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彼は病院の一室にいた。
部屋はあまり広くない。
個室だけあって、ベッドは一つだけ。
しかし彼女に繋がれている機器が部屋の中で大きく面積を取っていた。
薄く引かれたレースのカーテン越しに、柔らかい陽射しが部屋に入っている。
シンジはベッドに横たわるマナをじっと見つめている。
今のところは小康状態のようだ。
彼女の脈拍を採っている機械が、一定の間隔で電子音を小さく発している。
いくつものセンサーを取り付けられた彼女をシンジはじっと見つめる。
彼のこぶしは強く握り締められている。
どうして…
そんなに無理をしたんだい?
これのために、そこまでする必要がどこにあったの?
シンジは自分が着ているセーターを見つめる。
マナが倒れてから、シンジはすぐに非常用の呼び出し端末を使い、ゲンドウ達に連絡をとった。
その後、ゲンドウの手配で救急車が現地に到着したのが5分後、そこから病院までの搬送に5分。
結果、マナの命はからくも繋ぎとめられた。
あと10分も遅れていれば、彼女はこの世界から去っていてかもしれない。
その事実がさらにシンジに大きな衝撃を与えた。
あまりの自分の無力さにシンジはずっと黙って、彼女のそばにいた。
今、彼女がいる部屋である集中治療室も、本来であれば部外者は立ち入り禁止だった。
しかし、それはゲンドウ達のはからいで免除されている。
もともと今いる病院は、彼女の治療のために特別チームが組まれ、
治療準備をしている時だったので、誰も異議を唱えなかった。
その事実自体はシンジが知る由もなかったが。
シンジは小さくため息をつく。
彼女の意識は戻らない。
すでに倒れてから2日が経過している。
今日は26日だった。

「やぁ、マナ、今日もお寝坊さんかい?」

そう小さく声を掛けるシンジ。
そして、マナの頬に触れる。
彼女の体温が、まだ彼女が生きていることを彼に伝える。
小さく安堵のため息をついて、シンジはさらに語りかける。

「どうしてなんだい?
君は自分の体のことわかってるんでしょ?それなのに…」

その時、背後のドアが控えめにノックされる。
シンジはゆっくりと振り返る。
するとドアが開き、ユイが入ってくる。
シンジを見て、控えめな笑顔を浮かべて、彼に歩み寄る。

「ほら、いい加減に少しは寝なさい。
さもないと、あなたの方が先にまいっちゃうわよ。」

シンジはマナが倒れてからこの二日で数時間しか仮眠を取っていない。

「眠りたくないんだ。」

シンジは視線をマナに向けて告げる。
規則正しく上下する胸元を見て、彼は視線を戻す。

「お医者様はどうだって?」

その問いにユイは軽く肩をすくめて見せる。

「なんとも言えないそうよ。
検査の結果はかなり芳しくなかったし…」

「どれくらい?」

シンジの質問に、ユイは首を振ってため息交じりに答える。

「先週の15%落ちだそうよ。これまでの症例と同じ動きを示し始めたって。」

そのユイの言葉に肩を落とすシンジ。

「そう…」

「とりあえずあなたは寝なさい。
寝て、起きてからこれからのこと考えましょう。」

そのユイの言葉に、渋々肯いてみせるシンジ。

「隣に仮眠室作ってあるそうよ。」

「わかった…」

部屋を出てゆくシンジを見送って、ユイは小さくため息をつく。
そして、マナの顔を覗き込む。

「あと、少し、もう少しだけ頑張ってね。
そうすれば準備ができるから。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
Written by TIME/01
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

第51話
死と転生
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ちゃんと寝なさい…か。」

シンジは隣の部屋にやってきて、ベッドに腰をかける。
先程のマナがいた部屋と同じ広さで、
おそらくこちらも集中治療室として使われるべき部屋なのだろうが、
今はベッドが置かれているだけだった。

「でも、すぐに寝れるかな?」

そう言いながらも、ベッドに横になるシンジ。
部屋の中は分厚いカーテンが引かれているおかげで蛍光灯がつけられている。
手元のスイッチでそれを消す。
隙間から差し込む光がかすかに部屋の中の様子を浮かび上がらせる。
ぼんやりと天井を見つめるシンジ。


あの時…

まるで、マナの命が僕の腕の中から零れていくようだった。
なのに…
僕は黙って見ているしかなかった。
何もできない。
声を掛けることしかできなかった。
僕は…
本当に分かっていたのだろうか?
彼女と一緒に歩いていく。と決心したその意味を。
結局、実際に病気と戦うのはマナなんだ。
僕はそれを直接助けることはできない。
そう…何もできないのに。
彼女のそばにいてあげることしか、今の僕にはできない。
それなのに、僕はまるで彼女と一緒に戦うつもりでいたんだ。
でも、それは僕の思い込みでしかないと、今になってそれに気付くなんて。


マナ…
君は分かっていたのかい?
それとも…
信じていてくれたのかい?



 
 
 
 
 
 

草原を抜けていく風。
木々のざわめき。
そして、頬に触れる何かの感触。
僕はそれで目を覚ました。

「起きた?」

笑顔で僕の顔を覗き込むのは。

「アヤちゃん…」

小さく肯いて見せる彼女。
僕はいつもの木にもたれて眠っていたようだ。

「どうしたの?」

「マナが…倒れたんだ。
まだ意識が戻っていない。最悪このまま…」

彼女は僕の隣に座っていた。
視線を僕から草原の彼方に向ける。
僕もその彼女の視線を追う。

「そう…」

「僕には何もできない。できなかったんだ。
ただ見ているだけ、マナを抱きしめて、
彼女を呼ぶことしかできなかった。」

僕はそう告げて、視線を頭上に向ける。
そよぐ枝葉の向こうには輝く太陽が見える。
まだらな影が風に合わせて揺れる。

「そうかもしれない。でも、そうでないかもしれない。」

そんな彼女の言葉に、僕は顔を上げる。
彼女は口許にかすかな笑みを浮かべたまま、視線を僕に向ける。

「直接的にはシンジはマナに何もできないかもしれない。
確かに、マナが倒れても医療の知識がないのだから、彼女を抱きしめるしかない。
でも、それがマナに生きる勇気を与えていたのかもしれないよ。
シンジに抱きしめられることで、自分がまだ生きていること、
そして生きる意志を持つことができる。
だから、マナはずっとシンジのそばにいることを選んだと思うわ。」

シンジは自信なさげに答える。

「そうなのかな?」

自分には分からない。
僕はあの時、ただ自分の無力を感じて、そして自分の甘い考えを呪っていただけ。
でも、それでもマナは僕に勇気づけられたのだろうか?

