Moon-Stone
TIME/99
第3話
「歓迎会」
とある日のごくありふれた、授業の合間の休憩時間。
レイは自分の机に座って次の授業の準備をしていた。
「歓迎会?」
レイは顔をあげて尋ね返す。
そのしぐさに髪がふわりと揺れて、太陽の輝きを映す。
「あぁ、いつもやってるんだけど、転校生が来ると歓迎会やるんだ。」
ケンスケはにやりと笑う。
その後ろでトウジとヒカリがうなずいている。
実際、その言葉に嘘は無い。
ここ数年の転校ラッシュで転校生が大勢クラスに編入してくるため、
てっとりばやくコミュニケーションを取るために、毎回クラスで歓迎会を開いていた。
「レイさんの都合の良い日に合わせてやろうと思って。」
ヒカリが微笑みながらケンスケの言葉を補足する。
レイは首をかしげてシンジの席のほうを見る。
その席の主はそこにはいなかった。
どうしよう?
別に断る理由は無いし。
レイは三人の顔を見る。
アタシのためにわざわざそんなことをやってくれるのは正直言って嬉しいし。
レイはにっこり微笑んで答えた。
「うん。いいよ。で、それはいつなの?」
「一応、今週の金曜日なんだけど。」
少しうつむいて考え込むレイ。
なんとも言えない色の髪がさらさら揺れレイの顔を隠す。
太陽の光を映すとまるで髪自身で輝いているように見えた。
「金曜日…うん。特に用事は無いからアタシは良いよ。」
ケンスケとトウジが顔を見合わせてうなずき会う。
「…でも、やるとしても放課後でしょ?何処か良いところがあるの?」
ヒカリがうなずいて答える。
「ちょっと良いところ知ってるの…
よくみんなでパーティとかするときには使わせてもらってるし。」
そのヒカリの言葉にうなずくトウジ、ケンスケ。
そして、少しケンスケが肩をすくめるように見せて話す。
「委員長のいきつけの店なんだ。」
納得がいったようにうなずくレイ。
それを見てケンスケは話を切り上げることにした。
「…じゃあ、詳細は今から煮詰めるとして…明日詳しい話をすると言うことで。」
「わかった。」
レイはこっくりうなずいた。
「ねぇ…シンジ。」
自転車の後ろでレイはシンジにしがみつきながら、
レイにしては大きな声でシンジの名前を呼ぶ。
今は緩やかな下りの道を走っている。
街路樹が作る影を抜けながらシンジは余裕を持って自転車を漕いでいた。
最初は歩きで通学していたのだが、とある日の夕立以後、
シンジはレイを乗せて通学するようになった。
レイが呼んだことを知って、ちらり後ろを振り返って答えるシンジ。
「どうかした?」
「あのね…」
脇の車道に車がたくさん走っているせいか、大きな声を出さないと相手に聞こえない。
レイは息をつくと、シンジの耳元に顔を寄せて大きめの声で話を続けた。
「今日ね…歓迎会に誘われたの。」
「…うん。僕も聞いてるよ。」
シンジもいつもより大きな声で答えた。
「転校生が来るたびにこんなことやってるの?」
「うーん。そうだね、今は一段落ついてるけど、
去年なんか週一で歓迎回やっていたし」
レイは少し首を傾げる。
しばらく黙っていたレイだったが、またシンジの耳元に話しかける。
「…ねぇ…アタシ達がこんな風に一緒に帰ってるのに、
みんなは私達の関係をなんとも思ってないのかな?」
シンジは苦笑して答える。
並木道を抜けて、小さな路地に入っていくシンジ。
ここからはしばらく平坦な道だ。
「さぁ、兄妹発言が効いてるんじゃない?
