TOP 】 / 【 めぞん 】 / [TIME]の部屋に戻る/ NEXT



「ねぇ、シンジ。ちょっといい?」

部屋のドアをノックして、レイは声をかける。
すぐにシンジの声が部屋の中から聞こえてくる。

「うん。いいよ。」

その答えを受けてレイはゆっくりとドアを開けて部屋の中に入る。
シンジは部屋の奥の机に向かっていたが、レイの方に振りかえる。
そして、レイの姿を見てどきりとしてレイを見つめる。
レイはパジャマを着て頭からバスタオルをかぶっていたが、
バスタオルを取って髪を撫でる。
濡れた髪がレイの額に張りついている。
シンジは戸惑いを隠そうと笑みを浮かべる。
なんか雰囲気が違うな…
すごく…
どうしてだろ?
妙に意識してしまう。
その先の言葉を飲みこんでシンジは尋ねる。

「どうかしたの?」

レイはにっこりと微笑んだ。
その笑みはいつものレイの笑みだった。
シンジはほっと息をつく。
いつものレイだよね…
ちょっと戸惑ってしまったけど。

「あのね…明日なんだけど。」

明日は土曜日で学校は休みだ。
学校は完全週休二日制を取り入れている。

「ちょっと買い物に付き合ってくれないかなぁ…」

「買い物?」

「うん…だめかな?」

首をかしげてレイはシンジを見る。

「…いいよ。特に用事とかも無いし。」

レイが嬉しそうに微笑んで飛び跳ねる。
シンジは苦笑を浮かべて、レイを見る。
そんなに嬉しいのかな?
一緒に買い物行くだけなのに。

「やった〜。じゃあ、家を10時くらいに出たいんだけど…」

「わかった。」

レイが出ていったドアを見つめながら、シンジは息をつく。
どうしたんだろ?
今までいつも一人で出かけていたのに。
わざわざ二人で行こうだなんて。

そうだね。
最近少しレイの雰囲気が変わった気がする。

なにがだろ?
どこがとは言えないけど、何かが変わった気がする。
そのせいかな?
でもないか。
まぁ、あまり深い意味はないんだろうな。


シンジは両手を頭にまわして天井を見上げる。
でも、僕は、どうなんだろ?
レイのこと、妹として見れない僕は。
どう思ってるんだろう?
 
 
 
 
 
 
 

Moon-Stone
TIME/99
 

第4話 
知りたくなかったこと
 
 
 
 
 
 
 

「で、今日は何処に行くの?」

自転車を漕ぎながら、シンジは後ろのレイに尋ねる。
レイはシンジの耳元に顔を寄せて答える。
初夏の日差が作った木陰を抜けながらシンジの自転車は坂を下っていた。

「駅前に行きたいの。ちょっと気になるお店があるし。」

シンジはうなずいて見せる。

「わかった。じゃあ、駅前に行くね。」

レイはシンジの背中にしがみつく。
シンジはグレーのシャツに紺のジーンズだった。
レイは薄い草色のワンピースを着ていた。
街路樹は青々と葉を茂らせている。
空には雲一つ無い。
吹きぬける風は涼しい。
レイは微笑みながら考える。
そして、アタシはシンジと一緒におでかけしている。
嬉しいな…
ずっとこのままでいたい…


何か感じたのかシンジがレイに話しかける。

「どうかしたの?」

レイは顔を伏せたまま首を振って小さな声で答える。

「ううん。なんでもないの…」

シンジは首を傾げたが、何も尋ねなかった。
レイはうつむいてまま首を振る。
どうして…


そんな風に思うのかな?


どうしてシンジを誘ったのかな?


やっぱりアタシ…
シンジのこと…


これ以上考えるのはやめよ…
せっかくのおでかけなんだから。


そんな事は忘れて楽しまなきゃ…
 
 
 
 

「ねぇ、この服はどうかな?」

レイは服を自分の前で広げて見せる。
女の子の服を専門に扱っているお店の中で二人はレイの服を選んでいた。
そういったお店に入るのはシンジにとっては少し抵抗があったが、
店の中には結構シンジと同年代の男の姿がある。
もちろん、彼女と一緒に来ているのだろうが。
シンジはすこし首を傾げて考える手から答える。