「呼んであげて。そうすれば、マナも目を覚ますと思うわ。
だって、シンジちゃんが呼んでるんだもの。」

くすくすと明るい笑い声を漏らして彼女は告げる。
吹き寄せた風に髪がふわりと舞い。
彼女はそのを落ち着かせようと手を上げて髪を抑える。
午後の陽射しが辺りの緑を鮮やかに照らし出す。
どこか懐かしい景色。
あの頃、彼と彼女達はこの世界の中にいた。
今はどうなっているのだろう?
そして、あれは残っているのだろうか?
あの時のまま、僕達を待っているのだろうか?
探しに行かないといけないな。
ふと、そんな思いが浮かぶ。
そう、あの時は十年後って約束していた。
シンジは小さくため息をつくと肯いた。

「そうだね、呼んでみるよ。
マナが目を覚ますまでずっと。
これまでだって、マナは僕を待っていてくれた。
だから、今度は僕が待ってみるよ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「シンジ。」

そう声を掛けられて、シンジはきょろきょろと辺りを見回す。
そして、声をかけてきた彼らに笑顔を返す。

「トウジ、ケンスケ、洞木さん。」

シンジの元に歩いてくる三人とも、表情は暗い。
たまたま、シンジ宅に電話をかけたケンスケが、
事の顛末をユイから聞いて、三人でお見舞いにやってきたのだった。

「どや?様子は?」

そのトウジの問いに、シンジは軽く首を振ってみせる。

「まだ、今のところは、目を覚まさないんだ。」

「ちゅうことは面会謝絶やな。」

トウジは妹が入院した経験があるので、その辺の事情はそれなりに詳しい。

「ごめん、せっかく来てくれたのに。」

「じゃ、外の中庭でも行くか?
お前、病室から離れないってユイさんが心配してたぞ。」

ケンスケがそう告げて、シンジを引っ張って歩き出す。
それにトウジが告げる。

「そやそや、ちゃんとお日さんの下に出ないと、体が腐ってしまうで。」

そして四人は病院の中庭に出る。
その日は風もなく、十二月にしては穏やかな陽気だった。
さすがに気温は上がらないが、
中庭のベンチでひなたぼっこをしている患者も何人か見られた。
四人は手近なベンチに座る。

「これ。部屋に飾ってあげて。」

ヒカリは持っていた小さな花束をシンジに渡す。
それを受け取って、笑顔でシンジは答える。

「ありがと。」

「お花は見た目だけでなく、香りも楽しむものだから。
空気が変わると、それが刺激になるかもしれないし。」

「そうだね。ごめんね。気を使わせて。」

そのシンジの言葉に、笑顔で首を振ってみせるヒカリ。
トウジは空を見上げて、明るい口調で告げる。

「しっかし、いい天気やな。」

確かに雲ひとつない快晴だった。
シンジも空を見上げて頷く。

「そうだね。」

こんな風に空を見上げたのは、どれくらい前だっただろう?
ずっと昔のような気がする。
ここ数日の時間の流れのせいでそう思うだけなのだろうが。

「で、どうなんだ?」

そう話を切り出すケンスケ。
シンジは軽く首を振って、今、彼が知っていることを話した。

「まだ意識は戻っていない。
抵抗力自体はいろいろな検査の結果、ほぼ普通の人の半分ほどだって判断された。
今、何かの感染症にかかれば間違いなく命に危険が及ぶレベルだって…」

「そうか…」

それきり四人は黙ってしまう。
シンジがその沈黙を破る。

「ごめんね、心配かけて。」

「いいさ、あの時話を聞いてから覚悟はしていたつもりさ。」

ケンスカがそう告げて、トウジとヒカリも肯く。

「でも、ちょっと戸惑ってるけどな。
分かっていても、いざそうなるとな。」

自重気味に苦笑を口元に浮かべケンスケが告げる。

「そうだね、僕もまさか急にこうなるなんて…」

「マナちゃんを責めないでね。」

それまで黙っていたヒカリがシンジに告げる。
不思議そうな表情でシンジは尋ねる。

「何を?」

「マナちゃん、ずっとこのところ無理してたから。
それがもしかしたら原因なのかなぁって。
もしそうだとしたら…」

シンジはうつむく。
無理していた理由。
それはシンジのセーターを編み上げるため。

「そうだね…」

四人の前を明るく笑いながら子供達が通り抜けてゆく。
空を飛ぶ鳥を追っかけているらしい。

「分かってるよ。そんなことでマナを責めるつもりはないから、心配しないで。」

「そう…良かった。」

「しかし、なんだな、これで一緒に二年参りには行けなくなったな。
せっかく霧島さんの着物姿見れると思ったのにな。」

残念そうに、カメラを構えるしぐさをしながら答える。
うんうんとトウジも腕を組んで肯く。

「そうだね、次の機会にご期待ってところかなぁ。」

もちろん、そんな日が来るかどうかは分からない。
でも、それを信じたかった。
ケンスケもにやりと微笑んで肯く。

「そうだな、フィルムを大量に用意して待ってるって、
霧島さんによろしく伝えておいてくれ。」

「うん、わかった。」
 
 
 
 

マナは独りだった。
周りを見渡す。
目の前には真っ青な海が広がる。
空には星が輝く。
砂浜の砂が発光しているように見える。
月も出ていないのに、遠くの景色が見える。
何か不思議な感じ。
彼女は首をかしげて、もう一度周りを見渡す。
誰もいない。
自分独り。
耳を済ませてみる。
波が打ち寄せる音が聞こえる。
背後からは風にのって、木々の葉がざわめく音。
しかし、鳥の鳴き声は聞こえない。
この世界には私だけなのだろうか?
ふいにそんな疑問が心の中に浮かぶ。
足元を見る。
素足だった。
靴…どこかに置いたのかな?
しかし、それらしきものは見当たらない。


シンジ…


彼女は不安げに周りを見渡す。
しかし、誰もいない。


どこ…?



