Snow Tears
SIDE B ASUKA
TIME/2000
24th December 2000
私は一人で空を見上げていた。
今日は12月24日。
そうクリスマスイブ。
肌を切る強い風。
そう、この日本にも季節が戻ってきた。
サードインパクト。
その全容は、発生後2年も経つのにまだ良く知られない。
しかし、ヒトの社会はそのことがなかったかのように、見事に復興している。
あの時。
私はエントリープラグの中で。
すべてを憎んでいた。
その直後、永遠の闇が訪れた。
それは一瞬で、息を呑む暇もなく。
私を包み込んだ。
ずっと、そのままでいられたら。
そう思っていた。
なぜか、心が安らいだ。
後でミサトに聞いた話だと、
その時点で全ての人間のココロは一つになったらしい。
補完計画、それがあれをもたらしたらしい。
全てはシンジに関係あるらしいのだが、そのあたりの記録はいろいろあって混乱している。
唯一の証人であるはずのシンジも何も言わなかった。
また風が吹きつけるが、先ほどよりは寒さを感じなかった。
どうしてだろう?
軽く辺りを見まわすが誰もいない。
新しく遷都された新東京を見下ろせる高台。
第三新東京にも同じような高台があった。
あの時は日本中の電力をかき集めるために、全市、いや日本中が停電していた。
今日は街明かりがきらきらと輝いている。
一部のビルは点灯させる灯りを調整して巨大なクリスマスツリーを出現させている。
まさにクリスマス一色。
一般の人達はなぜ、今、こうして生きていられるのかを知らずに日々を過ごしている。
この世界は一人の少年が選択した結果。
彼がそれを選ばなければ存在し得ない世界。
ありがと。
素直に感謝できる自分がいる。
だって、そうじゃなければ、今日この日は来なかったから。
ありがとう、シンジ。
すっごく感謝してるよ。
アスカは小さくため息をついて、空を仰いだ。
吐き出す息が真っ白になって、風に吹き散らされる。
周りの背の低い草が風でざわめいている。
夜空には瞬きする星々で埋め尽くされていた。
きらきらと大気の揺らぎで瞬く様子を、アスカは始めてみつけたもののように熱心に見つめる。
「今日からは…一人じゃない。」
そう小さく声に出す。
ずっと、これまでは夜は一人だった。
でも今日からは違う。
今日からはシンジが隣にいてくれる。
アスカは左手の薬指に視線を向ける。
暗闇を通して、薬指に光るものが見える。
そう…
これからは一緒。
一人、夜の暗闇でおびえることもない。
悪夢を見て、泣きながら夜を過ごすこともない。
これからはシンジがそばにいてくれる。
ずっと、シンジがいてくれる。
うれしい。
すごく嬉しい。
自分が一人じゃないと感じられるのはすごく嬉しい。
補完されて、一つになってしまっていたら感じられなかったのだろう。
本当は一人で寂しいことも、二人で楽しいことも、
自分が間違いなくヒトであるとわかることだから、
それら全ては嬉ぶべきことなのかもしれない。
でも、今の私には、一人は寂しくて耐えられない。
そのことでシンジを責めたこともある。
でも、シンジはやさしく笑って、いつもそばにいてくれた。
そんなシンジを今の私は信頼している。
あの頃から考えてみれば正反対だ。
いや…
本当は分かっていた。
私はシンジに引かれているのだと。
あまりに近くにいたせいで、それを受け入れることはできなかった。
それにあの頃の私にはエヴァしか見えていなかった。
他の大切なもの全てよりもエヴァが大切だった。
だから、私はシンジに引かれているなんてことは認められなかった。
それはまるで、自分の負けを認めると同義だと思っていたから。
でも、全てが終わって、一人になった時、
エヴァが私の前から消えてしまった時、
いかに自分がシンジに頼っていたのかを知った。
そんなつもりはなかった。
自分は一人で生きていける。
いや、生きていかなくてはいけないと思っていた。
でも、それはただの強がりだった。
私は求めていた。
ヒトのぬくもりを。
他人を思いやるやさしさを。
だから、私はシンジに告げた。
自分の正直な気持ちを。
シンジは、自分にはアスカのそばにいる資格はないと言った。
でも、それは私には受け入れなかった。
だって、資格云々だったら、私の方こそこんなことを言う資格はないのだから。
だから、私は告げた。
少しだけでも良い。
私の我侭を聞いて欲しいと。
シンジの傍に置いて欲しいと。
「アスカ…」
囁くような小さな声。
風が吹く中で、でもその声ははっきり聞こえてきた。
私は振り返る。
風で髪が顔にかかる。
