クラス中からどよめきが走る。
そして、配られたプリントを見て、ざわざわとクラス中がざわめく。
憂うつそうな表情をケンスケは浮かべ、シンジの方を振り返る。
シンジもプリントを見て首を振る。
「はぁ、また憂うつな時期がやってきたな。」
「まぁ、仕方ないよ。それが学生のお仕事だし。」
ケンスケはシンジに英語の範囲を見せる。
シンジもそれをみて大きくため息をつく。
「英語の範囲がまた…」
「すごいよね…」
二人は顔を見合わせ、ため息をついた。
その二人を5月ののどかな陽射しが照らしていた。
Time Capsule
TIME/99
第8話
「横顔」
「ねぇ、シンジ。」
肩を揺さ振られて、シンジはやっと頭をあげる。
そして、寝ぼけた表情で起こした人物を見つめる。
「マナ。どうかした?」
シンジは目をこすり、背伸びをする。
いつのまにか寝ちゃったみたいだ。
そして、軽く首を振って、マナを見つめる。
「もしかして、授業中から寝てたの?」
くすくす笑いながらマナが尋ねる。
それを聞いて不思議そうにシンジは答える。
「どうして?」
「ほら、教科書とノートがそのままだから。」
マナはシンジの机を指差す。
その言葉に、自分の机を見下ろすシンジ。
確かに、さっきの授業の教科書とノートが開きっぱなしだ。
「なるほど…」
シンジは手早く、教科書とノートをしまって次の授業の教科書とノートを出す。
「あのね…中間テストの範囲なんだけど…」
「うん。」
「アタシの通ってた学校とは教科書が違って。」
シンジは思い出したように、指を鳴らす。
開いた窓から、そよそよと風が吹き込んできて、
シンジの前髪とマナの制服の裾を揺らす。
「あ、そうか。マナは4月の終わりに転校してきたからね。」
マナはこっくり肯く。
「うん。それで、現文と、古典と英語のReaderのノートを貸して欲しいの。」
シンジは少し考えてから答える。
「いいけど。今渡そうか?」
マナはふるふる首を振る。
「ううん。今日の放課後に図書室に寄っていくから、帰りに貸してくれる?」
「図書室に行くの?」
「うん。そこで写そうと思って、家に帰っちゃうとやらないから。」
はにかんでシンジを見つめるマナ。
シンジは納得したように肯いて見せる。
「わかった。じゃ、放課後に渡すね。」
「うん。ありがと。」
にっこり微笑むマナ。
そのマナの表情を見て、シンジは先日の出来事を思い出す。
「シンジ。手紙来てるんだけど。」
マナがうすいブルーの封筒をシンジに見せる。
シンジは首をかしげて答えた。
「誰からなの?」
「惣流さんて人。」
マナはそれだけ言って、シンジの反応をじっと見詰める。
シンジは少し驚いたように、目を見開く。
「…アスカ…か。」
マナはシンジのその表情をじっと見詰める。
シンジは封筒を受け取って、差出人を確認する。
「…」
くすり微笑むと、シンジは封筒を机に置く。
マナは不思議そうにシンジに尋ねる。
「読まないの?」
シンジはにやりと笑って答える。
「まあね…」
そのシンジの表情を見て、
この人と何かあったのかな?
マナはそう感じた。
どうしようか迷ったが、マナは聞いてみることにした。
「ね、このアスカさんて人って誰?」
シンジは少し考えてから答える。
「マナには教えておいた方がいいね…
アスカはお隣の惣流さんとこの娘さんなんだ。
今はドイツに留学しているんだけどね。
僕とトウジ、ケンスケ、洞木さんは中学3年間一緒のクラスだったんだ。」
マナは探るように上目使いでシンジを見る。
「ふうん…で?」
「で、も何も、それだけだよ。」
シンジはおかしそうにマナに答える。
そして、マナをまじまじと見つめる。
「本当にそれだけだよ。」
いつものシンジの笑みが浮かべて、答えるシンジ。
「そう。」
マナはとりあえず納得することにした。
シンジは窓からそとの風景を見るともなしに眺めながら考える。
アスカか…
急に手紙なんてどうしたんだろ?
また、とんでもない内容じゃなきゃいいけど。
そうだ…
洞木さんに聞いてみるかな?
