよ、シンコ……」
「駄目だよ、アッちゃん……そんなことしちゃ」
 涙目で訴えるシンコ。
「……解ったよ」
 アスカにしても、何か理由があってそんなことをしたわけではない。手紙の束を見ていたら突然ムシャクシャして、思わず踏み付けてしまったのだ。
「……みんな、アッちゃんが好きなんだよ」
(私と同じ……)
 しゃがみ込んで、手紙を拾い集めるシンコ。
「アッちゃんを想って、気持ちを伝えたくて、手紙にしたんだよ」
(この娘達の想いは私と同じ……)
「だから、駄目だよ……こんなの。これには、女の子達の想いが詰まってるんだから。踏んだりしたら駄目だよ」
 自分の想いが踏み付けられたような気分だ。心が痛い。
「わ、解ったよ。解ったから……泣くなよ」
「え?」
 アスカに云われて、初めて自分が涙を流している事に気付く。
「あ……」
 慌てて涙を拭おうとする。そこへ横からハンカチが差し出された。
「使え……」
 ぶっきらぼうな声。シンコは思わずそれを受け取ってしまう。
「綾波君……」
「てめえ! 綾波!」
 ハンカチを出したのは、シンコ達のクラスメートでもある綾波レイだった。
 レイは第壱中学に於いて、アスカと女子の人気を二分する男子生徒だ。
 蒼い不思議な色合いを持つ髪と透き通るような白い肌、怜悧な輝きを放つ赤い瞳。そして、芸術品を想わせる美しいとしか表現しようのない顔立ち。ほとんど表情を変えず口数も少ないが、それが外観から見られる神秘的な雰囲気を、より一層濃くしていた。色々な面で他人から圧倒的にずば抜けているが話しやすく親しみやすいアスカと違い、その佇まいには、どこか神聖な、近づきがたいものを感じてしまう。この辺りが、逆に彼の人気を押し上げていた。
「……朝から女の子を泣かせているとは……つくづく見下げ果てた奴だな、惣流」
「なんだと、お前には関係ないだろうが」
 アスカはレイが嫌いだった。
 別に、女子に人気があるからと云うわけではない。少年らしからぬ落ち着いた物腰や口調が嫌いなわけでもない。
「関係ない? ……そうかな?」
 ちらりとシンコに眼を向けるレイ。
「あ、ありがとう、綾波君」
 慌てて、レイから受け取ったハンカチで涙を拭く。
「こ、これ、洗って返すから……」
「いや……」
 レイが手を伸ばし、シンコのハンカチを握っている手を掴む。
「……このままでいい」
「え、あの……あ……」
 レイに手を握られ真っ赤になるシンコ。
 どういう訳か、レイはシンコの事をいたく気に入っており、何かとシンコに構ってくる。
「君の涙の染み込んだハンカチ……大切にするよ」
 聞いている方が恥ずかしくなるような台詞だ。こんな台詞を何の躊躇いもなく云ってのけるのが、綾波レイと云う男なのだ。
 それを見てアスカがキレた。
「てめえ! 綾波ィ!! シンコに触るな!!!」
「……何故? 碇さんは君のものじゃないだろう? それに、いつも只の幼馴染だと云っているようだが……?」
 無表情に告げるレイ。
「う、うるせえ!! とにかくシンコから離れろ!!」
「……嫌だ」
 益々激昂するアスカ。それを流すレイ。間でオロオロするシンコ。
 それは、この第壱中学ではさして珍しくもない光景であった。
「結局、シンコちゃんにちょっかいかけられんのが嫌なだけなんだよなあ、アスカは」
 ヒカルは勿論、傍観を決め込んでいた。



