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めぞんEVA1周年記念SS
Declination below adolescence!
Presented By 風奈
大観衆の歓声の中で、青を基調としたプラグスーツに身を包んだ少年が手を挙げて答える。
隣に立っている真紅のプラグスーツに身を包んだ少女は少々不満顔ではあるが、喜んでい
るように見える。
そして、シャンパンファイトが始まった。
プツッ
栗色の髪の少女が手に持っていたリモコンのボタンを押すと、液晶画面に表示されていた
映像は消え、真っ黒の画面になる。少女の表情は至って、不満げである。映像の中の、喜
んでいるような要素は全く、と言ってもいいほど無かった。
「どうしたんだい?随分と荒れているようだけど。」
「どうもこうもないわよっ。」
少女は苛立ちを含んだ口調で言い捨てると、立ち上がり、歩きだす。しばらくすると、激
しい音と共にドアが閉まり、部屋に残された少年はやれやれ、といった表情で肩をすくま
せた。
「シンジ君、君が戻ってくるまでお姫様のご機嫌は斜めのままだよ。」
2020年、11月下旬。
ネルフ・ワークスは1名の欠員を除くと、概ねつつがなくシーズンを終えようとしていた。
あと、1戦でシリーズは終わり、それほど長くない休養期間に入ることになる。
現在より3戦前、ネルフ・ワークスのパイロット(ネルフではこう呼ぶ)の一人、碇シン
ジはその搭乗機「エヴァンゲリオン」初号機でトップに立とうとした瞬間、暴走を引き起
こし、クラッシュ、レースはリタイヤ、搭乗者である碇シンジも全治8週間の怪我を負っ
ていた。代わりとして、渚カオルが参号機にてスポット参戦の形を取り、チームとしては、
コンストラクターズポイントでトップに立っていた。しかし、もう一人のパイロット、惣
流=アスカ=ラングレーの調子はいまいち上がらず、入賞こそすれ、表彰台に姿を現すこ
とは無かった。碇シンジの負傷より4週間が経過していた。
「カオル?お兄ちゃんは最終戦に出るそうよ。」
部屋に入ってきた空色の髪の少女、碇レイは手に持っていた資料をカオルに渡す。彼女は
碇シンジの妹であり、ネルフ・ワークスのマスコットガールである。渚カオルと恋仲にあ
り、二人とも公言してはばからない。
カオルは資料に目を通すと、溜め息をつく。
「レイ、マヤさんに初号機の修復を最優先にするように言ってくれないか?僕の参号機は
後回しで構わない。」
「了解。止めても無駄でしょ?」
「すまない。」
「いいってことよ。」
レイはそう言うと、部屋から出て行く。カオルはレイを見送り、自らはソファに体を沈め
た。そして目を閉じると、呟く。
「シンジ君、君は何のために走っているんだい?」
第三新東京市立中央病院内リハビリルーム。
碇シンジは筋力トレーニングをしていた。付き添う者は誰もいない。彼が付き添われるこ
とを拒否したのである。誰かがいると、甘えてしまうから、と。彼が目指すのは、2週間
後の最終戦。通常の回復状態では、到底無理だが、彼は驚異的な回復力を見せ、通常生活
には何も問題がない、というところまで回復していたのである。だが、レースに出るとな
るとそれは異なるものとなる。通常以上の体力を取り戻さない限り、レースという過酷な
状況に耐えられないのだ。
「頑張っているわね、シンジ。」
「母さん・・・。」
シンジの目の前に現われたユイ。その服装はいつもとかわらないスーツ姿である。違うと
いえば、秘書がついてきていないことであろうか。
「カオル君が初号機の修復を最優先にしてくれたそうよ。あなたも期待に応えなければね。」
「分かってるよ、母さん。僕は約束を果たしに行くんだ。」
シンジは力の宿った瞳でユイを見る。ユイはその瞳を興味深げに見ながら、手に提げてい
たポーチを開けて、手紙を一通差し出す。
「何?」
「愛しのお姫様からよ。随分と御機嫌斜めみたいだから、フォローぐらいしなさいよ。」
「うん・・・。」
シンジは手紙を受け取ると、胸のポケットに入れ、再びトレーニングを始める。その様子
を見て、ユイは頷き、そっとその場を離れた。
休憩時間になり、シンジは手紙を読みはじめる。それを読み進んでいるうちにシンジの表
