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「彼女の結論は?」

受話器の向こうからのその声を聞き、彼はため息をつきながら答えた。

「入院はしないそうだ。残された時間を今まで通りに生きていくと言っている。」

「そうか…」

その声に落胆は感じられない。
おそらく彼は彼女の答えを予想していたのだろう。
受話器の向こう側の彼にそれを問い掛けてみる。

「君は、彼女がそう答えると思っていたのか?」

その問いに彼は笑い声を漏らし答える。

「そうだね…何となくだが、それを選ぶような気はしていた。」

「なるほど。」

「じゃあ、治療プランはC-5でいいな?」

彼は手元の資料をめくって確認する。

「…そうだな。現状では一番良いプランだ。
あと例の資料も送るから目を通しておいてくれ。」

その言葉に驚いたように彼は声を大きくした。

「おいおい、まさかアレを使うのか?」

「惣流博士が手伝ってくれるそうだ。」

その一言で彼には全部分ったらしい。
小さくため息をついてから、答えが返ってくる。

「…そうか。ではよろしく頼む。」

「あぁ、主役の座は君に譲るよ。」

その返事に受話器の向こう側で乾いた笑い声がした。

「君が望めばいつでも譲ってやるのにな。」

「何を言っているのだ、私よりも君の方が優秀だろ?」

軽く首を振って受話器を握っている彼は明るく答える。
目の前の道路をけたたましい音を立てて救急車が通って行く。
どうやら急患が運ばれてきたらしい。
小さなため息をつく音が聞こえ、しばらくして彼の疲れたような声が聞こえてくる。

「でも、私はあの子を救えなかった。」

「それは仕方ないことだ、それが運命だったのだ。」

「…そう思いたい。でもまだそうは割りきれないよ。」

彼には何も返す言葉がない。
こういった問題は自分で解決しなければならない。
周りの者は話を聞いてやることしかできない。

「…」

そして彼は気を取り直したように明るい声でこう告げた。

「では、そちらでのバックアップ頼みます。」

「了解した。」

そして彼は受話器を置いた。
いつの間にか日が翳ってきていた。
 
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
Written by TIME/2000
 
 
 
 
 
 
 
 

その場所に彼女は独りきりだった。
ゆっくりと辺りを見まわしてみる。
見える範囲一面の草原。
ここは…どこなのかな?
彼女は首を傾げてみる。
真っ青な空に太陽がまぶしく輝いている。
う〜。
とても不安になり、彼女はぺたんと座りこんだ。
どこなの?ここ。
わかんないよ。

きょろきょろ見まわす。
座ってしまうと、生い茂っている草が彼女の鼻の高さになった。
うん?
まるで、草の海みたい。
彼女は少し嬉しくなり、緑の草原が風に揺れる様を見つめていた。
やがて、彼女はそれにも飽きたのか、ごろりと仰向けになって寝転がる。
真っ青な空に白い雲が点々と浮かんでいるのが見えた。
草と土の香りが強く匂ってくる。
どうしてかな?
こんな感じ忘れてた気がする。
どうしてかな?


と、どこからか彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
彼女は起き上がり、もう一度辺りを見まわす。
あれれ?
今、誰かが私を呼ぶ声が聞こえたような。
どこ?
誰?
しかし、誰もいない。
声も聞こえてこない。
きょろきょろ辺りを見まわすうちにまた不安になってきた。
すると、先ほどまで気づかなかったが、
少し歩いたところに一本の大きな木が立っているのを彼女は見つけた。
あれ?さっきはなかった…よね?
どして?

首を傾げながらも、彼女は立ちあがってその木に向かって歩き出した。



その木の根元にたどり着いた彼女は、大きなため息をつき幹にもたれるように座った。
ふう…
見たほどは近くなかったよ。
すごく疲れちゃった。


でも、誰もいないね。
彼女はふと、顔を上げて辺りを見まわす。
先ほどの声が彼女を呼んだから。
誰?
今、私の名前を呼ばなかった?
耳を澄ませるが、聞こえるのは風で枝葉がざわめく音だけだった。
う〜ん。
さっきから誰かが呼んでるような気がするのだけど。
しばらく耳を澄ませているうちに疲れてしまったのか、彼女は眠ってしまった。
 
 

彼女はその木の下にやって来て満面の笑顔を浮かべた。
彼は少し怪訝そうに彼女に問い掛ける。

「ここに埋めるの?」

こくこく頷いて見せる彼女。
その木の根元を指差して告げる。

「うん。だって、ここは二人の秘密の場所だから。」

辺りを見まわして彼は告げる。
草原を渡ってきた風が彼女の前髪を揺らす。
セミの鳴き声がうるさいほど聞こえてくる。
この木の枝にたくさんとまっているのだろうか。

「でも、みんな知ってるよ。」

その彼の言葉にも彼女は表情を変えずに答える。

「いいじゃない。ここにしましょ。」

彼は首を振って頷いた。
こうなってしまうと彼女は引かないから。
彼は持っていたものを地面に置き、持っていたスコップを一つ彼女に渡す。

「わかった…じゃ、埋めるよ。」
 
 
 
 

「こら…起きなさい。」

その声と身体を揺さぶられる感覚。
彼女は目を覚ました。

「なに?何?」

彼女は目をこすりながら、目の前に立っている誰かに視線を向ける。

「あれ?お姉ちゃん。」

彼女の目の前に立っている女の子はあきれたようにため息をつく。

「あれ?じゃあないよ。もう、探したんだから。」

そう告げて手を差し伸べてくる。
彼女は首を傾げながらその手を取って立ちあがる。
かなりの時間眠ってしまったようで、辺りは夕焼けに染まっている。
少し眠そうに欠伸をする彼女。
そして、手を繋いだまま歩き出した姉に声をかける。

「お姉ちゃん、探してくれてたの?」

姉は彼女の方を振り向かないで答える。

「そうよ。」

その口調に彼女は少しだけ首をすぼめて、上目使いで答える。

「ごめんなさい。」

それを聞いて姉はくすくす笑い出す。
そして笑顔を彼女に向ける。

「反省してるならよろしい。」

彼女はその笑顔を見てホッと息をついた。
てってと姉の隣に並ぶ彼女。
夕陽が二人の影を長く伸ばしていた。
繋いだ手のぬくもり。
目の前を長く伸びている2つの影。
小麦色に染まった草原。
彼女は満ち足りた気分を味わっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

第43話
明かされた真実
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「はぁ、遅くなっちゃったわね…」

彼女は小さくため息をつき、辺りを見まわす。
日はとっくに落ち、街灯が輝いている。
歩道には沢山の観光客達がいるが、やはり一人で歩くのは不安になる。

「心配してるかな?」

彼女はそう呟くと、歩道を縫うように歩き出す。
数日前に、彼に父親の所に泊まると告げただけだった。
まぁ、たぶん、それどころじゃないだろうけど…ね。
夜とはいえ、まだ早い時間帯なので、
あまり臆病になる必要は無いが、それでもやはり歩みが速くなる。
周りには大勢の日本人観光客もいるのだが。
マナ…ちゃんと言ったのかな、シンジに。
自分の体のこと。
そして、自分の命のこと。
避けるわけにはいかない二人の運命。
悲劇とは思いたくないけど。
でも、あまりにその言葉がふさわしい二人の恋。
シンジはどう答えるのだろうか?
その事実と、彼女の思いに。
大切な人を失ってしまうという事実と、
それでもシンジと一緒にいることを選んだマナの思いに。
どう答えるのだろう?
アスカは顔を上げる。
暗くなり始めた空には星が輝き始めていた。
 
 
 
 
 

