薄暗いマシンルームの中で、それの前に立っていた。
彼は想像外の事実を両親から告げられた。
それが本当なのかを自分の目で確かめるために、今、彼はここにいた。
目の前に取り付けられている小さなプレートに視線を向け、
小さな声で、それを読み上げるシンジ。
「MAGI System…Test…Type……A…Y…A………アヤ…」
「…つまり、そういうことだ。」
シンジの背後で、ゲンドウが感情を感じさせない声で告げる。
その横にはユイが付き添っている。
ゆっくりと振り返り、二人を見るシンジ。
そして、小さく首を振って告げる。
「…やっぱり実感が湧かないよ。
ここにアヤちゃんがいたんなんて。」
「正確には思考パターンだけだ。
彼女の魂と呼ばれるものまで、これに移植できていたかは結局は不明だ。
しかし、あの時に彼女の取った行動からするに、なんらかの感情を…」
そのゲンドウの言葉に割ってはいるシンジ。
そして、確信に満ちた表情で彼はこう告げた。
「アヤちゃんはいたよ。ここに、ね。」
そのシンジの言葉に、不信そうに眉をしかめ、ゲンドウは尋ねる。
「…なぜ、そう言い切れる?」
まるでシンジを尋問しているかの口調。
しかし、これが彼の口調なのだった。
そのゲンドウの問いに、シンジは満面の笑みで告げた。
「会ったから。アヤちゃんに。」
「どこで?」
二人の会話にユイが思わず割ってはいる。
シンジは小さく首を振って答える。
「夢…と言って良いのかわからないけど、この世界とは別の世界で。
今になってみればわかる。
あのアヤちゃんは、ここにいたアヤちゃんだったんだね。」
そのシンジの言葉に、ゲンドウとユイは顔を見合わせる。
「だから、僕が困ったときに現れて、励ましてくれたんだ。」
シンジはもう一度それに振り返り、そのプレートに触れた。
じっとそのプレート見つめ、小さな声で呟いた。
「ありがと。アヤちゃん。ゆっくり休んでね。」
Time Capsule
Written by TIME/01
最終話
「まごころを君に」
「今日、会いに行ってくるよ。」
その言葉に母さんがにっこり微笑んで頷いた。
いつもと変わらない朝の風景。
父さんは相変わらず、新聞から目を離そうともしない。
母さんは笑顔で、父さんをからかって遊んでいる。
もう、数ヶ月。
こんな朝を送っているのに。
何故か僕は、違和感を感じてしまう。
どこか、しっくりこない。
でも、その理由はわかっている。
彼女がいないから。
僕の一番大切な彼女がここにいないから。
でも、それは…
そして、僕は支度をして、家を出る。
あの場所に行くのは、数ヶ月ぶりだ。
ふいに今日、会いたくなった。
だから、その思いに従って、会いに行くことにした。
目的地までの並木道の桜は、満開だった。
たくさんの薄紅色の花びらが、目の前を舞い降りていく。
くるくると回りながら、風に乗って舞う、その様子を、僕はぼんやりを見送った。
まるで花びらが、僕の周りで競って舞いを舞っているように見える。
春風というには、強すぎる風が吹いていたその日。
絶え間なく吹き寄せる風に、満開の桜の枝がしなる。
枝が揺れる度に、花びらが舞い散ってゆく。
まるで、この付近だけ時間の流れが、ゆっくりとしているように感じた。
しかし、時計を見ると、その針は普通に時を刻んでいる。
結局は、僕自身の心の捉え方次第なんだよね。
そう、全て…
僕次第なんだ…
そんなことを考えながら、僕は歩いている。
そして、桜の並木道をくぐるように進む。
その先に、僕が目指している場所はあった。
その一角は墓地になっていた。
さまざまな人達の想いを受けて。
ここには、たくさんの人達が眠っている。
僕はこの墓地のある場所に、ゆっくりと歩を進める。
急ぐ理由は何もなかった。
だから、肩に桜の花びらのアクセントを身につけて。
僕はゆっくりとそこに向かった。
花束を右手に持ち、ゆっくりと左手を振って。
空は真っ青に澄み渡っていた。
まるで、僕の心の中を映しているかのように。
やがて、一つの墓標の前に来た。
ここには彼女が眠っている。
墓標には、すでに誰かが捧げた花束が置かれていた。
彼女に会いに、誰か来たのだろうか?
