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おお、友よこの調べではない!
 

もっと快い、喜びに満ちた調べに共に声を合わせよう。
 

歓喜よ、美しい神々の花火よ、天上の楽園からの乙女よ!
 

我らは炎を飲むがごとき情熱にあふれ、あなたの聖なる場所に足を踏み入れる。
 

あなたの魔力は時流が厳しく切り離したものをも再び結び合わせ、
 

あなたの柔らかい翼が留まる所で、全ての人は兄弟となる。
 

大いなることに成功し、誰かの友となり、
 

優しき伴侶を得た人は歓喜の声に唱和せよ!
 

そうだ!この地上でただ一つ、魂しか”自分のもの”と呼ぶことが出来ない者でも!
 

そして、出来なかった者は、この集いから泣きながら立ち去れ!
 

万物は自然の乳房から歓喜を飲み、 全ての善人も全ての悪人もバラの小道をたどる。
 

自然は我々に接吻と、ワインと、死の試練を受けた友を与えた。
 

虫けらであろうとも快楽が与えられ、天使ケルビムが神の前に立つ。
 

喜ばしく!
 

太陽が広大な天を駆けてゆくように、
 

兄弟たちよ、君たちの道を駆けろ、勝利に向かう英雄のように楽しく。
 

抱き合え、幾百万の人々よ!
 

この接吻を全世界へ!
 

兄弟よ!
 

星たちの彼方に愛する父が住んでいるに違いない。
 

ひれ伏すか、幾百万の人々よ?創造主を予感するか、世界よ?
 

星たちの彼方に創造主を求めよ!
 

星たちの彼方に、彼が住んでいるに違いない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
Written by TIME/01
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

第52話
Air
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そう…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

僕はその時、痛切に願った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

この自分の願いを聞き入れる存在には、何を捧げても良い。と。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そして、その願いは…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そして、その願いは…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あのね…私、夢を見ていたの。
 

ずっと…ずっと昔のこと。
 

私とお姉ちゃんと、シンジがいて。
 

三人で過ごした、あの夏のこと。
 

ずっと忘れてたの。
 

あの木の下に埋めたよね。
 

タイムカプセル。
 

もう、すっかり忘れていたけど。
 

でも、思い出したの。
 

今度、一緒に探しにいこうね。
 


 

今になって思うと。
 

あの夏が、一番幸せだったのかもしれない。
 

私の体は弱かったけど。
 

それでも、お姉ちゃんとシンジとレイちゃんのおかげで毎日楽しかった。
 

もう一度。
 

あの時のように。
 

四人で遊びたいな。
 


 

ねぇ、シンジ。
 
 
 
 
 
 

私…
 
 
 
 

もう駄目みたい…
 
 
 
 
 
 
 

頑張ったけど…
 

もう…体が言うこと、きかないみたいなの…
 

まるで自分の体じゃないみたいなの…
 

だから…
 

もう、これ以上は…
 

シンジと一緒にいられない…
 

…みたい…
 

あぁ…シンジが…手を握っていてくれるの、わかる…
 

そのまま、ずっと握っていてね…
 

私…
 

幸せだった…
 

ほんとうに幸せだった…
 

あなたに出会って…
 

一度は離れてしまったけど…
 

また再会できて…
 

そして、好きだと告白して…
 

シンジも私のこと想ってくれて…
 

嬉しかった…
 


 

シンジ…
 
 
 
 
 

もし…生まれ変わることができるなら…
 
 
 
 
 
 
 
 

私は…必ず…あなたを探すから…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

シンジも…私を探して…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

どんなに離れていようと…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

人種が違おうと…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

私は…あなたを探すから…
 
 
 
 

必ず…探し出す…から…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

だから、それまでの…
 
 
 
 
 

お別れです…
 
 
 
 
 
 
 
 

ありがと…シンジ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

わたし…
 
 
 
 
 
 
 
 

あなたを…すきになって…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

よかった…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

小さく息を吐き出し、彼女は瞳を閉じた。
そして、シンジの手の中から、彼女の手が滑り落ちる。
慌てて、その手を握り締めるシンジ。
部屋の中に電子音が響き渡る。
それは彼女の命が消えてしまったこと知らせようとしている。
ゆっくりと首を振り、信じられないといった表情のシンジ。
そして、マナの顔をじっと見つめる。
そこには苦しみの表情はなかった。
それどころか、口元には小さな笑みが浮かんでいる。
 

そんな…
 

マナ…
 

嘘でしょ?
 