シンジ…

彼女は砂浜をゆっくりと歩いてゆく。
砂浜はずっとまっすぐ地平線の彼方まで続いていた。
彼女は立ち止まる。
こっちでいいのかな?
どこにシンジはいるのだろう?
何故か彼女はシンジがこの世界にいると思い込んでいた。


しばらく考えた後、彼女はそのまま砂浜を歩きつづけることにした。
 
 
 

シンジは部屋から出ると、大きく背伸びをした。
今日でマナが倒れてから四日経過した。
ずっと話しかけていたが、今日も何も反応がなかった。

マナは…
このままなのだろうか?
そして、この世界から…

慌ててその弱気な考えを打ち払うシンジ。
そんなことはない。
きっと良くなる。
戻ってきてくれる。
マナを信じて、そして僕自身を信じるんだ。
まだ四日じゃないか。


シンジはそんなことを考えながら廊下を歩いていくが、ナースステーションの前で呼び止められる。

「シンジくん、今、電話が入ったんだけど。」

その看護婦はマナの付き添い看護婦の一人だった。

「え、誰ですか?」

「総流・アスカ・ラングレーさんって言ってるけど。」

あ、アスカが?
その言葉に目を見開いて、シンジは看護婦から受話器を受け取る。

「もしもし?アスカなの?」

「シンジ?話は聞いたわ。今はどんな状況なの?」

「うん、今はまだ意識が戻ってないんだ。今日で三日目なんだけど…」

一通り、現状を話すシンジ。
それを最期まで聞いて、アスカは小さなため息を漏らす。
それにしてもアスカはどうしてマナが倒れたことを知っているのだろうか?
シンジはそれを尋ねてみる。

「あの、アスカ、今、ドイツにいるんだよね?
どうやって、マナが倒れたこと知ったの?」

「ま、そんなの良いじゃない。今はマナのことよ。」

そう軽くあしらうアスカ。

「それはそうだけど…」

納得してなさそうなシンジの口調に、アスカはもう一度ため息をついて告げる。

「レイに聞いたの。」

「へ?レイに?」

思わぬ名前の登場にシンジは驚きの声を上げる。

「ま、いろいろあるのよ。で、何か手を打ってるの?」

「僕は毎日、マナに話しかけてるけど、効果ない。
お医者様たちはいろいろ調べてくれているみたい。」

「話しかける…か。
なるほど…それが一番ね。」

「でも、全然、反応してくれなくて。」

シンジは心配そうな口調で告げる。
しかし、アスカは少しだけ大きい声でこう答える。

「そうねぇ、シンジが倒れたときも同じだったわねぇ。
でも、あなたは目を覚ましたでしょ?」

「そう…だね。」

「そうよ。それは、あなたしかできないことなんだから。」

「わかった。」

「今回は私はそっちにいけないけど…」

残念そうなその口調に、シンジは少しだけ心の余裕を持つことができた。

「大丈夫だよ。こっちはなんとかするから。」

そのシンジの声に、アスカはくすりと笑みを漏らしたようだった。

「そうね。じゃ、頑張りなさいよ。」

「うん。じゃあ。」

「また、時間があれば電話するわ。それくらいは良いでしょ?」

「うん、当然だよ。」

そして、少しだけ他の話をした後、電話を切った。
シンジは受話器を返す。
そして小さくため息をついた。
 
 
 
 

どれくらい歩いただろう。
砂浜の真中に大きな岩が立っている場所にまで来た。
ふと彼女はそれを見上げる。
どうしてこんなところに…
そう思う彼女の背後から声がかかった。
びくりと肩を震わせて、ゆっくりとマナは振り返る。
そこには一人の女の子が立っていた。
淡いブルーの格子模様のワンピース姿。
なぜか、彼女を見て、マナの心の奥にうずくものがあった。
しかし、それが何かはわからない。
その女の子は笑顔で彼女を見上げている。
思わず彼女も笑顔になる。

「お姉ちゃん、誰か探してるの?」

その問いにマナはこくこくと頷いてみせる。

「ええ、どこにいるか知ってる?」

彼女は無邪気に首を縦に振って見せる。
そしてこう告げた。

「うん、たぶんね。探してる人はこっちじゃないと思うよ。」

そして、海とは反対の方向、つまり陸地の奥を指差した。

「たぶん、あっち。お姉ちゃんの探している人はあっちにいるよ。」

「そう…ありがと。行ってみるね。」

そうマナが告げると、その少女はまた嬉しそうに微笑んだ。
その少女に別れを告げ、彼女は砂浜を踏みしめ、海に瀬を向ける。
やがて、足元は砂浜から、硬い土になり、背の低い草々に埋め尽くされる。
濃い緑の中をマナはゆっくりと歩を進める。
何時の間にか、空が明るくなり、陽射しが出ている。
真っ青な空を見上げて、マナは呟く。

「シンジ…どこにいるのかなぁ…」
 
 
 
 
 
 
 

