彼女は僕の胸に飛び込む。
そして、僕の身体にしがみつく。
まるで、僕がいなくなるのではないかと疑っているように。
「それが真実だから。」
僕は意識的に感情を込めない声で答える。
彼女は僕の顔をきっと険しい表情で見詰める。
「君は彼の代わりが欲しいだけで、僕が必要なわけじゃない。」
口調を代えてやさしく諭すように話す。
彼女も分かっているはずだ、本当に好きなのは僕じゃなくて彼なんだと。
僕は彼の代わりでしかないと。
「ほんとに僕のこと好きだったら、証拠を見せて。」
「証拠?」
「そう、証拠。」
胸が痛む。
こんなことしたくなかった。
でも、このままだと彼女は…
僕は彼女を抱きしめ…
Time Capsule
TIME/99
第10話
「いちねんにいちど」
「おはよー。」
朝眠っているシンジに部屋に入るなりマナはそう叫ぶ。
眠っていたシンジは返事をしない。
「ねぇ、シンジ。起きてー。今日もいい天気だよー。」
ベッドの上に乗って、ゆさゆさとシンジを揺さぶるマナ。
しかし、いつものことでシンジは起きない。
「もう、相変わらずのおねぼうさんなんだから…」
マナはベッドから降りて、ブランケットの端を握る。
「いくよー。」
勢いよくブランケットを払いのけるシンジ。
その勢いに巻き込まれシンジはベッドから落ちてしまう。
「痛い!!」
シンジは声を上げて起き上がる。
そして、マナを見つめ文句を言う。
「もう少し、おとなしく起こしてよー。」
ふうとため息をつき時計を見る。
いつもと同じ時間だ。
「だって、起きないんだもの。」
頬を膨らませるマナ。
そのしぐさを見てシンジは微笑む。
いつもの碇家の光景だった。
午前の最後の授業が終わり、昼食時間になると、クラス中がざわめく。
机を移動させて、一緒に昼食を取る生徒や、
昼食を購買部に買いに出る生徒。
シンジはかばんから弁当を出すと、立ち上がってマナの机にやってくる。
「行こうか?」
「うん。」
マナも自分の弁当を持ち席から立ち上がる。
クラスの中を見まわすが、既にヒカリとトウジの姿はない。
「二人は先に行っちゃったみたいね。」
「そうだね、今日は早弁しなかったからね。」
二人は微笑み合うと、教室から出て、階段を上り屋上に向かう。
屋上はちょっとした公園になっており、あまり背の高くない樹木や
芝生が張り巡らせれた低い丘が作られていたりする。
実は、生徒達が授業をサボる時の溜り場にもなっているのだが、
何故か先生達にはばれていないようだ。
もしかすると、知らない振りしているだけかもしれないが。
その屋上に出て、大きく息を吸い込むシンジ。
太陽の陽射しと、風が心地よい。
「トウジ達は…いた。」
シンジとマナはトウジ達が座っている芝生に入っていく。
芝生の中には自由に入って良く、それが、
午後の溜まり場になる理由かもしれない。
ヒカリはトウジの隣に座っており、トウジは既に弁当箱の一つに
取り掛かっていた。しかも、その弁当は半分なくなっている。
「そんなにお腹空いてたの?」
マナは半ばあきれるように、ヒカリの隣に座って、トウジを見る。
「…今日は寝坊して、朝メシ食ってなかったんや。」
「なるほど。」
シンジはトウジの隣に越しをおろす。
「相田君は?」
ヒカリはトウジのためにコップにお茶を汲みながら、
二人に尋ねる。
「今日はパンみたいだよ。授業が終わったら、
すぐダッシュしてたから。」
ヒカリは少し首をかしげる。
最近はずっと弁当を持ってきてたのに。
もしかして二人に何かあったのかしら?