シンジはマナの手を握り締める。
まだ彼女の手は暖かい。
まるで、生きているかのようだった。
お願い。
僕を…
置いていかないで。
一人にしないで。
僕には、もう君しかいないんだ。
どうして?
これからなんだよ。
僕達はこれからなんだ。
それなのに。
君は僕を置いて一人で行くのかい?
まだ、何も。
僕たち二人は、この世界に生きた証を残していないのに。
君は、何も僕に残さずに行ってしまうのかい?


そんなのは…
…嫌だ。
僕は…


僕は…





まだ君といたい。
君と生きていきたい。
君の傍にいたい。


どうすれば…
どうすれば…
君は戻って来てくれるの…



その時になって、シンジは自分が泣いていることに気付いた。
頬を伝う涙が、マナの手に落ちる。
シンジは祈るように、彼女の手を握り締める。
その時になり、初めて、シンジの耳に周りの喧騒が聞こえてきた。
医師や看護婦たちの声。
しかし、その内容は今のシンジには理解できなかった。



涙で視界がゆがむ。
シンジは首を振って、マナの顔を見つめる。




僕は…


僕はどうすれば良いの?


君がいないこの世界で。
どうやって生きていけば良いの?
ねぇ…
教えてよ。
僕にはもう、何も残っていないよ。
君を愛するこの想いを失ってしまったら。
何も残らないよ。
それなのに。
君は…



君は…





僕を…





医師の一人が慌てて、部屋の外に出て行く。
シンジはマナの手を握ったまま、顔を伏せていた。
マナ…


お願い…
戻ってきて。
もう一度、その笑顔を見せて。

そのためにだったら、僕は何だってするよ。


だから…



だから!!
 
 
 
 
 
 
 
 

シンジちゃん…
 
 
 
 
 
 

どこからか、彼を呼ぶ声が聞こえた。
シンジの肩が震える。
 
 
 
 
 

シンジ…ちゃん…
 
 
 
 
 

もう一度、彼を呼ぶ声が聞こえる。
その声に、ふっと顔を上げるシンジ。
そして、次の瞬間、彼の視界の全てが書き換えられた。
まるで一陣の風がそれを運んできたように。
今、彼は病室から、広い草原の只中にいた。
その変化に驚き、シンジは周りを見回す。
しかし、病室はどこかに消え、
彼の目の前には、一面に青々と葉を伸ばす草原が広がっていた。
驚きを隠せない表情で、シンジは自分の手を見る。
身体の感覚が何か変だった。
自分のもののような、そうでないような。
ある部分ははっきりしているのに、他のどこかはぼやけているよう。
しかし、頬を撫でていく風を感じることができる。
頭上に輝く太陽の日差しの暖かさを感じることもできる。
足元に広がる土と草の匂いも。

「…これは、いったい?」

シンジのその言葉と共に、彼の目の前に一人の女の子が現れる。
彼が良く知っている少女。
霧島アヤ。
いつものように、彼が最後に会った時の少女のままで。
今までは気にしなかったが、なぜか今回はシンジはそのことに気づいた。
しかし、彼女の浮かべている表情は、いつものものとは違っていた。
神妙な表情でシンジを見つめている。
その彼女を見ながら、シンジは口を開く。