いくらなんでも、同じ苗字じゃね…」
「ふーん。そんなものかしら。」
「まぁ、そうは言っても、いろいろと問題はあるけど。」
シンジのその声が少し小さくなる。
レイは話が聞こえるようにシンジの背中に身体を寄せる。
「?どうかしたの?」
シンジが不思議そうに後ろを向く。
「ちょっと声が聞こえづらかったから。」
「ごめん。まぁ、基本的にはみんなレイを歓迎してるし、
楽しめば良いんじゃないかな?歓迎会は。」
レイはにっこり微笑むとシンジの耳元に囁く。
「何かあったらお兄ちゃんがいるし?」
シンジも笑いながらうなずく。
「そう…お兄ちゃんがいるし…って役に立つかなぁ。」
「えぇ〜。アタシがさらわれそうになったら助けてよね。」
「何の話なんだか…」
呆れたように首を振って答えるシンジ。
「ぶぅ〜。そんな事言う人には…」
レイは両肩においていた手をはずして背後からシンジに抱きつく。
抱きしめられシンジの背中にレイの胸の感触が感じられる。
「こうだ〜。」
シンジは驚いたように振り向く。
「何で抱きつくの?」
「おしおき〜。」
「なんでかな〜。」
と、レイは前を見る。
自転車は路地の壁に向かっていた。
「ちょっとシンジ。前、まえ〜。」
シンジは前を見て慌ててハンドルを切って自転車の向きを変える。
「うわっ!」
レイはほっと息をつく。
「はぁ…ちゃんと前見てよね…」
「そりゃ、レイが抱きつくからだろ?」
「おしおきだもん〜。かわいい妹を見捨てるなんて駄目なんだぞ〜。」
息をついて答えるシンジ。
「はいはい。」
そして、小さな声で呟く。
「でも自分でかわいいなんて言うかな?」
レイが顔を寄せて聞く。
「何?」
「い、いや、なんでも。」
もう地獄耳なんだから。
シンジは心の中でため息をついた。
「おはよう、シンジ。」
「あぁ、おはよう。」
いつもの朝の挨拶を交わす二人。
そして、ケンスケはシンジの前の席に座ってシンジに顔を寄せる。
「歓迎会の場所…な、結局いつものところにしたよ。」
いつものところとはヒカリが最初に発見した喫茶店とあるだった。
表通りには面していないが、なかなかに風情がある店で固定客も多い。
ヒカリの紹介でそこのマスターと仲良くなったシンジ達は、
何かパーティを催すときにはこの店をよく使っていた。
マスターは大学の教授を定年で退職した後、この店を始めたそうだ。
その見かけとは裏腹になぜかパーティが大好きで、
シンジ達が催すパーティ会場の提供の頼みにも快く応じている。
本人はパーティには参加せず裏方に徹しているが、
曰く、みんなの楽しんでるところを見るのが楽しいとのこと。
「まぁ、いいんじゃない?マスターだったら歓迎してくれるでしょ?」
「あぁ、昨日行ったんだけど、全然OKだったよ。」
シンジはくすくす笑い始める。
「あの人ってすごく紳士的に見えて、騒ぐの好きじゃなさそうだけど、
なぜか妙にお祭り好きなんだよね。」
「だな。まさに俺達にとってみれば神様みたいだよ。」
「で、今回も全員参加?」
「当たり前だな、みんなこういうイベント大好きだからな。」
シンジは探るような目つきでケンスケを見る。
しかし、口元がかなりほころんでいる。
「転校生にかこつけて飲もうと?」
ケンスケは澄ました顔で答える。
こちらも口元はほころんでいて、今にも笑い出しそうだった。
「人聞きが悪い。いつの間にかマスターが用意してくれてるだけだよ。」
「…」
「…」
そして二人は顔を見合わせて笑い出す。
「で、いつのまにかミサト先生がアレを飲んでると。」
シンジはまだ笑いながらそう言った。
アレとはミサトの大好きなビールのこと。
担任なのに、なぜかいつも率先してビールを飲んでいるようだ。
「しかし、担任がそんなんだからな。もし発覚したら凄い事になるよな。」
「まぁ、それは見つかったときのお楽しみということで。」
「そうだな。」
二人はまた顔を見合わせて笑いあった。
「いい天気ね…」
屋上に出たレイは髪をかきあげ太陽を見上げる。