 午前の授業は大過無く過ぎていった。
 結局、朝の騒動の後も、アスカとシンコの気まずい雰囲気は治らず、ぎくしゃくしたまま、第壱中は昼休みを迎えた。
「アッちゃん……お弁当……」
 やはり、元気なくアスカに弁当を差し出すシンコ。
「今日も愛妻弁当か。ちょっと羨ましいね」
 隣からヒカルがからかってくる。
「……そんなんじゃねえよ」
 ムスッとしたまま答えるアスカ。
 シンコは何も云わず、俯いている。
「なあ、ホントにどうしたんだ? 変だぞ、お前ら」
「だから、何でもないって。ホラ、パン買って来るんだろう? 俺も飲み物買うから売店まで付き合うよ」
 アスカはそう云って、弁当を置くと、ヒカルを連れて教室を出ていった。
 シンコは黙ってそれを見送ると、自分の分の弁当を食べるべく、自分の席に付いた。
 そこへ、二人の女生徒がやって来る。
「碇さん、ちょっといいかかしら?」
「食事中すまんが、ちょいと付き合うてもらいたいんやけど」
「え……?」
 話しかけてきたのは、相田ケンコと鈴原トウコ。二人ともシンジのクラスメートだ。眼鏡をかけて、そばかすの残る顔をしているのがケンコ。怪しげな関西弁を使い、何故かジャージを着ているのがトウコだ。
「……な、何?」
「だから、ここじゃあ何だから、ちょっと付き合って貰える?」
「そや」
 シンコを睨み付けるケンコとトウコ。気の弱いシンコに断る理由は見つからなかった。
「う、うん……」

 二人に連れて行かれたのは屋上だった。
「連れて来たよ」
 そこには、ケンコ達だけでなく、数人の女生徒がいた。
 女生徒達が一斉にシンコを睨む。
「あ……」
 シンコは怯えた。



「アスカ、とっととシンコちゃんに謝れ」
「な、なんだよ、藪から棒に……」
 ヒカルが昼食のパンを買って、教室に戻る途中である。ヒカルは幾つかのパンとコーヒー牛乳を、アスカはミックスジュースと烏龍茶のパックを持っている。片方はシンコの物だ。アスカはこうやって毎日シンコの飲み物を買いに行く。別にシンコが頼んだわけではなく、アスカが自分の飲み物を買うのに、なんとなく一緒に買っているだけだ。
「朝からシンコちゃん元気ないじゃないか。あんなにシンコちゃんが落ち込むなんて、絶対お前が何かしたに決まっている!」
 何かしたのは間違いない。中学生の彼等にとり、『キス』は大事件であろう。
「……別に何もしてねえよ」
「嘘だ」
 図星である。
「な、なんだよ……。別にお前に関係ないだろ……」
 それを聞き、呆れたように溜息をつくヒカル。
「アスカ、お前なあ、知らねえぞ、シンコちゃんに愛想尽かされても」
「べ、別に、俺とシンコは何でもねえよ」
「まだ、そんなこと云ってんのか? ホント、素直じゃねえなあ。シンコちゃんも苦労するぜ……」
「な、何が?」
「シンコちゃん、あんないい娘いないぜ、今時」
 解ってるよ、そんなこと。
 そう云いたいのをアスカは飲み込む。
 家庭的で、控えめで、よく気が付く。
 シンコはいわゆる『尽くす』タイプの女だ。悪い云い方をすれば、男に都合のいい女とも云える。好きな男に添い遂げ、一生その男の為に尽くす。そんな女である。
 だから、シンコには、本当に『いい男』と一緒になって欲しいと思う。シンコは自分で幸せを捜すのではなく、男に付いていく事で幸せを見つけるタイプの女だから。
 その『男』が自分である自信がアスカにはない。シンコを幸せに出来る男になれるよう、本当に小さい頃から頑張ってきたつもりだ。それでも、アスカは自分がシンコを幸せに出来る男か自信がない。
 何故なら、シンコが時々哀しげに自分の方を見るのを知っているから。
 その視線に気付く度にアスカは不安になる。
 シンコは幼馴染というだけで、自分のそばに居るだけではないのか? 本当は自分から離れたいのに、それが云い出せないのではないか?
 そんなふうに思いながら、昨日、自分はしてはいけないことをしてしまった。
 シンコの気持ちも考えずに、キスをした。
 気の弱いシンコが拒めないだろう事を解ってキスを迫った。
 シンコの事を考えているつもりで居ながら、結局自分は自分の欲望を優先させてしまったのだ。
(最低だ。俺は最低の男だ)
 昨日は自己嫌悪と後悔で眠れなかった。
(嫌われたかも知れない)
 そう考えるだけで身を裂かれる思いがした。
(もう、俺に笑い掛けてくれないかもしれない)
 そう考えるだけで絶望が躰を包む。
 明日、どうやって顔を合わせればいいのだろう? シンコは笑ってくれるだろうか? 早く朝になって欲しい。逆に朝になるのが怖い。
 アスカは本当に怖かったのだ。彼を慕う少女は幾らでもいる。その気になれば、一生女には不自由しないだろう。そんな彼が、シンコに捨てられる事を本当に恐れていた。アスカは自分にとってシンコがどれだけ大切な存在だったかを漸く理解していた。
 だから、嬉しかった。朝になって、シンコが迎えに来てくれたから。いつものように朝食と弁当を作ってくれたから。
 でも、シンコは笑ってはくれなかった。
 時々哀しげに自分に視線を送るだけで、眼も合わせてくれなかった。
「もう……手遅れかも知れない」
「はぁ?」
「シンコ……俺のコト、嫌いになったかも知れない」
「アスカ……、お前一体何やったんだ?」
 正直、ヒカルにはシンコがアスカを嫌う事など想像出来ない。
 いつになく元気を無くしていくアスカにいらつきながら、教室の扉を開ける。
「とにかく、お前がシンコちゃんに非道いことをしたってのは、よぉ〜〜く、解った。なら、やっぱり、とっとと謝れ」
「でも……」
「ったく……、あれ? シンコちゃん何処云った?」
「え?」
 ヒカルの台詞に教室を見回すアスカ。確かにシンコはいない。弁当は机に置かれたままだ。
「まさか、また……」
「お、おい、アスカ!」
 アスカは飲み物をヒカルに預けると、教室から駆け出した。



