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彼女はラナイに出て、空を見上げた。
吹き寄せてくる風は程よく涼しい。
乾いた風なのでまとわりつく感じではない。
空に輝いている星座は日本と同じ。
まだそんなに遅くない時間帯なので眼下の大通りには人がたくさん溢れている。
ただ、地上20階近い彼女がいるところにまではその喧騒はかすかにしか伝わってこない。
彼女は視線を上げた。
今は真っ黒で何も見えないそこには昼間であれば青く輝く海が見えるはずだった。
砂浜を整地するために、大きなブルドーザーが走っていく。
ハワイでも有数のビーチだけあって手入れは行き届いているようだ。
強く吹き付けた風で椰子の樹の枝が大きく揺れる。
その風は彼女の元まで届き髪がゆらゆらと宙に舞った。
さらに着ているブルーのワンピースの裾がはためく。
ちいさく息をつき、彼女は視線を頭上に向けた。
彼女の頭上の夜空は輝く星々で埋め尽くされている。
まだ月は出ていない。
と、突然風がぴたりとやんだ。
彼女は少し怪訝そうな表情を浮かべ、きょろきょろと周りを見渡す。
しかし、風がやんだこと以外に何も変化はなかった。
彼女はうつむき、ベランダに出てから何回目かのため息をついた。
彼と別れてからずっと彼女の心の片隅にある思い。
忘れられるものなら忘れてしまえば…
そうすれば、この痛みも消え去って…
楽になれるのかな?
いつまでも、こんな思いを引きずって生きていくのはつらいよ。
どうすればいい?
ねぇ、教えてよ…
潤んだ瞳をそこにあるであろう、水平線に向ける。
シンジ…
教えてよ。
私は忘れてしまった方が良いのかな?
そして、マナは自嘲するように苦笑を浮かべる。
私から忘れてって言ったのにね。
彼女は踵を返すと、部屋に戻った。
私…何してるんだろ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
TIME/2000
 
 

第36話
揺れる心
 
 
 
 
 
 
 
 

彼女の目の前には真っ青な空と、海が広がっている。
海を渡って吹き寄せる風が彼女の前髪をゆらゆらと舞わせている。
その風に強く潮の香りを感じる。
差すような陽射し、しかし空気は軽い。
日本のようにじめじめとした熱気ではない。
風も湿っぽくなかった。
彼女は小さくため息をつき足元を見る。
真っ白な砂浜。
まさしくそれ以外の表現が当てはまらないような砂で埋め尽くされている。
わざわざ他の島から運んできているそうだ。
数歩先まで波が打ち寄せてきている。
透明な、曇りなどまったくない。
近くは透明なのに、離れていくほどに濃いブルーに染まっている海。
まさにマリンブルーと言っていい海の青色。
水平線にクルーザーか何かが浮かんでいた。
ゆっくりと彼女の視界を横切っていく。
彼女はまたしても物憂げにため息をついた。
南国の楽園(日本人は得にそう感じるようだ)のような風景も彼女の心の慰めにはならなかった。
ふいにきびすを返すと、彼女は砂浜をゆっくりと歩きだす。
午前のビーチに人はまばらだった。
歩くほどに細かい白い砂がサンダル履きの足の指に絡み付く。
砂浜を抜け、サーフボードが数十枚も立てかけられている所を通りぬけ、彼女は一本の椰子の木に体を預ける。
そして、軽く砂を払う。
全部落ちるわけではないが、やらないよりはましといった感じだ。
一通り砂を払って彼女は海岸線にそって走っている歩道をゆっくりと歩き始める。
海岸沿いには背の高いホテルが立ち並んでいる。
そして歩道脇には街路樹として椰子の樹が無数に植えられている。
あるホテルの建物が作る影に入り小さく息をつく彼女。
やはり、日差しが強いようだ。
彼女はしきりに剥き出しになっている腕を見ながら、その通りをぶらぶらと歩いていく。
特に目的地は決まっていないような、散歩のような足取り。
あちこちから日本語が聞こえる。
目を閉じると、日本にいるように感じるかも。
彼女の脳裏にそんな考えが浮かび、口元に微笑が広がる。
その彼女の微笑はまだ美しいというよりも、可愛いといったほうが適切だった。
しかし、彼女の歳相応の微笑であるのは確かだった。
30分も歩いただろうか。
ある公園に彼女は入っていく。
歩道と、芝生と椰子の樹、ベンチで構成された公園。
他には何もない。
ベンチからは青い海とこれまた青く輝く空、そして白く輝く砂浜がわずかに見える。
彼女は木製のベンチに腰掛けた。
ちょうど、近くに立っている数本の椰子の樹が作る影に入っている。
彼女はそこから見える海に視線を向けた。
物憂げな表情はずっと変わらない。
後ろの歩道をにぎやかな観光客が通りすぎていく。
雲が流れ、椰子の樹が風にざわめく。
ふと頭上を見上げてみると、彼女に影を提供している数本の椰子の樹と真っ青な空が見えた。
まるで、絵葉書にでも出てきそうな風景。
彼女はその思いに首を振って、また海に視線を向ける。
すると彼女の近くで鳥の鳴き声が聞こえた。
声がした方に視線を向けると、そこには一話の赤い鳥がいた。
日本では見たこともない鳥だった。
彼女が手を伸ばすと、おびえたように羽ばたいて飛び去ろうとする。

