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「月が綺麗…」

レイはベランダに出て、編んでいた髪を解き頭を振る。
戒めを解かれた髪が月の光を反射してきらきらと輝く。
ふうと小さくため息をついてレイは顔を上げる。
部屋の中とは違い、蒸すような熱気が体を包み込んでいる。
とはいっても吹き寄せる風は心地よく感じられるため、
熱帯夜というわけでもなさそうだ。
部屋の中は少し強く冷房がかけられていたため、
肌寒さを感じ、少しの間だけベランダに逃げてきたのだった。

「ちょっと蒸すわね…さすがに日本の夏ってやつかしら?」

背後から声をかけられ少し驚いた表情を浮かべるレイ。
振りかえると、ドアの手をかけてアスカが立っていた。

「惣流さん?」

その問いに指をちっちと振るアスカ。

「アスカでいいわよ。もうかしこまってお話する仲じゃないでしょ。」

「そうね…じゃあ、アタシのこともレイで。」

「そうするわ…で、どうしてこんなところにいるの?」

レイは肩をすくめるようなしぐさをする。
アスカはレイの隣に立つ。
肩にかかるか、かからないくらいの長さの髪が
アスカの歩調に合わせて揺れた。

「少し冷房が寒かったから。」

「暖まりに出たの?」

「そういうこと。」

アスカはおおげさにため息をつく。

「でも少し蒸さない?こっちのリビングならまだ少しマシでしょうに。」

「じゃあ、アスカはどうしてここに来たの?」

その問いににっこりと微笑むアスカ。

「だって、久しぶりだから。少し日本の夏を感じてみたくて。」

「そうなの?」

「そうよ。そうしたら、すでに先客がいたから。」

二人はなんとなく黙り込んで、空を見上げる。

「月が綺麗ね。」

「何処で見ても月はかわらないわ。」

そのアスカの口調にくすりと笑みをもらすレイ。

「どうかした?」

「ううん。そうだよね。ドイツも結局は地球上だから。」

レイは笑みを浮かべてアスカを見る。
月の光の元で見るレイは光のベールをかぶったようだ。
小さくため息をつくアスカ。

「ね…シンジとは付き合い長いの?」

ふとそんな疑問が口を突いて出た。
レイは視線をどこか遠くに向け答える。

「そうね…物心ついたときから知ってる。」

そうなんだ、じゃあ、シンジのことは何でも知ってるのね。
うらやましいと感じたが、なんとなくそれを認めるのは面白くない。
アスカはレイの横顔を見ながらそんな事を考えた。

「でも…最近は会ってなくて…」

視線を向けて尋ねるアスカにこっくりとうなづくレイ。

「いろいろ…あって。」

いろいろ。
その言葉に何か重いものを感じるアスカ。
なんだろう?
一瞬すごく悲しい表情をしたような気がする。

「アスカは…確か中学3年間一緒だったんだよね?」

レイは視線をアスカに向ける。

「うん。その後はドイツに行ってたから。」

「そう…」

風で木々の葉が揺れる音。
どこかで虫達が鳴き合う声。
そして、背後から聞こえる笑い声。

「好きなんだから…仕方がないよ…」

ふとレイが小さな声で呟く。
アスカはすこし驚いた表情でレイを見る。

「今、なんて?」

レイはアスカの方をみてやさしい笑顔を浮かべる。

「好きなんだから仕方ないよ…ね?」

その言葉にアスカは答えられない。
好きって?
やっぱりシンジのこと?
それともアタシ自身の事を聞いてるの?
そんなアスカを見てレイは笑みを大きくする。

「あのね…もうかなり前のお話なんだけど…」

そう前置きしレイは話し始めた。
 
 
 
 
 
 

Time Capsule
TIME/99
 

第16話
好きなんだから仕方がないよ
 
 
 
 
 
 

シンジはリビングからベランダをそっと覗きこんだ。
案の定アスカとレイの二人が並んで立っている。
何を話しているのかは、残念ながらまったく聞こえない。
ただ、月明かりに照らされている二人の表情は穏やかで、
まるで仲の良い友達同士が楽しくおしゃべりしているように見える。
うーん。
僕の思い過ごしかな?
シンジは少しだけ迷ったが、やはりベランダの方に歩いていく。
背後に人の気配を感じてアスカはゆっくりと振り返る。
そこにはアスカの予想通りにシンジが立っていた。
シンジは少し首をかしげて二人に話し掛ける。

