「う…うん。」
明かりに照らし出されて、アスカは少し身じろぎした。
そして、目を覚ましシンジを見るとにっこりと微笑む。
「シンジ…起きたの?」
そして、大きく背伸びをして、ベッドの上に座る。
少し跳ねてしまった髪を押させつけてみるアスカ。
しかし、その髪はぴょんと跳ねてしまう。
「どうして、アスカがここにいるの?」
なんとかして髪を落ち着かせようとしていたアスカだったが、
そのシンジの答えに少しだけ機嫌を損ねたように唇を尖らせる。
「なによ。アタシがここにいたら駄目なの?」
「だって、どう考えても変だよ。」
それを聞いて急に大声を上げるアスカ。
「えぇ〜。シンジ、忘れたの?
アタシにあんなことしておいて〜。」
それを聞いたシンジの表情が固まる。
「え?」
アスカはシンジからぷいと顔をそらせて、背中を見せる。
「ひっど〜い、シンジさいて〜。アタシにあんなことしておいて〜」
そして、肩を震わせるアスカ。
その様子を見てシンジは絶句したようだった。
実はアスカは笑いをこらえて震えているだけだったのだが。
もう、シンジったらいつまでたってもすぐ騙されるんだから。
アスカはほくそ笑んだが、さすがにシンジも気付いたようだった。
「アスカ、笑ってない?」
「へ?」
「もう…冗談は良いから、どうして、一緒に寝てたのか教えてくれないかな?」
アスカはふうと息をつくと、シンジの方を振り向く。
「もう、つまんないわね〜。たいしたことじゃないわよ、アタシがこの部屋に来てみたら、
シンジが寝てて、起こそうと思ったんだけどつい…」
「つい、一緒に寝てしまったと。」
そうシンジに尋ねられてアスカは気まずそうにうなずく。
その様子を見たシンジはため息をついて続ける。
「カギかけるの忘れてた僕のせいか…」
「そうそう、シンジが悪いのよ。」
シンジはドアの方を見て、ため息をつく。
「でも、アスカもちゃんとドア閉めておいてよ。」
「え?アタシ閉めたと思うんだけど。」
首を傾げてアスカは少しだけ開いているドアを見つめた。
Time Capsule
TIME/99
第23話
「忘れないよ、その言葉」
「どうしてマナが?」
廊下をせわしなく歩く音が響く。
シンジは首を傾げ、前を歩く青葉に話しかける。
しかし、青葉はシンジの方を見て首を振って答える。
「わからない。木の幹に持たれかかるようにして倒れていたんだ。
それを僕が見つけただけで。」
階段を登りながら今度はアスカが尋ねる。
「気を失っているだけ?」
「今、マヤが見ているが。」
「マヤさんは看護学校でてるんや。」
シンジを落ち着かせようと、トウジが青葉の言葉を補足する。
とある部屋の前で立ち止まる一行。
その部屋はマナに割り当てられた部屋だった。
青葉がかるくドアをノックする。
「どうぞ。」
中からのマヤの返事を聞いてから、ドアを開ける青葉。
ベッドに寝かされているマナの脇に椅子を置いてマヤが座っていた。
「どうだい?」
青葉の問いにマヤが安心させるようにうなずく。
「軽い貧血よ。そんなに心配はいらないと思うけど、しばらくは安静にしていた方が良いかも。」
「ごめんなさい。」
眠っていたように瞳を閉じていたマナがドアの所に立っているシンジ達の方を見つめる。
シンジ達はベッドの脇にやってきて、マナの様子を見る。
「少し、顔色が悪いね。」
シンジがマナの頬に手を当てる。
マナは目を閉じて小さく息をつく。
シンジ…
私のこと心配してくれてるの?
