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『妄想が止まらない in バレンタイン』





 その日の朝、碇シンジはいつものように台所に立って二人分の弁当を作っていた。
 とは云え、いつも騒がしい二人の同居人は今朝はいない。アスカは一昨日から洞木ヒカリ嬢の家に泊まり込んでおり、ミサトはネルフに缶詰にされていた。
 おかげでシンジは寂しい夜と朝を迎えていたが、アスカがいつも通り弁当だけは要求するので朝は忙しかった。
 ふと、カレンダーを見る。
 2月14日。
「バレンタインデーか……。アスカ、チョコレートくれるかな……
  『はい、シンジ、バレンタインのチョコよ』
  『あ、ありがとう、アスカ。義理チョコでも嬉しいよ……』
  『ば、馬鹿、義理なんかじゃ……ないわよ……』
  『え、そ、それじゃ……』
  『……いつもありがとう、シンジ。……好きよ』
  『ア、アスカ、僕もずっとアスカのこと……』
  『嬉しい! シンジ!』
 な〜んてことになったりして!」
 ダンダンダン。
 千切りにするはずのニンジンが微塵切りになった。
「そして、その後……
  『ね、シンジ……、チョコレート食べさせてあげる』
  『う、うん』
   それで、アスカはチョコを一欠片自分の口に入れて、
  そっと唇を突きだして……
  『え……ア、アスカぁ?』
  『……早くぅ』
  『で、でも、みんな見てるよ、恥ずかしいよ』
  『……嫌……なんだ、シンジ……。アタシとこういうことするの……』
  『そ、そんな事ないよ』
  『じゃ、早く……』
  『わ、解ったよ……』
  『あ……』
  『……あむ……ん……』
  『……ん…………美味しかった? シンジ……』
  『うん……とっても美味しい……』
 な〜んて、な〜んて、な〜んて、な〜んて!」
 カシャカシャカシャ。
 メニューの一つが卵焼きからスクランブルエッグに急遽変更された。
「い、いやアスカの事だからもっと大胆に……
  『どうしたの、アスカ? 水着なんか着て。それに何か肌が黒いね。
  それに、今日はリボンなんだね、どうしたの?』
  『フフフ、シンジ♪ ……ん……』
  『ん……あ…………甘い……もしかして、躰にチョコを塗っているの?』
  『そ、シンジへのバレンタインチョコよ。ちゃんと食べてね♪』
   ウインク。
  『え……あ……ア、アスカぁ〜〜〜!!!!』
  『きゃあ〜〜〜♪』
 クッ、クククククククククク」
 ゴロゴロゴロ。
 突然転がり出す中年親父の発想を持つ14歳の少年。
「でも……」
 ようやく妄想から抜け出すシンジ。
「そんなこと……あるわけないよな……アスカが僕にチョコをくれるなんて……」
 いきなり暗くなるシンジ。
「そうだよな……アスカみたいな娘が僕なんかの事を好きになるわけなんかないんだ。暗いし、情けないし、アスカを怒らせてばっかりいるし……。それにアスカは加持さんの事が好きなんだし……。僕の勝手な妄想なんだ……アスカは僕のことなんか嫌いなのかもしれない……」
 一瞬前までの勝手極まりない幸せな妄想から一転して奈落に落ちるシンジ。尤もこの落差こそが碇シンジの碇シンジたる所以なのかもしれない。
 そんなシンジの一人芝居の一部始終を、葛城家最後の同居人たる温泉ペンギンが不思議そうに眺めていた。