「なついてるようで、なついてないのね」

少し離れたところに降り立ち、こちらを見つめているその鳥を見て彼女はくすりと笑みを漏らした。
それがいいかもしれない。
つかず離れず。
そういった関係のほうが…
そうすれば、どちらかがいなくなっても…
ゆっくりと彼女は視線を戻した。
今日、何回目かのため息をついて彼女は自分の思考の海に潜っていった。
 
 

始めて会った時からそうだった。
何か違うものを彼に感じてしまった。
それは何だったのだろう?
彼の何が私にそれを感じさせたのだろう?
わからない。
いや、もう忘れてしまったといったほうが良いのか?
でも、その時のことは何故か良く覚えている。
同じ歳の男の子と女の子が来る。
しかも、自分の家にずっと泊まっていく。
私は最初、男の子よりも女の子が来てくれることのほうが嬉しかった。
やはり異性よりも同姓の方が気安かったからだろう。
私の双子の姉も喜んでいた。
この世界で立った一人の私の分身。
私の考えていることは全てお見通しだった。
やさしくて、いつも体が弱かった私を気遣ってくれていた、私のとても大切な姉。
どんな子がくるのだろうかと姉とわくわくしながら話をしていた。
一緒にあれをやろう、これもやろうと二人で計画を練っていた。
そして、彼と彼女がやってきた。
女の子はお転婆な感じで男の子はおとなしそうな感じだった。
二人はすごく仲が良さそうに見えた。
私なんか相手にされないじゃないかって凄く不安になった。
でも、思いきって声を私からかけた。
その時に彼が私に向けてくれた笑顔。
すごくまぶしかった。
私にとってはその笑顔が全ての始まりだった。
彼と姉との出会い。
今にして思えば、彼にとってはそれが全ての始まりだった。
そして、私達はあの夏を駆け抜けるように過ごしていった。
軒先でみんなと花火をしたこと。
ホタルを見に行ったこと。
小川に魚を取りに行ったこと。
大きな樹が作る影の下で一緒にお昼寝したこと。
林に入ってセミやカブトムシを取ったこと。
盆踊りの輪にみんなで入って踊ってみたこと。
ひまわりの花畑でかくれんぼしたこと。
あなたはいつも笑っていた。
最初に私に向けてくれた笑顔をずっと私に向けていてくれた。
ずっと…
ずっと…
それが続けば良いと思った。
あなたが私の隣にいて。
私があなたの隣にいて。
いつも一緒にいられればと思った。
子供だったのにね。
強く、本当に強くそう思っていたのを覚えてる。
そんな私にあなた「戻ってくるから」と言ってくれた。
私はその言葉を信じることにした。
信じて待つことにした。
本当はついて行きたかった。
凄く悲しかった。
でも、彼の前では泣きたくなかった。
だから、ずっとにこにこ笑っていた。
彼が私のことを思い出すときには私の笑顔を思い出せるように。
私が彼を思い出すときには彼の笑顔をい思い出すから。
長いようで短い夏が過ぎ去り、彼と彼女は帰っていった。
私の胸にぽっかりと穴が開いてしまったような感じ。
でも私は耐えた。
「戻ってくるから」
その言葉を信じて。
そう、必ずまた会えると信じて。
でも、その約束は彼の脳裏から消えてしまった。
あの出来事。
出会ってから一年後のあの夏の出来事。
決して忘れることができないあの出来事が起こったから。
彼と別れて一年後。
ある夏の日。
私の双子の姉は交通事故でこの世界を離れた。
私の分身。
私そのもの。
それを知ったのは手術の麻酔が切れて私が目を覚ましてからだった。
その時になって私はその手術がどういった意図を持って行われたのかを聞いた。
私はその事実を信じられなかった。
姉が亡くなったこと。
そして、最後の言葉。
最後の最後まで私のことを考えていたこと。
父と母と話すうちに姉が亡くなったという事実がゆっくりと心に触れてきた。
