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二人はマンションの入り口に駆け込んだ。
シンジはかがみこんで息をついていたが、
頭だけ上げてレイに話しかける。
雨は叩きつける勢いで降りつづけていた。
道路に大きな水溜りが出来ている。
雨の勢いに街路樹がざわざわと葉をざわめかせる。

「やっと…ついたね…」

レイもかがみこんだまま息をついて答える。
雨で濡れた髪から雫が流れ落ちる。
髪がぺったりと頭に張りついている。

「…結構…遠いね…走ると。」

二人ともずぶぬれだった。
帰ってくる途中に降り出した雨、
傘を持っていなかった二人は、走って帰ってきたのだが…

「これ…だったら…雨宿りしたほうが…良かったかも…」

「そうね…ちょっと失敗したね…」

「…とりあえず、早く中に入って着替えようよ。」

「うん。」

二人はエレベータに乗る。
シンジは6階のボタンを押してドアを閉める。
なにげなくレイを見て、シンジは慌てて視線をそらす。
レイは恥ずかしそうに自分の肩を抱いていた。
頬を少し赤く染めてうつむくレイ。
雨のせいで、肩の辺りから胸の辺りまで白のブラウスが透けてしまっている。
髪もぺったりと顔に張りついている。
二人の足元で小さな水溜りができる。
うーん。
やっぱりいくら兄妹と言っても義理だし、なんか意識しちゃうんだよな。
レイの方を見れないよ。
顔を伏せたシンジの髪からもぽたぽたと雨の雫が落ちる。
はぁ、なんで、こんなタイミングで雨降るんだろうな。
今日は降水確率0%だったのに。
ついてないよ。

でも、ある意味ついてるのかな?

いやいや、レイは義理とはいえ、僕の妹なんだし。

妹…か。
エレベータが6階につき、ドアが開く。

「今日は、お母さん帰ってくるの遅いんだよね。」

レイがかばんの中に入れておいたカードキーを探しながら尋ねる。
二人は家の前にやってくる。

「うん。確か、6時過ぎるとか…まだ5時だから、帰って来てないよね。」

時計を見て時間を確かめるシンジ。
レイがカードキーを取りだし、ロックを解除した。
シンジは息をつくと部屋の中に入る。
それに続くレイ。
やはり、びしょぬれになっている靴を脱ぎ二人は部屋に上がる。
レイはバスルームに行き、大きめのバスタオルを2枚持ってくる。

「はい、シンジ。」

差し出されたバスタオルを受け取り、シンジはとりあえず髪を拭いた。

「ありがと。とりあえず、シャワーでも浴びたら?」

そのシンジの提案にレイはタオルで髪を包み込んで水分を吸わせていたが、
振り返ってうなずく。

「…そうね…先に入っていい?」

「うん。いいよ。」
 
 
 
 
 
 

Moon-Stone
TIME/99
 

第2話 
動揺してる?
 
 
 
 
 
 
 

妹…か。
シンジは着替えを済ませてソファに座って大きくため息をついた。
頭からタオルをかぶって、シンジはぼんやりと部屋の中を見まわす。
落ち着いた白の壁紙が張られ、6人がけのソファが置かれているリビングだ。
シンジは首を振って自然と先ほどエレベータの中で考えようとしていたことを思い出す。
何かすごく意識しちゃったな…
レイは義理だけど僕の妹。
僕の父さんとユイさんが結婚して、その結果、僕とレイは兄妹になった。
でも、僕自身はどう思っているんだろ。
レイは妹。
そう思っているかな?
どうだろ?

自分がどう考えているかなのに…
わからないな。

レイはどう考えているんだろう?
やっぱり兄として…
苦笑を浮かべて首を振るシンジ。
そんな事は無いな。
レイの態度から考えると友達ってところかな。

それが一番納得がいくかな。
そう考えると、僕もやっぱりレイのこと妹と言うよりは…

でも、さっき、レイを見たとき…
すごくどきどきした。
なんかやっぱりレイって異性なんだって意識してしまった。
友達って考えてるから、そう感じたのかな?
これが妹だったら、そう思うことも無いのかな?
僕には妹がいなかったから、そういったところはわからないな。
どうなんだろ?