「アヤちゃん…」

彼女は少しだけ寂しそうな表情を浮かべて、彼を見る。
瞳をじっと見て、シンジはなぜか胸騒ぎを感じた。
何か良くないことが起こるような気がしたから。

「シンジちゃん…」

彼女は小さく呟き。
そして、はにかむ。
まるで消えてしまいそうな笑み。
それを浮かべたまま、シンジをじっと見る。

「マナが…」

シンジのその言葉に、アヤはこくりと頷いてみせる。
首を振って、シンジは言葉を続ける。

「マナが…」

しかし、それから先が続かない。
続きの言葉はわかっている。
でも、それを告げることができない。
その言葉を告げると、まるで全てを受け入れてしまう、そんな気がしたから。
そんなシンジの表情を見て、アヤはもう一度、こくりと頷いた。
まるで、彼の考えていることを全て理解しているかのように。

「シンジちゃんは、どうしたい?」

その質問の意味を図りかねて、シンジは聞き返す。

「どうしたいって?」

「マナに生きていて欲しい?」

アヤはひょいと、首をかしげて見せる。
そのしぐさはシンジに痛烈にマナを思い起こさせた。
そして、同時に胸の痛みをも引き出した。

「もちろんだよ。彼女と離れたくないよ。一緒に生きていきたいんだ。」

そう…マナには、生きていて欲しいよ。
そしてずっと僕のそばにいて欲しい。
彼女のことを見ていたい。
彼女と一緒に生きていきたいんだ。
だから。
だから!

「愛してるんだ?」

「もちろん。」

アヤの問いに、間髪いれずに返答を返すシンジ。
まっすぐに視線を向けて。
そんな彼を見て、アヤは満足そうに頷く。

「そう…」

ため息をつくようにそう告げて、彼女はうつむく。
その様子を見て、シンジはアヤが何かを決めかねているように見えた。
そして、それが先ほどからの胸騒ぎの原因のような気がした。

「アヤ…ちゃん?」

シンジは彼女の様子をさぐるようにそう告げて、まじまじと見つめる。

「ねぇ、シンジちゃん?」

アヤは顔を上げて、シンジの名前を呼んだ。
そして、にっこりと微笑みながら言葉を続ける。

「あの頃は、楽しかったね?」

あの頃。
いきなりマナと同じ言葉を告げたアヤ。
シンジは、ずきずきとうずく胸を押さえながら、なんとか頷いて見せた。

「そうだね。楽しかった。」

あの頃は何も悩みもなくて。
苦しみもなくて。
みんなでいるだけで良くて。
何をするにも四人で。
楽しかった。
何も不安がなかった。
幸せな日々だった。
そのシンジの答えに、彼女は今度は満面の笑みを浮かべた。

「あの時に帰りたいな。」

シンジには、そのアヤの口調に寂しさが混じっているような気がした。

「そうできたら、どんなに良いか。」

シンジは心底そう思いながら答えた。
もし、あの時にもう一度戻れるのなら。
もう一度やりなおせるのなら、僕はなんだってするのに。
その彼の言葉に彼女はにっこりと微笑み、あることを告げる。

「でも、この世界のシンジちゃんは選ばれなかったの。」

その言葉の意味は、シンジにはまったく理解できなかった。
だから、シンジはただ唖然として、アヤを見つめるだけだった。
しかし、彼女はそのまま言葉を続ける。

「だから、このまま生きていかなきゃ。
シンジちゃんには、シンジちゃんの役割があるのだから。」

「それは…一体?」

何を意味しているのか?
その思いを表情に浮かべ、シンジはアヤを見る。

「私の…遺言…みたいなものよ。」

視線を落として、少しだけ寂しそうに彼女はそう告げた。

「遺言…どうして?」

どうして、遺言だなんて。
その彼の問いに、彼女は首を振って答えた。

「あなたの大切な人を取り戻すためよ。」

「え?」

シンジはアヤの言っている意味が理解できずに、まじまじとその横顔を見つめる。
大切な人。
それはマナのこと?
どうやって、取り戻すの?
彼女はにっこりと微笑んで、こう告げた。