6月の太陽は夏を感じさせるような強い日差しを中庭に降らせていた。
「さて…ヒカリちゃんは…?」
レイは手をかざしてヒカリを探す。
先に屋上に来て場所を取っているはずなんだけど…
うーん…
と、そこに声がかけられる。
「レイちゃんこっちよ〜。」
声のするほうに振り向くレイ。
そこにはちょっとした木陰の下の芝生に座っているヒカリの姿が。
手を振り返してレイはヒカリの元に駆けて行く。
「おまたせ〜。」
ヒカリの右隣に座って、お弁当を取り出すレイ。
「ねぇ…ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「何?」
レイはお箸を取り出して、いただきますの挨拶をする。
「お弁当っていつもレイちゃんが作ってるの?」
「へ?」
おかずを一口、口に入れたまま、
レイは不思議そうな顔をしてヒカリを見つめる。
「だって、鈴原が言ってたけど、最近のお弁当の内容が違うらしいわよ。」
もぐもぐと噛んでからごくんと飲み込んで、レイが答える。
「そんなのわかるのかしら?」
「分かるらしいわよ。鈴原には。いつも碇くんのお弁当をつまんでるらしいから。」
くすくす微笑むレイ。
「なんか鈴原君らしい。」
「で、レイちゃんが作ってるの?」
首をふるふる振って答えるレイ。
太陽の光を受けて髪が虹色に輝く。
「半分は正解で、半分は間違いね。
今は、二人で交代でお弁当作ってるの。」
「へぇ、そうなの?」
「うん。お母さんが仕事忙しいし、何か役に立てないかなっと思って。
晩御飯も週2回私達で作ってるんだよ。」
涼しげな風が拭きぬける。
その風は二人の前髪を軽く揺らした。
「大変だね。」
「でも、ヒカリちゃんも毎日ご飯作ってるんでしょ。」
「アタシは好きでやってるから。」
ヒカリははにかんで見せた。
「でも、凄いと思うよ。毎日ご飯作って、お弁当も作って。」
「そうかな?」
首をかしげるヒカリ。
それにうなずき返すレイ。
そして、ヒカリの耳元で小さく囁く。
「それに…鈴原君もヒカリちゃんのお弁当、気に入ってるみたいだし…ね?」
「え?」
真っ赤になるヒカリ。
そして、上目使いでレイを見る。
「知ってたの?」
「もちろん…って言っても偶然だからね。
みんなは知らないようだけど。」
たまたま、レイはヒカリがトウジにお弁当を渡しているところを目撃した事があった。
こっくりうなずき、うつむくヒカリ。
「今は、週に一回だけどお弁当作ってあげてるの…」
「鈴原君のこと…好きなんだ…」
顔を覗きこむように尋ねるレイ。
さらに顔を赤らめるヒカリ。
「うん…たぶん、鈴原は気付いてないと思うけど…」
「そうね…にぶそうだから…」
腕を組んでうんうんうなずくレイ。
「でも…いいな…好きな人がいるんだ…ヒカリちゃん。」
その言葉に驚いて顔を上げるヒカリ。
「え?…だって、レイちゃんはシンジくんのこと好きなんでしょ?」
今度はレイが驚いた表情を浮かべて尋ね返す。
「へ?シンジ?どうして?」
「だって…みんな噂してるよ。」
レイは実感が湧かないような表情で尋ね返す。
「…そうなんだ?」
「そうよ…違うの?」
ヒカリは少し首を傾げて見せる。
昨日、シンジに聞いた話と違うよね。
みんなそういう風にアタシ達の事見てるんだ。
喜んで良いのか、悪いのか。
…
って、喜んじゃいけないのよね。
シンジはアタシのお兄さんなんだから。
「シンジはアタシのお兄さんなんだよ?
それはちょっとまずいんじゃないの?」
うつむいて、レイは口篭もってしまう。
そして、ペンダントの宝石をいじる。
「そうか…私はてっきり告白してるんだと思ってたんだけどな。」
顔を上げてヒカリを見つめるレイ。
少し驚いた表情だ。
「どうしてそう思うの?」
「だって、碇くんを見るときの目が違うよ…
そうね…恋してる瞳っていうのかな?」
恋してる瞳…か。
そんな風に見えてたんだ、アタシ。
…
…
やっぱり…
…
アタシ…
シンジの事好きなのかな?
異性としてみているのかな?