「うん。これだったら、さっきこのスカートに合うんじゃない?」

レイはその服を見つめて、シンジが持っているスカートも見つめる。
そして、棚に並べられている服に視線を移す。

「…うーん。確かにこの中では一番良いと思う。」

「気に入らない?」

「何て言うか…ちょっと…」

二人は少し首をかしげて、考え込む。
レイは首を振ってその服を棚に戻す。

「やっぱりやめとく。とりあえず、ここではこのスカートだけにしとく。」

「そうだね、他のお店も回ればいいし。」

レイはシンジからスカートを受け取る。

「買ってくるから待ってて。」

「じゃあ、お店の外で待ってるし。」

さすがにひとりで店の中にいるのはちょっと気が引けるし…
シンジは店から出て、大きく背伸びをする。
しかし…
良い天気だな。
日差しは強いけど、良い風が吹いてるし。

前髪がその風に揺れる。
息をついてシンジはぼんやり近くの電話ボックスを見つめる。
僕は、レイのこと…
好きなのだろうか?
妹としてではなく、一人の女の子として…
どうなのだろう。
いつも僕の傍にいてくれる。
そして僕を見ていてくれる。

僕はそんなレイのこと…
一人の女の子として見てしまっている…
僕は…

「おまたせ〜。」

レイがとたとたとシンジの方に歩いてい来る。

「じゃあ、次は何処に行こうか?」

レイはきょろきょろとあたりを見まわしてから。
左側向かってを指差す。

「えーと、こっちにもお店があるんだけど…」

シンジはうなずく。

「じゃあ、そこに行こうか?」

「うん。」
 
 
 
 
 

「うわぁ…これすっごいね…」

レイは目の前に置かれている縫いぐるみに抱きついた。
それは背の高さが1.5Mほどのキリンの縫いぐるみだった。
シンジは感心したようにその縫いぐるみを見つける。

「確かにこれは大きいね。」

レイは嬉しそうにキリンの頭を撫でる。
周りにはゴリラやクマの縫いぐるみも置かれている。

「でも、高そうだよね。」

「そうかな…」

そう答えてレイは値札を探す。

「うーん…と。これかな?」

レイは値札を見つけだして、値段を確認すると、
にこにこ微笑みながらシンジに見せる。

「…六万円?縫いぐるみなのに、すごいね。」

「でも、これ、欲しいな…」

そして、じと〜とシンジを見る。
シンジはその視線に何かを感じ苦笑を浮かべる。

「まさか、買えって言うじゃないだろうね…」

こくこくうなずくレイ。

「それは無理だよ。いくらなんでもそんなお金もってないよ。」

「え〜。欲しい欲しい。」

「そんな、小さな子供みたいなこと言わないでよ。」

その答えに、レイは少しだけ考えて答える。

「二人の記念になるよ。」

何の記念になるのか思い当たらなくて、シンジは素直に尋ねることにした。

「何の?」

レイは当たり前じゃないといった表情で答える。

「デートの。」

「あのね…兄妹なのにデートだなんて、おかしいよ。」

「えぇ〜。おかしくないよ〜。」

レイはキリンの首にしがみついていやいやする。
シンジはため息をつく。
そして、ある物を見つけた。
それを手に取りレイに渡す。

「じゃあ、これじゃダメかな。」

それはサイズは小さいが全く同じキリンだった。

「これ?」

「うん。これだったら持って帰れるしね。」

少し考えた後、レイはにっこり微笑んで答えた。

「わかった。」

レジでお金を払って、包装してもらって、その紙袋をレイに渡す。
レイは嬉しそうににこにこ微笑みながら、その袋を抱きしめる。

「レイって縫いぐるみ好きなの?」

「うん。大好きだよ。」

そういえば、レイの部屋にも結構縫いぐるみあったな。
女の子の部屋なんてあまり入ったことが無いから。
それが普通だと思ってたんだけど。

「でも、どうしてキリンなの?」

「え〜。別に意味は無いよ。なんとなく。」

レイは少し考えていたが、そう答えた。

「なるほど。」
 
 
 

「ここに来るのすごく久しぶりのような気がする。」

シンジはふと思い出したようにそう言った。
レイはトレイをシンジの向かいに置いて座る。
二人は駅前のフェーストフードのお店に入った。
向かい合って座る席が大半の店内で二人は窓際の席に座る。