「シンジちゃん、私のこと忘れないでね。」

その答えに、シンジは面食らって、アヤをまじまじと見つめた。

「え、ど、どうして?」

しかし、彼女は彼の問いには答えずに、首を振ってもう一度告げる。

「私は、いつでもシンジちゃんと、マナの心の中にいるから。」

「どうして?ねぇ、ちゃんと僕に分かるように話してよ。」

シンジはアヤに手を伸ばした。
しかし、一瞬だけ早く彼女が光球に変化した。
伸ばした彼の手はその光球をすり抜けた。

「だから、いつでも会えるから。忘れないで。」

そして、その光球はふっと消えてしまった。

「ねぇ、アヤちゃん…」

その言葉と共に、またシンジの周りの景色が書き換わる。
彼はきょろきょろと部屋の中を見回す。
そこはマナの病室だった。
今の…
何だったんだ?
どうして?
アヤちゃんが?
シンジは視線をマナに向ける。
医師たちが必死に蘇生術を施している。
取り戻す…
マナのこと?
でも、どうやって…
それにアヤちゃんは、この世界には…
一体何が起こってるんだ?
 
 
 
 
 
 
 
 

「準備は?」
 

「終わっていません。でも、並行作業で行うしかないでしょう。使えるところから使います。」
 

「今使えるのは?」
 

「システムのレフトヤードのみです。ライトヤードの書き換えには2時間必要です。」
 

「レフトはもともとスタンバイ用だから、書き換えが早かったのよ。」
 

「それで見込める効果は?」
 

「当初予定の40%程度でしょうか?」
 

「それでも、やるしかない。か。」
 

「仕方ないわね。待っているわけにはいかないから。お願いできる?」
 

「そのために、私はここにいるのですから。」
 

「こちらもOKです。モニターはマルチに出します。」
 

「了解。」
 

「では、始めますよ?」
 

「あぁ、存分にやってくれたまえ。」
 

「では、始めます。モードは、プリセットで。」
 

「さあ、頼むよ。アヤ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

真っ青な空。
 
 
 
 

そして、真っ白な雲。
 
 
 
 

草の匂い。
 
 
 
 

そして、土の匂い。
 
 
 
 

私は…
 
 
 
 
 

どうなったのだろう?
 
 
 
 

ここは…?
 
 
 
 

どこなのだろう?
 
 
 
 
 
 

ゆっくりと私は体を起こした。
まず目に入ったのは、どこまでも広がる草原。
色とりどりの花が咲き誇っている。
なだらかな丘陵が広がり、地平線まで緑に包まれている。
時折流れる小川が、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。
ゆっくり振り向くと、そちらも同じ光景だった。
ここは…
どこなのだろう?
私は…


必死に記憶の糸をたどろうとするマナ。
しかし、よく思い出せない。
まるで、靄がかかったかのように、はっきりしない。



私…
どうしちゃったの?
首を振るが、やはり思い出せない。


彼女はため息をつき、思い出すことをやめた。
そして、周りを見渡す。
どうして自分はここにいるのだろう?
そして、何をすれば良いのだろう?
自分の体を見る。
白いワンピースを着ていた。
ちゃんと靴も履いている。
立ち上がって、背中を見てみる。
汚れていない。
寝転がっていたのだから、汚れてもよさそうなものなのに。
彼女は首をかしげる。
ちょっとふらふらする。
なんだろう?
何かがおかしい。
でも、それが何かがわからない。


何かわからないことだらけね。
彼女はくすりと微笑んだ。
 

マナ…
 

どこかで彼女を呼ぶ声が聞こえた。
だれ?
今、私を呼んだ?
 

