マナはシンジの右手にその写真を握らせる。
そして両手をかぶせる。
マナはうつむいて、小さくささやく。
今までずっと言おうとして言えなかった言葉。
シンジは右手を握っているマナの両手が震えていることに気付く。
「私、シンジの事好きでした…」
ふうと小さく息をつき、にっこりと微笑むマナ。
いつもの笑み。
でも、いつもとは違う笑み。
シンジは初めてマナの笑顔を見た気がした。
「ずっと好きでした…シンジは知らなかったでしょうけど…」
シンジをちらりと上目使いで見た後、マナは視線を足元に落とす。
「お願い…」
くるりとシンジに背中を向けるマナ。
大きく息をつくその肩が震える。
「私のこと…」
そして、マナは小さく呟いた。
それは本当に小さくて、周囲の雑音に消え入りそうな震える声。
「忘れないで…」
マナは駆け出した。
シンジは一瞬躊躇するがその後ろ姿を見送る。
首を振るシンジ。
どうして僕は気付かなかったのだろう。
右手に持っている写真を見つめるシンジ。
それは二人が写っていた。
そう、これは二人だけで行った湖での写真。
高台で記念に撮った一枚。
たった一枚の二人で写っている写真。
「二人のデートの記念になるよ」
彼女はそう言っていた。
僕はどうして、彼女をちゃんと見てあげなかったのだろう。
僕の思い込みで彼女はどれだけ苦しんだのだろうか。
そして…
僕はどうしてこんなに苦しいのだろう。
マナ…
僕は、君のことを…
部屋70000ヒット記念
「忘れないで」
Time/99
「はぁ、今日も遅くなったね。」
ふうとため息をついて、彼女、霧島マナはため息をついた。
その隣を歩いている彼、碇シンジは時計を見る。
二人とも吐き出す息が白い。
空には一面に星が輝いている。
「どうしてアルバム委員とかになったのかな?」
「って、マナが強引に誘ったんじゃないか。」
シンジは苦笑を浮かべてマナを見る。
マナは照れ笑いを浮かべる。
「そう?」
「はぁ…いつもこうなんだよなぁ。」
シンジは首を振って、大きく伸びをする。
「…でも、それも後一ヶ月か…」
「そうね。すごく不思議な感じがする。」
二人は歩道をゆっくり歩いていく。
アスファルトの道路が街灯の光を薄く反射する。
「ずっと3年間一緒だったのに、離れちゃうなんてね。」
マナは少し寂しそうにうつむく。
そう、もう一ヶ月でみんなとお別れになってしまう。
すごく寂しい。
それに私は、みんなと同じ高校には行けない。
両親との約束。
それを守らなければならない。
シンジ…
マナは視線をシンジに向ける。
私がこうやって、シンジの傍にいることが出来るのも後1ヶ月。
シンジは私が転向せずにこの学校にいる理由をしってるのかな?
私はシンジの傍にいたくて、残ってるのよ。
でも、シンジは知らないだろうな。
だってシンジだもの。
シンジがマナの方を見て不思議そうな表情を浮かべる。
ついみとれちゃった。
マナはにっこり微笑んで首を振り、視線を足元に落とす。
街灯のおかげで真っ暗ではない。
月の光もあるせいか、不安になるほどあたりは暗くなかった。
それにシンジもいてくれるし…
「どうしてなんだろうね。」
ふとシンジがそんなことを呟く。
マナはどきりとしてシンジを見る。
シンジは首をかしげながら、話を続ける。
「半分くらいとは一緒の高校行くけど…残り半分とは別れることになるよね。」
「うん。そうだね。」
「でも、あんまり寂しいとは思わないんだ。なんか実感が沸かないって言うか、
4月になってもやっぱりみんなと一緒にいる感じがして。」
シンジは苦笑を浮かべてマナを見る。
「マナは4月からハワイだよね。」
マナはこくこくうなづく。
当然シンジも知っているはずだが、
何か気に掛けてもらっているようでうれしかった。
「でも、やっぱり4月になって高校に行ってもマナがいるような気がして。」
「そうなの?」
マナはじっとシンジを見つめる。
その視線を見てシンジは首を振って答える。
「やっぱり変わらない日常が続く気がして…」
くすりと笑いを漏らすと、シンジはマナに微笑みかける。
「ごめん…なんか変な話だよね。」
「ううん。そんなことない。」
マナは真剣な表情で答える。
街灯の下でマナの髪が微妙な色合いで輝く。
シンジは目を細めてマナを見る。
「髪…きれいだね。きらきら輝いてる。」