「だから、いい気になってんじゃないって云ってんのよ!」
「そ、そんな……」
「全く、幼馴染ってだけで惣流君のそばに居られるだけでも分不相応だってのに、綾波君まで誑かして、ホント、厭らしいったら!」
「今朝はさぞいい気分だったでしょうね? 全校の憧れの君を、自分を巡らせて争わせるなんて」
「大体、綾波君も惣流君もこんな女のどこがいいのかしら?」
「この娘、毎日惣流君に、お昼にジュース買いに行かせてんのよ」
「まあ、惣流君に!? あなた、一体何様のつもり?」
 女生徒達は口々に云いたいことを云ってシンコを責め立てる。
 シンコは怯えながら、必死で泣き出すのを堪えている。
 実はこのような事は、前にも何度かあった。シンコに対するアスカのファンの嫉妬とやっかみが飽和するのだろう。もっとも、レイの事まで一緒に云われたのは今回が初めてだったが。
 そんな時は、何も云わずに黙って耐えるしかない。下手に何かを云えば、それからまた、ぞろぞろと云い立てられる。そして、大抵は黙って耐えている所へ、アスカがやってきて助け出してくれるのだ。
 だが、何度このような目に会っても、どうしても慣れることは出来ない。どんなにアスカに「気にするな」と云われても、気にしないわけにはいかない。
 自分は何も持っていない、普通以下の女の子だ。特に可愛いわけでもない。自分より可愛い女の子などそこら中に幾らでもいる。運動音痴な上に成績だって中の下と云ったところだ。得意なのは精々家事ぐらいのものだが、そんな物は何の自慢にもならない(と、シンコは思っている)。間違っても、少女漫画の世界から抜け出してきたようなアスカとつり合うような女の子ではない。
 この娘達の云うとおり、アスカと幼馴染だからこそ、自分はアスカのそばに居られるだけなのだ。もし、『幼馴染』と云う関係がなかったならアスカにとって、自分は何の価値もない、ほとんど注意すら向けられる事もない女の子にすぎなかったのではなか? 自分はこのままアスカの側に居ても良いのだろうか? アスカは本当は自分を迷惑だと思っているのではないか?
 拭っても拭っても、そんな思いを振り切る事が出来ない。特に、このように人に云われると心に刺さる。そして、特に今日は辛かった。
「そういえば、コイツ、カヲル先輩にもちやほやされてんのよね」
「そうなの? なっまいき〜〜!!」
「信じらんない!! カヲル先輩にまで、どうやって取り入ったのよ! この阿婆擦れ!!」
(どうして、カヲルさんまで出てくるの……?)
 カヲル。渚カヲル。シンコの1年先輩の3年生。第壱中一の美少女で、同時に第壱中一の変わり者。銀色の髪と赤い瞳を持つ麗人。
 ちょっと浮き世離れしたところと、自分の気に入らないものに対しては全く情け容赦ないところを敬遠する人も多いが、その容姿と飄々とした態度は男女問わずに彼に高い人気を与えている。
 初めて会った時から、カヲルはシンコに優しかった。何かと気を使ってくれ、困ったときには助けてくれる。いつしかシンコも、カヲルを姉のように慕っていた。
 カヲルがそこまで気に掛けるなど、男でも女でもシンコぐらいのものだ。
 かなりの数の女子にとって、憧れの『お姉さま』であるカヲルに可愛がられているシンコは、やはり彼女達にとっては『敵』なのだ。
「カヲル先輩も何考えてんのかしら? こんな女甘やかして?」
「…………私の事、呼んだかな?」
 突然、頭の上から声が降ってきた。
 少女達がシンコも含めて一斉に声の方に顔を向ける。
 シンコの背後にある給水塔の上に声の主は居た。
「カヲル先輩!」
「え……どうして!」
「……カヲルさん……」
「こんにちは、シンコちゃん♪」
 にこやかにシンコに笑い掛ける少女。件の少女、渚カヲルである。
 ここに来て、漸くシンコは屋上の給水塔の上が、カヲルのお気に入りの場所であった事を思い出す。このことは、カヲル以外では、校内ではシンコしか知らないが。
「どうしたのかな、シンコちゃん、こんな所で?」
 ぬけぬけと聞いてくる。給水塔の上に居たのだから、ここまでの一部始終を聞いているはずなのに。
「え……あの……」
「……そういえば、この娘達はシンコちゃんの友達?」
 そう云って、周りに居る少女達を見回す。口調は軽く、口元には笑みが浮いているが、その瞳は冷たかった。
 それを受けて、ばつが悪そうに眼を逸らす少女達。
「そ、そうだ、私用事があったんだっけ。先に戻るね」
「あ、私も」
「ウチもや」
 一人が云いだしたのをきっかけに、全員が急用を思い出したらしく、ぞろぞろと屋上を立ち去っていく。カヲルはそれを冷ややかに、シンコは幾分安堵しながら見送った。
「しょうがない娘たちだね。大丈夫、シンコちゃん?」
 給水塔から降りてきてシンコの横に腰を下ろす。
「え、あ、はい。ありがとうございます、カヲルさん」
 シンコもカヲルに隣り合わせて座り込んだ。
「まあ、気にすることもないわ。只の僻みだからね、あれは」
「でも……」
 カヲルの慰めにも何の納得も出来ない。あの少女達の云い分は自分にも、至極当然に思えて仕方ないからだ。自分に、アスカやレイ、そしてカヲルに優しくして貰える資格があるようにはどうしても思えない。
「カヲルさん……」
「何?」
 聞いてもいいのだろうか?
 聞かないほうがいいのかも知れない。
 でも、聞かずにはいられなかった。
「……カヲルさんはどうして私に優しくしてくれるんですか?」
「シンコちゃんが大好きだからよ」
 何の躊躇いもなく、簡潔にカヲルはそう答えた。聞いたシンコが面食らうくらいに。
「どうして……」
「……どうして?」
「どうして私なんかを……好きって云ってくれるんですか?」
「……自分の事をそんな風に云うもんじゃないよ。……でも……どうしてかな? どうして、私はこんなにシンコちゃんが好きなんだろうね?」
 逆に問い返されてしまう。
「そ、そんな……、私に解るわけ……ないです……私なんか……」
「……もっと、自分に自信を持つべきね。自分がどれだけ魅力的な女の子なのか知らないの?」
「そんなことない! ……です。……私なんか、可愛くないし……頭悪いし……運動も苦手だし……」
「アスカ君には相応しくない?」
 カヲルの言葉にビクリと反応するシンコ。そして、弱々しく頷く。
「……アスカ君の事好きなんでしょ?」
「……でも……でも……」
 今にも泣き出しかねない様子のシンコ。そんな姿を見ていると、カヲルは堪らなくなってくる。
 ぎゅっ。
 カヲルはそっと優しくシンコを抱きしめる。
(くぅ〜〜、なんていじらしいの! やっぱり可愛いわ、この娘! やっぱりアスカ君なんかには勿体ないわ! あああ、私のモノにしたい〜〜!!)
 このまま家に持って帰って、思う存分可愛がってやりたい所だが、それを断腸の思いでで押さえつける。
「カヲルさん……」
「多分、理由なんかないの……」
「え?」
「本当に人を好きになるのに理由なんかないの。いらないの」
 理由が出来た瞬間に、それは打算になるから。
「シンコちゃんは何故アスカ君の事が好きなのかな? かっこいいから? 頭がいいから?」
 何故自分がアスカを好きなのか?
 シンコはそんなことを考えたことも無かった。
「……解りません……でも、そんな理由じゃないです。絶対に……」
「でしょ」
 我が意を得たり、と云う感じで微笑むカヲル。
「私も同じ。……多分、アスカ君とレイ君もね。何も理由なんかいらない。私達はシンコちゃんと云う女の子を愛しているの。それだけなの。……それでいいじゃない」
 そんなものだろうか?
 シンコは思う。そして、『愛』と云う言葉をこうも簡単に使えるカヲルに気恥ずかしさと羨ましさを感じていた。
「それにね、私はシンコちゃんがいい娘だって事は、よ〜く、知ってるからね」
「そんな……」
「私が男だったら、大切にして大切にして一生離さないのにね」
 その言葉に真っ赤になるシンコ。
 それが可愛くて、カヲルは益々シンコを抱く腕に力を込めるのだった。

