「ねぇ、シンジ。今日はどうしてゆっくり歩いているの?」
シンジの右腕を取って、シンジと歩調を合わせて歩いていたアスカは、
シンジの顔を見て不思議そうに尋ねる。
確かに、シンジは意識してゆっくりと歩いていたが、それは。
「だって、アスカ着物だから、いつもと同じようには歩けないでしょ。」
シンジは照れくさそうに、アスカの方を見ないで答える。
心なしか頬が赤く染まっているようにアスカには見えた。
1月1日午前1時。
新しい年になってまだ1時間しかたっていない。
空は晴れていて、三日月が銀色の光を放っている。
深夜だけあって、かなり寒い。
二人の吐き出す息も白い。
周りはシンジ達と同じく参拝客でいっぱいだった。
シンジはその中をあせらず、ゆっくりとアスカをリードしながら歩いていく。
アスカは納得したようにうなずき、答える。
「そうね、確かにこれじゃ、いつも通りにはいかないわね。」
アスカは自分の着物を見る。
鮮やかな赤。
いつもはおろしている髪も今日は結い上げられている。
そして、何よりもシンジの目を引いたのは…
「どしたの?」
アスカの顔をじっと見詰めているシンジの様子に、アスカは少しおかしそうに尋ねた。
シンジは我に帰ったようにはっとすると慌てて首を振る。
「ううん。なんでもない。」
その唇にひかれた、赤い紅。
いままで、アスカが口紅をひいたのをシンジは見たことがなかった。
なぜかな?
すごくアスカが大人っぽく見える。
それに今日はいつもよりおしとやかだし。
実は着物のせいであまり身動きが取れないのだが、
それがかえってシンジを動揺させる結果となっている。
「それにしても凄い人ねぇ。みんな他にすること無いのかしら。」
そのアスカのセリフにシンジはおもわず苦笑を浮かべる。
やっぱりアスカだな。
ようやくアスカらしいところが見れてシンジはほっとしたようだった。
「まぁ、僕たちも同じように来てるんだから人のことは言えないけどね。」
シンジを見て、ぷっと頬を膨らませるアスカ。
すねたようにそっぽを向く。
シンジはそんなアスカの表情を見ても、笑みを絶やさない。
このような表情を浮かべる時のアスカはどちらかといえば、
怒っているのではなく、すねているとシンジは経験で悟っていた。
「シンジがどうしてもっていうから、アタシはついてきただけよ。
本当はヒカリ達とお出かけだったんだから。」
シンジは少し驚いた表情を浮かべ、尋ねる。
先約があったとは聞いていなかったからだ。
「え?洞木さんと約束してたの?」
「えぇ、そうよ。」
「…だったら、僕の誘いなんて断ってくれても良かったのに。」
それを聞いてアスカはシンジの右腕をぎゅっと握る。
そして、シンジの耳元に顔を寄せて小さな声で囁く。
アスカの息が耳にかかる。
いきなりのことでシンジの鼓動が早くなる。
「だって…せっかくシンジ…が誘ってくれたのに…」
そして、顔を放して、シンジの顔を上目使いで見つめる。
その瞳の見つめるシンジ。
アスカがくすりと笑みを浮かべて首を振る。
「せっかくだから…二人でおでかけしたくて…」
そこまでいうと我慢できないように恥ずかしそうに顔を伏せる。
いつもなら、アスカの長い栗色の髪が顔を隠してしまうのだろうが、
今日は髪を上げているため、真っ赤になった頬がシンジの瞳に映る。
「ありがと…僕もすごく嬉しい。」
アスカは顔を上げないでこっくりと肯く。
そして、二人はそのまま、境内目指して歩いていく。
石畳にそって、五分ほど歩くと、お賽銭箱の前にたどり着いた。
「ね、アスカは何お願いするの?」
「ないしょ。」
アスカはそれだけ言うと、手を合わせてぶつぶつとお願い事を言いはじめる。
シンジも苦笑を浮かべ、それに習う。
願い事が終わって、シンジが目を開けて、隣のアスカをみる。
しかし、アスカはまだ熱心に願い事をしている。
何お願いしてるんだろ?