「何が?」

「こうしてここに来るのが。」

シンジは少しはにかむように答える。

「そう?こんなありふれたファーストフードのお店なのに?」

レイのその質問にシンジはふっと微笑む。
確かに系列店が沢山あるハンバーガーショップに二人はいるのだ。

「そうだね…どうしてだろう?」

そしてほどなく一つの結論に達する。
うなずきながら、レイには話すシンジ。

「学校の帰り道にないんだよね。この系列のお店が。」

その答えにレイも考えてうなずく。

「そうね…ドーナツ屋さんはあるけど…」

「ここの系列のお店は無いから。」

「だから、久しぶりなの?」

「そうなるね。」

「ふーん。」

二人はなんとなく黙り込んでしまう。
そして、ふいに顔を見合わせて笑い出す二人。

「やっぱり変よ。」

「そうかな?」

「クラスの男の子達とここに遊びに来ないの?」

「来るけど。」

「じゃあ、どうして久しぶりなの?」

「トウジやケンスケは裏の中華料理屋さんが好きなんだよ。
結構量が多くて安いんだ。」

やっと納得したようにレイは大きくうなずく。

「そういうことね。」

「そういうこと。」
 
 
 
 

公園の中央にある噴水に歩いていく二人。
さすがに休日の昼ということで大勢の人達が思い思いにベンチや噴水の端に座っていたり、
また噴水に入っていたりもした。

「へぇ、入っても良いんだね。」

レイがもの珍しげに噴水を見る。
円形の噴水の直径は10Mほどで10CMほどの深さに水がたまっている。
噴水の淵に腰掛ける二人。
レイは瞳を輝かせてシンジに尋ねる。

「ねぇ…アタシ…入って良いかな?」

「へ?」

「だって、冷たくて気持ちよさそうだし…」

そう言いながらレイはサンダルを脱ぎ出す。

そのしぐさを見てシンジは苦笑を浮かべて肩をすくめる。

「入るの?」

「うん!」

元気よく答えて、レイはそろそろと噴水に入る。
ワンピースの裾を持ち上げて、両足を浸ける。

「うわぁ。つめた〜い。」

にこにこ笑いながらレイはシンジに笑いかける。
噴水が吹き上げた水の雫が太陽の光を浴びてきらきら輝く。
楽しそうに遊んでいるレイに見とれてしまうシンジ。
太陽の日差しに輝く白い肌。
髪も太陽の光をすいこんだようにきらきら輝いている。
草色のワンピースも凄くよく似合っている。
レイって、やっぱりかわいいよな。
どうして妹なんだろ?

これが、もし…


やめよ。
そんなこと考えても、今が変わるわけじゃないし。
僕とレイは、兄妹なんだから…

だから…
変えられない…
変えてはいけないんだ…

「ね〜え。シンジもおいでよ。」

レイはシンジの背後に来てシンジの腕を取る。

「いや、いいよ。ソックス脱がないといけないし。」

「え〜。おいでよ〜。」

ぐいぐい手を引っ張るレイ。

「もしかして、このまま落とすつもりじゃ?」

そう尋ねたシンジに、にや〜と微笑むレイ。

「ぴんぽ〜ん。正解でぇす。」

その瞬間にぐいとシンジの腕を引っ張るレイ。
しかし、シンジは何とか踏ん張って、レイを引っ張り返す。

「む〜。面白くない〜。」

「はいはい、もうそろそろあがったら?」

レイは頬をぷっと膨らませて答える。

「ふ〜ん、だ。出てやんないもん。」

そっぽを向くレイ。
先ほどまで強かった日差しがふっと弱くなる。
薄い雲が太陽を隠していった。
シンジはにやりと笑みを浮かべると、立ちあがり、レイを抱き上げる。

「え?」

そして、抱きかかえると噴水の端に座らせる。
とっさのことでレイはきょとんとした表情だ。
シンジは笑みを浮かべたまま言った。

「やっぱりレイって軽いよね。」

レイは何をされたか理解すると、恥ずかしそうにうつむく。
太陽が再びまぶしい日差しを投げかける。
と、レイの髪がきらきらと輝きだす。

「…イジワル…」

「出てやんないなんて言うからだよ。」

「・・・・・・」

レイは小さな声で何かを言った。
シンジは聞き取れなくて、レイの口元に耳を寄せる。

「恥ずかしいじゃない…」

「え〜。そうかな?」

にやにや微笑みながら答えるシンジ。

「もう…いいわよ。」
 
 
 
