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夜空の色の瞳。

沈んでいく太陽。

触れ合う肌。

月明かりで輝く瞳。

地下鉄のベンチ。

星に願いを。

銀の指輪。

デパートの屋上。

絡み合う指。

夢はいつかかなう?

光るシリウス。

ノートの端の落書き。

ひまわりのような笑顔。

君のいない部屋。

ふわふわ揺れる前髪。

寄り添う二人。

流れる雲。

つないだ手の温かさ。

街角のショーウィンド。

打ち寄せる波の音。

白い雪のような手。

二人の心の距離。

止まった時計。

赤いレンガの時計台。

髪をかき上げるしぐさ。

震える体。

名前の呼び方。

歩道橋の踊り場。

やわらかい髪の感触。

流星雨。

放さないで。

朝日を浴びて輝く髪。
舞い散る桜。
吹き抜ける風。
君の伏せた横顔。

色とりどりの傘。
焦がすように照り付ける太陽。
真っ白な積乱雲。
にっこりと微笑む君。

放課後の誰もいない教室。
真っ赤な紅葉。
指に輝くリング。
月光で輝く髪。

白い吐息。
葉を散らした木々。
紺色のセーター。
輝く君の涙。

二人は出会った。

そして…



「永遠の時を」
"Forever and Ever "
Written by TIME/98

SIDE A "REI"


Episode.1 "Raining/Spring"

碇シンジはドアが並んでいる通路の手すりから外を眺めていた。
明るい陽射しが辺りを包み込んでいる。
と、彼の背後のドアが開き、一人の少女が飛び出てくる。
「ごめーん。遅れたー。」
玄関の前で待っているシンジに開口一番、その少女、綾波レイは謝った。
口にはトーストをくわえ、慌てて靴をはこうとする。
地面に靴のつま先をとんとんと当てて、靴を履き終えると、
「さあ、行こっか。」
トーストをもぐもぐ食べながら、彼女は駆け出した。
最初の一、二歩は跳ねるように走り、そして階段を駆け降りる。
…はぁ、今日もダッシュか。
シンジはレイの後を追い、駆け出しながら、そんな事を考えていた。
二人は階段を一段飛ばしで駆け下りる。
そして、地上に降り、歩道を南に向かって走り出す。
「シンちゃん。今日は一限目、誰の授業だっけ?」
レイは後ろを向かずに大きな声で聞く。
もう、トーストは全部食べてしまっている。
レイはかばんを右手に持って、大きなストライドで駆けていく。
「加持せんせだよ。」
シンジも全力疾走しながら答える。
二人は街路樹に桜を植えている道を駆け抜けていく。
散り始めている桜の下を走ると、まるで、 降るようにサクラの花びらが降ってくる。
二人の靴が降り積もった桜の花びらを踏んでいく。
急にレイは表通りから外れ、狭い路地に入る。
シンジも遅れないようにレイを追いかける。
狭い道ではあるが、人通りはなく、
学校に行くにはこちらを通る方が近道であるというのが、
試行錯誤した結果であった。

「はぁ…はぁ、なんとか間に合ったね。」
息を切らせながら、シンジは学校の玄関に入った。
駐車場を横切って近道してきたのだが、
担任の葛城ミサトの車はまだ停まっていなかった。
「たぶん。今日もミサトせんせは遅刻ぎりぎりみたいね。」
下駄箱のところで、レイは息をつく。
「そう…だね。今日もぎりぎりセーフかな…」
下駄箱からうわばきを出して、履き替える。
と、廊下を何人かが走っていく音が聞こえた。
「よかった。アタシ達だけじゃないみたいね。」
ふうと大きなため息をするレイ。
「良かったじゃないよ。どーしていつもこうなるのかな。」
シンジも大きく息をつく。
「アタシ…のせい?」
上目使いでシンジを見るレイ。
真紅の瞳がきらきらと輝いている。
「…そうだよ。」
シンジはしかめつらでレイを見る。
なんとなく黙りこむ二人。
一瞬の間を置いて。
「…行こっか?」
先に口を開いたのはレイの方だった。
「そだね。」
うなずくシンジ。
二人は並んで、教室に向かって歩いていった。

授業中の教室。
生徒はそれぞれの端末を覗き込んでいる。
レイも端末を操作して、授業を聞いていた。
ふと、レイは窓に雨がぽつりぽつりと当たる音に気づき、
驚いたように窓を見つめる。
見ている間に雨は本降りになる。
「傘持ってこなかったのに・・」
そうつぶやくと、レイは少し考えてから、端末を操作する。
そして、ちらりとシンジの方を見た。