シンジはドアをノックする音で目を覚ました。
あれ?
何時の間にか寝てたんだ。
そして、振り返り返事を返す。

「はい…」

ドアが開き、そこから男女が顔を出す。

「は〜い、シンちゃん、ごぶさた〜。」

そう明るい表情で告げるレイ。
しかし、シンジはレイの隣に照っている彼を見て、驚いた。

「カヲルくん…」

「シンジくん、久しぶりだね。」

「…あ、うん…」

そう言ったきりシンジは黙ってしまう。
そんな彼を見て、レイがベッドの傍に来て告げる。

「どう?マナちゃんは?」

シンジは振り返り、ベッドに横たわっているマナを見つめる。
そして小さく首を振った。

「まだ目を覚まさないよ。今日でもう六日目だけど…」

「そっか…」

すっとレイの後ろに立ち、カヲルがマナを見つめる。
そして、シンジを見て微笑みながら告げる。

「この子がシンジくんの大切な人なんだね?」

「う、うん…」

シンジはカヲルの笑みを見て、昔のことを思い出していた。
そう、最期に見たときと同じ笑い方。
全然変わっていない。
あれからかなり時間は過ぎたけど、でも、カヲルくんは一目でわかったよ。

「ね、マナちゃんには私がついてるから、二人でお話でもしてきたら?
いろいろ話したいこともあるだろうし。」

そうレイは告げて、二人にウインクをしてみせる。

「そうだね、じゃ、ちょっと外にでも出ようか。」

「あ、う、うん。」

二人が部屋を出て行くのを見送るレイ。
そして大きなため息をついて、マナに向き直る。

「久しぶりね。マナちゃん。でも、起きている時に会いたかったな…」

そしてその頬に軽く触れた。
 
 
 
 
 
 

「ごめんね。立てこんでるところにお邪魔して。」

二人は病院の屋上にやってきていた。
手すりの向こうに見える街並みに視線を向けながら、カヲルは告げる。
シンジはその言葉に首を小さく振ってみせた。

「ううん。会えて嬉しいよ。本当に。」

そしてシンジはカヲルを見る。
その表情は晴れやかだ。
カヲルも笑顔でシンジを見る。

「どうしてもレイが会いたいってきかなくて。」

「そうなんだ。」

「僕は遠慮するつもりだったんだけど、レイがどうしてもってね。」

「そう、なんだ。」

冬の風が吹き抜けた。
二人の髪が風に舞う。
そして、カヲルは言葉を続ける。

「シンジくんは、本当に彼女が好きなんだね。」

カヲルの瞳が日の光を映してきらりと輝いた。
彼にそういうことは隠しとおせない。
昔からそうだった。
どんなにごまかしても、全てお見通しだった。
友人達も不思議がっていたが。
なぜか、彼にはそんな不思議な力が備わっていた。
だから、シンジは素直に頷いた。

「うん。そうだね。自分でも不思議なくらいだけど…」

そして、口元に小さな自嘲気味な笑みを浮かべる。
その表情を見て、カヲルは微笑む。

「でも、そんなものじゃないかな…人を好きになるって。」

「そうだね…」

人を好きになることって不思議なことなんだよ。
昔、カヲルが言っていた、そんな言葉をシンジは思い出していた。
そして、二人とも黙ってしまう。
しばしの沈黙。
今度はシンジから話しかけた。

「レイとはどう?うまくいってる?」

「あぁ、おかげさまで、何をするにもくっついてくるよ。」

軽く肩をすくめて、カヲルはそう答える。
口調は迷惑そうだが、本心ではそうでなさそうにシンジは感じた。

「でも、迷惑じゃないでしょ?」

確認してみる。
そのシンジの問いにカヲルは大きく頷いてみせる。

「もちろん、幸せなことだと思っているよ…」

「そうか…良かった。」

シンジはほっと息をついた。
それを見て、カヲルは告げる。

「変わってないな。シンジくんは…」

「そうかい?」

「もちろん、いろいろな経験をして成長はしてると思うけど、
その本質は変わってないよ。その純粋さはね。」

カヲルの言葉に、シンジは考え込むような表情を浮かべる。
再び降りる沈黙。
屋上に干されているシーツの群が風ではためく音が背後で聞こえる。

「どうなのかな?わからないや。」

降参といった風に手を上げて見せるシンジ。
カヲルは笑顔のままでそのシンジを見つめる。
いつも彼はこんな笑みを口元に浮かべている。
見た人を安心させるような笑み。

「僕は知っているから。それでいいよ。」

カヲルはそう答え、シンジも頷いた。
 

 
 
 

「お帰りなさい。」

戻ってきた二人をレイが笑顔で迎える。
それから、三人でいろんな話をした。
最近のレイとカヲルの近況や、シンジとマナの近況も。
あっという間に時間が過ぎ、そして、二人が帰る時間になった。

「じゃ、私たちはこれで。」

レイが大きく背伸びをした立ち上がる。
それを見ながらシンジが笑顔で答える。

「うん。来てくれてありがと。
マナが目を覚ましたら伝えておくから。」

すると、レイがカヲルを先に部屋から出て行かせ、
シンジの元に来て、その耳元に囁く。

「タイムカプセル。覚えてる?」

そのレイの言葉に、シンジは大きく頷く。

「もちろんだよ。」

「じゃあ、来年の三月に。」

その言葉にシンジはもう一度頷いて見せた。

「そうだね。その時に、また。」

「うん。また時間作って様子見に来るね。」

「ありがと。」

そのシンジの言葉にレイは頷いて、部屋から出て行った。
再び、部屋にシンジとマナの二人きりになる。
シンジはベッド脇の椅子に座って、マナの顔をじっと見つめながら呟いた。

「タイムカプセル…か。そうだね…」
 
 
 

そして彼女は一本の大きな木の元までやってきた。
その木を見上げるマナ。
生い茂った葉の向こうに輝く太陽が見える。
この木は…


ふと、マナは誰かに呼ばれたような気がした。
しかし、振り返っても誰もいない。
周りを見渡したが、やはり誰もいない。
小さくため息をつくマナ。

「ここにもいないのかなぁ…」

と、マナは地面のへこみに気がついた。
なんだろ?
ここに…
何かあるような気がする。


マナは首をかしげる。
どうして、そう思うのかなぁ?


