マナは堤防にすわり、打ち寄せる波を見つめている。
確かに日差しは強いが、空気は乾燥していて、
日本のようなまとわりつく暑さは感じない。
きょろきょろとあたりを見回す。
名前を呼ばれた気がしたんだけど…
気のせいかな…
首をかしげてマナは視線を海に移す。
シンジ…
今何やってるのかな?
多分、向こうは夜中だよね…
蒸し暑いんだろうな…
風がマナの髪をなでる。
慌てて髪を押さえるマナ。
ふう。
切る機会を逸しちゃったんだよね。
でも、そろえるか、切るかしないと。
どうしよっかな?
髪から手を戻し、脇においてあった帽子に手を伸ばす。
こちらに来てから買ったその帽子をマナは気に入っていた。
その帽子をかぶって、堤防から降りるマナ。
「さて、そろそろ行きますか。」
そう呟くと、マナは石畳の道を歩き始めた。
Time Capsule
TIME/99
第14話
「それはとても晴れた日で」
それはとても良く晴れた日で。
私はまだ幼い少女だった。
すべてが思い通りに進んでいた。
そう信じて疑っていなかった。
でも、終わりは突然やってきた。
彼からのさよなら。
すごく悲しかった。
でも、アタシには…
そう、わからないふりをしていた。
アイツはそれに気付いたんだ。
だからアタシから…
頬に感じるやさしい風、後頭部に感じるレイのふとももの感触。
シンジはくすりと微笑む。
そんなシンジの前髪を触りながら、シンジの顔を覗き込むレイ。
「どうかした?」
レイにひざまくらをしてもらっているシンジは首を少しだけ振る。
そして、レイににっこり微笑みかける。
いつも見慣れているシンジの笑顔。
しかし、レイのこころが暖かくなるような笑み。
「ううん。なんでもないよ。」
レイはシンジの額から頬に指を滑らせる。
シンジは気持ちよさそうに瞳を閉じる。
「そんなこと言われると余計気になっちゃうよ。」
レイはシンジの髪をなでるようにすく。
シンジはくすくす笑いながら瞳を開けレイを見つめる。
その瞳が差し込む太陽の光を映して輝く。
「別になんでもないんだよ…平和だなって、思っただけ。」
「ほんとに?」
「うん。それだけ。」
レイはふうとため息をつく。
二人は公園のベンチにいた。
ベンチの背後に立っている木が、枝を伸ばして、
二人の座っているベンチに木陰を提供している。
シンジにはその枝葉が風に揺れ、太陽の光できらきら輝くのが見える。
その風は二人の髪や、服の袖、襟を揺らす。
「なんだ、つまらない。」
「マナは何を考えてたの?」
シンジは不思議そうな表情を浮かべてレイに尋ねる。
レイははにかんで、うつむく。
しかし、膝枕をしてもらっているシンジからはその顔が丸見えだ。
「…なんでもないの。」
シンジは微笑み、さきほどのレイのセリフを繰り返す
「そんなこと言われると余計気になっちゃうよ。」
それを聞いたレイは頬を少しだけ赤らめる。
そして、うつむいたまま軽く首を振る。
髪がさらさらと揺れるさまをシンジは見つめる。
「でも…ないしょ。」
「ないしょって、何か変なこと考えてたの?」
シンジはからかうような口調で尋ねる。
レイはさらに頬を赤く染める。
「…もう、シンちゃんの…」
そして、じっとシンジを見つめる。
その瞳は潤んでいる。
「イジワル…」
それきり、レイは黙ってしまう。
じっとシンジを見つめるレイ。
その手はシンジの髪をなで続けている。
シンジはそっと手を伸ばして、レイの頬に触れる。
レイはその手に自分の手を重ねた。
「ありがと…」
ふいにレイはそんな事を言い出した。
シンジは首を振って答える。
「僕が自分で決めたことだから。」
そのシンジの答えにあいまいな笑みを浮かべてレイもうなずく。
レイはちいさく息を吐き、そして言った。
「ごめんね…」
「僕はレイを放っておけなかった。それだけだよ。」
シンジのそう答えを聞きレイは顔を上げる。
