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その日もそれまでと同じように、抜けるような青空が広がっていた。
二人はこの日、日本に戻ることになっていた。
空港までは車で10分ほど、その最後のドライブの運転手はゲンドウだった。
二人の見送りは彼だけだった。

「じゃあ、そろそろ行こうか?」

二人が乗る飛行機の搭乗受付が始まったことがアナウンスされる中、
スーツケースを持ったシンジがマナにそう告げる。
マナはシンジの方を振り返り、こくりと頷いてみせる。
シンジは唯一見送りに来てくれた父親に向かって言った。

「じゃあ、父さん、先に帰ってるね。」

「あぁ、私達は1週間程遅れる。」

頷きそう答えるゲンドウ。
さすがに周りの意見を気にしたのか、今日は濃いブラウンのスーツ上下だった。
なぜ、見送りがゲンドウだけだったのか。
マナの両親とユイは、外せない仕事があったためだ。
シンジもマナもその用事が、
マナの両親が日本に帰って来れない理由の一つであることは知らされていた。
しかし、具体的に三人が何をしているのかは、知らされていない。
ただ、ゲンドウが、

「霧島達は今はマナくんのことだけを思っている。それだけは忘れないで欲しい。」

とだけシンジとマナに告げていた。

「二人きりだからといって、夜更かしはいかんぞ。ちゃんと寝るようにな。」

すっと顔を寄せてシンジにそう囁き、そして、ゲンドウはにやりと口元をゆがめる。
それにシンジは顔を真っ赤にしてゲンドウに答える。

「な、何言ってんだよ!」

そのシンジの反応に、もう一度唇をゆがめて笑みを返すと、
ゲンドウはシンジの肩に手を置いて告げる。
その表情は先ほどまでと違い、真剣だった。

「とにかく私達が帰るまで、マナくんのことはお前に任せたぞ。」

「分かってるよ。」

声を潜めて、ゲンドウは言葉を続けた。

「何かあった時の連絡先は、昨日言ったとおりだ。」

「うん。」

シンジは神妙な表情で小さく頷く。
そして、数歩後ろでその様子を見ていたマナに、ゲンドウは顔を上げて頷いてみせる。

「マナくん、悪いが2週間、シンジの面倒を頼まれてくれないか。」

マナはにっこりと微笑んで、頷いて見せた。

「は、はい、私で良ければ。」

「あぁ、よろしく頼むよ。」

ゲンドウも頷き返す。
もちろん笑みなど浮かべていないが、かすかに唇がゆがんでいる。
本人はやさしく笑っているつもりなのだが、マナにはそうは見えなかった。

「じゃあ、行くよ。」

シンジとマナは頷きあって、それぞれの荷物を持って入場口に向かって歩き出す。
その二人の後姿を見送って、ゲンドウはきびすを返す。

「さて、我々は我々のすべきことを行うか。未来のために。」

そう小さく呟き、ゲンドウは歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
Written by TIME/01
 
 
 
 
 
 
 
 
 

第46話
「お帰りなさい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

今…何時くらいだろう…

シンジはふと目を覚まし、そんなことを思った。
隣にはマナが、彼の肩を枕にするように寄り添い眠っている。
その彼女を起こさないように気を付けながら、シンジはそろそろと腕時計を見る。

はぁ…深夜1時…か。
でも、これはハワイ時間だから、日本時間に時計を合わしておかないといけないんだよね。

ま、いいか。
面倒だし。
日本についてからでも…

シンジは隣のマナの表情を伺おうとしたが、マナはシンジの首元に顔を埋めているため、その表情は伺えなかい。
マナはシンジの半身に体を預けるようにもたれており、シンジは左手でマナを軽く抱いている。
ジェットエンジンの低い唸りが背後からかすかに聞こえてくる。
ゲンドウ達が奮発してビジネスクラスの座席を取ってくれたおかげで、騒音には悩まされずに済んでいる。
窓から外を見てみるが、特に何も見えない。
それは仕方ないのだろう。
シンジはそう納得して、視線を機内に戻した。