また何か聞こえた気がした。
しかし、今度はその声が目の前の地面から聞こえた気がした。


なにだろう?
ここには…



何か、大切なものが…
あるような…
気が…




 
 
 
 

シンジはいつもの場所に座っていた。
マナのベッドの隣に置かれた椅子の上。
カーテンは開け放たれ、満月が冴え冴えと銀色の光を放っている。
部屋の中はとても静かだった。
マナはすうすうと安らかに呼吸をしている。
意識は戻らないことをしらなければ、安らかに眠っているだけに見えるのだろう。
月の光に照らし出されたマナをシンジはずっと見つめていた。
もうどれくらいそうして時間を過ごしただろうか。
小さく息を吐きシンジは考える。

君が目を覚ましたら告げよう。
 

今の僕の想いを。
君に対する想いを。
 

君に出会うまで、僕は偽りの世界に住んでいた。
君に出会うまで、僕は本当の自分を見失っていた。
その世界は穏やかだったけど、でも何かが違ったんだ。
時折、僕はそれを感じていたのかもしれない。
何かが違う。
何か大切なものを忘れているような気がした。
そこに君が現れた。
あの時に交わした約束を信じて。
僕が犯した罪。
君は僕にそれを思い出させてくれた。
そして、君はその罪を許してくれた。
許されざる罪だと思っていた。
償いきれないものだと思っていた。
でも、違った。
君は許してくれた。
にっこりと微笑んで、僕に手を差し伸べてくれた。
一緒に歩こうよって誘ってくれた。
僕を見つけてくれて、ありがとう。
本当に感謝しているよ。
君にまた会えてよかった。
そして、君にあの時に会えてよかった。
 

誰よりも、大切な君に。
 

僕の心に住む、君へのさまざまな思い。
 

君が僕の傍にいてくれることへの喜び
 

君に会えない時に感じる悲しみ
 

誰よりも君を大切にしたいと感じる愛おしさ
 

君と一緒に生きていけることへの希望
 

君を僕のものにしてしまいたいという欲望
 

君が決断や行動への信頼
 

君を見ていられないときに感じる不安
 

そして、君がこの世界に生命を受けたことへの限りない感謝
 

その全ての思いを君に伝えるよ。
 
 

僕達はいつでも一緒だよ。
 

愛しているよ。
 

マナ。
 

僕のたった一人の恋人。
 

この世界で一番大切な人。
 

だから…
 

だから…
 

目を覚まして。
 

そして、僕にいつもの笑顔を見せて。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「もう、今日は大晦日だね。今日は夜に雪も降りそうだって。」

いつものように、マナの病室に来て、シンジは彼女に話し掛ける。
椅子に座って、ゆっくりとした口調で語りかける。
ベッドの上のマナは安らかに呼吸を重ねている。
この数日、ずっとこのような小康状態に陥っている。
懸念されている免疫力の低下は収まっているが、
それでも通常の約半分ほどにまで落ち込んでいる。
このまま感染症等を発症すれば、まず間違いなく彼女の命は危険にさらされる。
穏やかな表情で、マナに話すシンジ。
毎日六時間以上もこの部屋でマナに話し続けている。
それまでの思い出話や、他のクラスメートのことなど、さまざまなことを話していた。
シンジはこの日、あの日マナから送られたセーターを身につけていた。

「せっかくだから、今日はマナが編んでくれたセーター着てきたんだ。
でも、よく僕のサイズ知っていたね。母さんにでも聞いたのかな?」

そう言って、シンジは表情を改めた。
ずっと、彼の心の中にあったもの、今日はそれを話そうとシンジは思っていた。

「でもね。もっと自分の体を気遣って欲しかった。
僕にとって一番大切なのは、君がずっと僕の傍にいてくれることだったのに。」

シンジは顔を伏せる。

「それなのに…君は…」

それきりシンジは黙ってしまう。
部屋の中はさまざまな機器の立てる電子音で満たされた。

「君は…バカだよ…君が目を覚ました時にそれだけは言いたいのだけど…」

シンジはマナの顔をじっと見つめる。
そして、小さくため息をつく。

「でも、結局、僕も同じかな。」

君のそばにいるって言いながら、
これのために君と一緒にいる時間を削ったのだから。
そして、懐から小さな小箱を出す。
それは小さな宝石箱だった。

「せっかく、これを君に渡そうと思っていたのにね。」

中から指輪を取り出して、マナに見せる。
小さな綺麗な青い宝石がついた指輪。

「頑張ってバイトして買ったのにね。
だから、そんな僕が君のしたことを怒ることなんてできないね。」

シンジは苦笑気味に口許を歪めて、それをじっと見つめる。
しばらくそうした後、彼女の左手を取る。
その薬指には指輪がなかった。
銀の指輪はなぜか右手の薬指にあった。
どうして、その日だけ右手にしていたのか、シンジは不思議に思ったが、
それを知る術は今の彼にはなかった。
そして、持っていた指輪を左手のくすり指にはめる。

「よかった。サイズも合っていたね。」

シンジはにっこりと微笑む。
そして左手を戻し、小さくため息をつく。

「まるで、眠り姫だね…」

ふと、そんな思いが脳裏に浮かびシンジは呟く。

「王子様のキスで眠り姫は目覚めたけど…」

苦笑気味にシンジはそう告げて。
すっと彼女に顔を寄せて、その唇に軽く触れるだけのキスをする。

「試してみる価値はあったかな?」

そして、まじまじとマナの顔を見詰める。
しかし、変化は何もなかった。
シンジはくすりと笑って、小さく呟く。

「効果…なし、か。もしかして僕は王子様じゃないのかな?」

小さくため息をついて、きびすを返すシンジ。
そして、部屋から出て行こうとするシンジの背中にかすかな声がかかる。

「そんな…こと…ないよ…」

その声はまるで雷鳴の様にシンジの体を打った。
慌てて振り返るシンジ。
そして、ベッドに駆け寄る。
そこには薄く目を開けてシンジを見るマナがいた。
小さくため息をして、そして、ゆっくりと頭を彼のほうに向ける。
にっこりと微笑み、途切れ途切れに呟く。