「ど…か、しん…いっし…られ…ように…」
断片的にアスカの願い事が聞こえてくるが、シンジには何だか分からない。
まぁ、いいや。
あんまり人の願い事を詮索するのもね。
でも…
なんだか、今日のアスカって…
と、願い事が終わったようで、顔を上げシンジの方を向くアスカ。
「ふう、シンジはもう願い事終わったの?」
「うん。おわったよ。」
「じゃ、次はおみくじね。」
二人は脇にあるやしろに向かう。
お金を払って、おみくじをそれぞれひく。
がさごそと畳まれているおみくじを開ける。
「ねぇ、どう?」
「うん。小吉だって。アスカは?」
「アタシは大吉よ。やっぱり日頃の行いがいいから。」
アスカは胸を張って答える。
「はいはい。」
シンジはいつものことのように受け流す。
アスカはむっとして、シンジの腕を取る。
驚いて、アスカの顔を見るシンジ。
「何か言った?」
「ううん。なんでもないよ。」
「そう。じゃあ、帰りましょ。」
アスカはそれだけ言って、シンジの腕を取って歩き出した。
シンジは不思議そうにアスカを見る。
その視線に気がつきシンジの顔を見るアスカ。
「どうかした?」
シンジは首を振って答える。
「ううん。なんでもないよ。」
二人は並んで歩き出す。
石畳の道を来た時と同じようにゆっくりと歩き出す。
シンジは素直におとなしく歩いているアスカに尋ねる。
「帰ったら、どうするの?」
「うん…」
二人は鳥居を抜け、階段をゆっくり降りていく。
アスカは顔を上げ、にっこりと微笑む。
「シンジにお願いがあるんだけど。」
「何?」
アスカはきょろきょろ周りを見渡してふうとため息をつく。
周りには、今からお参りに行く人達と、帰る人達がかなりいた。
そんなアスカをシンジは不思議そうに見つめる。
「うーん。もうちょっと待ってね。」
アスカはそれだけ答える。
シンジは不思議に思いながらも、歩き出す。
しばらく歩き、人気のない路地に入る。
ここから、二人の住んでいるところまで歩いて10分ぐらいだ。
と、いきなりアスカが立ち止まる。
「どしたの?」
と、アスカはにっこり微笑むとシンジの首に腕を回す。
「へ?」
シンジは慌てて、アスカの顔を覗き込む。
アスカは黙ったままシンジの瞳を見つめる。
絡み合う視線。
瞳から何かを読み取ろうとシンジはじっとアスカの瞳を見つめる。
しかし、シンジが何かを読み取る前にアスカが行動を起こしていた。
ゆっくりと、シンジに顔を寄せるアスカ。
「あ、アスカ、だめ…」
シンジの唇がふさがれる。
もちろん、ふさいだのはアスカの唇。
「もう…」
シンジはそれだけ言うと、アスカを睨む。
そしらぬ顔でそっぽを向くアスカ。
そのアスカの顔を両手ではさむように自分の方に向けさせるシンジ。
「どうしてそんなことするのかな?」
シンジの手に自分の手を重ねて囁くアスカ。
甘えるような声は、シンジの前でしか出さない声。
「だって…したかったんだもの。」
そして、上目使いで、シンジを見上げる。
こうすれば、シンジが許してくれるのは知っていたから。
シンジはどうしようか考えた挙げ句、あきらめて手を放す。
「もう、いいよ。」
うっ。この目には弱いんだよな。
シンジはそんな事を考えながらアスカを見る。
アスカは予想通りのシンジの反応に笑みをもらす。
「付いちゃったね。」
シンジの唇を指を当てるアスカ。
慌てて、口をぬぐおうとするシンジをとめて、
アスカはハンカチを出す。
そして、シンジの唇をぬぐう。
「じっとしててね…」
シンジはにっこりと微笑む。
「ありがと…」
アスカははにかんで、シンジの腕を取る。
「さ、行こっか。」
二人はゆっくりと歩きはじめた。
「ね、寄っていってよ。」
アスカは玄関のドアの前でシンジの袖を引っ張る。
時計を見て、ため息をつき答えるシンジ。
「でも、もう夜中の2時だよ。」
「いいから、来て。」