二人は海岸の砂浜に並んで座り夜空を眺めていた。
打ち寄せる波の音が二人を包んでいる。
背後からは車の音や、人のざわめきも聞こえる。
そちらには背の高いホテル群も立ち並んでいる。

「楽しかったね。」

マナは夜空を見上げたままシンジに告げた。

「そうだね、大変だったけど、いい思い出になった…かな。」

シンジも夜空を見上げて答える。
見える星は日本とは微妙に違うような同じような感じがしたが、二人には良く分からなかったようだ。
ただ、北極星が見えるのでそんなに変わっていないはずなんだけど。
マナはそんなことを考えながら海に視線を戻した。
湿度が低いためか風は湿っぽくない。
気温も高いはずなのだが、それほど不快感は感じない。
月が海面に映りゆらゆらと揺れている。
椰子の木の葉が揺れる音が聞こえてくる。
右手に続く海岸ではかがり火が焚かれているのだろうか、オレンジの光が見える。

「ねぇ…」

マナはシンジの肩に頭を預ける。
シンジはそのまま動かず小さくな声で答えてくれた。

「何?」

マナは瞳を閉じた。
その方がシンジをより近くに感じることができるような気がしたから。

「私…ね。」

大きな波の音が二人の会話を遮った。
その時マナは小さくこう囁いていた。

「今日のこと忘れないから…」

しかし、その言葉はシンジには聞こえなかったらしい。

「何か言った?」

マナはどうしようか迷った末、にっこり微笑んでこう答えた。

「…ううん。何も。」

「そうか。」

シンジは問い詰めるつもりはないようだった。
今日のこと忘れないよ…
もう、私に残された時間は少ないけど…
でも、それでも忘れないよ。
私の一番の思い出をありがとう。
この結婚式のこと、すごく嬉しかった。
でも…
そして、これからあなたに話すことも…
きっと忘れないから。
何があっても忘れられないから…
だから…
マナはシンジの肩から頭を上げた。
シンジはマナを見る。
マナもシンジ見る。

「あのね…シンジに話しておきたいことがあるの…」

そのマナの口調にシンジは小さく息を呑んで頷く。

「私ね…」

見つめ合う二人。
空に浮かぶ星々。
打ち寄せる波の音。
風が頬に当たる感触。
鼻をくすぐる潮の香り。
水平線遠くを進んでいく船の灯り。
全て、本物。
そして、今こうして二人で座っているのも夢でもなく現実。
だから、告げなければならない。
私のこの体のことを。
全て隠さず。
シンジはじっと黙ったまま私を見つめている。
少し表情が硬い。
どうしたのだろう?
先ほどまで聞こえていた波の音が聞こえない。
まるで二人の周りの時間だけが止まったように…
小さく息をついてシンジを見る。
言わなきゃ。
でも、声が出ないよ。
告げないといけないのに。
声が出ないよ。
どうしよう。
逃げるわけにはいかないのに…
それなのに、どうして私は…
シンジもマナを見つめたまま何も言わない。
いや、何も言葉にできないでいた。
マナが何か大切なことを僕に告げようとしている。
それはおそらく彼女の体のこと…
ずっとそれは何なのか知りたいと思っていた。
でも、ここに来て、本当は知りたくなかったんだとわかった。
だって、その事実は、もしかすると、今の二人を…
そう…知りたいと思いつつも、本当は心の奥では、知りたくなかったんだ。
だから…
だから。
と、見つめあう二人に声が降りかかった。

「あれ?シンジにマナじゃない?どうしたの?」

その声に二人は金縛りが解けたように我に返る。
ゆっくりとシンジはその声の方を向いて声の主に答える。

「アスカ。お父さんの所はもう良いの?」

にっこりと微笑んでうなずき、アスカは二人の元に歩いてくる。
アスカの髪が風に乗ってふわりと舞った。
それを見た二人は止まっていた時間が動き出すように感じた。
先程まで感じられなかった、波の音、潮の香り、風の感触が甦る。
二人を交互に見て、アスカは不思議そうな表情を浮かべて訊ねる。

「どうしたの?こんなところで…」

そこまで告げて、何かに思いついたのかアスカはにやりと笑う。

「も、もしかして、愛の告白とか?」

そして、両手で口元の笑みを隠しながら、シンジの顔を覗きこむアスカ。

「ち、ちがうよ。」

シンジが慌てて手を振ってそう答えるが、心の中では違うことを考えていた。
うっ、でも結婚式のモデルでマナのこと生涯愛するって誓ったんだよね…
それって…
と、それが表情に出たらしい、アスカがにやにやしながらシンジをさらに問い詰める。

「あれぇ?シンジってば顔赤いよ。」

それを聞き、慌てて頬に手を当てるシンジ。
アスカはその反応を見て笑みを大きくする。

「う・そ。嘘よ。こんなに暗いのに頬が赤いなんてわかるわけないじゃない…」

シンジはしまったという表情を浮かべる。

「さぁ。何か私に隠し事してるでしょ?ささっと吐いておしまい!」

アスカのその言葉にお互い顔を見合わせるシンジとマナ。
仕方なくシンジは一部始終を話すことにした。
その話を最後まで聞き終わって、アスカはにやにやと笑いながら、二人を見た。
そして一言。

「結婚おめでと。」

「って、モデルだよ!」

そう答えるシンジだが、アスカはちっちと指を振って告げる。

「だって、誓いのキスしたんでしょ?」

うっと詰まるシンジ。

「それに指輪だって交換したんでしょ?」

その言葉にマナはこくこくと頷く。

「じゃあ、結婚したんじゃない。」

アスカは当然といった表情を浮かべてそう告げる。
そして、ちらりとマナを見てからアスカは告げた。

「まぁ、いいわ。
とりあえず、部屋に戻らない?
いつまでもこんなところにいても仕方ないし、私も二人がもらった写真見てみたいし。」

「…わかった。」

そう頷いて、立ちあがり歩き出すシンジ。
ホテルの方に向かう歩道に出た時、
アスカはさりげなくマナに近づき、小声で訊ねた。

「ごめんね。邪魔したかな?」

その問いにマナはふるふる首を振って答える。
少しだけかすれた小さな声で。

「私、言えなかったの。言葉が出なかった…」

「そう…」

アスカはため息交じりにそう告げた。
 
 
 
 
 

三人はホテルのシンジの部屋に来ていた。
シンジから渡された写真の束を持って、ソファにベッドに座るアスカ。
そして、ベッドの上に写真を広げる。
アスカの隣にはマナが座り、シンジは二人の向かい側に座る。