僕はあたりを見回す。
一面の墓標。
それらは青々と生えている芝生に、埋め尽くされている。
そして、それを取り囲むように咲き誇る桜の木々。
どこにも人はいない。
かえって不思議なくらいだ。
僕以外に、この墓地には誰もいない。
彼女に花を捧げてくれた人は、もう帰ってしまったのだろうか?
できれば、お話がしたかった。
生前の彼女を知っている人だったら、誰でも大歓迎だ。
しかし、そんな人影も見当たらない今、待っていても仕方ないだろう。
僕は持ってきていた花束を、すでに置かれているそれの邪魔にならないように置いた。
ゆっくりと手を合わせる。
こんな洋風な墓地で、手を合わせるのも何だが。
祈るためのきっかけの動作を、誰もとやかく言わないだろう。
それ以前に、ここには誰もいないのだが。
数ヶ月ぶりに訪れた場所で、僕は心の中で彼女に話しかける。
ひさしぶり。
会いに来たよ。
あれから四ヶ月経ったんだよ。
早いね。
もう四月なんだよ。
桜も咲き誇ってる。
最初に来た時には、つぼみもなかったのにね。
最近、時間が過ぎるのが早いような気がするよ。
あの日から、妙に一日が早い気がする。
まだ、あの時のことははっきりと覚えているよ。
忘れられるはずもないと思うよ。
あの日、あの最後の数時間。
僕にとっては、一生のうち一番大切なあの時間のこと。
君のこと、そして全ての真実。
あれから君は、いなくなってしまったけど。
その存在は消えてしまったけど。
でも、まだ君は僕の心の中に生きているよ。
また会えるよね?
僕たちの心の中にいるって言ったよね?
僕は信じているよ。
いつでも目を閉じれば、君に会えるって事を。
嬉しいよ。
望めば…
また君に会えるから。
いつでも会えるから。
…
それがどんな時でも…
だから、安心して。
僕は大丈夫だよ。
生きてゆくよ。
この世界を。
閉じられたシンジの瞳から、涙が一滴零れ、頬を伝う。
ずっと、僕を気にしていてくれてありがと。
すごく感謝しているよ。
僕は償いきれぬほどの罪を犯してしまった。
君はそんな僕を励ましてくれた。
でも、僕はもう大丈夫だから…
だから…
…
もう…
…
…
…
…
君はやすらかに…
…
今度こそ、誰にも妨げられずに…
…
眠って…ください…
…
…
…
…
おやすみ…
…
…
君に会えてよかった。
…
…
そして、もう一度だけ…
…
…
ありがとう…
…
…
…
閉じられたシンジの瞳から涙が一滴あふれ、頬を伝った。
また、会いに来るね…
今度は、笑顔のままでいられるようにするから…
じゃあ…
また…
一陣の風が彼を包む。
まるでそれを待っていたかのように、シンジは伏せていた顔をゆっくり上げる。
涙はまだ頬を伝っていたが、彼の表情はすっきりとしていた。
強い瞳の輝きもそのままだった。
それはあの時以降、彼の瞳が見せる輝き。
少年ではなく、一人の青年の瞳。
彼はこの数ヶ月で、それを手に入れた。
少しづつではあるが、大人への階段を登っている。
ハンカチを取り出し、頬をぬぐう。
少しだけ目が赤かった。
彼は小さく笑みを浮かべる。
まだ、駄目だね。
どうしてなのかな?
