彼は小さく呟くと、ぼんやりと空を見上げた。
「確かに悲劇かもしれない。
でも、それは他人からの視点なだけで、
問題は本人達がどう感じて、どう結論付けるか。」
彼に背中を預けていた彼女は小さく答えた。
「一緒にいた時間は関係ない。大切なのは二人で何をしたか。」
「…そう、限られた時間で二人の間に何を残したか。」
風が彼と彼女の髪を舞わせる。
二人の髪は陽の光を受けてきらきら輝いた。
「結局は二人次第なんだよ。
彼女が全てを話すか、彼はそれにどう答えるか。」
「私達は何もできない。」
「そう…決めるのは二人。
二人の再会が悲劇だったのか、そうでなかったのかもね。」
太陽が雲に隠れた。
急に辺りが暗くなる。
風に乗って、草と土の匂いが鼻をくすぐる。
「…それに、まだ彼女がこの世界から消えてしまうと決まったわけじゃない。」
「そうね。」
くすりと苦笑を浮かべて彼は告げた。
「信じる心、そして、生きたいと願う意思が彼女を導くよ。」
「そうね。そうであって欲しい…」
彼はちらりと肩越しに彼女の方を見る。
彼女は瞳を閉じて何かを祈っているように見えた。
彼は声をかけようとして、小さく息をつき首を振ると、彼女をそのままにさせておいた。
Time Capsule
TIME/2000
第40話
「秘められた思い」
マナは白いワンピース姿で砂浜に来ていた。
この辺りは遊泳禁止区域になっているため、あまり人はいない。
もう少し西に向かえば有名なビーチが点在しているのも関係があるかもしれない。
波打ち際をゆっくりと歩いていく。
彼女の足跡が砂浜に刻まれる。
もうどれくらいそうして歩いていただろうか、彼女はふいに立ち止まり空を見上げる。
雲一つない晴天。
あの日もこんな風に良い天気だった。
シンジと二人で行った海。
繋いで手の感触や、砂浜を歩いたときの感触を今でも覚えている。
…
…
…
マナは不意に目をぬぐった。
涙で空がにじんでしまったから。
もう、二度とあんな風にシンジと一緒に時間を過ごすことはできない。
…
…
…
私はそれを選んでしまったから。
でも、遅かれ早かれ私はその選択をしただろう。
彼に迷惑をかけないために、そしてこれ以上悲しませないように。
今となってはこれが最善の選択だったと思える。
早ければ早い方が良かったのだから…
…
…
でも、理性は納得しても感情は納得していない。
シンジの傍にいたい。
彼をずっと見ていたい。
そう強く私の感情は告げている。
…
…
…
残された時間が後わずかであれば、なおさらなのかもしれない。
…
…
…
海から吹く風が彼女の髪を舞わせた。
…
…
その髪を押さえて落ち着かせ、彼女はふと思った。
この髪も切ってしまおう。
もう、シンジに見せることもないのだから…
切ってしまおう…
…
…
…
…
駄目だよ…
すごく胸が痛いよ。
どうしようもなく心が泣いてるよ。
シンジに会いたい。
今すぐにでもシンジの元へ飛んでいきたいよ。
ねぇ…
こんなに好きなのに…
私はこの思い全てを忘れないといけないの?
そんな難しいこと本当に私にできるの?
私には…
…
…
そんなこと…
…
…
できるのかな?
…
…
「マナ…」
その声はマナの背後から聞こえた。
マナは自分の心を鷲づかみにされたような感覚を味わった。
この声…
まさか…
マナは振り向かずにその場に立ちすくんでいた。
そんな…
どうして、ここに…
マナはシンジが来ることを知らされていなかった。
「マナ…」
もう一度マナの名を呼ぶシンジ。
マナはまだ振り向かずに立ちすくんでいる。
シンジは一歩、二歩とマナの元に歩み寄る。
マナはシンジが砂浜を踏みしめる音が大きくなってくることを感じた。
ゆっくりと一歩ずつ踏みしめて…シンジは歩いてきている。
まるで迷いは無いように…
マナは瞳を閉じた。
どうして?