「え?」
シンジははっと我に返り、慌てて手を振って答える。
「何か変なこと言ったよね…忘れて。」
「う、うん…」
残念、すごく嬉しかったのに。
そんな風に慌てて訂正しなくてもいいのに。
マナは内心そう思いシンジを見つめる。
本当に、にぶいんだから。
でも、そんなシンジをマナは好きなのだった。
「碇…シンジ君?」
隣に座った少女が自分の名前を呼ぶのを聞いてシンジは顔を上げた。
ショートカットのかわいい女の子がシンジの方を見ていた。
「うん。そうだけど。」
「本日、わたくし、霧島マナは碇シンジ君のために早起きをして、この制服を着てまいりました…」
急なことできょとんとして返事が出来ないシンジ。
そんなシンジを見て、やわらかな笑みを浮かべマナは続けた。
「どう、似合ってるかな?」
その笑みはシンジの印象に残る笑みだった。
花が咲くってこんなのだろうな。
その笑みを見たとき、シンジはそう思った。
マナはそんなシンジを見て、不安そうな表情になる。
「もしかして…似合ってないかな?」
マナは自分の制服姿を見下ろす。
慌てて、シンジは答えた。
「ううん。似合ってると思うよ。」
「そう…よかった。」
ほっとため息をつき、また笑顔を浮かべるマナ。
すごく笑顔がかわいい子だな。
いつも笑っていて欲しいな。
そんな考えが浮かび、シンジは苦笑する。
何考えてるんだろ。
初対面なのに。
初対面といえばこの子も不思議な感じがする子だ。
「ところで…碇くんに…お願いがあるの…」
マナはシンジに顔を寄せる。
シンジは少しだけ引きながら答える。
「何?」
「私のことマナって呼んで。」
シンジは面食らって黙り込む。
そして、しばらく考えた後、答える。
「なんだか、恥ずかしいよ…」
マナはぷうっと頬を膨らませて、そっぽを向く。
「呼ばないと、もう口利いてあげないから。」
シンジは困った表情を浮かべる。
「そういうの僕のキャラクターじゃないし。」
「あっそ、じゃ、もう話してあげない。」
そう言うと、マナはシンジに背を向ける。
「…待ってよ、心の準備するから。」
それを聞いて、マナはくるりと振り向く。
「はい。」
二人の間に流れる沈黙。
きっちり1分が時間が経過して、シンジが口を開く。
「…マナ」
マナは満面の笑みを浮かべて答える。
「なぁに?碇くん。」
「…やっぱり恥ずかしい。」
「じゃあ、私も碇くんのことシンジって呼ぶから。」
シンジは苦笑する。
「それってどう関係があるの?」
「だって、お互い名前で呼び合えば、恥ずかしくないでしょ?」
「そうかな。」
首をかしげるシンジに自身満々で答えるマナ。
「そうです。」
二人は顔を見合わせて、吹きだした。
「二人のデートの記念になるよ…」
マナはそういうと、近くにいた人にシャッターをお願いしに駆け出した。
デートの記念か…
シンジは眼窩に広がる湖をまぶしげに見下ろした。
太陽の光が湖に反射して、まぶしく輝いている。
程なくマナは一人の女性を連れてきた。
「じゃあ、そこに並んで…彼氏、表情が硬いぞー。
もっとにっこり微笑んで、彼女の肩ぐらい抱いたらどう?」
びっくりしたようにマナを見るシンジ。
マナはにっこり微笑んで、シンジの腕を取る。
「はーい。チーズ。」
カメラをマナに渡しながら、その女性はシンジにウインクする。
「そんなことじゃ、将来彼女の尻に吹かれるぞー。」
と、一人の男性がその女性の名前を呼んだようだ。
その女性は振り向いて、手を振る。
「加持くん、こっちよー。」
そして、その女性は二人にウィンクした。
「連れが来たみたいだから、アタシ行くね。」
そして、その女性は男性の元に歩いていった。
「なんか、すごい人だったね。」
「そう?でもすごく行動力がありそう。」
二人は顔を見合わせる。
「で、これからどうしようか?」
展望台から、ふもとに下る緩やかな階段を降りながら、
シンジはマナを見る。
「あのね…ふもとに温泉があるの…それで入りたいなって。」
「温泉か…いいね。」
シンジはあっさりと承諾したが、数十分後にそれを後悔することになる。
「まさか?」
シンジは信じられないものを見たかのように絶句する。
それに対しマナは落ち着いて答える。
「そのまさかよ。」
マナはにっこり微笑んで、シンジに手招きをする。
「どうして、そんなに離れたところにいるの?
