第1話
ここは,第3新東京市立第1中学校2年A組の教室である。
「それでは,男女2人ずつでペアを作ってください。幸い,このクラスは男子と女子が同数ですから,半端はできないはずです。」
「うおおおおー」
シンジのクラスの担任がクラスのみんなにこう言うと同時に、クラスにどよめきが起こる。
なぜ男女2人ずつのペアをつくるかというと,シンジたちの中学の運動会には徒競走がなく,代わりに二人三脚が行われるからである。これは,セカンドインパクト後の人口が減少した御時世に,男女は仲良くしなければならないという最近赴任した校長の変な考えからスタートしたものである。
だが,シンジはこのとき,がちがちに緊張していた。
ことの顛末は2日前にさかのぼる。
その日の昼休み,シンジはいつも通り,トウジ・ケンスケと昼御飯を食べていた。その日は天気が良かったのでシンジたちは校庭の隅っこに来ていた。
「なあ,シンジ,今週の土曜日,運動会だけど来れるか?」
「うん,その日はエヴァのテストはないよ。」
「そうか,ならシンジ,お前,二人三脚どっちを誘うんだ。」
「えっ,二人三脚って何?」
「まあ,シンジはこの学校に来たばっかりだから,知らんやろうけど,ええか,この学校は全員男女ペアで二人三脚せなあかんのや。」
「何でそんなことするんだよ。」
「まあ,わしもよく知らんが,公認で女の体さわれるまたとないチャンスやないか。」
「そうそう,これを聞いて転校してきたやつもいるって話だから。」
「で,シンジはどっちを誘うんや?」
「どっちって何だよ。」
「アホ,決まっとるやないか。綾波と惣流のどっちにするか聞いとるんや。」
「な,なんだよ,それ。」
「シンジ,お前は知らないだろうけど,クラスのみんなはお前がどっちを選ぶか注目してるんだぞ。」
「「で,どっちなんだ(や)」」
トウジとケンスケの最後の問いはみごとにハモっていた。
だが,シンジの答えはすでに決まっていて,後はそれを口に出すかどうかの問題だった。
シンジはしばらくの躊躇の後,わざと今決めたかのように小声で言った。
「アスカ・・・・・,かな。」
「そうかー,やっぱりシンジは惣流が好きだったか。」
「くうー,わしは綾波だとばっかり思っとたのに。」
「だから,トウジは鈍感って言われるんだよ,俺はわかってたぜ。」
ケンスケはトウジにヒカリのことを言おうと思ったが,虚しくなってやめた。
「ほな,シンジは惣流のどこが好きになったんや。顔か体か。」
「どこって・・・・・。」
シンジは恥ずかしそうにうつむくが、もう隠すのは止めることにした。自分が誰のことを好きなのか親友に知られるのが悪い気がしなかったからである。
「うーん,うまく言えないけど,アスカのこと全部かな,やさしくて繊細で明るくて・・・・。」
シンジの言葉に、一瞬トウジとケンスケの顔が引きつる。
「あ,アホか,シンジ,惣流のどこをどう見たらそんなことが言えるんや?」
「ホントだよシンジ,あの凶暴な惣流のどこにそんなとこがあるんだよ?」
「そんな,トウジとケンスケは知らないだけだよ・・・・・。」
シンジはなんとなくではあるが気づいていたのだ。アスカの繊細さ,そして、心の奥底にある悲しみに。それは、たった2ヶ月足らずであるが,アスカと一緒に暮らし,等身大のアスカの姿を見ていたシンジにだけわかることだった。
「ま,ええわ。ほなシンジ,うまく誘えや。わいは応援しとるで。」
「そうそう,多分,明後日のLHR(Long Home Room)のときに決めるからさ。」
「そ,そうだ,2人ともさっきのことは誰にも言わないでよ。」
「安心せい,わいは誰にもい言わへん。」
「おれも,言わないから,安心しろよ。」
同じ頃,アスカとヒカリは校舎の屋上で,昼御飯を食べていた。ヒカリは自分の手作り弁当,アスカはシンジの愛情いっぱいの手作り弁当を,それぞれ膝の上に載せていた。
