「シンジ、今頃どうしてるかな?」
そう呟き、彼女は少しだけ驚いた表情をした。
鏡に映っている自分の顔を見て、ふいにくすくす笑い出す。
そして、髪をとかし始めたが、彼女は笑みを浮かべたままだった。
Time Capsule
TIME/99
第9話
「いちまいあればじゅうぶん」
「シンジ。起きて。」
マナはいつものように眠っているシンジを起こそうとする。
「…」
しかし、シンジはすこしだけ身じろぎをして、またすうすうと寝息を立てる。
それを見てマナはため息をつく。
いつものことだけど…
どうしてこんなに寝起きが悪いんだろ?
マナはベッドに乗りシンジの耳元に顔を寄せる。
「ねぇ、シンジ、起きて。」
「…うーん。」
シンジは顔を竦める。
マナはさらに耳元に囁く。
「ねぇ、おきてってば…」
ぴくりと震えてシンジはゆっくりとマナの方を向く。
そして、眠そうに目をこする。
「…マナ…」
「朝よ起きて。」
「…うん。」
シンジはベッドの上に起き上がり、大きく伸びをする。
カーテン越し差す太陽の光で今日はいい天気であることが分かる。
「じゃ、リビングで待ってるから。」
「…うん。ありがと。」
ブランケットを跳ねのけ、ベッドから降り、置いてあった服に着替えるシンジ。
そして、机の上に置いてある時計を身につける。
そこから5歩で部屋のドアにたどりつき、部屋を出て10歩も歩かないうちに
リビングにたどり着く。
マナが椅子に座って、シンジの方を見る。
テーブルの上には紅茶が注がれたカップが。
シンジはマナの隣に座り、またも大きく伸びをする。
マナはにっこり微笑んでシンジに言う。
「今日はいい天気みたいだよ。」
「そうだね。」
シンジも微笑みかえす。
ユイがキチンから声をかける。
「朝ご飯食べる?今日はトーストだけど。」
「うん。食べるよ。」
そして、マナに視線を移し改めて見直す。
その視線を受け止めて、マナは恥ずかしそうにはにかむ。
「その服、始めて見た。」
マナは少しクリーム色がかった、白のワンピースを来ていた。
そして、鮮やかなブルーのリボンで髪をまとめている。
マナはリボンを見たシンジに恥ずかしそうはにかんでに答える。
「髪、切りにいけなかったから。」
シンジは首を振って、答える。
「ううん。いいよ。」
そして、ほうけたようにマナを見ているシンジ。
そんなシンジを見てユイが微笑んでいる。
シンジに見えないようにマナに合図するユイ。
マナも微笑んで答える。
二人は並んで駅までの道のりを歩いていた。
いつも歩く道をゆっくりと歩きながら、
海に行ったら、何をしようか二人でいろいろと話し合う。
そして、いつもの道からはずれ、駅までの道程を歩く。
太陽は明るい日差しを二人に投げかける。
シンジはグレーの薄手のシャツにジーンズ。
マナはクリーム色のワンピースにサンダルだった。
吹き抜ける風が、新緑の香りを運んでくる。
小鳥たちが囀る、公園の脇を抜け、二人は駅にやってきた。
ここから、目的地まで電車一本で1時間ほどだ。
二人でいろいろ相談し、迷った結果、家から手ごろな距離の浜辺を選んだ。
電車に乗り、ボックス席になっている椅子に座る二人。
「今日は混んでないね。」
「そうだね。」
苦笑するシンジ。
ドアが閉じて、車両がゆっくりと動き出す。
その路線は、あまり利用客が多くない路線だった。
車両の名かには二人のほかに数えるほどしか人はいなかった。
揺れる車両から窓の景色を眺める二人。
なんとなく会話が途切れる。
二人はぼんやりと窓の外を流れていく景色を見ていた。
駅の改札から出て、二人は柱にかけられている地図に駆け寄る。
「えーっと、駅はここだから…」
「この道をまっすぐだね。」
海まで野道を確認して、駅を出て歩きはじめる。
太陽の明るい日差しを浴び、マナが大きく伸びをする。
「うーん。いい天気になったね。あともう少し後だったら、泳げるのに。」
「また、夏に来ればいいよ。」
その言葉を聞き、嬉しそうに微笑むマナ。
「ほんとに?」
「夏休みにみんなで来ようよ。」
「…うん…」
二人は地図で確かめた道を並んで歩き始める。
あまり広くない道で二人の歩いている方は小さな用水路があった。
しばらく歩くと、目の前に大きな堤防が見え、
そこで道は堤防沿いの道と交わっていた。
「潮の匂いがする。」
マナも空気をかいでみる。
「ほんとだ。」
そして、堤防にたどり着く二人。
堤防の上に上がり、海を眺める。
真っ青の空の下、海は碧玉の青色だった。
二人はしばらく堤防に立ち、
吹き寄せる風が運んでくる潮の香りと波の音を楽しんだ。
「空が高いね。」
シンジが空を指差す。
白い筋状の雲が二人に向かって押し寄せてきている。
頭上に広がる雲が、空の大きさを強調しているようだった。