シンジがどうしてここに…
わからない。
でも、シンジは今、ここにいる。
シンジ…
会いたかった…
すごく会いたかったよ…
振り向きたい…
シンジの顔を見たい…
その胸に飛び込みたい…
シンジを感じたい…
…
…
…
それができれば…
どんなにいいことか…
あなたの胸に飛び込んで…
あなたに…
…
あなた…に…
…
…
この思いを告げられるのなら…
どんなに…
…
良かった…か…
…
でも…
…
私は…
…
ごめんなさい…
…
…
…
…
…
…
駄目。
駄目なの…
いくら、心がそれを望んでいても…
本当に、ごめんなさい。
シンジ、ごめんなさい。
許してとは言わない。
ただ、ごめんなさい。
「近づかないで!」
マナはそう叫ぶと、ゆっくりとシンジから距離を離すように数歩離れた。
シンジに背中だけ向けて。
「マナ…」
シンジの戸惑ったような声がマナの耳に入る。
マナはあえぐように小さく息をつく。
シンジの声だ。
間違いないよ。
本物のシンジの…声。
ずっと聞きたかった…
しかしマナはそれ以上何も考えないことにした。
そうしなければ、これから告げたい言葉はとても口に出せないから。
「どうして…」
マナは小さく息を呑んだ。
どうか、声が震えませんように。
私の心がシンジに見抜かれませんように。
これから告げる私の言葉が、私の本心に聞こえますように。
「どうして、あなたはここにいるの?」
その口調は、いままでシンジが聞いたこともないような口調だった。
何者をも受け入れないような冷たい口調。
その声は、シンジが知っているマナの声ではなかった。
「どうしてって…」
言葉を続けようとしたシンジをさえぎってマナは告げる。
「私はあなたとはもう会いたくなかった。」
シンジは一歩踏み出して、マナの背中に叫ぶ。
「僕は、アヤちゃんのことで、どうしても君と話がしたかったんだ。」
その言葉に帰ってきた返事はシンジの心を砕きそうになるほどだった。
「姉さんの名前を出さないで!
話なんてする必要はないわ。
あなたのせいでお姉ちゃんは私のそばからいなくなった。
あなたの身代わりになって…」
そして、マナは決定的な一言をシンジに告げた。
「私の姉さんを返して!」
シンジはあえぐように息をついた。
…
本当は事故直後に聞くはずだったその言葉。
…
僕は…
ここに来るべきではなかったのか?
マナのことを忘れて、そのまま日本にいれば良かったのか?
その言葉はマナの本心なのか?
それなら…
その時のあの言葉。
あの笑顔
全て…
全て…
…
…
…
僕の選択は間違っていたのか?
僕の知っているマナは本当のマナではなかったのか?
君は僕に…
アヤちゃんのことを忘れていた僕に…
…
…
…
僕は…
…
どうすればいいの?
「もう、あなたの顔は二度と見たくない。帰って、そして私のことは忘れて。」
取り付く島もないその言葉にシンジはマナを見つめる。
それは君の本心なの?
君はやはり僕のことを許してくれないの?
君のことを忘れていた僕を許してくれたんじゃなかったの?
なのに…
…
それなのに…
…
…
…
…
君はアヤちゃんの復讐のために僕の前に現れたの?
全てを忘れていた僕を許せなかったの?
…
一番大切な姉さんを奪った僕を許せなかったの?
…
…
…
シンジは瞳を閉じる。
胸が痛い。
苦しい。
息もできない。
…
…
…
でも…
でも、その気持ちは正しいんだよね。
僕がマナだったら…
やはり同じ行動を取ったかもしれないもの…
だから…
…
…
…
シンジは瞳を開ける。
そこにはまだマナの姿があった。
その時、はじめてシンジはわかった。
自分がここに着た理由を。
マナ…
打ち寄せた波がシンジの靴をぬらした。
僕は…
吹き寄せる髪がマナのスカートの裾と、シンジの前髪をふわりと舞わせた。
君のことが…
潮の香りがシンジの鼻をくすぐる。
好きだった…
シンジは涙で霞む目でマナを見つめていた。
…やっと自分の心に確信が持てたよ…
僕がどうして、これほどまでここに来るのにこだわったのか…
君に話さないと何も始まらないと思っていた。
それはアヤちゃんのことだと思っていた。
でも、それは違うんだ。
僕が君に告げたかったのは…
僕は君のことが…
好きだって事なんだ…
…
…
…
でも、それも…
…
…
…
「もう、私の目の前に現れないで。」
マナはそう告げた。
しかし、胸の痛みに耐えかねるように、ぎゅっと瞳を閉じる。
ごめんなさい。
痛いでしょ?
