いつもと変わらぬ、夏の一日が始まる。
起きあがって、カーテンを少しだけ開けてみる。
まぶしい朝の日差しが瞳を真っ白に焼く。
今日もいい天気のようだ。
でも、実は今日はすることが何も無い。
空白の一日。
何も予定が無く、しなければならないこともない一日。
何をしてすごそうか?
…
こういう暇な日は久しぶりだな。
ここ、数週間、いや、もっと前から毎日がイベントの連続だった気がする。
どうしてだろう?
考えるまでも無いか。
彼女が僕の傍にいたから。
だから、毎日がイベント続きだったんだ。
でも、その彼女も今はここにいない。
だから、僕はこうやって暇になった。
どうしよう?
今日一日どうして過ごそうか?
Time Capsule
TIME/99
第19話
「平穏な一日」
彼女は砂浜を歩いていた。
頬をなでる風は心地よく、打ち寄せる波の音、潮の香りが体を包み込む。
空には満天の星空。
スカートの裾が海からの風ではためく。
二人で来たかったな。
ふとそんな思いが浮かび苦笑を浮かべる。
今、何してるのかな?
バイトやるって言ってたから、今ごろバイト先かな?
砂を踏みしめる感触が快い。
立ち止まった彼女は月光で浮かび上がった自分の影を見つめる。
砂浜の砂が銀色に輝く中、漆黒の闇が彼女の影を作っていた。
もう少しだね。
もう少しでシンジに会える。
それまで、がんばれ。私。
くすくす。
彼女はちいさく笑う。
なんだか、おかしい。
どうしてこんなこと考えてるんだろ、私。
そして彼女は、ふと思い出したように髪に手をやる。
髪切っちゃったけど、良かったかな。
ちゃんとシンジに聞いてからにすれば良かったかな?
でも、きっと気に入ってくれるよね。
だって。
私が気に入ってるんだもの。
くすくす。
…
でもまるで、恋人気分ね。
どうして、こんなに好きだって、思うんだろうね。私。
どうして、こんなに一緒にいたいって、思うんだろうね。私。
どうして、こんなに声が聞きたいって、思うんだろうね。私。
冷静に考えてみると不思議だよね。
だって。
ずっと会ってなかったんだよ。
それなのに、今はもう2週間離れただけで…
ほら。
こんなに心が痛いよ。
ずきずき痛むよ。
どうすればいいのかな?
これが好きって思いなのかな?
すっごく悲しくて、寂しくて、つらくて。
でも、顔を見たとたん、すっごく心地よくなって。
ずっと一緒にいたい、顔を見ていたい、話をしていたいって思うの。
これが好きって思いなのかな?
もしそうなら。
人を好きになるって、すごく大変だよね。
私、大丈夫かな?
シンジに好きってちゃんと言えるのかな?
すごく不安だよ。
変だね。
一度ね、夢にシンジが出てきたときに言おうとしたの。
でも、うまく言えなくて。
結局言えずに目が覚めて。
すごく悔しかったの。
それでね、その日の夜に絶対に夢の中で言おうって決めたのに、
シンジってば出てきてくれないし。
…
…
私、すっごくわがままなのかな?
だって、最初は会えればいい。
顔を見れればいい。
って考えてたのに。
会って、一緒に暮らすようになって、
もっと、シンジのこと見ていたい。
ずっとそばにいたい。
って考えるようになって。
好きって思いが強くなって。
今はほら。
こんなにシンジのこと好きなんだよ。
シンジ。
わかってる?
こんな私にしたのはシンジなんだよ。
ちゃんと責任とってくれる?
私だけを見ていてくれる?
ずっとそばにいてくれる?
知りたいの。
シンジはどう思ってるの?
私のこと。
はっきり言って欲しいな。
私のこと、どう思ってるか。
さてどうしようかな?
シンジはソファに腰かけ時計に視線をやる。
まだ11時か。
先は長いな。
夜にマナから電話がかかってくるけど…
それ以外は、何もないし。
アスカも両親と出かけてるし、
父さんと母さんは仕事の追いこみで帰ってこないし、
一人だな。
今日はずっと。
でも、こんなの久しぶりだな。
さて。
本当にこれからどうしようかな?