「シンコ!?」
 その時、アスカが屋上に飛び込んできた。
 屋上を見回すと、すぐに給水塔にもたれているシンコとカヲルを見つけた。シンコを抱きしめているカヲルにギョッとする。
「カヲル!! ……先輩……何やってんスか?」
 アスカはカヲルが苦手だった。女の同士だからと云っては何かとシンコにベタベタするのも嫌だった。自分だって、あんなふうにシンコを抱きしめたいのに……
 それでも、シンコがいじめに会っていた訳では無いことにホッとするアスカ。
「あ……アッちゃん……」
「フフフ、女の子どうしのスキンシップよ。それとも、あなたもして欲しい、アッちゃん?」
「……結構です。それに、そのアッちゃんってのやめて貰えませんかね、先輩」
「そう呼んで良いのは一人だけって訳? 可愛いわねぇ、アスカ君」
 ウインク。
 不覚にも赤くなるアスカ。もっともそれが、カヲルのウインクのせいか、図星を刺されたせいかはアスカ自身にも解らなかったろうが。
「あ、アッちゃん……どうしたの?」
 漸く、カヲルの腕から抜け出したシンコ。カヲルは名残惜しそうに指をワシャワシャしている。
「……なんでもねえよ。散歩に来ただけだよ。……早くメシ食わないと昼休み終わっちまうぜ」
 ぶっきらぼうに云い放ち、屋上から出ていくアスカ。素直に心配したと云えない自分にいらつく。
「わかってんでしょ、シンコちゃん。アスカ君あなたを捜しに来たのよ」
「え……?」
「……愛されてるって事よ。安心しなさい」
「でも……」
 それでもまだ、シンコは安心出来なかった。