辛いでしょ?
悲しいでしょ?
本当にごめんなさい。
今の私には、あなたに合わせる顔はないから。
あなたとは離れるべきだから。
一緒にいるべきではないから。
だから…
ごめんなさい。
…
…
…
あなたに奇跡を信じてとは言えないから。
自分でも信じていないものをあなたに信じてとは言えないから。
だから…
…
こうするのが一番良かったの…
あなたに私を諦めてもらうのが…
二人のためになるから…
いなくなってしまう人にずっと捕らわれて欲しくないから。
あなたはあなたらしく生きて欲しいから。
私のことであなたの心をずっと縛り付けたくないから。
だから…
…
…
…
…
ごめんなさい。
あなたにこんなひどい苦しみを与えて。
でも、あなたを受け入れてしまうよりは、
こうした方があなたに与える苦しみは少ないから。
だから、お願い、受け入れて…
受け入れて、全てなかったことにして…
お願い…
そうじゃないと…
私…
私…
…
もうこれ以上は…
…
…
…
波の音が辺りを支配した。
声も無く二人は黙って立ったままだった。
シンジはマナの後姿をじっと見つめる。
…
あの時と…
同じだな。
でも、あの時と明らかに違うのは…
マナが僕を拒んだ理由がわかったこと…
…
…
…
でも…
…
…
…
僕は…
…
…
…
どうすればいい?
…
…
…
…
…
ふと一瞬、マナの背中にかぶるように小さな女の子が泣きじゃくっている姿が重なった。
シンジは瞬きをする。
今の…
何だ?
と、その瞬間、マナの肩が震えて身体がくず折れる。
「マナ!」
シンジは慌ててマナに駆け寄り、くず折れるマナの身体を抱きとめる。
シンジはマナの顔を覗きこむが、マナは意識を失っているようだった。
頬を伝っている涙がきらりと光る。
涙…
どうして…?
どうして、そこまでして…
シンジはゆっくりとマナの身体を抱いたまま座り、声をかける。
「マナ…」
しかし、マナの意識は戻らない。
早く、浅い息遣いと真っ青な表情がシンジの心臓を締め付ける。
これはまずい。
早く何とかしないと。
シンジは携帯を取り出すとある番号をプッシュし始めた。
ここは…どこ?
