Declination
below adolescence!
第捌話 休日の一幕(後編)
マンションのものとしてはかなりの広さを持ち、天窓で夜空を見ることができる浴室の
中で5人の女性が汗を流していた。現在はバスタブにミサトとユイが浸かっていて、アス
カとレイ、マナは体を洗っていた。
「ちょっと、アスカってば。力入れすぎよ。」
レイは背中を洗うアスカに抗議をするが、アスカは聞いていないふりを決め込んだよう
だ。お構いなしで力を込めてこすっていく。レイはあきらめて自分の胸の付近を洗い始め
た。マナは二人にお構いなしで、自分の体を丁寧に洗っている。
「アスカがお姉ちゃんなのねぇ。」
ミサトはバスタブの縁に腕をおき、寄りかかるようにしてその風景を見て、言う。アス
カはその言葉に特に反応を示さないが、レイは少し頬を赤く染める。マナはそういうレイ
をいつもは見たことがなかったので不思議そうな表情でレイを見る。髪の毛を泡立たせた
ままで振り向いて見るその姿はある意味滑稽なしぐさでもある。
「何、顔赤くしてるのよ。バッカじゃない?」
「別にいいでしょ、もうっ。」
アスカがレイの様子を見て馬鹿にしたように言うと、レイはそれに不満そうな表情で口
をとがらせる。アスカはその様子を見て、笑みを浮かべる。ミサトには学校でもあまり見
せたことのない、優しい表情だな、と思えた。
「家ではいつもこうなんですか?」
「学校じゃ見たこと無いな、こういうレイは。」
ミサトはユイにアスカやレイに聞こえないように聞き、マナもユイとミサトに感想を漏
らす。ユイは少し頭を傾げるが、やがて頷く。ユイはそうアスカ達と一緒にいるわけでは
ないのだが、その短い間でもそう感じ取れるぐらいなのだろう。
「よし、と。次、アタシの番ね。しっかりと洗いなさいよ。」
アスカがレイを洗い終わったようで、今度はレイが洗う番になったようだ。マナは一人
で洗っていたので早く洗い終わり、すでにバスタブに浸かっている。
「レイちゃん、代わってくれる?」
ミサトはバスタブから身を起こし、レイと交代でアスカの背中を洗い始めた。その表情
は悪戯を思いついた子供のような表情である。丁寧に洗うミサトにアスカは安心して、洗
わせて、アスカ自身も体を洗い始める。
「ミサト先生のお腹、傷があるのね。痛そう。」
バスタブでぼーっとミサトがアスカの背中を洗う姿を見ていたレイはミサトの腹部に裂
傷のように見える古傷を見つける。ミサトは全然気にした様子もないようで、
「あぁ、これね。うちの両親が離婚したときのよ。もう、大変だったんだから。まぁ、こ
のくらいの傷で済んだんだからいいものよ。」
とさらっと答える。ユイはちょっと考えると、思い出したようで、
「葛城博士ね?娘さんがいるとは聞いていたけれど、ミサトさんだったの。」
と感慨深そうに言う。実際に、ユイはミサトの父親とは面識があり、その時の雑談とし
て出た娘の話を思い出したのだ。現在、葛城博士はネルフとの共同研究をしており、ドイ
ツで研究所の指揮を執っている。母親の方はユイは詳しくは知らない。
「まぁ、そういうこと。」
ミサトはそう答えると同時に、手桶をアスカの頭の上でひっくり返す。それはミサトが
こっそりと入れていた水が入っているものであり、お湯は入っていない。
「きゃあっ。」
アスカは叫ぶと飛び退く。そしてミサトをキッと睨む。ユイがいる手前、ミサトにどな
りつけるようないつもの行動は取らない。それでも、その表情は険悪さを極めている。マ
ナはいつものような争いが見れるかな?と思ったのだが、どうやら違うみたいなので観戦
を決め込んだ。いつもなら、争いに拍車をかけるように動くのだが。
マナは今の生活になってからは、アスカと気が合うようで学校の中でも学校が終わって
からも一緒に遊んでいることが多い。二人で街を歩いているときを、写真週刊誌に取り上
げられて、話題にもなったことがある。そのときはユイが無言の圧力をかけて、うやむや
のうちに話題が消えてしまったのだが。また、ちょっかいを出そうとする人には実力行使
で立ち向かうようでその点でもアスカと共通の部分が多いようであった。
「アスカちゃん、冷えるからお風呂の中に入りなさい。」
「でも、おばさま。」