…
…
私…
どうして…
…
…
胸が痛いよ…
…
シンジ…
あなたは…
「ごめんなさい…」
そう答えてマナはシンジを見つめてかすかに微笑む。
その様子を見ていたアスカはなぜか二人を見ていれなくて、視線を逸らす。
分かっていたはずなのに…
この二人は…
でも…
アタシは…
…
…
そんなアスカの表情を見て、マヤは少し首を傾げた。
そして、視線をマナに向け、不思議そうな表情を浮かべて尋ねる。
「どうして、あんなところにいたの?」
「いえ、ちょっと空を見ていて、星が綺麗で…」
少しだけ間を置いた後、視線をそらせて、ちいさい声でマナはそう答えた。
「そう…」
マヤはそう答えた。
「じゃあ、とりあえず夕食を食べることにしよう、マナちゃんは少し休んだ後でということで。」
青葉がそう言うと、ドアを開ける。
その言葉を聞いたトウジが嬉しそうにドアから出ていく。
どうやら、廊下をダッシュしているようだ。
「そうね…その方が良いと思うし…」
マヤもうなずいてマナを見る。
「はい…そうします。」
マナもうなずいた。
それを見てマヤは青葉に話しかける。
「私は一緒にいるわ…」
少し不思議そうな表情を浮かべた青葉だが、マヤの表情を見て軽くうなずく。
マヤが何を考えているのか察したようだ。
「じゃあ、マナくんのことお願いするよ。」
「はい…」
最後にドアを閉めるときに青葉はマヤを見た。
マヤが軽くうなずく。
青葉もうなずき返してドアを閉めた。
「ねぇ、少しお話して良い?」
マヤのその言葉にこくりとうなずくマナ。
「マナちゃんはシンジくんのこと好き?」
いきなりの質問にマナは驚いて目を見開く。
慌てて首を振るが、頬が真っ赤になっていては説得力が無い。
「そう…やっぱりね…」
一人で納得するマヤに何か言おうとしたが、諦めて首を振るマナ。
「どうして…そう思ったんですか?」
「だって、マナちゃんのシンジくんを見る目…がね。」
「…そうなんですか…」
マナは恥ずかしそうにマヤを上目使いで見る。
それを見て、マヤは微笑みながら言葉を続ける。
「でも、もう一人、マナちゃんと同じようにシンジくんを見ている子がいるわね。」
「え…」
「…何かあったの?もう一人の女の子と。」
あえて名前を言わずに尋ねるマヤ。
「…何も無いです。」
少し、無愛想な答えかたをするマナ。
「そう、なら良いんだけど…でもシンジくんってすごくやさしそうだから、
不可抗力って事もあるかもしれないわよ。」
「だから、何も無いんですけど…」
ジト目でマヤを見つめるマナ。
その様子を見て、くすくす笑いながらうなずくマヤ。
「そうね…私が口出ししても余計にややこしくなりそうだし。」
「もう…本当に何も無いんですってば…」
「はいはい、分かってるから。」
マヤのくすくす笑いにつられたかのようにマナにも笑みが浮かんだ。
「シンジくん、ちょっといいかな?」
食事後、席を立ったシンジに声をかける青葉。
「はい?何ですか?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ…」
首を傾げるシンジを連れて部屋を出ていく青葉。
それを見つめるアスカ。
「どうしたの、アスカ?」
ヒカリに声をかけられて、少し慌てたように答えるアスカ。
「へ?い、いや何でも無いわよ。」
ヒカリは少し首を傾げたが、何も尋ねずにまだ食事をしているトウジと、
それを呆れたように見ているケンスケに話しかける。
ちなみに、トウジがまだ食事を食べているのは、これがおかわり4杯目のためである。
「ねぇ、蛍って何時ごろ見に行く?」
その質問はケンスケに向けられたものだった。
ケンスケは壁にかかっている時計を見て答える。
「うーん。そうだな、あと一時間後ぐらいでいいんじゃないか?」
「じゃあ、8時頃…ね。」
ヒカリも時計を確かめて答える。
そして、アスカの方を向いて尋ねる。
「ねぇ、マナちゃんの様子を見に行こうと思うんだけど、アスカも行く?」
「え?えぇ、アタシも行くわ。」
出ていこうとする二人にケンスケが声をかけて立ちあがる。
「じゃあ、俺も行くわ。」
一人残されても嬉しそうな表情でトウジは夕食を食べ続けていた。
「マナくんのことだけど…」
ちょっと散歩に付き合ってくれと前置きし、青葉はシンジを外に連れ出した。
シンジはマナの名前が出て少し不思議そうな表情を浮かべた。
それ以前に自分がなぜ青葉に声をかけられたのかもわからない。
「はい?」
「彼女、空を見ていて貧血になったんじゃないんだよ。」
「え?どうしてですか?」
「僕が彼女を見つけたときにかなり呼吸が荒かったんだ、
そうだな、まるで全力疾走した後みたいに。」
シンジはその言葉を聞いて首を傾げ、うつむいた。
青葉さんが嘘を言うはずは無い。
第一、嘘をついても青葉さんは何も特にはならないし。
そうなると、どうしてマナはあんなことを言ったんだろう?
