ふとマナはそんなことをシンジに告げた。
ここはあるホテルの一室。
二人は準備のためにこのホテルにやって来ていた。
ラナイに出て、そこに置かれていた椅子に座ってマナは海を見ていた。
そして、先ほどの言葉をラナイに出てきたシンジに告げたのだった。
シンジは両手にオレンジジュースが注がれたコップを持っていた。
それをテーブルに置いて、マナに向き合うように椅子に座る。
「さぁ、聞いていないけど…」
「やっぱり、赤がいいな〜。」
マナはそう言った。
海から風が吹いてくる。
朝早い時間の風は少し寒気を感じるほどだった。
「赤…か。白のヴァージンロードなんてあるの?」
「あるみたいよ。ハワイの教会式では半々みたいね。」
「そうなんだ…でもどうして赤なの?」
マナはちっちと指を振って見せる。
「そんなの赤に決まってるじゃない。それ以外の色なんて認めません。」
「はぁ…そうですか…」
シンジはそう答えて、オレンジジュースを一口飲むと、視線を海に向ける。
「海がすごく青いね…日本とは全然違う…」
その言葉に呟くように答えを返すマナ。
「そうね…でも、沖縄の海もすごく綺麗だったよ。」
シンジは少し驚いた表情でマナを見る。
「沖縄行ったことあるんだ。」
「うん。学校の修学旅行で…」
その答えにシンジは軽くうなずいた。
そうだよね…
僕が知らないマナの時間もあるんだよね。
マナが知らない僕の時間があるように…
当たり前のことなのにね…
その時のマナは僕が知らないマナ…なんだよね。
…
…
…
そして、シンジはあることに思い当たる。
…でも。
何か普通に話してるね僕達。
お互いの思いを確認したのに。
少しは変わるかなって思ったけれど。
以前の二人に戻って何も変わっていない感じ。
じっと、シンジはマナの横顔を見つめる。
そうだよね…
僕達は…
…
…
マナがシンジの視線を感じ、はにかみながらシンジを見つめ返す?
「何?どうしたの?」
「ううん…なんでもないよ…」
そう、なんでもない…
ただ、たまらなく嬉しいだけ。
こうして、また君と一緒にいることができるから。
また君の笑顔を見ることができるから。
そして…
君をずっと好きでなままでいられるから。
Time Capsule
TIME/2000
第42話
「今日のこと忘れないから」
「それじゃあ、カチューシャ付けますよ。」
着替えを手伝ってくれる付き添いの女性に従いながら、私は着替えを進めていた。
先ほどからずっと私はあることを考えていた。
それが重く胸をふさぐ感じ。
告げなければいけない大切なこと。
シンジには告げなければならないこと。
まだ告げていない。
話さなければならない。
このまま、シンジに隠しておくわけにはいかない。
なるべく早いほうが良い。
でも、こんな時に話せるだろうか?
結婚式の撮影モデルなんてことをしている時に…
そこまで考えて、ふとあることが思い浮かび、私は息を呑んだ。
…
そう…
そうなんだ…
これはあくまで撮影モデルとしての結婚式だけど…
本当の結婚式は…
シンジと私の結婚式は、これが最初で最後になるんだ…
何年か後に…
こうしてウェディングドレスを着てシンジの隣に立っているのは…
一体誰なのだろう?