マナ…
 

また聞こえた…
その声が、どこから聞こえたのかを確かめようと、辺りを見回すマナ。
そして、ある方向に歩き出す。
たぶん、こっちから聞こえたと思うんだけど…
彼女は草原をゆっくりと歩いていく。
良い天気で。
ぽかぽかと日差しが暖かい。
でも、体の感覚がいまいちはっきりとしない。
意識しないと、手の感覚がなくなるよう。
足も歩いていることを意識しなければ、感覚がなくなるような気がする。
なんだろ?
そんなことを考えながら、マナは進む。
それにしても…
マナはまた考える。
私、どうしたのだろう?
すごく心が軽くなったような気がする。
まったく何も心配することがないような。
本当に、何も苦しみも、悲しみも、苦痛も。
何もないような気がする。
全てから開放されたようにすっきりとした気分だ。
なぜだろう?
ここにいると、何も心配しなくても良いような気がして。
そう思うことが凄く気持ちよくて。
まるで、お母さんに甘えているときみたい?
そんな気がする。
絶対的な信頼感に包まれているような。



何故だろう?

そして、彼女は川辺まで歩いてきた。
川幅は数十メートルあった。
しかし、深くはない。
足が濡れる程度で向こう側へ渡れるだろう。
そこでマナは立ち止まる。
そして辺りを見回す。
どうしようか?
渡っちゃおうか?
どうも、川の向こう側から、私呼ぶ声が聞こえる気がする。
う〜ん。
マナはもう一度、周りを見回す。
 
 
 
 

マナ…
 
 
 

その時、彼女を呼ぶ声が聞こえた…
今度は、後ろから聞こえた。
マナは振り返る。
そして、そこにマナにそっくりな人物が立っているのを見た。
笑顔を浮かべて、立っている。
彼女は小さな、だがはっきりとした声でマナを呼んだ。

マナ…

おねえちゃん…

マナの前にいるのは、彼女と同じ年頃のアヤだった。
双子だけあって、マナに瓜二つだ。
しかし、目元と口元が微妙に違う。
なぜか。マナには彼女が姉であることがわかった。
目頭が熱くなるのを感じる。
アヤはゆっくりとマナの元に来て、彼女の頭を優しくなでる。
しゃくりあげて、マナはその胸に飛び込む。

どうしたの?

わかんない。でも、なぜか涙が…

そんなマナを落ち着かせるように、背中を撫でるアヤ。
川面に向かって二人は、並んで座った。
そして、マナが落ち着くのを待って、アヤは話しかける。

マナ、こんなところにいて良いの?

どうして?

マナは不思議そうに首をかしげる。

覚えてないの?

何を?

シンジちゃんとのことを。
そんなに簡単に、忘れられるものなの?

シンジ…

その言葉を聞いたとたん、頭の中が霧が晴れたようにはっきりとした。
そして、全てを思い出した。
最後にシンジに告げた言葉。
そして、自分の意識が暗闇に落ちるまでを。

しかし、マナにはなんの感情も湧かなかった。
まるで、何も感じられなくなったかのようだった。
あれほど、大切に思えたことが、今ではなんでもないことのように感じる。
どうしてだろう?

マナ?

表情を和らげて、アヤはマナの顔を覗き込む。
にっこりと微笑んで答えるマナ。

何、お姉ちゃん?

無邪気なその表情に、アヤはやさしく尋ねる。

マナは、シンジちゃんのこと好き?

シンジのこと?

そう。シンジちゃんのこと。

少しだけ考えてから、マナは答える。

好きだった…と思う。

今は、違うの?

好き。だと思う。
けど、良くわかんないわ。
もう、その想いが、どこか遠くに行ってしまったみたい…
まるで砂のように手から零れ落ちるよう…

そう…

アヤは小さくため息をつく。
そして、しばらく二人は黙ってしまう。
水の流れる音と、風にざわめく草原の音が聞こえる。
近くに咲いている花から、良い匂いがしてくる。
マナは視線を川に向けたまま考えていた。

シンジ…

私ね。

もう、疲れちゃったみたい。

このまま、この世界にいても良いよね?

どうしてかな?