情に笑みが浮かんでくる。
「アスカらしいや。」
一言呟くと、再びトレーニングを始めるシンジ。休憩用のイスに置かれた手紙の文末には、
真紅のルージュで形取られた唇のあとがあった。
ネルフテストコースに併設された開発室では・・・。
「マヤ、修復状況は?」
「ボディは完全に修復しました。あとはエネルギーバイパスとAIです。」
「そう、シンジ君のパーソナルデータのバージョンアップはこちらでやっておくから。」
赤木リツコと伊吹マヤは初号機の修復作業に当たっていた。最優先になっているだけあっ
て、修復はもうじき終わるようである。
「リツコ、調子はどう?」
「まあまあね。初号機だから、仕事量は多いけど。」
「シンジ君、間に合うの?」
「そのようね。」
プレス向けのニュースを聞きに来た葛城ミサトは、初号機の修復中を今回のニュースにし
ようか、と考えたがその考えを捨てた。このニュースは最後の隠し玉であるべきだ、とい
うショー効果を考えたからである。だが、他のニュースを探さないことにはどうしようも
ない。
その瞬間、コースを疾走する弐号機の姿が目に入る。
「ちょっと、リツコ。アスカ、目茶苦茶速くない?」
「まだ、シンクロしてないわよ。シンジ君が来る、と分かった時からあの調子なのよ。」
「これ、ニュースになるわね。相田君、写真撮っておいて。」
「了解。」
ケンスケは疾走する弐号機を写真におさめる。ピットに入ってきた弐号機から降りるアス
カをフレームの中におさめると、シャッターを切るものの、意外そうな表情を禁じ得ない。
「惣流、嬉しそうだな。碇が戻ってくるからか?」
「そんなわけないでしょ。」
アスカは照れた表情でそそくさとピットの中に入っていく。そしてリツコの所に来ると、
「シンクロ時のタイムってだいたい20%よくなるのよね?」
「そうね。それがどうかした?」
「今のラップは1分ジャスト。シンクロすると48秒になるわよ。」
アスカは胸をそらして言う。少し前までの不機嫌さも、苛立ちも消えうせている。自信に
満ちあふれている感じが伺える。
そのままロッカールームに向かうアスカにミサトは、
「ユイさんからメッセージよ。『約束は果たすそうよ。』だって。」
と声をかける。アスカは立ち止まると、左手を挙げて軽く振ると、
「分かってるわ、シンジだもの。」
と答え、ロッカールームに入っていった。
「復調したアスカと、復帰第一戦のシンジ君。面白そうな最終戦ね。」
「そうね。で、加持君から連絡入った?」
「駄目。第二新東京の方で探ってるみたいだけど。」
「第二と言えば、時田という男がいたわね。何も企んでいなければいいんだけど。」
ロッカールームに入ったアスカはプラグスーツを脱ぐと、シャワーを浴びはじめた。
プラグスーツとは、身体保護を目的とするライダージャケットと目的は変わらないが、外
部よりデータの取得が可能なほか、若干の傷を治療するLCLという液体を素材の中で循
環している。
「シンジ、ありがと。」
アスカは瞳よりこぼれる涙を隠すように、シャワーを頭からかぶる。誰も見ていない、と
いうのに。アスカは誰の前でも弱みを見せることを嫌っていた。それは癖のように、自ら
の行動に染み付いているのかもしれない。
シャワーから上がり、ラフな服装に着替える。
真紅のビスチェに、白いブラウスを羽織り、ストーンウォッシュのジーンズをはいていた。
足は素足に白いサンダルである。
着替えおわった頃にロッカールームのドアが開き、アスカにとって見慣れた顔がのぞく。
「ヤッホー、アスカ。帰るんでしょ?お昼でも食べに行かない?奢るから。」
「あら、珍しいじゃない、マナ。奢るだなんて。」
「そう?まあいいじゃない。行くんでしょ?」
「そうね、ご馳走になるとしようかしら。」
アスカはそう言うと、キーホルダーを指でクルクル回す。現在では、自動車の免許も取得
し、通常の移動には自動車を使うことにしていた。バイクが今はレースで使っている、と
いうのもあるのだが。
アスカの愛車はワインレッドカラーの日産スカイラインR34GT−Rである。
イグニッションキーをひねり、エンジンを始動させる。そしてしずかにゆっくりと発進し
ていった。
時と場所は移り、2020年11月最終週、第三新東京市立中央病院。