でも、もうしばらくすれば、たぶん意識しなくなるだろうな。
そうじゃなきゃ、いろいろ困っちゃうよな。

 
 

レイはバスルームから出て、バスタオルを手に取る。
恥ずかしかった…
さっきシンジに見られてると思ったら、すごく恥ずかしくなった。
なんでだろ?
たぶんシンジは気を使ってアタシの方は見ていないと思うけど、
急に恥ずかしくなって、だから、思わず…
どうしてだろ?
こんなのシンジと一緒に生活するようになって始めて。
すごくどきどきしちゃった。
帰ってくるときはそんな事無かったのに。
エレベータに乗って、二人きりだって思ったら、急に。
アタシ、やっぱりシンジのこと少し意識してるのかな。
お兄ちゃんって言っても歳は同じだし、
友達って思ってるから、意識しちゃうのかな?
お兄ちゃんだと思えば全然恥ずかしくないかな。

そりゃ、小さいときからいたお兄ちゃんだったら、恥ずかしくないかもしれないけど。
まだ1ヶ月の新米のお兄ちゃんに対してはね。
くすりと微笑みレイ。
タオルを置いて下着を着け始める。
そうよね。
別にアタシがシンジのこと意識してるんじゃないんだよね。
だって、そう考えないと、困っちゃうよね。
アタシがシンジのこと好きになったりしたら…
すごくややこしいことになりそうな気がする。
でも…
もしかしたら…
大きなため息をつくレイ。
服を身に着けて、髪をタオルで巻いてから、レイは部屋から出た。
 
 
 
 

「お、出たね。」

何か考え事をしていたように見えたシンジだったが、
レイがリビングに入ってくると顔を上げる。
一瞬だけ、そのシンジの表情を見たレイは少し不思議そうに首を傾げる。
何か深刻そうな表情だったけど…
シンジは立ちあがる。
そして、にっこり微笑む。

「じゃあ、次は僕が使うね。」

そのシンジの表情を見て、レイはほっとする。

「うん。」

手をひらひら振りながらシンジはリビングから出ていく。
レイはふうと息をつきシンジが座っていたソファに座る。
前髪に少し触れてみる。
どうしようかな、ドライヤーかけようかな?
うーん。
まぁ、いいや、体も暖まったし、風邪引いちゃうとは思えないし。
もう少しだけ、座っていようかな。
時計に視線を向けるレイ。
もう5時半だね。
今日はお母さんが6時過ぎで、おじ様は昨日から出張で、帰ってくるのは明日の夕方だっけ?
時計から視線をはずしたとき、電話のベルが鳴り始める。
あれ?電話だ。
レイは立ちあがり、電話を取る。