シンジはあくびをかみ殺しながら、
ぼぉっと端末を眺めていた。
と、メールが届いたことを示す画面を見て、
メールアイコンをクリックする。
内容を読んで、窓の方を見て、
くすりと微笑むと、その返事を書く。
そして、送信する。
レイは先ほど出したシンジへのメールの返事を読み、
彼の方を見た。
と、シンジも顔を上げ、にっこりとレイの方を見て微笑む。
しばし、見つめ合う二人。
「あらぁ、暑いわねぇ。」
突然、声をかけられて、ぎょっとするレイ。
と目の前にミサトが教科書を持って立っていた。
にやありといやらしく笑うミサト。
「ラブラブなのはいいけど。授業中は少し控えてね。」
その声にどっと沸くクラス。
レイは頬を染め、うつむきながら、ちらりシンジの方を見る。
シンジも頬を染めうつむいていた。

放課後。
二人は、教室を出て、階段を降り、下駄箱で靴に履き替える。
玄関でシンジは傘をさした。
そして、その傘にレイが入る。
授業が終わってすぐに帰らなかったのは、
周りの目を気にしたためである。
雨は弱く、霧雨のように降っていた。
レイはシンジの左隣を、かばんを両手で持ってゆっくりと歩く。
シンジはその速度に合わせて歩いていた。
そして、ちらりとレイを見る。
と、いきなりレイが口を開く。
「…シンちゃん。」
「えっ、何?」
慌てて、シンジは答える。
レイは軽く視線を上げてシンジに言う。
「傘が傾いてるよ。」
確かに傘はレイの方に傾いていた。
「だって、レイが濡れるといけないだろ。」
シンジは傘を傾けて、レイの左肩が傘に入るようにしていた。
レイは驚いたように自分の左肩を見てシンジの右肩を見る。
シンジの右肩は雨ですこし濡れていた。
しかし、レイの左肩はまったく濡れていなかった。
「…ありがと。」
レイはうつむいて、答える。
なんだろ、この気持ち。 胸の奥がは暖かくなるような気持ち。
そのレイを見て、シンジはにっこり微笑む。
それきり二人は黙ってしまった。
雨はしとしとと、降り続けていた。

雨に濡れる桜の並木道を通り抜け、大きな水溜まりを迂回する。
信号待ちをして、横断歩道を渡り、歩道橋を越える。
長靴、雨カッパを着ている小学生達とすれ違い、
急いでいるサラリーマンが二人を追い抜いていった。
街路樹には雨やどりをしている小鳥達がいて、小さくさえずっていた。

そして、二人はレイが住んでいるマンションの近くまで歩いてきた。
この通りはトラックなどの大型車の通行が多いようだった。
シンジはふと、後ろを振り向いた。
後ろから、トラックが走ってきていた。
歩道があるので、心配は要らないな。
前を向いたシンジは車道にあるものを見つけ、とっさにレイを見る。
トラックは二人を追い越して、
車道にあった大きな水溜まりに入り、雨水を跳ね飛ばす。
「あぶない!レイ。」
とっさにシンジはレイを抱きしめた。
レイは急なことで抵抗はできない。
シンジの背中が跳ね飛ばされた雨水で濡れる。
小さくため息をついて、シンジは尋ねた。
「…だいじょうぶ?濡れなかった?」
レイは顔を上げて、恥ずかしそうに頬を染め、シンジを見る。
「……うん。大丈夫。」
シンジはレイの顔を近くで見ていた。
こんなに近くでレイの顔を見るなんて、
久しぶりだな。
ふと、そんなことを考えた。
「…シンちゃんは?」
その声で我に返るシンジ。
「…うん。背中に少しかかったけど、大丈夫だよ。」
「……ごめん…なさい。」
「いいよ。僕が勝手にやったことだから。」
「…ありがと…」
レイはうつむいて消え入りそうな声で囁く。
そして、シンジを見て小さく微笑む。
…かわいい…
思わずシンジはそのレイの微笑みにみとれてしまった。
「……ねぇ…」
レイが小さく囁く。
「…えっ、何?」
「…離れて…欲しいんだけど…」
「あ、ごめん。」
慌ててレイから離れるシンジ。
レイは少し頬を染めていた。
「じゃ、また明日…」
「…うん。明日こそはちゃんと起きてよ。」
にっこりとレイは微笑んだ。
「…うん。がんばるから。」
「じゃ。」
シンジは手を振ると傘をさし、歩道を歩いていく。
レイはシンジが角を曲がって見えなくなるまで、見送っていた。


Episode.2 "Confession/Summer"