飲み物…はいいか。
別に喉は乾いていないし。

それにしても…
女の子って、すごくやわらかいんだな。
抱き心地と言うのか、なんて言うか。
何か、こうしていると心が満たされるような、安心できるような。

そう、目の前のものをちゃんと掴んでいるような。
そんな感じがする。

スチュワーデスが通路を音を立てずに歩いてゆく。


う〜ん。
ちょっと目が覚めちゃったかな?
寝直した方が良いんだろうけど…
どうしようか?
少しだけ起きてようかな…
マナを抱いている左手をゆっくりと閉じて、開いてみる。
うん。
まだ腕はしびれてないよね。
マナも体重のかけかたに気をつけてくれてるみたいだし…

はぁ…
それにしても。
どうして、おじさんとおばさんは日本に帰ってこないんだろう?
普通だったら、残された時間をマナと一緒に過ごしたいはず。
ハワイに何があるのだろう?
大体、どうしてマナがハワイに来たのかもよく知らない。
彼女の病気に関することだとしか聞いていない。
それに、どうやら、父さんと母さんも関係あるらしいし。
一体、何をしようっていうのだろう。
マナに関係ある事だって。
もしかして、何か治療法があるのだろうか?
そうだとしても…
どうして、それをマナに伝えないのだろう?
かなり危険なことなのだろうか?


わからない。


でも、マナは納得しているみたいだし。
やっぱり、親子だから。
だから、疑いもなく信じられるんだろうな。

まぁ、確かに僕も父さんや母さんのことは、無条件に信頼してるし。
父さんはあまり僕のこと気に掛けていないようだけど、
でも、いざと言う時は必ず助けてくれるし、母さんは考えるまでもない。
だから、当たり前のことなのかも。
それが家族というものなのかもしれない。


でも…


これからのことを考えると。
やっぱり心が重くなる。
長くても半年。
もしかすると3ヶ月くらいで。
マナがいなくなってしまうかもしれない。
今、こうして僕が抱いているこの人がいなくなってしまう。

…怖い。
ものすごく怖い。
自分の一番大切な人がいなくなってしまう。
それに勝る恐怖なんて他に何があるのだろう?
しかも、僕は直接的に、何もしてあげられない。
僕にできることはマナを励ましつづけて、生きてゆく希望をなくさなくするだけ。
でも、それも無駄なことなかもしれない。
奇跡…

マナはそう言った。
確かに奇跡を起こすようなものかもしれない。
一桁の生存確率。
しかも、過去の発生例での死亡率は95%をゆうに超えている。
発症すれば、まず治癒する見込みのない病気。
そんなものにどう対峙すれば良いのか。
わからない。
希望だけ持っても、結局はマナはいなくなってしまう。
それなら、残った時間を大切に二人の思い出を作って行く事に専念した方が…



ダメだ。
そんなことは受け入れられない。
そんな後ろ向きなことは考えるべきではない。
どう考えても、受け入れられないよね。
やっぱり、生きていて欲しい。
一緒に生きていきたい。
今のこの感触。
失いたくない。
ずっと感じていたい。
彼女を何にも渡したくない。
だから…
今は、ただ前を、生きていくために何をするべきなのかを考えるべきではないのか…


どんなに困難な事だって、二人で信じていけば、何か道が現れるはず。
一人では困難なのかもしれないけど。
二人なら…

それに僕達は二人だけじゃない。
僕達を支えてくれる人達がいる。
その人達がいてくれる限り。
僕達は諦めるわけにはいかない。
もし、その瞬間が訪れるとしても、最後の最後まで精一杯生きる希望と努力を失わなければ…

「…シン…ジ。」

その声にシンジは我に返った。
先程までの心の葛藤をみじんも感じさせないような、しっかりとした声で答える。
内心を表に出すことだけは絶対に避けるべきことだと、シンジはかたくなに信じていたから。

「…起こしちゃった?」

マナふるふると首を振ってから、ゆっくりと頭を上げて、シンジを見る。
その表情に安堵の様子が見えるのは、シンジの気のせいだろうか?

