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夕闇迫る波打ち際で二人は海を見ていた。
太陽が水平線に沈んでいく。
二人は風に髪を揺らしながら並んで海を見ていたが、
何を思ったかアスカはゆっくりと海に入っていく。
シンジはその様子をじっと見詰める。
ゆっくりとシンジの方を振り向くアスカ。
真っ赤な太陽を背にしてアスカはシンジを見つめる。
シンジは目を凝らすがアスカの表情が伺えない。
吹き寄せる風がアスカの髪を激しく揺らす。
どこかでカモメが鳴いている。
空が闇に覆われていく中、ゆっくりと頭を振るアスカ。
夕日が水平線に沈んでいく。
頭上に闇が広がる、そしてその闇は水平線に打ち寄せていく。

「アスカ?」

「シンジ…」

真っ赤に輝いていた海が濃い紺色に染まっていく。
それと共にアスカの姿が闇に包まれていく。
シンジは一歩、そしてまた一歩歩み寄る。
足元に波が打ち寄せる。

「そろそろ戻ろうか。」

「そうね…」

アスカはくすりと笑ったようだった。
声は聞こえない、でも雰囲気でシンジはそう感じた。
吹き寄せる風が強くなってきた。

「帰ろう。」

シンジはもう一度繰り返し、そして、アスカはうなずいた。
 
 
 
 
 
 
 

そしてその直後。
彼女は髪を切った。
僕はそれを彼女に聞いた。
 
 
 
 

どうして髪切ったの?

どうしてだと思う?

僕に聞かれてもわかんないよ。

ふうん。そうなんだ。

そうなんだって、もしかして僕のせい?

さぁどうなんでしょ。

もう、はっきりしないね。

そうね、はっきりしないよ。

どうしたの?

本当に僕のせいなの?

心当たり無い?

ないみたいね…

うん…

じゃあ、シンジのせいじゃないんじゃないかな?

何かあいまいだね。

そんなことはありません。

そう?

そうよ。

そんなに気になる?

だって、いきなり切るんだもの。

そうね…シンジと会ってからはずっと短くしなかったから。

って、会う前は短かったの?

知りたい?

知りたくない?

そりゃ、気になるといえば…

気になると。

うん。

あのね…アタシは小さい頃は短くしてたの。

そうなんだ。

うん。でも、ちょっとしたことがあって、それで伸ばしてみたの。

うん。

そしたら、何か自分でも気に入っちゃって。

でも、切っちゃったんだ。

うん。ちょっとね…

大丈夫、シンジは関係無いから。ただの気分転換。

そう…なんだ。

そうよ。
 
 
 
 
 
 

彼女はそう答えた。
でも僕はうすうす感じていた。
彼女が髪を切った理由を。
結局僕は子供だったんだ。
あの時も…
そして…
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
TIME/99
 

第18話
真夏の夜の花
 
 
 
 
 

「というわけで。」

ヒカリはにっこり微笑んで、アスカの顔を覗きこむ。
アスカは気乗りしない様子で、視線をおろす。

「せっかくだから、二人で行ってみたら?」

アスカは視線をさまよわせ、そしてヒカリの方を上目使いで見る。

「でも…」

「でもも、かかしもないの。何のために戻ってきたの?」

「それは…」

口篭もるアスカ。
それを見て、ヒカリはアスカの前に座る。

「もう、アスカらしくないわね。会ったときの勢いはどうしたの?」

「うん…それはそうなんだけど。」

ヒカリはそんなアスカの様子に首をかしげる。
いつものアスカらしくない。
というか何か心ここにあらずって感じなんだけど。
どうかしたのかな?
ヒカリは聞いてみることにした。

