「えー?今日は二人とも帰ってこないの?」
ユイはゲンドウの隣に座って、にこにこ微笑んでいる。
ゲンドウが新聞から目を離さず、答える。
「あぁ、私もユイのバックアップにまわらないといけないからな。」
マナが視線を朝食に取り掛かかっているシンジからユイに移す。
いつも通り、朝食は食べ終えていて、シンジの準備待ち状態だ。
「あの…晩御飯とかはどうしましょうか?」
それを聞いたユイは安心させるように微笑み答える。
「シンジと一緒に何か作って食べてね。
足りないものは買い出してきてもらっていいし」
「えっ?シンジくんって…」
そして、隣のシンジの方を見る。
シンジはもぐもぐと朝食を食べながら、ユイとマナを見る。。
「シンジも一通りは出来るはずだから、こき使ってやってね。」
「そうなんですか?」
マナは驚いたように答える。
「簡単なものだったら、作れるよ。」
シンジはマナにそう答える。
ユイは二人に微笑みかける。
「そういうことで、二人とも今日はお願いね。」
Time Capsule
TIME/99
第7話
「二人きり?」
「今日は二人だけか…」
自分の机に座り、ぼんやりと校庭から外を見つめるシンジ。
そして、シンジは誰に言うまでもなく、そうつぶやいた。
二人きり。
マナと二人っきり。
それも、朝まで…
ということは…
シンジは慌てて首を振る。
まさかね…
とそのシンジに背後から声がかけられる。
「シンジ。」
シンジはびくんと震え、慌てて声のした後ろを振り返る。
そんなシンジにマナは不思議そうな視線を向ける。
「どしたの?」
「い、いや、ちょっと考え事してて。」
「そう。」
首をかしげるマナ。
窓越しの日差しが、マナの髪と笑顔を輝かせる。
「ねぇ、今日の夕飯って何にしよう?」
シンジの机の前に回り込み前の席に座って、マナが尋ねる。
慌てて、シンジは周りを見て声を潜める。
「駄目だよ。誰かに聞かれてたらどうするの?」
マナはぺろりと舌を出して囁く。
「ごめんなさい。」
そして、シンジに顔を寄せ囁く。
にこにこ微笑んでいるマナ。
何か、すごく嬉しそうだな。
どうしたんだろ?
「で、今日は何食べる?」
「うーん。どうしようかな?」
シンジは腕を組んで考え込む。
首をかしげて熱心に考え込むシンジにマナは笑みをもらす。
「シンジ。どうかしたのか?」
ケンスケがシンジの肩をぽんと叩く。
シンジはケンスケを見て慌てて首を振って答える。
「いや、なんでもないよ。」
ケンスケに微笑んでマナは立ち上がる。
「じゃ、次の休み時間までに考えておいて。」
「うん。わかった。」
マナに代わり椅子に座ったケンスケが声を潜めて、シンジに話かける。
「な、シンジ。」
「なに?」
「お前達、本当に何もなかったのか?」
シンジはうんざりするようにため息をつく。
「また、そのこと。」
シンジとマナはキャンプを風邪を引いたことにして休んだのだが、
それに関してさまざまな憶測が流れていた。
この一週間というもの、シンジは男子生徒からの攻撃を、
マナは女子生徒からの質問攻めにあっていた。
二人とも、何も無いと言っているのだが、周りから見れば、
お互いを名前で呼んでいるし、(学校では碇君、霧島さんで呼んでいたのだが、
キャンプ後、シンジ、マナに変わっていた)なぜか、以前より仲がよさそうに
見えてしまい、憶測が真実に思えてしまっていた。
「だから。僕たちは何も無かったんだって。」
「そうかねぇ…」
ケンスケは胡散臭そうにそう答える。
他の生徒とは違う意味で、ケンスケはシンジとマナの
間に何かがあったのではないかと感じていた。
それは、写真を撮っているケンスケにだけ分かる変化だった。
「最近、霧島さんっていい笑いかたするんだよなぁ。」
以前のマナは、はかなげで消えてしまいそうな感じがしたのだが、
今のマナからは変わって、明るい、快活な雰囲気を感じる。
「それがどうかしたの?」
シンジはきょとんとした表情で答える。
それを見てケンスケは盛大なため息をつく。
「はぁ…まぁいいよ。」
そのケンスケを見て、
シンジは思い出したようにくすりと微笑む。
「そう言えば、聞いたよ、洞木さんから。」
ケンスケはにやりと笑う。
「あぁ、キャンプの話か。」
「また、覗いたんだって?」