「ううん。なんとなく起きちゃったの。」

声がかすれる。

「何か飲み物貰おうか?」

シンジのその提案にこくこくと同意するマナ。
スチュワーデスを呼んで二人分の紅茶を頼むシンジ。
マナは小さくあくびすると、シンジに尋ねる。

「今、何時くらい?」

「え…と。4時前だね。ハワイ標準時でだけど。」

ということは1時間近く考え事してたんだ。
10分ぐらいのつもりだったのに。
シンジのそんな内心を知らないマナは小さく頷く。

「そう…」

まだ、ぼうっとした表情を浮かべているマナ。
シンジはくすりと微笑むと、マナの頬に触れる。
そこには線がくっきりとついてしまっている。

「跡がついちゃってるよ。」

「へ?そう?」

ふにふにと頬を触るシンジ。
マナはにっこりと微笑むと、されるがままでシンジを見つめる。
そして、スチュワーデスが持ってきた紅茶を飲む二人。

「暖かいね。」

「うん。」

そして、また二人は眠るために身体を寄せた。
ファーストクラスなので、席自体は十分広いのだが、どうしてかマナがシンジに触れたがっているようだ。
シンジの首元に頭を置いて、マナは小さくつぶやく。

「ね、シンジ…」

「何?」

「あと半年…私は今まで通りでいいの?」

その声はかすかに震えていた。
不安に満ちた瞳でシンジを見つめる。
シンジははっきりとした声でマナに答える。
それは、迷いも不安も感じさせないようなはっきりとした口調。

「もちろんだよ。いつものマナでいいんだよ。」

しばしの沈黙。
しかし、まだマナは不安そうに呟く。

「でも、もしかしたら…」

「もし、なんて言葉はいらないよ。
マナは大丈夫だよ。
僕が守るし、他のみんなもいる。」

軽く首を振りながら、シンジはそう答える。
そのシンジの顔をじっと見つめるマナ。

「…」

「僕がいつもそばにいるから。
ずっと一緒に生きて行くから。
怖いとき、不安になったときはいつでも僕を呼んで。
僕がそんなもの全部打ち払うから。」

「…ありがと…」

マナはじっとシンジを見つめて、小さな声でそう答えた。
 
 
 
 
 
 

日本には何事もなく到着した。
思ったよりも早く手荷物も回収でき、空港のロビーに降り立つ二人。
マナは大きく背伸びをする。
シンジも背伸びをして、深呼吸をする。
ハワイと日本では、若干空気の匂いが違う気がする。
しかも、日本はもう秋で気温差が結構あって肌寒い。
一応、二人とも長袖のシャツを着ていたが、それでも寒く感じた。

「はぁ…帰ってきたね。」

そう呟くマナに、シンジは頷いて微笑みかける。
その笑顔に、マナもいつもの笑顔で答える。
シンジは今、こうしてマナの笑顔を見れることが何よりも嬉しかった。
それは数週間前にこの空港からハワイに飛び立った時の目的だった。
その目的を達成できた喜びが今更ながらふつふつと沸いてくる。
シンジは素直にその思いを口にした。

「今、マナが隣にいてくれて嬉しいよ。」

そのシンジの言葉に、頬を染め頷きマナは答える。

「これからも、私のそばにいてね。」

「もちろん。」

そう力強く頷くシンジ。
見詰め合う二人。
そして、空港のロビーの真中で二人だけの世界を作り始める。
しかし、その二人に背後から声がかかった。

「お二人さん、ちょっとお熱くないか?」

驚き、振り返る二人。
その声の主に心当たりがあったから。
振り返った二人の前にいた彼らを見て、シンジが驚いたように呟く。

「ケンスケ、トウジ…みんな。」

クラスメート達がそこにずらりと並んで、笑顔で二人を見ている。
皆、嬉しそうな笑顔を浮かべている。
ケンスケはDVDカメラを構えて、ずっと二人の様子を撮影していたようだ。
そして、ミサトがやはり笑顔を浮かべたまま二人に告げた。