「へぇ…これがねぇ…」

アスカは何枚かの写真を手に取りしげしげと見つめた。
そして、マナに微笑みかける。

「良い感じじゃない。ウェディングドレスもすごく良く似合ってるし。」

「そう?ありがと。」

マナもはにかみながら笑顔で答える。

「でも、シンジは何か変な感じ。」

「えぇ!そうかな?」

シンジは首を傾げて見せる。

「う〜ん。だって、ほらこの写真。何か顔引きつってるわよ。」

「あ、ホントだ。」

マナがアスカの見ている写真を覗きこ込む。

「やっぱり、にわかモデルじゃ駄目なのかしら。」

さんざんなことを言うアスカ。
それにシンジは苦笑を浮かべながら答える。

「はぁ、好き勝手言ってるよ。」

アスカは1枚のスナップに目を移す。
そこにはシンジとマナを中央に何人かの男女が写っていた。
おそらくこの仕事に関わった人全部で撮った写真なのだろう。

「これがそのカメラマン?」

アスカが指差した先には、帽子のつばを後ろにしてかぶりっている加古が立っていた。

「そうよ。良く分ったね。この人は加古さんって言って、フリーのカメラマンなんだって。」

「ふうん…」

と、アスカは何か考え込むような表情を浮かべる。
シンジとマナは不思議そうにアスカを見る。

「どしたの?」

「その名前…どこかで聞いた気がするんだけど…」

しばらく考えていたが、諦めたように首を振る。

「ま、いいか。思い出せないってことはどうでもいいことだろうし。」

「そう…」

首を傾げながらシンジは答える。

「でも…いいなぁ。私もこんなドレス着てみたいなぁ。」

その言葉を聞いてシンジとマナは顔を見合わせる。
そして、マナはにこにこ笑いながらアスカに訊ねる。

「じゃあ、着てみる?」

「え?」

アスカはびっくりして二人を交互に見る。

「実は…ドレスも貰ってるんだ。」

「どうして?」

「デザイナーの先生が持っていきなさいって。」

アスカはまじまじとマナを見て答える。

「へぇ…すごいね。」

「うん。何かマナのことすごく気に入ったらしくて。」

少し頬を染めてマナはうなずいた。

「で、着てみる?今からは無理だけど、明日にでも。」

「でも…」

少しだけアスカは少しだけ考えてから首を振った。

「ううん。いい。だって、マナのドレスだもの。
マナが一番似合うんでしょ?
私は私が一番似合うドレスが良い。」

マナがこのドレスを探し出すまでの事を思い浮かべながら、シンジは頷いた。

「そうか…そうだよね。」

マナもこくこく頷く。
 
 
 

ラナイに出た三人は海から吹く風を身体に感じていた。
空に輝く銀の月の光で海がキラキラと輝いている。
シンジとマナの二人は手すりにもたれて海を見ている。
アスカはラナイの椅子に座って、月を見上げている。
その手にはグラスを持っており、いくつかの透明な氷が入っていた。

「良い風ね。」

風にふわりと舞った髪を押さえて、呟くような小さな声でマナが告げる。
その言葉に頷くシンジとアスカ。

「日本と違って、風があまり湿っぽくないわね。」

「そうだね、たぶん、日本と違って湿度が低いんだよ。」

アスカは視線をグラスの中の氷に移した。
その氷には歪んだ月が写っている。

「海の近くなのにね。」

そのアスカの呟きに今度はシンジとマナが頷く。
しばらく黙ったまま、三人は思い思いに過ぎていく二度と戻ってこない時を感じていた。
ふいにアスカが小さく身震いした。
その様子を見て、シンジが心配そうに訊ねる。

「大丈夫?」

「ちょっと寒い。ねぇ、シンジ、私の部屋に行ってジャケット持ってきてくれない?」

少しだけ不思議そうな表情を浮かべてシンジはそれでも頷いた。
普段、アスカはあまりそういうことをシンジには頼まないから。

「うん。いいよ。クローゼットの中にある?」

「ええ。これが鍵よ。」

鍵を受け取って、シンジはラナイから出て行く。
シンジがその場からいなくなって、マナは小さくため息をついた。
アスカはマナが何か話したいのはないかと思い、
わざとシンジがいなくなるように仕向けたのだった。
そして、アスカの予想通りマナが話しかけてくる。

「ねぇ、アスカ…」

ぼんやりと手すりに手をかけて海を見ていたマナがアスカの方を見る。
椅子に座っているアスカは手に持ったグラスをくるくる回して、
中の氷が月の光を反射する様を見ていた。

「何?」

そう囁くように答える。
まるで、隣の部屋に行ったシンジに聞こえないように。

「シンジ…たぶん、気づいているよね。」

何について言っているのかは、言葉がぼかされていても当然アスカにはわかった。
アスカは表情を変えずにぽつりと答えた。

「そうね、変なところだけ勘は良いから。
大事なことは全然なのにね。」

マナは手すりのもたれて小さくため息をつく。

「できれば言いたくない。
シンジにこれ以上、重荷を背負わせたくない。
罪を受けるのは私だけで良い。」

グラスを回しながら、アスカは答える。

「でも、全部話すんでしょ?」

そして、アスカはグラスを回すのをやめてマナを見つめる。
その瞳が月の光できらりと輝く。

「そう…でも…私は。」

マナは自分の考えを確かめるようにゆっくりと意味にならない言葉を呟いた。
しかし、アスカはふるふると首を振って見せる。

「言わないという選択肢はないの?」

意外な言葉にマナは驚いた表情を浮かべる。

「どうして?」

「言わないで済むのなら、そうした方が良いと思わない?」

そのアスカの言葉にマナは考え込む。

「でも、結局はシンジには話さないと…」

「そうね…でも、シンジがそれを知っている時間は少ない方が良いって考え方もあるよ。」

「それは…」

そうかもしれない。
ぎりぎりまで黙っていれば、シンジに与える苦しみは少なくなるかもしれない。
今からだと半年間、シンジはその事で苦しんでしまう。
それなら、最後までそれを告げずにいれば…

「二人の幸せって何だろうね?」

その言葉にマナはアスカの瞳をまじまじと見つめる。

「だって、そう思わない?
知らないほうが幸せなのかな?
それとも知らせて、思いを共有して一緒に過ごすのが幸せなのかな?
あなたはどう思う?」

マナはアスカから視線を外してうつむく。
そう…
それはどうなのだろうか?
告げた方が良い?
それとも告げない方が…

正直に言ってわからない。
どちらが私とシンジのためになるのか?
告げれば、シンジは残りの時間をそれに縛られて過ごさなければならない。
そのため、二人の関係はいままで通りとは行かないだろう。
告げなければ、今まで通りの関係で二人で過ごして行く事ができる。
当然、私の身体が大丈夫な間だけだが。
どうすればいい?
もうわかんなくなってきちゃったよ。

「いつも正しいか迷っている…」

そのアスカの言葉にマナは顔を上げる。
にっこりとアスカは微笑む。
マナはじっとアスカの顔を見つめる。

「誰かに言われたことがあるの。
人が悩んでいる時って、どちらを選ぼうか迷っているじゃなくって、
選んだ答えで良いのか迷っているんだって…」

アスカの言葉を君占めるように同じ事を呟くマナ。

「選んだ答えで…良いのか…」

「そう。マナも心のどこかではもう答えを選んでいるんじゃない?
ただそれが正しいって信じられないだけで…」

「信じられない…」

「そう…こればっかりは誰もどうにもできない。
背中を押すことはできるけど、それを受けて歩くのは本人だから。」

「わたし…」

アスカは頷くと立ちあがった。
マナはアスカの顔を見上げる。
月光で揺れたアスカの髪が輝いた。

「そう、シンジとあなたの二人で歩くのだから。」

シンジが戻ってきた時、二人は変わらない様子だった。
とりあえず、持ってきたジャケットをアスカに手渡す。

「ありがと。」

アスカはにっこり微笑んで、ジャケットを手にとって袖を通す。
マナは手すりにもたれて、そこから見える景色に視線を向けていたし、
アスカはジャケットを着てからは、また座って、
かなり溶けてしまった氷をグラスの中でゆっくりと回し始めていた。
でも、シンジには何かが変わってしまっているような気がした。
はっきりとは分らない。
でも、先ほど、自分がここから離れる前とは決定的に何かが違うと感じていた。
先ほどまで感じていた、やわらかな空気が無くなっているような気がする。
どうしてなんだろう?
しかし、シンジはそれが何か結局わからなかった。
 
 
 
 
 
 

ゆらゆらと身体が浮かんでいるような感じ。
彼女は小さくため息をつく。
ふと、どこからか声が聞こえてきた。
その声はやさしくて、まるで彼女を包み込むようだった。

泣いてるの?

その声に彼女はふるふると首を振った。

ううん。泣いてなんかいないよ。

嘘。すごく悲しいんでしょ?