どこか遠くを見詰める視線。
「うん…」
その答えを聞き、シンジは瞳を閉じる。
手をレイの頬から放し、胸の前で組む。
二人の前を誰かが通り過ぎていった。
午後の陽気に誘われてかなりの人が公園内にはいるようだ。
シンジの耳に遠くで子供たちがはしゃぐ声、そして、頭上の木々が葉を鳴らす音、
小鳥の囀りが聞こえてくる。
ゆっくりと瞳を開けるシンジ。
レイが先ほどと同じ表情で自分を見つめている。
シンジはにっこり微笑む。
「どうかした?」
澄ました顔でレイが尋ねる。
シンジは笑みを大きくすると、答える。。
「なんでもないよ。」
「そんなこと言われると余計気になっちゃうよ。」
レイはくすくす笑いながら答える。
見つめ合う二人。
木陰のベンチでのひとときだった。
「シンジ君、今日はもうあがっていいよ。」
レジで売上の計算をしながら、マスターが声をかける。
テーブルを拭いていたシンジは手早く、そのテーブルを片付ける。
そして、洗い場に食器を置いて戻ってくる。
「まだ、時間早いですよ。」
時計を見て、シンジはたずねる。
まだ30分ほど時間が残っているし、
まだテーブルも全部片付けていない。
そんな表情を見て取ったのか、
マスターはニヤリと笑みを浮かべながらシンジにうなづいて見せる。
「いや、今日は何か疲れているようだしね。片付けはいいよ。」
「でも…」
渋るシンジの肩をぽんぽんとたたくマスター。
「せっかく彼女が来てるんだ、待たせたら悪いだろ。」
慌てて手を振るシンジ。
「いや、彼女は…」
「まぁいいから。」
畳みかけるようにそういうと店長は厨房の方に入っていく。
シンジはため息をつくと、Privateを書かれているドアを開けて中に入る。
「ごめん。お待たせ。」
シンジはお店の外で待っているレイに声をかける。
「あれ?もういいの?」
レイがぱっと顔を上げて不思議そうな表情を浮かべる。
「うん。何かマスターが気を使ってくれて。」
レイはそれを聞いて不安そうにシンジを見る。
「もしかして…アタシのせい?」
「いや、もう閉店だし…一人ヘルプに入ってくれた人がいるから。」
「そう…だったらいいけど。」
ほっと息をつくレイ。
二人は並んで歩道を歩き始める。
レンガの歩道に足音が響く。
満月が二人の頭上に輝き。
淡い銀の光を投げかける。
二人は黙ったままゆっくりと歩いていく。
シンジは顔を伏せたまま、レイは視線を上げて。
時間が時間だけに、日中ほどの暑さではないが、
それでも、よどんだ空気が二人を包み込む。
「…暑いね…」
五分ほど歩いただろうか、レイがふいにシンジの顔を見ながら話し出す。
「そうだね…」
シンジは顔を伏せたままだ。
「ねぇ…ひとつ質問していい?」
シンジの手をきゅと握ってシンジを引き止めるレイ。
顔を上げてレイを見つめるシンジ。
レイは首をかしげてたずねる。
「もしかして、やっぱり後悔してる?」
その質問にシンジの表情が変わる。
顔を伏せ、小さく答えるシンジ。
「レイはどうなの?」
シンジの耳元にささやくレイ。
「…アタシは…後悔してないよ…」
そしてかすれる声でささやく。
シンジはゆっくりと顔を上げてレイの顔をまじまじと見つめる。
レイは恥ずかしそうにはにかむ。
「そんなにまじまじ見つめないで…」
「…だって、そんな…」
「そんなって、初めてに決まってるでしょ…」
耳まで真っ赤にして、レイはそう答え顔を伏せる。
「でも…」
顔を上げたレイが手を振って答える。
「もうやめましょ…恥ずかしいよ…」
「…そうだね。」
二人は再び歩き出す。
レイはしっかりとシンジの手を握っている。
シンジはふとその手に視線を向ける。
そしてレイの横顔に視線を移す。
銀色の光を受け髪はきらきらと輝いている。
見た感じはいつものレイだ。
僕のとった行動はそういう意味ではよかったのだろうか?