「お帰りなさい、シンジくん、マナちゃん。」

「おかえり〜。」

全員が声をそろえてそう告げる。
みんな笑いながら、シンジとマナに駆け寄る。
あっという間に囲まれ、もみくちゃにされる二人。

「こら〜、お前ら遅すぎるぞ。学祭終わったじゃないか!」

男子生徒の一人がそう言って、シンジの頭をこづく。
それに笑顔でシンジが謝る。

「ねぇねぇ、ご両親に挨拶しに行ったって聞いたんだけど、結婚するの?」

そう尋ねられて、驚いた表情でその女の子の顔を見つめるマナ。
どうやら、マナとシンジの二人で、
結婚の承諾を貰うためにハワイに行ったと思っているようだった。

「お前、ちょっと見ない間にえらく日焼けしたなぁ。向こうで遊びすぎたんとちゃうか?」

トウジはバシバシとシンジの背中を叩いて言った。
それに顔をしかめながら、シンジは尋ねる。

「どうして、みんなここに?」

そのシンジの疑問には、マナに詰め寄っていたヒカリが答えた。

「アスカに教えてもらったのよ。」

「そうよ。それでクラス全員でお出迎えしたのよ。感謝しなさい。」

ミサトがそう二人に告げる。
そして、ぱんぱんと手を叩いて、クラス全員に告げる。

「さて、これでクラス全員がそろったわね。
じゃ、予定通りに明日は打ち上げ決行よ。
明日の朝、9時集合よ。」

「おぉ〜!!」

大きな歓声があがる。
ミサトの言葉の意味を理解できないシンジは、きょとんとした顔でミサトに訊ねる。

「あの…打ち上げって?」

ミサトはシンジにウィンクして答える。

「学園祭の打ち上げに決まってるでしょ?
二人を待っててあげたのよ。感謝しなさい。」

確かに去年も学園祭の打ち上げをミサト先生主催でやったけど。
それのこと?
つまり僕たちが帰ってくるまで待っていたの?
なんとか、状況を理解しようとするシンジ。

「どこに行くんですか?」

行く理由はわかった。
次はどこに行くのかを確認することにしたシンジ。
去年はたしか、先生の知り合いのお店でパーティしたんだけど。
それだったら、いいんだけど。
でも朝から集合だなんて…
しかし、そんなシンジの期待を裏切るようにミサトはとある単語を口にする。

「温泉よ…お・ん・せ・ん!」

シンジとマナの二人は、ミサトの告げた言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
気持ち早くその意味を理解したマナは、驚きながらミサトに尋ねる。

「あの…授業とかは良いのですか?」

「大丈夫よ。その辺は抜かりありませんって。」

またしてもウィンクで答えるミサト。
そして、にやにや笑いながら二人を見る。

「授業よりも、二人の婚前旅行の話の方が楽しそうだしねぇ。」

そのミサトの発言にまたクラス中が湧く。
そして二人を取り囲んでいる生徒達が質問を浴びせ掛ける。

「おい、碇、ホントに結婚するのか?」

「嘘だろ。嘘と言ってくれ〜。」

「おめでと〜。ところで赤ちゃんはいつ生まれるの?」

「アヤシイと思ってたんだよね〜。」

周りからわいわいはやし立てられ、やはり状況が掴めない二人。
シンジとマナはお互い顔を見合わせる。

「お、いいな〜。もっと見詰め合ってくれよ。」

そんなこと言いながら、ケンスケが二人の様子を撮影再開。

「もう…何がなんだか。」

シンジはそうため息交じりに言うと、それを見ていたクラスメートの間にもう一度笑いが広がった。
 
 
 
 
 

「じゃ、今日はこれで解散。明日は遅刻しないようにね。」

その言葉で、ロビーに集まっていたクラスメート達が三々五々散ってゆく。
とはいえ、バス帰り組みと電車帰り組にまずは分かれる。
シンジとマナはヒカリ達と一緒に空港に乗り入れている駅まで歩き始める。
そして、切符売り場で最寄駅までの切符を買う。
ここでさらにいくつかのグループに別れた。

「じゃあ、また明日ね。」

そんな言葉に笑顔で手を振っていたマナにヒカリが尋ねる。
シンジ達はヒカリ、ケンスケ、トウジと数人のクラスメート達と改札を抜ける。

「で、ハワイはどんな感じだった?」

「そうね…空と海が綺麗だった。」

その言葉に、何人かの女の子がマナを取り巻いて質問する。

「で、どうしてハワイに行ってたの?」

「え?そ、それは…」

そこまで言って、ちらりとシンジの方を見る。
二人はハワイに行った理由を、クラスメート達にどのように話すかは決めていなかった。
そのため、助けを求めてシンジを見たのだったが、周りはそうは思わなかったらしい。
勘違いした女の子が、うらやましそうにマナに言う。

「や、やっぱり、結婚するの?」

「え、ううん、そんなことないよ。」

シンジは慌てて首を振った。
その様子になぜかマナは笑顔を浮かべる。

「マナ、何笑ってるの?」

そのヒカリの質問に、マナは黙って笑顔のまま首を振った。

「ん〜、何かアヤシイな。」

首をかしげながら、ケンスケがシンジにそう告げる。
シンジが普通の口調で聞き返す。
本人は冷静のつもりだが、付き合いの長いケンスケには少しだけ慌てているように見えた。