彼は暗くなった道を駆け上っていく。
空に輝いている月の光で砂利道が銀色に光る。
道の右手にはきらきらと輝く町並みが見え、その向こう側に海が見える。
左手は林になっていて、虫たちの鳴き声が聞こえてくる。
走る速度を少しゆるめた。
そして、とあるペンションの前で立ち止まる。
額には汗が少し浮かんでいた。
まだまだ、夏の盛りで空気はどんよりと重い。
今日も熱帯夜になりそうだ。
彼はペンションを見上げ、目的の窓を探し出すと、
その窓際に立ている木によじ登った。
そして、枝をつたって、するすると二階の出窓の近くに上っていく。
そこには、紺の浴衣を着た女の子が、うちわを持って座っていた。
「…もう、シンちゃんの…バカ…おそいよー……」
レイが、はぁっとため息をつく。 その顔が赤く照らし出される。
浜辺で、花火の打ち上げが始まったようだ。
少し間を開けて、花火が開くドーンという音が聞こえて来る。
「バカってひどいな。せっかく迎えに来たのに。」
木に登っている彼、シンジはふくれっつらで花火を見ていたレイに声をかける。
その声をまったく予想していなかったのであろうか、
レイは目を見開き、声が聞こえた方をしげしげと見つめる。
「……え?」
そして、生い茂った葉の中からシンジを見つけて、 レイは小さく囁く。
「…シンちゃん?」
「こんばんは。約束通り迎えにきたよ。」
にっと微笑むシンジ。
その顔を花火が照らし出す。
シンジを見て、レイは恥ずかしそうにうつむいた。
「いつから、そこにいたの。」
首を傾げて答えるシンジ。
「ついさっきのバカのあたりかな。」
「そう…」
レイは安心したように、小さくため息をつく。
頬が赤く見えるのは気のせいかな。
シンジは不思議そうにレイの顔を見つめる。
と、シンジはあることに気づき、それを口にする。
「あれ?髪まとめてるんだ。」
レイは顔を上げ、シンジを見る。
「これ?浴衣に合わせたんだけど…」
レイは髪に少し手を当てる。
長い栗色の髪は一つにまとめられて、ポニーテールのようになっていた。
月の光の下でレイの髪がきらきら輝いている。
シンジは見慣れていないレイのうなじに、つい目が行ってしまう。
「そうなんだ。よく似合ってるよ。」
つい、そんな言葉が口をついて出る。
「あ、ありがと。」
レイは恥ずかしそうにそう答える。
なんか、いつものレイじゃないみたいだ。
ふと、シンジはそう思った。
「…さあ、いこうか。」
シンジは照れ隠しに、レイの方へ手を差し伸べる。
「ここから降りるの?」
レイは窓から身を乗り出して、 シンジの手を取り、不思議そうに囁く。
「大丈夫だよ…さ、こっちに来て。」
シンジはレイを抱き上げた。

レイが窓から抜け出して、 誰もいなくなった部屋に風が入り込む。
カーテンが、小さな男の子と女の子が写っている写真立てにかかる。
そして、その写真立ての前に置いてあった銀の指輪が、
月の光を反射してきらり光った。

ドーン。
花火が次から次へと打ち上げられる。
シンジとレイは浜辺を見下ろせる堤防に並んで座っていた。
周りには大勢の人たちが、シンジ達と同じように花火を見に来ていた。
「すごいねー。」
レイは嬉しそうに花火を見上げた。
「レイ。口が開いてるよ。」
シンジは意地悪く、そう指摘し、レイにニヤリと笑ってみせる。
慌てて口を閉じて、ジト目でシンジを見つめるレイ。
「もう、上見たら勝手に開くのよ。 シンちゃんだって、ぼけぇと口開けてるじゃない。」
シンジも慌てて、口元を押さえる。
「え、そ、そんなことないよ。」
「ふふふ。うーそ。シンちゃんたらすぐひっかかるから。」
レイが仕返しとばかり微笑む。
その顔を花火が照らし出す。
花火があがるたびに歓声が上がる。
シンジたちの右隣に座っていた子供たちが、 きゃっきゃとはしゃいでいる。
その様子を懐かしそうに見ていたレイは
ふいに目を上げ、どこか遠くを見詰めるような表情をする。
その顔がどこか大人びてみえる。
レイってこんな顔もするんだ。
ふと、シンジはそんな事を考えながら、レイの横顔を見ていた。
「毎年こうして一緒に花火を見たいね。」
レイが遠い視線のままでそう言う。
「親の目を盗んで?」
シンジは、空を見上げる。
周りが明るいために、あまり星は見えない。
そして、首を振ってため息をつく。
ふたりは今、それぞれの親に内緒で、
花火を見に来ていた。
どうしても、花火を見たいというレイに負けて、
シンジはレイを連れ出していた。
「そうよ。ロミオとジュリエットみたいに。」
レイは嬉しそうに微笑んで、シンジの方を見る。
「はいはい。」
シンジは苦笑する。
その表情を探るように、シンジの顔を覗き込むレイ。
まとめられている髪がさらさら揺れる。
シンジに気を使うときに見せる表情だ。
「……ね、今日はほんとに良かったの?」
少し上目使いでシンジを見る。
そのしぐさが子供っぽい。
「レイの頼みとあればね。」
シンジはそう答え微笑む。
「ありがと。」
レイは微笑んで、すっとシンジの右腕を取り、肩に頭をのせる。
そして、安心したように小さく息を吐き、目を閉じる。
「今日は、素直だね。」
そのしぐさにどきどきしながら、シンジはレイをからかう。
花火の打ち上げはクライマックスを迎えていた。
「…だって……」
レイはそれきり何も答えなかった。
そのままシンジの肩に頭を乗せて、花火を見ていた。