「ほんと、高い…」
マナはシンジの腕を掴んで、頭上を見上げる。
視界に空を雲だけにして、マナはふと考えた。
今、シンジと一緒にいる。
ずっと、このままでいたい。
このままで…
ちらりとシンジの方を見る。
シンジも空を眺めている。
やっと会えたから…
もう、離れたくない…
そして、二人は堤防から砂浜に降りていく。
いくつもの砂丘が重なり、その向こうに真っ青な海が見える。
太陽の光を受けて、砂丘は金色に輝いていた。
二人は砂丘をひとつひとつゆっくりと越えて、波打ち際を目指した。
足が、やわらかな砂に埋もれていく感触を感じながら、ゆっくり歩く。
「この砂の感覚、すごく久しぶり。」
マナは砂浜に足首まで埋もれさせながら、楽しそうに微笑み、
その微笑みを太陽の日差しが輝かせる。
そして、二人は波打ち際まで来た。
打ち寄せる波が二人の足元まで迫る。
「来たね…」
マナはそれだけ言うと、シンジの隣に寄り添うように立つ。
そして、視線を水平線に向ける。
水平線近くに何かの船が見える。
「うん…」
シンジもそう返事をしたまま、立っている。
海を渡ってきた風が二人に吹く。
汐の香りを胸いっぱい吸い込む二人。
そして、シンジがマナの手を握る。
マナの胸が締め付けられる。
私…
こんなにも…シンジが…
好きなんだ…
視線をシンジの横顔に向ける。
シンジはマナを見てにっこり微笑む。
その笑みをずっと見ていたい。
ずっと私だけに向けて欲しい。
「…歩こうか?」
シンジはそう言うと、マナの手を取ったまま、波打ち際ぞいに歩きはじめる。
マナは一歩遅れてシンジについていく。
都合、シンジがマナを引っ張るような形になる。
手を放さないで欲しい。
ずっとこのままつないでいたい。
マナはつないだ手を見つめる。
シンジが手をつないでくれている。
嬉しい。
どうして、こんなに胸がいっぱいになるんだろう。
二人はしばらく波打ち際を歩いていく。
散歩している人や、ランニングしている少年などとすれ違いながら、
ゆっくりと進んでいく。
「ね、どうして海に来たかったの?」
マナは前を歩くシンジに尋ねる。
シンジは前を見たまま答える。
「どうしてかな?なんとなく来たかったんだ。」
「なんとなく?」
「そう…マナと何処行こうかって考えた時に自然とね。」
「ふうん。」
マナは2、3歩小走りに歩いて、シンジと並んで歩く。
シンジは追いついてきたマナをちらりと見る。
「ね…シンジ。」
「何?」
「シンジはアタシと最初にあった時のことどれくらい覚えてる?」
そして、立ち止まるマナ。
そんなマナをシンジは眩しそうに見る。
ちょうど、マナがいる方向に太陽がある。
マナに重なるように、太陽の光が差してくる。
「うーん。確か、小学校3年の夏だよね…ていうことは8年前か…」
シンジは何かを想いだそうとして、視線をさまよわせる。
「…三人で見た花火のことは覚えてるよ…あとは…」
シンジはにっこり微笑む。
「二人で親に内緒でこっそり抜け出して、ホタルを見に行ったよね。
その後、父さんに怒られて大変だったけど。」
そう、父さんがあんな剣幕で怒ったのは後にも先にもあれだけだもんなぁ。
シンジはくすくす笑った。
マナはシンジに不思議そうに尋ねる。
こちらに来てから、まだ会っていない彼女の事を。
「…ね…レイちゃんとは最近会ってるの?」
シンジはその名前を聞いて懐かしそうな顔をする。
レイとはしばらく会っていない。そう最後に会ったのは…
「レイ…か、そう言えば、高校に入ってからは会ってないなぁ。
最後に会ったのは…」
そう、レイと最後に会った時のこと。
忘れていない。
忘れられるはずも無い。
レイにあんなことをしてしまったから。
自分が正しかったとは想うが、レイを傷つけてしまったから。
答えないシンジを見て、マナはいつ会ったのか覚えていないと思ったようだ。
「…てっきり、今でも頻繁に会ってるのかなって。」
「僕が引っ越しちゃったからね。いくらいとこでも、今の距離はちょっとね。」
本当は違う。
距離なんか関係ない。
そうレイは言ってたんだ。
でも、僕は…
「そう…」
マナはほっとため息をつく。
そのしぐさを見て、シンジは微笑む。
「そのため息のつきかたとかが、昔と変わってないね。」
マナは少し驚いたように首をかしげる。
「そお?」
「うん。変わってない。もちろん、全く同じわけじゃないけど、
なんとなく、マナのしぐさって何処かで見たって気がしたんだ。」
シンジが腕を組む。
波の音がすぐ近くで聞こえる。
心持ち、音が大きく、つまり波が大きくなったようだ。
「なんか、ずっと私が子供のままみたいに聞こえるんだけど。」
マナはくるりとシンジに背中を見せる。
そのしぐさを見て、さらにシンジの笑みが大きくなる。