とうの昔に受け入れてる事実なのに。
それに、あれから四ヶ月も経っているのに。
こんなにまだ胸が痛い。
まだ過去のことではない、つい数瞬前に起こったように感じてしまう。
僕にとっては、まだ現在の出来事。
あまりにいろんなことが、短時間で起こったから、理解するのに時間がかかってしまった。
でも、ただ一つだけ言えることは、一つの命が消えてしまったこと。
ある存在がこの世界から消えてしまったこと。
でも、消えてしまっても、世界はそれまでと同じく動いている。
何も変わらない日常。
僕の心の中を除いては、まったくいつも通りに時間は過ぎていく。
でも、それでも、僕はなんとか乗り越えられた。
いや、まだ乗り越えようとしている最中なのかも。
だから、あの時のことを考えると、まだ心が激しく揺さぶられてしまう。
まだこんなに自分の感情が激しく動いてしまう。
だから、こんなに涙があふれてしまう。
…
…
…
はぁ、こんなんじゃ、笑われちゃうよね。
そんな思いが、つい口をついて出た。
「頑張らないと。彼女のためにも。」
それは自分に言い聞かせるための独り言。
でも、それを聞いていた誰かがいたようだった。
そして、こう答えが帰ってきた。
「そうね、私もそう思うよ。」
それだけ。
たったそれだけの言葉。
大きな声ではなかった。
それなのに、シンジはわかった。
その言葉が誰が発したのかを。
そして、それが何を意味するのかを。
ゆっくりとシンジは振り返る。
そして、そこに立っている彼女をじっと見つめた。
彼女は、じっとそこに立ってシンジを見つめていた。
その瞳、髪、全身が。
全て彼が覚えている彼女のままだった。
風に揺らめく髪も。
綺麗な瞳も。
すらりと伸びた手足も。
シンジの目の前を、風に捕まった花びらが舞い上っていく。
それが高く高く舞い上がる中、シンジは小さく呟いた。
間違えるはずもない。
それは彼がこの世界で一番大切に思っている人だったから。
彼が愛している人だったから。
「マナ…」
言葉になったのは、ただそれだけ。
彼の発した声もやはり小さかったが、彼女は小さく頷いてみせる。
そのしぐさも彼の記憶の中のものと同じだった。
そして、シンジに向かって笑顔を投げかける。
見た者が優しい気持になれる。そんなふわりとした柔らかい笑み。
変わっていない。
その笑い方も、何もかも。
僕が知っているマナだ。
また、会えたね。
ふと、そんな思いが脳裏に浮かぶ。
そう思うことが、たまらなく嬉しくなった。
そして、自然とシンジも笑みを浮かべる。
ふと、シンジは自分もいつもどおりに笑えているだろうかと疑問に思った。
どうも口許が引きつっているような気がする。
もしかすると涙目になっているかも。
でも、たぶん大丈夫なのだろう。
その証拠に、彼女が笑顔を浮かべたまま、シンジの元に駆け寄ってきたから。
それを見てシンジも一歩、二歩と歩を進め、そして、三歩目から駆け出す。
駆け寄る二人の距離はすぐに縮まった。
マナは笑顔を浮かべたまま、駆け寄ってくる。
シンジもやはり笑顔だった。
そして、最後の数歩をマナは飛ぶように駈けて、シンジの胸に飛び込んだ。
ドアをノックされる音で、彼は顔を上げた。
そこは彼の執務室だった。
ひとつの机だけが置かれているその部屋は無意味に広かった。
天井には、なにやら奇妙な模様が描かれている。
知る人が見れば、それは巨大なセフィロトの樹であることがわかっただろう。
ドアをノックした人物は、彼の返事を待たずにドアを開けて部屋に入ってくる。
座っていた彼は顔を少しだけ上げ、口をゆがめてこう告げた。
「今日から外に出れるそうだな。」
しかし彼を知っている人間なら、
その笑みは、相手を嘲っているものではないとわかる。
彼は素直に感情を表すのが苦手なのだと理解しているから。
「あぁ、碇、君に感謝するよ。」
「…いや、我々はなすべきことを行ったまでだ。アヤ君も含めてな…」
その言葉に、少しだけ寂しそうな表情を浮かべて彼、霧島はうなずいた。
そして窓際に歩いていき、そこから見える景色に視線を向ける。
ゲンドウも立ち上がり、彼の隣に並ぶ。
「あの時、声が聞こえたんだ。
その時は何を言っているのか良く理解できなかったし、それどころではなかった。
でも、最近になって、わかったような気がするよ。」
「なんと聞こえたんだ?」
霧島は軽く首を振り、自重気味な笑みを浮かべて告げた。
「ありがとう、お父さん。だ。まぁ、私の勝手な思い込みなのかもしれんが。」
「なるほど。」
ゲンドウはそう告げたまま、黙って、視線を外に向けた。