「はい、碇です。」

「レイ?あたしよ。」

聞きなれた母親の声。
しかし、レイは驚いた。

「お母さん?どうしたの?」

「あのね、今日なんだけど、どうも6時までに帰れそうも無いの。」

レイはそのユイの声から、何かを感じ尋ねてみた。

「もしかして、泊まり?」

それに肯定の答えを返すユイ。

「うん、たぶん泊まりになると思う。」

「おじ様も帰ってこないし…」

受話器の向こうからユイの心配そうな声が聞こえる。

「そう、今夜は二人になっちゃうんだけど…」

レイはくすりと微笑むと答える。

「もしかして、お母さん変な心配してない?」

「え?そ、そりゃ、いくら兄妹といってもまだ1ヶ月だし、男と女だから…」

「だいじょうぶよ、アタシとシンジに限ってそんな事無いわ。」

笑みを大きくしてそう答えるレイ。
しかし、ユイはまだ心配そうに答える。

「私も、二人を信じたいけど…でも…」

「でも、帰って来れないんでしょ?」

決定的な一言を言ってレイは頭に巻いていたタオルをはずす。
髪がはらりと落ち、額にかかる。

「それはそうだけど。」

「大丈夫よ。変な心配しないで、仕事を早く終わらせてきて。」

そのレイの一言でユイはしぶしぶ納得したようだ。

「…そう?レイがそこまで言うなら信用するわ。くれぐれも気をつけてね。」

「何か、シンジが悪い人みたいな言い方するね。」

どうして、そんなに不安なんだろ?
別に二人ともそういう風に意識はしてないと思う。
だから、何も起こらないと思うんだけど。

「そんな事は無いけど、警戒するに越したことは無いわ。」

「はいはい、わかりました。じゃあ、切るね。」

レイは受話器を置き、くすくす笑う。
本当に心配性ね。
シンジがそんなことする訳ないじゃない。

でももし、シンジがアタシのこと思っててくれていて、二人きりになったとしたら…
アタシ…
どうなるんだろ?
もし、そういうことになったら、ちゃんと拒めるのかな?

って、そんなわけないよね…
シンジに限って…
それにシンジはお兄さんなんだから…
お兄さんのことそういう風に考えるなんて…

これ以上考えるのはやめておこう。
なんか熱でちゃいそう。

さて、お母さんが帰ってこないとなると、夕飯は二人で作らないといけないよね。
どうしようかな。
レイは冷蔵庫まで歩いて行き、中を覗きこむ。
うーん。
電話で今夜何作るつもりだったか聞いておけば良かったね。
うーん。
とにかくシンジが出てくるまで待とうかな。
それでシンジと一緒に考えようっと。
レイは冷蔵庫を閉めて、キッチンを見渡す。
うーん。
そう言えば、こっちに来てから一度もご飯作ってない。
最近お母さんはちゃんと帰ってきてたから。
シンジの作った料理もそう言えば食べてない。
まぁ、どっちも今日初めてになるわけね。
一緒にお母さん以外の人と一緒に料理なんて作ったこと無かったし。
シンジの腕前をちょっと拝見ってところかしら。
 
 
 
 

…?
電話が鳴ってる?

切れた…
たぶん、レイが出たんだろうな。
もうそろそろユイさんが帰ってくるな。
最近ユイさんって、ちゃんと夕ご飯作ってるけど、無理してないのかな?
レイの話だとこっちに来る前は結構遅く帰ってきてたって聞いたし。
僕もここしばらく料理作ってないなぁ。
そろそろユイさんに言って、僕が夕飯作る日とか決めたほうが良いのかな。
レイもそれなりには料理はできるって言ってたから、二人で作れば、
週2,3回は僕達が作るっていう風にしてもいいと思うんだけどな。
うーん。
とりあえず、今日の夜にでもユイさんに提案してみようかな。
ユイさんも働いてるんだし、毎日料理作るのは大変だろうから。
それじゃなくても、洗濯とか、掃除とかもしないといけないんだから。
ちいさく息をつき顔を伏せるシンジ。

四人の生活始めてもう1ヶ月近くになるんだよね。
でも、まだユイさんのことお母さんって呼べないし、
レイも父さんのこと「おじ様」としか呼べないみたいだ。
もう少し時間が必要なのかな?
多分、僕もレイも同じ理由で呼べないんだろうな。
そうだよね。
もうというか、まだ1ヶ月なんだよね。
先は長いんだし、ゆっくりと少しずつ前に進むしかないよね。
 
 
 
 