「いきなりいなくなるから心配したよ。」

「あら、それってレイが何かまずいことでもアタシに話すとか思ったわけ?」

アスカの答えにシンジはどきりとしながら、肩をすくめて答える。

「二人ともお酒飲んだと思ってたからね。」

「お酒?」

「ケンスケがいつのまにかみんなのコップについで回ったみたいで。」

シンジのその言葉に顔を見合わせる、アスカとレイ。

「ううん。アタシ達は飲んでないよ。ね?アスカ。」

「そう。飲んでないわよ。」

その返事にほっとため息をつくシンジ。

「でも、レイとシンジが一緒に寝てるって話は聞いたわよ。」

語尾が低くして、アスカはシンジをにらみつける。
シンジはその言葉を聞いて固まってしまう。
なんで?
どうして?
アスカがそんなこと…

「え…」

シンジは視線をレイに移す。
レイは両手を合わせて照れ笑いを受かべる。

「ごめん。つい話しちゃった。」

アスカが口元に穏やかでない笑みを浮かべながら、言葉を続ける。

「シンジ。アンタってアタシのいない間にずいぶんと手が早くなったみたいね。」

「い、いや、それは…誤解なんだよ。」

「えー?アタシのこと遊びだったのぉ?」

レイがシンジに悲しそうな声をかける。
アスカは指を鳴らしながら、シンジに近づく。
なんで、トウジと同じようなしぐさをするんだろう?
ふと、シンジはそんなことを感じながら1歩後ずさる。

「さて…洗いざらい吐いてもらいましょーか。」

覆い被さる影にシンジは体をすくませた。
しかし、そんなシンジを見てアスカはくすりと笑う。

「なんてね…」

「へ?」

シンジは不思議そうな表情でアスカを見る。
レイはアスカと顔を見合わせてにっこり微笑む。

「一部始終は聞いてるから。」

「へ?」

「ごめんね。全部話しちゃったの…」

レイはまたもや両手を合わせて、照れ笑いを浮かべる。

「…」

絶句するシンジ。

「アタシも、シンジにそんな甲斐性があるとは思ってないわよ。」

そんなことを言うアスカ。
しかし、心の中では違うことを考えていた。
なんて言っても長い間会ってないから結構心配だったけど、
アタシの思い過ごしみたいね。
でも、それでも面白くないけどね。

「はぁ…。」

シンジはがっくりと肩を下ろす。
そんなシンジの様子を見てレイとアスカは笑い出した。
 
 
 
 

「ねぇ…話したって何処まで話したの?」

家に戻ってきてソファに座ったレイにシンジが尋ねる。
レイはにっこりと微笑んで答える。

「全部よ。」

「全部って…本当に?」

シンジが青ざめて尋ね返す。
レイは済ました顔で答える。

「キスがすごく上手だってお話したよ?」

「あのねぇ。」

くすくすと笑うレイ。
シンジはやれやれとばかりに首を振る。

「そんなに気になる?」

レイがシンジの顔を覗きこむように尋ねる。

「そりゃね。自業自得かもしれないけど。」

レイはシンジの顔をじっと見て答える。

「話せるわけないよ。アタシが話したのはアイツとのことの一部始終と
アタシがここにいる訳。それ以外は全部忘れちゃったから。」

「レイ…」

「キスしてくれたことや、抱きしめてくれたことや、
いろいろお話してくれたことは全部忘れたから、安心して。」

まじめな表情で答えるレイを見てくすくす笑うシンジ。

「それって全部覚えてるってことじゃない。」

「そうとも言うわね。」

ぺろりと舌を出してはにかむレイ。
シンジも苦笑を浮かべてレイの隣に座る。
レイの顔を見て、シンジはずっと聞こうと思っていたことを口に出した。

「…カヲルくんとはどうするの?」

その名前を聞いた瞬間、レイの肩が震える。
レイに気を使って名前を言わないようにしていたが、
それももう必要無いだろうとシンジは考えた。
そして、シンジはどうしてもこのことを聞いておきたかった。
レイはしばらく黙っていたが、小さく息をついて答えた。

