ユイは体温計を覗き込み、小さくため息をつく。
シンジも大きく息をはく。
視点が定まらない瞳で自分を見下ろしているユイとマナを見上げる。
マナはシンジの肩まで布団をかけて、心配そうにシンジを見つめる。
「はぁ、まいったな。せっかく今日からキャンプだったのに。」
シンジはユイの隣に立っているマナに微笑みかける。
「ごめん。僕はいけそうに無いや。マナだけでも行っておいでよ。」
「でも…」
マナはベッドの脇に立ち、心配そうにシンジの顔を覗き込む。
シンジの頬は上気している。
呼吸も少し荒い。
シンジをこのままにしていくなんて…
そう考え、何か言いかけるマナを制して、シンジは言う。
「僕のことは心配しないで。
今日のキャンプはマナの歓迎会も兼ねてるから、行っておいで。」
シンジとマナの視線が絡む。
マナはシンジの側にいたかった。
できれば、シンジの風邪がある程度治るまで看病するつもりでいた。
不意にユイの視線を感じてユイを見る。
マナを見て肯いて見せるユイ。
なぜか少しだけ微笑んでいた。
マナはとっさに、ユイが何をマナに伝えようとしているか悟った。
「…うん。そうする。」
マナはシンジに安心させるようにこっくりと肯いた。
シンジはほっと息とをついて、目を閉じる。
Time Capsule
TIME/99
第6話
「約束」
「はぁ、よりによって、こんな時に風邪ひくなんてついてないなぁ。」
ベッドに横になって、ぽつりつぶやくシンジ。
天井に窓からもれた、太陽の光が映る。
鳥達の囁きが、小さく聞こえてくる。
今日も、いい天気だな。
もぞもぞと身体を動かして、ドアを見る。
時計は9時15分を指している。
今ごろ、みんな電車の中だな。
今日は父さんも母さんも夕方まで帰ってこないんだよな。
ふう。
ついてないよな。
せっかくの連休なのに。
なんか、頭の中がぼんやりしてきた。
とにかく寝よう…
シンジは瞳を閉じ、小さく息をはいた。
眠りの中でシンジはドアが開く音を聞いた。
「ねぇ、帰っちゃうの?」
彼女はさみしそうにシンジのとなりにちょこんと座った。
そして、沈みゆく夕日に視線を向ける。
「うん。あさって帰るんだ。」
僕は彼女を方を見る。
彼女はじっと夕日を見つめている。
こころなしか、表情がこわばってみえる。
真っ赤な夕日が山並みに消えていく。
頭上には三日月が薄く輝いていた。
「そうか…帰っちゃうんだ…」
ぽつり、彼女は呟いた。
そして…
「あれ?どうしてなのかな?」
彼女の頬を涙が伝う。
慌てて、涙をぬぐい僕の顔を見る。
その瞳は涙で輝いている。
しかし、涙はまた、彼女の頬を濡らす。
「おかしいね…」
彼女は顔を見せないようにそっぽを向く。
そんな彼女を見て、僕の胸が痛くなってくる。
どうしたんだろ?
この気持ち。
なんだろ?
悲しいのかな。
胸の奥が寒くなるような感じ。
彼女ともっと一緒にいたい。
どうすればいいんだろ。
彼女は僕の方を振り向く。
「見送りに行くから。」
彼女はそう言って、微笑もうとする。
僕は思わず…
そう…
約束したんだ…
会いに行くって…
「約束?」
彼女は涙で潤んだ瞳で僕を見つめる。
僕は彼女を安心させるように肯く。
「…うん。約束。」
そして、僕の小指を彼女の小指に絡ませる。
「僕が大人になったら必ず、会いに行くから。」
上目使いで僕を見つめる彼女、その瞳に生気が戻ってきたように感じた。
「ほんとうに?」
「約束だよ。」
指切りをして、彼女ににっこりと微笑みかける。
彼女も嬉しそうに僕の顔に微笑みかける。
その笑みが僕の心を暖かくしてくれる。
太陽は山並みに沈んでいき、変わって夜の闇であたりが暗くなってきていた。
明るい星がきらきらと輝いているのが見える。
「ねぇ、もう少しだけ一緒にいてくれる?」
彼女は僕の肩にもたれるように寄りかかりながら、そう言った。
「うん。後少しだけ。」
僕はそう答え、そのままでいた。
二人だけの約束…
あれから何年経ったのだろう?
彼女はまだ約束を覚えているのだろうか?
まだ、僕を待っているのだろうか?
シンジは目を覚ました。
と、額に載っているタオルに気づく。
あれ?
このタオル、誰が?
ドアの方を見るシンジ。
すこしだけドアが空いている。
ドアって開いてたっけ?