 

「人が多くなってきたね。」

「うん。ここは中央通りだから仕方ないよ。」

二人は人ごみに流されるように進んでいく。
しばらくそのまま歩いていたが、シンジがレイの右手を握る。

「はぐれないように手をつなぐよ。」

「…う、うん。」

なんだろ?
今凄くどきどきしちゃった。
別に手をつなぐのは始めてじゃないのに…
どうしてだろ?
ちらりと顔を上げて前を歩くシンジを見つめる。
シンジはぎゅっと手を握っていてくれる。
何かシンジのこと頼もしく感じる。
それに、すごく嬉しい。
心の底が温かくなる感じ。
ずっとこのままでいたいって思う。


シンジ…
シンジは意識してないと思うけど…

アタシ…
どんどんシンジのこと…
好きになっちゃうよ?
いいの?
それで…
シンジとアタシは兄妹なのに…

認めたくなかった…
シンジのことお兄さんとして見ていたかった。
一人の男の子として見たくなんて無かった。
だって…
どう考えても、許されないことだから…
でも、もうダメみたい。
アタシはシンジのこと…
知りたくなかった…
知らずに済めばどんなに良かったのだろう…
でもアタシは知ってしまった…
アタシはシンジを好きなのだということを…


不意にシンジ立ち止まる。

「ねぇ、ここで休憩しない?」

シンジは喫茶店を指差した。
 
 
 

「でも凄い人だねぇ。」

シンジは大きくため息をつくと、窓越しの歩道を歩く人達を見つめる。
テーブルの木目がざらざらしていて心地よい。
程よい明るさの照明が二人のテーブルに落ちている。
レイはにっこり微笑むと、シンジと同じように窓の外に視線を移す。
ねぇ…
シンジは…アタシのこと…