「そりゃ、男の夢だからな。」
「でも、また見つかったんでしょ。」
「今年こそはと思ったんだがな。」
「はぁ、懲りないね。」
今度はシンジが盛大なため息をついた。
近くのお店で夕飯の買い出しをしてきた二人。
結局、いろいろ討議した末、夕食はカレーに決定した。
「ね、レジのお姉さん、アタシたちのことどう思ったのかな?」
玄関で靴を脱いで、キッチンで買い物してきたものを袋から出すマナ。
「不思議そうに見てたからね。」
シンジはエプロンを出して一つをマナに渡す。
「じゃ、さっさと準備しますか。」
マナは手早く、野菜を洗い出す。
シンジは洗い終えた野菜の皮をむいていく。
そして、手ごろな大きさに切って鍋で炒める。
二人で協力したおかげで、それほど時間をかけずに
カレーの材料の準備は終わった。
「さて、後は煮込むのとご飯が炊けるのを待つだけね。」
手を洗って、マナはエプロンをはずす。
そのしぐさにふとシンジは目を引かれる。
「ね、とりあえず、しよっか?」
「え?な、何を?」
シンジは驚いて、どもってしまう。
マナはそんなシンジを不思議そうに見つめる。
「しばらく時間があるから、宿題しておこうよ。」
「う、うん。そうだね。」
シンジはほっと息をつく。
夕食後、ソファに座って、テレビをぼんやりと見つめているシンジ。
はぁ、なんか意識しちゃうんだよな。
いつもなら、こんなこと無いのに。
やっぱり、マナがあの約束をした子だって、分かったからかな。
それとも…
やっぱり二人きりっていうのが…
と、マナがキッチンから出てくる。
そして、シンジの隣にちょこんと座る。
「洗い物終わったよ。全部食器乾燥機に入れといたから。」
「うん。」
シンジはそっけなくそう答え、テレビに視線を移す。
マナは不思議そうにそんなシンジの横顔を見つめる。
その視線に気づいたのか、シンジがマナの方を見る。
「どしたの?」
「なんか、今日のシンジ、変。」
シンジはどきりとして、まじまじとマナの顔を見つめる。
じっと、シンジの瞳を見つめるマナ。
「いつものシンジじゃないみたい…」
「い、いや、ちょっと…ね。」
マナはシンジににじり寄る。
慌てて、シンジは離れようとするが、ソファの肘掛けが邪魔をして離れられない。
ソファの端にまで追いつめられるシンジ。
「ねぇ、アタシに何か隠してない?」
「そ、それは…」
まさか二人きりになってるからマナのこと意識してるなんて言えるはずもなく、
シンジは沈黙してしまう。
マナはそんなシンジをじっと見つめている。
「もういい。」
マナはそう言うと、くるりとシンジに背を向ける。
「マナ?」
シンジはおそるおそるマナの肩に触れようとする。
「触らないで。」
マナは手を払う。
シンジは途方に暮れたように立ち上がり、マナの前に座る。
「ねぇ、マナ。」
マナはうつむいたまま答えない。
髪で表情が分からないが、肩が小刻みに震えている。
もしかして、泣いてるの?
「そんなに怒らないでよ。」
「…」
「考え事してたのは謝るから。」
「…」
「ね?」
シンジはマナの顔を覗き込もうとする。
そ、次の瞬間、マナが顔を上げる。
満面の笑みを浮かべているマナを見て、シンジは呆気に取られる。
「…騙したね。」
「ふっふーん。だって、アタシのことかまってくれないんだもの。」
マナはにこにこシンジに微笑む。
シンジは大きくため息をつく。
「はぁ…なんか疲れちゃった…」
そして、がっくりとうなだれるシンジ。
マナは嬉しそうにそんなシンジを見る。
「…あれ、シンジいたんだ。」
お風呂から出てきたマナがタオルで髪を拭きながらリビングに現われる。
しかし、シンジは返事をしない。
首をかしげ、シンジの側に来て顔を覗き込むマナ。
シンジは片肘をついて、眠りこけていた。
「なんだ…寝てるんだ。」
マナはシンジの頬をつついてみる。
「シンジ。こんなところで寝てたら、風邪がぶり返すよ。」
「う、うーん。」
しかし、シンジはくすぐったそうに、身じろぎするだけで起きない。
マナはくすくす笑って、さらにつついてみる。
「こらー、起きろー。」
「…」
やはりシンジは起きない。
マナはシンジを睨む。
当然、シンジはすうすうと寝息を立てている。
風治ったばかりなのに…
どうしよう?