 その頃、惣流アスカ・ラングレーは洞木ヒカリ宅にいた。
「やっぱりバレンタインチョコは手作りよ! 出来合いの物なんかよりも、多少出来は悪くとも心を込めた物の方が、相手だって絶対感激するはずよ!」
 と云う洞木ヒカリ嬢の言葉に流されて、「アタシは別にチョコレートなんて……」と、ぶつぶつ呟きながらも、のこのこと尾いてきて、昨晩までチョコレートを作っていたのである。
(喜んでくれるかな……)
 アスカは悪戦苦闘の末にようやく完成し、(アスカにしては)丁寧にラッピングされたチョコを愛おしそうに見つめていた。
「大丈夫よ、アスカ。碇君も絶対喜んでくれるわ!」
「そうかな……って、ヒカリ! べ、別にコレはシンジに渡すんじゃないわよ!」
「そうなの? じゃ、誰にあげるの、それ?」
「え、えっと……それは……」
「……他に渡す相手も居ないんでしょ。じゃあ、それは、いつも食事を作ってくれるお礼ってことで碇君にあげたら? アスカ、いつも、ありがとうの一言も云ったことないんでしょ」
「アイツがアタシに食事を作ってあげてるんじゃなくて、アタシがアイツの料理を食べてあげてるの! 他に何の取り柄もないんだから、食べてあげなきゃ可哀想でしょ!」
 ヒカリはアスカの物言いに呆れるしかない。
「…………ま、でも、ヒカリの云う事にも一理あるわね。仕方ないからコレはシンジにあげる事にするわ。どうせ、アタシがあげなきゃアイツ一個も貰えないでしょうしね」
(そうかしら? 碇君、結構貰えそうな気もするけど)
 ちなみにヒカリもシンジ用に義理チョコを用意している。
「何て言って渡そうかしら? 変に誤解されても困るし……。とにかく、さりげなく渡すのが一番ね。
  『はい、シンジ、バレンタインのチョコよ』
  『あ、ありがとう、アスカ。義理チョコでも嬉しいよ……』
  『ば、馬鹿、義理なんかじゃ……ないわよ……』
  『え、そ、それじゃ……』
  『……いつもありがとう、シンジ。……好きよ』
  『ア、アスカ、僕もずっとアスカのこと……』
  『嬉しい! シンジ!』
 ハッ……って、違う違う! これはあくまでもいつものお礼なんだから……」
「アスカ……? 全部聞こえてるんだけど……聞いてる?」
「と、とにかく、アイツもちゃんと食べるわよね……甘い物嫌いだったっけ? ……はっ、まさか食べさせてくれなんて云うんじゃ……
  『ね、アスカ……、チョコレート食べさせてよ……』
  『え……う、うん。いいわ』
   それで、アタシはチョコを一欠片自分の口に入れて、
  そっと唇を突きだして……
  『え……ア、アスカぁ?』
  『……早くぅ』
  『で、でも、みんな見てるよ、恥ずかしいよ』
  『……嫌……なんだ、シンジ……。アタシとこういうことするの……』
  『そ、そんな事ないよ』
  『じゃ、早く……』
  『わ、解ったよ……』
  『あ……』
  『……あむ……ん……』
  『……ん…………美味しかった? シンジ……』
  『うん……とっても美味しい……』
 ハッ……って、違う違う! なんでアタシがシンジに口移しでチョコを食べさせてあげなきゃなんないのよ!」
「……お〜〜い、アスカちゃぁん?」
「食べてくれないかな……それともこうすれば食べてくれるかしら……
  『どうしたの、アスカ? 水着なんか着て。それに何か肌が黒いね。
  それに、今日はリボンなんだね、どうしたの?』
  『フフフ、シンジ♪ ……ん……』
  『ん……あ…………甘い……もしかして、躰にチョコを塗っているの?』
  『そ、シンジへのバレンタインチョコよ。ちゃんと食べてね♪』
   ウインク。
  『え……あ……ア、アスカぁ〜〜〜!!!!』
  『きゃあ〜〜〜♪』
 フッ、フフフフフフフフフフ」
 ゴロゴロゴロ。
 突然転がり出す中年親父の発想を持つ14歳のゲルマン少女。
「……不潔よ、アスカ」
 取りあえず、お約束のヒカリの台詞。
「でも……」
 ようやく妄想から抜け出すアスカ。
「そんなこと……あるわけないわね……シンジ……アタシのチョコなんて待ってないよね……」
 いきなり暗くなるアスカ。
「そうよね……アタシなんてシンジに迷惑掛けるばかりだし……我が儘で家事の一つもロクに出来ない女なんか、シンジ、嫌いだよね……」
 一瞬前までの勝手極まりない幸せな妄想から一転して奈落に落ちるアスカ。時々アスカの、どこぞの大学を卒業したらしい、聡明なはずの頭脳は、このような突飛な発想を導き出す。
「アスカって意外と根暗なのかしら?」
 そんなアスカの様子を、ヒカリが弁当を詰めながら不思議そうに眺めていた。