聞きたい…
でも、聞けないよ…

だって…

「ねぇ、レイは結婚の話を聞いたときどう思った?」

ふいにそんなことを話し出すシンジ。

「結婚?」

「そう、ユイさんに聞いたんだけど、レイは1ヶ月ぐらい反対してたんだってね…」

レイはバツが悪そうに微笑む。

「おじ様の事が嫌だったわけじゃないの…
ただ、お父さんが忘れられるのって、かわいそうだと思ったの。」

少し顔を伏せて考え込むレイ。
髪がふわりと揺れて、レイの頬にかかる。

「でも…お母さんが決めたことだし…
毎年お墓参りに行くって約束してくれて。
お母さんもお父さんのこと忘れていないってわかったから。」

うなずくシンジにレイは尋ね返す。

「シンジこそ、いきなり賛成したけど、どうしてなの?」

「僕は…そうだね、やっぱり父さんのことだからって言うのが、一番かな。
だって、あんな父さんを好きになる人ってそうはいないと思うよ。」

「何かお母さんの悪口のような気が。」

そういいながらもレイの口元には笑みが浮かんでいる。

「うっ…そんなことはないよ…まぁ、いままで一人だったんだし、
それに…母さんのことは凄く大切に思っているの知っていたから。」

それを聞いて、レイは首を振って答える。

「そうなんだね…アタシはそれに気付くのに1ヶ月掛かったのに、
シンジは最初から知っていたのね…」

「別に父さんの場合はバレバレだっただけで、ユイさんはレイに気を使って
レイの前で見せないようにしてたんじゃないかな?」

「そうなのかな?でも、おじ様って表情が変わらない気がするんだけど、
それでもわかったの?」

シンジはにっこり微笑んで答える。

「そのうちわかるようになるよ。レイにもね。」

そこにウェイターが二人の注文していた物を持ってきた。
シンジはアイスティー、レイにはメロンパフェだった。

「やっぱり女の子って甘いものが好きなんだね。」

「シンジはパフェ嫌いなの?」

そんなこと信じられないといった表情でレイが尋ねる。
その表情に苦笑を浮かべてシンジは答える。

「いや、そんな事無いけど、あまり食べないよ。」

「ふうん。」

そしてパフェに取りかかるレイ。
それを見ていたシンジだが、ふと思いついたようにレイに尋ねる。

「ねぇ、全然違う話だけど。レイっていつもそのペンダント、身に付けてるよね。」

レイは自分の胸元のネックレスを見る。

「うん。付けてるよ。」

「それって、何の宝石なの?」

レイはペンダントをはずすとその宝石をシンジに見せる。

「これはね、ムーンストーンっていうの。
この石を身につけてると、病気とかにかからないんだって。」

「へぇ…そうなんだ。」

レイは少し懐かしそうに宝石の表面を触る。

「これはね…お父さんの形見なんだ。」

「ごめん。変なこと聞いちゃったかな?」

「ううん。そんなことないよ。」

首を振って、レイはじっとその石を見つめる。

「この石はね…持ち主のその時の気持ちを表したりもするんだって…
楽しいときには澄んだ透明な白に、悲しいときには曇った灰色に。」

「今は?」

レイはにっこり微笑んで答える。

「もちろん、透明よ。今…すごく…幸せだから。」

「そうか。」

そう、幸せなんだよ。
シンジはたぶん、アタシの言っている本当の意味はわからないでしょうけど。
本当に、今すごく幸せ。
このまま時が止まればって思う。
そうすれば、この胸の痛みがこれ以上ひどくならないし。
悲しい思いもしなくて済むのにね。

でも、そんなこと無理だから。
この一瞬を大切にしたい。

二人でいることが出来るこの時を大切にしたい。
 
 
 
 

「ここの靴屋さんだよ。」

「ふうん。女性専門じゃないんだね。」

その店は大通りから路地一つ分入った所にあった。
一見雑貨店のように見えるが、よくよく注意してみると、
置いてある靴には全て値札がついているが、
その他の小物には値札がついていない。

「ちょっと変わったお店みたいだね。」

「でしょ。ここの小物ってかわいいのが多いの。
お店の人達の手作りなんだって。」

「へぇ。」

レイはシンジの手を引いて店に入っていく。
さきほどから手はつないだままだった。

「ふうん。男性ものもあるね。」

シンジが見下ろしたディスプレイには、男性ものの皮靴が展示されていた。
そして、その靴を囲むように針と糸を持った小人達が4人配置されていた。

「ね、面白いでしょ。この小人さん達も手作りなんだよ。」

シンジは他のディスプレイにも視線を移す。
他のディスプレイも趣向が凝らされている。
天使がいたり、クリスマスツリーの飾りになっている靴もある。

「見て回るだけでも楽しそうだね。」

「でしょ?」

レイはにっこり微笑むと、シンジの手をするっと離す。
そして、置くのサンダルのコーナーに歩いていく。
シンジは先ほどまでレイの手を握っていた右手を見つめた。
なんか、今の自然だったな。
レイが僕の手を握るのをやめたから、僕も力を抜いたら、すっと手を離して。
シンジは顔を上げてレイを探す。
奥の方のディスプレイの方にレイはいる。
まぁ、いいか。
くっついて回るのもあれだしね。
シンジは右手の方の男性の靴のディスプレイに歩いていく。
ふとシンジは歩きながら、今日の事を思い出す。
どうして今日は一緒に行こうって行ったんだろ?
棚に並ぶ皮靴をぼんやりと眺めながらシンジは首を傾げる。
わからないな。
別に、避けてたわけじゃないけど、特にこれまで、一緒にどこかに行った事は無かったし。
さきほどのレイの言葉が脳裏に浮かぶ。
始めての記念…
確かに始めてだね。