「何が?」

ケンスケはさらりとシンジに尋ねる。
内容は結構軽いものではなかった。

「やっぱり、お前婚約したのか?」

「してないよ!」

シンジは思わず大きな声で答えてしまう。
ケンスケはにやりと笑う。
それは決定的な何かを掴んだ自信の現れだった。

「しかし、その指輪はなんだ?」

そして、ケンスケはマナの左手を指差す。

「左手のくすり指につける指輪って何だっけ?」

もちろん、そんなことは百も承知のケンスケだが、
こういう事は本人から話させなければ意味がない。
周りのクラスメート達も、みんな瞳を輝かせて、シンジの言葉を待っている。

「い、いや、これは…」

言葉に詰まるシンジ。
しかし、そんなシンジに代わって、マナは嬉しそうな表情で答えた。

「だって、私達、ハワイで結婚式挙げて来たんだもの、当然でしょ?」

「け、結婚式〜!?」

そのマナの答えに、その場にいた全員が叫んでしまう。
マナはごそごそと手持ちのバッグから、写真を一枚取り出してそれをクラスメート達に見せる。
それはシンジとマナが並んで写っている写真だった。
それだけであれば特に問題はないのだが、問題なのは二人の服装だった。
どう見ても、マナはウェディングドレスで、シンジはタキシード姿だった。

「えぇ〜!?」

またしても叫び声が上がる。
それを見て、シンジは慌ててマナを見る。

「ちょ、ちょっとマナ、どうしてそんな写真見せるの。」

「良いじゃない。別に隠さなくったって。」

くすくす笑いながら、マナはそうシンジに答える。
どうやら、シンジをからかっているつもりらしい。
しかし、この状況ではかなりまずいのではないか。
シンジはそう感じ、大きくため息をつく。

「あの…それだと、すごい誤解を招く気がするんだけど。」

「まさか、結婚式まで挙げてくるなんて…」

ヒカリは驚いた表情で、マナが持っている写真を覗き込む。
確かにどうみ見ても、ウエディングドレス姿のマナとタキシード姿のシンジである。

「くそ〜!碇。おまえってやつは〜。」

男子生徒の一人から首を絞められながら、シンジは必死に抵抗する。

「うぐぐ、ご、ごかいだ〜。」

「5階も6階もないわよ。」

ぴしりと固い口調でヒカリが告げる。
表情もかなり厳しい。
周りの男子生徒たちもそうだが、逆に女子生徒たちも興味津々といった様子で写真を見ている。

「そうや。ワシ達に理由も言わずに行ったのは、こういう事やったんかい?」

トウジもげしげしと、シンジの頭をなぐる。
シンジは両手で頭をかばいながら答える。

「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて…」

「これが落ち着いていられるかい!」

「だ、だから、ちゃんと説明するから。」

その言葉でなんとか、シンジへの攻撃がやむ。

「あのね、これは…」

一部始終を説明するシンジ。
二人はあくまでバイトとして結婚式のモデルをしただけで、
その写真は、依頼料の一部で記念に貰ったものだと。
マナもその説明を肯定したので、なんとか騒動は収まった。

「それにしてもいいわね。モデルとはいえウエディングドレス着れたんでしょ?」

ヒカリがうらやましそうにマナとシンジが写っている写真を見つめる。
その視線を見て、マナはにやりと笑みを浮かべてヒカリの耳元に囁く。

「どこの会社か教えようか?そのうち必要になるかもしれないし。」

そのマナの言葉に、ヒカリは耳まで真っ赤になってうつむく。

「そんな…」

と、ケンスケが何か思いついたようで、シンジに向かって尋ねる。

「なぁ、シンジ。」

「何?」

シンジは少し身構えながらケンスケに答える。
ケンスケは何かを確かめるように念を押して尋ねてくる。

「予行とは言え、結婚式を普通に挙げたんだよな。」

「ま、そうだけど。」

顔を寄せてシンジの耳元に囁くケンスケ。

「じゃあ、お前…キスしたんか?」

「え…」

ぎょっとした表情で固まるシンジ。
しかし、すぐに否定する。

「してないよ!」

もし、したなんて言ったら、今度こそどうなるか。
シンジはそう思いながら答えていた。
しかし、胡散臭そうにシンジを見つめるケンスケ。
さすがに付き合いが長いだけあって、何かシンジが隠し事をしていることに気づいたようだ。