 その後も何も進展がないまま、二人は家路に付き、それでも二人で夕食を食べる。
 ムスッとしたまま、シンコの作ったビーフシチューを啜るアスカ。何とかシンコに話しかけたいのだが、なかなかタイミングが掴めないでいる。
 そんなアスカの様子を黙って見ているシンコ。シンコの方はアスカが何も云ってくれないのが哀しくて仕方がない。
 結局、何も話せないまま食事が終わる。アスカにとっては好物の一つであるビーフシチューであったが、ロクに味も解らなかった。
「お茶……飲む?」
「あ……うん」
 アスカは焦っていた。何かしなければ、本当にこのままズルズルと気持ちを確かめる事もなく、シンコとの関係が終わってしまうかも知れない。それだけは嫌だ。
 リビングに座っているアスカの許にシンコが紅茶を運んでくる。それは昨日と全く同じ風景だった。
 アスカは意を決した。とにかく何か話さないと、事態はどんどん悪くなっていくような気がしてならなかった。
「シ、シンコ?」
 ビクリとシンコが躰を震わせるのが解る。
「……何?」
「き、昨日の事だけど……」
「……………………うん」
「ごめん、俺が悪かった」
 シンコが顔を上げ、アスカを見る。その視線には悲しみと寂しさが入り交じっていた。
「……どうして?」
「キス……してみたかったんだ。…………それだけだったんだ」
「…………」
「お前とキスしたかったんだ」
「なら……どうして……」
「だ、だから……」
「どうして、あの後、謝ったりしたの? どうして、今謝るの?」
「ど、どうしてって……お、俺、お前の気持ちも考えずに……嫌……だったんだろ? キス……」
「私ね……」
 俯くシンコ。
「私ね……アッちゃんが好きだよ」
 告白には涙が混じっていた。
 頬を濡らしながら、シンコは続ける。
「私、アッちゃんが好き。大好き。アッちゃんになら、何をされてもいいよ。アッちゃんになら、何だってしてあげられる」
 アスカは金縛りにあったように動けない。
 ここに来て初めて、アスカはシンコが『キス』に対して落ち込んでいたわけでは無い事に気づく。
「でもね、でもね……」
 泣きながら、話し続けるシンコ。
「やっぱり、嫌。こんなの嫌なの」
「シンコ……」
「だって、アッちゃん……私のこと、好きだって云ってくれない……」
 アスカは脳天に踵でも落とされたようなショックを受けた。なんてこった。自分は一番大事なことを忘れていたのだ。
「シンコ!」
 突然アスカはシンコを引き寄せると、シンコを抱きしめた。
「あ……」
「俺、俺、一番大事な事忘れてた。俺、自分の気持ち、お前に云ってない……」
「アッちゃん……」
「でも、でも、いいのか? こんな状況で云って、お前信じられるのか? 俺、嘘付くかも知れないぞ。俺、この場を納めたいだけかも知れないぞ。俺、お前とやりたいだけかも知れないぞ」
「……信じるよ。アッちゃんの云うことなら何だって信じるよ。だって、この世で一番好きで、一番大切な人の言葉だもん」
 アスカはシンコを抱く腕に力を込める。
 愛しくて、愛しくて。腕の中の少女が愛おしくて堪らなかった。
「ん……痛いよ、アッちゃん」
「好きだ、シンコ」
 アスカは力を緩めなかった。
「俺もお前の事が好きだ! 世界中で一番好きだ! 世界中で一番お前のことが大切だ! お前がいれば、俺、後何もいらない……」
「アッちゃん……」
 シンコの涙は止まらない。でもそれは、先程とは違った意味の涙ではあったが。