シンジはあることに思い至って、顔を上げる。
「僕は何か君に原因があるんじゃないかって思ったんだけど…」
シンジはこくりとうなずいた。
「そう…かもしれません。」
そう、マナは見たかもしれない。
僕とアスカが一緒に寝ていたのを…
だから、ドアが少し開いていたんじゃ…
「そうか…心当たりがあるなら話は早い、後は君の仕事だな。」
「…はい。」
シンジはそう答えて小さくうなずいた。
アスカ達が部屋に入った時にマナはちょうど、ベッドから降りたところだった。
「もう、大丈夫?」
ヒカリの問いににっこり微笑むマナ。
その笑みはいつものマナのものだった。
「うん。大丈夫、ごめんね、心配させて。」
そして、シンジがいないことに気付き少し首を傾げる。
「あぁ、シンジは何やら青葉さんと一緒に何処かに行ったぞ。」
「青葉さんと?」
マヤの方を見ると、マヤはにこにこ微笑んでいた。
もう…青葉さん変なこと言ってなきゃ良いけど…
「蛍は8時から見に行くことにしたんだけど、大丈夫?」
「8時ね、わかった。大丈夫だよ。」
アスカ達はマナの部屋から出た。
アスカとヒカリはマナの隣のヒカリの部屋に入っていった。
ケンスケとは途中の階段で別れた。
そして、ダイニングにはシンジがひとり座っていた。
トウジはもう、夕食を食べ終わったのかそこにはいなかった。
マナがやって来たことに気付いた青葉がキッチンから顔を出して微笑む。
「今、料理を作りなおすから。待ってて。」
そう言うと、キッチンの奥に消える。
「私も手伝ってくるね。」
そう言ってマヤもキッチンに消えた。
シンジの向かいに座るマナ。
そのマナを見て微笑むシンジ。
「体は大丈夫?」
マナはにっこり微笑んで見せる。
「うん、もう平気よ。」
二人は黙ってしまう。
キッチンの方から何かを切る音や、炒める音が聞こえてきた。
「ねぇ…シンジ。」
声をかけたのはマナのほうだった。
「何?」
シンジはうなずいた。
何故かマナが何を聞こうとしているかがシンジには分かった。
でも…
どうしてこんなに冷静なんだろうな…
シンジはそんなことを考えていた。
「あのね…私、さっきシンジの部屋で…」
それを聞いてシンジは息を呑んだ。
やっぱりマナは見ていたんだ。
だから…
「アスカさんと一緒にいるの見ちゃったの…」
そこで、息をついて、マナはうつむく。
「それで、私、何がなんだかわからなくなって…」
シンジはそんなマナを見て、息をついた。
「ごめん、あれは…」
一部始終を話すシンジ。
「…だから、なんでもないんだよ。」
それを聞いてこっくりうなずくマナ。
「うん…わかってる…」
マナはこくこく頷く。
しかし、表情を曇らせるシンジを見て手を振って答える。
「お願い…そんな顔しないで。」
そして、シンジを見てはにかむ。
「でも私、気付いたの。自分が思っていたよりも…ずっと、ずっと私はわがままなんだなって。」
いつもの笑みを浮かべるマナ。
しかし、シンジにはその笑みが少し寂しげに笑っているように見えた。
「だから、倒れたのはシンジのせいなんかじゃないから。
二人が一緒にいたからじゃないから。」
「でも、僕が、」
穏やかに微笑んだまま首を振って、答える。
「だって、アスカさんはシンジのこと好きなんでしょ?」
そう言われて、シンジは黙ってしまう。
当然マナも知っているはずだが、面と向かって口に出されると、言葉が出ない。
なんと言えば良いのだろう?
