Winter Song
SIDE B ASUKA
Time
24th December 1998
とある店で開かれているパーティに参加していた二人。
他の参加者、同級生だが、に内緒でお店から抜け出す。
店から出て驚いたように身を竦めるアスカ。
「寒いね。」
持っていた、真っ赤なコートを慌てて着る。
そして、シンジに息を吐いて見せる。
「真っ白よ。」
シンジも微笑み真似してみる。
「そうだね。」
店の前の水銀灯が二人とレンガの歩道に光を投げる。
街路樹には一様にイルミネーションが飾られ、淡いオレンジの光を発している。
道路に沿って、オレンジの光が走っている。
シンジは視線を今出てきたお店の窓に映す。
店の窓にはサンタや雪の結晶のペイントがされている。
シンジの位置からは店の中に飾られているツリーが見える。
アスカは少し首をかしげて、シンジを見る。
「ね、せっかくだから、どこかにいきましょ?」
シンジは左右を見まわす。
まだ、そんなに遅い時間帯では無いので、
歩道を歩いている人は結構いる。
「うーん…」
シンジは首をひねって考える。
ふと、銀色の光を放つ街灯に視線を向ける。
「どうしようか?」
アスカに尋ねかえすシンジ。
少しおかしそうに微笑むアスカ。
シンジの右腕を取ると、甘えるように耳元に囁く。
「そうね…じゃ、セントラルパークに行ってみない?」
「例のツリーか。」
少し驚いた表情をするシンジに微笑みかける。
「そう、せっかくだから見てみたい。」
「…そうだね。じゃ、行こうか?」
二人は歩道を歩きはじめる。
ちょうど、人の流れに沿う方向に歩く事になる。
アスカの歩調を合わせるように、
自然とゆっくりとした足取りになるシンジ。
「今日は無理なんじゃなかったの?」
シンジはアスカが現れてから、ずっと思っていた疑問を投げかけた。
口にするのは恐かったが、しかし、聞かないままでいるのはもっと恐い。
「うん、まあね。」
アスカはあいまいな笑顔を受かべる。
その時少しうつむくがすぐに顔をあげる。
シンジにはうつむいた時に一瞬表情が翳ったように見えた。
「どうしたの?」
シンジには尋ねずにはいられなかった。
それは自分に原因があるかもしれないとい思いからだった。
「ホントはね。」
上目使いでシンジを見上げるアスカ。
シンジの心中に不安が広がる。
「うん。」
「逃げてきたの。」
そして、えへへと笑うアスカ。
シンジの腕をぎゅっと握って、その腕にもたれる。
「逃げてきた?」
聞き返すシンジ。
内心は予想通りの答えだったので、少しは動揺せずにすんだが、
それはシンジの胸をちくちくと刺す後悔を呼び起こした。
「嫌だったから。」
アスカはシンジの表情を見て、きっぱりと言う。
瞳から強い意志の光をシンジは見てとった。
そして、首を振り話を続ける。
「どうしても、行きたくなかったから。」
「でも…君は!」
シンジが強い口調で問いただす。
そう、君はそれを望んでいたんじゃなかったのかい?
初めて会って、そして、話した時には、
「花嫁修業だ。」って、嬉しそうに話していたんじゃないか?
どうして?
やはり、僕のせいか?