 一人、とぼとぼと登校するシンジ。
「やっぱり、アスカ、僕にチョコなんかくれないだろうな……。どうせ僕なんかアスカに気にとめて貰えるような男じゃないし……」
 既に泣きが入っている。アスカに何か云われた訳でもないのに、よくここまで落ち込めるものだ。
「おはよう、シンジ」
「よ、センセ、……どないしたんや? 朝から暗い顔して」
 シンジに声を掛けてきたのは勿論、相田ケンスケ氏と鈴原トウジ氏の三馬鹿トリオのメインプロセッサたるお二方。
「あ……、トウジ、ケンスケ、おはよう……」
「何だ何だ、その顔は! 今日は待ちに待ったバレンタインデーじゃないか! こんな素晴らしい日にそんな顔をしていてどうするんだ?」
 無茶苦茶快活な相田ケンスケ氏。一体彼は何でこんなに爽やかなのだろう?
「……ケンスケ、どうしたの?」
 そっと、トウジに尋ねるシンジ。
「……今日の為に女子に声掛けまくっとったんや、アイツ。十個は堅いとかゆうとったで」
 シンジが聞いても無茶苦茶胡散臭い話だ。かなりの割合でケンスケの妄想が混じっているに違いない。
「で……どないしたんや、シンジ? 惣流と喧嘩でもしたんか?」
「え、い、いや、そんな事ないよ……」
「……ほうか、そう云えば惣流はどないした?」
「うん……、委員長の家に泊まってるんだ……」
「ほうか、それで元気がなかったんか?」
「そんなこと……」
「でもシンジ、シンジも惣流からチョコレート貰えるんだろう。そんな顔してると、また惣流に叩かれるぜ」
「……アスカが僕なんかにチョコレートをくれる訳がないじゃないか……」
「……はぁ?」
「そうだよ……。アスカは僕の事なんかどうでもいいんだ。僕にチョコレートなんかくれる訳ないよ……」
 ますます落ち込んでしまうシンジだった。



 学校に着いて、シンジが下駄箱を開けると中から綺麗にラッピングされたチョコレートが何個かこぼれ落ちた。
「お〜、大漁やのぉ、センセ」
 当然の事ながら、トウジとケンスケの下駄箱の中には自分達の内履きしか入っていない。
 シンジは慌ててチョコレートの送り主を確認する。だが、アスカからの物はない。
「……そうだよね。アスカはこんな所に入れないよね……」
 シンジはチョコレートを持つと、とぼとぼと教室へ向かって歩き出した。
「……大丈夫かのぉ、センセ」
「知らないよ」
 相田ケンスケ氏は自分の下駄箱にチョコが一つも無かった事に、いたくご不満の様子だった。



 シンジが教室に入ると、机の上には既に中に収まり切らなくなっていたチョコレートが山になっていた。
 ふと教室を見回せば、既に来ていたアスカと目があった。
 が、すぐにアスカの方から目をそらしてしまう。
(……挨拶もしてくれないなんて………やっぱり、アスカは僕の事なんか嫌いなんだ)
 それでも一縷の望みを託して、机にあったチョコの送り主を一つ一つ確認する。
……が、やはりアスカからの物はない。
 シンジは泣きたくなってきた。

 一方、アスカは、シンジが大量のチョコを貰うのを沈んだ気持ちで眺めていた。(何よ……、シンジ、あんなにチョコ貰えるんじゃない……。これじゃアタシのチョコなんて必要ないじゃない……。あんなに熱心にチョコの確認して……今更アタシがチョコ出しても仕方ないよね……)
 何故かいつもと違い思考がマイナスに沈んでいくアスカ。
(もし、もし、チョコを出して、貰ってくれなかったらどうしよう?)
 青ざめるアスカ。
(そんな、そんな……でも……ううん、シンジはきっと貰ってくれる。優しいもの……。で、でも優しいから貰ってくれるだけで、やっぱりアタシの事なんかどうでもいいのかも……)
 アスカは泣きたくなってきた。