わからない。
いまさら、後戻りはできない。
僕は信じるしかないのか。
二人の絆が昔の幼なじみの頃のように結ばれていることを。
シンジの視線に気づいたのかレイがシンジの方を向く。
首をかしげるレイに首を振って答えてシンジは視線を歩道に戻す。
そんなシンジを気遣わしげに見つめるレイ。
結局、家に帰るまで二人は黙っていた。
シンジはソファに座った。
いつもと変わらないリビング。
でも、今日は何か知らない部屋のように見える。
シンジはため息交じりに時計を見る。
もう夜の11時だ。
これからどうしよう。
急な残業でまだ父さんも、母さんも帰ってきていない。
もしかすると、泊まってくるかもしれないとの事だ。
ということは今夜は二人きり。
そう、これが3日程前だったら、多分こんなにどきどきしなかっただろう。
その時はまだ二人は…
でも、今はもう…
「ねぇ、シンちゃん。」
背後から声をかけられて、シンジは慌てて振り向く。
予想通り、そこにはお風呂上がりのレイがいた。
例のごとく、バスタオル一枚だった。
シンジは慌てて、レイから視線を逸らし、うつむいて答えた。
「レイ。バスタオル一枚はやめてよ。」
「何?目の毒だっていうの?」
そうレイは答えると、シンジの膝にちょこんと座る。
そして、にっこり微笑み、シンジの顔をまじまじと見つめる。
レイは頭からタオルを被っているが、頬が少し上気している。
髪もまだ乾いてないようだ。
前髪が額に張り付いている。
「どうして、そんなこというのかな?」
シンジの首に手を回し、首をかしげるようにシンジを見るレイ。
そのレイの視線から逃れようと、顔をそらすシンジ。
「れ、レイ、タオル取れちゃうよ。」
甘えるようにシンジの耳元に顔を寄せて囁くレイ。
その息遣いがシンジの頭に響く。
「いいよ。シンちゃんだったら見ても。」
「いいよ…って。」
レイがそんなシンジを見て不満そうに尋ねる。
「あんなことになった二人なのに。」
じっと、上目使いでシンジの顔を見つめるレイ。
その瞳を見つめるシンジ。
潤んだ瞳、上気した頬、そして、濡れた唇。
シンジは見入ってしまう。
「そんな、あんなことって言ったって、
ただ一緒に寝ただけじゃないか。」
シンジは抗議するが、
それを聞いたレイは腹立たしげにさらにシンジに抱きつく。
「そうよ。一緒に寝たのに何もしないなんて。
アタシ、そんなに魅力ないかな?」
「そんな事言われたって。」
必死で自制してるのにどういうことなんだろ?
シンジはまじまじとレイを見つめる。
「そんなに…魅力ない?」
そんなわけないよ。
今だって、すごく動揺してるよ。
じっと自分を見つめるレイの瞳に見入りながら、
そんな思いが脳裏に浮かぶ。
どうしてそんなこと聞くんだろう?