マナは周りを見まわす。
それは忘れたくても忘れない場所。
マナは納得したように頷く。
そうか…
これから…
お医者様のところに…
そして、この身体のことを…
ゆっくりと立ち上がり、廊下を歩いていく。
いくつかのドアを見送り、あるドアの前で立ち止まる。
そう…ここ。
ゆっくりとドアを開ける。
そこには一人の男性が立っていた。
窓から差しこむ光のせいで、その顔の表情は読み取れない。
そう…私は彼に会いに来た。
全てを知るために。
これ以上、真実を知らないままなのは嫌だったから。
「よく…来たね…」
彼は落ち着いた口調でそう告げた。
まるで、彼女が現れるのを予想していたように。
彼女は彼を見つめながら答えた。
「だって、本当のこと知りたかったから…」
そんな言葉が出る。
そう、これ以上本当のことを知らないで生きていくのは嫌だから。
その言葉を聞き、男性はかすかに笑ったようだった。
「ここに来て、座って。」
デスクの前に二つの椅子があった。
手前側の椅子に座る。
その男性は残りの椅子にマナに向かい合うように座った。
「単刀直入に言おう。」
「そうしてください。その方が楽だから。」
彼女のその口調に彼は口元に苦笑を浮かべた。
「そうだね…じゃあ、言おう。」
そして、彼は何の感情も感じさせないような声で告げた。
「君の命はあと半年だ。それ以上は生きられない。」
少しの間を置いて彼女は答えた。
「そう…予想していたよりは…短い…かな。」
男性は少し不安げに彼女に尋ねる。
「君は知っていたのか?」
マナは首を振って、答える。
「知っていたわけじゃないけど…なんとなく…
そんな予感がしてました…
お父さんやお母さんの態度、あとお医者様もかな。」
「そうか…」
「それで…私が後半年の命だっていう理由は?」
その問いに彼はデスクの上に置かれているカルテを手に取る。
そこにはドイツ語の書きこみがびっしりされていた。
「君は10年ほど前に臓器移植手術を受けた。そうだね?」
「ええ…私の双子の姉からの移植でした…」
そう告げたマナの表情が一瞬こわばった。
「そう、手術も成功に終わり半年のリハビリ後、
君は日常生活に戻り経過観察を行った。」
「何か、問題が?」
「いや、移植手術、そしてその後の経過じたいには問題は無かった。ある一点を覗いてはね…」
「それは?」
「なんと説明すれば良いのか…大きな意味で言えば医療ミス…だ。」
「医療ミス…?」
彼女は首をかしげる。
そんな話は聞いていない。
「そう…かなりあいまいな捕え方だが、間違ってはいない。
ただし、その当時、誰もそれがそんな結果をもたらすは思わなかった…
ただ、事実は事実だ。
人の命を預かるものとしては、知らなかったでは済まない…
そういう意味でそれは医療ミスだ。」
「それって?」
「手術時、そしてその後投与した免疫抑制剤。
それが全ての元凶だ。」
「免疫…抑制剤?」
「そう、まさか夢にも思わなかった。
その免疫抑制効果が、数十年後に再び現れるとは。」
しばらくの沈黙の後、マナは自分の理解が正しいかを確かめるために聞いた。
「つまり、今の私はさまざまな病気に対する免疫力がないってことですか?」
「そういことだ。」
マナは小さく息をついた。
だから、最近身体の調子が悪かったのか…
確かにそれなら納得がいく。
「今の君は免疫不全による各臓器の機能不全の兆候が現れている。」
「それで半年後には、この身体は使い物にならなくなるってこと…」
彼は小さく首を振ってから頷いて見せた。
「そう…」
マナは視線を窓に向けた。
真っ青な空に真っ白な雲。
どうしてかな?
悲しいことのはずなのに。
涙が出てこないよ。
あと半年。
つまり私は来年の春には…
もうこの世界には…
「何か、方法は無いのですか?」
たぶん、無理だろうとは思いながらも、そう聞かずにいられなかった。
そのマナの問いに彼はうなだれ首を振って見せる。
「それは私も調べた。
君の両親も必死に調べているが…
今のところ、まさしく奇跡を起こすようなものだ。
それも君をずっとベットに縛り付けて、
抗生物質等の投薬を山のように行わなければならない。
それでも生き延びる確率はほとんど変わらない。」
マナは頷いた。
この病院に来る前に父が言った言葉の意味がわかった。
「そうか…父さんの『自分で選びなさい。』というのは…」
「そう。このままの生活を続けるか。それとも…」
「…入院して治療を始めるか。」
頷き彼は告げる。
「決めるのは君だ。」
マナは少しだけ考え込むような表情を浮かべて尋ねる。
「入院した時に半年以上生きられる確率は?」
「5%以下…だ。君の投薬状況からしてこれ以上の値は望めん。」
「そう、じゃあ何もしなかった時の確率なんて聞かなくても良いですね。
それなら…答えは決まったようなものです…」
彼女はにっこりと微笑んだ。
「そうか…わかった。それで行こう。」
マナは目を覚ました。
視界に入ったのは青白い天井。
視線を左に移すと大きな窓と銀に輝く月。
私…
どうして…
と、倒れる直前の事が脳裏に甦る。
とたんに胸がきりきり痛みはじめた。
シンジ…
…
…
そうか…
…
私…
耐えきれなくなって…
どうしようもなくなって…
それで…
…
…
マナは自分が泣いていることを思い当たった。
どうして…
…
…
…
そうか…
あの時のこと…
夢見てたんだ。
私の命の期限を告げられた時のこと。
小さくため息をつく。
どうしてなのかな?