 その日、シンジの所には休み時間になる度に女の子がやってきてチョコレートを置いていった。シンジはその度にチョコの送り主がアスカでないことに落ち込んで行くのだった。
 アスカも休み時間になる度に、チョコを渡そうと考えるのだが、他の娘がシンジにチョコを渡すのを見ているとどうしても渡せなかった。
「しっかりしなさい、アスカ。大丈夫、碇君喜んでくれるわよ」
「……無責任な事云わないでよ……、もし、もし渡して、いらないなんて云われたらアタシ、アタシ……そうよ、シンジ、あんなにいっぱい貰ってんだもん、アタシのチョコなんかいらないに決まってるわ」
 既に、「仕方ないからシンジにチョコをあげる」と云う理由はアンドロメダの彼方に置いてきてしまったらしい。
(……アスカって、自分の処理能力を越える事態になると、いきなり弱気になっちゃうのよねぇ。普段はそんな事にはまずならないからいいんだけど)
 ちなみに、この場合のアスカの処理能力を越える事態とは、シンジがもてると云う事実である。



 結局、昼休みにも弁当を渡しただけで何も話せないまま放課後を迎えてしまった。
(結局アスカ、チョコくれなかったな……。お弁当渡すときも話すどころか目も合わせてくれなかったし……)
 既にアスカは洞木ヒカリ嬢と一緒に学校を出てしまい、シンジは一人とぼとぼと帰路についた。
(アスカ……もう僕と顔を合わせるのも嫌なんだね……。委員長の家に泊まってるのも僕と会いたくないからなんだ……。もしかして、アスカ、家を出ていく気なんじゃ……そんなに僕が嫌いなの?)
 シンジの手には、貰ったチョコレートが満杯に入った紙袋がぶら下げてある。紙袋は相田ケンスケ氏が持参したものだが、結局無駄になってしまった為、シンジのチョコを入れてやったのだ。その際、相田某はシンジのチョコを数個、こっそりと自分の鞄に着服し、僅かばかり溜飲をさげている。なお、鈴原トウジ氏だけはそれに気付いていたが、その時彼は、洞木ヒカリ嬢から頂いたチョコレートのお陰で、例え目の前にセカンドインパクトの犯人が居ても許せるような気分になるほど寛容になっていたので、見て見ぬ振りをしておいた。
 ちなみに洞木ヒカリ嬢は碇シンジに義理チョコをあげたが、相田某にはあげていない。忘れていたと云うよりも、彼にチョコをあげようと云う発想がそもそも無かったようだ。
(どうせ……どうせ僕なんかアスカにチョコを貰えるような男じゃないんだ。僕にチョコを貰う資格なんかないんだ。そうだ、僕はこれからも、誰からも一生チョコを貰えずに、一人寂しく死んで行くんだ……。やっぱり僕なんか、誰もいらないんだ……)
 アスカ以外の女の子から貰ったチョコは全く眼中に無いらしい。結構非道い奴である。もしかしたら、今日、チョコを貰った事などすっかり忘れているのかもしれない。それ程、シンジの思考能力は麻痺していた。
(帰ろう。帰って、思いっきり泣こう。そうすれば少しは気が晴れるかな?)
 涙が溢れてきた。
(駄目だ、こんな所で泣いちゃ……でも、でも……)
 とにかく情けない碇シンジ。女々しい事この上ない。