こっちに来て欲しいな。」
シンジは首をぶるぶる振って答える。
「駄目だよ。どうして混浴って教えてくれなかったの?」
「だって、混浴だってわかっても入ってくれた?」
「そんなの入るわけ無いよ。」
「だから、黙ってたの。」
マナは立ち上がりシンジの傍に歩いていく。
バスタオルを巻いているが、お湯に使っていたため、
体にぴったり張り付いている。
シンジにとっては目の毒以外の何物でもなかった。
「ちょっと、どうしてこっちに来るのさ?」
シンジは一歩、二歩と後ずさる。
「だって、せっかくの混浴だから…」
マナはシンジの腕をつかむと腰を下ろす。
「あ、あのね…」
シンジはあまりのことに声が出ない。
「えー?だって、こうしたかったから…」
マナの頬がほんのり桜色に染まっている。
まずい。
ひじょうにまずい。
このままだとぼくは…
どうしよう。
でも、がまんしなきゃ。
思考回路が平仮名になってしまうほどシンジは動揺していた。
「マナ、僕達まだ中学生だよ。」
「それがどうかしたの?」
マナは平然と答える。
そして、シンジの腕をぎゅっと抱きしめる。
マナのタオル越しとはいえ、胸が当たる感触がシンジの混乱に拍車を掛ける。
耳まで真っ赤になってシンジがかろうじて答える。
「ごめん…腕放してくれない?」
「どうして?」
身を乗り出して、シンジの顔を寄せるマナ。
シンジは泣き笑いの表情を浮かべる。
「のぼせ…そう…だから…」
「え?」
慌ててマナは腕を放す。
シンジはよろよろと立ち上がると、温泉から出て座り込む。
「大丈夫?」
「もう、マナって…どうしてそんな意地悪…するのかな?」
それを聞いてしゅんうつむき、マナは謝る。
「ごめんなさい…」
しかし、そんなマナを見ると、シンジもつい怒る気がうせてしまう。
「いいよ。でも、もう少しだけ僕のことも考えて。」
「うん…」
「はい、バレンタインのチョコ。」
マナは帰り道、かばんの中からひと包みのチョコを出して、シンジに渡す。
「へ?」
シンジは驚いた表情をして、マナを見る。
「義理だよ。義理。」
マナは頬を真っ赤に染めてうつむきながら答える。
しかし、そんな態度ではとても義理チョコを渡しているとは思えない。
シンジはそれを受け取ってマナを見る。
「うまく出来なかったけど…」
シンジは慌てて首を振る。
マナからもらえるなんて思っていなかったから。
少しびっくりした。
「ううん。嬉しいよ。ありがと。」
「義理なんだからね。」
もう一度念を押すマナにシンジは微笑む。
「うん。義理チョコありがたくいただきます。」
「よろしい。」
マナは満足したように答えるが、内心は後悔の嵐だった。
あーん。
本当はシンジのために作ったのに。
どうして義理だなんて言うのよ。
もう、私のバカバカ。
あーあ、シンジ勘違いしないかな。
私が他の男の子に本命を渡したとか。
どうしよ。
そんな風に思われたら大変だよ。
なんとかしなくちゃ。
「えーっと…今年は本命がいなくて…」
「ふーん。じゃ、去年とかはいたんだ?」
シンジのその一言にパニックになるマナ。
あー!
完璧に誤解された?