…
レイは首を振って答える。
「そうなんだ?」
「わからないの?」
「…」
思わず考え込んでしまうレイ。
先ほどから触っているペンダントの小さな宝石は、
太陽の光を反射してきらきら輝いていた。
それを見てヒカリはにっこりと微笑んだ。
「難しいよね。急にお兄さんだって言われても…ね。」
うなずき、くすりと苦笑を浮かべてヒカリを見るレイ。
「そうね、正直言うと納得できなかった…
でも…シンジはお兄さんっていうのは本当のことなんだから…」
ヒカリはその言葉に黙ってうなずくだけだった。
昼の太陽は二人に暑いような、でも快適な日差しを投げかけていた。
「じゃあ、7時にお店で。」
そう言ってヒカリはレイに手を振る。
レイもにこにこ微笑みながら手を振り返す。
「おっけ〜。じゃあね〜。」
シンジがレイの元にやってくる。
当然帰り支度は済ませてかばんを持ってきている。
「じゃあ、とりあえず帰って着替えようか?」
「うん。そうしよ。」
二人は一緒に教室を出る。
廊下は放課後独特の雰囲気に包まれて生徒たちがたくさんいた。
「全員参加だって聞いたけど?」
「うん。そうみたいだね。」
階段を降りて下駄箱に向かって二人は中庭を抜ける。
中庭は花壇が沢山あって、色とりどりの花を咲かせている。
その花壇を縫うように歩道がある。
二人はその歩道をゆっくりと歩いていった。
「そういえば、聞いてないと思うけど。」
シンジは思い出したようにレイの顔を見る。
「いつものことだけど、途中でお酒が出るから。」
「へ?いいの?ミサト先生も来るって。」
そのレイの疑問に苦笑するシンジ。
「そのミサト先生が一番に飲むんだよな。」
「えぇ〜いいの?」
シンジはくすくす笑ってうなずくとレイに尋ねる。
二人は玄関にやってくる。
自分のクラスの下駄箱で靴に履きかえる。
「変な話だけど…レイはお酒飲めるほう?」
少し考えながら答えるレイ。
「うん。飲めることは飲めるよ…ただ…」
「ただ?」
「よく記憶無くなっちゃうの。
その時は覚えてるんだけど、次の日にはさっぱり。」
靴を履き替えた二人は大勢の生徒にまぎれて自転車置き場に向かって歩いていく。
何人かのグループがゆっくり歩く二人を追い越していく。
「女の子でそれはまずいんじゃない?」
レイは考えるように、唇に人差し指を当てる。
シンジは妙にそのしぐさにどきりとしてレイの唇を見つめる。
「でも、その時はちゃんとしてるらしいの。
少しおしゃべりになってるみたいなだけで。」
「でも、実は完璧に酔ってる…と。」
こっくりうなずいて恥ずかしそうにうつむくレイ。
「そうなの…だからちょっと不安。」
「まぁ、僕が気をつけていれば良いのかな?」
その言葉で顔を上げてにっこり微笑むレイ。
「そうね…じゃあ、お願いね…お兄ちゃん。」
シンジは肩をすくめて答える。
「はいはい。」
「どう?気分は?」
シンジは主役の席(といっても照明が当てられているだけの席だが)
に座っているレイに話しかける。
とんがり帽子を被せられ、
ビロードのマントを羽織らされているレイは不満そうにシンジを見る。
右手はいつも身に付けているペンダントを所在なげに触っている。
「もう〜。どうして早く助けに来てくれないのよ〜。」
どうやら先ほど男子生徒達に囲まれていたことを指して言っているらしい。
シンジは肩をすくめて答える。
「しょうがないよ。僕は近寄らないようにってクギ刺されたんだし。」
それを聞いて頬を膨らませるレイ。
「それに、こんな格好しないといけないなんて〜。」
上目使いでシンジを見つめるレイ。
あきらかに非難口調だ。
「ぶ〜。どうして教えてくれないの?」
シンジはそ知らぬ顔で答える。
「あれ?話さなかったっけ?」