ユイの諭しに抗おうとするものの、結局、ユイには逆らえないらしく、おとなしくバス
タブにつかることとなる。ユイはアスカに代わってバスタブから上がる。
「その分、今日はお酒抜き、ということにしてもらうから。」
ユイの言葉に、ミサトは口を開けたまま何も言えない。アスカとレイ、マナはバスタブ
の中でクスクス笑っていた。
「そんなぁ。」
ミサトの叫びは浴室の中でむなしく響きわたった。
「シンジ君、今日はすまないな。」
「いえ、暇でしたし。」
加持はミサトに車を借りて、スーパーまでの道を走らせていた。ミサトの趣味で改造を
施された車なので、普通に乗って歩くのには向いていないし、運転技術も必要とされるの
だが、加持は無難に乗りこなしていた。10分もしないうちに、加持は駐車場に車を滑り
込ませる。
「今日のメニューは何だい?」
「すき焼きにしていたんですけど。別に嫌いではないですよね?」
「ああ。」
シンジは買い物かごをぶら下げて、野菜のコーナーから回り始める。白菜、シメジ、長
ネギ、春菊などをかごに入れていく。加持は料理は専門外のため、シンジに任せることに
決めたみたいだ。豆腐をかごに入れ、食肉のコーナーに来たときに、左手に豚肉、右手に
牛肉を持って、悩むシンジに、
「豚肉と牛肉で何か違いでもあるのかい?」
と聞く加持に、シンジは少し困ったような表情で、
「牛肉だと、下手に煮込むと固くなっちゃうんですよ。アスカが固くなった肉が嫌いだか
らなぁ。」
と答える。その後、結局は牛肉に決めたようである。固くなった肉は自分が食べればい
いや、という考えもあったようだ。野菜と肉をかごに入れた後、しらたきをかごに入れ、
卵をかごに入れると、レジに向かおうとする。
「シンジ君、たれはいらないのか?」
「自分で割り口作ろうと思うんですけど。それくらいの材料ならミサト先生の部屋にあり
ましたし。」
「そうか、任せるよ。」
レジでの会計が終わると、丁寧に袋に入れていき、スーパーを出る。車に戻った二人は、
マンションに戻ろうとする。
「あ、途中でコンビニによってもらえますか?」
「ああ、何か買い忘れたかな?」
「飲み物を。」
コンビニに寄って、何本かペットボトルを購入すると、マンションへと戻る。ここまで
の所要時間は30分ほど。マンションに戻った二人はまだ女性陣がお風呂に入っているの
を確認すると食事の用意を始める。お米をとぎ、炊飯器にスイッチを入れる。鉄鍋を出し、
コンロの上にセッティングする。シンジは割り口を作って、鍋に流し込むと、火を入れる。
それに適度な大きさに切った白菜、長ネギ、春菊、豆腐を入れていき、シメジ、しらたき
などを入れていく。そしてふたをするとしばらく待つこととした。
ちょうどそのころ、浴室のドアが開き、アスカとレイ、マナが並んで出てくる。そのあ
とにユイが続き、最後にミサトが暗い表情で出てきた。アスカ達はその様子を見て、まだ
クスクス笑っている。それを怪訝に思ったシンジが聞こうとすると、
「今日はミサト、お酒抜きだって。」
とアスカが言う。それを聞いて、加持が安堵したような表情を浮かべる。その表情を見
たミサトは不満なようだ。テーブルにつくと、そばにあったポットの中身をコップに注ぎ、
一気にあおる。
「あ、ミサト先生。」
シンジが止めようとしたが、遅かった。そのポットは割り口を入れていたもので、飲み
物では無かったのだ。ミサトの表情は険しいものになり、流しに走り、吐き出す。
「なんなのよ、これ。」
「何って、割り口ですよ。止めようとしたのに、一気に飲んじゃうから。」
シンジは苦笑しつつも、鍋のふたを開けて、煮えてきたことを確認すると、肉を入れ始
める。アスカとレイはじっとその様子を見ている。それを見たシンジは、
「何かおあずけされてる子犬みたいだね。」
というと、二人は頬を膨らませると、プイッと横を向く。シンジの両隣にアスカとレイ
が座り、アスカの前に加持、シンジの前にミサト、レイの前にマナ、レイとマナの間の席
にユイが座ることとなっていた。アスカは横を向くのとほぼ同時に、立って鍋の様子を見
ていたシンジのお尻をつねりあげ、シンジは声にならない叫びをあげて、アスカに目で抗
議する。アスカはもちろん、取り合わない。
「お兄ちゃん、こういうときにデリカシーないもんね。」