(結局……渡せなかった……な)
 アスカもとぼとぼと一人、帰路についていた。
 途中まで、洞木ヒカリ嬢と一緒だったのだが、鈴原トウジ氏が現れたためにアスカの居心地が悪くなってしまい、仕方ないから帰る事にしたのだった。
(家……帰りたくないな……。シンジ、今日、何も話してくれなかった……。お弁当くれるときも素っ気なかったし……。やっぱりアタシのこと嫌いになったんだ……)
 悲しい。
 母親が死んだときも、父親が自分を見てくれなくなったときも、こんな思いにはならなかった。だが、シンジに嫌われたと考えるだけで、もう、どうにもならないほど悲しい。
(嫌われて当然よね……アタシ、シンジに好かれるような事、何にもしてないもの。それどころか、いつも虐めていたし……。今更チョコなんか渡しても遅いよね……)
 涙が溢れてきた。
(駄目……、泣いちゃ駄目、アスカ。アタシはセカンドチルドレン、惣流アスカ・ラングレーなのよ。こんな事で泣いちゃ駄目…………………でも……でも……)
 グイと涙を拭うアスカ。
(こんな所で泣いちゃうなんて……誰かに見られたら……)
 ふと周りを見回すと……
(シンジ……!)
 シンジだ。
 碇シンジが歩いて来る。
(……何? どうしたの、シンジ? なんか落ち込んでいるみたい……)
 黙って見ていると、突然シンジが泣き出した。
(な、何よ、何で泣いてんのよ、シンジ!)
 アスカは慌てた。
 慌てて声を掛けようとした。
 だが……
 アスカは声を掛ける事が出来なかった。



「グスッ、グスッ」
 碇シンジが泣きながら歩いている。傍から見ていると少し……いや、かなり不気味だ。あまりお近づきになりたくない。
 そんな時、シンジの携帯電話が鳴った。
 慌てて涙を拭い、鼻をかみ、電話を手にする。
「はい……、碇です」
『…………何、泣いてんのよ……』
 声はステレオで聞こえてきた。
「ア、アスカ!?」
 慌てて顔を上げる。
 目の前に携帯電話を持ったアスカがいた。
「お……男がこんな所で泣いてるんじゃないわよ………みっともない」
「う、うん……ごめん……」
 どことなく寂しげなアスカ。
 尤もシンジはその原因が自分に有ろうなどとは全く思いつかない。
「いっぱい……貰ったのね……」
「え……?」
「………チョコレート」
 アスカの指がシンジがぶら下げている紙袋を指す。
「え……あ……」
 ぼんやり中を見てみる。成る程、チョコレートのようだ。
「……チョコレート……だったんだ……」
「……? 何云ってんの?」
「え……いや……何でこんなにチョコレートがあるのかな、と思って……」
「……あんた…バカ? ……バレンタインで女の子達から貰ったんでしょ……」
「あ……そうだっけ……」
「……嬉しいでしょ?」
「え、な、何が?」
「……そんなに貰って……」
「そんなこと……」
「……何よ……あんなに熱心にチョコの確認してたくせに……」
「そ、それは、アスカからのがないかと思って……」
「……え?」
「あ…………」
「…………………」
「…………………」
「……ねぇ、シンジ……」
「え……」
 次の一言を云うために、アスカはありったけの勇気を必要とした。もし、これでシンジに突き放されたら、もう自分は再起不能だ。
「アタシのチョコレート…………欲しい?」
 からかってるんだろうか?
 シンジは思う。
 もしかしたら、後で馬鹿にされるかもしれない。
 答えた後で突き放されるかもしれない。
 でも……
「う、うん……アスカのチョコ……欲しい」
「……そんなにいっぱい貰ってるのに?」
「で、でも……アスカから貰う一個のほうが………嬉しいよ……」
「そう……」
 そこでアスカは背を向けてしまう。恥ずかしくて。照れくさくて。
(シンジ……シンジ……欲しいって云ってくれた。アタシのチョコ、欲しいって……)
 顔は真っ赤に上気し、心臓が餅でもついているみたいにバクバク云っている。
 一方、シンジはアスカが背を向けた事で一気に絶望していた。
(やっぱり……からかっただけなんだ……チョコくれないんだ……)
 再び涙がこみ上げてくる。
(駄目だ……こんな事で泣いてちゃ、益々アスカに嫌われる……)
 その時……