シンジは左手のギプスを外し、手を握りしめる。そしてその感触を確かめ、
「よし。」
と呟いた。思ったよりも回復が良好のようだ。それと同時にベッドから跳ね起きる。既に
シンジの身体は回復を遂げており、その動きは以前のままである。そして、ベッドの傍ら
に置かれていたプラグスーツを着ると、病室から出ていく。病室に向かっていた看護婦が
シンジを呼び止めようとする。シンジは看護婦に向かって、
「もう回復しましたよ。今日限りで退院ということで。」
と言うと、病院から出ていった。看護婦が慌ててシンジの所属するネルフ・ワークスに連
絡を入れる。
シンジは病院の駐車場に置かれていた廉価型「エヴァ」試作機に乗ると、エンジンに火を
入れ、そのまま走り去っていった。この「エヴァ」はユイが見舞いに来た時に置いていっ
たものである。
「シンジ君、病院を出たそうよ。行き先は不明だけど。」
開発室で連絡を受けたリツコは振り返るとそう言った。振り返った先にはシンジ、アスカ
とマナ、加持をのぞく、ネルフ・ワークスの全員がそろっていた。
ネルフ・ワークスは、メインパイロットの碇シンジ、惣流=アスカ=ラングレー、監督兼
サードパイロットの渚カオル、メディカルドクター兼開発部部長として赤木リツコ、メン
テナンスメカニックとして伊吹マヤ、情報収集担当として加持リョウジ、広報担当として、
葛城ミサトと相田ケンスケ、マシンキャリアーとして鈴原トウジ、食事担当として洞木ヒ
カリと山岸マユミ、マスコットガールとして碇レイ、霧島マナが所属していた。
アスカとマナはネルフ・ワークスの代表として記者会見に臨んでいた。今回の記者会見は
テレビ局企画のもので、イメージと話題性で二人が出ることになったのであった。加持は
依然、連絡がつかない状態である。
「ここじゃないんですか?」
ケンスケはそう言いながら、プレス向けの原稿を書いていた。
「しかし、僕たちの予想よりも更に1週間早かった。驚異的な回復力だね。」
「これはまだ隠しておきましょ。」
「そうですね。」
カオルとミサトは同意し、頷きあう。
トウジはキャリアのメンテナンスも終わり、レース開催週までは暇になったため、のんび
りとしたものである。リツコとマヤは初号機の修復が一段落したので、休憩を取っている。
ヒカリはお茶を出したあと、トウジの隣に座っていた。
「どうぞ、実家から送ってきたお菓子ですけれど。」
とお菓子を載せた皿をテーブルの上に置いたのはマユミである。
「さて、と。これで久しぶりに全メンバー揃うことになるね。最終戦はワンツーフィニッ
シュといきたいものだねぇ。」
カオルはそう言うと、お茶を飲み干した。
「もうそろそろ、記者会見が始まるわね。見てみましょうか?」
ミサトがディスプレイにテレビ画面を表示させる。そこにはアスカとマナの姿が映ってい
た。この記者会見は他のチームも、紅一点やら、エース級を出しているようだ。
「ネルフの惣流さん。最近調子を落としているようですが、最終戦はどうでしょうか?」
「アンタバカァ?アタシの調子が悪いわけないでしょ。テストコースだってレコード出し
てんのよ。」
アスカはあいかわらずの調子で言葉をまくしたてる。それを見て、マナはクスクス笑って
いた。
「碇シンジ君は最終戦に間に合わない、という噂がありますが。それに関しては?」
「さぁね。あのバカが戻ってくるつもりなら戻ってくるんじゃない?」
「私たち、病院にも行ってないから分かんないもん。ねぇ、アスカ?」
「ええ、カオルが出るんじゃないの?コンストラクターズは既に一位だし、冒険すること
ないじゃない。」
アスカとマナは頷きあい、記者連中を煙に巻いた格好になったようだ。実際は、シンジが
病院を出たことを知らないのだから、完全にシンジの事を隠蔽したことになる。記者達も、
シンジが出ない、という意見で一致していた。アスカの最後の言葉は、この会見中二つめ
の嘘になっているのだが、自信満々のアスカからその嘘を見抜くのは難しいだろう。隣の
マナでさえ、そう信じ込んでしまったほどである。
記者会見はその後、大きな話題も無く、終えることとなった。
会見後、アスカはマナに、
「調子悪くなかった、というのは嘘よ。でもね、もう一つ、嘘があるから。」