「なに〜、どの口が言ってるのかな〜。」
レイはぱっと身を乗り出すと、シンジの頬をむにっと両手で掴む。
シンジは顔をゆがめて抗議する。
「ひょえ〜いひゃいよ〜。」
「何言ってるのかな?」
にっこり微笑むレイ。
しかし、シンジの瞳にうっすらと涙が浮かんだのを見て手を離す。
「もう、痛いよ〜。」
シンジは頬をさすりながらレイを睨む。
レイはつんとそっぽを向く。
「シンジなんて、しらない〜。」
そこにケンスケが割り込んでくる。
「そうそう、シンジなんか置いておいて、写真撮ろう〜。」
ちなみにもうすでにワインなどが配られており、
全員酔っ払いモードに突入している。
ちなみにミサトはなぜか同僚の加持と飲み比べをやっているようだ。
二人の周りには飲み干されたグラスが山のように置かれていた。
ケンスケはフラッシュをたいて写真を一枚撮ると、そのまま違うところに行ってしまった。
「相田君、結構酔ってない?」
レイがケンスケの後姿を見つめながら言う。
ケンスケはまたも、女の子の写真を撮っている。
「まぁ、いつもあんなものだよ。」
「そうなんだ?」
シンジは少し首をかしげてレイに尋ねる。
「何か食べる?」
「そうね、一緒に取りに行こうか?」
「そうだね。」
二人は料理の皿が並べられているテーブルに来てお皿に思い思いに料理を取る。
そして、席に戻ろうとするシンジの裾をレイが引っ張る。
「違うところに行こうよ。」
二人は見事な彫刻が施されている木製の階段を上がる。
二階は吹き抜けになっていた。
吹き抜けの手すり近くの開いているテーブルを見つけて座る。
「そういえば飲み物もらってこなかったね。何にする?」
「何でも良い。お任せ。」
「そう?お酒でも良い?」
「うん。お兄ちゃんが守ってくれるなら。」
甘えるように答えるレイにシンジは苦笑するシンジ。
「はいはい。」
シンジが階段を降りていくその様子をレイはぼんやりと眺める。
1階も2階もクラスメートが立ち話したり、座って話をしたり、
ビリヤードをしたりと思い思いに楽しんでいるようだ。
レイは息をつくと、かぶっていたとんがり帽子とマントを脱いで、隣の椅子にかける。
そして、大きく背伸びをした。
「おまたせ。」
シンジはオレンジ色をした飲み物をレイに渡す。
「これ何?」
「この店のオリジナルのカクテルだよ。真夏の太陽っていうんだ。」
レイはじっとそのカクテルを見て答える。
「何かいかにもって名前。」
くすくす笑ってシンジはレイの耳元に囁く。
「それはマスターには言わないほうが良いね。傷つくから。」
シンジも同じ飲み物をテーブルに置く。
そして1階の様子を見下ろした。
「ビリヤード盛り上がってるね。」
「そうなの?」
「ケンスケとトウジがうまいんだ。」
「へえ〜。」
ビリアードの台ではケンスケとトウジの対決が行われているようだ。
レイはシンジの方に視線を戻す。
「ねぇ…こんな所貸し切ってお金とか大丈夫なの?」
「うん。マスターの好意で場所代はただなんだ。
でも、料理代とかは必要なだけど、それも結構割り引いてもらってるから。」
「そうなんだ。」
「もう、ここでは何回パーティやってるかわかんないね。
それぐらいお世話になってるところだよ。」
シンジは肩をすくめると、皿からから揚げをとって口に放り込んだ。
レイもシンジにならってから揚げを食べる。
「ふうん。」
レイはそう答え、シンジをじっと見つめる。
…
うーん。
どうしてかな?
さっきシンジが来てくれるまで凄く不安だった。
他の男の子が話しかけてくる相手をするのすっごく大変で、凄く不安だったのに…
今はこんなに安心している。
やっぱりシンジが傍にいてくれるから?
…
でもそれはシンジがお兄さんだから?