「一度、会ってお話したいの。手紙に返事書こうと思って。」

「…そうか…」

「それで、謝りたいの。アタシがアイツを傷つけたことを。」

「…」

レイは顔を上げてシンジを見る。
その瞳を見て、シンジは気付いた。
そうか…
レイは全部わかったんだね。
僕のこと、そしてカヲルくんのこと。

「ありがとう。シンジに会いに来て良かった。」

そして、レイは瞳を閉じシンジにキスをした。
少しだけ長いキス。
それは別れのキスだとシンジは悟った。

「三回目だね。でもこれで最後だから、マナちゃんには内緒ね。」

レイは立ちあがって、人差し指を唇に当てて微笑む。
そして、自分の部屋に戻っていく。
シンジは小さくため息をつき、右手で唇に触れる。
三回目…か。
覚えてたのか…
それはまだ二人が幼稚園の頃。
キスの意味さえ良くわかっていなかった頃のこと。
シンジはその時の事を思い浮かべくすりと微笑む。
でも僕はそんなレイを…
軽く首を振るシンジ。
これで…いいんだ…
これで…
 
 

彼女はその便箋を机の上に置いた。
そして、時計を見る。
まだ時間は少しだけある。

「残念、会ってお話したかったのに。」

そうつぶやき、ふとベッドの上の写真たてに視線を向ける。
それを手に取り微笑む。

「そう、アタシ達はこの時…」

と、彼女の名前を呼ぶ声が聞こえる。
もう、行くのかな?
彼女は返事をして、その部屋から出ていく。
開けられている窓から風が入りカーテンが揺れる。
日差しが机の上に降りかかる。
便箋には「霧島マナ様へ」「綾波レイ」と書かれていた。

「おまたせーシンちゃん。」

リビングにレイがとたとたと駆け込んでくる。
ソファに座っていたシンジが立ち上がり答える。

「そろそろ時間だよ?」

時計を見て答えるレイ。

「そう?」

二人は玄関に向かう。
靴を履いている二人に、ユイが話しかける。

「じゃあ、元気でね。」

靴を履いて立ち上がったレイはにっこり微笑む。

「はい、短い間でしたがお世話になりました。」

「また遊びに来てね。うちはいつでも大歓迎だから。」

「ありがとうございます。じゃあ。」

レイが出ていく。
そして、シンジとユイの視線が交わる。
ユイが少し心配そうな表情を浮かべる。

「じゃあ、お願いね。」

「うん。わかった。」
 
 

空港のロビーの窓から外の風景を二人は眺めていた。
発着する飛行機を何気なく眺めながらふとシンジはレイの横顔を見る。
その視線に気づいたのかレイが少しはにかんでシンジを見る。

「シンちゃん…」

「なに?」

シンジに顔を寄せて耳元にささやくレイ。
驚いた表情をするシンジにレイは微笑みかける。

「…そうなんでしょ。」

シンジはうつむいてうなずく。

「ごめん。全部僕が…」

「…そんなことないよ。好きだったんだから仕方ないよ。」

レイのその表情はいつもシンジに向けられているものだった。
シンジはかろうじて笑みを浮かべた。
レイの方が大変なはずなのに。
ありがと。
そして…
ごめんね。

「そうだね、そう思うようにするよ。」

シンジは微笑み返す。
その笑みを見てうなずくレイ。

「よろしい。」
 
 
 
 
 
 

「好きなんだから仕方ないよ…か。」

アスカはそんな言葉を呟き、ベッドに腰を下ろす。
すごいよね。
今でも忘れられなくて、思いつづけてるなんて。
アタシだったらどうするかな?
やっぱり忘れられなくてずっと思いつづけるのかな?
それとも、あっさり忘れちゃって、次の人を探すのかな?
どうなんだろ?
ベッドにごろりと寝転がる。
アタシは…
ふとシンジの顔が思い浮かぶ。
どうなんだろ?
やっぱりそうなのかな?
最初はただ一つのことを聞くために帰ってきたつもりだった。
でもそれはやっぱりアタシがシンジのことを意識してるせいかな?
アスカはいろいろと思いをめぐらせる。
うーん。
はっきりしないな。
何かもやがかかったようで自分でははっきり結論が出すことが出来ない。
そうだよね。
まず、シンジに聞こう。
後のことはそれから考えるということで。
アスカはそう決心するとベッドから起きあがる。
そして時計を見てため息をつく。
確か明日は夕方までバイトって言ってたよね。
じゃあその時にでも聞こうかな?

でも何か緊張しちゃうな。
アスカは小さく息を吐く。
何かアタシらしくないよね。
以前ヒカリになんで告白しないの?って尋ねたときに、
「すごく苦しくなって何も言えないから。」って答えてたけど、
アタシもそうなっちゃうのかな?
でも、それってアタシらしくないな。
くすりと笑みをもらし、アスカは部屋から出ていった。
 
 
 

電話が鳴る。
リビングでぼんやりとTVを見ていたシンジは5コール目でゆっくりと立ちあがり、
電話機のところまで歩いていき、8コール目で受話器を上げた。

はい、碇です。

シンジくんかい?