あの日から今まで泣けなかったのに。
それに何故かあまりそのことを考えなかったのに。
…
そうね…
私、自分の命のことよりも…
もっと他のこと気にしてたものね。
…
すっごく変だね。
普通は他人のことより、自分のこと気になるのにね。
…
…
私ってバカなのかな?
…
…
だって…
そうでしょ?
…
…
…
と、右手を誰かが握っていることに気づき、視線を天井に戻し、そして右手に向けた。
そこには、ベッドサイドにうつぶせになって眠っているシンジがいた。
シンジの左手はマナの右手に添えられている。
マナは胸が締め付けられる感じを味わった。
…
シンジ…
傍にいてくれたんだ…
あんなこと言われたのに…
それでも…
私の傍に?
…
そして、シンジの左手のあるものを見つける。
…
これは…
…
…
もう…すごく胸が痛いよ。
どうして、こんなに痛いのかな?
忘れようと。
すんごく努力したのに。
それなのに…
私はやっぱりシンジのこと忘れられないのかな?
あと少ししか生きられないのに…
それなのに、私はあなたのことがこんなに好きで。
望んではいけないことなのに。
あなたの傍にいたくて。
ずっとあなたを見ていたくて。
私が生きている限り、あなたを好きでいたくて。
こんなに…
こんなに胸が痛いよ。
…
…
どうして追いかけてきたの?
あなたがここにこなければ、こんなに苦しまずに済んだのに。
どうしてあきらめてくれなかったの?
あなたが諦めてくれれば、こんなに苦しまずに済んだのに。
あなたも私も苦しまずに済んだのに。
…
…
ねぇ…どうして?
…
…
…
どうして、私はあなたを嫌いになれないの?
こんなにも一途に好きでいられるの?
…
…
ねぇ…教えてよ…シンジ…
翌日の朝。
マナは再び目を覚ました時に、シンジの姿は無かった。
半ばがっかりし、半ば安堵した。
そして、お昼に近い時間になって、彼女が病室に現れた。
「お久しぶりね。」
病室に入ってきて、声をかけてきたその女の子を見て、マナは声を上げる。
「アスカ…さん…」
マナは一瞬、驚いた表情を受かべたがすぐに納得したように頷く。
「碇くんと一緒に来たんですね。」
「えぇ、いろいろ『気になること』があって。」
アスカはうなずきながらマナの顔をじっと見つめる。
「大丈夫ですよ。もう、碇くんは私には会いに来ませんから。」
マナはアスカの『気になること』をそう捕えた。
本当は違うのだが、とりあえずはそのマナの誤解を解くためにアスカは答える。
「それは無理ね…」
ふるふると首を振ってアスカは断言する。
「どうしてですか?私はあの人のこと許しませんから。
私の大切な姉を殺した人をどうして好きになれます?」
そう…
私は受け入れるわけにはいかない。
そうすれば、さらにシンジを悲しませる事になるから。
しかし、マナの胸はきりきりと痛んだ。
アスカは表情を和らげてマナをじっとみつめる。
その瞳はマナの内心の葛藤を知っているように柔らかかった。
「それは嘘でしょ?シンジに自分のことを諦めさせるための。」
「…」
アスカは人差し指を唇に当ててマナを見る。
「アタシがシンジについてきたのはね、あなたに聞きたいことがあったから。」
「私に?」
首をかしげるマナ。
風に乗って髪がふわりと舞う。
「そうよ、シンジがアタシかあなたのどっちを選ぶかなんて、
もう分かりきっているんだから…」
「あなたを選ぶんですよね。」
「いいえ、違うわ。シンジが選ぶのはあなたよ。」
「どうして?」
「その理由はシンジに聞いて頂戴。
それよりもアタシが聞きたいのはあなたの身体のこと。」
アスカはマナの隣に座ってマナの胸辺りを指差して答える。
内心かなり動揺したが、何とか表情に出さないようにしてマナは答える。
しかし、アスカにはそんなマナの様子を見抜いていた。