 翌朝。
 シンコはいつもの時間に眼を覚ます。
 躰がだるい。でも気分は昨日とは比べ物にならないほど良かった。
 寝不足は昨日と変わらないはずなのに、妙に気分がいい。
 隣に寝ている少年を起こさないように、そっとベッドから抜け出る。
 躰が汗でベトベトしているので、まずシャワーを浴びる事にする。
 熱い水滴を浴びながら、昨日の事を考える。顔がにやけて来るのを押さえられない。
「へへへ」
 リビングを覗くと、昨日出した紅茶が、結局全く口を付けられる事のないままに、置き忘れられている。まず、それを片づける。
 朝食と弁当を作り始める。昨日とは違い、随分メニューにも気合いが入っている。よっぽど機嫌がいいのか、鼻歌まで歌っている。
 昨日はもの凄く痛かった。まだ、腰に違和感が残る。寝不足で眠い。授業中に寝てしまいそうだ。にもかかわらず、何で自分はこんなに心が弾んでいるんだろう? 何でこんなに安心しているんだろう? 何でこんなに幸せなんだろう?
「さ〜て、アッちゃん起こしてこなきゃ。アッちゃんもシャワー浴びなきゃなんないしね。あ、シーツ代えとかなきゃ。そういえば、お父さん達、今日も泊まりなのかな? ……フフ」
 いつもと同じ朝。同じはずの朝。でも最高の朝。
「……お、おはよ、シンコ」
「あ、アッちゃん、起きたの? シャワー浴びてきたら?」
(起こしてあげたかったのにぃ)
 ちょっと残念。
「う、うん……」
 アスカは何となく罰が悪そうに立っている。シンコがやたら機嫌が良さそうなのにも、多少戸惑っているようだ。
「……どうしたの?」
「い、いや……昨日の事だけど……」
「……うん」
 少し眉をひそめる。
「良かったのかな、あんなことして……。あ、いや、勿論、俺はお前の事好きだけど。只……俺達まだ中学生だし……」
「……後悔してるの?」
「いや……俺は凄く嬉しかった……けど…………お前は……」
「……ねえ、アッちゃん?」
「え?」
「私が今どんな気分か教えてあげようか?」
「な、何だよ」