マナは僕と、アスカが一緒にいるのを見てどう思ったんだろう?
「だから…私…わかるの…アスカさんの気持ちが…だって…私は…」
見詰め合う二人。
そして、マナが次の言葉を告げようとした瞬間。
キッチンから青葉が現れる。
「お待たせ。」
二人に向かって、そう一声掛けて青葉がキッチンから料理を運び込む。
「とりあえず、負担にならないような消化の良いものにしたから。」
そう言いながら、料理を並べるマヤは小さくマナにウインクした。
「でもさすがに避暑地だけあって涼しいよね。」
先頭を歩くヒカリがケンスケとトウジにそんな事を言っている。
アスカは最後尾でなにげなく前を歩くシンジとマナを見ていた。
二人は特に何を話す風でもなく、周りの景色を眺めながら歩いていた。
向かって右手は丘陵になっていてその草原を風が渡ってくる。
「まぁな、さっきテレビで見たけど、新東京の方は最高気温37度だってさ、こっちは28度なのにな。」
ケンスケがきょろきょろとあたりを見まわしている。
わき道を探しているのだろう。
「はぁ、そりゃまた暑そうなやな、こっちに来とってよかったわ。」
トウジがため息をついて、答える。
「ねぇ、シンジ。」
マナがシンジの顔を見る。
視線で会話したのか、シンジはこっくり頷く。
「ヒカリちゃん、そういえば…」
マナはヒカリの元に小走りに近づいて何か話しかけている。
シンジは立ち止まり、アスカの方を振りかえる。
「どうかした?」
首を傾げて尋ねるアスカにシンジは首を振る。
「ううん、別に。」
そして、二人は並んで歩き出す。
ちょうどケンスケがわき道を見つけたようで、その道に入っていく一行。
「蛍なんて何年ぶりだろ?」
そう言うシンジにアスカは視線を向ける。
「覚えてる?」
その声は小さかったが、シンジには聞こえたようで軽く頷いて答えるシンジ。
「うん。二人で蛍見に行ったときのことだね。
あれが最初で最後だな、僕は。」
「そう、近くだって聞いたのに十分以上歩いて、やっと小川のほとりに着いて。」
シンジはくすくす笑って答える。
「あの時、アスカってば近くだからって着替えないでスカートで、
何回か枝に裾取られて大変だったね。」
アスカも笑顔を浮かべて答える。
「そうよ。もう何度、見るのやめて帰ろうかと思ったことか。」
「でも、帰らなかったじゃない。」
少し意外そうな表情でシンジはアスカを見る。
いよいよ森の入り口に差し掛かったのか、背の高い木がわき道の左右に見えるようになった。
さきほどから虫の鳴き声がうるさいほど聞こえてくる。
「だって…」
それきり黙ってアスカはうつむいた。
シンジがその度にからまった枝を取ってくれたし…
「だって?」
「ううん、なんでもない!」
アスカは首を振って答える。
「え〜、気になるよ〜。」
「内緒!」
アスカはそう答えると前を歩いているマナとヒカリの元に走っていく。
シンジは苦笑を浮かべ肩をすくめる。
「あれ?いま光らなかった?」
マナが立ち止まって指差す。
「うん、光ってる光ってる。」
アスカが目を凝らして答える。
さらに道を奥に向かって歩く一行。
しばらく歩くと、さまざまなところで蛍が光り始めた。
「すごいな。」
「そうね…」
小さなフラッシュを連続してたくようにちかちかと蛍達は光っている。
「たしか、この奥にある小川が一番多いらしいけど。」
そして、ケンスケの指差す方向に歩き始める一行。
「しかしまぁ、えらい遠いな。」
先頭を歩くトウジがため息をつく。
「でも、もう少しじゃない。」
その隣を歩いているヒカリが答える。
ケンスケもその後ろで青葉に書いてもらった地図を確かめてうなずく。
「そこの角を曲がったら、目的地だぞ。」
そして、角を曲がった一行。
確かにそこには小川があった。
そして…
「すごい…」
そう言ったアスカの言葉はその場にいた全員の思いを語っていた。
小川の両岸に無数の蛍が飛び交い、まるで光の道のように上流に続いていた。
せわしく明滅する光がマナの元に飛んでくる。
そして、服に止まってゆっくりと光り始める。
「あれ?服に止まってるよ。」
「おわっ、ワイの服もや。」
トウジが慌てたように自分の服を見て声をあげる。