レイはそういうと、卵を割り、取り皿の中に入れて、かき混ぜる。ユイは楽しげに見て
いて、マナはペットボトルの烏龍茶をコップに注いでいる。
「でもさぁ、ミサト先生って先生っぽくないわよねぇ。」
マナの一言に、アスカは当然、という顔をし、レイとシンジはどっちつかずで苦笑する。
ミサトはその言葉に大いに不満なのだが、割り口の味が下に残っていて、うがいをしてい
たので答えられない。ユイは学校での様子はあまり知らないので不思議そうに見ている。
「葛城自身、教師になるとは思ってなかったんじゃないか?」
「アンタに言われたくないわね。」
ミサトはそう答えると席にドカッと座る。シンジは全員がそろったところで、ふたを上
げる。程良く煮込まれたすき焼きの匂いがダイニングに広がる。
「いっただきまーす。」
アスカとマナはほぼ同時に箸を出し、奪い合うようにして自分の取り皿に乗せていく。
少し遅れてその争いに参加したのはミサトである。酒が飲めないことに気づいて、食べ物
で紛らわすことにしたのだ。ユイ、マナはゆっくりと食べる方なので急いだりはしない。
加持はその争いを呆気にとられたようにして見ているだけである。
「おいしーいっ。特にこのたれの味がいいわね。」
「ちょっとしたお店よりもはるかにおいしいわ。」
アスカとマナが感想を漏らし、それにシンジは心底うれしそうな笑顔で答える。
「自分で作ってみたんだ。前から一度やってみたかったんだけど。」
「シンジ君って主夫だよねぇ。」
マナの感想にシンジは照れているのか、困っているのか分からない表情で応える。
「うちはシンちゃんにアスカちゃんも料理してくれるから助かるのよ。レイちゃんだって
料理はできるみたいだし。」
「葛城、見習ったらどうだ?」
「うっさい。アタシだって料理してるでしょ?」
「殺人料理で自慢できるのか?」
ユイの言葉から始まった加持とミサトの言い合いも、毒のあるものではなく、おだやか
なものである。ミサト、加持とも、ユイがいるといつもの毒舌が出せないようだ。食事は
シンジが用意した量をすっかり平らげ、終わりを告げた。最後にうどんでしめくくること
となる。調理するのは今度はアスカである。家でも、アスカは好んでおじやや、うどんな
どを作ることを担当していた。それも平らげて、ゆったりと息をつく。
「ふぅ、食べたわねぇ。」
「10人分の材料用意したんだけどなぁ。」
シンジは食器を洗いながら答える。先に言ったのは、隣で洗った食器を拭いているアス
カである。マナ、レイ、ミサトはテレビゲームでの対戦に熱中している。ユイはお茶を飲
みながら両方の様子を眺めていた。加持は、といえば端末でメールを受信している。
「会長、エヴァのレース仕様改良が終わったとのことです。来週の休みはテストしたいそ
うですが、どうでしょうか?」
「そうね、シンちゃん、来週からレースのテストいいかしら?」
「いいけど、ほかの予定が先だからね。」
「はいはい。」
食器を洗い終わると、シンジとアスカは食卓のいすに座ってお茶を飲む。ゲームはよく
遊んではいるものの、今は遊ぶ気が無いようだ。シンジは冷蔵庫から小皿を何枚か持って
くると、テーブルの上に置く。
「何かしら?」
「ゼリー作っておいたんだ。ワインゼリーなんだけど。」
シンジはアスカ、ユイ、加持と自分の分をテーブルに置くと、レイとマナ、ミサトの分
をリビングのテーブルに置きにいく。
「はい、ゼリーだよ。」
「ありがと。」
今はゲームをしてないマナが答えると、シンジは頷いて食卓に戻る。アスカとユイはす
でに食べ始めていて、加持もシンジが戻ってきたところで食べ始める。
「ちょっとワインの味が薄いかしら。」
「そうかなぁ。僕はこのくらいがちょうどいいんだけど。」
ユイの感想にシンジは答えるが、ユイが底なしの酒飲みである、という事実を思いだし、
納得する。大量にアルコールを摂取しても、その言動、雰囲気が変わらない分、ミサトよ
りもすさまじいものだと言えよう。
「さて、食べ終わったら帰りましょ。」
「うん、レイ、もうちょっとしたら帰るって。マナもいい?」
「わかった、アスカ。」
シンジは食卓にいる人が全員ゼリーを食べ終わると、小皿を食器洗いのたらいの中に入