「何か、妙にあせってないか?」

「え?気のせいだよ。」

シンジはそ知らぬふりをする。
その様子にケンスケは、軽く肩をすくめて答える。

「ま、いいや、明日は泊まり…だしな。」

にやりと笑うケンスケ。
その笑顔を見て、シンジの背中がすうっと寒くなった。
明日の夜は、かなり大変かもしれない。
こりゃ、どこからに逃げたほうがいいかも。
真剣に逃亡を考えるシンジであった。
 
 
 
 
 
 

二人は電車とバスを乗り継いで、自宅前まで戻って来た。
クラスメート達を別れるまで、ずっと質問攻めだったが、結局ハワイに行った理由は話さないままだった。
いつものようにエレベータを呼び、乗り込む。
その中で階数表示に視線を向けていたシンジが、ぽつりと言った。

「はぁ、ちょっと疲れたね。
とりあえず、飛行機の中で寝たから良いけど…
マナは体、大丈夫?」

「ううん。平気よ。シンジの方こそ大丈夫?」

シンジは笑顔で答える。
その笑顔はいつもの彼のものだった。

「うん、僕も大丈夫だよ。」

エレベータが止まり、ドアが開く。
二人はエレベータから出て、部屋に向かう。
シンジがセキュリティカードを使ってドアを開ける。
ゆっくりと中に入るシンジ。
大きく深呼吸をして部屋の中の空気を吸う。
確かに、彼が良く知っている部屋の匂いだ。
普段は全然気付かないが、今はわかる。
そして、シンジはくるりと振り返って、マナにこう告げた。

「お帰り。」

マナと共に帰って来れたら、必ず言おうと思っていたその言葉。
それをシンジはマナに告げた。
満面の笑顔を浮かべるシンジに、マナも笑顔で微笑み返す。

「ただいま。」

帰ってきた。
もう、ここには戻って来れないと思っていた。
でも、私は戻ってきた。
自分の意志で。
シンジがはにかみながらマナを見つめる。

「マナが帰って来てくれて、嬉しいよ。」

その言葉に、マナは頷いた。
また二人の生活が始まる。
しばらくは文字通り二人だが、以前と同じように学校にも通える。
ただ一つ、立ち向かわなければならない壁はある。
でも、それも二人であれば、なんとか乗り越えられるかもしれない。

「さて、まずは荷物置いてこようか。」

マナは大きく肯いて部屋の中に入った。
 
 
 
 

荷物を置き、二人は部屋の中の窓を全て開けて回る。
しばらく、換気されていなかった部屋中にさわやかな風が通り抜ける。
その後、二人はシンジの部屋にいた。
床にはハワイでのスナップショットを並べている。
主に教会での式の写真だったが、他の場所で撮ったものもある。
二人とも床に座り、写真を眺め、その時の思い出を語り合っていた。

「でも、変な感じだね。」

「何が?」

シンジは一枚の写真を手に持って呟いた。
マナは顔を上げてシンジの持っている写真を覗き込む。
それは、先程マナがクラスメート達に見せた集合写真だった。
中央にタキシード姿のシンジとウエディングドレス姿のマナが立っている。

「まだ、そんなに昔のことじゃないのにね。」

この時はまだマナの体のことを知らなかった。
だからだよね。
妙に懐かしく感じるのは。
まだ一週間も前のことじゃないのにね。

「そんなに懐かしい?」

まじまじとその写真を見つめるシンジを見て、マナが少し不思議そうに首をかしげる。
どうやら彼女にとってはそれほどでもないらしい。
シンジは肩をすくめて答える。

「僕には、ね。まぁ実際には、1週間も経っていないんだけどね。」

「そうか…確かにそうね。
そういう意味では、1週間以内の出来事には思えないわ。」

素直にシンジの言葉に同意するマナ。
彼女にとっても、この数日間は忘れられない出来事がたくさんあった。
だから、それ以前の記憶が、どうも実際の時間よりも過去に感じられるようだった。