「最近って紀伊さんに昼食作ってもらってたんじゃないの?」
「ミカちゃんね、仕事が忙しくなったらしくて。」
マナがシンジに視線を向ける。
シンジも肯く。
「先週、晩御飯一緒に食べに行った時にそーいう話が出てたよ。」
シンジもお弁当を開けて、頂きますの挨拶をして食べはじめる。
「へぇ、相田くんも大変ね。」
納得したようにうなずくヒカリ。
内心、二人の仲に波乱がなかったので、
少しだけがっかりしていたが。
「ま、本人達はそんな雰囲気じゃないのよね。」
マナはふうとため息をつく。
それをきいたヒカリが驚いたように答える。
「そうなの?もうとっくの昔に…」
「へ?何が?」
シンジは不思議そうに、マナとヒカリを見る。
ちなみにトウジは二つ目の弁当に取り掛かっていて、
会話には参加していない。
「何がって…マナ、アナタも大変ね。」
「え?でも、私は…ね。」
そのマナのしぐさにヒカリは声を潜めて尋ねる。
「ね、碇くんと何かあったの?」
こっくりとマナは肯いてはにかむ。
「ちょっと…ね。」
「ねぇ、どうしたの?二人とも。」
そのケンスケの声で二人は顔を上げる。
ケンスケはシンジの隣に越しをおろして、
袋からパンを取り出す。
「はぁ、あの購買の混みかたは尋常じゃないよ。何とかならないのか?」
「しょうがないよ。学食とか作ってもらわないとね。」
と、ヒカリがケンスケの方に身を乗り出す。
「ね、相田君。紀伊さんどうしたの?」
ケンスケは不思議そうにパンをかじりながら答える。
「ミカは今週は撮影で沖縄に行ってるんだ。
だから、弁当は作ってもらってないんだ。」
「ふうん、大変よね。」
「ま、来週には戻ってくるらしいし。
それより憂うつなのは、
沖縄料理を覚えてくるって張り切ってるんだ。」
それを聞いて、お茶を飲んでいたシンジがぶっと吹き出す。
げほげほいいながら、ケンスケに尋ねる。
「ちょっと待ってよケンスケ。僕そんな話は聞いてないよ。」
「そうだっけか?まぁ、「シンジ君も連れてきて。」とか言われてるから、
よろしくな。」
ニヤリと微笑むケンスケ。
「がんばってね。シンジ。」
マナは嬉しそうにシンジに微笑みかける。
それを見たケンスケは苦笑する。
「たぶん、今回はまだマシだと思うんだけど。」
「けど?」
「来月、夏休みに、タイに行くらしいんだ。」
「…タイ…」
絶句する、シンジ、マナ。
それを見て弱々しく微笑むケンスケ。
「そういうことだから、覚悟しておいた方がいいよ。」
「…はぁ。」
ため息を付く三人。
それを見たヒカリが不思議そうに尋ねる。
「三人の話を聞いてて不思議なんだけど、紀伊さんの料理ってそんなに?」
黙って肯く三人。
「でも、相田くんが持ってくるお弁当って?」
「あそこまで来るのに、ケンスケと僕がどんなに苦労したか…」
しみじみとした口調で話すシンジ。
「そう…何回…あっちの世界を見たことか…」
「…そんなに?」
「そう、新メニューを食べると必ず見れる世界があるんだ。」
そして、顔を合わせてため息を付くシンジとケンスケ
「ぷはー、食った食った…なんや、どうかしたんか?」
弁当を二つ平らげ、お茶を飲み干したトウジの元気な声がこだました。
マンションの屋上に出て、シンジは大きく伸びをする。
空一面に星が広がり、天の川が見える。
「でも、やっぱり山の方がいいんだよな。」
手すりにもたれかかり空を見上げる。
シンジは時々、家のベランダではなくマンションの屋上に出ていた。
一人で考え事をする時に良く使っている。
風が吹き抜け、シンジの頬をなでる。
「今日は…七夕か…」
ふと口にして、シンジは微笑む。
それはシンジが小学生の時の事だった。
「ねぇ、シンちゃんは何お願いするの?」
シンジは短冊を前にして考え込む。
レイもシンジの隣で同じように考え込んでいる。
「うーん。」
「うーん。」
二人とも、腕を組んで考え込む。
それを見ていたユイがくすくす笑い出す。
「どうしたの?お母さん?」
シンジは不思議そうにユイを見る。
ユイは笑いながら答える。
「別にお願い事は一つだけじゃなくてもいいのよ。
短冊はいっぱいあるんだから。」
「そうなの?」
シンジとレイは顔を見合わせると、短冊に何か書き始めた。
結局、二人で20近くお願い事書いて短冊使い切ったんだっけ?
くすくす笑うシンジ。
レイ…か。
シンジはいとこの顔を思い浮かべる。
あの時、僕はレイを拒んでしまった。
僕のしたことは間違っていなかったはずだ。
でも、あそこまでする必要があったのか?
僕には自信がない。
あれから、レイとは会っていない。
レイからも連絡はない。
それが答えなのかな?
レイは僕のこと許してくれていないのかな?