と耳元で囁く。その言葉にマナは顔色を変えて、
「ちょっと、アスカ。どういうことよ。」
と詰め寄るが、アスカは笑みを浮かべるだけで答えない。その表情は明るく、晴れ晴れと
したものである。記者会見場の外で、背伸びをしながら、アスカは呟いた。
「お膳立てはしたからね。しっかりやりなさいよ。」
2020年、12月第1週。
チャンピオンシップ最終戦を迎えた週末、コースは今までにない観客の数を迎え、その熱
気は頂点に達しようとしていた。コンストラクターズはネルフ・ワークスが手中にしたも
のの、個人のチャンピオンシップに関してはこの最終戦で決定するとあれば、いやがおう
にも注目は集まる。しかも、開催地は第三新東京。個人チャンピオンシップの候補に地元
のネルフ・ワークス所属である、惣流=アスカ=ラングレーがいることも観客数の増加に
拍車をかけているのだ。アスカと同じポイントを獲得していた、碇シンジが出走できない、
との情報があっても、本年度最多の観客がコースに押し掛けていた。
ネルフ・ワークスのピットは今までにない緊張感を持っていた。今まで隠してきたシンジ
の出走が近づいて来ているからである。カムフラージュのために、現在も参号機は起動し
たままであり、パイロットであるカオルは黒のプラグスーツを着て、いかにもレースに出
る、といった様子を演出していた。
もう一人のパイロット、惣流=アスカ=ラングレーはピットの外で記者の取材を受けてい
た。隣にマスコットガールのマナが立って、アスカをフォローしていた。一方、レイはカ
オルの隣に立って、カオルが出走するように見せていた。
「さて、あと5分だね。」
カオルは呟くと、ピットに横付けされたコンテナキャリアに視線を移した。
コンテナの中ではシンジがレースに向けて準備をしていた。
コンテナの中で、メディカルチェック用の机で碇ユイは頬杖をつきながら、溜め息をもら
す。その視線の先には、彼女の息子である碇シンジがプラグスーツを身に纏った姿で立っ
ていた。シンジの目の前には彼の駆る「エヴァンゲリオン」初号機が静かな動作音を伴い
ながらレースに向けて待機していた。その機体には偽装が施されていて、外見上、ぱっと
見では参号機に見えるようになっていた。
「いよいよね、シンジ。アスカちゃんとの約束は果たせそう?」
「うん、絶対に約束は果たすんだ。逃げてなんかいられないよ。」
シンジは強い口調で言うと、ヘッドギアを付け、ヘッドセットインターフェースを装着す
る。厚い壁越しにスタンドの歓声が聞こえてくるのに対応して、その表情に緊張感が現わ
れる。ユイは立ち上がると、シンジの頬をそっと撫でる。
「今からそんなに緊張しても駄目よ。」
「うん・・・。」
「スタート3分前よ。シンジ君、準備はいい?」
コンテナの中にミサトが顔を出す。シンジはそれに大きく頷いて答えた。
「それでは、グリッド紹介を致します・・・・・・。」
コース上では出走グリッドのアナウンスが始まる。
このレースでは、今までの個人ポイントが高い者ほど後ろに配置される。そのため、チャ
ンピオンシップの争いが激しくなり、人気を呼ぶ要因となっていたのだった。先頭からア
ナウンスされるグリッドは中盤に差し掛かる。
「さて、と。休養してたんだから、見せてもらうわよ。」
「アスカ、ゴメン。」
「な、何、謝ってるのよ。アンタはアタシとの約束を守ればいいのよ。それだけ。」
「うん。」
アスカの声で、シンジの緊張感は急に消えうせてしまった。今までになく、目的がはっき
りした、ということがあるのだろう。答えたシンジの表情を見て、アスカの表情も柔らか
くなる。
「最終グリッド、惣流=アスカ=ラングレーと、えっ?碇シンジ、碇シンジです。ネルフ
・ワークス所属。搭乗機は「エヴァンゲリオン」弐号機と初号機ですっ。」
女性アナウンサーの声はひときわ大きく、それを聞いた観客からは大きなどよめきが走っ
た。その瞬間、マヤの手によって偽装が外され、初号機の姿が露になった。
「成功ね、あとはお兄ちゃん次第。そうでしょ?カオル。」
「そうさ。しかし、今日は寒いね。雪でも降るんじゃないかい?」
レイとカオルはその様子を眺めながら、話していた。そのざわめきを楽しんでいるようだ。