彼女は必死に首を振ってみせた。

なんでもないよ。
私は悲しくないから。

だめよ。
私に嘘なんかついても。

どうして?

笑いを含んだ調子でその声は告げた。

どうしてかはわかってるでしょ?

彼女はしばらくしてから、答えを見つけた子供のように瞳を輝かせて答える。


うん。
わかってる。
だって、私のお姉ちゃんだもんね。
ずっと私の傍にいてくれたんだね…

そう告げたとたんに女の子の姿が現れた。
女の子はにこにこ微笑みながらゆっくりと彼女の髪を撫でた。
彼女はその髪を撫でられる感覚になつかしさを感じた。
それは姉の癖だったから。

あたりまえでしょ。
私はあなたのお姉さんなんだから。
あなたのことはなんでも知っているわ。
だから、今、あなたの心が壊れそうな事も手に取るように分かる。
だって、あなたは私で、私はあなただから。

その言葉に彼女はうつむく。

そう…なんだ。

そうよ。
私が言うんだから、間違いないわ。

やっぱり、私無理してるのかな?

そうね…
あなたはどう思う?
このままでいい?
それとも…

誰も強制しない。
選ぶのはあなたよ。

私は…

自分の心に向き合って。
本当にあなたが望む事を…

私が望む事…?

そう、あなたが望む事をしなさい。
告げるのか、告げないのか。
あなたはもう答えを決めているわ。


アスカにもそう言われた。けど…

わからない?

その問いにこくこく頷く彼女。
女の子は満面の笑みを浮かべて、彼女を見る。

そんなことないわ。
ちょっとわかんないだけ。
自分の心の中に潜ってみなさい。
そうすれば、すぐに見つかるから。

ホントに?

ホントよ。


わかった。
私、やってみる。
マナはにっこりと笑顔を浮かべた。
 
 
 
 

そして、全てが眩しい光に包まれていく。
 
 
 

消えて行く意識の中でどこか遠くから女の子の声が聞こえた。
 
 
 

忘れないで。
 
 

私はいつもあなたと一緒にいるから。
 
 

忘れないで、私の可愛いマナ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

夜なのに、空が青い。
砂浜も、空も、海も全てが光を放っているように見える。
いや、実際光っているようだった。
まるで夢の中にしか存在しないような場所。
ここはどこなの?
マナはきょろきょろと周りを見まわす。
こんなところ私は知らない。


でも…
でも…
どうしてなのかな?
なぜか心が安らぐよ。
マナはほっと息をつく。
どうして?
今まで心に重くのしかかっていた何かがすっかりなくなって…
そう、すごく心が軽くなったような気がする。


あれ?
私、何をそんなに気にしていたのだろう?
どうして、そんなに辛いと思っていたのだろう?
え〜と。
何だっけ?
彼女はその場にちょこんと座りこんで、考え込む。


わかんない。

ま、いいか。
彼女は砂浜に寝転がる。
四肢を大の字に開いて、小さくため息をつき空を見上げる。
星が瞬いている。
でも、その並びは見たこともない。
それに、空自身も真っ暗じゃない。
なんだろ?
この空。
まるで、日が落ちた直後か、昇る直前のような…
ふと、誰かが、砂浜を踏みしめる音が聞こえてくる。
マナは顔をゆっくりと上げて音のした方を見る。
と、砂浜を波打ち際に歩いていく人影が視界に入った。

あれは…
マナは目を凝らして、それが誰なのかを見定めようとした。


あれは…
もしかして…

私?
私なの?
その彼女がゆっくりと砂浜に向かって歩いていく様子を見て、マナは立ちあがる。

「ちょっと…あなた!」

声をかける。
しかし、彼女は振り向かずにゆっくりと歩いていく。
どうして?
どうして、もう一人の私が?
本当にあれはもう一人の私なの?
彼女に追いつくために走り出すマナ。
しかし、なぜか一向に二人の距離は縮まらない。
やがて、彼女は波打ち際までやってきたが、立ち止まらずにゆっくりと海に入っていく。

「ねぇ…止まって…よ。」

なぜかそのマナの声で彼女は立ち止まった。
波が足を洗っている。
そしてゆっくりとマナの方を見る。

「!」

マナは愕然とした。
この子は、私。
でも、私じゃないみたい。
どうして?
何が違うの?

「あなた…は?」

まるで感情を感じさせない声。

「あなたは…私?」

軽く首をかしげる。
しかし、どこか人間味を感じさせない。
まるで操られているようで、自分の意志がないように見える。
彼女の唇がきゅっと吊り上る。
思わず、息を呑むマナ。

「じゃあ、私の心を分けてあげる。」

その言葉と共にマナの心にある感情が押し寄せる。
そのせいで立っていられなくなるマナ。
思わずしゃがみ込み、荒く息をつく。
何?
これは一体何なの?
まるで底の見えない闇を覗いているような。
ものすごく悲しい。
ものすごく辛い。
ものすごく寂しい。
だれか…
お願い。
だれか助けて。
こんな思い。
私は…
耐えられない。
心が壊れそうだよ。
どうして。
こんな…
こんな…

「これがあなたの本当の心。嘘偽らざる真実。」

私は…
私は…
こんな思いを抱いて、生きているの?
こんな悲しい思いと、辛い思いと、寂しい思いを。
どうして?
どうして…
こんなに心が痛むの?
どうして?




「それは、あなたの命があと少しだから。」

その声にマナが顔を上げる。
いつの間にか、彼女が彼女の目の前に立っている。
そして、ゆっくりとしゃがみこむ。

「あなたはあと半年で死んで、この世界から消えてしまうから。」

そして、またきゅっと唇をつり上げる。
マナは顔を伏せた。
胸が痛い。
呼吸が激しい。
何が何だかわからなくなってきた。
混乱する。
私が…
あと半年しか生きられない?
どうして。
もっと生きていたよ。
死にたくないよ。
どうして?

「一つだけ方法がある。」

方法?
何?
教えて。
何でもするから。

「この世界に生きれば良い。そうすれば、何も考えなくて済む。」

この世界に生きる?
どういうこと?
彼女を見上げるマナの瞳から光が薄れ始めた。

「そう、ずっとこの世界に生きつづければ、何も辛くない、悲しくない、寂しくない。」

本当に、ただこの世界にいればいいの?

「ずっと安らかに。」

彼女は手を差し伸べた。

「この手に触れれば、あなたはもう何も気にしなくても良い。」

何も…
気にしなくても良い。
こんな思いを抱かなくてもいいんだ…


ゆっくりとその手に自分の手を差し出すマナ。
その瞳から光は消えていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

この手を握れば…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

もう何も考えなくても良い…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そう、全てを忘れられるんだ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

この思い全てを…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

手に触れそうになった瞬間、マナの心の奥で何か動いた。
それは小さな声だった。
しかし、その声は彼女にとって忘れることのできない声だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

マナ…
ホントにそれでいいの?
あなたの答えはそれなの?
すべて忘れてしまって良いの?
私のこともお父さんのことも、お母さんのことも。
これまで出会った全ての人のことも。
そして…
シンジくんのことも…
忘れてしまって良いの?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

シンジ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

私は…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

私は…
 
 
 
 
 
 
 

私はシンジと一緒にいたい。
 
 
 
 

あの人の傍にいたい。
 
 

ずっと、一緒にいたい。
 

自分のありのままを見て欲しい。

この私を。
それが…
私の一番の望みなんだ。
どんなことがあっても、私は私。
だから…


だから、私はシンジに…
 
 
 
 
 
 
 
 

全てを話さないといけない。
何も、偽ってはいけない。
本当の私を見て欲しいから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

突然の爆発のような光は彼女の意識を奪って、暗闇に追いやった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「こら…起きなさい。」