彼女だったら、何か知ってるかも…
視線を教室の中に戻すシンジ。
しかし、教室にはヒカリはいないようだ。
まぁいいか。
後で聞こう。
「はい。これがノートだよ。」
シンジはマナにノートを渡す。
教室にはまだ何人かの生徒が残って話をしていた。
しかし、その生徒達も話をしながら、教室から出ていく。
急にがらんとなった教室を見回してシンジは苦笑する。
「みんな、帰るの早いな。」
「そうね。」
ノートをぱらぱら見て、マナも席から立ち上がり、かばんを持つ。
シンジに向かって、首をかしげて尋ねる。
「シンジはどうするの?」
「うーん。どうしようかな?」
シンジは首をかしげる。
「量的にはそんなにあるわけじゃないから1時間もあれば写し終わるよ。」
「じゃ、付き合うよ。」
図書室の一つのテーブルにつき、マナはノートを写しはじめる。
まず、古文のノートから写しはじめる。
シンジはマナの隣に座って、きょろきょろと周りを見渡す。
テスト前ということもあるのか、周りのテーブルには何人かの生徒が座って
勉強しているらしい。
そしてシンジは視線を隣に座っているマナに移す。
マナはそんなシンジに気づかずに熱心にノートを写している。
シンジはじっとマナの顔を見詰める。
どうして気がつかなかったんだろう…
あの時と変わっていなかったのに…
その髪も瞳も…
でも僕は…
わからなかった。
約束したのに。
会いに行くって。
マナは…
覚えていてくれたのに…
僕と約束したこと。
どうしてなんだろう。
胸が痛い。
どうして僕は忘れてたんだろう…
マナ…
僕はどうすれば…
と、マナがシンジの方をちらりと見上げる。
シンジはにっこり微笑む。
「どうかしたの?」
「ううん。なんでもないよ。」
マナは不思議そうに首をかしげて、またノートに視線を落とす。
部屋の中に視線をさまよわせて、シンジはため息を付く。
シンジはゆっくりと立ち上がり、本棚の方に歩いていく。
良く考えたら、図書室なんてすごく久しぶりだな。
シンジは本棚の間をゆっくりと歩いていく。
と、一人の女の子が背を伸ばして本をとろうとしている。
あれ?
もしかして。
「山岸さん?」
シンジの方を見て、彼女は不思議そうに答える。
日差しでシンジの顔が見えないようだった。
「碇…くん?」
「うん、そうだよ。」
シンジは彼女、山岸マユミの隣に立ち、背伸びした。
マユミは不思議そうにシンジを見るマユミ。
「えっと、これでいいのかな?」
「え?」
「今取ろうとしてた本。」
「あ…う、うん。それ。」
シンジは本を取り出し、それをマユミに渡す。
マユミはすこしはにかんで答える。
「ありがと…」
「どういたしまして。」
微笑むシンジ。
マユミは赤くなってうつむいてしまう。
シンジは首をかしげて尋ねる。
「ね、山岸さんって図書室によくくるの?」
「うん、いろいろ読みたい本があるから。」
「そうなんだ。」
「私はいつもこっちの席で読んでるの。」
きびすを返して、歩き出すマユミ。
シンジは2歩遅れてついていく。
「ふうん。こっちは結構景色がいいんだね。」
窓に歩み寄り、外の風景を眺めるシンジ。
その隣にマユミが立つ。
「そうね、でもあんまり人気はないみたい。」
「そうなんだ?」
首をかしげるシンジ。
「そう。夕日が奇麗なんだけど、その時間には大抵誰もいなくなってるから。」
「そう…か。」
視線をマユミから外の風景に移すシンジ。
二人は黙ったまま景色を眺めていた。
「終わった?」
大きく背伸びをしているマナに戻ってきたシンジが声をかける。
その隣にはマユミが。
「うん。今終わったところ。」
「そうか、じゃ、帰ろうか。」
そこで、マユミが二人にはなしかける。
「じゃ、私はここで。碇君、これありがと。」
さきほどシンジが取った本を見せて、マユミははにかむ。
「うん。じゃ、また明日。」
歩み去ったマユミを見て、マナが尋ねる。
「確か、山岸さんよね。どうしたの?」
「いや、彼女が高いところにある本を取ろうとしてたから、僕がとってあげたんだ。」