あの時。

私は、全てを受け入れてしまったみたいなの。

もう、生きていけないことを。

あの世界から消えてしまうことを。

だから、今、あなたのことを思っても。

あの時ほどの感情が湧かないの。

だから、ごめんなさい。

もう、私は…
 
 

ねぇ、マナ、覚えてる?
私が昔あなたに、こんなこと聞いたでしょ?
シンジちゃんのどこが好きって?
 

うん、覚えてる。
でも、あまりちゃんと答えられなかったよね。
 

そう、あの時はまだ私は幼すぎて、はっきりとは答えられなかった。
 

今なら答えられる?
 

今?
今か…
 

それきりまたマナは考え込む。
碇シンジ。
私は彼のどこに惹かれたのだろう?
私がシンジを好きになったのは、いつからだったのだろう?



わからない。
何かあったような…
そう…
何か…


思い出せない。
とても大切なことだったような気がする。
だから、私は…
シンジのことを…



考え込むマナを見て、アヤはにっこりと微笑むと、こう問い掛けた。

ね、マナ?
まだ、帰れるとしたら戻りたい?
 

え?
 

まだ、今なら帰れるよ。
 

どうやって?
 

それは内緒。
あなたに説明してもわからないでしょうから。
 


 

もちろん、帰らないって選択肢もある。
 


 

選ぶのはマナ、あなたよ。
 


 


 


 

降りる沈黙。
マナはうつむいて、考えつづける。
帰る。
あの世界に。
シンジがいるあの世界に。



どうしてだろう?
本当なら嬉しいはずなのに。
どうして…
今の私は…
こんなに震えているのだろう?
何を私は恐れているのだろう?
どうして?
マナは自分の心がわからなくなった。
本当は戻りたいはずじゃないの?
だって、シンジがいるんでしょ?
それなのに。
どうして、こんなに震えてしまって。


私は…
帰りたくないの?
それは、どうしてなの?


そんな…



私は…



 
 

ね、あの世界で生きていくって、辛いことが多いわね。
 

突然のアヤの言葉に、マナははっと顔を上げてアヤを見る。
 

だって、そうでしょ?
楽しいことよりも、辛いことが多いわ。
 

首を振って、視線を川面に向けるアヤ。
 

それに、いくらシンジがいてくれても、
あなたは一人で、生きていかなければならない。
 


 

だって、いつでも決めるのは、あなた、マナなのだから。
シンジちゃんが決めるわけじゃないから。
だから、いつでもあなたは一人よ。
 


 

マナは視線をそらして、うつむいた。
そのアヤの言葉で、わかったような気がした。
そうか…
この思いは。
先ほどから感じている、体を震えさせるこの思いは。
これは、あの世界に戻り、生きていくことへの恐れなんだ。
それに対するものなんだ。
この世界の平穏さを感じてしまった後では。
あの世界は…
あまりにも辛くて、苦しくて、恐ろしくて。
だから、私はこんなに戻ることに対して…
臆病になっているんだ…
それは、一度この世界に戻ってきた者が、
もう一度あの世界に行って生きていくことへの畏れ、なんだ。



だから、私は…
こんなに畏れているんだ。

そんなマナを見て、アヤはにっこりと微笑んで告げる。
 

この世界の真実は、自分で探すしかないの。
 


 

不思議そうに首を傾げてみせるマナ。
そのアヤの言葉が、何を意味するか理解できなかったから。
 

ねぇ、マナ。
もう一回聞くわね。
シンジちゃんに会いたい?
 

その言葉に、ふと、マナの中に小さな感情が芽生えた。
会いたいか?と聞かれた時に、考えるよりもそれが反応した。
それはマナの心の奥底に眠るある想いだった。



そして、マナは思い出した。
彼が彼女にとって特別になった理由。を。

やっと思い出した。
私がどうしてシンジのことを好きになったのか。
あの時の会話。
そしてシンジのあの言葉が。
私にとってシンジを特別にしたんだ。
であれば、私は帰ることができる。
あの世界で生きていける。
思い出したから。
私が私である理由を。
マナはアヤに小さくうなずいて見せた。
 

会いたい。
もう一度、シンジに会いたい。
そして話をしたい。
 

それは、あの世界に戻るってことだよ。
それでも良いの?
あの世界で起ることは、辛いことばかりだよ?
 