…
…
…
胸が…
…
…
痛い…
…
…
…
少しだけ表情を歪めたことに気がついたのか女性が声をかけてきた。
「どうしたの?パルセットがきつい?」
私はその問いに慌てて首を振ってなんとか笑みを作った。
「いいえ、大丈夫です。」
ぎこちない笑みを、緊張しているせいだと受け取ってその女性はにっこり微笑む。
「大丈夫よ。教会でもスタッフが全部仕切ってくれるから。その通りにすれば。」
「はい…」
私はとりあえずそう答えて、小さく息をつく。
駄目。
これ以上、そのことを考えるのはやめよう。
これが終わってから。
それからシンジに話そう。
なるべく早く。
だって、新婦役の私が暗い表情浮かべていたら駄目じゃない。
だから、できるだけそのことは考えないで…
式が終わるまでは、いつもの私で…
ちらりと視線を上げ目の前の鏡を覗きこむ。
そこには絹の光沢を放つウェディングドレスに身を包んだ自分が写っていた。
何か、自分じゃないみたい…
小さく息をついて、まじまじと鏡に映っている自分の姿を見つめる。
…
…
それに…
モデルだけど、シンジと結婚式あげるなんて…
…
…
…
すごく嬉しい…
…
やだ…
また胸が…
…
…
…
でも、さっきの感じとはちょっと違う。
すっごくどきどきしてるよ。
…
…
…
そうだよね…
シンジと私の式なんだから。
それが撮影モデルであっても二人の結婚式なんだから。
「さぁ、準備終わりましたよ。」
準備のお手伝いをしてくれている女性がそう言った。
私は伏せていた顔を上げて鏡を見る。
さすがに6時間もかけて選んだだけあって身につけているドレスはかなり気に入っている。
真っ白ではなく、絹のような光沢を放つドレス。その光り方がすごく気に入っていた。
デザインもどちらかと言えば可愛いといった感じで、ブーケは小さなピンクの薔薇だった。
それに合わせて、カチューシャも作られている。
あまり派手ではないけど、私にはこれぐらいが一番良いと思う。
昨日付き合ってくれたシンジも気に入ってたようだし。
「可愛いって感じで素敵ね。」
「そうですか?」
「うん。やはりあなたみたいな歳の子にはこのデザインは似合うわね。」
私が準備する様子を見ていた女性がそう告げる。
なんでも、ドレスのデザインをしてる先生だそうだ。
今回のことを聞きつけて様子を見に来たらしい。
私はモデルとしては合格したらしい。
初対面からいろいろ優しく接してくれて、ドレス選びにも最後まで付き合ってくれていた。
「さて、新郎さんの方はどうなってるかな?」
彼女のその言葉に合わせるようにドアがノックされた。
そして、ドアの向こうから現れたのは、薄いブルーグレーのフロックコートっぽいスーツを着たシンジだった。
「準備できてますよ。」
私は恥ずかしいと感じながらシンジに訊ねた。
「どう?」
シンジはほうけたように私を見つめる。
どうしたんだろ?
私は少し不安になってしまった。
何か変なのかな?
しばらく私を見つめた後シンジはぽつりつぶやいた。
「…うん…いいよ。」
すごく恥ずかしい。
けど、すごく嬉しい。
もしかしてシンジってば見とれていたのかな?
そして私は新ためてシンジを見つめる。
グレーのフロックコート調のスーツ。
シャツもちょっと変わった感じのドレスシャツだった。
そして蝶ネクタイ。
これでシルクハットとかかぶればどこかの貴族さんみたいだね。
「シンジも似合ってるよ。」
その私の言葉にシンジは少し照れたようにはにかむ。
「なんか準備だけで疲れちゃった。」
私はそうシンジに告げて、ふうとため息を吐く。
だって、準備だけで1時間以上かかってるし。
疲れちゃうよね。
シンジは私の元に歩み寄りながらこう告げた。
「僕もだよ。どうしてこう色々と準備しないといけないんだろうね。」
シンジがまじまじと私の顔を見つめる。
何か恥ずかしい。
どうもいつもと感じが違うような気がする。
でも、シンジの瞳はいつものようにやさしい。
だから、私は安心できた。
シンジににっこり微笑みかけると、シンジも微笑んでくれた。
と、いきなりフラッシュがたかれる。
カメラマンの男性が笑いかけてくる。
確か名前は…加古さんとか言ったはず。
「うん。似合ってるぞ。俺のイメージ通りだ。」
「もう、撮り始めるんですか?」
シンジは不思議そうに加古さんに話し掛ける。