「カヲル〜、こっちよ〜。」
そう言って、手を振るレイに笑顔で答えながら、
ゆっくりとカヲルは草原をレイの元に歩いていく。
周りには春の野花が咲き乱れている。
「もう、何のんびりしてるのよ〜。」
またレイが大声でカヲルを呼ぶ。
カヲルは小さく苦笑する。
そんなに急がなくても、お昼ご飯は逃げないのに。
今日は二人きりのピクニックだった。
太陽の日差しが暖かい。
これは、昼食の後はお昼寝だねぇ。
そんなのことを考えながら、ふとカヲルは空を見上げる。
空の高いところを鳥が羽ばたいていく。
と、立ち止まっているカヲルの背後からレイが勢いよく抱きついてきた。
よろめきながらも、彼は踏みとどまり、抱きついている彼女を見る。
「もう、いきなり抱きつかないで。驚くじゃないか。」
「いいも〜ん、カヲルは私のものだからいいの〜。」
カヲルの背中にぶら下がりながら、レイは幸せそうに微笑む。
その笑顔を見て、カヲルもつい笑顔になる。
「そうはっきり言われると、返す言葉もないね。」
「そうよ。カヲルはずっと私の奴隷なんだから。」
そのレイの言葉にカヲルは思わず絶句して、まじまじと彼女の顔を見つめる。
「あれ?どうしたの?」
レイはカヲルを見て不思議そうにたずねる。
「君が、僕をどう見てるのか良くわかったよ。」
「ん〜?でも、カヲルってイジめて欲しいヒトなんでしょ?」
にやありと笑顔を浮かべるレイ。
「…誰がそんなことを…」
「ま、いいじゃない。ずっと放さないんだから。」
ぶらぶらと、相変わらずカヲルにぶら下がりながら、レイは思い出したかのように告げる。
「ね、それはともかく…とりあえず、お昼にしましょ?」
「あぁ、そうだね。」
カヲルはそれ以上、その話題に触れないほうが良いと思い、素直に頷いた。
やっとレイはカヲルから離れ、すっと彼の右手を取った。
「えへへ、手、繋いでも良いでしょ?」
照れ笑いを浮かべるレイに、カヲルも笑顔で頷いて見せた。
「今日は良い天気ね。」
「あぁ、そやな。」
「二人はもう、会えたかしら?」
「あぁ、そやな。」
「でも本当に良かった。」
「あぁ、そやな。」
その彼の返事に、ヒカリは少し不機嫌そうに彼の方を向く。
今、二人は学校の屋上で昼食中だった。
今日は休みなのだが、なぜか二人は学校に来ている。
実はトウジの補習授業の後に、ヒカリがお弁当を持って現れたのだった。
「もう、私の話、聞いてるの?」
「あぁ、そやな。」
トウジは必死にヒカリの弁当をたいらげていた。
何か言おうとしたヒカリだったが、小さくため息をついて、空を見上げた。
大きな雲が太陽の傍を通っていく。
小鳥たちの鳴き声が遠くから聞こえる、のどかな春の休日。
「本当は一緒に動物園にいくはずだったのに。」
そんな小さな呟きに、トウジの肩がびくりと震える。
そして、ヒカリの方を恐る恐る見るトウジ。
「次からは補習授業受けることにならないように、みっちり勉強してもらわないと。」
子悪魔を思わせる笑みを口元に浮かべて、トウジを見るヒカリ。
まるでその視線は、獲物を見る肉食獣のようにトウジには見えた。
「そ、それは堪忍や。」
少し震える声でトウジはそう答えるが、にっこりと笑顔でヒカリは首を振る。
しかし、その笑顔も今のトウジには恐怖の対象だった。
「そう?だったら、ちゃんと勉強する?」
「は、はいな。もちろんやて。」
「ふうん、ま、いいわ。そのときになったら考えれば良いのだし。」
トウジには、そのヒカリの笑顔がどう見ても笑顔には見えなかった。
背中に寒い汗を感じながら、弁当に向かい直す。
しかし、その後は何を食べたのかわからなかった。
手を繋いで砂浜を歩く二人。
今、いるのはとある南の島だった。
二人の逃避行の最終目的地。
彼女は彼に微笑みかける。
「今日で終わり…ね。」
「そうだね。」
彼は小さく頷く。
「楽しかった?」
「もちろん。」
「私の写真や動画もたくさん撮ったし?」
その彼女、ミカの言葉に、彼、ケンスケはにやりと微笑む。
「ま、商売抜きだけどね、いろいろと勉強になったよ。」
「そう?だったら、ハッピーエンド?」
その言葉に不思議そうにミカを見るケンスケ。
ミカはじっとケンスケを見る。
「ハッピーエンドじゃない?」
そう尋ねてみるケンスケ。
ミカは小さく首を振る。
「私…は、少しだけ不満。かな?」
立ち止まりじっとケンスケの瞳を見つめるミカ。
ケンスケは黙ったまま彼女を見つめかえす。
なぜ、彼女がそんなことを告げたのか、その真意を図りかねたから。
と、ミカは驚いたようにいきなり、ケンスケの背後を指差す。