「ねぇ、アスカ。」

アスカはそのヒカリの口調にびくりと肩を震わせてヒカリを見る。

「何…?」

「何か私に隠し事していない?」

その質問にアスカは目を見開いてヒカリを見る。

「え…どうして?」

「だって、アスカ、心ここにあらずって感じだし。」

その言葉を聞いてアスカは小さく息を吐く。
そしてうつむく。
しばらくそのままで考えた後、アスカは小さい声で答えた。

「あのね…今日の夜、シンジと一緒に花火見に行くの。」

「え?」

「二人で一緒に行こうって約束したんだけど…」

ヒカリは首をかしげて尋ねる。

「別にいいじゃない、チャンスじゃないの?」

それにはアスカもこっくりとうなずく。

「そうなんだけど…」

「何か問題があるの?」

アスカはまたうつむき少し考える。
そして小さく首を振って答えた。

「…ううん。何でもないの。」

アスカは顔を上げてにっこり笑って見せる。

「ありがと。後は自分で考えるから。」

「…」

納得がいかなさそうな表情をするヒカリにアスカは手を合わせて答える。

「ごめん。自分一人で考えたいの。」

「そう…わかった。」

ヒカリはため息をついて微笑む。

「ごめんね。」
 
 
 
 
 
 

アスカはベッドに寝転がって天井を見る。
中学時代に使っていた自分の部屋は、
最後に見たときと全く変わっていなかった。
エアコンから涼しい風が送られてきて、部屋の中は快適だった。
なんだろ?
この気持ち。
アタシ何考えてるのかしら。
ふうと小さく息をつく。
アタシはどうして日本に戻ってきたの?
何を確かめたかったの?
左手を目の前にかざすアスカ。
中指にはシルバーのリングが輝いている。
最初はシンジにどうしても確かめたいことがあるからって考えてた。
でも、シンジの顔を見て、
本当はアタシはもっと違うことを確かめたかったんだって気付いた。
でも、その気持ちって本当なのかな?
久しぶりに会ってそう感じただけじゃないのかな?
どうなんだろ?
アタシはシンジのことを…
好きなのかもしれない。
でもそう思いたいだけなのかもしれない。
ごろりと横になって、机のある方をぼんやりと見つめるアスカ。
ドイツに行くときに持っていくか迷って、持っていかなかったモノがそこにあった。
いろいろな思いがこんがらがって、どうすれば良いのか分からない。
シンジにどんな顔をして会えば良いのだろう?
どうしてアタシを誘ったのだろう?
そのとき、ヒカリから聞いた女の子のことが浮かぶ。
彼女のことはどう考えているのだろう。
一緒に暮らしていて、今はたまたま離れているけど、いつも傍にいてくれる。
シンジは彼女のことをどう思っているのだろう?
そして彼女はシンジのことをどう思っているのだろうか?
わからない。
何もかも全て分からない。
こんな風になるのだったら、帰ってこなければ良かったのかも。
アスカは再び、天井を見上げる。
でも、それは無理だったから。
どうしても、確かめたかったから。
気付いていなかったけど、シンジに会いたかったから。
 
 
 

「もう、本当にバカなんだから。」

彼女はそう言うと彼の額から暖かくなったタオルを取り上げる。
彼は申し訳なさそうに笑みを浮かべ、答える。

「ごめん、せっかく約束してたのに。」

「そうよ、こんな時に風邪をひくなんて…」

彼女は彼の額に手を当てる。
そして、くすくす笑う。

「でも、それがシンジらしいけどね。」

「そうかな?」

彼は潤んだ瞳で彼女を見る。
彼女はこっくりうなづくと、持ってきた冷たいタオルをシンジの額に乗せる。

「冷たい〜。」

彼はそう呟いて、顔をしかめる。

「自業自得。」

彼女はにっこりと微笑む。
彼もつらえて笑みをこぼす。

「でも、この埋め合わせはしてもらわないとね。」

「なにをすればいいかな?」

「そうね…」

そして、彼女は彼の耳元で囁いた。
 
 
 

約束。
あの時に交わした約束。
覚えてるかな?
何故か僕は覚えている。
どうしてかわからない。
でも、ふっと思い出したんだ。
最近昔のことを良く考えているせいかもしれない。
あの時に交わした約束。
「いつでもいいから、アタシをどこかに連れていって。」
遅くなったけど約束を守るよ。
それに…
僕も確かめたいことがあるから。
君のこと。
そして彼女のこと。
自分のこと。
全部確かめたいから。
何が真実なのか。
そして、僕の本心は何処にあるのか。
 
 
 