れる。リビングの方を見ると、そちらもすでに食べ終わっているようだった。リビングか
らも小皿を持ってくると、軽く洗って、拭き、食器棚の中に片づけた。
「帰るわよ。」
「はーいっ。」
「それじゃあ、ミサト先生、学校で。」
「隣なんだから汚くしないでくださいね。」
「はいはい。」
シンジ達が帰ったあと、ミサトは自分の部屋を振り返ると嘆息する。
「確かに入ったとき以来よね。こんなに綺麗なの。」
「で、どうする?飲みに行くか?」
唯一残った加持はリビングの入り口に寄りかかるようにして聞く。ミサトは少し考える
と、首を左右に振る。
「今日は止めとくわ。それよりも・・・。」
ミサトは加持に抱きつくと唇を押しつける。加持はちょっととまどったようだが、ミサ
トに応えて、抱きしめる。二人の夜はまだまだ長いようである。
「それじゃあ、明日ね。」
「うん。今日はありがと。」
「どういたしまして。」
マナをホテルに送り届けると、ユイの運転する車はホテルから離れていく。マナは見送
ると部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。
「ふぅ、部屋も決まったし。明日から楽しみだなぁ。」
マナはその後、起きあがることなく眠りについてしまった。部屋が決まった安心感と、
今日の掃除の疲労感があったのだろう。
シンジ達は家に帰り着くと、リビングのソファに座り込んだ。シンジだけはキッチンに
行き、お茶の用意をして戻ってくる。
「しかし、ミサトの部屋があんだけ汚いとは思わなかったわ。」
「そうねぇ。女性としては恥ずかしいわね。アスカちゃんも、レイちゃんもああならない
ように気を付けないとね。」
「大丈夫よ、お母さん。それよりマナが、ねぇ?」
「そうそう、マナは料理できないから大変よね。」
レイとアスカはそう言うと、シンジの入れたお茶を一口飲む。シンジはいつも丁度いい
温度でお茶を入れてくれるので、熱さを気にせずに飲める。ユイも一口飲むと、テーブル
に茶碗を置き、立ち上がる。
「今日はなんだか疲れちゃったわ。先に寝るわね。」
「おやすみなさい。」
ユイは片手を振って応え、自分の寝室に入っていった。時刻は11時30分、いつもよ
りは早めではあるが、寝る時間としては特に問題の無い時間であろう。アスカやレイも眠
そうにあくびをしたりする。
「二人とも、明日学校だし、もう寝たら?」
「ふあぁ、そうする。おやすみぃ。」
「おやすみぃ、お兄ちゃん。」
アスカとレイはそれぞれ自分の部屋に戻っていき、シンジは茶碗などを片づける。その
後、翌日の朝食の準備と明日のお弁当の下ごしらえをするとやっと眠りについた。翌日に
いつものような大騒ぎになったことは言うまでもない。
なお、マナは一人暮らしを始めてから、急に家事に目覚め、料理全般はヒカリ、マユミ、
シンジに教えてもらったり、掃除などは独学で覚え、一人暮らしには全然困らないように
なった。
隣のミサトは、といえばあいかわらずの状態で、1ヶ月後には以前と変わらない部屋に
なっていたという。それにあきれた加持がマナに頼んで、ミサトの部屋を片づけてもらう
こととなり、何とか、人外魔境にすることは逃れたという。ミサトのずぼらさは相変わら
ずだが、他人によってそれが見えないようになった分、ミサトの人気が上がったらしい。
また、今日の一件がきっかけとなり、ミサトと加持が碇家を頻繁に訪れ、夕食を共にし
たりするようになった。加持がミサトの殺人料理を食べるのを嫌がった、というのが最大
の原因であるようだ。
「何よ、アタシの料理に文句あるわけ?」
「いや、葛城。自分の料理ぐらい試食したほうがいいぞ、とだな・・・。」
後書き
BGM:サイレント・ヴォイス(ひろえ純)
ようやく一日が終わりました。
この連載、起承転結のうち、起と承だけで進んでますな(笑)
そのうち、転を起こさなければいけないんだけど、それは第拾話以降の話ですな。
まだ、マユミに関しては名前だけ、に近いですから。
ヒカリ、マユミ、トウジ、ケンスケに関して少し書き込む必要があるかなぁ。
さて、このシリーズだけで手一杯のはずなのに、
もう一つ連載をやろうと考えてます。そっちはファンタジーもの。
アップしたら見てくださいねぇ。
それであ。