その声を身体を揺さぶられる感覚。
彼女は目を覚ました。

「なに?何?」

彼女は目をこすりながら、目の前に立っている誰かに視線を向ける。

「あれ?お姉ちゃん。」

彼女の目の前に立っている女の子はあきれたようにため息をつく。

「あれ?じゃあないよ。もう、探したんだから。」

そう告げて手を差し伸べてくる。
彼女は首を傾げながらその手を取って立ちあがる。
かなりの時間眠ってしまったようで、辺りは夕焼けに染まっている。
少し眠そうに欠伸をする彼女。
そして、手を繋いだまま歩き出した姉に声をかける。

「お姉ちゃん、探してくれてたの?」

姉は彼女の方を振り向かないで答える。

「そうよ。」

その口調に彼女は少しだけ首をすぼめて、上目使いで答える。

「ごめんなさい。」

それを聞いて姉はくすくす笑い出す。
そして笑顔を彼女に向ける。

「反省してるならよろしい。」

彼女はその笑顔をみてホッと息をついた。
てってと姉の隣に並ぶ彼女。
夕陽が二人の影を長く伸ばしていた。
繋いだ手のぬくもり。
目の前を長く伸びている2つの影。
小麦色に染まった草原。
そして、彼女は姉に告げた。

「お姉ちゃん。」

「何?」

やさしい笑顔で姉がマナを見つめた。
見なれている笑顔。
これからもずっと見続けられるだろう。
この笑顔は私の心の中にある笑顔だから。

「私、決めたよ。
全部お話することにしたよ。
何も怖がることはないって思えるから。
それが私の選んだ答え。」

「そうね。それが一番マナらしいよ。」

マナの頭をなでて、姉は答えた。

「えへへ。ありがと、お姉ちゃん。」

姉妹は微笑みあった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そう、それが私の選んだ答え。
それが彼を苦しめることになっても…
罰を受けることになっても…
私が自分で選んだ答え。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

シンジは一人で散歩に出ていた。
近くに少し大きな公園があるのを見つけて、その公園内の海が見えるベンチに座っていた。
いろいろ考えることがあった。
マナとは再会してお互いの気持ちを確かめ合ったけど…
でも、なぜマナがここに来たのかの理由を聞いていない。
それを確かめないことには、僕がここにやってきた目的を果たしたことにはならない。
シンジは立ち止まって顔をあげる。
真っ青な空が広がっている。
昨日の夜…
マナはあの時、僕に何かを告げようとしていた。
でも、結局、何もマナは僕に話してくれなかった。
それは…
やはり、それだけ僕の心を痛めることだから…か。

怖い。
ものすごく怖い。
やっと、やっと。
マナに会って、自分の思いを告げられたのに。
彼女の思いを確かめたのに。
それなのに。




知りたくない。
知らないで済むのなら、知らないままでいたい。


でも…
それを選ぶことはできない。
逃げるわけにはいかない。
マナが僕に話すのであれば、それはマナが選んだ答えでもあるのだから。
その思いに僕が答えないわけにはいかない。
これ以上、後悔するのは嫌だから。
だから、受け止めなければならない。
何をマナが告げても…



でも…
本当に僕は受け止められるだろうか?
マナが告げる言葉に耐えられるだろうか?
大きなため息をついて、シンジは空を見上げた。
空はどこまでも高く、青く澄みきっていた。
 
 
 
 
 
 

「はぁ、そう言えばまだ泳いでなかったっけ?」

シンジはそう首を傾げながら二人を振りかえる。
三人とも水着姿だった。
シンジとマナの水着は近くのお店で売っていたものだった。
シンジはグレーのトランクスで、
アスカはセパレートのビキニタイプ
マナはワンピースだった。

「私もまだこっちで泳いだことないの。」

マナのその言葉にアスカは意外そうに彼女を見る。

「あれ?そうなの?」

「うん。何かいろいろあって。」

その言葉にアスカは頷くと右手にシンジ、左手にマナの手を握り、
いきなり波打ち際に駆け出す。
慌ててアスカについて駆け出す二人。
波打ち際まで来たが、アスカは止まらずにそのままに海に入って行く。
シンジ、マナも手を引っ張られながら彼女について行く。
そして遂に足がもつれて海に倒れるアスカ。
もちろん、シンジとマナも道連れだ。

「うわ〜!!」

「きゃ〜!!」

大きな水飛沫を上げて三人は海に倒れてしまう。

「もう、何コケてるんだよ〜!」

シンジは起きあがって、アスカにそう文句を言う。
その言葉にアスカは頬を膨らませる。

「何〜、シンジにくせに生意気よ〜。」

そう答えてシンジの顔に水をかけるアスカ。
顔面にまともに海水をかけられ、むせるシンジ。

「う、うわっ、飲んじゃったじゃないか〜。」

そこに笑顔のマナが加わってシンジに水をかける。

「ほら、シンジ行くわよ〜。」

「二人がかりとは卑怯だぞ〜。」

シンジは踵を返して逃げ出した。
それを追いかけるアスカとマナ。

「こら〜待て〜!」

シンジは二人の方を向いてにやりと笑う。

「待てと言われて待つ人なんていないよ〜。」

「なに〜!」

しばらく鬼ごっこを続ける三人。
しかし、さすがに海の中だけあって、三人ともすぐにバテてしまう。
荒い息をつきながら、ビーチパラソルが立ててある場所に帰ってくる。

「く〜。運動不足だな。」

シンジはタオルで顔をぬぐいながら言った。

「まったく、その通りよね。」

アスカもシートに座って大きくため息をつく。

「アスカって、ドイツでは何かスポーツやってなかったの?」

焼けないようにタオルを体にかけてからマナはそう訊ねた。

「ま、いろいろあってね。」

「ふうん。」

三人で並んで座って、海を見つめる。
まだ時間が早いせいかビーチに人影は少なかった。

「はぁ…ちょっと疲れちゃったけど、面白かった。」

マナは満足げにため息をついてそう呟く。

「何か、飲み物買ってこようか?」

シンジが二人にそう告げる。
二人から欲しいものを聞いてシンジがちょっと離れたところにある売店へ歩いていく。
その後姿を見つめながら、マナはアスカに話しかける。

「ねぇ、アスカ。」

アスカはその長い髪をまとめながらマナの方を見る。
小さく息をついてマナは笑顔でアスカに告げた。

「私、やっぱり話すことにしたの。」

その表情を見てアスカはにっこり微笑んで頷いた。

「そう…」

「うん。それが私が選んだ答え。」

アスカはもう一度大きく頷いて見せる。
マナの選んだ答えを素直に受け入れる。
本人が選んだ答えをとやかく言うつもりはなかったから。
それにマナの真っ赤になった瞳がどれだけ悩んだかを示していたから。

「そうね…と、そうなると後はシンジ…か。」

そのアスカに言葉にマナはなんとか笑顔と呼べるものを浮かべて答える。
やはり、不安であることは確かなようだった。

「辛いと思うけど、でも、シンジは受け入れてくれると思う。」

海から吹き寄せた風がマナの頬を撫でていく。
強く潮の匂いを感じる二人。

「そうね、今のシンジなら…」

そう答えるアスカ。
しかし、内心は不安で一杯だった。
姉の次は妹。
それも自分の一番大切に思っている人。
シンジは…
耐えられるのかな?
その事実に。
またしても自分にかかわる人を失ってしまうことに。
もしかすると、また…
 
 
 
 
 

「はぁ〜。極楽極楽。」

シンジは大きなゴムボートに掴まりながら漂っていた。
波打ち際から50M程離れた辺りに、消波のための防波堤があるので、
その中の波は比較的穏やかだった。
しかも太陽の陽射しのせいか、海水が温かいような気がする。
アスカとマナは二人でイルカの浮き輪につかまって波乗りして遊んでいる。