なぜか、特にやりたいこともないよな。こういう時に限って。
バイトもないし。
そうか。
ちょっとバイト先にでも顔を出すかな。
でも、外は暑そうだな。
どうしよ。
…
…
なんか、すごく、眠くなってきた…
まぁ、いいや…
とりあえず…
寝よう…
シンジはソファの肘掛に手をつきこっくりこっくりと眠り始めた。
「ねぇ、一緒に花火しよ?」
彼女はTVを見ていた彼の元に歩いていくと、その顔を覗きこむように見る。
彼はびっくりしたように後ずさる。
「なによ。そんなにびっくりしなくても。」
「だって…」
シンジは息をついて答える。
そしてTVを指差す。
不思議そうに彼女はTVに視線を向ける。
どうやら、怪談番組を見ていたらしい。
「こんなの見てたの?」
「うん。なんとなく面白そうだから。」
シンジは少しだけ首を傾げてマナを見る。
「花火するの?」
こっくりうなずいてシンジの手を取るマナ。
「うん。一緒にしようよ。」
「いいよ。でもレイはどこにいったのかな?」
シンジは部屋の中を見まわす。
もちろんそこにレイはいなかった。
マナは庭のほうを指差して答える。
「レイちゃんは先に行くって庭で待ってるよ。」
シンジは笑みを浮かべて立ちあがる。
「レイってばそんなに花火したかったんだ。」
マナもにっこり微笑む。
「だって、花火しようって叔父様にしつこく言ってたから。」
「ふうん、そうなの。」
二人は縁側の引き戸を開ける。
そこにはすでに赤い光を発している花火を持ったレイがいた。
「二人とも遅いよ〜」
レイはその花火をぐるぐる回しながら声をかける。
シンジは笑いながら、縁側に座る。
マナは靴をはいて庭に出る。
「シンちゃんはしないの?」
「するよ。」
シンジはそれでも縁側に座って、
マナとレイが花火で遊ぶ様子を見ていた。
「どうかした?」
マナが不思議そうな表情でシンジの傍に来る。
シンジは首をふるふる振って答える。
「ううん。なんでもないよ。」
シンジはそう答えると、立ちあがり、
花火がたくさん入っている袋の所に歩いていく。
「やっぱり、シンちゃんはこれ。」
レイは袋の中から大きな打ち上げ花火をシンジに渡す。
「これ?僕も手に持つ花火が良いな。」
「駄目。シンちゃんは男の子なんだから。打ち上げ担当。」
その口調にシンジは苦笑し、うなずく。
そして、その打ち上げ花火を少し離れたところに置く。
「じゃあ、いくよ〜。」
導火線に火をつけシンジは慌ててその場から離れる。
思っていたよりも情けない音を発して花火が打ち上げられる。
しかし、開いた花火は大きな赤い花を開く。
「うわぁ。きれい〜」
「きれいね。」
二人がはしゃぐ様を見つめて、シンジは笑みを浮かべた。
うん?
誰か呼んだ?
シンジは顔を上げ、あたりを見まわす。
視界に入るのは見なれた自分の部屋の光景。
起きあがって、シンジは頭をかく。
誰かの声が聞こえたんだけどな。
シンジは少し首を傾げ、時計を見る。
げっ。もう5時だよ。
結局、何もしないで過ごしたことになるのか。
何かもったいないことをしたような気がするけど、
まぁいいか。
夜はちゃんと食べないと。
シンジはソファから立つとリビングからキッチンに入る。
さて、何を食べようかな?
シンジは冷蔵庫の中を覗く。
うーん。
でも、あんまり食べたい気分じゃないな。
そりゃそうか。
起きたばかりだし。
もう少し後で何か作るか。
と、電話がいきなり鳴り始める。
はいはい。今出ますよ。
シンジは受話器を上げて答える。
「はい、碇です。」
「シンジか?ケンスケだけど。」
「やぁ、久しぶり。って言っても3日前に会ったっけ?」
「そうだな。ところで、今暇か?