「ううん。違うよ…」
それきり黙ってしまうシンジ。
マナは不思議そうにそろそろとシンジの方を振り返る。
シンジはマナをじっと見詰めたまま、微笑んでいる。
「どうしたの?」
マナは振り返り、シンジに尋ねる。
「きれいになった…」
シンジは囁くようにアスカに答えた。
波の音にその言葉は吸い込まれていったが、マナには聞こえていた。
そして、見つめあう二人。
波の音、汐の香りがする風、頭上にはさんさんと輝く太陽。
すべてが二人を包み込んでいる。
「…ありがと。」
マナはそれだけちいさく答えると、ふうとため息をついてうつむいた。
髪がさらりと揺れ、マナの顔を隠そうとする。
一瞬後、マナは再び顔を上げ、シンジを見つめる。
「シンジは私のイメージ通りだったよ。」
「そうなんだ。」
シンジは不思議そうに、マナを見る。
マナは思い出すように、視線を海に向けた。
「見た瞬間、シンジだ。って思った。それですごく嬉しくなって。」
マナは嬉しそうの微笑み、シンジに視線を戻す。
どこかで、カモメが鳴いていた。
海から吹く風が、マナとシンジの髪をゆらゆらと揺らす。
「そう、あの時、マナは僕を見て微笑んだよね。
どこかで会った気がしたんだ。でも、思い出せなくて。」
「でも、シンジは思い出してくれた。」
マナはじっとシンジを見る。
シンジは顔を伏せ、呟いた。
「そうだね…でも、僕は…」
顔を上げて、マナを見るシンジ。
しかし、視線はマナに向けられていたが、マナを見ていなかった。
「忘れていた…マナのことも、会いに行くって約束をしたことも。」
首を振るシンジ。
「僕は…それが…許せない。」
シンジはまた小さく呟く。
「どうして忘れてたんだろう。」
と、マナが急にシンジの手を握る。
はっと、マナを見るシンジ。
マナはにっこりと微笑む。
「私が許してあげるよ。」
思いもよらない答えにシンジは驚く。
まじまじとマナを見つめるシンジ。
マナは笑みを消して、シンジをじっと見つめる。
「約束を思い出してくれただけで、私にとっては十分なの。
約束した私がそう言ってるんだから、これ以上、自分を責めないで。」
シンジはしばらくそのままでマナを見つめる。
そして、にっこりと微笑みかえす。
「ありがと…」
そして、二人は手をつないだ。
もと着た場所に戻ってきた二人。
日は傾き、午後のけだるい陽気が漂っている。
二人は木陰に座って海を眺める。
打ち寄せてくる波の音を聞きながら、他愛もない話をする。
ふいにマナが立ち上がる。
立ち上がったマナを眩しそうに見上げるシンジ。
「ね、写真撮ろう。」
とびきりの笑顔でそういうと、シンジに手を差し伸べるマナ。
「でも、カメラ持ってきてないよ。」
「来る途中にコンビニあったよ。」
マナは堤防に向かって歩き始めながらそう答える。
「なるほど。」
シンジは三歩程遅れてマナについていく。
5分ほど歩いて、目当てのコンビニにつく。
そこで、使い捨てカメラを買った。
そして、また海まで戻る。
「さて、何処で撮ろうか。」
シンジはあたりを見回してマナに尋ねる。
「やっぱり、二人で一緒に写りたいよ。」
マナは堤防の下の道路を歩いている男性に声をかける。
「あのー、すいませんが写真とってもらえます?」
その男性は快くマナのお願いを承諾し、カメラを受け取る。
海をバックに並んだ立つ二人、雲に隠れていた太陽が出てきて、
海を、そして二人に陽射しを投げる。
マナはちらりとシンジを見つめると、その手をきゅっと握る。
少し驚いた表情をするシンジだが、すぐに笑みを浮かべる。
そして、写真のシャッターが切られる。
男性からカメラを受け取ったシンジはマナにこう尋ねた。
「残りはどうする?」
「一枚あれば十分。」
にっこり微笑んでマナはそう答えた。
その笑みが陽射しで輝いた。
あとがき
ども作者のTIMEです。
TimeCapsule第9話「いちまいあればじゅうぶん」はいかがでしたか。
実は書くの忘れてましたが、シンジ達は高校生です。
最初の1、2話で書いたつもりだったんですが、書いてなかったですね。(^^;;
設定上は高校2年生です。すいません。
海に行く二人のお話ですが、設定上はまだ5月下旬〜6月です。
なぜ海なのか?
それは作者が書きたかったからです。(^^;;
まぁ、お話の上ではもうすぐ夏なんで嫌でも書くことになるんですが。
#ってネタはあるのか?>自分。
レイのお話が出てきてますが、
レイとシンジはいとこ同士です。
そのうち、キャクターの設定を公開しますので、もう少しお待ちを。
次回は七夕のお話です。
#ここでおや?っと思った方。
#すいません、またもや予定変更になりました。(^^;;
では次回第10話「いちねんにいちど」でお会いしましょう。