加古さんは頷いて答える。
「まぁ、式だけ撮ればいいってものじゃないしな。」
「それはわかる気はしますが…」
ドアがノックされ一人の男性が顔を出す。
「お車の準備が出来ましたが。」
その言葉に加古さんがうなづく。
「じゃ、行こうか?」
シンジは私に向かって首をかしげてみせる。
私は頷いて立ちあがる。
ふと思い立って私はシンジの腕を取った。
少し驚いた表情を浮かべるシンジだが、付き添いの女性がにこにこ微笑みながら告げた。
「そう、男性がリードしてくださいね。」
「なかなか様になってるぞ。」
フラッシュをたき何枚か写真を撮りながらカメラマンは部屋から出ていく。
「なんか、大変だね。」
ちらりと私をみてシンジは囁いた。
私はその言葉にくすりと微笑み、シンジの耳元に囁き返した。
「いいじゃない。今日だけは主役よ。」
「ま、それもそうなんだけど…」
私達は腕を組み部屋から出て廊下を歩いていく。
突き当たりのエレベータホールでエレベータを待つためにそのまま並んで立った。
なにげなくシンジを見て、私は満面の笑みを浮かべた。
その様子に気づきシンジが私を見た。
「どうしたの?」
ベールやカチューシャに気を使いながら私は小さく首を振って答える。
「ううん。なんでもない。」
そう答えながらもまだ笑顔の私を見てシンジは軽く肩をすくめて、視線をエレベータの回数表示に向ける。
その横顔を私は見つめる。
何故か、妙に嬉しくなっちゃった。
本当の結婚式じゃないのにね。
すごくどきどきしてきたよ。
シンジはそんなことないのかな?
見た感じいつもと同じっぽくみえるけど。
でも、少しだけそわそわしてる感じ…かな?
「そうか、階段だねぇ。」
シンジはロビーから1階におりるエスカレータと階段を交互に見てそう答えた。
「ほら、ここは男性がリードしないと。」
カメラを構えながら加古さんはそうシンジに告げた。
苦笑を浮かべ私に手を差し出すシンジ。
「ありがと。」
私はにっこり微笑んでシンジの手を取るとゆっくりと階段を降り始めた。
やっぱりドレスのせいで足元がまったく見えない。
ゆっくりと階段を確認しながら降りていく。
階段の隣のエスカレータに乗った人達がもの珍しげに私達を見ていく。
シンジは照れくさそうに私を見る。
「何か、すごく目立ってない?」
私もシンジを見る。
気のせいか少しだけシンジの頬が赤い気がする。
私も頬が熱くなるのを感じながら答える。
「だって、こんな格好してちゃ…」
今から結婚式です。っていう格好だもの、仕方ないけど…
でも、恥ずかしいよ…
どうもシンジも同感だったらしく、小さくこう答えた。
「そうもそうだけど…やっぱり恥ずかしいね。」
階段を降りて、ホテルの正面玄関の方に向かう。
私達に付き添うのは加古さん一人だけだった。
私の着替えに付き添った女性とデザイナー、ホテルの担当者は入り口で二人を見送る。
そういえば、着替えを手伝ってくれた女性の名前聞いてなかった…
でも、また後で会えるよね…
私は二人ににっこり微笑みVサインを出す。
二人とも笑ってVサインを返してくれる。
そして、ホテルの正面玄関にはリムジンが横付けされていた。
「さて、これで教会まで移動だ。」
「はぁ〜。」
感心してため息をつくシンジ。
と、車道を通りかかったオープンカーの観光客らしき女性から二人に声が掛かる。
「おめでと〜。」
その女性は私達に手を振りながら行ってしまった。
思わず、私達は顔を見合わせる。
「おめでとうか。」
「そりゃ、他の人達から見ればそうでしょうね。」
そう答えながら、マナは以前見たウェディングドレスでホテルから出てきた女性を見た時のことを思い出した。
まさか、こんなに早く同じ事するなんてね…
そしてシンジを見てマナは自然を笑みがこぼれる。
しかも、相手はシンジで…
「さぁ、早く乗った、乗った。」
その加古さんの声で私は我に返った。
「しかし、本当にリムジンなんだねぇ。」
そう感心して、シンジは窓から外の景色に視線を向ける。
「まぁ、こんなところでお金はけちらないよ。」
カメラマンの男性はフィルムを交換しながら答える。
「でも、この格好でロビーを歩くのって恥ずかしいよね。」
私は自分のドレスを見下ろしながらそう告げた。
やっぱり、あれは恥ずかしかった。