わかってる。
 

力強くマナはうなずいた。
 

でも…

生きていける。
思い出せたから。
シンジを好きになった理由を。
だから、私は生きていける。
みんなの元に戻っていける。
 

先ほどまで心を覆っていた恐怖が消え、マナははっきりと自信を持って告げた。
 

私はシンジが好き。
一緒に生きていきたい。
だから、あの世界に戻るの。
 

そう…
 

満足げにアヤはうなずいた。
そして、マナを抱きしめる。
優しく。
マナは懐かしい感触に瞳を閉じる。
それは昔、姉がよくしてくれたことだったから。
そして、アヤはマナの耳元で囁いた。

じゃあ、私は行くわね。
 

え?
 

戸惑うマナににっこりと微笑んでみせるアヤ。
 

いつでも私は、あなた達を見守っているから。
 

おねえちゃん?
 

不安げにアヤを見つめるマナ。
アヤはもう一度にっこりと微笑んで、マナの頭をなでる。
 

私はあなた達の心の中にいるから。
だから、いつでも会えるから。
 

どうしたの?
 

立ち上がり、アヤは人差し指を立てて唇に当てる。
 

帰るときに、良いもの見せてあげる。
でも、あの世界に戻ったら忘れちゃうけど。
そして、あの世界までは、これがあなたを導くわ。
もう、私には必要ないから。
 

彼女は身に付けていたペンダントをはずして、マナに手渡す。
それは陶器のような光沢を放ち、涙滴状の球体に天使の羽がついていた。
 

これはね、Angel Kleinっていうの。
こっちの世界で見つけたものだから、
道しるべにはなるけど、向こうには持っていけないから。
 

おねえちゃん!
 

マナが一瞬そのペンダントに視線を落とした瞬間、アヤの体が光に包まれ始める。
 

これだけは忘れないで。
みんな、今、あなたが感じている畏れを感じながらも、
あの世界に生まれて、生きていくことを選んだのよ。
だから、誰にでも、あの世界で生きていく権利があるの。
それがどこであろうとも、どんなに辛いことがあろうとも、それは自分で選んだことなの。
だから、誰にもそれを侵す権利はないわ。
 

いやだ、行かないで!
 

さよなら、マナ。
 
 

おねえちゃん!!
 
 

全てが光に包まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

それは半月が中天にかかる夜。
一人で縁側に座っていた彼女のとなりに彼は座った。
小さくため息をつく彼女。
それを心配げに見つめる彼。
今日は、みんなで一緒に近くの渓流に泳ぎに行く約束をしていたのに、
彼女の体の調子が悪くて、約束は果たせなかった。
それを気にしていた彼女は、小さな声でこんなことを言った。

「はぁ…どうして、私、生まれてきちゃったのかな?」

自分自身の存在を否定する発言。
彼女は自信がなくなっていた。
なぜ、自分がこの世界に生まれてきたのか。
なぜ、こんな思いをしてまで、生きていかなければならないのか。
まだ幼い彼女にはわからないことばかりだった。
そしてそれが嫌になっていた。