「そうそう,アスカ,土曜日の運動会には出られるの?」
「うーん,その日はテストは何もなかったわね。」
「じゃあ,出られるんだ。」
「出るわよ,わたし日本の運動会って出たことないもの。」
「そうだったわね。ところでアスカ,アスカは二人三脚のこと知ってる?」
「二人三脚ぐらい知ってるわよ。足をしばって走るやつでしょ。」
「ごめんなさい,わたしの聞き方が悪かったわ。この学校は,男女がペアになって運動会の時に二人三
脚するの。全員ね。知ってた?」
「えー,そんなことするのー。信じらんないー。」
「でも,よかったじゃない,アスカ,公然と仲良くできて。」
「よくないわよー,なんでわたしがバカシンジなんかと二人三脚しなきゃいけないわけー?」
ヒカリはそれを聞いてくすくすっと笑い始める。
「ちょっと,ヒカリ,ほんとよー。」
「アスカってホントに素直ね。わたし碇君なんて一言も言ってないのに。」
「ヒカリぃー!?」
「ふふっ,大丈夫よ,アスカ,みんなには内緒にしといてあげる。」
「もう,そんなんじゃないんだってばぁー。」
しばらくヒカリは笑っていたが,やがて,やや真剣な面もちで,アスカに話しかけた。
「でも,アスカ,碇君って結構奥手だから,自分からは誘ってこないかもよ。」
「な,なによ,そんなのわたしには関係ないわよ。」
「アスカ,そんなこと言ってると,知らないわよ。碇君って,あれで結構人気があるのよ。ただでさえエヴァのパイロットなのに,結構中性的な美男子じゃない。」
アスカはヒカリにそう言われると,うつむいて黙ってしまった。わかりやすいアスカの反応に、ヒカリは慌ててフォローを入れる。
「ア,アスカ,そんなに心配しないで,碇君もアスカのこと好きなはずよ。」
とたんにアスカはうれしそうに顔を上げ,ヒカリに尋ねる。
「そうかなぁ。」
「そ,そうよっ。あれは,間違いないわね。」
「まあ,バカシンジがどうしてもって言うなら,わたしはやさしいから,一緒にやってあげなくもないんだけどねっ。」
ヒカリは頭が痛くなって,もうこれ以上言うのを止めることにした。
『だから,わたしが心配しているのは,碇君に誘う勇気があるかどうかってことなのに。』
「ヒカリの方こそ,鈴原とはどうなのよ。」
「えっ,わたしは,前にも言ったとおり,鈴原のこと好きだから・・・・・。」
「でも,鈴原の方こそ心配じゃない?」
「う,うん・・・・・。」
「ま,わたしに任せといて,わたしに良い考えがあるから。」
「うん,ありがとう,アスカ。」
このときのヒカリにはアスカが女神のように見えていたという。
結局,シンジは2日前から今日のこのHRの時間まで,何度もチャンスがあったのだが,アスカを誘うことは出来なかった。当然,アスカのイライラも募るばかりである。
『もう,バカシンジ,なにやっんのよ!ボケボケっとしてないで,早くわたしのとこに来なさい!』
『まさか・・・シンジのやつファーストと組もうなんて考えてるんじゃないでしょうね・・・』
そんな考えにとらわれたアスカの目には、急速に不安の色が増していく。
一方、シンジは緊張のあまり、体が言うことを聞いてくれなくなっていた。
『アスカを誘わなきゃ・・・・・、でも・・・・,体が・・・動かない。』
シンジはただひたすら、右手を握ったり開いたりしている。
そんなシンジを見かねて,トウジがシンジの肩をぽんとたたく。
「シンジ,そんな固くなるなや。がーんと行ってきたらええんや。ほれ,行って来い。」
トウジはシンジを立たせ,シンジの体を押した。トウジに押されて,シンジの体はアスカの席の前まで来てしまう。とたんに,クラス中の目が2人に集まる。シンジはやっとの事で,アスカに話しかける。
「アッ,アスカ」
「なにっ,シンジっ。」
さんざん待たされたアスカの言葉は、他人には怒っているようにしか聞こえない。しかし,ヒカリと、そして、シンジだけはその言葉の中にある喜びを感じとることができた。