前の惣流ん家で撮った写真を渡しに行こうと思ったんだけど。」
シンジはちらりと時計を見る。
「今から?」
「あぁ、そうだけど。」
「うん。いいよ。別に何も無いから。」
「じゃあ、今から行くよ。6時くらいになるから。」
「わかった。」
受話器を置いてシンジは伸びをする。
さて、ケンスケが来るまでTVでも見るかな。
アタシは戻ってきた。
ここに。
彼女は目の前に広がる海を見て息をついた。
戻ってきた。
ずっと忘れられなかったこの場所に。
月の光に照らし出されて、全てが銀色に輝く。
波の波涛がきらきらと輝く。
シンジに、嫌いだって言われたこの場所に。
あの時シンジはここでアタシに…
それはちょっとした誤解だった。
でも、二人の関係を決定付けた誤解だったかも。
そう、あの時は別に深い意味はなかった。
ただ、好きなの?って聞かれて嫌いって答えただけだった。
もう少し、考えてから答えれば良かった。
あんなこと言わなきゃ良かった。
だから髪を切ったの。
シンジに謝りたかったから。
理由を聞かれても答えなかったけど、シンジは分かってるよね。
だって、あの時からシンジはいつも通りにアタシに接してくれたもの。
海を渡ってきた風が彼女の髪をなでていく。
この潮の香り。
あの時と変わらない。
変わったのはアタシ達の関係。
もう、戻れない。
あの時には戻れない。
それはわかっていた。
それを知っていてアタシは今の道を選んだのだから。
彼女はうつむいて小さく息を吐く。
月の光で出来た影が海に向かって伸びていく。
どうして、アタシはそういう行動を取ったのだろう。
シンジから離れようとしたのだろう。
彼女は小さな苦笑を浮かべる。
そう、わかってる。
アタシは分かってる。
怖かったんだ。
すごく。
だから、アタシはシンジから離れようとした。
でも、それは間違いだったかな。
ずっと一緒にいると当たり前になってしまうようなことが、
実は一番大切なことなんだよね。
彼女はゆっくりと砂浜を歩き出した。
でも、もう戻れない。
離れてしまった二人の道は交わらない。
大人にならないとね。
そのシンジの言葉。
アタシにはわからない何かがそこには込められていた。
だから、アタシは…
チャイムが鳴る。
シンジはTVから視線を時計に移す。
時間通りだな。
シンジは立ちあがり玄関の方に行く。
ドアをあけると、そこにはケンスケが大きな袋をもって立っていた。
「よう、シンジ。約束通り写真持ってきたぞ。」
ケンスケは写真が入った袋をシンジに渡す。
「ありがと、これ全部もらっていいの?」
「あぁ、とりあえず、シンジと綾波さんの写っているやつは全部入ってるし。」
「とりあえず、上がったら?ここじゃ、何だし。」
ケンスケは手を振って答える。
「いや、今日はこれでお邪魔するよ。約束があるから。」
「約束?」
首を傾げて尋ね返すシンジ。
ケンスケは苦笑を浮かべて答える。
「あぁ、今日ミカが帰ってくるから。会いに行く約束してるんだ。」
シンジは苦笑を浮かべる。
「と、いうことは。」
こっくりうなずくケンスケ。
「あぁ、そういうことだ。」
「なるほど。」
「シンジも来るか?」
ニヤリと笑ってケンスケは話す。
「い、いや、つつしんで辞退させてもらうよ。」
慌てて、首を振って答えるシンジ。
「そうだろうな。俺も正直言って逃げたいんだけどな。
俺が行かないと、他の誰かが犠牲になるからな。」
くすくす笑いながら答えるシンジ。
「そうだね。やっぱり、ミカちゃんがああなった原因を作ったケンスケが責任をとらないとね。」
ケンスケはうつむいて大きく息をついて答える。
「それを言うなって。」
「じゃあ、早く行ってあげなよ。
そうじゃないと、だんだん品数が増えちゃうよ。」
「うっ。それもそうだな。じゃあ、俺はこれで。またな、シンジ。」
「あぁ、気をつけて。」
って、何に気をつけるんだか。
シンジはくすくす笑いながら、ケンスケを見送って、リビングに戻ってくる。
そして、ケンスケから受け取った袋から写真を取り出す。
また、すごい枚数だな。
一枚ずつゆっくりと見ていく。
写真は全部で20枚ほどあった。
レイが写ってる写真がやっぱり多いよな。
シンジは苦笑を浮かべる。
なるほど、これは売れそうだな。
その写真はアスカとレイが二人で写っている写真だった。
しかし、こんな写真いつ撮ったんだ?
写真の中でアスカは満面の笑みを浮かべて、
レイはすこしはにかんだ表情を浮かべていた。
二人らしい写真だな。
笑みを浮かべてシンジはその写真をテーブル置いた。
レイ…か。
今どうしてるかな?
カヲルくんには会えたかな?