 

漆黒の闇の空にぱっと赤い花が咲く。
そして、鼓膜を震わせる。大音響。
二人は川辺の堤防に並んで座っていた。
毎年開催される花火大会であるため、地元の市民は
何処に行けば良く見えるか知っている。
まわりにはたくさんの市民が思い思いに座って夜空を見上げている。
さすがに真夏の夜なので、気温も高く蒸し暑い。
いわゆる、日本の熱帯夜であった。
二人はうちわで軽くあおぎながら、花火を見る。
シンジもアスカも浴衣を着ていた。
別にしめし合わせた訳ではなかったが、
中学の時の記憶がそうさせたのか、はからずも二人とも浴衣を着ていた。
シンジは濃い紺の浴衣を、
アスカはうすい草色の浴衣を着ていた。
「まさかこの浴衣を着ることになるなんてね。」
アスカはそう言ってはにかんだものだ。
今はまだゆっくりと打ち上げをしている。
ふと、アスカは隣に座っている横顔に視線を向ける。
花火が咲くときの光がシンジの顔を照らし出す。
また、こうして二人で花火をみれるとは思っていなかったな。
帰ってきたらこういう機会もあるかなって思ってたけど。
でも、すごく不思議な感じがする。
まるで、あの頃に戻ったみたい。
まだ二人が中学生で一緒に学校に行って、
一緒にバカやってた頃。
たった、一年半ほど前の事なのにね。
どうして、懐かしいなんて考えるのかな?
しばらく会ってなかったから?
それともアタシが…
シンジがアスカの視線に気付き、首をかしげてアスカを見る。
アスカはにっこり微笑んで首を振る。
そのしぐさに会わせてアスカの髪が揺れる。

「髪、そのままなんだね?」

シンジがアスカの髪を見てそう言った。
アスカは髪に軽く触れる。

「なんとなくね。短くすると伸ばすのが面倒くさくなって。」

「そんなものかもね。」

シンジは微笑む。
アスカも微笑み返す。
でもね、シンジ。
アタシがあの時に髪を切った理由はまだ話してないんだよ?
本当はね。
本当はシンジが…
アスカは首を振って、視線を華やかに開いた花火に向けた。
 
 
 
 

「ねぇ…シンジ。」

アスカは聞こうかどうしようか迷っていたが、シンジに話しかける。

「あのね…今日はどうして二人で行こう…って誘ってくれたの?」

上目がちにシンジを見つめるアスカ。
シンジはにっこりと微笑むと、答えを返す。

「約束したからね。」

不思議そうにアスカは首をかしげる。
約束。
誰と?
アタシとそんな約束したの?
そんなアスカの様子を見てシンジは話し出す。
それは中学3年の夏。
やはり花火を見に行こうと約束した時のこと。
シンジは風邪を引いて寝こんでしまって、
アスカはそのシンジの看病をした。
そのときに二人の間に交わされた約束。

「正直言うと、忘れてたんだ。でも何故か思い出して。
それだったら、もともと約束してた花火を見に行く約束を果たそうと思って。」

「そうだったんだ…」

そういえば、シンジにそんなことを言った気がする。
アタシはすっかり忘れてたのに。
シンジは覚えてくれてたんだ。
どうしてかな?
どうして、そんなにちゃんと覚えてるの?
アタシは軽い気持ちで言ったのにシンジはどうしてちゃんと覚えていてくれるの?
これもそうだよね。
この時計もシンジが…

「時計…ありがとね。」

不意にアスカは身につけている時計をシンジに見せる。
シンジは少し驚いたようだったが、すぐに笑みを浮かべる。

「使っててくれてて嬉しいよ。それも正直言うと忘れててね。
アスカの何を渡そうかって思ったときにふいに思い出して。」

「冗談だったのに。」

時計は水銀灯の光を反射して輝く。

「ふうん。そうだったんだ。とてもそうには思えなかったけど。」

シンジは少ししかめ面を浮かべて見せる。
もちろん口元には笑みが浮かんでいるが。

「でも。すごく嬉しかった。シンジ。ちゃんと覚えてくれていたんだって。」

そのアスカの口調に照れ笑いを浮かべるシンジ。

「直前まで忘れていたけどね。」

首をふるふる振って答えるアスカ。

「ううん。そんなことない。」

アスカは顔を伏せる。
こんなにアタシの事を見ていてくれるのに
どうしてあの時は…
アスカはちらりとシンジの顔を見る。
どうしてアタシはちゃんと聞かなかったのだろう。
そうすれば、こんな思いしなくても…