それは冷たく私の心に染み渡った。
そして、「あぁ、お姉ちゃんは本当にいなくなったんだ」と思った時。
やっと涙が出た。
真夜中、ふと目を覚まして、ベッドから輝く満月を見たときだった。
その時、ふいに私は全てを受け入れた。
私の大切な姉はこの世界にもういない。
あの声を聞くこともない。
あの笑顔を見ることもない。
いつも私を心配してくれていた私の姉はもういないのだ。
そう思うと、涙があふれてきた。
その夜は空が白むまで泣き続けた。
さらに翌朝、父の口から出た言葉は私を打ちのめした。
彼が姉と一緒にいた。
姉は彼を駅まで迎えに行って病院に戻ってくる時に事故に会ったということ。
それも、彼をかばって事故にあってしまったということ。
そして彼も、その時のショックで私達のことを全て忘れてしまったということ。
彼に会いたかった。
でも、彼は違う病院に移された後だったし、私は手術後で動けなかった。
私の心はさまざまな葛藤で埋め尽くされた。
彼のせいで大事な、本当に私にとって大事な姉を失ったこと。
そのことに対して怒っている自分がいる。
でも、それでも、彼がどんなに苦しかったのだろうかと気遣う自分がいた。
彼だから、こんな事実に耐えられなかっただろう。
自分を責めつづけて、どうしようもなくなったのではないか。
落ち着いたら、会って話ができれば…
そう思った。
会った時に冷静でいられるかは分からなかった。
それでも、会って話をしたかった。
しかし、その願いはかなえられなかった。
彼のために、忘れている記憶は思い出さないようにそっとしておこうと大人は決めた。
彼は完全に私と姉のことを忘れ去ってしまっていた。
そのな彼に私が会って、何か思い出させてしまったら。
今度こそ、彼の心は砕けてしまうかもしれない。
記憶を失うだけでは済まないかもしれない。
だから、このままで。
忘れてしまったものは、そのままにしておこう。
そう決められてしまった。
私は納得しなかった。
なかったことになんてできなかった。
それでは姉も可哀想だ。
何のために、姉は自らを危険にさらしたのか。
彼がそれを忘れてしまったら、姉はあまりにも可哀想だ。
彼が覚えていなければ、姉が存在した証拠は何処に残るのか?
なのに、私と彼は結局、会えなかった。
私と彼の距離は開いてしまった。
両親がそう意図し、実行したから。
しかし、私はずっと彼に会いたいという思いを心に秘めてきた。
幸い中学入学後、少しづつではあるが体の調子も良くなってきていた。
高校入学時には他の生徒と同じように体育の授業に出れるまでに回復していた。
私が自分の体の調子を考えるときには姉と彼のことを考えずにはいられなかった。
今の私があるのは全て姉のおかげだ。
でも、その原因となった彼は姉のことを全て忘れてしまっている。
どうしても、彼に姉のことを思い出して欲しかった。
そして、私のことも。
だから、両親が海外に行くことになったときに、父親を説得して彼のもとに行くことにした。
今にして思えば、両親はすでに私の体の異常に気づいていたのだろう。
それまでの父と違って、あっさりとこの事を承知した背景には私の体のことを知っていたからではないか?
でも、そのときの私はそんなことも知らずに彼との再開を心待ちにしていた。
彼に姉と私を思い出してもらえるチャンスが巡ってきたのだから。
そして再会し、あの教室で彼を見たとき、あまりにも記憶の中の彼と同じで。
その笑顔も同じで。
凄く嬉しかった。
 

彼女は何かのサイレンを聞いて我に返った。
時計を見る。
もう午後1時を過ぎている。
いつのまにか、そんな時間になってたんだ…
そうひとりごち彼女はゆっくりと立ちあがる。
固まった体を背伸びをしてほぐす。
そしてもと来た歩道を戻り始めた。
 
 
 