「何か、気が抜けちゃうな。」

そう呟くとシンジはうとうとし始めた。
しばらくシンジから、離れて遊んでいたアスカとマナだったが、
シンジの様子を見て、ひそひそと何かを話し合う。
ちょうど、シンジは打ち寄せる波に向かって背中を見せていたので、
アスカとマナが背後から迫ってくる事に気づかなかった。
そして二人の乗ったイルカはシンジの背中を直撃する。

「ぐはぁ!!」

「こら、シンジ!何たそがれてるのよ!」

「そうよ〜私達放っておいて〜。」

「ぶくぶく。」

何も言い返さずに底に沈んで行くシンジ。
泡が昇ってくる。

「へ?」

アスカはあっけに取られて水面を見つめる。

「がぼがぼ。」

「ちょ、ちょっと。」

そして泡も出なくなった。

「し、シンジ?ちょ、ちょっと。」

慌てる二人の背後にシンジが浮上する。
そしていきなり浮き輪をひっくり返す。

「きゃ〜!」

悲鳴を上げ、頭から海に落ちる二人。

「ははは、反撃成功!」

そして、ぬっと水面から顔を出す二人。
ジト目でシンジを睨む。
その視線でシンジの笑みが凍る。

「い、いや、そ、そんなに怒らなくても。」

す〜っと近づいてくる二人。
そしてアスカが左足、マナが右足を掴んでシンジをひっくり返す。
ひっくり返ったシンジの背中を押さえて海に沈める二人。

「ほら〜、反省なさい〜」

「そうよ、私達にこんなことするなんて〜」

二人とも目がマジだ。

「が、だばごぼ、で、ぶぶぶが…

と、じたばたもがいていたシンジが急に動きをやめる。

「ふん。もう騙されないわよ。ほら、いい加減にしなさい!」

しかし、シンジはぷか〜と浮いたまま流されて行く。

「ちょ、ちょっとアスカ。これってまずくない。」

「え、で、でも。」

二人がうろたえている間にシンジはさらに流されて行く。
それを見て顔を見合わせる二人。

「まずい、本当に溺れちゃった!」

慌ててシンジに駆け寄る二人。
そして、身体を起こそうとした時に、いきなり立ちあがるシンジ。

「うが〜!!」

驚いて二人はまた海の中に倒れる。
シンジは荒く息をつきながら、満面の笑みを浮かべる。

「はぁ、はぁ…ちょっと苦しかったけど、効果絶大って感じかな?」

「もう、一度ならずニ度までも〜!!」

そう叫んで、シンジを捕まえようとするアスカ。
しかし、その手をひょいっと避けてまた走り出すシンジ。

「こら〜。また逃げるか〜!」

「だって、アスカ、すごい顔してるよ〜」

「こんちくしょ〜!!誰のせいだ〜!」

「さぁね〜僕は知りません〜」

またしても鬼ごっこモードの二人を見てマナは笑顔を浮かべてため息をつく。

「はぁ…ホントに二人共元気ねぇ。」
 
 
 
 
 

またしても体力を使い果たし、海から上がるシンジとアスカ。
シンジはシートの上に置いてあったTシャツを着て、
大きくため息をつきながら空を見上げる。
視界に入った空では雲がゆっくりと流れていた。

「はぁ、なんでこんなにはしゃいでるんだろう?」

アスカもため息をついてシンジの隣に座る。
そしてバスタオルを手に取る。

「そんなの知らないわよ。アンタが逃げるのが悪いんでしょ?」

マナがゆっくりと砂浜をこちらに歩いてくる。
それを見たアスカがシンジの脇を肘でつつく。

「ところでいいの?私ばかりかまってて、マナを放っておいて。」

シンジは少しうろたえた表情を浮かべる。

「え?べ、別にマナを放っているわけじゃないよ。」

その答えにアスカはにやりと微笑む。
そして、いきなり水着のブラをはずしてシンジに背中を見せる。
シンジは慌ててアスカから視線を逸らす。

「え?な、なにアスカ?どうしたの?」

笑いそうになるのをこらえてアスカはシンジに言った。

「オイル塗って。」

そして、アスカは背中に掛かっている髪を払う。
シンジは言われたことは理解したが、どうしようかとうろたえる。

「え…で、でも。ほ、ほら、でも…僕は…」

二人の元に来たマナがやはりTシャツを身に着けて、
両手を腰にあてて、シンジを睨む。

「シンジ〜。何やってるの?」

「え?何って、い、いや別に何も。」

マナの方を見てシンジはしどろもどろに答える。

「あれ〜。シンジがオイル塗ってくれるって言ったくせにぃ。」

アスカがここぞとばかり、そんなことをマナに言う。
その言葉を聞いたマナの表情が変わる。

「ふうん。そうだったの、良いわよ私は別に。(にっこりと微笑むマナ)」

「ほら、シンジぃ、早くぅ。」

アスカが甘い声でシンジに告げる。
シンジはおろおろと二人を交互に見る。
そんなシンジを見て業を煮やしたのか、マナがアスカににっこりと微笑みかける。

「ねぇ、アスカ。悪いけど、ちょっとシンジ借りるね。」

「どうぞ、お好きなだけ〜」

それを聞き、マナはいきなりシンジの耳を掴んで、立たせる。
シンジは痛みに表情を歪めてそのままマナに引っ張られて行く。
アスカはその二人の後姿を見て、ぺろりと舌を出した。

「シンジ、頑張ってマナに言い訳しなさい。」

そして小さく微笑みため息をつく。

「ま、せめてこれぐらいの仕返しはさせてもらわないとね。」
 
 
 
 
 
 

二人は波打ち際に面したベンチに座っていた。
しかし、マナはシンジに背中を向けたまますねているようだった。
シンジはそんなマナの背中を見てどうしようか考えていたが、
とりあえず、声をかけてみる。

「ねぇ、マナ。さっきのことなんだけど。」

「…」

返事はない。
しかし、シンジは話を続けることにした。

「僕からは、そんなこと言ってなくて、
あの、何か、急にアスカが…そのオイル塗って欲しいって…」

しどろもどろに説明するシンジ。
マナはずっとシンジから背を向けていたが、実は笑いをこらえるのに必死だった。

「だからね、別に、ぼ、僕が自分から、そう言ったわけじゃなくて…」

シンジは気づかずに説明を続ける。
ところが、マナが背中を小さく震わせているのを見て、話をやめる。

「…マナ?」

そして、シンジはマナの顔を覗きこもうとする。

「マナ…もしかして…笑ってない?」

その言葉に必死に首を振るマナ。
しかし、笑いは止まらない。
遂に声を漏らしてしまう。
そうなるともう我慢できないようで、大爆笑になってしまう。
そんなマナを見て、ため息をつくシンジ。

「もしかして二人で、僕をハメたの?」

マナはまだ笑いつづけながら、それでも必死に首を振る。

「だって、今のシンジってばすごく必死なんだもの。
何かおかしくなってきちゃって。」

そのマナの返事に少し怒ったような口調でシンジは答える。

「はぁ、必死に謝って損したよ。」

そのシンジの言葉ににゅっと顔を近づけるマナ、
慌てて顔を離そうとするシンジににっこりと微笑む。

「でも、嬉しかった。」

「へ?」

「だって…ちゃんと私のこと気にしてくれてるんだって。」

シンジは少し頬を赤くしながら答える。

「まぁ、そりゃ…ね。」

マナはそんなシンジの頬に軽くキスをする。

「え?」

そしてベンチから立ちあがり、シンジに手を伸ばす。

「さぁ、戻りましょ。アスカも待ってるだろうし。」

二人は手を繋いで来た道を戻り始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

夕方、アスカの部屋。
その部屋にはマナとアスカの二人だけがいた。
アスカはベッドに座り、傾いた太陽を見つめていた。
その陽射しで部屋中がオレンジに染まっていた。
ドアの前に立ったマナはじっとアスカの背中を見ていた。