「へ?帰ってこないの?」

シンジはレイから話を聞いて少し驚いた表情をする。
レイはこっくりとうなずく。

「で、さしあたっては夕飯なんだけど。」

シンジは先ほど考えていたことを思い浮かべ苦笑する。
まぁ、確認取る前の行動になったけどいいか。

「そうだね、じゃあ、二人で作ろうか?」

「うん。」

レイはにっこり微笑む。
二人はキッチンに入って肩を並べて冷蔵庫を覗きこむ。

「うーん。何作ろうか?」

「電話かかってきた時に、お母さんに今日何作るつもりだったのか聞くの忘れちゃったの。」

「なるほど、ということはユイさんが何を作ろうとしたかは不明…か。
ところでレイはお腹すいてる?」

レイは少しだけ考えてうなずく。

「実は結構、お腹すいてきちゃった。」

「そうか…実は僕もお腹すいてきたんだ…
じゃあ、ぱっと作れるというところでカレーかな?
お約束だけど。」

シンジは野菜や、肉を確認してうなずく。

「うん。そうしよう。」

「じゃあ、これと…これ、で…これもいるな…」

シンジはジャガイモやタマネギを手に取る。
レイは書けてあったエプロンをつけ、
まな板を出して野菜を手早く洗い始める。

「じゃあ、アタシはタマネギ切るね。シンジはジャガイモむいて。」

「了解。」

シンジは受け取ったジャガイモをレイとは違うまないたに載せて場所を移る。
さすがに二人並んで作業できるほどキッチンは広くない。
切った野菜を鍋に入れて軽く炒めてから肉を入れてさらに炒める。

「これって良い牛肉だと思うんだけど…」

「まぁ、いいんじゃない?緊急退避ということで。」

訳のわかるようなわからないような事を言ってレイはにっこり微笑む。
そして、別に作っていたスープを注ぎ、ふたを閉める。

「さて、とりあえず、少しだけまってアクを取ろうか。」

「うん。」

二人はダイニングに入り向かい合うように座る。

「あのさ…今日ユイさんが戻ってきてから言うつもりだったんだけど…」

「何?」

「僕達が夕飯を作る日とかを決めようと思うんだ。
ユイさんって今日までは結構早く帰ってきて夕飯作ってたじゃない。
仕事もして家事もしてって大変だと思うんだ。
だから、少しでも僕達が手伝ったほうが良いかなって。
父さんはあんな感じで忙しいから役に立たないし。」

レイは少し考えるような表情をしたがすぐにうなずいた。

「うん。良いと思うな。今日みたいに二人で一緒に作れば良いと思う。」

「じゃあ、そうしようか。」

シンジは微笑む。

「…それだったら、弁当もアタシ達が自分の分を作ったらどうかな?
それで、お母さんとおじ様の分も作るの。」

「なるほど、それもいいかもね。じゃあ、それもユイさんに言ってみようよ。」

「うん。」

二人は微笑み合った。
 
 
 

「で、カレールーを入れて…と。これでよし、後は少しだけ弱火で煮こんで。」

シンジは鍋にふたをして少しだけずらしてうなずく。

「じゃあ、アタシはテーブルのほう準備するね。」

レイはスプーンやフォークを持ってダイニングに行く。

「せっかくだからサラダでも作るか。」

シンジは冷蔵庫の中から大根とニンジン、トマトを取り出して、
大根、ニンジンを手早く洗って千切りにする。
トマト2個を4等分に気って、それを少し大きめの器に盛り付ける。

「こんなものかな…」

シンジはそのサラダをダイニングに持っていく。

「あれ?サラダなんていつ作ったの?」

テーブルクロスを引いて、スプーンとフォーク、
そしてグラスを置いていたレイはサラダを見て首を傾げる。

「うん。今作ったんだ。」

「へぇ〜。シンジって線切りできるんだ。」

「一応ね。」

「アタシは結構苦手なの…線というか棒になっちゃうの?」

少しはにかんでレイは顔を近づけてそのサラダを見る。

「うん。すごいね…ねぇ、今度コツを教えてね。」

「あぁ、いいよ。慣れれば簡単だよ。」
 
 
 