「どうして、そう思うの?」

その言葉を聞いた彼は、真剣な表情で彼女に答える。

「だって、私がいなければ、みんな私を気にしないで済むのに。」

そんなふうに、少しすねながらも、真剣に答える彼女を見て、つい彼は笑顔になる。

「みんなそんなこと思ってないよ。」

彼は優しくそう告げた。
しかし、彼女は首を振って告げる。

「嘘。碇くんもそう思ってるでしょ?」

そして、上目がちに彼を見上げる彼女。

「まさか。そんなことないよ。だって…」

彼は照れくさそうにはにかみながらも、彼女をしっかりと見つめて、こう告げた。

「だって、僕は君と会えて嬉しいから。
だから、君が生まれてこなかったとしたら、すごく困るよ。」

そして、月に視線を移して、遠い目をしてこう告げた。

「昔ね、父さんに聞いたことがあるんだ。
僕はどうして生まれてきたの?って。」

彼女はまじまじとシンジを見つめる。

「父さんはね。この世界で何かをするために生まれてきたんだ。って答えてくれた。
ちゃんと生まれてきたのには意味があるから、その意味を探しなさいって。」

意味…か。
私がこの世界に生まれてきた意味。

「だから、僕は君に会うために生まれてきたって、思うことにするよ。
君も僕に会うために生まれてきたって、思って欲しいな。
それだったら、自分が必要ないって思わないでしょ?
だって、僕が君を必要としているんだから。」

それはずっと彼が考えていたのではなく、
たった今思いついて告げた言葉。
しかし、彼女は黙って彼を見つめる。

「…」

そして、彼女は頬を真っ赤になってうつむいた。
それを見て彼は不思議そうに、彼女を見る。

「もしかして、今、恥ずかしいこと言ったかな?」

ふるふると首を振って、彼女は顔を上げた。

「ありがと。すごく嬉しい。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そう、だから私は…
 
 
 
 
 
 
 
 

シンジを好きになったんだ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「フルドライブモードが発動します!!
こちらかのキャンセルは不可能です、アクセスがロックされています。」
 

「やはり、それを選択するか。」
 

「これではっきりしたな。」
 

「あぁ、やはり彼女は生きていたよ。」
 

「ダイレクトモードによりコントロールプログラムが起動。」
 

「…すごい、これが本当のMAGI Systemの力なの?」
 

「そうです…でも、そのために、失ったものは大きすぎます…」
 

「…」
 

「すまん…霧島…」
 

「良いんだ。だが、今は一人にしてくれ…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

マナをよろしくね。シンジちゃん。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

シンジはふと空を見上げた。
彼は病院の屋上に立ち、周りの風景を眺めていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

アヤちゃん…

君は一体何をしようとしているの?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

これが…
 
 
 
 

真実…
 
 
 

私とシンジは…
 
 
 

…なかった…
 
 
 

でも、その意味はある…
 
 
 
 
 
 

だって…が…するために…
 
 
 
 
 
 
 

…の卵と…
 
 

その持ち主が…
 
 
 
 

この世界をつないで…
 
 
 
 
 

全てを…
 
 
 
 
 

導く…
 
 
 
 
 

そのために…
 
 
 
 
 
 

私たちは…
 
 
 
 
 
 

その…のひとつ…
 
 
 
 
 
 

だから…
 
 
 
 
 
 

私たちは…
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

生きて…
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

生きて…
 
 
 
 
 
 
 

その証を…
 
 
 
 
 
 
 
 
 

立てなければならない…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

だから…
 
 
 
 
 
 
 
 

私は…
 
 
 
 
 
 
 

帰ることができる…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

彼のもとへ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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ver.-1.00 2001*03/15公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき

どもTIMEです。
Time-Capsule第52話「Air」です。

いやぁ、もともと52話と最終話は一緒にする予定だったのに、
あまりに大きくなったので、最後の最後で分けることにしました。
ま、同時公開にしているので、先が気になる方はまずは最終話を読んでください。

さて52話ですが、とりあえず決着がついたように見えますが、どうですかねぇ?
もう終わりなのに、なにやらアヤシイものがいくつか出てきてますが、
ま、わからない人は無視してください。
わからなくてもストーリーを読み進める上でまったく支障はないです。
あっちの連載を読んでいる人にはバレバレですね。
実はクロスオーバーしてるんですねぇ、これが。
#大風呂敷とも言います。
ま、他の連載への伏線になっているだけです。

さて、次でいよいよ最終話になります。
シンジとマナはどうなったのでしょうか。

では、最終話をお楽しみください。



















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