「行くの?」

アスカはそれだけ呟いた。
その問いにマナはゆっくりと頷く。
少し表情が硬い。
それもそうだろう。
今から、自分の一番好きな人に一番辛い告白をするのだから。
アスカは振りかえってマナを勇気付けようとにっこり微笑んで見せる。
でも、自分でもいつも通りに笑えているか自信がなかった。

「…頑張って。」

マナは無言で頷く。
そして、部屋を出て行こうとする。
アスカは、一瞬その背中に声をかけようとする。
その気配を察したのか、マナが振り向いてアスカを見る。
アスカは小さく首を振ると笑顔でこう告げた。
その笑顔はいつもアスカが浮かべている笑顔だった。

「行ってらっしゃい。」

その言葉にマナは思わず笑みを浮かべて頷く。
そして、振り向いて部屋から出ていった。
そのドアをじっとアスカは見つめ続ける。
私には止める事が出来ない。
彼女が自身で考えて出した決心だから。
だから、私に何も出来る事はない。
見ているだけしか…

「悲劇…か。」

それだけを呟き、先ほどよりも傾いた太陽に視線を向けた。
 
 
 
 
 
 
 

もうすぐ日が沈もうとした時間にシンジとマナの二人はビーチに出ていた。
少しづつ空がオレンジに染まっていく中、ゆっくりと砂浜を並んで歩く。
打ち寄せる波はその二人に触れることはできなかった。
二組の足跡がずっと続いていく。

「もうすぐ日が沈むね。」

シンジの方を見て、にっこりと微笑むマナ。
その笑顔につられてシンジも笑顔になる。

「夕陽か…」

そして、シンジは以前の出来事を思い出していた。
あの時も、夕陽だった。
マナが僕の前からいなくなってしまおうとしたあの時も。
その時の理由を僕はまだ聞いていない。
マナも同じことを考えていたのか、
少し憂いを秘めたような表情で傾いた太陽を見つめている。
椰子の木々が風に揺れる。
肌に触れる風はまだ冷たく感じない。

「寒くない?」

なのに、何故かそう訊ねてしまった。
そのシンジの問いにマナは首を横に振り、その代わりとばかりにシンジの手を取る。
シンジは少しだけ驚いたが、マナの浮かべている笑顔に自分も笑顔で答えた。
そのまま、二人は砂浜をゆっくりと歩いていく。

「…ずっと遠くには日本があるんだね…」

ふとシンジがそう呟く。
マナはシンジの顔をふと見上げてから、視線を海に向ける。

「そうね…ずっと、ずっと遠くに日本が…あるのよね。」

なんとなく黙って二人は海を見つめた。
マナが小さな声で呟く。

「何か、懐かしい。」

首をかしげるシンジ。

「何が?」

「ほら、まだ夏休み入る前に二人で海に行ったでしょ?
今、ふとその時のこと思い出しちゃって。」

どこから遠くを見つめる視線でマナはそう告げた。

「そうか…あれからまだ半年も経っていないのにね。
何か、すごく昔のような気がする。」

半年と言う言葉にマナはぴくりと体を震わせた。
しかし、シンジは海に視線を向けていたため、それを見逃していた。
半年。
そう…半年後には…
それまでに、どれくらいの思い出を作れるだろう。
シンジとどれだけ一緒にいられるだろう?
私は…
いつまで…
この人を…
見ていられるのだろう?
シンジがマナの方を向いて、首を傾げてみせる。
どうやらずっと見つめられていることを不思議に思ったらしい。
なんでもないとマナは首を振って、笑顔を浮かべる。
少しだけぎこちない笑みだった。
シンジは不思議に思いながらも、それを訊ねることはしなかった。
そう、それが何を意味しているのかは気づいていたから。
まだ、シンジはそのことを聞く勇気を持てないでいた。
繋いでいる手のぬくもりを感じ、肌に触れていく風を感じて。
二人は立っていた。
 
 
 
 
 

ねぇ、シンジ。
ごめんね。
私があなたの元に現れなければ、こんなにシンジは苦しむことなかった。
たぶん、アスカさんと一緒に幸せでいられたでしょう。
でも、私ははそれを選んでしまった。
あなたに会うことを。
そして、全部あなたに思い出してもらうことを。
最初はもっと簡単なことだと思っていた。
もっと、二人にとっては良い事だって思ってた。
でも。
そんなことなかったよね。
二人にとっては辛いことばかりで。
シンジをすごく苦しめたよね。


でも。
それでもね。
私は後悔していないよ。
自分のしたことに後悔はないよ。


だから、私はあなたに全部話します。
たぶん、これを話さなければ、いままでの二人の事を全て否定するような気がするから。
全部のこと、後悔してしまうから。


だから…
話します。
私の命の期限のことを。
あなたに…
 
 
 
 
 

二人はベンチに座っていた。
それは昼間、シンジがマナに言い訳をしていた時に座っていたベンチだった。
そこからは沈んで行く夕陽が良く見える。
少しづつその位置を低くして行く太陽。
二人は手を繋いで、マナはシンジにより沿ってその肩に頭を乗せている。
そして、お互いに黙ったまま沈んで行く夕陽を見つめていた。
頬を撫でてゆく風。
打ち寄せる波の音。
潮の匂い。
それらを感じながら、二人は座っていた。

「陽が沈むね。」

ふと、シンジがそう小さく呟く。
その言葉通り、太陽はその姿を水平線に沈めていく。
そして、マナ顔を上げてゆっくりとシンジを見る。
シンジ…
ごめんなさい。
でも、これが私の望みだから。
あなたには悲しみだけしかあげられないけど。
それでも…私は…それを…
シンジはマナの視線を感じてその顔を見つめる。
その表情を見て、シンジの脳裏に何かがひらめく。
これは…

「ねぇ…シンジ。」

その口調にシンジはぎょっとしてマナを見る。
まるで…あの時見た…
少しづつ弱くなって行く陽射しにマナの身体が霞んでいきそうに見えた。
慌ててシンジは瞬きをする。
しかし、瞬きした後も、マナはそこにいた。
ほっと小さく息をつくシンジ。
まるで、マナが消えてしまうのではないかと、シンジはふいにそう思った。
マナは視線を伏せて囁くように告げた。

「ごめんね。ずっと言わないといけないって思っていたことが…あるの…」

シンジはその言葉に息を呑んでマナを見つめる。
そう…
遂にこの時が来たのか。
僕も聞かないといけないと思っていた。
でも、それを聞く勇気がなかった。
加古さんに声をかけられた時も、
結婚式のモデルが終わった昨日の夜の海岸でも…
聞かなければいけないと思いつつも、それを聞く勇気がなかった…
さっきもそうだった…
だって…
もし、それが僕の想像通りなら…
なぜマナが僕から離れようとしたのか…
その理由は余りに…
余りに僕が耐えられるものではなさそうだから。
それを確かめて平気でいる自信は今の僕にはまったくない。
逃げては駄目なのはわかっている。
でも…
それでも…
シンジは息を呑んでマナの次の言葉を待った。
まるで世界が音を失ったようだ。
何も聞こえない。
そして、マナは告げた。
小さく息をつき、自分の命に関わるその言葉を。

「私はあと半年しか生きることができません。」

半年…しか…生きられない。
その言葉がゆっくりとシンジの心に染み込んでいく。
覚悟をしていたつもりだった。
もしかすると、その理由はマナの命に関わることかもしれないと。
そうでなければ、マナがあんなことするはずはないと。
その予想は当たっていた。
でも、全然嬉しくない。
外れて欲しかった。

そう、確かに覚悟はしていた。

でも、それでも…
この言葉は…
とても…
とても、辛くて。
僕の心を砕きそうなほどに。
まるで凍るほどの手で心を鷲づかみにされたように。
痛くて…



マナはあと半年で…


死…んで…


この世界から…


いなくなってしまう…


シンジは小さく身震いした。
どうして?
まずシンジが最初に感じたのは純粋な疑問だった。
何故そうなってしまったのか?
今、僕の目の前にいるマナは、とても半年で消えてしまうようには見えない。
まだ、彼女の命は輝いて、先ほど沈んだ太陽のようにその光を弱めようとしているとは思えない。
それなのに、何故?