「あの,もしよかったら,僕とペアを組んでくれないかな,あ,いや,アスカしか組んでくれそうな人いないし・・・・・。」
「なによっ,それじゃあ,ほかに組んでくれる人がいたら,わたしじゃなくてもいいって感じじゃない。」
あちゃー,ヒカリ,トウジ,ケンスケ・・・・・,だけでなく,クラスの大半がそういった仕草をした。なんだかんだ言って,みんな2人のことを見守っているみたいだ。
シンジは右手を何度か閉じたり開いたりしたあと,いちど,唾をごくっと飲み込んだ。そして,最後の勇気を絞り出す。
「ち,違うよ。」
「なによっ。」
「僕は,その・・・,アスカとペアを組みたいんだ。・・・・。だめかな,やっぱり。」
アスカの顔が一瞬ぱっと輝く。しかし、アスカはそれを気取られぬよう、わざとらしく(しょうがないわねー)といったゼスチャーをしながら立ち上がる。そして、シンジの後ろに回り込み,肩をぽんぽんとたたいて言った。
「まあ、シンジの言うとおりー,あんたなんかと組んでくれるのは,わたししかいなさそーだしー。」
「う、うん。」
「しょーがないから、ペアになってあげるわっ。」
「ほんとっ?」
「このやさしーいアスカ様に感謝しなさい!?」
「あ、ありがとう、アスカ。」
シンジはアスカの方を振り向き、にっこり微笑みかける。シンジの笑顔にドキッとしてしまうアスカだが、そんな照れ隠しに急に声を大きくする。
「い、いいわよ別に。で,シンジ,あんたわかってるでしょーけど,わたしと組むからには、絶ーっ対に優勝するのよっ。」
「えー,そ、そんなの僕には無理だよ。」
「なに言ってんの!あんたあたしと一緒にやろうってゆうんだから、それくらいの覚悟はしておきなさいっ。」
「でも、アスカ?」
「な、なによぉ」
「運動会ぐらいもう少し気楽にやらない?」
「あ、あんたあたしをバカにしてんの?こ、こういうのは一生懸命やらなきゃ面白くないのよ!」
とっさに思い付いた言い訳にしてはなかなかましだと感心するアスカ。
「そ、そうだね・・アスカの言う通りだ。でも・・・、ぼく・・アスカの足引っぱっちゃうかも?」
「はぁー、しょうがないわねー、シンジみたいなのがペアだと苦労するわ。」
アスカはやれやれといった感じで、両手を広げる。しかし、自然と顔には笑みが浮かぶ。
「シンジ、いいっ?」
「な、なに。」
「今日から特訓するわよ。」
「と、特訓?」
「そうっ、特訓、今日から二人三脚の特訓するわよ。」
「特訓かぁー」
「いやなのっ!」
歯切れの悪いシンジにアスカはふくれ面をして見せる。
「い、嫌なわけないよ。アスカと特訓で嫌なわけないよ・・・」
「えっ・・・」
シンジの言葉にどぎまぎするアスカ。真剣な表情でシンジの顔を見つめる。
「ほんとに?」
「うん。」
二人はここが教室であるということも忘れて、そのまま無言で互いの瞳を見詰め合ってる。そんな二人の元へ、さっきまではらはらして見守っていたトウジ、ケンスケが駆け寄る。
「こ、こほんっ、ここは教室なんだぜ。シンジ、惣流」
ケンスケの言葉で、我に帰るシンジとアスカ。アスカは慌ててシンジと少し距離をおく。
「あ、あたしはシンジがどうしてもって言うから、一緒にやってあげるだけなんだからっ。」
「それにしては、惣流、やけに嬉しそうやったで。」
「う、うるさいわね!そ、そんなことより、鈴原、あんたヒカリを誘ってきなさい。ヒカリは優しいから、ペアになった男の子にはお弁当作ってきてくれるわよ。」
「ほんまかいな。よっしゃっ。」
トウジは一瞬で決断し,一目散にヒカリの方に駆け寄る。
「おーい,いいんちょ,わしと組んでくれへんか?」
ヒカリは顔を真っ赤にさせて,アスカの方に一瞬感謝の意味を込めて顔を向けた。だが,すぐにトウジの方を向き小さな声で呟く。
「うっ,うん。」
「で,いいんちょ,さっきの惣流の話ほんまかいな?弁当作ってくれるんかいな?」