どうしよ。
どうしよ。
シンジが変な誤解しちゃった。
それに別に何も言わなくても良かった気がする。
別に本命の話ってしてないじゃない。
そんなマナを見て、シンジは笑みをもらす。
「誰か好きな人いるんだ?」
マナはそれを聞いて、両手を握り締め、小さくこくりとうなづく。
シンジは少し驚いたような表情を浮かべるが、さらに尋ねる。
「その人って、僕の知ってる人?」
こくり。
「もしかして、僕達と同じクラス?」
こくり。
シンジは何故かこれ以上は聞いてはいけない気がして、
それ以上聞くのをやめることにした。
「これ以上は聞かないほうがいいかな。」
それだけ言うと、シンジは違う話に話題を切り替えた。
マナはほっとしたような、残念なような気分を味わいながら、
シンジの話に耳を傾けた。
「きれいな夕日…」
マナは今まさに水平線に沈んでいこうとする太陽に視線を向ける。
足元まで波が打ち寄せ、水平線は夕日で真っ赤に染まっている。
砕ける波頭がきらきらと光る。
背中から吹く風に髪がさらわれマナの顔を隠す。
シンジはその様子に視線がうばわれる。
髪を右手で押さえて、ふとシンジの方を見るマナ。
少しはにかんでマナはまた視線を海に戻す。
「来て良かったね…」
シンジも視線をマナから太陽に移す。
もう、水平線に半分ほど隠れてしまった。
頭上には夜の闇が迫ってきている。
「うん。トウジくんに感謝だね。」
くすりと笑みをもらしシンジに視線を向ける。
「そうだね、まさかトウジの親戚が旅館経営してるなんてね。」
そして、太陽は水平線に隠れてしまう。
黄道光が縦長に伸びる。
まるで光の柱だ。
マナはふとシンジの横顔に視線を移す。
その横顔hが太陽が放つ残光に薄いオレンジに輝く。
もう、夜がそこまで迫ってきている。
頭上では夏の星達がきらめき始める。
シンジは…
私のことどう思っているのだろう。
最近一緒にいる機会が多い。
シンジは気付いているのかな?
それとも全然気にしてない。
どっちなのだろう。
私はシンジと離れたくない。
一緒にいることが出来るのが、
あと2週間と知ったらシンジはどう答えてくれるんだろう?
シンジ…
私…ね…
離れたくないよ。
まだ一緒にいたいよ。
どうすればいい?
この気持ち。
押さえることなんて出来ないよ。
「マナ?」
マナの視線に気付いたシンジがマナの方を向くが、
驚いた表情を浮かべる。
「どうしたの?」
マナは慌てて、顔を伏せる。
泣いちゃってるの?私。
「…ごめんなさい…」
「これ使ってよ。」
シンジはハンカチをマナに手渡す。
それで涙をぬぐって、マナはにっこり微笑む。
「ありがと…これ、洗って返すね。」
「いや、そんなことしなくても…」
マナは首を振る。
「お願い。」
その強い口調にシンジは不思議そうな表情を浮かべうなづく。
そして、マナをじっと見つめる。
今の涙。
何だったのだろう?
目にごみが入った?
それにしては思いつめた表情をしていた。
何かあったのかな?
でも、あったとしても、僕がそれを聞いていいのだろうか?
マナはいつものようににっこりと微笑むと、シンジの手を取る。
「ね、そろそろ帰りましょ。みんなが待ってるよ。」
「う、うん。そうだね。」
二人は堤防のほうに向かって歩き出した。
その日、マナはシンジを公園に誘った。
もう冬が終わり春が始まろうとしている時期。
この春シンジ達は新しい生活をはじめる。
「どこだろ?」
シンジは公園の歩道を歩きながら、マナを探す。
「ここだよー。」
とあるベンチの下でマナが手を振る。
シンジはそのマナの元に早足で歩いていく。
そのベンチの頭上には桜の木が枝を伸ばしていた。
いくらかは花を咲かせているが3分咲きといったところか。
「ごめん、この公園広くて。」
「ううん。私も来たばかりだから。」
いつも二人で待ち合わせして、シンジが遅れたときに
マナがにっこり微笑んで答えるセリフ。
しかし、今日はその表情が少し硬く見える。
どうかしたのかな?