そんなシンジを見て、くすり、と笑うとレイは顔を寄せる。
お互いの鼻が触れ合うくらいの距離でレイはシンジを見つめる。
そして、シンジの首に両手をまわす。
「あのね…」
レイはシンジの耳元に顔を寄せる。
「ひとつだけわかったことがあるの…」
都合レイの腰を抱く形になるシンジ。
思っていたよりも腰は細かった。
触れている胸からレイの鼓動が感じられる。
「アタシ…ね…」
次の言葉は小さくかすれた。
「やっぱり…シンジのことも…好きなんだなって。」
その言葉を聞き、シンジは自分の鼓動が早くなるのを感じた。
「だから…アイツは別れようって言ったんだよね…」
シンジは瞳を閉じる。
そうか…
レイはとうとう気がついたんだ。
僕がレイに言わなかったこと。
彼がレイのもとから去ってしまった理由。
二人が別れた本当に理由に。
それはレイにとっては…
「シンちゃんは知ってたの?」
シンジは顔を伏せ、小さくうなずく。
そう。
僕は気づいていた。
どうして気づいたのかはわからない。
今となっては、すべて記憶の彼方だ。
でも、僕はそれに気づいて、レイから離れようとしたんだ。
しかしレイは、開いた距離をつめようとした。
僕は彼の事を考え、それでも離れようとした。
結局はその繰り返し。
そして、彼は気づいたんだ。
レイは、僕も好きだということを。
それが彼には耐えられなく、そして不安だったんだ。
「…だから、シンちゃんはアタシから離れていこうとしたのね…」
レイは首をかしげてシンジの瞳を見る。
「やっとわかったの…」
その声が震える。
そして、レイの瞳が潤む。
「でもね…なんかすごく悲しい。
ずっとアイツのせいだと思っていたのに…」
涙が頬を伝う。
「アタシのせいだったなんて…」
シンジはレイの頭に手をのせて、くしゃくしゃと髪をきかまわす。
レイはそんなシンジを見てその胸に顔をうずめる。
「くやしいよ…あの時アタシがもう少しちゃんと自分に向き合ってさえいれば…」
シンジはレイの髪をやさしく解きほぐすようになでる。
レイは肩を震わせて、シンジにしがみつく。
「アタシはどうすればいいの?どうすれば、アイツに…」
レイはシンジの胸で泣き続けた。
僕の隣に彼女が眠っている。
昨日に引き続き、今日も彼女はここにいる。
怖い夢を見るそうだ。
内容は知っている。
前に聞いたことがある。
やはり、彼の手紙が原因か。
でも今は安心した表情を浮かべて眠っている。
どうしていまさら手紙なんか書いたんだ。
そうしなければ、レイがここまで苦しむこともなかっただろうに。
僕が彼女とこうしていることもなかっただろうに。
彼女が君から離れていった理由に気付かずに済んだのに。
僕は…
まだ、約束を守っているよ。
君に代わって彼女の傍にいる。
一度は放棄したんだ。
彼女のためにならないと思って。
しかし、その判断は正しかったのだろうか?
そして、君が彼女から離れていった理由を告げなかったことは。
君は全て話してほしいと僕に言ったね。
どうして、僕に?
僕は君が思っているほど強くないし、自分に誠実でもない。
なのに君は…
息をついて、彼女が寝返りを打つ。
窓から湿った空気が部屋に入ってくる。
月の光が部屋に入り、部屋の中を明るく照らす。
僕は…
シンジは壁にもたれながらレイをじっと見つめていたが
息をつくと顔を伏せた。
あとがき
ども作者のTIMEです。
第14話「それはとても晴れた日で」です。
前回に続いてレイとシンジのお話です。
結局、二人の間に起こったことは一緒に寝たという事実だけ?
はっきりしませんが、次回はこの混乱に拍車をかけるレイの発言があったりします。
最近、他のキャラが出てこないのと、
このままではいつまでたっても進みそうもないので、
雰囲気を変えるために次回は新展開です。
そうです、あの子がやっと登場します。
#長かったですね…ため息。
ポイントはレイとの絡みですが、しょっぱなから波瀾含みです。
シンジ君にとっては修羅場ですねぇ。(^^;;
では、次回第15話「アスカ、来日」でお会いしましょう。