それともシンジのことを…
シンジがレイの視線を感じて首を傾げて見せる。
慌ててレイはにっこり微笑んで、首を振る。
そうよね…
お兄さんなんだから…
レイは1階のカウンターに座っていたヒカリに声をかける。
振りかえったヒカリはにっこり微笑むと、席を勧める。
ヒカリの右隣の席に座るレイ。
「ヒカリちゃんはお酒飲んでるの?」
「うん。これもそうよ。でも、少しづつだけどね。」
うなずいて、レイはヒカリのグラスを見てみる。
無色透明の液体が入っている。
すると、ヒカリは小さくため息をつく。
レイは不思議そうにヒカリの顔を見る。
するとヒカリはくすくす笑って手を振る。
「ううん。なんでもないの…」
「そう?それにしては深刻そうだけど。」
少しだけヒカリは考えたがこっくりうなずいて見せる。
そして、お酒を少しだけ飲む。
「あのね…」
そこまで言って周りを見まわすヒカリ。
そして、顔を寄せてレイに囁く。
「鈴原のことなの…」
「どうかしたの?」
ヒカリは視線を遠くのほうにさまよわせて、答える。
「やっぱりちゃんと言った方が…いいのかな…って。」
レイは頬杖をついてヒカリの話を聞いている。
「どうして?」
「だって、見ての通りアイツって鈍いから、
アタシの気持ちなんて全然分かってくれなさそうだし…」
言葉に詰まって黙り込むヒカリ。
レイはやさしく続けた。
「ヒカリちゃんの気持ちをちゃんと知って欲しいのね?」
「…うん。」
ヒカリはうつむいたままうなずいた。
「そっか…」
レイはにっこり微笑んで答えた。
「じゃあ、一度思いきってみたら?アタシも応援するよ。」
「でも…恥ずかしいの…ちゃんと言えるかな?」
手をひらひら振って見せるレイ。
その手をぼんやりと見つめるヒカリ。
「駄目駄目。そんな事気にしてたらいつまでたっても告白なんかできないよ。」
「そうかな?」
「そうよ。」
顔を見合わせる二人。
その背後で歓声があがる。
どうやら、ビリアードで行われていた勝負が終わったようだ。
「…」
少しだけ考えた後、ヒカリは大きくうなずきレイを見る。
「そうよね…アタシがんばってみる。」
「うん。そうしなよ。」
そして、レイはグラスを持つ。
「じゃあ、ヒカリちゃんが鈴原君とうまくいきますように。」
「いきますように。」
二人はグラスをかちんと合わせた。
「さて、いつものことだけど…」
シンジとケンスケは腕を組んでその人を見ていた。
と、何かに気付いたのか急に振りかえってシンジは声をかける。
「加持先生!逃げようなんてそうはいかないですよ!」
加持は玄関口に向かっていたが、びくりと振りかえり苦笑いを浮かべる。
「シンジくんも感が鋭くなったな。」
「おかげさまで…ところで当然ミサト先生を送っていってくださいますよね?」
「はぁ…俺がか?と言いたいところだけど、分かってるよ。
とりあえず、葛城の車を回してくるよ。」
加持はそう言うとニヤリと笑い、店から出ていった。
「さて…こちらはいいとして…問題は…」
ケンスケが視線を移す。
そこには仲良く熟睡しているレイとヒカリがいた。
「まいったな、委員長がこんなになるなんて…」
「そうだね。始めてみたよ。よほどレイと話が盛り上がったのかな?」
「へぇ、いいんちょがなぁ。」
トウジがやってきて、腕を組んでいる二人の肩を叩く。
「あ、トウジ。どうしようか、やっぱり起こしたほうが良いよね。」
「いや、そのままでええで、ワシが送ってくさかい。」
不思議そうな顔をするシンジ。
何か思い当たったようにケンスケは尋ねる。
「もしかして、おぶって行くのか?」
恥ずかしそうに鼻の頭をかきながらトウジは答えた。
「まぁ…それしかないやろ。いまさら起こすのもかわいそうやし。
起きるかどうかもわからんしな。」
「なるほど。」
ケンスケは肩をすくめシンジの方を見る。
「ということはレイさんはシンジの役目だな。」
「まぁ、それが妥当だね。」
シンジはレイを見てやれやれとばかりに肩をすくめた。
「ん…」
レイは小さく息を吐いて目を覚ました。
何かさっきから揺れてるような気がする。
なんだろ?
レイはうっすらと目を開ける。
?
そして、あたりを見まわす。
うーん…
そして、自分が寄りかかっているものが何かを理解しようとした時、
ふいにシンジの顔が現れる。
「起きた?」
「…う…ん。」
はっきりしない頭でレイはうなずいた。
えっと…
アタシ…
いま、シンジにおぶさってるの?
…
うーん。
なんでこうなってるんだろ?