思い出そうとするが、うまく考えられない。
…ま、いいか。
もう少しだけ寝てから…
それから考えよう。
シンジはまた眠りに落ちた。
彼女はにっこり微笑んで、ソファに座っている僕のとなりに座る。
そして、僕の顔をにこにこと見詰める。
「ねぇ、シンちゃんって今好きな子いるの?」
好きな子?
僕は面食らって彼女の顔をまじまじと見詰める。
「好きな子…かぁ。」
僕は天井を見つめる。
うーん…
「気になる子はいるよ。でも、好きな子は…」
それを聞いた彼女は嬉しそうに微笑む。
「あのね…」
そして、彼女の唇が僕の頬に軽く触れる。
え?
今のって?
「…アタシ、シンちゃんのこと好きよ…」
え?
僕はまたまた固まってしまう。
「でも…」
でも、僕たちは…
彼女は首をふるふる振って僕の首に抱きつく。
額に何か冷たい感触を感じる。
ゆっくりと目を開けるシンジ。
その視線の先には…
「マナ…」
シンジは小さな声でタオルをかえてくれたマナを呼ぶ。
マナは少しバツが悪そうに微笑む。
そして、シンジに顔を寄せて耳元に囁く。
「ごめんなさい。やっぱり気になって…」
シンジはぼぉっとした表情でマナの顔を見詰める。
そして、はぁとため息をつく。
その様子を見てマナは少しだけ身構える。
「…ありがと…」
シンジはそれだけ言うと、弱々しく微笑む。
マナはきょとんとシンジの顔を見詰める。
てっきり、シンジに怒られると思っていたから。
「…うん。」
シンジはふうとため息をつく。
そして、マナの顔を見て尋ねる。
「みんなには連絡したの?」
「うん。二人共風邪引いちゃったからってユイおばさまが洞木さんに。」
「そうか…」
マナはシンジの肩まで布団をかぶせる。
そして、シンジに優しく微笑みかける。
「何かあったら呼んで。」
マナは部屋から出ていく。
シンジはそれを見送り、またため息をつく。
「ま、いいか…」
シンジは瞳を閉じ眠りに落ちた。
マナはシンジの部屋から出てきて、リビングのソファに座る。
うーん。もう11時過ぎちゃった。
そろそろお昼の準備しないと。
シンジにはやっぱりおかゆを作った方がいいよね。
マナはそんなことを考えながら、キッチンに立つ。
と、玄関の方でがちゃりと音がする。
「郵便かな?」
マナは玄関まで歩いていく。
確かに新聞入れに手紙らしき封筒が見える。
「誰宛てだろ?」
その封筒を取り出し、宛名を確認する。
表面には「Air Mail Japan」と書かれ、
宛名には「碇シンジ様」とある。
「シンジ宛てだ…でも外国から?」
そして、封筒を裏返し、差出人を見る
そこには「惣流・アスカ・ラングレー」とあった。
マナは首をかしげる
「誰なのかな?」
胸の中に言いようも無い不安が広がる。
誰だろ?
女の子だよね。
胸に手を当てるマナ。
すごく…
胸が痛い…
マナはふうと大きく深呼吸をする。
ただの友達かもしれないでしょ?
そうよ…
アタシは信じるしかないの。
シンジはきっと思い出してくれる。
そう約束したんだから。
「シンジ君?」
彼女は寝転がっている僕の覗き込んだ。
太陽の日差しのせいで彼女の顔がわからない。
僕は起き上がって、彼女を見つめる。
「ねぇ、こんなところで何やってるの?」
風で飛ばないように片手で麦藁帽子を押さえている。
そして、にっこり微笑む彼女。
「えーっと?」
誰だっけ?
昨日、名前聞いたんだけど忘れちゃった。
彼女はそんな僕の様子をみてくすくす笑う。
「アタシの名前忘れちゃったの?」
僕は恥ずかしそうにこっくり肯く。
「アタシの名前は…」
彼女の口が動く。
そして紡ぎだされた名前。
そうか…
彼女の名前…
思い出した…
全て…
あの時のこと全て…
僕とマナともう一人の女の子、レイ…
三人の夏休み…
じゃあ、彼女は…
僕との約束を覚えていて…
だから僕は始めて会った時に…
彼女に…
「どう、気分は?」
マナがシンジの額に手を当てる。
まだ熱は下がっていないようだ。
ひんやりとしたマナの手が気持ちいい。
ドアを見つめながらシンジはため息をつく。
マナ…
君だったんだね。
あの時交わした僕との約束。
君は覚えているのかい?
そして、僕に会いに来たのかい?