アスカはくびをふるふる振って答える。
「わからない…でも、今のアタシの正直な気持ち。」
それはまるで自分に言い聞かせているようだった。
「でも…」
シンジは何か言いかけるが、それをアスカが制する。
「だって、決めるのはアタシだから。アタシが嫌だと思ったから。」
「…」
シンジは何も答えない。
いや、答えることができなかった。
ずっと、不安に思っていたこと、
自分が、彼女の考えを変えてしまうことが、
現実になってしまった。
「ねぇ、シンジ。」
その声に真剣な響きを感じて、シンジはアスカを見る。
「…アタシ…」
「うん。」
アスカは少し目を伏せる。
そして、首を振る。
「…ごめんね。」
「…そうだね。」
二人は沈黙して、歩いた。
ごめんね。
その言葉が意味するもの。
それは…
「シンジ。」
アスカがシンジの腕を放して立ち止まる。
「どうしたの?」
シンジも立ち止まる。
そして、いつもの笑みを浮かべてアスカの方を振り返る。
その二人を通行人がよけていく。
セントラルパークに近づいたため、人通りは多くなっている。
「アタシが呼ぶといつもそうやって微笑んでくれたね。どうして?」
街の街灯に照らし出された、アスカの表情、
そして、その声は柔らかかった。
最初に会った頃とは比べ物にならないくらいに優しい声。
この声をずっと聞いていられたら。
シンジは胸が締め付けられるほど痛切にそう思った。
でも…
僕には…
「どうしてだと思う?」
にっこりと微笑みそう聞くシンジ。
そう、僕は…
でも、それを彼女に望んではいけない。
彼女には、決められた人がいる。
それは彼女がずっと望んでいたことだったはずだ。
僕にはそこに割ってはいる資格も何もない。
いくら、僕が彼女を…
「わかんないよ。」
視線を下げ、かすれるような小さなささやき。
「はっきり言ってくれなきゃ。もっともっとお話してくれなきゃ。」
そして、シンジの顔をじっと見る。
「わかんないよ。」
瞳が揺れる。
初めてあった時、誰が、二人がこんな関係になると思っただろう。
もちろん、本人達でさえ、そう思わなかった。
「アタシは…」
シンジはするどく、声を重ねる。
「だめだよ!!」
目を見開くアスカ。
通行人の何人かが二人の方を見る。
うって変わって優しく諭すようにシンジは続ける。
「駄目だよ。アスカ。それ以上は。」
シンジとアスカは見詰め合う。
まるで、視線で会話をしているように。
しかし、アスカはシンジの瞳からは、彼の望みを知ることはできなかった。
それは、アスカ自身が思ってもいない望みだったから。
「ねぇ、どうして?どうしてなの。」
アスカはシンジの胸に飛び込む。
シンジの匂いがする。
いつも、シンジに抱かれていたい。
アタシが一番安心できるのはシンジの側なのに。
「どうして?」
アタシの思いを口にしては駄目なの?
どうして?
アタシはこんなに…
優しくアスカを抱くシンジ。
そっと耳元に囁く。
「駄目だよ。僕たちは出会ってはいけなかったんだ。」
「そんなことない!」
アスカはシンジの胸に顔を埋めて首を振る。
そんな風に考えたくない。
出会ってはいけなかっただなんて…
そんな悲しいこと考えたくない。
そうすることで、シンジの存在を確認しているかのように、
シンジの腕をぎゅっと握った。
「アタシはシンジに出会えて良かったって思ってるよ。」
そう…
本当にそう思うから…
アタシは今ここに居るの…
シンジの側にいたいの…
顔を上げて、シンジを見るアスカ。
その瞳はきらきらとまたたいている。
まるで、夜空の星空のようだとシンジは思った。
「そう、あの時、君を見なければ、
あの場所に行かなければよかったと思ってるよ。」
ため息交じりにアスカにささやくシンジ。
「どうして?」
「そうすれば、君をこんな目に合わさなくてよかったのに。」
「そんなことない。アタシは…」
アスカの瞳から涙がこぼれる。
頬を伝って顎から落ちる。
「シンジのこと…」
「駄目だよ。君は帰らないと、君の場所に。」
シンジは首を振る。
アスカはシンジの瞳をじっと見た。
いつものように優しい瞳。
どうして?
アタシはシンジのこと…
好きなのに。
ずっと一緒にいたいってそう思ってるのに。
今のアタシにとっては親同士が決めたことはどうでもいいの。
シンジとさえ一緒にいる事ができるのなら。
アタシは何もいらない。
「ごめんね。僕さえ軽率なことしなければ…」
違う。
違うの。
シンジのせいじゃない。
責められなければいけないのはアタシ。
アタシが…
アタシさえ…
そして、アスカはシンジから離れ微笑む。
「そうね。そうよね。アタシなんかより、シンジにはいい人が居るから。」
シンジの表情が一瞬にして曇る。
そして、アスカに何か答えようとする。
「僕は…」
しかし、首を振る。
今更何を言っても無駄だ。
彼女が僕の事を吹っ切ろうとしてるのなら、そうさせた方がいい。
「ごめんね。心配かけて…」
アスカはそれだけ言うと、くるりと身を翻す。
「さよなら…シンジ。」
そして、もと来た道を帰っていく。
「アスカ…」
アスカが人込みに消えていく。
それを見ながら、シンジは駆け出して引き止めそうになる自分を必死に押さえる。
これでいいんだ。
これで。
二人は出会う前の二人に戻れる。
それが二人のためだ。
今は辛いかもしれない。
でも、それは時が癒してくれる。
シンジは頬を伝う涙もぬぐいもせずにアスカを見送った。
シンジは部屋に戻ると、疲れたようにベッドに座り込む。
そして、頭を抱え込む。
これで良かったんだ。
アスカは帰る。
そして、決められていた道を歩む。
今は無理かもしれない。
しかし、いつかは忘れる事ができる。
そう、思い出にできる。
それでいい。
でも、僕はどうなんだ?