花火が終わり、シンジとレイは浜辺を並んで歩いていた。
月が柔らかい銀の光を二人に投げかけている。
砂浜は月の光を受けて、銀色に輝いていた。
海から吹き付ける風が心地よい。
シンジたちはゆっくりと一歩ずつ波打ち際を歩いていく。
砂を踏みしめる音と、波が打ち寄せる音が辺りに響く。
「…静かだね。」
シンジは誰に言うでもなくつぶやく。
そして、レイの方をちらりと見る。
「そうね…みんな帰っちゃたのかな。」
レイはシンジの方を見て首を傾げる。
「…どうなんだろ。」
レイの顔を隠した前髪が、風を受けて揺れていた。
堤防の方を見たが、明かりは見えなかった。
視線を海に移すと、月の光を反射した波涛がきらきら光っているのが見えた。
「…夏も、もうじき終わるね。」
「……うん。」
それきり、黙ってシンジたちは浜辺を歩く。
どこかでヒグラシが鳴いていた。
しばらく歩く二人。
まるで、地球上で二人だけになったかのようだ。
ふと、レイが急に立ち止まる。
不思議そうに振り返るシンジ。
月の光がレイの体の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。
「…ねぇ、あの時の約束覚えてる?」
強い風が二人に吹き付ける。
その風でレイの浴衣の裾がはためく。
そして、彼女の瞳がきらりと光ったようにシンジには見えた。
「…約束?」
レイは両手を後ろで組んで、シンジに微笑みかける。
「そう、約束……覚えてない?」
約束。
ずっと昔、レイと一緒に花火を見た時の約束。
「……うん。覚えてるよ…」
レイは苦笑し、水平線の方に視線を向ける。
「…あの時は二人ともまだ子供だったよね。」
シンジもレイの視線の先を見つめる。
そこには、一条の光を放つ灯台が見えた。
「そう…だね。」
「…二人とも少しは大人になったのかな?」
レイはシンジの方を見て、微笑む。
「うーん。どうだろ?大人になったような気もするし…」
「子供のままの気もする?」
レイはうつむき足元を見ている。
「そう。はっきりしないね。」
シンジはレイに向かって歩いていく。
一歩、二歩。
歩くごとに砂を踏みしめる感触がして、その音が聞こえる。
そして、レイの前に立ち、少し伏せている顔を見つめる。
こんな風にじっとレイの顔を見つめるのは、久しぶりのような気がする。
最近、ゆっくり顔を見て話をすることがなかったから。
「ねぇ…あの時した約束、もう一度してくれる?」
レイは顔を上げシンジの顔をじっと見つめる。
シンジは少し驚いたように、瞳を見開く。
首を傾げて、シンジを見るレイ。
「僕は…」
レイくず折れるようにシンジに抱きついた。
シンジは慌ててレイを抱きとめる。
レイの体は思っていたよりずっと華奢で、
強く抱くと、壊れてしまいそうだった。
「おねがい…ずっとアタシの側にいて…」
シンジの胸に顔をうずめてレイは囁く。
黙ったままレイを抱き留めているシンジ。
「…ねぇ、アタシは…」
顔を上げてシンジを見つめる。
「……アタシは…」
そして、シンジのTシャツをきゅっと握った。
「…シンちゃんのこと…」
風が止み、急に辺りが静かになった。
聞こえるのは、波の打ち寄せる音だけ。
レイは少しだけ背伸びした。
「ずっと……好きだったよ…」
レイは目を閉じ、シンジにキスする。
シンジはレイの柔らかい唇を感じていた。
触れている胸から、レイの鼓動が聞こえる。
抱きしめているレイの体のぬくもりが心地よい。
「レイ…」
「…シンちゃんはアタシのこと………」
体を離し、首を少しかしげてシンジを見るレイ。
レイの瞳がきらきら光る。
どこかで、木々がざわめく音が聞こえる。
「………好き?」
「僕は…」
レイのこと…………
麦藁帽子をかぶったレイが微笑む。
不思議そうに小川の中を覗き込むレイの横顔。
瞳に涙を溜めて、今にも泣き出しそうな顔のレイ。
レイがこちらを見て、嬉しそうに手を振る。
校舎の屋上で風に吹かれながら街を見ているレイ。
そして、不安そうにシンジを見つめるレイ。
シンジはレイをぎゅっと抱きしめ、耳元に囁く。
「………好きだよ。」
そう、あの時から僕の想いは変わっていない。
レイが好きだ。
彼女と一緒にいたい。
そして……
守ってあげたい。
「嬉しい……」
顔を伏せたレイの瞳から涙が零れる。
抱き合う二人に風が吹き付けていた。