それを押さえて、背後に立っているその人影を見つめる。
ジーンズのポケットの両手を突っ込み、黒いジャンパーを着ている彼。
加持さんとしばらく一緒に暮らしていたせいか、
彼の服装のセンスは私から見て良い方向に変化した。
また2年の時間は彼の顔から精悍さを引き出していた。
最近は二人で歩いていると、かなりの女の子が彼に視線を向ける。
それを、嬉しく思い、また心配する私がいる。
本当に、私も変わったものだ。
「シンジ…」
私の返事もなぜか小さくなってしまう。
シンジはにっこりと微笑み、私のもとにゆっくりと歩いてくる。
その笑みも以前と変わっていない。
いや、私達が戦っている時には見せなかった笑顔。
シンジがこんな笑みを浮かべるようになったもの、サードインパクト後からだった。
「ここは、寒いよ。」
そう告げて、シンジは右手を私の頬に当てる。
彼の手の暖かさで自分の頬が、いかに冷えていたかを思い知らされる。
「ほら、こんなに冷えてるじゃないか?」
シンジは少しだけ責めるような口調で私に告げる。
私はにっこりと微笑んで、きゅっと彼に抱きつく。
「あ、アスカ?」
シンジが慌てたように私の方に手を添える。
こういうところは昔と変わっていない。
でも、無理やり私から離れようとはしない。
そう、私が離れない限り、シンジはこうして抱きしめていてくれる。
判断を私に委ねてくれる。
それはとても嬉しいこと。
以前の私なら、その意味を分からなかっただろう。
つまり、全て自分で判断しないといけないということ。
判断するからには、そこから導き出される答えに責任を持たないといけないということ。
シンジはサードインパクトの時、自分で判断し、
そこから導き出された結果に責任を持とうとしている。
もちろん、まだ16歳になったばかりの彼では、できることは知れている。
でも、彼は彼のできる範囲で、その責任を負おうとしている。
ずっと、そばで見ていた私。
自分で判断することの大切さ、大変さを身にしみて分かった。
だから、私も自分で判断しなければならない。
さしあたってはいつまで抱きついているかという低次元な事だが。
「シンジ…」
私はシンジの耳元に小さく囁く。
シンジも顔を少しだけ動かして、私の耳元で囁く。
耳にかかるシンジの吐息が、少し私の鼓動を早くさせる。
「何?」
今の私の思いを込めて、シンジに囁く。
「大好きだよ。」
その言葉を聞いて、シンジがくすりと笑う。
シンジがこういう笑い方をするときには、照れている時だということを最近知った。
ずっと2年間離れずにいたのに、まだまだシンジのことで新しい発見があるのは楽しい。
「ありがと。」
私は少しシンジをからかってみたくなった。
少しすねた口調でこう囁いてみる。
「今日からあなたの妻になる人にそれだけ?」
その言葉に、シンジがもう一度くすりと笑った。
シンジの頬に触れている私の頬が少し熱い。
もしかして、シンジ、真っ赤になってるのかな?
「アスカにまた会えて良かった。
この世界を選んで良かった。
そして、僕を選んでくれてすごく嬉しい。」
その言葉に胸が詰まる。
どうして…
どうして、この人の言葉は…
こんなに私の心に響くのだろう?
こんなに感動してしまうのだろう?
それは、私がこの人を、深く愛してしまったからなのだろうか?
その思いの強さが、これだけ心を揺さぶるのだろうか?
「うれしい…」
どうしてだろ?
声が震えるよ。
これって…
泣いてるから?
もう…
私ってバカね。
こんな事で泣いちゃって。
ゆっくりとシンジの背中に回していた腕をはずす。
シンジが私の顔を覗きこむ。
その表情は心配そうだ。
そんな顔しないで。
悲しいわけじゃないから。
「アスカ?」
「もう…少し感動しちゃったわよ。」
少しなんて強がってみたけど、シンジには全てバレてるんだろうな。
ちらりと伏せていた視線を上げてシンジの表情を伺ってみる。
あ〜。
やっぱりすごく嬉しそうに笑ってる。
む〜。
それはそれで悔しい。
今度はシンジから、私の腰に腕を回して抱きしめてくる。
じっと私の顔を見つめてくる。
ちょっと恥ずかしい。
今は泣いてるし、ということは顔もひどいだろうし。
もう、そんなに見つめないでよ。
私…
「アスカ…」
「ん?」
恥ずかしい…
顔見れないよ。
「ねぇ、僕の顔を見て。」
「ん…」
そんな、恥ずかしいんだってば。
ちらりとシンジの顔を見つめてみる。
う…
だから、まじまじ見つめないで。
恥ずかしいの。
「どうしたの?」
「あの…」
もう、鈍いわね。
分かってくれても良いじゃない?