アスカを忘れられるか?
彼女を思い出にできるか?
二人が出会わなかった事にできるのか?
そう、本当は分かっていた。
僕には無理だってことが。
彼女を忘れることなんてできない。
彼女のことを考えない日はなかった。
彼女といると、安心できた。
本当の自分を見つけ出せた気がする。
でも、彼女を望んではいけない。
彼女の結婚は覆す事はできない。
僕に何ができた?
彼女を諦め、そして、彼女を帰すこと以外に何ができた?
僕は何もできやしない。
今の僕は無力だ。
好きな女の子を守ることもできない。
いや、守ろうともしない臆病者だ…
どうして、彼女と会ってしまったのだろう。
会わなければ、こんなに苦しまずにすんだのに。
彼女を辛い目にあわせずに済んだのに。
どうして、彼女を好きになってしまったのだろう。
好きにならなければ、彼女がいなくなっても平気なのに。
彼女も喜んで帰っただろうに。
どうして、彼女を抱いてしまったのだろう。
抱かなければ、彼女のぬくもりをしらずにいられたのに。
彼女も僕のぬくもりをしらずにいれたのに。
僕はこの痛みに耐えられるだろうか?
ずっと、心にこの痛みを抱いて。
でも、それが僕の犯した罪に対する代償なら、受けなければならない。
と、チャイムが鳴る。
シンジは顔を上げる。
今のは?
そして、もう一度チャイムが鳴る。
誰だろ?
シンジは立ち上がり玄関に歩いていく。
「どなた?」
インターホン越しに話し掛ける。
「アタシです。」
「アスカ?」
「そう。」
シンジは息を吐いて落ち着く。
彼女を受け入れてはいけない。
「何しに来たの?」
冷たくあしらおうとするが、声がかすれる。
しかし、アスカの返答はシンジの予測を超えていた。
「ケーキ持ってきたの。一緒に食べよ?さっき食べ損なったでしょ。」
「ケーキ?」
すっとんきょうな声を上げるシンジ。
と同時にすごく愉快な気分になる。
笑い声を上げながら答えるシンジ。
「…すっごくアスカらしいよ。」
「なによ。せっかく持ってきてあげたのに。」
「ごめん。開けるよ。」
ふいにそんなセリフが出てしまう。
どうして、こんな風になるんだろうな?
アスカがいてくれるだけで。
心が軽くなる。
さっきまでの、痛みが嘘のようだ。
そして、ドアを開ける。
「こんばんわ。」
「こんばんわ。」
二人は見詰め合う。
しかし、同時にぷっと吹き出してしまう。
「入ってよ。」
「ありがと…」
その言葉に何か意味が含まれているような気がしたが、
あえて無視することにした。
ケーキだけでは済まないかもしれない。
でも、やっぱり僕は…
「ケーキか…じゃあ、何か飲むものを用意しないとね。」
シンジは冷蔵庫を開けようとする。
しかし、アスカはにっこり微笑み、コートの中から一本のワインを取り出す。
「じゃーん。アタシの家から拝借してきたワイン。飲む?」
「いいね。それでいこう。」
それを見てシンジも微笑みかえす。
そして、ワイングラスを二つ取り出し、ワインを冷やすための
小ぶりのバケツをだし、そこに氷を入れる。
「これね、アタシが生まれた年に家でとれたブドウで作ったの。
名前はASUKAって言うんだよ。」
ワインの銘柄のところを指差し嬉しそうに話すアスカ。
シンジも銘柄を見て感心するが、不安そうに尋ねる。
「へぇ…でもいいの?そんな大切なワイン。」
「うん。大丈夫。まだ家にあるから。」
アスカはそのラベルの製造番号を指差す。
番号は11と印刷されていた。
「ふうん。そうなんだ。」
納得したようにうなずくシンジ。
「あれ?これ手作りじゃない?」
箱の中を覗いてシンジは声を上げる。
「そう、うちのメイドさんが作ったの。」
澄ました顔で答えるアスカ。
がっかりしたように答えるシンジ。
「なんだ、アスカの手作りじゃないんだ。」
「アタシの手作りを食べようなんて十年早いわよ。」
下をちろっとだして、ふざけたように微笑むアスカ。
シンジも肩をすくめる。
「はいはい…じゃ、そのメイドさんに感謝しながらいただこうか?」
「うん。」
一口食べて、二人は顔を合わせる。