傍目で見たときには羨ましかったけど、実際自分がその立場になると…
かなり恥ずかしい。
「まぁ、今日は主役なんだし。」
シンジは先ほどの私の口調を真似てそう言った。
私はくすくす笑って頷いて見せる。
「そうね、今日だけは。」
そう…今日だけは…
全てを忘れて…
…
車は高速道路に乗り西に向かって走り出す。
窓からは雨雲がかかった山並みが見えた。
「雨は大丈夫かな?」
シンジのその言葉にカメラマンは窓を見て首を振る。
「大丈夫だよ。あの雲はこちらにこないから。
それに今は雨季じゃないしね。」
「そういうものなんですか。」
「そういうものだよ。」
シンジはうなずき窓の景色を見つめていた。
日本と違って車の車線が右左逆になっている。
私はそのシンジの手に自分の手を重ねた。
何気なく、そうしたいと思ったから。
シンジに触れていたいと思ったから。
「どうかした?」
シンジのその言葉に私は小さく首を振った。
「なんでもない。」
「おいおい、俺がいるのを忘れないでくれよ。」
おどけるようにカメラマンが二人に言う。
苦笑を浮かべ彼は答える。
「そんなことありませんよ。ちゃんと覚えていますから。」
「そう願うよ。」
加古さんは軽く肩を竦めてカメラを構えた。
「さ、何枚かとっておこうか?」
「ここですか?」
シンジはその教会の前で付添人の男性にたずねた。
その男性はうなずき、教会のドアを開ける。
「とりあえず1時間とっています。時間的にはそれで十分でしょう。」
「なるほど。」
シンジはそう答えてうなずいた。
私は車から降りてシンジの隣に立った。
そして、教会を見上げる。
尖塔のような屋根。
窓は全てステンドグラスだった。
私達は正面の教会の入り口に立った。
「きれいね。」
私は教会の中のステンドグラスに視線を向けた。
左右の壁と正面の壁にステンドグラスがあった。
太陽の光でまばゆく輝いている。
「うん。きれいだ。」
通路に引かれている絨毯、つまりヴァージンロードは赤だった。
距離にして15メートルぐらい。
「赤だね。」
シンジのその言葉に私はちいさくうなずいた。
「うん。よかった、赤だった。」
私はじっとヴァージンロードを見つめた。
どうしてだろ?
こんなちょっとしたことなのに感動しちゃった。
「このお二人ですか?」
急に声をかけられ私達は顔を見合わせる。
頷きながら付き添いの男性が答える。
「そうです。まだ二人は高校生ですがね。」
「それはそれは。」
紺の神父服をきた男性が私達の方に歩いてきた。
「始めまして、私はこの教会の神父です。今日はよろしくお願いしますね。」
「日本語話せるのですか?」
神父様の言葉を聞いて私は驚いて訊ねた。
神父様はにっこりと微笑んで答えた。
「私は日系三世なのです。ぺらぺらとまでは行きませんが。簡単な会話程度は。」
「いや、上手ですよ。」
シンジのその言葉に笑みを大きくする神父様。
「そうですか?嬉しいです。」
そして、身振りを交えて、私に手早く式の流れを説明する。
「忘れても大丈夫ですよ。
私がお教えしますから。
心配しなくて大丈夫。」
パイプオルガンにあわせて教会の歌手の声が響く。
高く澄んだ声が教会中に染み込むように響く。
そして私の体と心の奥にも染みこんでいく。
いよいよ式が始まった。
私は教会の入り口に立つ。
小さく息をつく。
やっぱり、緊張しちゃうな。
ヴァージンロードの途中にはシンジが立っていて、いつもの笑顔で私を見ていてくれる。
その笑顔を見て、自然と私も笑顔になってしまう。
曲の途中で付き添いの男性に促され、私はまず教会の中央まで歩いていく。
綺麗な赤いヴァージーンロードをゆっくりと踏みしめて。
中央にはシンジが私を待っていてくれる。
ちょっと、不思議な感じ。
ずっとこうなったらいいなって思ってたのに、すごく冷静だよね。
でも、すごく嬉しい。
自然と笑顔になってしまう。
私はシンジの前に立ち、シンジの瞳をじっと見詰めた。
シンジは私の視線を受けてにっこりと微笑んでくれる。
いつもの笑顔。
私が知っているいつものシンジの笑顔。
何故かまた感動した。
そう、色々あったけど、こうやって今一緒にいてくれるんだもの。
きっと…
きっと。
私は彼の笑みに答えて微笑んで見せる。
さっきから自然と笑顔になっているけど、いつものように笑えてるかな?