「えっ,うん,鈴原にお弁当作ってくるわ,大っきいの。」
「かー,こらわしも運動会がんばらなあかんなー。」
アスカはヒカリに向かって小さく手を振る。ヒカリもそれに気づき小さく手を振った。
アスカはトウジを撃退したのに満足し,攻撃の矛先をケンスケに向ける。
「相田,あんたまだペアできてないじゃないの。もう,大体組んでるわよ。まっ,あんたなんかと組んでくれる女の子いないでしょうけど。」
「う,そ、そこまで言うかぁ。」
アスカは,さらにケンスケを綾波に押しつけるという悪魔のような考えが浮かぶ。
「そうだ,あんた,ファーストを誘ってきなさいよ。あの子友達いないから,まだ誰とも組んでないわよ。」
もうほとんどの人がペアを組んでいるという状況に気づいたケンスケは,あわてて綾波の席に駆け寄る。
「あ,綾波。」
綾波は,全く表情を変えずに応える。
「なに。」
「おれと,二人三脚のペア組んでくくれないかな?」
「だめなの・・・・,運動会には出られないわ。」
その日,綾波はダミープラグに関するテストがあったのだ。ダミープラグは極秘事項なので,アスカとシンジにも知らされていなかった。
周りを見渡すとケンスケ以外ペアは決まっているようだった。哀れ,相田ケンスケ,初老の男性担任教師と二人三脚することが決定した。
アスカはお邪魔なトウジ、ケンスケが去ったので、再びシンジに話し掛ける。
「ねえシンジ」
「えっ、なにアスカ?」
「あんた、他に何に出る?」
そう言いながらアスカは黒板を指差す。黒板には、二人三脚以外にもクラス対抗リレー、騎馬戦、玉転がし、借り物競争などの運動会おなじみの種目が並んでいた。
「えー、ぼくはあんまりこういうの好きじゃないから・・・」
「だめだめっ、シンジもせっかくだから、いろいろ出なさいよ。」
アスカは黒板を見ながら、指を口に当てて悪戯っ子のような目をしてしばらく考えていたが、考えがまとまったのかシンジの方を向く。
「ねえシンジ、あたし、クラス対抗リレーに出るから、シンジも出なさいよ。」
「えっ、だ、だめだよ。クラス対抗リレーってのは、その、なんていうか、勝手に決めちゃいけないんだよ。クラスみんなで足の速い人を選んで決めるんだから。」
「そうなの・・・、でもいいじゃない、あたしは女子ではクラスで一番足が速いんだし。」
「ア、アスカはそうかもしれないけど、ぼくは・・・」
「シンジ、あたしが知らないとでも思ってるの?シンジって結構足速いじゃない。」
「し、知ってたの?」
そう、意外にもシンジはクラスではトウジに次いで2番目に足が速かったのである。アスカはヒカリと話す時、シンジについて話すことが多いので、体育テストの時のシンジのことをヒカリから聞いて知っていたのだ。
「ま、まあね。あ、あたしにわからないことなんてないのよ。」
「ふーん、でもアスカ、やっぱりクラス対抗リレーは勝手に決めちゃいけないよ。」
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
「委員長に、なんていうか、その、取り仕切ってもらわないと・・」
「そうっ。じゃっヒカリに言ってくるわ。」
アスカはそう言って立ち上がり、ヒカリの席の方へ歩いていく。そこには、先ほどからいい雰囲気になっているヒカリとトウジがいる。アスカは申しわけなさそうにヒカリに声をかける。
「ヒカリ?」
ヒカリは、当日のお弁当の中身についてトウジと話していて、アスカにはまったく気づいていないようである。アスカは一瞬苦笑いを浮かべて、ヒカリの肩を軽く揺さ振りながらヒカリに声をかける。
「ヒカリ。」
「え、な、なにアスカ?」
「邪魔しちゃって悪いんだけど、クラス対抗リレーってやつ、あたし出てみたいんだけど。」
「あっ、いっけない、他の種目決めなきゃ。鈴原、お弁当のことはまた後でね。」
「お、おう、委員長の弁当なら何でもうまいから、わしは何でもええで」