「まぁ、この数週間はタフだったからね。」

シンジはマナと別れてからのことを思い起こす。
自分を失って、自分の心の中にこもった時から、実際には一ヶ月ほど。
でも、その間の出来事は数年分に匹敵する密度だったような気がする。
あまりにたくさんの出来事があった。

「そうね…いろいろあったから。」

マナも何かを考えるように肯く。
この数週間で、私は自分の体のことを知った。
それはショックだったけど、でも、自分は今ここにいる。
待つのではなくて、何か行動を起こしたくて。

「たぶん、これからも大変だろうね。」

「そうね。」

少し沈んだ表情になるマナ。
しかし、シンジはにっこりとマナに微笑みかけた。

「でも、一人ではないから。」

「うん。」

マナも笑顔を返し、シンジに寄り添った。
 
 
 
 
 
 

夕方までシンジの部屋で過ごし、その後二人は夕食の準備を始めた。
当然、冷蔵庫の中には何も残っていなかったため、近くまで買出しに出る二人。
数日先の食事も考えて、大量に買出しを行う。
荷物を二人で手分けして持ち、夕日に向かって歩き、家まで戻ってくる。

「何か、久しぶりだね。」

マナと一緒にキッチンに立ち、ふとシンジはそう呟いた。

「今日はそうやって、懐かしく思うことがたくさんあるね。」

マナはそう答えて、味噌汁の具にする豆腐を器用に切り分ける。
やはり日本に帰ってきたということで、夜は和食にしようということになった。

「明日は行けないけど、明々後日には学校に行くから、
その時もいろいろ懐かしいと思うんだろうね。」

翌日は学祭の打ち上げで温泉に行くことになっていたが、
その次の日は休みをもらい、その次、つまり明々後日から学校には行くことになっていた。

「そうね、学校に行くの久しぶりだし。」

「マナの冬服姿を見るのも初めてだね。」

ふと、そんなことを呟くシンジに、マナは少しだけ不思議そうな表情を浮かべて彼の横顔を眺めていたが。

「そうか、もう冬服になってるんだ。」

「そうだよ。」

「すっかり忘れてた…
そうね、冬服出しておかないと。
ちょっと見てきて良い?」

シンジは軽く頷いてみせる。
マナはてってとキッチンから出て行き、自分の部屋に戻っていく。
そのまま継続して夕食の準備を行うシンジ。
魚の焼き加減を確認して、それぞれの皿に盛り付ける。
次に煮っ転がしの味加減を確認する。
と、マナが戻ってきた。
視線をそちらに向けたシンジ。

「どう?似合ってる?」

そこには冬服を来た、マナが立っていた。
ちょっとポーズをとってみたりもしている。
スカートはそのままだが、上衣としてブレザーを羽織っている。
シンジは小さく頷いて見せた。

「うん、似合ってるよ。」

「そう?」

マナもまんざらではないようで、その場でくるりと回ってみせる。

「ブレザーの制服なんて、初めて着たわ。」

「そうなの?」

「うん、私が以前通っていた学校は、セーターとコートを組み合わせていたから。」

「へ〜。」

感心したようにシンジは頷いていたが、
その間にも具を投入した味噌汁の味加減を確認していたりする。
それを見て、マナは驚いた表情を浮かべて尋ねる。

「あれ、もうできちゃうの?」

「うん、あと少し。」

「え、じゃあ、ちゃっちゃと、着替え直して来るね。」

そう告げてまたてってとキッチンを出て行くマナ。
その後姿を見送って、シンジはかすかに笑みを浮かべた。
 
 
 
 
 
 
 
 

夜9時過ぎの碇家。
シンジはリビングのソファにすわりぼんやりとしていた。
すでに入浴は済ませて、寝巻き姿である。
頭からバスタオルをかぶったまま、視線を宙に向けている。
そして、そのリビングにマナが現れる。
彼女も入浴を済ませたばかりで、濡れた髪をタオルで包んでいた。

「あれ?シンジ、どうしたの?」

その言葉に、シンジはふと我に返りマナの方を振り返る。

「うん、ちょっとぼんやりっとしてた。」

「ふうん。」

少し首をかしげて、マナはシンジの元に歩いてくる。
そして、シンジの隣にちょこんと座る。
シンジはちらりとその様子を見てから、視線をまた宙に向ける。
そんなシンジの横顔を見つめるマナ。
大部分はタオルで隠れているが、顔に浮かべている表情だけは見えた。

「何か、帰ってきたんだなぁ…って。」

シンジはぽつりとそう呟く。
日本に戻ってきて、こうしていると、ハワイでの出来事がなぜか幻か夢のように感じられる。
ほんの一日前まではそこにいて、いろいろな出来事を経験したのだが。

あまりにもいろいろなことがあって。
それがあまりにも大切なこと過ぎて。
だからなのかな?