「いただきま〜す。」

「いただきます。」

二人ともカレーを一口食べて顔を見合わせる。

「おいしいね。」

「うん。良い出来だと思うよ。」

レイはサラダを小皿にとって一口食べてみる。

「このサラダもおいしい。ドレッシングも合ってるし。」

「そう?」

「うん。シンジのお嫁さんになる人って幸せよね…」

にこにこしながらシンジをみるレイ。

「…さぁ…どうなんだろ?」

照れながらシンジは答えた。

「誰か候補はいないの?」

すこしからかうような口調でレイはシンジの顔を覗きこむ。
シンジは首を振って答える。

「候補なんて…いないよ。」

「ふーん。そうなんだ。」

顔を上げてシンジは尋ねる。

「レイはどうなの?」

レイは少し考えてから答える。

「それは…秘密で〜す。」

安心半分、がっかり半分でシンジは答える。

「ということは、誰かいるんだ。
レイだったら、そう言う人がいないんだったら、いない〜。
ってはっきり答えそうだから。」

「秘密で〜す。」

ぺろりと舌を出してレイは答えた。

「なるほど。」

「ねぇ…アタシが嫁き遅れになったら、シンジが責任とってくれる?」

「は?」

シンジは何を言われたか理解できない表情でレイを見る。
レイはにっこり微笑んで言う。

「だから、アタシをお嫁さんにしてくれる?」

「お嫁さん…ねぇ。」

シンジは腕を組んで考える。
レイが本気で言っていないのは雰囲気でわかったので、精神的な余裕はあった。

「そのときに僕も一人だったらね。」

そう答えてニヤリと微笑む。

「え〜。シンジはアタシよりも先に結婚するのぉ?」

「それはその時にならないとわからないよ。」

「え〜。」

レイは首をふるふる振っていやいやをする。

「なんか駄々っ子みたいだな。」

苦笑するシンジ。
レイはじと〜を上目使いでシンジを見る。

「なによ。かわいい妹を置いて自分は結婚しちゃうんだ。」

「妹…ねぇ。」

「そうでしょ。お兄ちゃん?」

レイはくすくす笑いながらそう答える。

「こんな歳の近い妹もそうはいないだろうな。」

シンジも笑ってそう答える。

「そうね…」

「うん…」

なんとなく黙ってしまう二人。
そして、どちらとも無く口を開こうとしたその瞬間。
照明が消えてしまう。

「きゃあ!」

レイが驚いて声をあげる。

「停電…かな。」

シンジはあたりを見まわし、なんとか暗闇の中で物を見ようとする。

「シンジ…」

「そのまま座っていて。」

シンジはそれだけ言うと、記憶を頼りに照明のスイッチの所まで歩いていく。
スイッチを押してみるが反応はない。
どうしよう、懐中電灯は…どこだっけ?
シンジは暗闇の中で、必死に懐中電灯の場所を思い出そうとした。