「身体?」
「そう、あなたの身体…というかあなたの命はもう長くないんでしょ?」
単刀直入な問い。
アスカはこの時のために、いろいろな言い回しを考えたが、
やはり、こういうことはあっさりと言葉にしてしまった方が良いと考え、そう行動した。
「どうしてですか?」
「ちょっとね、『気になること』があったから調べさせてもらったの。」
「…」
マナは黙ったままアスカを見つめ、次の言葉を待つ。
「あなたは自分の命が長くないことを知って、シンジから離れようとした。違う?」
「…」
「すぐいなくなる自分のことは、忘れられるように仕向けようとした。」
「…」
「まぁ、あくまでアタシの自分勝手な推論なんだけど、図星でしょう?」
アスカは軽い口調で言ったが、その瞳は真剣そのものだった。
じっとアスカを見つめていたマナが、ふっと肩の力を抜いてため息交じりに告げる。
「どうして…」
「…」
「どうして、違うって言えないでしょうね?
私、自分が憎いです。
こんな時、平気な顔して違いますって言えたらどんなにいいか。」
首を振ってアスカが答える。
「そんな人は、この世界にそうそういないわ。」
「私、もう長くないんです。
お医者様に言われたのは後半年と。」
半年…
やはり、そんな程度なのね。
この病にかかったものは長くても1年程度しか生きられない。
だから…
アスカは小さく息をついて告げる。
「そう…それでシンジから離れようとした。」
「今なら…まだ間に合うから…全てなかった事にしてしまえば…シンジは…」
アスカは苦笑気味に笑顔を浮かべて首を振った。
「それは…違うわ…」
「どうして?」
「じゃあ、聞くけど、あなたはシンジを忘れられるの?
このままシンジをあきらめてこの世界から消えてしまって良いの?」
「だって、その方が…」
「あなたの心に聞いてるの。
あなたはそれでいいの?
シンジのこと忘れられるの?
好きなんでしょ?
そう言ったんでしょ?」
そして、マナに指を突きつける
「…だったらちゃんと責任取りなさい。」
アスカは息をつくと、肩をすくめた。
「それに、もう遅いわ。
どうして、シンジの前に現れたの?
あなたがシンジの前に現れなければ、こんなことにはならなかったのよ。
現れて、『好きです』と告げて…
それなのに、『忘れてください』なんて自分勝手過ぎない?」
マナは視線を床にむけたまま黙っている。
アスカは軽く肩をすくめて言葉を続ける。
「まぁ、アタシが言いたいのはこれくらいかな。
あなたは今なら大丈夫って思っているらしいけど、アタシから見ればもう手遅れよ。
シンジはあなた無しではもう生きていけないから。」
それだけ告げるとアスカは病室から出て行こうとする。
そしてドアを開けた時に最後の一言を告げる。
「だって、シンジはもうあなたを選んだのだから。アタシじゃなく、あなたをね。」
あとがき
どもTIMEです。
Time-Capsule第40話「秘められた思い」です。
この40話はこれまで、これからの話のキーポイントとなるお話です。
マナの身体の異常に関しても今回初めてその原因を書いてます。
ちなみに免疫抑制云々は作者が勝手に考えた設定ですので、誤解なきよう。
#あくまでフィクションですので。
#もちろん、作者は医療関係には全くの素人です。
マナを見つけ出したシンジに対し、マナはなんとかしてシンジを拒もうとします。
そうすれば、シンジを悲しませずに済むと信じて。
しかし、アスカはそんなマナに告げます。
「シンジはあなた無しではもう生きていけないから」と。
このアスカの言葉はマナのこれまでの行動規則を壊してしまいます。
次回ですが、
シンジに全てを話そうとするマナ。
そして、シンジの答えとは?
では次回TimeCapsule第41話でお会いしましょう。