ヒカリはトウジの言葉に頬を赤らめながらも、席を立ち、黒板の前に進む。アスカはそれを見て自分の席に戻る。そこにはシンジがぼうっとして立っていたが、ヒカリが黒板の前に立つと慌てて自分の席に戻ろうとする。アスカはシンジの腕をぐっとつかんでシンジに言う。
「シンジ、いいからあんたはここにいなさい。」
「えっ、でも。」
「いいの、いいのっ、みんな適当に座ってるじゃない。あんたも自分の席に戻らなくていいのよ。」
「あ、そっか。」
シンジはそばにあったいすを引きずってきてアスカの隣に座る。アスカは少し顔の赤いシンジの横顔を嬉しそうに見ていたが、ヒカリが話しはじめると前を向きヒカリの方を見る。
「えーとっ、じゃあこれから、二人三脚以外の種目を決めたいと思います。まず、一番得点の高いクラス対抗リレーから決めたいと思います。誰か、立候補、推薦はありませんか」
「わいはでるでぇー」
トウジが左手をあげて立候補する。トウジが足の速いことはクラスのみんなは知っているので納得顔である。
「はい、立候補、鈴原ねっ・・・・、他に誰かいませんか?」
ヒカリは先ほどのアスカの言葉を聞いているから、アスカの方を見る。ヒカリの目には・・・アスカとシンジがいちゃついている・・・・ようにしか見えなかった。
アスカはにこにこしながらシンジを肘で突っついている。シンジはアスカが最初何をしているのかさっぱりわからなかったが、先ほどまでのアスカとの会話をどうにか思いだし、アスカの意図を理解する。シンジはアスカの方をジト目で見ながら、しぶしぶ手を挙げる。
「はい、碇君・・・」
ヒカリが挙手をしたシンジを指名する。シンジはゆっくり立ち上がる。
「あの、アスカを推薦します・・・」
「はい、推薦ね、惣流アスカ・・っと・・」
シンジは座ってアスカに小声で話し掛けようとしたが、そのときにはアスカはすでに「はいっ」と声を出して手を挙げていた。ヒカリは少しびっくりしていたが、委員長の仕事に忠実にアスカを指名していた。
「はい、惣流さん・・・」
「碇シンジくんをすいせんしまーすっ!」
「す、推薦ね・・・碇君っと・・・」
ヒカリは「アスカうまくやったわね」と思いながら、シンジの名前を黒板に書き留める。アスカはそれを確認すると席に着く。だが、シンジは不満気にアスカの袖を引っ張り小声で尋ねる。
「アスカ、なんでぼくに推薦させるんだよ。」
「あんた、あたしにあのバカみたいに立候補しろって言うの!だいたいこういうものはシンジがちゃんと推薦するもんなのよっ。」
「なに言ってんだかわかんないよ。」
確かにシンジのいうとおり、アスカの言っていることはよくわからない。ただアスカはシンジに推薦して欲しかっただけなのだが。アスカはそんなこと言えるはずもないので、すこしきつめの口調で話す。
「もうっ、決まったことはいいじゃない。それより、このあたしがあんたを推薦してやったんだから感謝しなさい。」
「う、うん、ごめん、アスカ・・・、ありがとう。」
シンジはアスカの強引なやり方でそれまで気づいていなかったが、アスカがシンジと一緒の種目に出ようとしてくれたことにようやく気づく。そんなシンジはアスカの方をみて、にっこり微笑む。アスカは素直なシンジにちょっとドキッっとしてしまう。
「べ、別にいいわよ。そ、それよりシンジ、あんた運動会の日、ちゃんとしたお弁当作ってくるのよっ。」
「うん、それはわかっているけど・・・、普段のぼくのお弁当ってちゃんとしてないかなぁ?」
シンジはそう言って悲しそうな顔でうつむく。シンジは毎日、アスカへの愛を込めてお弁当を作っているつもりだったから。アスカは慌ててシンジの言葉を否定する。
「そ、そんなことないわよ。あたしはたまにヒカリのお弁当摘まませてもらうけど、シンジのだって負けてないわよ。」
「そうかな・・・」