ちょっと緊張しちゃってるから、もし引きつっていたら最悪。
でも、シンジはゆっくり頷いてくれた。
大丈夫みたいだ。
そして、私はシンジの腕を取って神父さんの元まで歩いていく。
いつもよりシンジの歩みがゆっくりな気がするのは気のせいかな?
距離にして数メートル、十歩も歩かない距離だったけど、
すごくその距離が長く感じた。
でも、すごく幸せで、すごく嬉しくて、ずっとこのままだったらと思った。
神父さんがにっこりと微笑んで私達を見る。
そして、私立ちは神父さんの前に立った。
神父さんは私達に頷いて見せて式を始める旨を告げた。
そして英語で神父さんは祝福の言葉を告げる。
誓いの言葉を交わす時が来た。
濃い紺の神父服を着た神父さんがシンジを見て訊ねる。
「汝はこの者を妻とし、生涯変わらぬ愛を誓いますか?」
シンジはちらり私の方を見た。
私は自然と満面の笑みを浮かべた。
そして、シンジも微笑み返してくれる。
「誓います。」
すごく嬉しい。
こんなに胸の奥が温かくなって…
あなたを思う気持ちが強くなって…
「汝はこの者を夫とし、生涯変わらぬ愛を誓いますか?」
私は笑顔のままで、神父さんを見る。
神父さんも笑顔で私を見ている。
私は小さく頷きながら答えた。
「はい、誓います。」
そして私達は神父さんの祝福を受けるためにその場に膝まづく。
私を気遣って手を貸してくれるシンジ。
ちょっとしたことなのに、すごく嬉しく感じてしまう。
頭上に手を翳して、なにかつぶやきながら神父さんは祝福を施す。
なんて言ってるのかな?
日本語でも英語でもない言葉。
ハワイの現地の言葉なのかな?
私そんなことを考えながら神父さんの祝福の言葉を聞く。
立ち上がって私達は向き合う。
ちらりと視線を向けると、神父さんは指輪にも祝福を施していた。
そしてシンジに指輪を渡す。
シンジは渡された指輪を見てくすりと微笑む。
その指輪はもちろん、二人が持っているシルバーのペアリングだった。
あの夏の日に買ってもらった指輪。
しかし、その指輪の裏には最初になかったちょっとした彫りこみがされていた。
シンジはその部分に視線を向け、くすりと微笑むとゆっくりとその指輪を私の左手の薬指にはめた。
すごくどきどきしてるよ。
と、神父さんが私に指輪を差し出す。
私はそれを受け取って、シンジの左手の薬指にはめる。
ふと視線をあげると、シンジと視線が合う。
私達はどちらからともなく微笑んだ。
そして。
シンジは私のベールをあげた。
フラッシュがたかれる中、神父が小さな声でささやく。
「ふりだけでいいですから。」
私はにっこりと微笑んだ。
そしてシンジの瞳をじっと見る。
シンジの好きにしてもいいよ。
私はどちらでも…
瞳を閉じて少しだけ顔を上げる。
シンジがどちらを選んでも私は受け入れるつもりだった。
と、私の唇にシンジの唇が触れる。
少しだけ驚いて、ほんの少しだけ身を引いたけど、でも、すごく嬉しくて。
私はそのままシンジを受け入れた。
そしてシンジの方から離れていって、私は小さく息をついてうつむいた。
シンジの顔は恥ずかしくて見れない。
神父さんは嬉しそうに微笑み手を胸の前で広げる。
私達に道を示すように。
「さぁ、行きなさい。」
私達は腕を組んでバージンロードを歩き始める。
教会のドアのところまできて振り返る。
式はそれで終わりだった。
拍手をしながら、付き添いの男性がやってくる。
「これ使ってください。」
ティッシュを受け取り口をぬぐうシンジ。
付き添いの男性はからかうように私達にこう告げた。
「ふりだけで良かったんですけどね。
本番まで残しておいたほうがいいと思うんですが。」
「だって…せっかくここまでしてもらったんだし。」
私はついそう答えてしまってから、
すごく恥ずかしいこと言ったような気がしてうつむいた。
「まぁ、このバイトに参加してくれる方は、
みなさんそうおっしゃいますがね。
雰囲気に乗せられたって。」
カメラマンの加古さんが私達の元に歩いてくる。
「俺のお見立ては完璧だろ?」
「それは認めますがね。」
苦笑を浮かべる付き添いの男性。
加古さんはにやりと笑って二人に話し掛ける。
「まぁ、バイト代は撮った写真になるけど、いい思い出になっただろ?