その声にシンジの鼓動は早くなる。
この声は…
どうして今ごろ?
そして、次の瞬間、シンジはそのことを口に出していた。

カヲルくん。どうして、今ごろ電話なんか書けて来るの…
どうして…どうしてレイにあんな手紙を書いたの?
カヲルくんが手紙を出さなければ…僕は…僕は…

シンジはいつの間にか泣いていた。
ずっと、シンジの心の奥底に閉じ込めていたものが一気に湧き出してしまった。
そう僕はずっとずっと重荷に思っていた。
カヲルくんとレイのこと。
一度は何とかしようと思った。
せめてレイの傍にいて彼女が立ち直るのを手伝おうと思った。
でもそれは二人にとっては…
そして僕は逃げたんだ…
でもカヲルくんはそんな僕に…

シンジくん…ごめん…迷惑をかけたみたいだね…

その声は穏やかにそう告げた。

迷惑…じゃ、ないんだ…僕は忘れていたかった…それだけ…なんだ…でも…全部…

シンジは囁くように呟く。

そうか…じゃあ、レイは知ってしまったんだね。あの時の真相を。

そう…僕は話せなかった。いや、話さなかったんだ…カヲルくん…僕は
カヲルくんが思っているような人間じゃなかった…よ…

シンジはくず折れるように床に座りこんだ。

そんなことないよ…シンジくんはやっぱり僕が思っていた人間だったよ…

シンジはふるふると首を振る。

僕は知るべきじゃなかった…いや、知りたくなかったんだ…
二人のことは何も知りたくはなかった…

でも、知ってしまった…

そう…だから、せめてレイのそばにいてあげたかった…

それも間違っていることに気がついた…

だから、彼女から離れることにした…でも…僕は…逃げただけだ…
彼女のためといいながら…僕は逃げたんだ…

だから、距離を置いた…

でも、やっぱり彼女は僕の元に戻ってきて真相を突き止めた。
二人にとってはつらい真相を。

そうか…

レイは決断したよ。カヲルくんにもう一度会うって。

そうか…

僕の役目はこれで終わりで良いよね…もう疲れたよ…

ありがと…感謝するよ…

そんなことはいいよ。全部僕のせいなんだから…

シンジはそれだけ言うとカヲルの返事も聞かずに受話器を置いた。
そう。
それは全て僕のせいだから。
レイは何も悪くない。
僕が意図したことにレイが引っかかっただけだから。
それは…
もういい。
レイは全部気付いた。
そして決断した。
それで十分だ。
僕は…
僕は…
 
 
 
 


NEXT
ver.-1.00 1998_04/07公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!


あとがき

どもTIMEです。

TimeCapsule第16話「好きなんだから仕方ないよ」です。

それにしても…
アスカの出番が無い〜〜〜〜〜〜。
しかも次回は久しぶりにマナちゃん登場ですので、アスカの出番ないし。
アスカな方、もうしばらくお待ちを。
#ちゃんと見せ場は作ってありますので。

とにもかくにもレイ編は今回で終わりです。
12話から都合5話もかかってしまいました。
#本当は2話で終わりだったのに…
アイツの正体も判明したことですし(結構バレバレだと思うのですが)
レイも決心したことですし、ハッピーエンドではありませんが、終わりです。
#もちろん、これで出演が最後ではありません。まだ出てくる機会はあります。

さて、妙にブルー入ってるシンジ君ですが、
その原因をレイちゃんは結局見ぬいて、
「好きだったんだから仕方が無いよ」と発言しています。
それでシンジくんの気が済むかは疑問ですが。

で、次回ですが、ちょっと書いた通りにシンジ、マナでお話が進みます。
さすがに1週間ほど会えなくなった二人、前途多難です。
では次回第17話「受話器から聞こえる声は」でお会いしましょう。
 






 TIMEさんの『Time Capsule』第16話、公開です。






 区切りがついたかな?

  ・
  ・
  ・
  ・

 付いたみたいだね(^^)



 大変みたいだけど、
 これからもゆっくりだんだん少しずつ
 クリアしていけると良いね。




 ちーっとずつね。





 さあ、訪問者の皆さん。
 ペースが戻ってきたTIMEさんに感想メールを送りましょう!










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