「シンジ…」

レイのか細い声が聞こえる。

「ここにいるよ。」

シンジがそう答えると、シンジの胸に何か飛び込んでくる。
慌てて、抱きとめるシンジ。

「レイ…なの?」

「うん。」

シンジの胸に抱きついてレイはがたがた震えていた。
そのレイを落ち着かせようと、髪を優しく撫でるシンジ。

「大丈夫だよ…」

レイは震える声で答える。

「ごめんね。何か急に怖くなって。」

「いいよ…それより懐中電灯を探さないと。」

暗がりでレイの表情は見えないが、顔を上げて、シンジの方を見ようとしているらしい。

「シンジは知ってる?」

「…いま、どこだったか思い出そうとしてるんだけど…」

確か以前、父さんがどこかに…
そうだ!
思い出した!
シンジはレイに答える。

「たしか、テレビのところにあるはず…」

そう言って、シンジはレイを話してTVのある方向へ歩いていく。
レイはその場にそろそろと座りこむ。

「あった!」

シンジの声をと共に懐中電灯の明かりが天井を照らす。
レイはゆっくりとシンジのいるところに歩いていく。
そして、シンジの腕をぎゅっと掴む。

「さて…とりあえずはブレーカーが落ちていないか確認だね。」

「うん。」

シンジは歩き出そうとして、腕を握っているレイを見る。

「そんなに怖い?」

こくこくうなずくレイ。
シンジは苦笑して、そのままにさせておいた。
二人で玄関脇のブレーカーのチェックをする。

「落ちてないね。」

「うん。」

「じゃあ、ここ一帯全部停電してるのかな?」

「そうかも。」

シンジは少し考えてから、玄関のドアのロックを手動に切り替えて、開けてみる。
そして顔を出して周りを覗いて見る。
当り一面真っ暗だった。

「うわぁ。みんな停電してるみたいね。」

「うん。」

話しているうちに近所の部屋の人達がでてきて、
シンジ達と同じように周りを見まわしている。

「停電みたいですね。」

となりの部屋のおばさんに声をかけるシンジ。

「えぇ、シンジくんのところも?」

「はい。どうやらこのマンション一帯らしいですね。」

「そう…だったらしばらくしたら、このマンションの自家発電機から電気がくるわね。」

「そうですね。」

シンジはそううなずき、レイに説明する。

「このマンション、自家発電ができるんだ。
外部からの電気の供給がきれてだいたい10分ほど経過すると
自家発電機からの電源供給に切り替わるんだ。」

「そうなの?」

「うん…じゃあ、とりあえず、中で待ってようか。」

二人は部屋に入りドアを閉める。
そして、シンジはロックをかけ自動に設定を戻す。
なんとなく、リビングのソファに腰掛ける二人。
階中電灯はテーブルに天井に向かって立てられている。
レイはシンジに寄り添うようにぴったりとくっついて座る。
しばらく沈黙していた二人だったが、ふとレイが口を開いて尋ねる。

「ねぇ…シンジ。」

「何?」

「シンジはアタシの事どう思ってる?」

「いきなり、凄い質問だね。」

シンジは苦笑を浮かべる。
実際、こんな状況で出てくる話としては予想していない内容だった。

「…シンジにとってはアタシはやっぱり妹なのかな?」

レイはそれでもシンジの方を見て話を続ける。
シンジはその時になって、停電前にしていた話の続きをレイがしていることに気がついた。

「でもレイって僕のこと兄って思ってないでしょ。」

こっくりうなずくレイ。

「それとおなじだよ。少なくとも妹とは思えないな。」

「そう…か。じゃあ、何?」

「またいきなりな質問だね…レイは…やっぱり仲の良い友達って感じなのかな…
ただ、他の友達とは違って一緒に家に住んでるけど。
でも、大切な人…だと思うよ。」

レイはうつむいて、何度もうなずく。

「そうか…」

そして顔を上げてシンジは尋ねる。

「じゃあ、僕からも聞くけどレイにとって僕は何?」

レイは顔を上げてシンジの顔をじっと見つめる。

「わからない…」

「そうなんだ?友達ではないの?」

「うん…そうだと思ってる…」

「でも違うの?」

レイは視線をそらしうつむく。

「…ごめんなさい。うまく言えないの…」

「そうか。」

顔を上げて微笑んで見せるレイ。

「でも、やっぱりアタシにとって大切な人だと思うよ。」

「ありがと。」

そのシンジの言葉にレイがうなずこうとした時に部屋の中の
照明が一瞬瞬き、その後一斉に点灯した。

「自家発電機に切り替わったみたいだね。」

「うん…」

レイはほっとしたようにうなずく。

「とりあえず、ご飯を食べようか?
温めなおさないといけないけど。」

「うん。」

レイはにっこり微笑んだ。
 
 
 

「大切な人…か。」

シンジはベランダから空を見上げる。
さっき、レイを胸に抱いたときに、僕が感じたものは何だったのだろう?
あの時、僕は思わずレイを…

レイに大事な人と言われて正直嬉しかった。
でも同時にすごく戸惑ってしまった。
僕はやっぱりレイを好きになってしまっているのだろうか?
知らないうちにレイのことを一人の女の子としてとらえていたのだろうか。
迷いこんではいけない道に知らず知らずに入ってしまったのだろうか。

風がシンジの髪を撫でていく。
いや、まだそうだと決まったわけじゃない。
ただの思い過ごしかもしれない。
いきなりの環境の変化だったし、
少し心が不安定になっているだけかもしれない。
確かにレイは僕にとってすごく大切な存在になりつつある。
でも、それは僕の家族として大切だと思っていて、
一人の女の子としては…