「あ!あれ、何?」
その声に振り向くケンスケ。
しかし、そこには真っ青な空しかなかった。
と、すっとミカが顔を寄せて、ケンスケの頬に軽くキスをする。
「え?」
ケンスケがミカの方に向き直ったときには、
ミカは元の位置に澄ました顔で立っていた。
「これで、ハッピーエンド、かな?」
そう告げて、満面の笑みをミカは浮かべた。
その墓標の前に立つ二人。
そこには「AYA KIRISHIMA」と書かれている。
「おねえちゃん、会いに来たよ。」
小さくそう呟くマナ。
そして、黙ったままその墓標をじっと見つめる。
まるで何かを語りかけるように、優しい表情で立っている。
シンジはその二人の無言の会話が終わるまで、じっと待っていた。
その間も桜が吹雪のように舞っている。
そして、小さくため息をついて、マナはくるりとシンジに振り返る。
マナは笑顔でシンジに微笑みかける。
久しぶりに見たせいか、マナが笑顔を浮かべるたびにどきりとするシンジだった。
前よりも笑顔が綺麗なった気がした。
「ありがと。待たせちゃったね。」
「ううん、そんなことないよ。」
風がマナの髪をふわりと舞わせる。
シンジがすっと手を伸ばしその髪に触れる。
その髪は背中の肩甲骨の下まで伸びてきていた。
「髪、伸びたね。」
小さく首をかしげるしぐさで彼を見るマナ。
「だって、シンジは長いの好きなんでしょ?」
「そんなこと、言ったっけ?」
「言わなかった?」
「…覚えてない。」
「私もよく覚えていない…」
と、顔を見合わせ、吹き出す二人。
ひとしきり笑ってから、墓標の前に並ぶ。
「ありがと、アヤちゃん、また来るね。」
「お姉ちゃん、またね。」
そう声を出して告げて、二人は見詰め合う。
マナもシンジも笑顔だ。
そして、どちらからともなく手を繋いで歩き出した。
二人は途中の並木道の途中のベンチに腰掛けた。
お互い笑顔のままだ。
どうも、自然と笑顔が浮かんでしまうようだった。
最初にシンジが口を開く。
聞きたいことは山ほどあったが、
マナがお参りを先にさせて欲しいと頼んだから、この時まで聞けずにいた。
「でも、マナ、どうしてここに?」
澄ました顔でマナは答える。
「ユイおばさまに聞いたら、ここだって。」
「もう、外に出ても、大丈夫なの?」
彼女は、あの日からしばらくは集中治療室に入り、
その後もずっと無菌室での生活を続けているはずだった。
少なくともシンジは、5月までは彼女には会えないと思っていた。
軽く首をかしげて、マナは答える。
先ほども思ったが、そのしぐさを見て、シンジは懐かしいと感じた。
たった、数ヶ月見ていなかったのに、まるで数年経ったかのように感じてしまった。
「うん、大丈夫。まだリハビリとかはあるけど、今月中には退院できるわ。」
「そうなんだ、じゃ、GWは一緒にいられるね。」
思わぬマナの言葉に、シンジは嬉しそうにそう告げる。
行きたいところはたくさんあった。
約束だけして行っていない所も。
その言葉に、マナは少しだけ頬を染める。
その二人の間を桜の花びらが舞っていく。
「あのね、その事なんだけど。」
「うん…」
シンジは、もしかしてマナは両親の元へと帰るのだろうかと思った。
両親ともすでに帰国し、今は病院近くのマンションに住んでいる。
もともと碇家へは、両親がいない間だけの住むことになっていたから、
あえて碇家に戻る必要はない。
マナは視線を伏せて、少し体を動かす。
そして、ちらりとシンジを上目がちに見上げる。
「あのね…」
「うん。」
「そのこと、なんだけど…」
「うん。」
なぜかマナは、すごく緊張しているようだった。
ごくりと息を飲む。
それを見ているシンジも、少し緊張してきた。
「ちょっと、シンジに、話したい事があるんだけど…」
「なんだい?」
「…」
マナは、またうつむいてしまう。
何をそんなに恥ずかしがっているのかな?
シンジはどうやら、マナは一緒に住めないことを告げようとしているのではないと思い始めた。
だったら、何を言いたいのだろう?
と、マナが決心したように顔を上げる。
かなり顔が赤い。
そして、その言葉を消えそうな小さな声で、恥ずかしそうにこんな言葉を告げた。
「あの…私を、貰って…ください…」
それだけ告げて、マナはうつむいてしまう。
「へ?」
シンジは呆けたように、マナをまじまじと見つめる。
すでにマナの顔は耳まで真っ赤になっている。
シンジはその言葉の意味を理解しようと反芻する。
何か、今、大変な言葉を聞いたような…
…
…
私を…
貰ってください…
…
…
貰ってください?