Episode.3 "Children/Autumn"

夕日が差す教室で、シンジはひとり楽譜を見つめ、練習をしていた。
ひととおり通して弾いてみて、
詰まったりしたところを重点的に練習をする。
普段はチューバとかの低音部のパートと練習するが、
その日に限って、他の部員は休みでシンジ一人での練習だった。

シンジは、何かに呼ばれたように練習を止め、窓の方を見る。
校庭側の窓から、にぎやかな声が聞こえてくる。
秋季大会を控えたサッカー部の部員の声のようだ。
シンジは今年こそは都大会で優勝してやると トウジが言っているのを思い出した。
去年は三位だったから、 今年こそはと燃えているらしい。
校舎側の廊下からはトランペットや、クラリネットの音が聞こえてくる。
他のパートも校舎内の教室を使って練習しているようだ。

シンジは窓際に行き、窓から見えるオレンジに輝く夕日を見る。
太陽はかなり低くなってきており、山陰に消えて行こうとしていた。
近くの山の木々は赤く色づいている。
夕日のせいだけではなく、紅葉しているものもある。
その光景を見詰めているシンジに、後ろから声がかけられる。
「あれ?シンちゃんじゃない。どうしたの?」
シンジは振り向いて、声の主を確かめようとした。
その視線の先にはレイが立っていた。
「見ての通り、クラブの練習。」
シンジは楽器が置いてある所までゆっくりと歩いて戻り、
コントラバスを指差して答えた。
「そうなんだ。」
レイもゆっくりと楽器の側に歩いてきて、 シンジの向かい合うように机の上に座る。
そして、両膝に手を当てて、シンジをじっと見る。
「レイこそ、どうしたの?」
シンジは肩を竦めた。
「ちょっと……ね。」
意味ありげににっこり微笑むレイ。 
夕日の光でレイの瞳がきらりとオレンジに輝く。
「ふーん…」
シンジは少し首をかしげた。
「ねぇ、せっかくだから、何か一曲弾いてよ。
アタシでも分かる簡単な曲。」
「うーん。主線をひくような楽器じゃないからなあ。」
何かないかな?
うーん…………
そうだ。 あれはどうだろ。
シンジは少し考えてから指で弦を弾き、あるメロディを紡ぐ。
「あ…これ知ってる。」
シンジはそのメロディに合わせて、歌いはじめる。
少し、驚いた表情をしたレイだったが、 すぐに目を閉じて、その曲に聞き入る。
夕日が差す教室にコントラバスの音とシンジの歌声が響く。
最後まで弾き終わり、シンジは深くおじぎをする。
レイはぱちぱちと拍手する。
「……いい曲ね。」
「…そうだね。かなり昔の曲だけど。」
と、教室内にチャイムが鳴り響く。
クラブ活動終了の合図だ。 
「…クラブ終わりだよね?」
レイは机から降りて、かばんを持つ。
「そうだよ。」
「じゃ、一緒に帰ろっか?」
シンジの顔を覗き込むようにレイは微笑む。
「うん。行こうか。」
二人は教室から出ていった。