「おはよう…シンジ…」

シンジはにっこりと微笑んで、こう告げる。

「すっごい寝坊だよ…マナ。」

「そうなの?」

ゆっくりと息を吐いて、少し首をかしげて見せるマナ。
声は弱々しいが、瞳の輝きはいつものものだ。

「そうだよ。みんな心配したんだから。」

「私…夢を見てたみたい…どこかをさまよう夢。」

そのマナの言葉にシンジは笑顔で肯いてみせる。

「そうなんだ…」

「私、どれ…くらい…眠ってたの?」

「七日間だよ。」

シンジのその言葉に少しだけ目を見開いてマナは答える。

「そんなに…じゃあ、今日は…」

「もう、大晦日だよ…あと十二時間もすれば、新年だね。」

「そう…私…そんなに…」

焦点が定まらない視線で、マナは辺りを見回す。
まだ、この顔の表情もぼんやりしている。
夢の中にいるようだ。
ふとシンジはそう思い、にっこりと笑って、やさしくマナの頬に触れる。

「良かった。このまま目を覚まさなかったらどうしようかって…」

「ごめんなさい。」

その言葉に首を振ってシンジは告げる。

「謝らなくてもいいよ。」

「だって、私…」

「大丈夫、少し寝ていればすぐ良くなるよ。」

にっこりと微笑んで、シンジは明るい表情で答える。
まるで、倒れたことが大した問題ではないと考えているかのように。
それで、少しでもマナの気が軽くなるならと思っての行動。

「うん…ありがと。」

その時になって、部屋の医師や看護婦が駆けつけた。
シンジは彼らに場所を譲って、一歩さがり、医師が彼女を診察する様子を見つめた。
そうこうするうちにユイも現れる。

「よかったわね。シンジ。」

「でも、まだこれからだよ。」

そう告げて、視線を戻すシンジの横顔を改めて見つめるユイ。
一通りの検査が終わり、医師が退出する。
シンジとユイはそれに従う。

「どうですか?」

そう尋ねるシンジに、医師は若干明るい表情で答える。

「とりあえず、の峠は越えたと思って良いでしょう。
でも、これからが問題です。
どうやって、落ちた抵抗力を取り戻すか、
いやそれ以前にこれ以上の低下をどう防ぐか。
今のままでもかなり危険です。」

「シンジは、マナちゃんの話し相手になってあげて。」

ユイがそう告げて、シンジは神妙に肯くと、部屋に戻っていく。
二人きりになったところでユイは医師に尋ねた。

「で?本当のところは?」

医師は表情を引き締めて答える。

「よくもっていると思いますが、今のままではあとニ日はもたないでしょう…」

その言葉に、レイは眉をひそめる。

「あまり、良くない状況ね。」

そして、ユイは医師と共に彼女の傍らにいた青年の方を向く。

「まだアレのセットアップには24時間から32時間程度必要だわ。」

「MAGIへの繋ぎこみ時間の短縮案は出てます。
赤木博士自ら、繋ぎこみと単体テストは実施しするそうで。
それでおそらく12時間は短縮できます。」

周りを気にしながら、控えめな口調で、その青年は答える。
医師はこれ以上、そこにいる必要を感じなかったのか、その場から立ち去った。
二人は歩き出し、階段を二フロア分降りて、人気の少ないほうへ歩く。
そこには彼女達の頼みの綱が、今も設営作業を懸命に行われている最中だった。

「そうなの?彼女がやってくれるなら心強いわ。」

「MAGI自身の判断は賛成一、条件付賛成一、反対一ですが。」

それを聞いて、ゆっくりと肯いてみせるユイ。

「彼女を守ることを優先するということね。」

「…思考パターンだけでしょう?移植されたのは?」

首をかしげて、彼は答える。

「赤木博士からも聞いていると思うけど、
誰も人間の感情と思考パターンを分離できないわ。
あくまでそれであろう部分のニューロンネットワークを模写したに過ぎない。
もしかすると、彼女自身の人格、魂と呼ばれるものもそこに存在するかもしれない。」

彼女自身の持論である。
まだ理解し尽くしていないものに対して、絶対という言葉は使うことが出来ない。

「背徳の領域ですね。
医師の彼が毛嫌いするはずだ。
でも、状況が状況ですしね。」

「そうね、彼女に頼るしか、方法は残ってなさそうね。
彼には申し訳ないけど。」

小さくため息をついて、彼女達はその部屋の前に来た。
普通のカードキーのロック以外に、指紋と目の虹彩での認証ロックが施されている。
それだけでこの施設において、この部屋がいかに重要であるかを想像できる。

「ヘブンズ・ドア…か。よくつけたものね。」

そう小さくユイは呟いた。
その彼女の前の扉がゆっくりと開けられた。
 
 
 
 
 
 