 バン!!!
 シンジの顔に何かが当たった。
「え、あ」
 顔に当たった何かが、そのまま地面に落ちようとするのを、慌てて受け止める。
 それは、シンジの顔に当たったせいで、少しひしゃげてはいたが、明らかにチョコレートと思しき箱であった。
「ア……アスカ?」
 アスカが再びシンジの方に顔を向けている。どう考えても、アスカが投げつけたものだ。
「こ、これ……チョコレート」
「……そうよ」
「ぼ、僕に?」
「うん……って、あ…と……そ、そう仕方ないじゃない、アンタがそんなに欲しいって云うんなら。ほ、ほら、アンタ……泣いてるしさ、可哀想だからあげるわ。か、感謝しなさいよ!」
「う、うん! ありがとう、アスカ!」
 この時のシンジの顔こそ見物であったろう。地獄の底で絶望していたのが、いきなり天国に引き上げられたような気分だったに違いない。先ほどまで鬱陶しいほど泣きじゃくっていたのが信じられないほど、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべていたのだから。
(喜んでる……シンジ、喜んでくれてる。良かった。と、当然よね。何たってアタシのチョコなんだもん)
 結構現金なアスカ。
「な、何よ……、アタシからのチョコが嬉しいのは解るけど……、か、勘違いしちゃだめよ! 昨日、ヒカリと一緒に作って、たまたま余っただけなんだから……」
 ちなみにアスカの作ったチョコは、その一個だけだ。
「え……これ、アスカの手作りなの?」
「……そうよ、ア、アンタ、幸福ね! たまたまとはいえ、アタシの手作りチョコが食べられるんだから……」
「う、うん、ありがとう! 一生大事にするよ、僕!」
「ば、バカ! とっとと食べちゃいなさいよ!」
「で、でも……」
「……何よ、アタシのチョコ、食べるのが嫌なの?」
「そ、そうじゃないよ! ただ、勿体ないなって……」
「バカ……、い、いいわ、じゃあアタシが食べさせてあげる」
「え……」
 途端に、今朝の妄想を思い出し、真っ赤になる二人。
「……帰ろうか」
「そ、そうね」

「そ、そういえばさ、アスカ」
「何? シンジ」
「か、加持さんにはさ、どんなチョコあげたの?」
「……え?」
「あ……だから、加持さんにも、チョコ……あげたんでしょ? どんなのあげたのかな……って思って……」
 シンジも、好きな女の子が他の男に、どんなチョコをあげたのか気になるのだろう。
 だが、アスカの方は黙り込んでしまった。
「…………」
「ア……アスカ?」
「忘れてた……」
「へ……?」
「大変、シンジ! 加持さんのチョコレートの事すっかり忘れてたわ!」
「え、あ、そう……なの?」
「こうしちゃいられないわ! 早く買って届けに行かなきゃ! 行くわよ! シンジ!」
「え……僕も?」
「当たり前でしょ! それとも、アンタ、アタシと買い物に行くのが嫌だってえの!?」
「そ、そうじゃないけど……」
「急ぐわよ! もたもたしてると今日中に加持さんに渡せないわ!」
 シンジの手を取り駆け出すアスカ。
 シンジは何か云いたそうだったが……
(ま、いいか……)
 何も云わなかった。
 繋いだアスカの手が温かかったから……



「シンジ」
「何、アスカ?」
「早くチョコ届けて、早く帰るわよ」
「う、うん」
「アンタにチョコ食べさせてあげなきゃね」
「そ、そうだね」
 アスカはどんな風にシンジにチョコを食べさせようかと考えていた。



おしまい




NEXT
ver.-1.00 1998+02/09 公開
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あとがき?

ギャグ……のつもりだったんだけど……書いてる内にワケわかんなくなっちゃった……
なんか最初考えていたのと全然違う話になってるし……




 ザクレロさんの『妄想が止まらない in バレンタイン』、公開です。


 バレンタインはいいよね♪

 ラブラブはいいよね

 アスカxシンジはいいよね(^^)

 色々な妄想も、
  若さゆえ、
  気持ちの深さゆえ、
 で、いいよね〜


 マイナス思考で落ち込んだり、
 相手の笑顔で喜んだり。

 バレンタインはいいよね(^^)/


   ケンスケをのぞく。


 さあ、訪問者の皆さん。
 時事物ジャスト、ザクレロさんに感想メールを送りましょう!



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