するとシンジがレイの思考を読んでいたかのように説明を始める。
「レイってば、洞木さんと飲んでてそのまま寝ちゃったんだよ。
起こすのかわいそうだから、このままおぶって来たんだ。」
「ごめん…」
レイは顔をシンジの耳元に寄せてささやく。
「下ろしてくれても良いよ。」
「まだ頭がはっきりしないでしょ。しばらくおぶっていくよ。」
レイは小さく息を吐いて呟く。
「うん。ありがと…できればまだ少しだけこのままでいたい…し。」
「わかった。」
シンジはゆっくりとした足取りで歩道を歩いていく。
レイは少し不安になってシンジに聞いてみる。
「もしかして…重い?」
シンジは苦笑して答える。
「大丈夫だよ。そんなに僕が重そうにしてた?」
「ゆっくり歩いているから…」
シンジは肩をすくめようとしたが、
レイを背負っている状態では出来ないことを悟り、苦笑する。
「さすがに普通に歩くとは行かないよ。
レイが落ちないように気をつけなきゃいけないから。」
レイはほっとして答える。
「そう…だったら良いけど…」
そして、シンジの背中に頭を乗せる。
シンジの背中って広いんだね。
こういうところは男の子だなぁって思う。
耳を澄ますとシンジの鼓動が聞こえてくる。
…
なんか気持ち良いな…
このままずっとこうしていたい…
…
どうしてこんなに安心するんだろ?
シンジに触れていると、凄く安心するの。
どうしてこんなに嬉しいんだろ?
二人きりでいることが嬉しい。
シンジにこうしておんぶしてもらっているのも嬉しい。
今、シンジはアタシの事だけ考えていてくれてる。
アタシのだけのために…
そう考えると凄く嬉しい。
どうしてかな?
兄妹なんだよ?
…
シンジ…
シンジはどう考えてるの?
兄妹というよりは仲のいい友達って感じだよね。
シンジはそんな風に感じてる?
まだアタシのこと妹って思えないかな?
アタシがシンジのことお兄さんって思えないように。
だったら、こうしておぶってくれているのはどうしてなのか、知りたいな。
少しでもアタシのこと…
思っていてくれるのなら…
アタシ…
凄く嬉しいな。
だって…
アタシはシンジのこと…
…
…
レイはしばらくシンジの背中に頭を乗せていたが、
頭を上げてシンジの耳元に囁く。
「ありがと…もう大丈夫だから下ろして…」
このままだとアタシ寝ちゃいそうだし…
それに…
自信ないから…
雰囲気に流されそうで、すごく怖い…
そんな事したら、この関係が壊れそうで…
そして、くすりと笑みをもらすレイ。
でも、今日は妙に自分に素直だね。
お酒飲んでるせいかな?
普段だったらこんな事考えないようにしてたのに。
アタシがシンジのこと…
シンジはレイの方を見て尋ねる。
「そう?大丈夫?」
「うん。」
シンジはそろそろとかがんでレイを下ろした。
レイは大きく背伸びするとシンジの微笑みかける。
「ありがとね。」
「うん。」
そして、二人は並んで歩き始めた。
「今日は楽しかった?」
「うん。とっても…」
「洞木さんと盛り上がったみたいだね。
レイと同じで起きなかったから、トウジがおぶって帰ったよ。」
「ちょっとね…いろいろお話してたら…ね。」
よかったねヒカリちゃん。
心の中でそう呟き、くすりと笑みをもらす。
そして、シンジの横顔を見つめる。
アタシは…
そうはいかないんだよね…
シンジは義理とは言え、アタシのお兄さんなんだから。
お兄さん…か。
そして、視線をそらして空を見上げる。
アタシ…
やっぱり…
シンジのこと…
二人は黙ったまま、街灯の明かりに導かれ家までの道を歩いていった。
あとがき
どもTIMEです。
Moon-Stone第3話「歓迎会」です。
レイの心の中での小さな戸惑いがすこしづつ大きくなっていきますね。
今回シンジの心理描写はしてませんが、やはり彼にも同様のことが
起こっていたりします。
ただ、その思いに対してどう向かい合うかは実は違ったりします。
さて、次回はシンジとレイが初めて二人でお出かけをするという話です。
レイは遂に自分の思いを認めてしまいます。
しかし、シンジはどうなのでしょうか?
自分の思いを認めてしまうのでしょうか?
では、次回Moon-Stone第4話「知りたくなかったこと」でお会いしましょう。