暗くなりつつある道を並んで歩いてく二人。
「日が暮れるの早くなったね。」
レイは空を見上げる。
「そうだね。もう、十月だから。」
シンジはレイの歩幅に合わせてゆっくり歩きながら答える。
「はぁ…もうちょっとでテストがあるね。」
レイは憂うつそうにため息をつく。
歩道の街灯が二、三回瞬いてから点灯する。
「そうだね。でもそれが終わったら、学園祭があるし。」
「うん。それは楽しみだけどね。」
二人は大きな道路から脇にそれ、住宅街の小道を歩いていく。
と、レイが足を止める。
「うん。どうしたの?」
シンジはレイの方に振り返る。
「ね、ちょっと寄り道してかない?」
レイはそう答えると、道の右手にあった公園に入っていく。
その公園は小さくて、砂場とジャングルジム、ブランコがあるだけだった。
レイはかばんをベンチに投げ出し、ブランコに駆け寄る。
「ブランコかー。いつから乗ってないかな。」
シンジもブランコに歩み寄る。
公園の中央にあった街灯が点灯して、銀色の光を投げかける。
「アタシも最後に乗ったのいつかな?」
レイはブランコに腰掛け、両手で鎖を握る。
シンジはそんなレイの側に立った。
顔を上げて、シンジに微笑むレイ。
「幼稚園の頃、よく乗って遊んだなぁ。」
と、ふいに何かを思い出したように、レイの顔が少し寂しげに曇る。
「二人で遊んだあの公園、まだ残ってるかな。」
「どうだろ?」
それは、二人が幼稚園児だった頃、
よく遊んだ、第二東京市の砂場とブランコしかない小さな公園。
「……ね、シンちゃん。アタシが髪を切った時のこと覚えてる?」
急にレイはそんな事を言った。
シンジは、その時のことを想いだそうと、視線を上げる。
「髪…か。僕が気づいたのは、中一の冬だったと思うけど。」
そして、顔をレイの方に向けてみると、レイは顔を伏せていた。
「あの時…ね。アタシ、シンちゃんのこと忘れようって思ってたの。」
「そう…か。」
二人は中学は別々の学校に通う事になった。
シンジにしてみればちょっとの、 レイにしてみれば大きな、
行き違いが、二人の間にあったからだ。
「覚えてる?アタシが髪伸ばしたの、
シンちゃんが髪は長い方がいいって言ったからなんだよ。」
くすり、と笑ってレイは髪に触れる。
「で、髪を切って、シンちゃんを忘れようと思った… …でも、無理だった。」
シンジは思い出したように肯く。
「だから、あの時、会いたいって電話してきたんだ。」
そう、レイは誕生日の三日前、シンジに電話をかけてきた。
震える声で、「会いたい。」と。
その声は半年ぶりに聞くレイの声だった。
「そう。来てくれたら、アタシはシンちゃんのことずっと好きでいよう、
なるべく、シンちゃんに会えるようにしようって。」
ブランコの鎖をぎゅっと握り締めて、レイはうつむいた。
「で、僕と会ったとたんに、泣き出して。」
「だって、来てくれたんだもの。 それもちゃんと、アタシの誕生日を覚えてくれてて。」
「僕は、そのことで会いたいって言ってきたと思ってたからね。
それに、あの電話がなくても会いに行くつもりだったから。」
シンジは照れくさそうにうつむき、苦笑する。
「…でも、開口一番、「ごめん。泣かないでよ。」だよ。」
「てっきり、待ち合わせの時間、間違えたんだと思って。
慌てたよ、僕の顔を見た途端に泣き出すんだもの。」
「嬉しかったから………すっごく…」
「そうなんだ。」
「そう…それに……これ…もね。」
レイはすっと右手を上げる。
その薬指には銀色の指輪が光っていた。
「まさか、こんなものをくれるなんて…ね。」
レイはそっとシンジの表情を見る。
シンジは相変わらず照れくさそうにしていた。
「……気に入ってくれて良かったよ。結構悩んだからね。」
レイは微笑む。
「だって……シンちゃんがくれたものだから。」
シンジもレイの方を向き、微笑む。
見詰め合う二人。 そして、木枯らしが二人に吹き付ける。
レイが身震いしたのを見て、
シンジは着ていた学生服の上着をレイの肩にかけてやる。
「でも、シンちゃんが……」
そのレイの言葉を遮るようにシンジはレイの右手をとり、
「こうしてればいいよ。」
と言って、にっこり微笑む。
「……うん。」
レイは恥ずかしそうに頬を染めてうつむいた。
そして、二人は手を繋いで歩き始めた。


Episode.4 "Snow/Winter"