そして…
レイはサンダルを脱ぎ捨て波打ち際に走っていく。
月に輝く砂浜に点々と足跡の影が出来る。
そして、レイは打ち寄せてくる波に足を浸す。
「つめたーい。」
レイはそう言ってくすくす笑う。
「こんな季節なのにかい?」
波打ち際まで歩いて生きた彼は不思議そうにレイにそう尋ねる。
レイは彼を見て頬をぷっと膨らませる。
「そんなこと言うのならカヲルも入りなさいよ。」
カヲルは軽く肩をすくめて答える。
「いや、僕は遠慮しとくよ。」
カヲルは波が足元に届かないぎりぎりの所に立っている。
レイとは違ってスニーカを履いていた。
「ふうん。」
レイはすっと目を細め、そして次の瞬間。
「うわっ。」
カヲルの手を握って引き寄せた。
そして、その胸に抱きつく。
当然カヲルは海に入っている。
スニーカを打ち寄せる波が洗っていた。
「ほら、冷たいでしょ。」
「はぁ…まったく、君って子は。」
カヲルはやれやれとばかりに首を振る。
レイは顔を上げてにっこり微笑む。
「ふうんだ。澄ました顔してるからよ。」
「なるほど。」
カヲルはレイの顎に手を当てる。
レイははっとしたように目を見開く。
「それじゃ、お返しをしないとね。」
顎に当てていた手を頬に移すカヲル。
レイは瞳を閉じカヲルの手に自分の手を重ねる。
そして、二つのシルエットが一つに重なった。
今日ね…
うん。
夜の浜辺に行ってみたの。
一人で?
一人だと思う?
わからないよ。
ふふふ。
何?その意味深な笑い方は。
ううん。なんでもないの。
何でも無い割には嬉しそうな笑いかたしてるよ?
そう?
そうだよ。
ふむ。そうだったのか。
誰の真似?
お父さん。よく「ふむふむ」言うの。
なるほど。
ちなみにシンジは「なるほど。」だね。
そうかな?
そうよ。もしかして気付いてなかった。
うん。
シンジはね、よく「なるほど。」って言うの。
なるほど。
ほら…ね。今も言ったでしょ。くすくす。
確かに。
ねぇ。今日は何してたの?
今日は、本当に何もすることが無くて寝て過ごしちゃったよ。
えぇ〜、もったいないよ。何処かに出かければ良かったのに。
まぁ、そのつもりだったんだけど。寝ちゃった。
もしかして…
何?
私がいないとつまらない?
…
ねぇねぇ、本当のところはどうなの?
…
ねぇ、黙ってないで、何か言ってよ。
思わず考え込んじゃったよ。何か本当のところがあるのかって。
え〜。何も無いの?
だって、マナと一緒に暮らすようになってまだ数ヶ月しか経ってないしね。
なぁんだ。つまらない。
まぁ、でも本当のことを言うと、当たらずとも遠からずってところではあるかも。
え?今なんて言ったの?もう一度言って。
残念でした。もう忘れました。
えぇ〜。お願い。もう一度だけ。
さあて、もうそろそろ時間だよ。
そんな〜、蛇の生殺しだよ〜。
そこまで言うかな?
だって〜だって〜。
はい、それじゃあ、良い子は寝ましょうね。
ぶ〜。
…
ぶ〜。
…
ぶ〜。
いつまでそうしてるの?
シンジが電話切るまで。
あのね。
ねぇ、もう一回だけ聞くね?
…いいよ。
私がいなくて寂しい?
…
私の顔見なくて寂しい?
…
私はすっごく寂しいよ。シンジは?
…寂しいよ。
わかった。ありがと。
…
もう寝るね。おやすみなさい。
おやすみ。
あとがき
TimeCpasule第19話「平穏な一日」です。
今回はあんまりまとまり無いですねぇ。
シンジ君の一日を書くはずが、全然書いてないし。
#結局寝てただけという。(^^;;
ちなみにマナ、アスカ、レイのそれぞれの砂浜のシーンは全て現在のお話です。
現在の三者の気持ちを書こうとしたのですが、
はたしてうまく書けたのか?ちょっと不明です。
マナ、レイ、シンジの花火のお話は過去のお話です。
しかし、もう19話ですよねぇ。
もう次で20話なんですよねぇ。
しかもまだ夏なんですよねぇ。
いつまで夏なんでしょうか?
それは作者もわかりません。(^^;;
で、次はプールのお話です。
というか、遊園地に行くとゆーお話です。
では次回第20話「好き」でお会いしましょう。