マナはしばらく考えていたが、何か思い付いたように瞳を輝かせる。
そして、部屋から出ていく。
「ねぇ、シンジ…」
どこか遠くから声が聞こえる。
シンジの意識は夢の中から浮き上がってきた。
「シンジ…」
この声は…
マナだ。
どうかしたのかな?
ゆっくりと瞳を開けるシンジ。
視界に入ったのは、マナの顔。
しかも、距離が近い。
今にも触れそうな距離。
マナの頬は上気していて、頬に触れる髪はまだ湿っぽい。
慌てて、起き上がろうとするシンジ。
しかし、マナが上に乗っているため、身動きが取れない。
目を見開きマナを凝視するシンジ。
「マ、マナ。どうしたの?」
マナは瞳を潤ませて、少し寂しそうシンジにシンジの頬にキスする。
シンジの鼓動が早くなる。
何がどうなってるんだ?
これは夢なのかな?
でも、マナの身体の重みや、髪の香りが、
これが現実なんだとシンジに警告している。
「…今日は一緒に寝てくれるんでしょ?」
「い、一緒に?」
思いっきり、上ずった声で答えるシンジ。
全く状況がつかめない。
必死に寝る前の状況を思い出そうとするシンジ。
しかし、そんなシンジにマナはさらに追い討ちをかける。
「ねぇ、早くベッドまで連れていって。このままじゃ、風邪引いちゃうよ。」
「か、風、風邪、カゼ…って」
シンジは視線をマナの顔から、身体に移す。
「な、なんで、タオル一枚なの?」
マナは身体にタオルを一枚つけているだけだった。
首か胸元までの肌がシンジの目を引く。
マナはくすりと笑うと、さも当たり前のように答える。
「え?シンジが何もつけないでって言ったじゃない?」
ぼ、僕が?
何だって?
シンジの思考回路はこれまでになく混乱していた。
首をかしげて、シンジの瞳をじっと見詰めるマナ。
そして、シンジの耳元で甘く囁く。
「ね、はやくぅ。一緒に寝ようよぉ。」
潤んだ瞳、頬にかかる濡れた髪、そして顎をなでるマナの指。
全てがシンジの動悸を加速させる。
もう、なにがなんだか。
シンジは混乱した顔でマナを見る。
と、マナがこらえきれず、くすくす笑い出す。
そんなマナを見て、シンジはまさか、という表情をする。
そんなシンジを見てマナはさらに笑みを大きくする。
くすくす笑いながら、涙をぬぐう。
「もう、シンジってどうしてそう引っかかるのかな?」
マナはシンジから降りると、シンジの手を取る。
シンジはマナに起こしてもらって、まじまじとマナを見る。
「また?」
「だって、起こしても、起きないんだもの。起きない人が悪いの。」
そう言われて、ぐっと詰まるシンジ。
髪をかき上げてやれやれとばかり首を振る。
「でも、そこまでしなくても。」
シンジはマナの身体を包んでいるタオルを指差す。
マナはにっこり微笑むと、いきなり、タオルをはずす。
シンジは慌てて、顔を伏せる。
「うわ!何するの。」
しかし、マナは平然として答える。
「だいじょうぶよ。」
シンジはおそるおそる顔を上げる。
そこには、Tシャツにホットパンツ姿のマナがいた。
「…なるほどね。」
「そういうこと。」
「はぁ、マナもいい気なもんだよ…」
シンジはベッドに横になって、天井を見つめる。
薄く開いたカーテンから月の光が差し込む。
こっちは二人っきりだって意識しちゃってるのに。
あんな事するんだものなぁ。
なんか、女の子って…
でも…
ため息をつき、視線を机の上に移すシンジ。
今は暗闇で見えないが、そこにはある物が置いてあった。
どうして僕は、あの約束を忘れてしまったのだろう?