もっと違う方法があったかもしれない。
僕は答えを急いでたのかもしれない。
レイのこと…
シンジはいきなり浮かんだその考えにぎょっとする。
僕はあの時、そう思っていたんだろうか?
だから、あんな行動を…
首を振るシンジ。
そんな事はない。
僕はいとこのレイが心配なだけだった。
レイが彼と別れて心配だったんだ。
ただ、それだけなんだ。
…ほんとうに…
シンジは大きくため息をつく。
僕は…
強い風がシンジの顔に吹き付ける。
顔をそらして風をやり過ごす。
ふと、ドアの方を見るシンジ。
そこには人影が。
「シンジ?」
マナがゆっくりとシンジがいる手すりの方へ歩いてくる。
シンジは声をかける。
「マナ?どうかしたの?」
マナは笑みを浮かべながらシンジの隣に来て空を見上げる。
そして、空を指差す。
「今日は七夕だよ。」
シンジも空を見上げる。
「そうだね。」
「織り姫と彦星が会える日だね。」
シンジは不思議そうにマナを見つめる。
その口調に何かいつもと違うものを感じたから。
「さみしいね。一年に一回だけなんて。」
「…」
マナはシンジを見て、にっこり微笑む。
瞳が潤んでるみたいだけど、何かあったのかな?
シンジはマナに一歩近づく。
マナはそっと手を伸ばして、シンジの腕を取る。
「ね…シンジ。もし、私たちが一年に一度しか会えなくなったらどうする?」
「一年に一度?」
「そう。」
シンジは首をかしげて、考え込む。
「どうかな…」
一年に一度か…
もしかしてマナ…
シンジははっとしてマナを見つめる。
マナは少しだけ首をかしげる。
ううん。そんなことないよね。
「たぶん、そうならないようにする…と思う。」
「そうならないように?」
「うん。たぶん…だけど。」
そう、せっかくまた会えた二人なんだから。
また離れるようなことにはなりたくない。
もちろん、マナがそれお望めばまた違う話になるだろうけど。
僕は、できれば離れたくない。
「そう…うれしい。すごく。」
マナははにかむとシンジの顔を寄せる。
頬に軽く触れる唇。
そして、マナはにっこり微笑んだ。
二人は空を見上げた。
そうだよね。
シンジは私の側にずっといてくれるよね。
視線をシンジの横顔に向けるマナ。
でも、私はいつまでシンジの側にいれるのかな?
そんな考えがマナの脳裏をよぎる。
ううん、そんなこと考えちゃ駄目だよね。
ずっと、側にいられるように…
でも…
もしかすると…
私たち…
「どうかした?」
視線を感じたのか、シンジがマナの方を見ている。
マナは首を振って微笑みかえす。
「ううん。なんでもない。」
シンジは肯き、くすりと微笑む。
「マナは何かお願い事した?」
「お願い?」
マナは首をかしげる。
「ほら、小さい頃って、短冊にお願い事とか書かなかった?」
「うん。書いた、書いた。」
マナは空を見つめくすりと微笑む。
「でもね…私はいつも同じ事書いてたんだよ…」
「そうなの?」
「そう…何書いてたかわかる?」
なんだろ?
シンジは空を見て、そして、マナを見て腕を組んで考え込む。
そして、シンジは首を振って降参する。
「うーん。わかんないな。」
「そうなの?シンジって…」
マナはくすくす微笑みながら、続ける。
「やっぱり、鈍いのね…」
「へ?」
シンジは言葉の意味が分からなかったようだ。
マナはにこにこ微笑みながらシンジの手を取る。
「そろそろ戻ろ?」
そして、手をひいて歩き出した。
あとがき
ども作者のTIMEです。
TimeCapsule第10話「いちねんにいちど」です。
レイのお話が出ていますが、
いとこで仲の良かった二人が
何故会わなくなったのかを少しだけ紹介してます。
これもレイが出てきたらもう少し詳しく書くことになりますが。
さらにミカも登場してますが、
彼女のこととケンスケの関係を書くは未定です。
#ただでさえ話が進まないのに。(^^;;
二人が「離れることになったらどうするか?」の
話は短いですが、今回はまだ導入ということで、
今後、二人は何度となく「一緒にいる」ということについて考えることになります。
次回は雨の日のお話です。
ここ2回ほどレイが出てきたのですが、
次はアスカが(ついに)声だけですが登場です。
次回、第11話「さみしい?」でお会いしましょう。