「帰りは何とか座れたね。」

彼女は座席に座ると、右隣に座った彼に微笑みかける。
彼は苦笑を浮かべて答える。
窓からは夕日の光が車内に差し込んでくる。
彼の方を向いている彼女の瞳がオレンジに輝く。

「そうだね。ゆっくりできるね。」

ドアが閉じ、電車は走り出す。
電車はガタン、ゴトンと揺れだす。
歩き回った二人には心地よい揺れだった。
がくんと首が落ち、彼は目を覚ました。
あれ?
何時の間にか寝てたのかな?
ふと、彼は肩に何かの感触を感じる。

「あれ?マナ…」

彼女が彼の肩にもたれかかっていた。
すうすうと寝息を立てる彼女。
髪が彼の頬にかかりくすぐったい。
うーん。
どうしよ?
起こした方がいいのかな?
彼は彼女の様子を見る。
彼女はぐっすり眠っているようだ。
ま、いいか。
彼は視線を彼女から移そうとした。

彼女は夢を見ていた。
それは彼と離れてから時折見る夢。
いつも、その夢の中で彼は彼女の元から消えてしまう。
そして、今回もそういった夢だった。
彼女の前から突然彼の姿が消える。

「うーん…シ…ンジ…」

彼は驚いたように彼女を見つめる。
が、彼女はまたすうすうと寝息を立てはじめる。
なんだ、寝言かな?
でも、僕の名前を呼ぶなんて、何の夢見てるんだろ?
と、また彼女が小さな声で囁く。

「…シンジ…行かない…で…」

必死に彼に呼びかけていた彼女だったが、その場に座り込みそう告げる。
涙が頬を伝う。
どうして?
私の傍にいてくれるって言っていたじゃない?
それなのに、どうして?
あなたは私の傍にいてくれないの?

彼は首をかしげる。
うーん。
なんだろ?
そして、彼女の瞳から涙が。
彼はどきりとする。
涙は、頬を伝い、顎から彼の胸に落ちる。
彼は頬の涙をぬぐい、手を優しく握り、彼女の耳元に囁く。

「だいじょうぶ。僕はここいにるよ。」

その声ははっきりと彼女の耳の届いた。
必死に辺りを見まわす彼女。
と、彼女の手にぬくもりが。
そして彼が彼女の隣に現れる。

と、彼女が安堵のため息をつき、彼の手をぎゅっと握りかえす。
降りる駅に着くまで彼は彼女の手を握り続けた。
 
 
 
 

夕焼けが全てを赤く染めている。
彼女はゆっくりと海に沈んでいく夕陽を見つめていた。
彼女の瞳も夕陽の赤を映していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あの時もこんな夕陽だった…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「私のこと…忘れてください。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

その一言。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「今までのこと全て、なかったことにしてください。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

忘れるための、忘れてもらうための言葉。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「あなたを好きだといったこと…忘れてください。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

でも私の本心ではないその言葉。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「それが二人のためだから。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そう、私の心は…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


NEXT
ver.-1.00 2000/04/06公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき
 

どもTIMEです。

Time-Capsule36話「揺れる心」です。

今回はしんどかったです。
一人回想って結構書き方が難しいですね。

内容的には、ハワイにやってきたマナの回想で終始しています。
主に、別れてから再びシンジに会うまでの出来事を回想風にまとめたものですが、
時間があればこの辺の話も書いてみたいですね。
マナは思いきってシンジに別れを告げてハワイにやってきたわけですが、
結局、ずっとシンジの事を考えつづけている様です。

後半の電車シーンはかなり昔になってしまいますが、
第5話の最後の部分でなぜマナがあんなこと言ったのかの真相です。
#伏線張っておいて、すっかり忘れてた…(^^;;

次回ですが、またシンジの方に話を戻します。
ずっと意識が戻らないシンジの元に急遽ドイツから帰ってきたアスカ。
アスカはシンジを呼び戻そうとしますが…

では、次回Time-Capsule第37話「存在価値」でお会いしましょう。






 TIMEさんの『Time Capsule』第36話、公開です。







 シンジがドツボ状態で

 で、で、

 もう一方のマナも−−



 いかんぞ、いかんぞ〜

 モヤモヤをスカッと飛ばして
 ウジウジをすぱっと切って

 いかんといかんぞ〜  っと




 そう簡単にはなかなかなかなかダメなようで。

 難しいよね。
 歯がゆいよね。


 ここはここはっ




 何かきっかけが・・・




 さあ、訪問者のみなさん。
 時期に40話のTIMEさんに感想メールを送りましょう!







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