シンジは立ち止まる。
でも、僕達は…

シンジはまた首を振る。
やめよ…
それ以上は…
考えても…
変えられないんだ…
この二人の関係はどうしようもないのだから。

「ねぇ、シンジ。」

背後から声をかけられびくっと身体を震わせるシンジ。

「うわっ…びっくりした。」

シンジは大きなため息をついて振りかえる。

「どうかしたの?」

レイは不思議そうに首を傾げて見せる。

「い、いや、別に、ちょっと考え事。」

「ふうん。ねぇ…ちょっとこっちに来て。」

レイに引っ張られシンジは先ほどレイがいたサンダルのブースにやってくる。
展示されているサンダルの一つを取り上げるレイ。

「ね、これなんかどうかな?」

「つまり、今日買った服に似合うかって事?」

シンジは念のため確認した。

「うん。どうかな?」

シンジは腕を組んでじっとそのサンダルを見る。
そのシンジの様子を見て、レイはサンダルを床に置く。

「やっぱり履いてみるね。」

「そうだね。」

レイはシンジに肩を貸してもらって、サンダルを履く。
まず左足の方を履いて、次に右足の方を履こうとしたその時。

「あれ〜?」

レイは体制を崩してしまう。
そして、そのレイの身体をシンジが抱きとめる。

「え?」

シンジはふうと息をついて、レイの耳元に囁く。

「とりあえずは何も無くてよかったって所かな?」

何も無い?
レイはシンジの胸の中でそう呟く。
そんなことないよ。
だって、アタシ…
レイはそろそろと顔を上げる。
間近にシンジの顔があった。
シンジの顔を見た瞬間レイは真っ赤になってうつむく。
とんでもないよ。
シンジに抱きしめられてるんだよ?
これが一大事じゃなくて、何なの?
どうしよ。
何かどきどきしてきちゃった。
まずいよ。
シンジにばれないかな?
あ〜ん。
何かこんがらがってきて何も考えられなくなってきたよ。
そんなレイを見て、シンジは少し不思議そう尋ねる。

「どうしたの?立てないの?」

レイはうつむいてはいたが、慌てて首をふるふると振った。
シンジから身体を離して、大きく行きをつくレイ。
ふう。
まだどきどきしてるよ。
もう、シンジったら…
上目使いでシンジを見るレイ。
あんなことさらっとやってのけるなんて…
もしかして、シンジって…

「?」

シンジが首を傾げて、微笑んで見せる。

だめ…
あんな風に笑われたらアタシ、怒れないじゃない。
もう…
あれを意識してやっていたらちょっとくせものね。
レイはもう一度息をつく。
はぁ…
やっと落ち着いてきた。
そして、シンジに言った。

「とりあえず。ありがとって言っておくね。」

「とりあえず?」

レイはにっこり微笑んでいった。」

「そう。」

だって、あんな事するんだもの。
いくら助けるためだって言ってもね。

でも、ちょっと嬉しい…かな?
 
 
 
 
 
 

「今日はありがとう…」

レイは帰り道、いつものようにシンジの漕ぐ自転車の後ろに乗って、シンジの耳元に囁く。
あたりは少しずつ暗くなってきていた。
夕日でそらは真っ赤になっていて、その光が二人の顔を赤く染める。
もちろんレイの髪はその赤を映していた。

「ううん。僕も楽しかったし。」

シンジはそう答える。
レイは頭をシンジの背中にあずける。
認めたくなかった…
アタシがこんな思いを持っているなんて…
シンジのこと兄として見ていないってことを…
信じたくは無かった…
それを認めてしまうのがすごく怖かった…
踏み入れてはならない迷宮に足を踏み入れてしまうから…
レイはシンジの鼓動を感じ、そして自分の鼓動を感じる。
小さく息をつくレイ。
でも、知ってしまった。
認めてしまった。
アタシはシンジのことを好きなのだと。
この思いは恋なのだと。
ずっと一緒にいたい。
ずっと見ていたい。
離れたくない。
今だってそう。
どうしてこんなにアタシは安心しているの?
このまま時が止まってしまえばなんてどうして思うの?
シンジ…
アタシどうすればいい?
レイはそのまま瞳を閉じた。
 
 
 
 
 


NEXT
ver.-1.00 1999_06/29公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jpまで!!

あとがき

どもTIMEです。

Moon-Stone第4話「知りたくなかったこと」です。

レイは遂に自分の思いを認めてしまいました。
しかし、その思いをどうするかはまだ決めていません。
対してシンジも自分の思いを知ってしまいますが、
こちらはなんとかして押さえようとしています。

次回ではレイが遂にその思いを口に出して告白してしまいます。
その思いを受けてシンジがどう答えるか。
次回Moon-Stone第5話「好きです、誰よりも」でお会いしましょう。
 






 TIMEさんの短期集中連載『Moon-Stone』第4話、公開です。







 さあ!

 さあさあさあっ


 って感じで、
 今度はレイちゃんだ〜



 持てる男が辛いのか、
 持てる男に惚れちゃったのが辛いのか。

 持てる男が悪いのか、
 持てる男に惚れちゃったのが悪いのか。


 そんなんそんなん。





 いやいや、
 ほんとに大変です・・





 さあ、訪問者の皆さん。
 着々TIMEさんに感想メールを送りましょう!










TOP 】 / 【 めぞん 】 / [TIME]の部屋に戻る