しばらくしてグリッドではエンジン音が激しくなり、搭乗者もそれぞれ自分の機体に跨が
り、スタートを待っている。
スタートランプの赤いランプが点灯する。そして次に黄色のランプが点灯する。そして、
最後の青いランプが点灯した瞬間、エキゾーストノイズと共にグリッド内のバイクは疾走
を始めた。だが、最後の2台だけは動いていない。
「な、何やってるのよっ。お兄ちゃん、アスカッ。」
カオルが持っていたインカムを取り上げて、レイが叫ぶ。それにも二人は動ぜずに、動か
ない。二人とも、右手でハンドルを軽く叩いてリズムをとっているように見える。
「行くよ、アスカ。」
「行くわよ、シンジ。」
二人の声が同時に発せられた瞬間、初号機、弐号機の姿は一瞬、歪んだように見えた。そ
れを見たネルフ・ワークスの面々はピットから乗り出すようにしている。
「まさか、最初から暴走!?」
「違うわ。シンクロレートは90%で維持。今までで一番高い数値よ。」
「リツコさん、二人のシンクロレートはどうなっていますか?」
「人間同士のシンクロレートは・・・100%!!」
2機は限界ぎりぎりのスピードで第一コーナーに進入し、そのままのスピードでコーナー
を抜けた。2機とも、完全に同じ動きを取っている。そのまま、ロングストレートに入る
と、ストレートの終わりには、先にスタートしていた機に追い付こうとしていた。
「くそっ。」
追い付いてきた2機に先を走っていたレーサーは先に行かせまいと、ブロックしようとす
る。それを見たシンジとアスカは頷きあうと、左右に別れて、プレッシャーをかけると、
一気に抜き去った。
「あいつら、化け物か。この前までと全然違うじゃないか。」
シンジとアスカは再び並ぶと、寸分違わぬ動きで前方を走る機を捉えようとしていた。
「ユニゾンだね。」
「ユニゾン?でもシンジ君もアスカも訓練なんてしてないのよ。」
カオルの言葉にリツコは反論を投げかける。そのリツコの肩にそっと手が置かれる。ユイ
の手である。そしてユイは力強い声で言う。
「あの二人は心が強く結び付いているもの。訓練は必要ないわ。」
シンジとアスカは次々と抜き去り、あとは先頭を走る2台を残すのみとなっていた。
モニターに映し出された二人の前の1台を見て、リツコとマヤは顔色を変える。
「このマーキングは時田ね。」
「そうさ、リッちゃん。ちょっとばかし遅かったようだが。」
ピットの入り口に久しぶりに加持が姿を現していた。
「加持、どういうこと?」
「あれは、JA−01。時田シロウが作った「エヴァ」もどきさ。動力源は核、だそうだ。
単純に速さだけを比べるなら「エヴァ」以上だ。」
「加持さん、楽しんでないですか?」
「そりゃあ、ね。俺の楽しみなんてこれくらいだからな。」
2機の「エヴァ」は執拗に抜こうと試みるが、直線に入ったところで引き離され、思うよ
うに抜くことができないでいる。それに苛立ったのか、アスカだけが急に加速して抜こう
とする。
「駄目だっ、アスカ。」
シンジは叫び、追いかける。アスカは「JA−01」のスリップストリームに入り、追い
抜こうとする。だが、小刻みに「JA−01」のテールが揺れて、それに触れた弐号機は
大きくバランスを崩す。
「ちっ、セコいやり方ね。シンジ、アタシが突破口を開くから。」
「アスカッ。」
「シンジ、約束を覚えているんでしょ?」
「でも・・・。」
「でも、じゃないっ。約束守れなかったら殺すからね。」
シンジは制止しようとするが、アスカはそれに構わず、もう一度アタックを開始する。今
度は抜き去る、という考えのものでなく、荒っぽくごり押しで抜く、というアスカがもと
もと得意としていたやり方である。アスカは弐号機を「JA−01」のテールにぶつけな
がら、そのスピードを落とさせていく。
「シンジ、今よっ。」
アスカの声にシンジの初号機は弾かれたように加速し、「JA−01」を抜き去った。そ
れに動揺したのか、「JA−01」は大きく振れ、アスカはその隙を見逃さずに抜き去っ
た。既にシンジの姿は遠くなっている。
「あとは任せたわよ。約束は、ね。」
アスカは呟くと、堅実な走りを見せはじめる。その走りは今までシンジが得意としていた
ものであり、アスカが好きではない、と拒否し続けた走りである。それでも、アスカは後