「本当…なの?」

口をついて出たのはその言葉だけだった。
本当はもっと言葉にしたかった。
でも、告げられた言葉はそれだけだった。
なぜ、後半年しか生きられないの?
どうして?
今はこんなに普通じゃないか?
昨日だって全然普通だったじゃないか?
今日だって、一緒にはしゃいで、元気だったじゃないか?
いつも通りだったじゃないか?
それなのに…
あと半年だなんて…
半年しか生きられないって…
どうして?
どうしてなのさ?
やはり、信じられない。
心のある部分はそれを受け入れているのに、
他の部分ではそれは否定している。
心の葛藤を感じながら、シンジはじっとマナの表情を見つめた。
その表情は穏やかで、でもそれ以外は何の感情も感じさせなかった。
そして、今度は違う疑問がシンジを襲った。
それは余りに落ち着いたマナの表情。
どうして?
そんなに平気でいられるの?
まるで普段と同じように…
あと半年なんだよ?
それなのに…
どうして、そんなに普通でいられるの?
その思いをシンジは口にした。

「わかんないよ…どうして…どうして、そんなに平気でいられるの?」

シンジはマナにそう告げた。
しかし、その言葉にもマナの表情は変わらなかった。

「半年だよ…あと半年で…なのに…どうして?」

マナは一度視線を逸らして、そしてすぐにシンジに視線を戻す。
いつもの笑顔を浮かべて見せるマナ。
それはシンジがいつも見ている笑顔。
無理に浮かべているわけでもなく、良く知っているシンジの好きな笑顔。
最後の夕陽の残光がマナの瞳に写ってきらりと輝く。
それは涙だったのだろうか。
シンジにはわからなかった。

「そうね…たぶん、もっと困った顔をしないといけないのだろうけど。」

笑顔を苦笑に変えてマナは告げた。
あまりに自然な表情に彼女が無理をして演じているようには見えなかった。
しかし、今度はシンジは心の奥底でほんの少しの違和感を感じた。

「何か、妙に納得しちゃって。」

「どうしてなの?」

シンジは首を振って訊ねる。
首をかしげて見せて、マナは答える。

「どうしてかな?あぁ、そうなんだって…」

マナの指は頬を伝って流れているシンジの涙に触れる。
そうされるまで、シンジは自分が泣いていることに気づかなかった。

「ごめんね。
本当はあなたに会いに来なければ良かった。
そうすれば、あなたは何も知らないままでいられたのに。
でも、私はそれを望んでしまった。
全部、私の我侭なの。
だから、何を言われても受け入れるよ。」

シンジはマナをじっとみつめる。
会わなければ…か。
そうだね、二人が会っていなければ、こんな悲劇は起こらなかったかもしれない。
でも…
この結果がわかっていてもたぶん…

「そんなことない。
僕達の再会が間違いだったなんて思わない。
そのおかげで、僕は自分を取り戻したのだから。
だから、そんな悲しいこと言わないで。
間違ってもないし、君の我侭でもない。
もしそうだとしたら、それは僕の我侭でもあるんだから。」

そう、これは僕の我侭でもあるのだから。
もう一度同じ機会があっても、僕の答えは同じだから。
海と空を真っ赤に染めていた太陽はすでに全て沈み辺りは暗闇に覆われ始めていた。
かろうじて空が濃い青色に輝いている。
先ほどまでそよいでいた風が少し冷たくなった気がする。
シンジをじっと見つめていたマナが小さく首を振る。

「そう…私もそうは思いたくはない…から…」

マナはそこまで告げてもう一度にっこりと微笑んだ。
その笑みを見てシンジは気づいた。
今浮かべている笑みが本当のマナの思いなのではないかと。
その少し寂しげで儚げな笑いが、本当のマナの思いではないかと。
やはり、マナは本当の自分の思いを隠していたのだと。

「再会したことは…後悔…していない…から…」

マナの瞳が潤み、一筋の涙がこぼれる。
うつむき、小さく首を振って、マナは囁く。

「どうしてなのかな?泣かないつもりだったのに…」

それだけ言って、マナはシンジの胸に飛び込んだ。
そして、囁くように告げた。

「せめて…残りの時間はずっとそばにいさせて欲しい。
普通の女の子としてあなたに扱って欲しい。」

顔を上げてシンジを見つめるマナ。
シンジはその瞳を綺麗だと思った。
今まで見たマナの瞳の中で一番美しいと思った。
歩道上の水銀灯が瞬き、その輝きがマナの瞳をさらに輝かせる。

「私が…この世界から…消えるまで…」

マナを普通の女の子と同じに…
そんなこと今の僕にできるのだろうか?
自信がない。
だって、身体だって、弱ってるだろうし。
それに…
心の奥で何か引っかかっているものを感じるシンジ。
しかし、すぐにはそれが何か分りそうも無かった。
何だろう?

「駄目…?」

じっとシンジを見つめるマナの瞳。
シンジはとりあえず、その考えを振り払った。
どうすればいい?



どうなんだ?
シンジ。
お前はマナの気持ちに答えることができるのか?
彼女が望んでいることに答えてあげられるのか?
その答えは…僕の心の中にあるのか?
彼女の残りの命を全て受けとめられるのか?
どうなんだ?
シンジ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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ver.-1.00 2000/11/27公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき

どもTIMEです。
お待たせしましたTime-Capsule第43話「明かされた真実」です。
いや〜、ホントにお待たせしてしまいました。

いろいろ迷った挙句、かなりのボリュームになってしまいました。
展開的に少しムリ(問題?)があるような気がしますが、
今の私にはこれで一杯一杯ということでご了承を。

遂にマナが自分の命の期限の話をしました。
そして、シンジのそばにいたいと告げました。
それを聞いたシンジはどう答えるのでしょうか?
心に引っかかるものとは一体何でしょうか?

さて、いよいよ、この連載も終盤に差し掛かってきました。
早いもので今年の12月が来れば連載3年目に突入ですが、
予定では52話で終了となります。
#気がつけばあと9話しか残っていない…
残り9話を半年程度で公開する予定なので、最後までお付き合いの程を。
#しかし、この作者の予定ほどあてにならないものはないという話も…

次回は告白したマナに対するシンジの答えを書いていきます。
マナの思いを受け入れるのか、それとも…

では次回TimeCapsule第44話でお会いしましょう。





 TIMEさんの『Time Capsule』第43話、公開です。






 みんなで祈りましょう〜
 マナちゃんのために。


 祈ってどうにかなるんもでもないけど、
 そのくらいしておきたいような。



 つらくてもなんでも
 いつかきっとどうにかなると−−いいなぁ

 応えてくれるといいなぁ


 って、


 シンジはどうするんでしょう・・・


 どうにかなるのかなぁ



 次回はどうなるのか不安と期待。





 さあ、訪問者のみなさん。
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