「あ、あたしが言いたかったのは、ほら、運動会ってお腹空くじゃない。だから、豪華なお弁当作ってこいっていう意味で言ったのよ。シンジのお弁当はいつもおいしいわよっ。」
シンジは、今まで聞くことができなかったアスカのおいしいという言葉に途端に機嫌がよくなり、アスカの顔をにっこり笑って見つめる。
「ありがとう、アスカ、初めておいしいって言ってくれた。」
「あ、あたしはいつもそう思ってるわよ・・・」
「ありがとう、アスカ、楽しみにしてて、運動会の日はうーんっと豪勢なお弁当にするから。」
「ま、がんばんなさい!楽しみにしてるから。」
「うん、全力を尽くすよ。」
「ふふっ、おおげさねぇ。」
2人がそんなやり取りをしているあいだに、もう一人のリレーの走者はヒカリに決まった。ヒカリは女子の中でアスカに次いで足が速かったので、クラスのある女子から推薦されたのだった。ヒカリがその他の種目の出場者を決めている間、トウジがアスカとシンジの元にやってくる。
「おう、シンジに惣流、クラス対抗リレーのメンバーはわいとお前らと、いいんちょに決まったで。」
「そんなことわかってるわよ!」
「悪いな、邪魔して、せやかて、リレーの順番決めなあかんやろ。」
二人きりのところを邪魔されたアスカが噛み付く。
「邪魔ってなにがよっ!リレーの順番ならあたしが決めてあげるわっ、第一走者がヒカリ、第二走者が鈴原、第三走者があたし、アンカーがシンジよっ!」
「あほか、なに勝手にきめとるんやわれ、なんでわいがアンカーじゃないんや?」
「そうだよ、アスカ、だいたい、僕にはアンカーは無理だよ。」
「シンジは黙ってなさいっ!」
アスカの一声でシンジは沈黙に入る。
「いい、アンカーはエヴァ初号機パイロットのシンジで決まりなの。」
「シンジがエヴァのパイロットってのと、リレーのアンカーが何の関係があるんや?」
「あーあ、これだから、素人は困るのよね。いいっ、あたしたちはネルフに遊びに行ってるわけじゃないのよ。ネルフでいろいろな訓練を受けているの。だから、昔に比べてシンジの運動能力はかなり上がってるわっ。昔はあんたの方が足が速かったかもしれないけど、今はシンジの方が上よっ!」
「アスカ、そんなのわかんないよ。」
「シンジはいいから黙ってなさい。」
「はい・・・」
シンジは再び黙り込む。どうあがいてもアスカにはかなわないらしい。トウジもアスカの剣幕にあきらめの決意をする。
「ま、まあええわ、ほなその順番で行こ。」
「そう、ようやくあんたもわかったようね。」
アスカとの舌戦に敗れたトウジは、肩を落としてとぼとぼと去っていく。アスカは、シンジにリレーでバトンを渡すという乙女チックな目論みが達成されて、いたく満足の様子である。
「いいっ、シンジ、今日の放課後、練習するんだから、勝手に帰っちゃだめよ。」
「わ、わかってるよ、帰るわけないよ。」
「よろしい・・・、もしすっぽかして帰ったら、あんた死刑よ!」
「な、なんだよ、それ、帰るわけないだろ。」
「まあ、あんたがそんな奴じゃないことはわかってるけどねっ。」
「う、うん・・」
このあと上機嫌なアスカは、ホームルームが終わるまで周りのことには目もくれず、シンジにちょっかいを出し続けた。シンジも嫌がるというよりむしろ実に嬉しそうにアスカの相手をしていた。周りにとっては実に迷惑な2人だった。
本日3人目の新住人です(^^)
めぞん通算101人目の御入居者、ONさんこんばんは〜(^^)/
第1作『はじまりは運動会』第1話、公開です。
シンジとアスカ。
友達にはポツリポロリと本音を出せる二人も、
お互いに対してはテレテレで(^^)
特にアスカちゃんは
ヒカリちゃんとの会話では本音を漏らすのに
シンジくんの前では強がっちゃて・・
シンジくんのおのろけ、
アスカちゃんの不安・喜び。
回りも大変ですね(^^)
さあ、訪問者の皆さん。
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