「その…」
う〜。
なんか意識し出したら、どきどきしてきた。
どうして、こんなにアガっちゃうの?
大した事じゃないのに。
こんなにどきどきしちゃう。
「恥ずかしい…の」
「え?」
シンジがちょっと間抜けな声で答える。
私は少しだけ大きな声でシンジに答える。
「そんなに見つめられると、恥ずかしいの!」
その答えに黙りこくるシンジ。
私はちらりとシンジの顔を見てみた。
シンジはきょとんとした表情で、私を見ている。
「なによ!」
シンジはその言葉で我に返ったようで、くすくす笑い出す。
「だって、僕の顔見るの、恥ずかしいの?」
私は小さく頷く。
だって、どうしてか、こんなにどきどきしちゃってるもん。
もう、私だってわかんないわよ。
と、いきなりシンジは私を回れ右させて、背中から抱きついてきた。
「シ、シンジ?」
「じゃあ、これでいい。」
シンジはまだくすくす笑いながら、そう私の耳元に囁く。
「ね、アスカ。今日からずっと一緒だね。」
そう。
今日から私とシンジは一緒に暮らすことになった。
まだ婚姻届は出してないけど。
でも、結婚の約束は交わした。
お互いに両親はいないけど。
ミサトと加持さんに仲人になってもらう予定。
二人とも二つ返事で受けてくれた。
それも、嬉しかった。
こんな私でも受け入れてくれる人達がいる。
それがすごく嬉しかった。
「アスカは子供すぐ欲しい?」
いきなりな質問に私は固まってしまった。
こども…
コドモ…
子供。
私とシンジの…
こども。
…
…
…
…
そんなこと全然考えてなかった。
だって、だって…
だって、だって、だって…
シンジってば、私を抱いてくれないんだもの。
ずっと私からお願いしてるのに。
全然なんだもの。
だから、子供、なんて考えたこともなかった。
…
…
シンジと私のこども、かぁ。
以前の私だったら、とんでもない!って言ったかもしれないけど。
でも、今は欲しい気がする。
こんな思い始めて。
自分の大好きな人の子供が生める。
…
それはすごく嬉しい。
…
「僕はすぐでなくても良いけど、やっぱり男の子と女の子一人づつがいいな。」
そんなシンジの言葉。
男の子に女の子か。
いいな。
でも別に二人って区切らなくて、三人でも、それ以上でも。
だから、私はこう答えた。
「私は何人でも良いよ。」
そう…
シンジと私の子供なら…
…
…
…
ずっと不思議だった。
どうして、子供なんて生まなければならないのか?
どうして、女性は喜んで子供を産むのか。
少しだけ分かった気がする。
ねぇ、ママ。
最近、ママのこと、また少し分かったような気がする。
なぜ、ママが私を生んでくれたのか。
私が思っていることは本当とは違うかもしれない。
でも、私はそう思いたい。
私は望まれて生まれてきたんだということを。
すっごく感謝してるよ。
生んでくれてありがとう。
ママ。
愛してるわ。
「シンジ…」
先ほどの言葉に呆然としているシンジに、アスカはにっこりと微笑みかける。
「ありがと。
みんなを助けてくれて。
この世界を残してくれて。
そして…」
風にアスカの髪が舞う。
「私を選んでくれて。」
シンジは笑みを浮かべると大きく笑みを浮かべる。
見詰め合う二人の目の前を白い何かが横切った。
アスカは空を見上げて、手を高く上げる。
「雪…ね。」
次々とその量をふやして舞い降りてくるそれらを見て、アスカはシンジに駆け寄って、抱きついた。
「アスカ?」
アスカは小さく息をついて、シンジの耳元に囁いた。
「少しだけ、こうしていたい。」
「…わかった。」
二人はまるで彫像のように、さらに数を増した雪の結晶達の中に立ちつくした。
Fin.
あとがき
どもTIMEです。
クリスマス記念SS「Snow Tears」アスカ編です。
アスカ編はEOEその後です。
シンジが声たを選び、その後復興された世界。
その2年後のクリスマスです。
シンジと結婚することになったアスカですが、
なんか、いや〜んな感じになっちゃいましたね。
まぁ、これよりももっと転がるような話を書いてる人は一杯いるので、いいでしょう、これくらいで。
さて、クリスマス記念はこの他に2本あります。
レイ編、マナ編です。
マナ編はEOE以後のお話、レイ編は本編の外伝調です。
まだでしたら、そちらの2本もお楽しみください。
では、みなさんよいクリスマスを。