「すごくおいしい。」
「うん。おいしいよ。」
そして、二人は語り合う。
学校のこと。
授業の単位のこと。
友人たちのこと。
そして、シンジの高校生の頃のこと。
アスカのドイツでのこと。
いろいろな話をする二人。
飲んでいたワインももう残り少しになってきていた。
このワインがなくなったら、アスカを帰さないと。
胸がきりきりと痛む。
しかし、言わないといけない。
「アスカ、今日はありがと。でももう時間が…」
「ううん。時間はあるのよ…」
首を振って、アスカはうつむく。
「明日の朝まで…時間を貰ったの。お願いして。」
明日の朝。
シンジは驚いたようにアスカを見つめる。
「でも…」
「アタシね。婚約の話は解消してもらおうと思うの。
でも、相手にはちゃんと会って話しないといけないし。
だから、一度ちゃんと帰ろうと思って。」
「君は…」
「アナタは特別な人なの。
本当にそう思うの。
アナタが初めての人だからじゃない。
アタシの全てがアナタを求めているの。」
「…」
「アナタはあの時に会わなければ良かって言ったよね。
でもアタシは違うの。多分何度、同じ状況になっても、
二人は出会ったと思うから。そして、アタシはアナタを…」
息をついて、顔を上げて、シンジをじっと見詰める。
「好きになったと思うから。」
「僕には…そんな価値はないよ。」
シンジはそれだけを言うと、顔を伏せる。
本当に、これでいいのだろうか?
わからない。
でも、アスカは自分で考えて、答えを出した。
僕も、答えを出さないと。
シンジはアスカを見る。
アスカはまっすぐな瞳でシンジを見ていた。
僕は…
アスカを…
「はっきり言って、本当にそれでいいのか、僕自身は良く分からないんだ。
でも、僕もアスカと一緒にいたい。この気持ちは本物だと思う。」
「ありがと。アタシもずっと一緒にいたい。」
そっと、唇を重ねる二人。
二人のクリスマスはこうして終わった。
「じゃあ、アタシ行くから。」
玄関で靴を履きシンジの方に振り返るアスカ。
「送って行こうか?」
ふるふると首を振るアスカ。
シンジの顔をじっと見つめて答える。
「ひとりで帰りたいから。だいじょうぶ。」
シンジも微笑みかえす。
「そう…か。」
「向こうに付いたら連絡するね。」
「うん。待ってるよ。」
と、アスカの瞳から涙が零れる。
アスカは必死で涙をこらえようとするが涙は止まらない。
泣き笑いでシンジを見つめる。
「ごめん。最後ぐらいアタシらしくしようと思ったのに…」
シンジが涙をぬぐう。
そして、アスカの頬に手を当てる。
アスカはその手に自分の手を重ねる。
「僕も寂しいよ。でも待ってるから。
君の帰る場所は僕の側だと信じてるから。」
そして、アスカを抱き寄せ、軽くおでこにキスをするシンジ。
「だから、いっておいで。」
「ありがと…」
アスカはにっこり微笑む。
シンジはその笑顔を忘れないように記憶にとどめた。
「じゃ、いってくるね。」
ひらひらと手を振るアスカ。
ゆっくりうなずくシンジ。
「うん。」
アスカはドアを開けて出ていってしまう。
シンジはゆっくりと振り返り、部屋の中を見回す。
そして、小さく呟く。
「待ってるよ。僕の帰る場所もアスカの側しかないんだから…」
Fin.
あとがき
ども作者のTIMEです。
クリスマス記念SS「Winter Song」SIDE B ASUKAはいかがでしたか?
二人の背景、状況の描写をしないで話を始めてしまいましたが、
話の展開上、ある程度はどうなってるのか書いてるんで、
最低限の情報は上がっているかなと思いますが、どうでしょうか。
実はこういう話はこの作者にとっては書きやすくて、
キャラが勝手に突っ走ってくれるんで楽だったりします。
レイ編、マナ編は結構、展開を考えたり、書き直しとかは入ってたりするんですが、
アスカ編はほとんど直してなかったりします。
#でも、時折、予想しない方向に走ったりするんですよ。これが。
では他の連載もしくはSSでお会いしましょう。
まだの方はSIDE A,SIDE Cもお楽しみください。