蛍達は飛び回ったり、草の葉などに止まったりしながら明滅を繰り返す。
小川のせせらぎと、虫達の鳴き声、そして蛍の光がこの場所を構成する全てだった。
「きれいね。」
いつのまにかシンジの傍にやってきたアスカが小さく呟く。
シンジはそのアスカをみて小さく囁く。
「あの時はもっと少なかったね…」
「そうね…でも同じ位綺麗だよ。」
シンジは視線を戻しちいさく頷く。
「そうだね…」
そのまま黙って蛍を見る二人。
「冷たい…」
マナとヒカリが小川に手をつけたようだ。
二人は顔を見合わせて微笑む。
「どうして、こんなに冷たいのかな?」
「涌き水なんじゃないかな?」
ケンスケが二人の傍にやってきて言う。
「ふうん…これでスイカ冷やしたいな〜。」
「そりゃいいで。明日やるか。」
いつの間にかトウジが会話に加わる。
笑っている四人を見て、シンジも笑みを浮かべる。
「何か、昔に帰ったみたいだね。中学の頃はこうしてよく遊んだよね。」
「そうね…」
アスカもかすかに笑みを浮かべる。
「…でも…」
そう小さく呟きシンジを見る。
シンジもアスカを見る。
「今は違う…私は帰らないといけない…」
その言葉は虫達の鳴き声にかき消された。
アスカはシンジから視線をそらせて息をつく。
「私にとっては、みんなと一緒のこの光景は非日常になってしまったの…すごく特別なものに…」
シンジは視線をさまよわせる。
目の前に広がる幻想的な光景とはかけ離れた現実を突きつけられたようで、身震いする。
アスカにとっては非日常になってしまった。
みんなと一緒にいることも、僕と一緒にいることも。
それはアスカにとってはどうなのだろうか?
悪いことなのか?それとも…
「どうして、ドイツに行こうって決めたの?」
ずっとアスカに聞きたかったこと。
でも聞けなかったこと。
今なら、聞いていい気がした。
だから、シンジは聞いた。
「怖かったから。壊れるのが怖くて…でも、どうせ壊れるんだったら、私から壊そうと思って。」
そう…
シンジの傍にいたらアタシじゃなくなりそうで…
だから、アタシは…
「壊す?」
アスカはこっくりと頷いて答える。
「そう…アタシは怖かった、一緒にいるのが当たり前になって、それに頼って。
でも、いつまでもそんな関係が続くはずも無いし…だから…」
そう、ずっと一緒にいるなんて信じられなかった。
どっちかが耐えられなくなるんじゃないかって思った。
だからアタシはシンジから離れようとした。
そんな関係壊してしまえば良いと思った。
…
でも、おかしいよね。
それなのにシンジは何も言ってくれないのがすごく気に入らなくて。
…
まったく矛盾してるね。
もともと自分が壊そうとしたものなのに、それに頼って。
どうしてあの時にその矛盾に気付かなかったのだろう?
そうすれば今ごろ…
…
「僕から離れた…」
シンジは呟くように言った。
ずっと一緒にいれない。
そうかもしれない。
そうじゃないかもしれない。
でも、あの時のアスカは、どうなるか不安で、
だからいっそのこと自分から、無かったことにしようとしたんだ。
すべて忘れようとしてドイツに…
もし、僕があの時にそれに気付いていれば…
…
それは無理か…
僕は何も知らない子供なのだから…
あの時も…
この今も…
「…」
アスカはそれには答えず空を見上げる。
木々の隙間から見える夜空には明るい星がいくつか輝いていた。
「アタシね、シンジから離れて一つだけわかったことがあるの…」
アスカは風に揺れる髪を押さえシンジの方を向く。
「シンジの傍にいた時のアタシが本当のアタシなんだって。」
そう…
こうしてシンジの傍にいるとわかる。
ドイツにいる私はまるでアタシじゃない他の誰かのようで。
まるで、知らない他人のようで、良い子ぶって、物分りがよくて。
少し驚いた表情をするシンジにはにかんでアスカは微笑みかける。
「…ごめんね。今更こんな話しても困るよね…」
「…僕は…」
シンジはそこで言葉を切る。
ずっと僕の傍にいてくれたアスカ。
何をするにも一緒だったあの時。
それがずっと続けば良いと思っていた。
いや、それが続くものばかりだと安心していたんだ。
安心?