「これで…よし…と。」
シンジは段ボールに布テープを貼り付けた。
「あとは……」
そして、部屋の中を見渡す。
部屋の中には梱包された段ボール箱がいくつか無造作におかれている。
「………これも、持っていかなきゃな。」
机の上に置いてあった写真立てに手を伸ばす。
そこには、夏服を着た二人が、
にっこりと微笑んで並んで立っていた。
それを見たシンジの口元が緩む。
なつかしいなぁ。
この時、みんなで見た天の川、きれいだったな。
その写真は夏に友達とキャンプに行ったときに撮ったものだった。
と、ドアがノックされる。
「はい。開いてるよ。」
シンジは写真立てを机の上に置き、返事をする。
ドアが開き、母親のユイが顔を出す。
シンジを見てにっこりと笑う。
「シンジ。お客様よ。」
そのユイの後ろから現れたのは…
「……レイ?」
シンジは驚いたように目を見開く。
慌てて、壁にかかっている時計に目をやるが、
時計はもう十一時を指していた。
「……どうして?」
ついそんな言葉が口を衝いて出る。
「…会いたかったから…」
レイは目を伏せて、シンジの顔を見ないでそう答えた。
「立ち話もなんだから、中に入ったら?」
ユイはレイの背中にやさしく触れる。
「…はい。すいません。」
レイは小さな声で答えた。
「…後のことは任せてね。じゃ…」
それだけ言うと、ユイはドアを閉めて行ってしまう。
シンジは何を言おうか迷ったが、ただ、
「……元気だった?」
とだけ聞いた。
レイは相変わらず目を伏せたまま、
「………そんなわけないよ……」
と小さく囁くように答えた。
レイは紺のワンピースに黒のジャケットを着ていた。
そのワンピースはシンジがレイにプレゼントしたものだった。
「…行っちゃうんだ…」
レイは梱包されている段ボールに目をやり、そうつぶやく。
その瞳には輝きがなかった。
まるで何も映していないように曇っていた。
「…うん…自分で…決めたことだから。」
シンジはゆっくりと息を吐き出すようにそう言った。
「……アタシを…一人きり……にして?」
レイの声がだんだん小さくなる。
その理由はシンジにはすぐ分かった。
いつも側にいたシンジだから。
胸がふさがれる想いを必死にこらえて、シンジはゆっくりと首を振った。
「……そうじゃないんだ。僕が僕であるために。どうしても行きたいんだ。」
ふいにレイは顔を上げ、シンジの胸に飛び込む。
そして、シンジの胸をどんどん叩く。
「どうして!!どうして、アタシの側にいてくれないの?」
シンジは黙ってレイを抱きしめる。
「どうして?どうして?ねぇ、答えてよ。」
しかし、シンジは何も答えない。
「ねぇ…何か言ってよ。アタシを嫌いになったんだったらそう言ってよ…
ほんとのこと教えてよ。誰か他の人のこと好きになったの?」
レイはいやいやをするように首を振った。
シンジはレイを落ち着かせるように、やさしく髪を撫でる。
「…レイのこと、好きだよ。誰よりも。その気持ちは変わってない。」
「じゃ、どうして。」
レイは顔を上げて、シンジを責める。
その瞳は、涙で濡れていたが、生気に満ち溢れていた。
「レイを好きだから。だから、僕は行きたいんだ。」
レイはじっとシンジの顔を見詰める。
涙で濡れた瞳がきらきらと輝く。
それをシンジは奇麗だと感じた。
「僕が僕のままで、レイと一緒にいるために僕は行きたいんだ。」
シンジは言葉をつなぐ。
今までずっと言いたくて言えなかった言葉。
「レイを愛しているから。」
レイはその言葉を聞くと、目を閉じシンジの胸に顔を埋める。
シンジの心音が聞こえてくる。
「この留学は、僕の夢だったんだ。ここでやめてしまうと、
僕は僕でなくなってしまう。後悔はしたくないんだ。」
シンジはレイの髪を優しくなでていた。
「だから、待っててほしい。」
レイはゆっくり顔を上げて、シンジを見る。
シンジの夜色の瞳がきらきら輝く。
二人は抱き合ったまま立っていた。
お互いの鼓動を感じ、ぬくもりを感じた。
二人は今、一つの時間を共有していた。
熱心にストリングベースを演奏するシンジの横顔。
シンジのはにかんだような、やさしい笑顔。
一緒になって不思議そうに鏡を覗き込むシンジ。
からかわれて、頬を染めるシンジ。
将来の夢を語るときのシンジ。
そして、あの時、指切りをしたときのシンジの瞳。
そう…シンちゃんを信じてあげよう。
アタシが好きになったシンちゃんを…
レイはうつむき、小さく吐息を漏らすと、
こつんと額をシンジの胸に当てる。
そして、小さくささやくように告げる。
「…お願いがあるの。」
「…うん。」
顔を上げ、にっこり微笑むレイ。
「毎日手紙を書いて。アタシも書くから。」
そして、レイは再びシンジの胸に顔を埋める。
シンジはこっくりと肯く。
「…あのね、今日は泊まってきなさいって、 ユイおばさまが言ってるんだけど。」
「…そうか…」
シンジはレイを強く抱きしめた。
「…うん…そうなの……」