「ふうん。」
かばんを手にとり、マナに微笑みかけるシンジ。
夕日がシンジの顔を照らし出す。
「帰ろうか?」
マナも自分のかばんを手にとり、勢い良く立ち上がる。
「うん。帰ろ。」
二人は図書室を後にした。
「今日も、晴れてるね。」
マナは空を見上げて、そうつぶやく。
晴れていることは晴れているが、深夜の2時だった。
ベランダにもたれて、あたりの景色に目を凝らすマナ。
そらには三日月が薄く輝いている。
「三日月…か。」
それだけ呟くと、マナは黙ったまま瞳を閉じる。
そよそよと風がそよいでマナの前髪を揺らす。
「どうしようかな…」
マナの手にはとある封筒が握られていた。
差出人は…彼女の父親。
封筒から便箋を出す。
そこには父親からの提案が。
この暗さでは何が書いてあるのかは見えないが、
部屋で見た時は…
マナはため息をつく。
「うーん…」
そして空を見上げる。
月明かりに隠れて明るい星しか見えない。
「…」
マナはうつむく。
髪がふわりと揺れ、マナの表情を隠す。
しばらくそのままでいた後、決心したように顔を上げるマナ。
「うん…そうしよう…」
マナはベランダから、部屋に入った。
「はぁ、難しいね。」
シンジは頭を掻きながら、問題集に視線を戻す。
向かいに座ったマナが、微笑む。
「でも、これでわかったでしょ。」
シンジはうんうんうなずく。
二人はマナの部屋でテスト勉強をしている。
今は、マナがシンジに英語を教えている。
日曜の午後、普段なら勉強なんてしないのだが、
さすがに月曜日からテストでは遊びに行くわけにはいかない。
しばらく、英語を勉強した後、次は数学に取り掛かる。
今度はシンジがマナに教え始める。
「暗号だよ。こうなってくると。」
マナはぶつぶつ言いながら、問題集に取り組む。
今度は数学をシンジが教えている。
「ま、公式さえ覚えればいいんだから。」
「そうだけど。」
シンジはマナの横顔を見つめる。
ふと、シンジは、テストとは関係ないことを話し出す。
「髪伸びたね。」
マナは髪の毛をリボンでまとめていた。
不思議そうな表情をしていたマナだが、
シンジの視線に気づき前髪に手をやる。
「そうね、そろそろ切りに行かなきゃ。」
「伸ばさないの?」
不思議そうに聞くシンジに、マナははにかむ。
そして、首をかしげてシンジを見る。
「シンジは長い方がいいの?」
そのマナの切り返しに思わず慌てるシンジ。
上ずった声で答える。
「え?い、いや僕は短いほうが…いいかな…って。」
それを聞いたマナは嬉しそうに微笑む。
にっこり微笑むマナに見とれるシンジ。
「そう…じゃ、伸ばさない。」
「う、うん。」
シンジは分かったような、分からないような返事をする。
「…ね、海はどうする?ほんとに行く?」
マナがテーブルに両肘を突き顔を乗せてシンジを見る。
シンジは問題集から顔を上げて、マナを見る。
「うん。僕はいいけどっていうか、僕が誘ったんだしね。」
シンジの風邪でキャンプにいけなかった埋め合わせに、
シンジが誘ったのは海だった。
「まだ、泳げないけど。なんとなく行ってみたくって。」
「うん。アタシも海でいいよ。」
「じゃ、いつ行こうか?」
いつのまにかテスト勉強が遊びに行く計画になっている二人であった。
あとがき
どもTIMEです。
TimeCapsule第8話「横顔」です。
今回マユミが登場していますが、図書室といえば…ということで登場してます。
彼女がこれからどう絡むのかは神のみぞ知るですね。
#作者は何も考えてないということです。(^^;;
アスカの手紙が再登場ですが、まだ内容は公開されていません。
内容に関してはまたそのうちに書きます。
あと、夜マナが独りで悩んでますが、これもまだ秘密ですね。
たぶん、10話か11話当たりで出てくるかと。
さて次回ですが、海に行くお話です。
海で二人に何が起こるのか、乞うご期待といったところでしょうか。
では第9話「いちまいあればじゅうぶん」でお会いしましょう。