ただの言い訳…か。


認めたくない。
僕はレイのこと、好きになり始めているなんて。
今の関係を壊すことになるかもしれない。

僕は…

「こんなところにいたの?」

背後から声が掛かって、シンジはゆっくり振りかえる。

「お風呂開いたよ。」

レイが顔を出してシンジを見ていた。
前髪が額に張りついている。
真っ白な肌が上気して薄く赤く染まっていた。
シンジは息を呑み、そしてゆっくり吐いた

「うん。ありがと。」

どうして、こんなに胸が痛むのだろう。
昨日まではさほど気にならなかったのに。
どうして、こんなに苦しいのだろう?
笑顔を作ろうと努力しながら、シンジは答える。

「…?」

怪訝そうな表情でシンジを見つめるレイ。
一瞬浮かんだ表情が、
夕方シャワーから出てきたときに見た表情と同じだったからである。
その視線を受けてシンジは軽く肩をすくめる。

「なんでもないよ。」

その表情は柔らかかった。
しかし、なぜか心からの表情にはレイには見えなかった。

「ほんとうに?」

少し、首を傾げるように尋ねるレイ。
そのここ1ヶ月で見なれてしまったしぐさを見てシンジは肩をすくめる。

「たいしたことじゃないんだ。」

本当はシンジにとっては大事なのだが、それを言うわけにはいかない。
それに、昨日まではあまり問題としていなかったことだ。
急にそう感じるようになったからといって、それがずっと続くとは考えられない。
ただの思い込みだということもある。

「だったら、いいけど…じゃあ、アタシ、もう寝るね。」

「うん。おやすみ。」

「おやすみ。」

手を振ってレイは自分の部屋に戻っていく。
シンジはゆっくりと息をつく。
どうしてなのか?
こんなに…

お風呂に入ろう。
 
 
 

「どうしたのかな?」

小さく呟き、レイはベッドに横になる。
どうしたんだろ?
何か今日は帰ってきてから深刻な顔してたときがあった。
いつものシンジならそんな事無いのに。
ぼーっとしてるのとは違ったし。
何かあったのかな?
うーん。
今日の朝学校に行くときには特に変わった様子は無かったよね。
学校でもいつものシンジだったし特に何も…
なんだろ?
すごく気になってきた。
どうしてかな?
アタシなんかが立ち入らない方が良いかもしれないけど。

でも、どうしてこんなに気になるのかな?

そうね。
今までシンジってアタシに隠し事しなかった気がする。
どうして?って尋ねたらちゃんと答えてくれたし。
でも、今日は…
そりゃ、まだ1ヶ月しか一緒に暮らしてないんだし、
シンジが秘密にしてる部分もあるだろうし。
アタシだってシンジに全部話してるわけじゃない。
それは当然だと思うし、認めてる。
でもどうしてこんなに気になるんだろう…

やっぱり、夕飯のあの言葉に引っかかってるのかな?アタシ。
仲の良い友達。
そうだと思う。
アタシ自身もそう思ってた。
でも、心の何処かが引っかかっている。
アタシの一部がこう言ってるの。
「本当にそれで良いの?」
これって、アタシがシンジのこと…
どうしよう。
シンジのことそういう風に見てたのかな?
それで、シンジのこと…

ううん。
ただ、アタシはそう思いたいだけなのかも。
まだ決めるには早すぎるよ。
だから、もう少しちゃんと考えてから…

レイはぎゅっと目を閉じて、眠ろうとした。
 
 

「おはよう。」

その声にシンジはどきりとして振りかえる。
少し、眠そうな表情をしたレイがそこに立っていた。
レイはとたとたとシンジの隣の椅子に座って、大きく背伸びをする。

「おはよう。」

シンジはそう答えて微笑んだ。

「二人とも眠そうじゃない?どうかしたの?」

ユイが二人を見て尋ねる。
レイはユイが何を言っているのか知っていたので、くすくす笑い出す。
そして、安心させるようにウィンクして答える。

「ただの寝不足。それ以外のなんでもないよ、お母さん。」

「それ以外って?」

不思議そうな表情をしてシンジは尋ねる。
レイはまだ笑いながら手を振ってテーブルにつく。

「あぁ、二人とも早く朝ご飯を食べないと、遅刻するわよ。」

ユイもなにやら慌てて二人を催促する。
シンジはなっとくが行かない様子でそれでもテーブルについた。

「昨日の夕飯のお詫びに今日の朝食は腕によりをかけたから。」

ユイはにっこりと微笑んだ。
 
 
 