…
…
そ、それって…
…
…
もしかして?
…
…
「ま、マナ…今のって…」
その時になって、マナが告げた言葉の意味をシンジは理解した。
「そ、それって、あの時の返事…なの?」
顔を伏せたまま、マナはこくこくと頷く。
それを見て、シンジは思わずマナを抱きしめ、その頬に触れる。
「ありがと、嬉しいよ。」
うれしい。
返事が聞けるなんて思ってもなかったから。
凄く嬉しいよ。
シンジは笑顔でマナを見るが、しかし、彼女は顔を伏せたままだ。
不思議そうにシンジが顔を覗き込もうとすると、
マナはそれから逃げるように顔をそむける。
「どうしたの?」
マナは今度は首を横にふるふると振った。
「だって…恥ずかしいもの。今はシンジの顔見れないよ。」
シンジはにっこりと微笑んで、マナの前に回りこんで、地面に膝を付く。
そして、両手でゆっくりとマナの顔を彼のほうに振り向かせる。
今度は逃げるのをあきらめたようで、
少しふてくされた表情で、マナは上目がちにシンジを見る。
恥ずかしさのあまりか、顔は真っ赤で涙目になっている。
「…何よ。」
その一言で、シンジの心臓が跳ねた。
…
ずっと見慣れているはずなのに。
それなのに、こんなことで、僕の鼓動は高鳴ってしまう。
こんなにいとおしく感じてしまう。
シンジは小さく息をついて、微笑みながら答える。
「かわいいよ。」
その言葉に、少しだけ収まりかけていたマナの頬の火照りがまた戻った。
「もう、いじめないで。」
シンジは笑顔でマナを見つめる。
マナは潤んだ瞳でシンジを見つめる。
綺麗だよ。
今まで見てきたマナの瞳で一番。
「僕たちは、これからなんだから。」
ふと、そう呟いたシンジにマナは嬉しそうに微笑んだ。
「ずっと、そう言ってくれてたね。」
「愛してるよ。ずっと、何があっても。」
「シンジ…」
お互いの瞳に相手を映し、二人は見詰め合った。
彼はぼんやりと車の窓から外に視線を向けた。
どこまでも続くトウモロコシ畑の向こうに真っ青な空は見えた。
彼は熱心にその空と所々に浮かんでいる真っ白な雲を見つめた。
自分が何処に向かっているのかはよくわからなかった。
なんでも父親の友人宅に遊びに行くとだけ。
向こうには彼と同じ年の女の子がいるらしい。
女の子か…
彼は少し憂鬱になった。
実は彼は女の子が苦手だった。
嫌いなわけじゃないけど、何を考えているのかわからないところがあるから。
隣に座ってすうすうと寝息を立てているレイもそうだ。
どうしよう。
考えているうちに少し不安になった。
でも、母さんはお友達になれるからって言ってくれたし。
レイも楽しみにしてるし。
どんな子なのだろう?
そんなことを考えているうちに彼を睡魔が襲った。
彼女はぼんやりと椅子に座って、窓の外を見ていた。
今日は外に出れない日だった。
家の中は快適だけど、すこし退屈。
彼女はぼんやりと窓の外の青い空を見ていた。
そして白い雲に。
私も雲になれたらなぁ…
そうすれば、いろんな所に行けるのに。
…
…
今日は父さんの友達が遊びに来る。
同じ年の男の子と女の子がいるそうだ。
どんな子なのかな?
友達になってくれるかな?