ついでに君たちが本当に結婚する時に、このコース使ってくれると俺も嬉しいがな。」
「はぁ、結婚ですか。」
「まさか、彼女とはしないって言わないだろうな。」
ジロリとシンジを見つめる加古さん。
私も思わずシンジの顔を見つめてしまう。
「え…」
そのまま固まってしまうシンジ。
笑みを浮かべて加古さんは二人の背中を軽くたたく。
「さて、まだもう少しだけ付き合ってくれ。
見た人たちが式を挙げたくなるようなPR写真を作らないとな。」
「え?抱えるんですか?」
「そりゃ、お約束だろ?」
そんな会話を交わすシンジと加古。
教会の正面で写真を撮っていた加古がマナを抱き上げるように言ったからだ。
「はぁ…マナ、いい?」
そう見つめられてマナは少し頬を染めてこくこくと頷く。
抱きかかえられるのって、すごく恥ずかしいような…
「じゃ、いくよ。」
ふわりとマナを抱き上げるシンジ。
私は思わずシンジを見つめる。
その視線を感じてシンジは訊ねる。
「意外だった?」
「う、うん、少し…」
私はそう答える。
少し、というかかなり意外。
やっぱりシンジも男性なんだなって思っちゃった。
「まぁ、ずっとって訳にも行かないけどね。」
「そうなの?」
「そうだよ…」
私達は顔を見合わせて微笑み合う。
シンジの新しい面を見れた気がする。
嬉しかった。
シンジは目の前に広がる真っ青な海を見て、小さくため息をつく。
私達は近くの海岸に来ていた。
真っ白な砂浜が広がっている。
ただ、私達の格好を考えると、ちょっと場違いな気もする。
「はぁ、海岸で撮るなんてね…」
そう告げて軽く肩をすくめるシンジ。
「でも、確かこの近くに教会があるはずよ。」
私はきょろきょろし辺りを見まわして告げる。
確か…このあたりにあったと思うんだけど。
でも、見渡せる範囲では教会のような建物は見当たらなかった。
「へぇ…そこでも式が挙げられるの?」
私はシンジに頷いて見せた。
「うん。いただいたカタログの中にそんなのあったから…」
「なるほど…」
と、少し離れたところで準備をしていた加古さんが私たちの方を見て叫ぶ。
「お〜い。お楽しみ中悪いがそろそろ撮影始めるぞ〜」
そして、全ての撮影が終わった帰り、リムジンの中は私達二人だけだった。
「シンジ、ほら、もうすぐ陽が沈むよ」
片側の窓から私は夕陽を見つめる。
その私の様子を見て、シンジが声をかけてきた。
「真っ赤だね。」
「何か日本でみる夕陽とはちょっと違う感じだね…」
私はふとシンジの横顔を近くに感じた。
なぜか頬が熱くなってくる。
だから、少しだけ距離を離してからシンジを呼んでみる。
「ねぇ、シンジ…」
「何?」
シンジは優しい笑顔を浮かべて私を見つめる。
私は式が終わっていたときから聞きたかったことを訊ねた。
「どうして式の時、キスしてくれたの?」
私はじっとシンジの瞳を見つめる。
シンジは少しだけ私から視線を逸らせて、宙にさ迷わせた。
「よくわからない…でも…」
シンジは私の瞳を見た。
「あの時はそうするのが一番だと思ったし…」
「思ったし?」
シンジは恥ずかしそうにはにかんで答えた。
「マナの唇…すごく綺麗だったから…つい触れたくなって…」
その言葉を聞いて、私はすごく恥ずかしくなった。
頬がすごく火照っているのを感じる。
「そう…なんだ…」