「そうね…帰ってきたんだね。」

マナはそう告げて、シンジの方に身を寄せる。
そして、シンジの肩に頭を乗せる。
やっと帰ってきた。
一度はあきらめたことだった。
シンジの傍にはいられないと思った。
でも、今はそれは間違いだったとはっきりわかる。

「どしたの?」

そう尋ねるシンジ。

「なんとなくこうしていたいの。」

そう答えるマナ。
ここ数日、時折、妙にマナはシンジに触れたがっていた。
こうして、頭を乗せてくこともあれば、手を握ってくることもある。
シンジとしては嬉しいのだが、
それは彼女が自身の不安を紛らわせようとしているのではないかと感じていたから、素直に喜べなかった。
彼女と彼の戦いはすでに始まっているのだから。
結局、シンジはそれには何も答えずに瞳を閉じることにした。
今二人に必要なのは、言葉ではなく、お互いの存在、ぬくもりなのかもしれないと思ったから。
しばしの間、二人はそのままでお互いの存在、ぬくもり、大きさを感じていた。
そして、マナが小さく呟いた。

「もう、ここには戻ってこれないかも、って思っていたから。」

「そう…か。」

シンジはマナがこの家からいなくなる直前のことを思い出す。
今思えば、あの時のマナの表情は、それを悟っていたからなのだろう。
もう二度と見たくない。
そして、あんな思いは二度としたくない。
だから…
僕は、僕のできることなら何だってする。
それで、世界の全ての人を敵に回したって。

「ね、シンジ。」

「うん?」

「欲しい?」

そのマナの質問の意味がわからず、シンジはちらりとマナの方を見る。
しかし、彼女の表情は窺い知れない。
それでシンジは質問の意味を尋ねることにした。

「何が?」

そのシンジの問いに、マナはくすりと笑みを浮かべてかすかに首を振った。

「なんでもない。わからないのなら。」

そう、わからないならその方がいい。
欲しいと言われても少し困ってしまうかも。
だったら言わなければ良いのに…ね。
何を私は…
急いでいるのだろう?

「何か良くわからないけど、まぁいいや。」

あっさりと肯くシンジ。
その答えに、マナは少しだけほっとした、でも少しだけ残念な気分を味わったようだった。
 
 
 
 
 
   


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ver.-1.00 2001!06/05公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき

どもTIMEです。
Time-Capsule第46話「お帰りなさい」です。
いつものごとくお待たせしました。

さて、日本に帰ってきた二人ですが、空港でクラスメート達の出迎えを受けます。
しかし、まだハワイに行った本当の目的を話せないままです。
内容が内容だけに、迷う二人ですが、結論は出さなくてはなりません。
今のところ、はぐらかしてますが、それも長続きしないでしょうし。

ところで、以前からこの連載は52話で終わらせると言っていましたが、
52話と最終話を一緒に公開することにしました。
今後のタイトルだけ紹介すると、こんな感じです。
タイトルは確定なので、このまま公開します。たぶん。

第47話「その理由」
第48話「信頼」
第49話「大切な思い出」
第50話「終わりの始まり」
第51話「死と転生」
第52話「Air」/最終話「まごころを、君に」

さて、次回は温泉のお話です。
学祭の打ち上げで温泉旅行に行くクラスにシンジ、マナも参加します。
が、当然いろいろな問題が発生するわけです。
では次回TimeCapsule第47話「その理由」でお会いしましょう。
 





 TIMEさんの『Time Capsule』第46話、公開です。





 おかえりなさい☆

 色々あったハワイから
 色々あるだろう日本へ。


 早速空港で
 大勢に囲まれて−


 マナちゃん大変だけど
 こんなに沢山の友達がいれば、
 何よりシンジがいれば、
 きっときっと。





 さあ、訪問者のみなさん。
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