ちょっと怖い。
でも、私にはお姉ちゃんがいるから。
そう…
おねえちゃんが私を守ってくれるから。
だから…
それが全ての始まり…
そして…
そこは広い草原の真中だった。
三人とって懐かしい思い出の場所。
シンジにとっては、何回も心の中に現れた光景。
そして、いつもそこにはアヤがいた…
風に吹かれて草原がざわめく中、
その思い出の風景の中心にある大きな木の根元を、
わいわいと話をしながら三人は掘り返していた。
思い出のあるものを探すために。
しかし、実際の肉体労働はシンジの仕事で、ほかの二人は囃し立てるだけだったが。
「そんなに深くは、掘ってないような気がするけど…」
首をかしげるマナのその言葉に、シンジはふうと一息ついて、答える。
先ほどからスコップで、ざくざくと地面を掘り返している。
「いや、結局は50センチ近くは掘り下げたと思うよ。」
レイが不思議そうに首を傾げて告げる。
「でも、もうそれ以上掘ってると思うけど…」
確かに、シンジの身長の半分ほどは掘っているようだ。
沈黙する三人。
そして顔を見合わせる。
「本当にここで良かったの?」
シンジが不信そうに、マナを見つめる。
マナは自信なさげに樹の幹を見て告げる。
「う〜ん、この樹の幹に印をつけたのだけど、もう消えちゃったみたい。」
照れ笑いでごまかすマナ。
その言葉に、シンジとレイがうなだれる。
「はぁ、じゃあ、片っ端から掘り返すしかないね。」
半ばヤケになって、レイがそう告げる。
「掘るのは、僕なんだけどなぁ。」
「男が文句を言わない。とっとと掘る。」
「なんで、カヲルくんはいないんだ〜。」
そう嘆くシンジに、冷静に答えるレイ。
「だって、アイツ肉体労働に向かないんだもの。
それに部外者はいないほうが良いでしょ?」
そう言われては返す言葉もなく、
シンジはもう諦めモードで別の場所を掘り始める。
そんなこんなで小一時間ほど辺りを数箇所ほど掘り返し、やっとその探し物は見つかった。
「はぁ、もういい。疲れた。とっとと帰りたい。」
文句たらたらで、地面に座り込むシンジの頭を嬉しそうになでなでするマナ。
「はいはい、これはご褒美。」
ちゅっとシンジの頬にキスをするマナ。
それを見て、レイは呆れ顔で告げる。
「もう、人の前でのろけるのはそれぐらいにして。」
三人は掘り出したそれを見つめる。
銀色の直径30センチほどの球体だった。
それはタイムカプセルだった。
あの時の四人がそれぞれに思ったことを紙に書いて、
この箱の中にいれたものだった。
「でも、実は私、書いたこと覚えるのねぇ。残念なことに。」
レイが少し残念そうに告げる。
こういうものは忘れている方が楽しかったりする。
「実は、私も思い出しちゃったの。意外と忘れないものね。」
マナも同じく残念そうに告げる。
ところがシンジは首を振って、嬉しそうに答える。
「う〜ん。僕は思い出せないなぁ。」
そのシンジの言葉に、そっけなくマナは言い放った。
「ま、その方が、シンジらしいし。」
「そうそう。」
二人の相槌に不満そうな表情を浮かべるシンジ。
「まぁ、確かめることに意義があるということで。」
気を取り直してレイがそう告げ、マナも嬉しそうの頷く。
「じゃあ、開けましょうか?」
三人でその球体の上部を掴む。
「じゃあ、いくよ〜。」
「せーの!!」
There is a flower within my heart,
Daisy, Daisy!
Planted one day by a glancing dart,
Planted by Daisy Bell!
Whether she loves me or loves me not,
Sometimes it's hard to tell;
Yet I am longing to share the lot
Of beautiful Daisy Bell!
Daisy Daisy,
Give me your answer do!
I'm half crazy,
All for the love of you!
It won't be a stylish marriage,
I can't afford a carriage,
But you'll look sweet on the seat
Of a bicycle built for two !
We will go "tandem" as man and wife,
Daisy, Daisy!
Ped'ling away down the road of life,
I and my Daisy Bell!
When the road's dark we can despise
P'liceman and lamps as well;
There are bright lights in the dazzling eyes
Of beautiful Daisy Bell!
Daisy Daisy,
Give me your answer do!
I'm half crazy,
All for the love of you!
It won't be a stylish marriage,
I can't afford a carriage,
But you'll look sweet on the seat
Of a bicycle built for two !
I will stand by you in "wheel" or woe,
Daisy, Daisy!
You'll be the bell(e) which I'll ring, you know!
Sweet little Daisy Bell!
You'll take the lead in each trip we take,
Then if I don't do well;
I will permit you to use the brake,
My beautiful Daisy Bell!!!
Daisy Daisy,
Give me your answer do!
I'm half crazy,
All for the love of you!
It won't be a stylish marriage,
I can't afford a carriage,
But you'll look sweet on the seat
Of a bicycle built for two !
「Shinji, do you take Mana to be your wedded wife, to live together
in marriage.
Do you promise to love her, comfort her, honor and keep her.
For better or worse, for richer or poorer, in sickness and health.
And forsaking all others, be faithful only to her.