僕にとって、すごく大切な約束だったのに。
彼女はあれからずっと、僕の約束を覚えていてくれた。
そして、会いに来てくれた。
でも僕は…
と、部屋がゆさゆさと揺れ出す。
え?
これって?
地震?
と、いきなり激しい揺れが部屋を襲う。
「うわ!」
シンジはベッドの上でうずくまった。
できれば、ベッドから出たかったのだが、動けなかった。
揺れが収まりシンジが一息つく。
と、ドアがノックされる。
「シンジ…だいじょうぶ?」
「うん。なんとかね。」
ドアが開いて、マナが顔を出す。
部屋の電気を点けようとするが、明かりが点かない。
「あれ?電気が…」
「もしかして停電してる?」
カーテンを開け、月の光を部屋の中に入れるシンジ。
その月明かりを頼りにマナがベッドの側まで歩いてくる。
安心させようと、シンジはマナに微笑みかける。
次の瞬間、またしても激しい揺れが、二人を襲う。
「きゃあ!」
マナは思わずシンジに抱きつく。
シンジはマナを抱きしめ、覆い被さる。
揺れはしばらく続き、部屋の中の全てのものを揺らす。
そして、揺れもやんだ時。
マナは泣きじゃくっていた。
「マナ…終わったよ。」
優しく、マナの耳元に囁くシンジ。
マナは首をふるふる振って、シンジにしがみつく。
「ごめん…もう少しこのままで…」
「…うん。」
月明かりが二人を照らす。
シンジの胸で震えているマナ。
やさしく髪をなでるシンジ。
そして、少しずつマナの身体の震えが小さくなっていく。
小さく息を吐くと、マナは顔を上げる。
その瞳は少し潤んでいるが、落ち着きは取り戻したようだ。
「ありがと…」
そして、恥ずかしそうにうつむき、恥ずかしそうに手を握る。
そのしぐさに髪がさらさら揺れ、月の光を映してきらきら輝く。
シンジが何か答えようとした時、部屋の明かりが点く。
そして、電話が鳴る。
「あ、電話だ。」
シンジはマナから離れ、立ち上がる。
マナはそんなシンジを不安げに見上げる。
安心させるように微笑み、シンジは電話を取りに行く。
「はい、碇です。」
「シンジ?そっちは地震大丈夫だった?」
ユイの声にほっと、息をつくシンジ。
「うん。僕とマナは大丈夫だよ。さっきまで停電だったけど、
今は電気来てるみたいだし。」
「そう…よかった。」
「で、今から家の中見回ってみるよ。」
「そうね。お願いするわ。」
そして、二言、三言会話を交わして電話は切れた。
10分ほどかけて家の中を見回り、
これといって問題が無いことを確認して、
シンジは自分の部屋の戻る。
テレビで状況を知りたかったが、部屋にいるマナが心配になったからだ。
「マナ…」
部屋を覗いて、シンジは微笑む。
マナがベッドに横になってすうすうと寝息を立てていた。
シンジはベッドまでやってきて、起こそうとするが、
ぐっすりと眠っているマナを見て起こすのをためらう。
ふとマナの顔を見て、頬にかかった髪をかき上げるシンジ。
「おやすみ、マナ。」
そう呟くと、シンジは電気を消して、部屋から出た。
どもTIMEです。
Time Capsule第7話「二人きり?」はいかがでしたか。
二人っきりの夜ということでいろいろ何を書くか迷ったんですが、
こんな形で落ち着きました。
今回から、少しずつですが夏への伏線が出てきます。
あの方々の登場を見越しての伏線ですが、
まぁ、あまりはっきりと書いてる訳ではないので、
そういうのもあるんだな。程度で覚えておいてください。
家でのマナがいままでとは少しイメージの違う行動を取ってるかなと思いましたが、
まぁ、シンジがマナのことを思い出したということで、
本来のマナの性格が出てきたということにしておきましょう。うん。(^^;;
次回ですが、あんまりストーリー的には何があるというものではないです。
あえて、言うならば伏線を張るための話です。(^^;;
一人新キャラが出てきますが、ほんとに顔見せだけです。
では次回第8話「横顔」でお会いしましょう。