続との差を広げながらシンジを追走し始めていた。
一方、シンジは先頭を走るバイクとの激しいデッドヒートを繰り広げていた。先を走るの
は性能は「エヴァ」よりも劣るものの、操縦テクニックではシンジの数段上であった。そ
のレーサーはネルフ・ワークス参戦の前までは圧倒的な強さを誇っていたのだが、ネルフ
・ワークス参戦と同時に引退していた。が、この最終戦、突如復帰し、今ここを走ってい
たのだった。シンジとそのレーサーは争いながらも、ラップタイムは徐々に上がっていき、
レコードタイムでさえ更新していた。既に出力は限界近くになり、シンジもコントロール
が難しくなってきていた。シンクロコントロールといえども、精神に負担がかかりすぎて
いるのだ。
それでも、シンジは最終コーナーで、相手が若干スピードを落としていることに気付き、
そこで抜くしかない、という結論に至っていた。だが、シンジが操る初号機もそこではス
ピードを落とさない限り、曲がりきれずアタックするのに躊躇することとなっていた。
そのまま最終周回に突入する。シンジはコーナーをクリアしながら最終コーナーに突入し
ようとしていた。
(逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ・・・・・・逃げちゃ駄目だっ!!)
シンジは目を見開くと、アクセルを完全に回しきる。その瞬間、「エヴァ」のエンジン音
が今までと異なる動作音を響かせた。
「シンジ君のシンクロレート、100%で安定。」
「初号機、シークレットボックス開きました。パラメータすべて上昇、通常時比400%。
プロテクター剥離していきます。」
ピットでは、初号機の異変に騒然としていた。いくら調べても何も分からなかったシーク
レットボックスが作動し、スペックデータの400%という驚異的な数字を叩き出したか
らである。
シンジはその勢で、最終コーナーを最高速でクリアする。その瞬間、初号機の姿はプロテ
クターの剥離したもので残像を残していた。それを見て、前を走るレーサーの判断が一瞬
遅れる。そしてその隙を見逃さずにシンジは一気に抜き去ると、次の瞬間、チェッカーフ
ラッグが振られていた。観客の歓声が一際大きくなる。少し遅れて後続が次々とゴールイ
ンし、コース上はスタッフ達でごったがえす。ネルフ・ワークスのメンバーもシンジの初
号機、3位に入ったアスカの弐号機の側に駆け寄る。
「シンジッ、大丈夫?」
アスカは駆け寄ると、シンジに抱きつきながら聞く。シンジは頷くと、アスカの頭を優し
く撫でた。
「アスカ、表彰式だよ。行こう。」
「うん。」
シンジとアスカは表彰式に向かい、残されたスタッフはエヴァ2機を回収し、ピットに運
び入れた。シンジが起こした現象のチェックが残っているのだ。彼らにはシーズンが終わ
ろうと、休息の日まではまだ遠かった。
表彰式の会場では、突然のシンジの復帰と、その優勝に沸き返っていた。
「しかし、驚かされたわ、シンジ君。いよいよ私も正真正銘の引退ね。」
「いえ、「エヴァ」が無ければ負けてましたよ。」
優勝したシンジは、デッドヒートを繰り広げたレーサーと談笑していた。争っていたレー
サーはヘッドギアを外すと、苦笑気味な表情で笑っていた。彼女とシンジとでは一回りほ
ど年齢が違っているのである。そういう意味では悔しい、という気持ちはなく、これほど
年下のレーサーに負けたのだからしょうがないか、という気分なのであろう。また、シン
ジの隣に立っているアスカは3位という結果ながらも満足げな表情である。
「さて、表彰が始まるわね。」
表彰式が始まり、まず、アスカが名前をコールされる。アスカは笑顔で周囲に手を振りな
がら表彰台に上がる。そして女性レーサーの名前がコールされる。彼女は至って静かに表
彰台に上がっていった。最後にシンジの名前がコールされると、観客の歓声は爆発的に大
きくなった。シンジもアスカと同じように手を振りながら表彰台に上がった。
後は淡々と表彰式が進み、最後のシャンパンファイトに入る。アスカもシンジもはしゃい
で、シャンパンをかけあい、女性レーサーもその余波を食らい、シャンパンまみれになっ
てしまった。
表彰式が騒がしく終了したあと、記者会見までの空き時間、シンジとアスカはピットのそ