So long as you both shall live? 」
「Yes, I will」
マナ。
僕にとって、君は太陽なんだ。
君がそばにいてくれれば、僕は僕が進むべき道を見誤ることはない。
だから、ずっと、ずっと僕の傍にいて欲しい。
そして、二人で人生という道を歩いていこう。
「Mana, do you take Shinji to be your wedded husband to live together
in marriage.
Do you promise to love him, comfort him, honor and keep him.
For better or worse, for richer or poorer, in sickness and health.
And forsaking all others, be faithful only to him.
So long as you both shall live?」
「Yes, I will」
シンジ。
私にあなたは生きる意味を与えてくれた。
あなたがそばにいてくれれば、私はこの世界での私の存在を認めることができる。
だから、ずっとずっと、私の傍にいてください。
そして、二人で人生という道を歩いていきましょう。
「You may kiss the bride.」
その神父の言葉に、シンジとマナに向き合う。
そして彼は、彼女のブーケを上げる。
真正面から彼女を見て、思わず、彼女に見とれてしまう。
少しだけ主に染まった頬、そして唇。
見慣れているはずなのに、こうしてみるとどうしても心奪われてしまう。
視線を伏せていたマナがシンジを見る。
その綺麗な瞳がじっとシンジを見る。
そしてシンジにだけ、聞こえるような小さな声で呟く。
「ずっと、ずっと離さないでね。私だけのシンジでいて。」
シンジは小さく頷いて見せた。
そして呟く。
「離さないよ。僕は君だけのために生きていくから。」
二人は瞳を閉じた。
そして長いキスを交わし、それが二人の誓いのキスになった。
Fin.
Time-Capsule
1998-2002
Witten by TIME
大きな感謝の気持ちをこの物語を最期まで読んでくださったあなたに。
あとがき(長文です)
どもTIMEです。
Time-Capsule最終話「まごころを君に」です。
やっと終わりました。
いや、ほんとに長かった。
途中、本当に終わるのか?これ。と思いましたが、なんとかラストまで漕ぎつけました。
なんと4年もかかってしまいましたね。
最初からリアルタイムで、読んでくださった方はどれくらいいるんですかねぇ。
なにせ私自身がこの4年で、修了→就職→結婚→長女誕生とイベントづくしですし。
#1月中に終わらなかったのは最後のイベントのせいデス。
さて、内容の方のフォローにいきましょうか。
本文中には結局マナはどうして治ったかの説明がないですし。
アヤとMAGIの関係は本文に書いたとおりです。
結局マナの病気を治すために何をしたかですが、
MAGIがナノマシンをコントロールして、
問題のある部分を片っ端から治療していくというかなり強引でご都合主義な解決法です。
本編では、あえて説明を入れて流れを止めたくなかったので、まったく入れてません。
このMAGIのテストタイプですが、全ての処理の実行を、人格モジュール経由で行ってます。
そのせいで、本来持っている処理能力の半分も使ってないことになってます。
#脳自体を移植すれば楽勝なんですが。
#培養されたニューロン組織ではそこまで耐えられないとゆー設定です。
で、その人格思考モジュールを外してしまう(アンインストール)ことにより、、
本来のコンピュータとしての能力が発揮でき(フルドライブ)、
それでマナを救えたというやつです。
アヤの言った、「さよなら。」とは、つまりはそういうことです。
あと某所で、この連載はマナにある台詞を言わせるためにやってると書きましたが、
結局、どのセリフだったのかは皆さんのご想像にお任せします。
いくつか候補はあると思いますが。それはナイショということで。
レイ、カヲル ヒカリ、トウジ ミカ、ケンスケの話が出てますが、
ま、最後の顔見せです。
ちなみにアスカが出てこないのは、ちょっとした理由があります。
短編をひとつ考えているので、そっちに出演させようかなぁと。
最後に書いているシンジ、マナの結婚式がらみです。
あと、タイムカプセルにシンジとマナが何を書いたのかとか。
結局最後まで伏せたままになったものをネタにします。
意外?とこの連載のアスカにも人気があったので、こちらはマナのお話の最終話で、
短編はアスカのお話の最終話になります。
ま、あまり期待しないでくださいね。
いつ書きあげられるか、まったくわからないので。
さて、これでTime-Capsuleの連載は終了となります。
長い間お付き合いいただいた方も、最近から読み始めていただいた方も、
最後までお付き合いくださり感謝の気持で一杯です。
連載中、皆様にいただいた感想、応援メールに何度となく励まされて、ここに至りました。
この連載は終了しますが、まだ私には書きたいものがありますので、
またどこかでお会いできればと思います。
それでは、またどこかで。
2002年3月9日 TIME/02