 

「ねぇ、それ以外って何?」

シンジは自転車を漕ぎながら、ふと思い出したように、
後ろに座っているレイに尋ねた。
レイはくすくす笑って、首を振る。

「教えてあげな〜い。」

「そういうこと言われると余計気になっちゃうよ。」

シンジは苦笑を浮かべてまたレイの方を振り向く。
そのシンジの頭をぐいと前に向けるレイ。

「ほら、ちゃんと前を見なさい。」

「…」

レイはシンジの耳元に囁く。

「知りたい?」

「…そりゃね。なんかここまで内緒にされると知りたくてしかたないよ。」

レイはくすくす笑いながら、シンジの耳元に囁く。

「本当に?」

「うん。本当だよ。」

レイは少し考えてからうなずくとまたシンジの耳元に囁く。

「じゃあ、教えてあげる…あのね…」

うんうん聞いていたシンジの表情に苦笑が浮かぶ。

「なるほど…確かにそりゃもっともな心配だね。」

「そうかな?」

こくこくうなずくシンジ。

「そうだと思うよ。ましては僕は新米のお兄さんなんだから。」

「でも、何もなかったよね。」

「そうだね。」

レイは少し考えてから、にこにこ笑いながらシンジの耳元に囁く。

「ねぇ…アタシってそんなに魅力ないのかな?」

シンジはぶっと吹き出し、驚いた表情を浮かべてレイを見る。

「あのねぇ…なんでそういうこと言うかな?」

「え?アタシ変なこと言った?」

レイは首を傾げて見せる。
シンジは大きくため息をついて答える。

「まるで、僕に襲って欲しかったような言い方するね。」

にこにこしながらレイは答える。

「でも、シンジにそんな度胸はないでしょ?」

「まぁね。それは悔しいけど認めるよ。それに僕には妹を襲うなんて趣味無いしね。」

「ふうん。そうなんだ。」

シンジの顔を覗きこむようにレイは尋ねる。
そのレイの方を見て、すまして答えるシンジ。

「そうだよ。」

「分かったわ。今の言葉よく覚えておくから。」

その言葉にシンジは軽くうなずくと自転車を漕ぐ力を入れる。
そうだよ。
僕はレイの兄なんだから…
そんなことするはずはないよ…
そう心の中で答えるシンジ。
レイはシンジの肩に乗せていた左手を髪にやり、
風で流れる髪を押さえながら、空を見上げる。
首から下げているペンダントが朝の光を浴びて輝く。
今日も良い一日になりますように。
レイはそう祈った。
 
 
 


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ver.-1.00 1999_06/14公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jpまで!!

あとがき

ども作者のTIMEです。
Moon-Stone第2話「動揺してる?」です。

とある夕立が二人がお互いを意識するきっかけになりました。
さらに二人きりで過ごした夜。
まぁ、何も起こりませんでしたが、
お互いを異性として意識するには十分な出来事だったのかもしれません。
大切な人という発言が何を意味するのかはこれから分かると言うことで。

さて、次回はレイの歓迎会にまつわるお話です。
レイはシンジの事を強く異性として意識し始めます。
次回Moon-Stone第3話「歓迎会」でお会いしましょう。
 
 






 TIMEさんの短期集中連載『Moon-Stone』第2話、公開です。





 ついているんです。



 雨が降って

 親が急用で帰らなくって

 停電で


 つきまくりです〜



 そんで。


 レイちゃんと良いことはしなかったけど、
 良い感じへの第一歩ってなりそうでって。


 つき大爆発系♪






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