シンジは心の中で首をかしげる。
しかし、そんな微妙な表情の変化を
自分が感じることができるということにシンジは少し驚いていた。
そうだよね。
最近は結構一緒にいたから。
そのマナの隣に座るシンジ。
「今日はどうしたの?」
マナはうつむく、最近髪を伸ばし始めたので、
その横顔が髪で隠れる。
「あのね…私、あさってハワイに発つことになったの…」
「そうか…」
シンジはちくちくと胸を刺す痛みを感じながらそう答えた。
分かっていたことだけど、やはり口に出されて言われると、
急に現実味を帯びて感じられる。
「用意とかはいいの?」
「うん。もう終わってるの。荷物は全部送ったし。」
「そう…」
シンジは何を言っていいのかわからずに黙り込んでします。
彼女と会えなくなるのはとても寂しい。
でも、それはかなり以前からわかっていたことで、
いまさらそれをどうこういえるものでもなかった。
でも、どうして僕は…
こんなに苦しいのだろう。
マナはくすりと笑みをもらすと、顔を上げる。
頭上の桜に視線を向けつぶやく。
「せめて、満開になるまではいたかったけど…」
「そうだね…」
シンジは視線を上げる。
「ねぇ…」
「なんだい…」
「桜が満開になったら、何枚か写真とって送ってくれる?
できれば、みんが行く高校でみんなで撮った写真がいいな。」
マナはそんな事を言って、シンジを見つめる。
シンジは大きくうなづく。
「うん。わかった。送るよ。」
「住所は知ってるよね。」
「うん。前もらってるから。」
「そこに送ってね。」
「わかった。」
二人は公園を出て、大通りの歩道をゆっくりと歩いていく。
レンガ作りの歩道を並んで歩く。
平日のお昼の時間のためか、歩道にはたくさんの人が歩いている。
ふと、マナは何か思い出したように、かばんから何かを取り出す。
「そう…これを渡したくて。」
マナは持っているものをシンジに見せる。
「これは?」
「秋にデートしたときの写真よ。」
にっこり微笑むマナ。
シンジはその写真をじっと見つめる。
写真の仲の二人は微笑んでいた。
シンジは少し照れくさそうな。
そして、マナはいつもの満面の笑み。
ずっと見ていたいようなそんな微笑。
「写真大切にしてね。」
マナはシンジの右手にその写真を握らせる。
そして両手をかぶせる。
シンジの手、これでもう握れないんだね。
マナはじっとシンジの手を見つめる。
そしてうつむく。
言わなきゃ、後悔したくない。
今、言わないと絶対後悔する。
そして、小さくささやく。
今までずっと言おうとして言えなかった言葉。
シンジは右手を握っているマナの両手が震えていることに気付く。
「私、シンジのこと好きでした…」
ふうと小さく息をつき、にっこりと微笑むマナ。
やっと言えた。
もう、これで会えなくなるけど、
それでも、言えて良かった。
シンジには知っていて欲しい。
私がどう思っていたか。
シンジの傍にいた理由を。
シンジはその笑みを見つめる。
いつもの笑み。
でも、いつもとは違う笑み。
マナは僕のこと…
僕は…
シンジは初めてマナの笑顔を見た気がした。
「ずっと好きでした…シンジは知らなかったでしょうけど…」
シンジをちらりと上目使いで見た後、
マナは視線を足元に落とす。
そう多分、シンジは気付いていなかったのだろう。
仲のいいクラスメート。
そう思われても仕方が無いところもある。
私もはっきりしなかったし。
でも、ひとつだけお願いがあるの。
「お願い…」
くるりとシンジに背中を向けるマナ。
大きく息をつくその肩が震える。
「私のこと…」
そして、マナは小さく呟いた。
それは本当に小さくて、周囲の雑音に消え入りそうな震える声。
「忘れないで…」
マナは駆け出した。
さよなら、シンジ。
私、3年間だけど、シンジの傍にいられてすごく楽しかった。
もう会えないかもしれないけど、私のこと忘れないで。
お願い。
初めて会った時。
名前で呼び合うことをからかわれた時のシンジの言葉。
お弁当の交換をしていっしょに食べたね。
林間学校で一緒にみた星。
私のために花火を買ってきてくれて、二人で花火をしたね。
私が階段を踏み外したときに保健室まで運んでくれたね。
プール授業で起こったハプニング。
コンタクトを落としたのを一緒に探してくれたね。