「…ねぇ、シンちゃん。」
シンジからの反応がない。
もう、夜中の2時を過ぎていた。
部屋の中はしんと静まりかえっている。
「寝ちゃったの?」
少し間を置いて、シンジは答えた。
「……起きてるよ。」
レイはシンジの上に覆い被さって、シンジの顔をじっと見詰める。
「どーしたの?」
レイはシンジの顔をじっと見詰める。
その瞳がきらきらと輝いている。
レイは瞳を閉じると、シンジの胸に頭を乗せる。
「…あのね…アタシでよかった?」
レイは急に顔を上げ、シンジを見る。
その瞳は先ほどにもまして、輝いている。
「アタシはシンちゃんで良かったよ。」
レイの瞳を見つめながらシンジは答えた。
「…僕もレイでよかったと思ってるよ。」
「…そう、良かった…」
シンジは思い出したようにレイに尋ねる。
「レイはこれからどうするの?」
「やっぱり、大学に行く事にする。
今はやりたい事はないけど、見つかるかもしれないから。」
レイははっきりとした声で答える。
「そうか…」
シンジは軽くうなずいた。
「…ね、どんなに離れていても、アタシの事忘れないでね。」
ふいに顔を寄せて、レイはシンジの耳元に囁く。
「忘れないよ。僕が愛しているのはレイだけだから。」
シンジはやさしくレイの頬をなでながら答える。
次の瞬間、レイの瞳から、涙がぽろりとこぼれる。
その涙は、頬を伝い、
顎からシンジのシャツに落ち、小さな染みを作る。
「ごめんなさい…やっぱり…さみしい……よ…」
声がかすれる。
こんな顔は見せたくない。
でも、さみしい。
ずっとそばに居て欲しい。
レイはこらえきれなかった。
「……」
シンジは黙ったまま、レイの髪をなでる。
レイの頬を伝う涙がきらりと月の光を受け輝く。
あいかわらず、部屋の中は静かだった。
まるで、二人以外の誰もこの世界にはいないかのように。
見詰め合う二人。
お互いのぬくもりを感じて、二人は黙って見詰め合う。
どれほど、時間が経ったのか、レイは涙をぬぐい、微笑む。
レイにとってはそれが精一杯だった。
「…でも、頑張るね…」
シンジはレイを胸元に抱き寄せた。


Prologue

レイはシンジからの手紙を持って部屋に入る。
かばんを机の上に放り出し、
手慣れた手つきで、手紙の便箋を開ける。
そして、ベッドに寝転がって、 シンジからの手紙を読み始めた。
そこには、やっと、引越しの荷物の整理が済んだこと、
自分がお世話になるホームステイのホストファミリーの事などが書かれていた。
嬉しそうに読んでいたレイだったが、ある部分で、その顔が険しくなる。
そこには、

……で、同い年の女の子がいるんだ。
惣流・アスカ・ラングレーっていうんだけど。
この子が……

と書かれていた。

彼女への手紙に、他の女の事を書いてくるなんて良い度胸ね。
レイは不敵に微笑むと、起き上がり、机に座った。
そして、いくつかあるメッセージシートの中から一枚を選んで、
シンジへの返事を書き始めた。

……浮気の報告を自分からするなんて、
シンちゃんて自信過剰なんじゃないの?
アタシも浮気しちゃおうかな……

End








NEXT
ver.-1.00 1998+09/04公開
ご意見・ご感想は sugimori@muj.biglobe.ne.jp まで!!





あとがき

ども、TIMEです。

めぞんミリオンヒット記念SS
「永遠の時を」SIDE A "REI"はどうでしたか?
最初は簡単なSSにしようと思っていたのですが、
夏の話を書いた後に、
いっそのこと他の季節の分も書いちゃえ。
と四本まとめた形になりました。

春のレイの自宅はマンションで
夏は一戸建てですが、
夏はペンションに遊びに来ていたという設定です。
シンジとレイは幼なじみで、
両親も仲が良いという事になってます。
小さい時に交わした約束、
二人が違う学校に通う原因になった行き違いは
読者の方々のご想像にお任せします。:-)
当然レイを書けばアスカも書くのが
この作者のスタンスですから、
SIDE B "ASUKA"も同じ構成で書いてます。
ただ、現時点でまだ書き終わってないので、
少し遅くなるかもしれませんがお楽しみに。

では、SIDE B "ASUKA"でお会いしましょう。




 TIMEさんの『永遠の時を』SIDE A 、公開です。




 シンジとレイの


  1年に渡る物語(^^)


 単なる幼なじみからの、がいいですよね♪




 ユイさんも協力的だし〜




 ホームステイ先の女の子事まで馬鹿正直に伝えるシンジくん。


  ここまで隠し事がないと、緊張感無いかも?!


  そんな緊張感など無くても十分維持できるんだよね♪





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