果たしてそうなのだろうか?
僕はアスカがドイツに行くと知ったときに、妙に納得しなかったか。
アスカはいつか僕の傍からいなくなる。
そう感じたのではなかったのか?
どこかでそう感じながら、それでも一緒にいたい。
そう思っていたんだ、僕は。
今はどうなのか?
アスカのことは…
…
駄目だ。
でも、まだちゃんとした答えになっていない言葉しか返せない。
今、言っても良いのだろうか?
それはアスカを苦しめるだけなんじゃないのか?
それならいっそのこと言わなくても…
しかし、その瞬間、シンジの脳裏にある女の子の顔が浮かぶ。
そう…言わなければいけない。
逃げちゃ駄目なんだ。
アスカはいなくなってしまう。
次いつ会えるかなんて分からない。
だから…
せめて、今の思いだけでも。
シンジは小さく息をつき、押し出すようにアスカに告げた。
「僕は…アスカのこと好きだ…よ。」
「え?」
アスカは驚いたように目を見開く。
聞けるとは思っていなかったその言葉。
今シンジが言ったのはその言葉なのか。
しかし、シンジは首を振って続ける。
「でも…それ以上は…」
それ以上。
アスカは好きと言ったシンジの言葉の意味をそれで感じ取った。
好き。
この好きは友達としての好き。
それ以上の好きじゃないんだ。
…
「難しいよね。アスカのことは好きだよ。
でも、その「好き」が何を意味しているのか、今の僕にはわからないんだ。」
そうよね…
アスカはちいさくうなずいた。
それ以上望むのは、無理だよね。
でも、それでも、一つだけ聞いておかなければならないことが…
「マナさん…は?」
シンジはその名前を聞いて表情を曇らせる。
「好き…だよ…でも、わからないんだ…」
首を振って、表情をゆがめてシンジはうつむく。
「…卑怯だとは思う…でも、わからないんだ…僕には。
そもそも僕にそんなこと決める資格があるのかさえも…」
「資格?」
「そう、本当はひどい奴なんだよ、僕は。
アスカもマナもそれを知らないだけで。
だから、そもそも二人に好きになってもらう資格なんて…」
「そんなのアタシ達が決めることよ!」
そのアスカの答えにシンジはアスカの顔を見る。
「誰の意思でもない、自分の意思でアタシはシンジの事が好きなの。
マナさんだってそうだと思うよ。
誰がなんと言おうが、シンジが自分のことどう思おうがこれは変えられないの。」
そう言って、アスカは息を付く。
「だって、好きなんだもの。」
そして、アスカはシンジに背を向け、他の四人がいるところに歩いていく。
シンジはその後姿を見つめることしか出来なかった。
あとがき
どもTIMEです。
Time-Capsule第23話「忘れないよ、その言葉」です。
マヤとマナを話させるのがややこしいぞ〜。
っていうのは置いておいて。
久しぶりの更新ですが…
やはり終わりませんでした〜。(^-^;;
もともと、23話は蛍を見に行くところからで今回書いた前半部分は書かない予定でした。
でも、それじゃ、ちょっとまずいかなということで軽い気持ちで書き始めたんですが、結構長くなりましたね。
そのせいで後半部分が次の24話に流れることになりました。
あと、アスカ、シンジの会話の中の蛍の話は24話で出てきます。
しかし、なかなかに難しい展開です。
結局シンジは答えを出していませんし、
ある意味アスカにとっては辛い展開なのかもしれません。
で、次回24話は2日目と最終日、さらにアスカの帰国まで書く予定です。
#なんとなくまた終わらなさそうで、ヤバいのですが。(^-^;;
アスカ編ラストということでいよいよ前置きも終わり(実はここまで導入だったんですよ、これが。)
本編に向けた動きが起こり始めます。
では、次回TimeCpasule第24話「ずっと傍にいたいよ」でお会いしましょう。