「へへへ、『やったぁ!』って、気分だよ!」

 満面の笑みでシンコはアスカにそう伝えた。





Fin























「綾波……コレ、何?」
「これは碇君の世界。あなたが望んだ世界そのものよ」
「コレが……僕の世界? 僕が望んだの?」
「そう、弐号機パイロットに殴られない世界」
「……そりゃ、アスカも女の子には手を上げないみたいだけど」
「弐号機パイロットとラブラブな世界」
「……確かにラブラブ……ではあるみたいだけど」
「フィフスと、自然に一次的接触の出来る世界」
「……そりゃ、男同士より、女同士の方が自然かも知れないけど」
「男の自分が家事ばかりしなくてもいい世界」
「……僕が問題にしていたのは『家事』の方で、『男』の方じゃないんだけど」
「私が格好良くてモテモテの世界」
「…………え?」
「あ………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………綾波?」
「…………………問題ないわ」
「…………何も問題がないのが一番の問題なんじゃないかな、コレ?」





おしまい






「問題ならあるぞ、シンジ」
「わあ!! と、父さん、いきなりどうしたの?」
「シンジ……、私は『父さん』ではないのだ」
「え? ……あ……まさか……『母さん』?」
「うむ」
「……うわぁ〜〜!!! イ〜ヤ〜ダ〜〜!!!!」







NEXT
ver.-1.01 1998+05/11 公開
ver.-1.00 1998+05/10 公開
「こんなのLASじゃねえ!」「ネーミング最低!」「てめえ、人を舐めてんのか!?」と言う文句は こちらまで!






 ザクレロさんの『たぶん誰かが望んだ世界』、公開です。



 きっと誰かが望んでいた・・・かも



 女アスカは男アスカ。
 男シンジは女シンコ。

  ・・シンコって(^^;



 少女漫画風なノリなんですが、
 所々くすっとさせるよな所がありますよね(^^)



 シンコと抱き合うカヲル・・・

 きっと誰かが望んでいたシチュエーション・・・(爆)




 さあ、訪問者の皆さん。
 ありそうでなかった性別逆転物(ある?・・私は知らない(^^;)を書いたザクレロさんに感想メールを!



TOP 】 / 【 めぞん 】 / [ザクレロ]の部屋