校舎の屋上でみた虹。
桜の花を一緒に見に行ってお酒飲んじゃったね。
放課後の教室でのたわいない会話。
文化祭での喫茶店でのこと。
風邪を引いたときにお見舞いに来てくれたね。
初めてシンジの部屋に行った時のこと。
そして、そのときのキス。
卒業アルバムの写真を一緒に選んだね。
マラソン大会を途中ですっぽかして遊びに行ったね。
終電を待つのホームでのこと。
そして、二人で撮った写真。
二人で見たもの。
二人でしたこと。
二人で感じたこと。
全部、忘れないで。
覚えていて。
私は忘れない。
ううん。忘れられないよ。
こんなにいっぱいシンジとの思い出があるんだもの。
忘れられるはずが無い。
どうして、
どうして、こんなにシンジとの思い出があるんだろう。
シンジは一瞬躊躇するがその後ろ姿を見送る。
首を振るシンジ。
どうして僕は気付かなかったのだろう。
右手に持っている写真を見つめるシンジ。
それは二人が写っていた。
そう、これは二人だけで行った湖での写真。
展望台で記念に撮った一枚。
たった一枚の二人で写っている写真。
「二人のデートの記念になるよ」
彼女はそう言っていた。
僕はどうして、彼女をちゃんと見てあげなかったのだろう。
僕の思い込みで彼女はどれだけ苦しんだのだろうか。
そして…
僕はどうしてこんなに苦しいのだろう。
マナ…
僕は、君のことを…
すきだったんだ…
そして2日後、マナは旅立った。
4月。
シンジは約束通りに写真をマナの元に送った。
同じ高校に進学したクラスメートに声をかけ、
高校の敷地内にある桜の木の下で写真を撮った。
そして…
マナは日本から送られてきたエアメールを手に椅子に座る。
中には何枚かの写真と何枚かの手紙が同封されていた。
それはシンジにお願いしていた、桜とクラスメートの写真。
そして仲の良かった何人からかの手紙。
写真に写っているクラスメートは半分しかいないが、みんな笑顔を浮かべている。
彼女はその写真に食い入るように見つめる。
みんな…
そして、写真の中には彼女がまだ一番好きな彼が写っている。
シンジ…
少しやせたように見えるけど…
元気かな?
手紙を一枚づつ読んでいくマナ。
新生活のことや、クラスのことなどさまざまなことが書かれていた。
でもシンジからの手紙は無かった。
シンジ…
私はまだシンジのこと忘れられないよ。
シンジはどう?
…
マナは椅子から立ち上がりラナイにでる。
目の前に広がる青い海を見つめながら写真を見る。
会いたいな…
シンジの顔が見たいよ。
シンジの声が聞きたいよ。
シンジに触れたいよ。
私はどうすればいいの?
ふと誰かに名前を呼ばれた気がする。
マナはきょろきょろと周りを見まわす。
そして…
マナは目を疑う。
うそ…
どうしてここに?
マナは瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。
お願い。
見間違いでありませんように…
そしてゆっくりと瞳を開ける。
マナの瞳が輝く。
やっぱりそうだ…
間違いない…
マナに手を振ってこちらに駆け寄ってくるのは…
「シン…ジ…」
シンジがマナの名前を呼びながら駆け寄ってくる。
マナはラナイから飛び出て、シンジの元に駆け寄った。
そして…
あとがき
どもTIMEです。
部屋70000ヒット記念「忘れないで」です。
今回はまずかったです。
何がまずかったかって、70000ヒットをカウントしたのを確認してから
書き始めたんですよ。
だから、構成をゆっくりと考える暇がありませんでした。
そのせいか何か大味になってしまった気がしますが、
結果的にはまとまったと思うので公開することにしました。
今までマナのお話で、元ネタってあんまり使ってなかったので
今回は使ってみましたが、どうでしょうか?
しかし、こんな関係なのにシンジは気付いてなかったというのは
かなり…な感じですねぇ。
TimeCpasuleを連載するようになってからですが、
よく感想のメールもいただきます。
物書きにとっては感想メールをいただけるとすごく嬉しいです。
また、読者の方の反応とかを知ることが出来るので、
その後の展開を考える上での参考にもなりますし。
というわけで感想メールお待ちしております。
では、連載のほうでお会いしましょう。