でも、まだ今なら…

「シンジ…」

「何?」

軽い口調でシンジは答える。

「一つ聞いていい?」

「うん。いいよ。」

アスカはふいにシンジの手を握る。
シンジは少し驚いたようにアスカを見る。
触れていたかったから。
そうしないと、勇気が出なかったから。
アスカはじっとシンジの瞳を見つめる。

「あのね…」

声が出ない。
囁き声になってしまう。

「どうして何も言ってくれなかったの?」

その言葉にシンジの表情がこわばる。
一瞬、シンジの表情に変化が現れたが、それはアスカには見えなかった。

「…」

シンジはゆっくりと視線を空に向ける。
空には夏の星座が輝いている。

「アスカが自分で考えて決めたことだから。」

アスカはシンジの手をぎゅっと握る。

「そう、アタシが自分で決めたこと。でも。」

シンジは首を振るとうつむく。
そして、小さな声で囁く。

「じゃあ、行くなって言ったらやめてた?
嫌だ、僕の傍にいて欲しいって言ったらやめてた?」

そして、顔を上げてアスカの瞳を見る。

「そんなことないよね。
アスカが自分で決めたことなんだから。
だから、僕は何も言わなかった。何も言えなかったんだ。
口に出せば、何を言うかは分かっていたから。」

「シンジ…」

再び顔を伏せ、ため息をつき首を振るシンジ。

「結局、僕は子供なんだよ。
だから、あの時は沈黙するしかなかった。
賛成することも出来なければ、
傍にいて欲しいとも言えなかった。
ただそれだけだよ。」

アスカはそんなシンジをじっと見つめる。
しばらく沈黙する二人。
そしてアスカは意を決して尋ねた。

「じゃあ、今はどう思ってる?」

シンジはさらに首を振る。

「さぁ、どうかな。あれから時間が経ったけど、
やっぱり僕は子供なんだよ。だから…」

顔を上げてアスカを見るシンジ。
大きな音を立てて車が走り去る。
車のライトが一瞬、シンジとアスカの顔を照らし出す。

「今は何も言えない。けど…」

「けど?」

シンジは苦笑を浮かべて答える。

「このままじゃ…いけないから。」

それだけ言うとシンジは視線を川原に向ける。
アスカはその瞳から何かを決意したような輝きを感じた。

「大人にならないとね。」
 
 
 


NEXT
ver.-1.00 1999_04/21公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき

どもTIMEです。
TimeCpasule第18話「真夏の夜の花」です。

アスカ、シンジのお話です。
実はアスカ−シンジの関係ではシンジが約束を覚えていて、
アスカは覚えていない。というマナ−シンジとは逆の関係になっています。
実はこの関係が今後の展開上、重要だったりします。

17話でご指摘をいただいたのですが、
17話前半部分はマナがシンジと一緒に学校に行くことになってからの回想です。
いつも回想部分は
この色をつけていたんですが、付けて無かったですね。
今回も前半は回想部分です。

過去の回想部分が多くなってきたので、
またサイドストーリにして出すことにしました。
一番近いのが部屋80000ヒットなのでそちらで公開します。

次回ですが、シンジ君のある夏の一日です。
では次回第19話「平穏な一日」でお会いしましょう。
 






 TIMEさんの『Time Capsule』第18話、公開です。







 マナのこと。
 レイのこと。

 今回は

 アスカのこと。



 や〜

 ホンマ大変やわ。。。



 シンジは覚えていたけど、アスカは  って事と
 その逆の
 アスカは  って事で、


 微妙さが(^^)




 シンジははっきり出来るのかな!?



 さあ、訪問者の皆さん。
 ノリノリのTIMEさんに感想メールを送りましょう!






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