シンジがトウジ達に連絡をして部屋に戻ってくると、マナがシンジを手招きする。
近寄ったシンジにマナは質問を投げかける。

「ね、シンジ…」

「うん?」

「これは?」

すっと左手を上げて、そこにある指輪をシンジに見せるマナ。
それを見て、シンジは照れくさそうに、答える。

「それは、クリスマスプレゼントだよ。」

「プレゼント…」

小さく肯き、手を寄せてその指輪をまじまじと見つめるマナ。
そして、何かに気付いたのか、驚いた表情で、シンジに告げる。

「でも、これって…」

その指輪にはマナの誕生石が収まっていた。
マナは誕生石の指輪を男性からプレゼントされることの意味を知っていた。
彼女の言葉にシンジははにかみながら、答える。

「あの、もしマナが良かったら、でいいのだけど。」

口篭もりながら、シンジは言葉を告げる。

「うん…」

マナは小さく肯く。

「僕と…」

そこまで言って、息を付くシンジ。
どうもかなり緊張している様子だ。
マナは少しだけ首をかしげてシンジを見る。
シンジはやっと決心したのか、その言葉を告げる。

「僕と結婚して欲しいんだ。」

「え?」

いきなりのことでマナは目を見開いてシンジを見つめる。
シンジは伏せた顔を真っ赤にしている。
結婚?
私が、シンジ、と。
驚いた表情のマナを見て、シンジは慌てて付け加える。

「いや、できれば…で、いいんだけど…」

「…」

まじまじとシンジを見つめるマナ。
シンジ…
そんなこと考えてくれたいたの?
だから、あのバイトに行っていたの?
私のために?


でも、こんな私で良いの?
私は…

「本当に良いの?こんな私で?」

そう答えるマナ。
曇っている表情のマナを見て、シンジは手を伸ばし、彼女の頬に触れる。

「僕にはもうマナ以外の誰も、考えられないんだ。」

マナはじっとシンジの顔を見つめる。
どうして?
そんなに嬉しいこと言ってくれるの?
嬉しい。
すっごく嬉しいよ。
シンジ。
本当に私だけのシンジになってくれるのね。


ありがと。
マナの瞳が潤み、涙が零れる。
その涙は頬に触れているシンジの指に触れる。

「マナ…」

「シンジ…嬉しい。すっごく嬉しいよ。」

そう告げてシンジの胸に飛び込む。
そして、何かを答えようとした瞬間。
それはまたやってきた。
 
 
 
 
 

急に咳き込み始めるマナ。
そして、また吐血。
シンジは非常呼び出しのブザーを押す。
そして、マナの身体を支えて、ベッドに横たえる。
その間もマナはずっと咳き込み、吐血を続ける。
ドアを開け、医師たちが駆けつける。
それぞれの役割を果たすために、ベッドを取り囲む。
シンジは彼等に場所をゆずって、数歩後ろに下がる。
まだ、咳は止まらない。
吐血は続く。
シンジはじっとマナを見つめる。
今の彼にはそれしかすることがなかったから。
彼女に全てをゆだねるしかなかった。
医師が持っていた呼吸用のマスクをマナにつけ、合図を看護婦に送る。
頷いた看護婦は機械上で何かの操作を行う。
すぐ彼女の咳は止まる。
ほっと息を付くシンジ。
しかし、医師は難しい顔をして、隣にいる医師に何か囁く。
その時になって、ユイが駆けつける。
シンジを見て、そしてマナを見る。
医師が振り向きユイに頷いてみせる。
ユイは近づき何か言葉を小さく交わす。
シンジは彼女の表情が曇ったのを見た。
ユイは小さく頷くと、その場から離れ、部屋から出て行こうとする。
視線で疑問を投げかけるシンジにユイは微笑んで見せて、彼を部屋の外に連れ出そうとする。
シンジはそれに従って、部屋から出ようとする。
最期にベッド上に横たわるマナに視線を向けて。

「どうしたの?」

シンジのその問いに、ユイは首を左右に振った。
彼女は難しい表情でシンジに告げる。

「あまり良くはないそうよ。
このままでは明日の朝まではもたないかもしれないと言ってるわ。」

「明日…まで?」

シンジはゆっくりとそう告げる。
その言葉の意味するものがわかっていても、それを理解はできないようだった。

「こうなっては、待ってはいられないわね。」

そのユイの呟きにシンジは不思議そうな視線を向ける。
しかし、ユイは違うことをシンジに告げた。

「シンジはマナちゃんの傍にいてあげて、その方がマナちゃんも心強いと思うから。」
 
 
 
 
 
 
 

シンジはマナの手を握り、ベッドの脇に椅子を置いて座っていた。
医師一人に看護婦二人が今はついている。
予断を許さない状況だけに、何か事が起こったらすぐに対応する必要があるからだ。
今、マナは眠っている。
ゆっくりと上下する胸をじっとシンジは見ていた。
まるで、そのことで彼女が生きていることを確認するかのように。
マナ…
もう駄目なのかい?
諦めるしかないのかい?
明日の朝まではもたないって。
そう言ってるけど。
僕には、何もしてあげることができない。
分かっていたはずなのに。
全ては全部君次第なんだって。
僕は傍にいることはできても、それ以上のことはできないってことを。

ねぇ。

なぜだろう?
今は、全然悲しくなくなってしまった。
心に穴が開いたみたい。
なんの感情も湧いてこない。
まるで、心が凍ったみたい。
どうしたのかな?
涙も出てこないよ。
君があと少しでこの世界から消えてしまうって聞いたのに。
悲しいはずなのに。
苦しいはずなのに。
もう、心が麻痺してしまって、何も感じない。



もう、僕は諦めてしまったのだろうか?
君との未来は来ないことを納得してしまったのだろうか?
あれだけ激しかった全ての思いが…
なぜか、嘘のように消えて静かになってしまった。




ねぇ、マナはどうなの?
まだ生きる希望を持っている?
僕との未来を望んでる?