もしそうだとしたら、僕は…
君に…
「おかゆ作ったんだけど…」
シンジは思い出したように、視線を時計に移す。
時計は午後1時を過ぎていた。
こっくりとマナに肯いて見せるシンジ。
「うん…ありがと…食べるよ…」
体を起こそうとするシンジ。
しかし、身体を支えられずに、ぐらりと体が傾く。
慌てて、シンジをマナがささえる。
そして、何とか起き上がるシンジ。
しかし、身体の節々が痛む。
まるで、自分の体じゃないみたいだ。
顔をしかめるシンジにマナが心配そうに尋ねる。
「身体…痛む?」
「うん…少しね。」
そう、あの時も、君は心配そうに僕を見ていたね。
それで、僕は…
起き上がって、はんてんを羽織って一息つくシンジ。
マナはお盆におかゆを持って、ベッドの端に座る。
そして、おかゆをスプーンですくって、ふうふう冷ます。
「はい、あーんして。」
「…え?」
固まるシンジ。
マナはにこにこ微笑みながら、シンジの口元にスプーンを持っていく。
「ほら、食べさせてあげるから。」
「…うん。」
もぐもぐとおかゆを食べているシンジの様子を不安そうにマナが見つめる。
シンジはごっくんと飲み込んで微笑む。
「うん、おいしいよ。」
「よかった…」
マナはほっとため息を漏らす。
そして、おかゆをスプーンにすくって、シンジの口元に持っていく。
シンジはもぐもぐと食べる。
しばらくその光景が続く。
そして…
「ごちそうさま。」
シンジはにっこりとマナに微笑みかける。
はんてんを脱ぎ、ベッドに横になる。
マナは布団を整えて、シンジの顔をみつめる。
シンジは布団から手を出す。
そして、マナの頬にふれる。
君は覚えていたのかい?
そして、僕に…
「どうしたの?」
マナはシンジの手を取り、きゅっと握る。
シンジは潤んだ瞳で、マナを見つめる。
「ありがと。マナがいてくれて嬉しい…」
「うん…」
マナはうつむき、両手でシンジの手を取り胸に抱く。
どうして、僕がマナを見たことがあると思ったか。
マナのしぐさを見て、遠い記憶が呼び覚まされる気がしたのか。
全てはあの時…
あの約束が全ての始まり…
「…夢を見たんだ…」
「うん。」
「ずっと、昔の夢…そう、まだ僕が小学生の時のこと…」
マナは顔を上げ、シンジを見詰める。
シンジはマナの方を見ないで遠い目で天井を見上げていた。
それってもしかして?
マナの鼓動が早くなる。
思い出したの?
あの時の約束…
「その夢の中で…」
「…うん。」
マナは思わず、シンジの手を強く握ってしまう。
すぐに力をゆるめるマナ。
シンジはそれに気づかずに話を続ける。
「一緒にいた女の子に僕は約束するんだ…」
シンジはふうとため息をつく。
マナは何も言わずにじっとシンジを見つめる。
「必ず会いに行くって…」
「…」
マナはこっくりと肯く。
シンジはゆっくりとマナの方を見て微笑む。
「…その時の僕にとっては、すごく大切なことだったんだ…」
そして、軽く首を振る。
「でも…ごめん…今まで忘れてたよ…」
「…」
「マナ…だよね…僕と約束したのは。」
マナはゆっくりと肯く。
思い出してくれた。
それに覚えていてくれてた。
すごく大切なことだって、思ってくれていた。
嬉しい。
すごく。
「…マナ?」
シンジのその声に我に返るマナ。
涙が頬を濡らしている。
マナは慌てて、涙をぬぐう。
「ごめんなさい…」
「いや、謝るのは僕だよ…」
シンジはマナを抱き寄せる。
ベッドに横になっているシンジに覆い被さるようになる。
マナとシンジの顔が近づく。
マナの髪がシンジの頬に触れる。
シンジはマナの髪に指を絡ませ、その瞳に話かける。
「ごめんね…でも、また会えてすごく嬉しいよ。マナ。」
マナはこっくりとうなずく。
その瞳から涙が頬を伝って、顎からシンジの頬に落ちる。
シンジは黙って、マナの髪をなでていた。
あとがき
どもTIMEです。
TimeCapsule第6話「約束」です。
ずーっとボケかましていたシンジ君ですが、今回やっと思い出すわけです。
しかし、シンジが思い出したからといっても、二人の関係はまだ前途多難です。
今回、レイとアスカがちらりと出てきますね。
だいたい設定が決まったので、名前だけ登場です。:-)
ただ、本人達が登場するのはまだ先です。
さて、次回ですが、ちょっと暴走してます。(^^;;
特にマナちゃんが暴走?しますよ。
では次回「二人きり?」でお会いしましょう。