その言葉にシンジが少し心配そうに訊ねてくる。
「ごめん、マナは嫌だった?」
私はちらりとシンジを見て首を振ってみせた。
「…そんなことない…」
「そう…良かった…マナが嫌だったらどうしようって思ってたんだ。」
ほっと息をついてシンジは答える。
私は思いきって顔を上げてじっとシンジの顔を見上げる。
シンジの瞳が夕陽の残光を映してきらりと光る。
「そんなことない、だって私、シンジを好きなのよ。」
私はシンジの瞳を見つめながらそう告げた。
好きだから。
シンジを好きだから。
だから…
だから。
「…うん。」
シンジもじっと私の瞳を見つめる。
「だから、嫌、なんてことないよ。」
「うん。嬉しい、ありがと。」
いつのまにか夕陽は水平線に沈んでいた。
私達は海岸の砂浜に並んで座り夜空を眺めていた。
打ち寄せる波の音が二人を包んでいる。
背後からは車の音や、人のざわめきも聞こえる。
そして背後には背の高いホテルも並んでいる。
「楽しかったね。」
私は夜空を見上げたままシンジに告げた。
「そうだね、大変だったけどいい思い出になった…かな。」
シンジも夜空を見上げて答える。
見える星は日本とは微妙に違うような同じような感じがしたが、私達には良く分からなかった。
ただ、北極星が見えるのでそんなに変わっていないはずなんだけど。
湿度が低いためか風は湿っぽくない。
気温も高いはずなのだが、それほど不快感は感じない。
月が海面に映りゆらゆらと揺れている。
椰子の木の葉が揺れる音が聞こえてくる。
右手に続く海岸ではかがり火が焚かれているのだろうか、オレンジの光が見える。
「ねぇ…」
私はシンジの肩に頭を預ける。
シンジはそのまま動かず小さくな声で答えてくれた。
「何?」
私は瞳を閉じた。
その方がシンジをより近くに感じることができるような気がしたから。
「私…ね。」
波の音が二人の会話を遮った。
その時私は小さくこう囁いていた。
「今日のこと忘れないから…」
しかし、その言葉はシンジには聞こえなかったらしい。
「何か言った?」
私はどうしようか迷った末、にっこり微笑んでこう答えた。
「…ううん。何も。」
「そうか。」
シンジは問い詰めるつもりはないようだった。
今日のこと忘れないよ…
もう、私に残された時間は少ないけど…
でも、それでも忘れないよ。
私の一番の思い出をありがとう。
この結婚式のこと、すごく嬉しかった。
でも…
そして、これからあなたに話すことも…
きっと忘れないから。
何があっても忘れられないから…
だから…
マナはシンジの肩から頭を上げた。
シンジはマナを見る。
マナもシンジ見る。
「あのね…シンジに話しておきたことがあるの…」
そのマナの口調にシンジは小さく息を呑んで頷く。
「私ね…」
あとがき
どもTIMEです。
Time-Capsule第42話「今日のこと忘れないから」です。
「誓いますか」のリメイクとなりましたが、今回はマナの視点からお話が進んでいます。
細かい部分で追加、修正してますが、おおまかな流れは同じですね。
次回ですが、今回の続きで砂浜での二人の会話から始まります。
自分の体のこと全てを告げようとするマナ。
しかし、シンジは…
では次回TimeCapsule第43話「明かされた真実」でお会いしましょう。