僕はね…

その時、マナが小さく身じろぎして、うっすらと目を開ける。
ぼんやりと天井を見つめ、
シンジが手を握っていることに気付いたのか、シンジの方を見る。
そしてにっこりと微笑んだ。

「シンジ…」

その声は弱々しく、今にも消え去りそうだった。
シンジは小さく首を振って、やさしく告げる。

「マナ、無理して話さなくても良いよ。」

しかし、今度はマナが首を振って、話を続ける。
 
 

あのね…私、今夢を見ていたの。
 

ずっと…ずっと昔のこと。
 

私とお姉ちゃんと、シンジがいて。
 

三人で過ごしたあの夏のこと。
 

ずっと忘れてたの。
 

あの木の下に埋めたよね。
 

タイムカプセル。
 

もう、すっかり忘れていたけど。
 

でも、思い出したの。
 

今度、一緒に探しにいこうね。
 

そこでマナは大きく息をついた。
モニターを観察していた医師が何かに気付き、待機しているほかの医師達に連絡をとる。
しかし、シンジはそれにはかまわず、
マナを見つめたまま、笑顔のまま頷いてみせる。
それを見て、マナも笑顔を浮かべる。
そして笑顔のままで話を続ける。
 

今になって思うと。
 

あの夏が一番幸せだったのかもしれない。
 

私は体は弱かったけど。
 

それでも、お姉ちゃんとシンジとレイちゃんのおかげで毎日楽しかった。
 

もう一度。
 

あの時のように。
 

四人で遊びたいな。
 


 

ねぇ、シンジ。
 
 

そこで小さく息を付いて。
マナは小さな笑みを口元に浮かべながら。
こう告げた。
 
 
 

私…
 
 
 
 

もう駄目みたい…
 
 
 
 
 

そのマナの言葉に、シンジはただ愕然として何も答えを返せなかった。
その時、待機していた医師達が現れて、ベッドの周りに取り囲む。
しかし、シンジはそのままマナの手を握っている。
マナはもう一度小さく息をついた。
 
 
 
 

頑張ったけど…
 

もう…体が言うこと、きかないみたいなの…
 

まるで自分の身体じゃないみたいなの…
 

だから…
 

もう、これ以上は…
 

シンジと一緒にいられない…
 

みたい…
 

シンジ首を左右に振ってマナの手をぎゅっと握る。

「駄目だよ。まだ諦めるのは早いよ。」

忙しく、医師や看護婦達が処置を続ける。
しかし、二人だけは、そんな喧騒から離れて、
お互いの存在以外の何も感じられなくなっていた。
周りにいる人達の気配も言葉も感じられない。
 
 

あぁ、シンジが手を握っていてくれるの、わかる…
 

そのまま、ずっと握っていてね…
 

私…
 

幸せだった…
 

ほんとうに幸せだった…
 

シンジの頬を涙が伝う。
必死に首を振って、マナの手を握るシンジ。

「何を言うんだい?まだこれからだよ。
僕たちはこれからじゃないか。」

しかし、その言葉も今のマナには届いていなかった。
彼女は笑顔のまま言葉を続ける。
 
 

あなたに出会って…
 

一度は離れてしまったけど…
 

また再会できて…
 

「お願いだから。諦めないで。」
 

そして、好きだと告白して…
 

シンジも私のこと想ってくれて…
 

嬉しかった…
 

「マナ…お願いだから。」
 


 

シンジ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

駄目だよ。
 
 
 
 
 
 
 

もし…生まれ変わることができるなら…
 
 
 
 
 
 
 
 

私は…必ず…あなたを探すから…
 
 
 
 
 
 
 

まだあきらめたら駄目だよ。
 
 
 
 
 
 
 

シンジも…私を探して…
 
 
 
 
 
 
 
 

それじゃ、まるで別れの挨拶だよ。
 
 
 
 
 
 
 

どんなに点離れていようと…
 
 
 
 
 
 
 

だって、まだ一杯一緒にしたいことあるのに。
 
 
 
 
 
 
 

人種が違おうと…
 
 
 
 
 
 
 

まだ行っていないところだって、たくさんあるよ。
 
 
 
 
 
 
 
 

私は…あなたを探すから…
 
 
 
 

必ず…探し出す…から…
 
 
 
 
 

みんなとの約束もまだ果たしていない。
 
 
 
 

だから…
 
 
 
 
 
 

だから!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

だから、それまでの…
 
 
 
 
 

お別れです…
 
 
 
 
 
 
 
 

ありがと…シンジ…
 
 
 
 
 
 
 
 

シンジはマナの左手を握って、祈るように頬に当てた。
そのシンジの頬を涙が伝う。
ゆっくりとマナの左手が動き、彼の頬を伝う涙をぬぐう。
顔を上げたシンジにマナはにっこりと笑顔を向ける。
いつもの明るく華やかな笑顔。
そして、シンジに小さく囁く。
 
 
 
 
 
 
 
 

わたし…
 
 
 
 
 
 
 
 

あなたを…すきになって…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

よかった…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

小さく息を吐き出し、彼女は瞳を閉じた。
そして、シンジの手の中から彼女の手が滑り落ちた。
部屋の中に電子音が響いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


NEXT
ver.-1.00 2001*01/27公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!



 

あとがき

どもTIMEです。
Time-Capsule第51話「死と転生」です。

すぐ公開するはずだったのに、お待たせしてしまいました。
さて、ついにやってきました51話、ラスト直前です。
倒れてしまったマナ、そして意識を戻さないまま数日が経過します。
シンジは何もできない自分の愚かさを呪い。
ゲンドウ達はある準備を必死に続けます。
それぞれが辛い時間を過ごした後、マナは意識を取り戻しますが。
それもひと時のことで、遂に彼女の時間は終焉を迎えてしまいました。
さて、彼女はどうなるのか、そしてシンジは?
いよいよ次回でこの連載も終了します。
長い間お付き合いくださいありがとうございました。

では、残りの最終話をおたのしみに。
次回TimeCapsule52話/最終話「Air/まごころを君に」でお会いしましょう。







 TIMEさんの『Time Capsule』第51話、公開です。






 あ、あ、
 マナちゃんが・・・


 シンジも
 アスカも
 レイも
 皆の思い。


 ラストとなる次話に向けて
 加速するストーリー・・・

 このまま行くのか
 大きく転換するのか
 クライマックスですね。


 ゲンドウ達の動きも気になります〜



 さあ、訪問者のみなさん。
 いよいよ最終話のTIMEさんに感想メールを送りましょう!







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