ばのコース上に隣りあって座っていた。それとなく、レイは他のスタッフを二人から引き
離す。レイはシンジとアスカの約束を知っていたから、である。
アスカはヘッドセットインターフェースを外すと空を見あげた。
「あ、雪。雪が降ってきたよ、シンジ。」
「うん・・・。アスカ、僕と結婚してくれないか?」
「どーしようかなぁ。」
「えぇっ!?」
アスカがとぼけた調子で答えると、シンジは慌ててアスカの方を見る。その様子を見て、
アスカはクスクス笑うと、シンジの額をピンッと弾き、
「嘘よ。約束だもの。喜んで受けるわよ。」
と言い、シンジの唇にそっと自分の唇を押し付けた。
「シャンパンの味がする。」
「うん・・・。」
「優勝して、雪の降る中で結婚の申し込みだなんて、ロマンティックすぎるわよ、もう。」
アスカはそう言うと、隣に座るシンジに抱きついた。シンジもアスカを抱きしめると、
「僕もそう思う。でも記念になっていいよね。」
と答えた。
「バカ・・・。でも嬉しい。」
アスカとシンジが抱き合っているなか、雪が降り続き、次第にコースは白銀の世界へ変貌
を遂げていく。その様子を見ながら、レイは呟いた。
「よかったわね、お兄ちゃん、アスカ。」
「うーん、孫を見るのは当分先かと思っていたけど、これは近いかもね。あーあ、ついに
私もおばあちゃんか。」
レイの後ろに立っていたユイはそう言うと、やれやれ、という表情をしていた。
その後、記者会見になり、シンジとアスカは結婚する、発表したまではよかった。だが、
アスカが結婚式はクリスマスがいい、と言い出し、シンジが常識的に準備期間が無い、と
反対すると、アスカがシンジの頬に平手打ち、という映像が全世界に向けて発信された、
ということで、レイとユイは頭を抱えたらしい。
余談ではあるが、その後、シンジとレイの父親であり、アスカの叔父である、碇ゲンドウ
が姿を現し、ユイにこきつかわれるようになった、という。ゲンドウが今まで姿を隠して
いたのは「エヴァ」がシリーズを制覇するまでは姿を現さない、と考えていたというので
ある。また、外の視点で「エヴァ」を研究してみようと考えていたからだそうだ。しかし、
現在では、ユイから逃げていたのでは?などと噂が囁かれるようにまでなっている。
そして、2020年12月24日。
新郎、碇シンジ。新婦、惣流=アスカ=ラングレーの結婚式が執り行われた。結局の所、
アスカの意見を通すことになり、それをユイが支援し、会場などを整えた、ということで
ある。参列するのはごく親しい人だけであった。
「浮気なんてしたら、殺すからね。」
「するわけないだろ。もう嫉妬深いんだから。」
「何ですってぇ!」
アスカは頬を張ろうと、右手を振り上げたが、そこで思いとどまった。
「せっかくの結婚式だもん。みっともない新郎なんて嫌だしね。」
結婚式はつつがなく、終了し、教会を出るところで、アスカはブーケをレイに投げ渡した。
「次はレイの番だからね。楽しみにしてるわよ。」
1時間後、披露宴は始まった。
To it continues "Wedding reception".
NEXT
ver.-1.00 1998+02/22 公開
感想・質問・誤字情報などは
こちら まで!
後書き、のようなもの
BGM:あの素晴らしい愛をもう一度(三輪明日美)
えーと、外伝ながら、本編その後です。
本編では高校卒業までを描く予定です。
これは三部作でして、これが第壱部、
「Wedding reception」が第弐部、
第参部はタイトル未定です(^^;
記念でしか書くつもりはなかったりするので、
次は当分先でしょうが、ちょこちょこ書いておきたいと思います。
では、次の作品で。
風奈さんの『Declination below adolescence!』外伝1、公開です。
本編後のHAPPYEND(^^)
幸せな結末のホッと一息
&
先がわかってドキドキ感減退?!
そんな事は無いかな(^^)
ネルフワークスの未来は明るかったですね。
さあ、訪問者の皆さん。
めぞんの1周年をいの一番に祝ってくれた風奈さんに感想メールを送りましょう!
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