アスカの口調に少し驚いた表情を浮かべるシンジ。
しかし、首を振って、小さく首を振る。
「じゃ、少しだけだよ。」
「うん。ありがと。」
ありがと…か。
最近のアスカって素直になったよな。
うれしそうなアスカの横顔を見て、シンジはそんなのことを考えていた。
「さ、あがって。」
靴を脱いで、部屋に上がるシンジ。
きょろきょろとあたりを見回す。
そして、不思議そうにアスカに尋ねる。
「ね、おじさんとおばさんは?」
アスカはシンジの方を振り返り、にっこり微笑む。
「でかけてるみたいね。」
その言葉にシンジは苦笑する。
そして、アスカにまた尋ねる。
「知ってたんでしょ?出かけてるの。」
アスカは笑みを浮かべたまま答える。
「うん。知ってた。」
シンジはため息をつき、ソファに座り込む。
その隣にちょこんとアスカが座る。
そして、シンジの顔を覗き込む。
シンジは苦笑を浮かべたまま、アスカを見る。
「で、アスカは何がしたいの?」
アスカの頬に触れて、シンジは首をかしげる。
じっと、シンジを見つめて、アスカは答える。
「一緒にいて…独りじゃ寂しいから。」
シンジの手がアスカの頬から顎へと伸びる。
「わかった…じゃ、着物脱いでおいでよ。そのままじゃ苦しいでしょ。」
ふるふる首を振って、アスカはシンジを見る。
はにかんでいるが、その瞳は潤んでいる。
アスカもこういう表情をするようになったんだ。
ずっと昔から一緒にいたけど…
シンジはアスカをじっと見つめながら、そう感じた。
「…シンジにお願い…したいな…」
甘えるようにシンジに答えるアスカ。
そして、顔を寄せてきた。
今度はシンジも素直に受け入れる。
交わしたキスはいつもより少しだけ長かった。
部屋の床に、アスカの着物と、シンジの服が脱ぎちらかされている。
シンジはアスカに腕枕をして、眠っている。
アスカはシンジの顔をじっと見詰めていた。
ふと、シンジが息をつく。
アスカは思い切って声をかける。
「シンジ。」
シンジは息をつき、そして目を開ける。
アスカににっこりと微笑む。
「ごめん。寝ちゃったみたいだね。」
アスカは首を振って答える。
シンジの鼓動が聞こえてくる。
とても、気持ちがいい。
「ううん。大丈夫だよ。多分今日の昼頃までは帰ってこないから。」
シンジはアスカの方に身体を向けて、腰に手を回す。
「でも、おばさんにはバレてるよね。」
「うん。たぶんね。」
アスカはくすくす笑った。
そして、上目使いでシンジを見つめる。
からかうような表情を浮かべてシンジに尋ねる。
「やっぱり、恥ずかしい?」
「そりゃね。いくら付き合いが長いって言っても。」
アスカはシンジの耳元に顔を寄せて囁く。
さらさらとアスカの髪が音を立てた。
「でも、相手がシンジで安心してるみたいよ。」
「はぁ、責任重大だよ。」
シンジはおおげさにため息をついて見せる。
アスカはまたくすくす笑う。
そして、シンジの首に手を回して顔を寄せる。
「シンジは何をお願いした?」
「お願い?神社で?」
「うん…」
シンジは微笑んで、アスカの肩を抱く。
「たぶん、アスカと同じ事だよ。」
「ほんとに?」
アスカは顔を寄せて、シンジの額に自分の額をこつんと当てる。
シンジの息が聞こえる。
そして、小さな声で耳元に囁く。
「アタシはずっとシンジの側にいられますようにってお願いしたの…」
シンジの瞳を見つめるアスカ。
そして、うつむく。
「シンジじゃなきゃ嫌だったから…」
シンジの手が伸び、アスカの髪に触れる。
「ありがと…僕も、アスカとずっと一緒にいられますようにってお願いしたよ。」
「うれしい…」
微笑み会う二人。
そして、キスを交わす。
カーテンの隙間から三日月が銀色に輝いていた。
あとがき
どもTIMEです。
部屋50000ヒット記念SS「お願いごと」です。
今回はアスカです。
実は初めて書く正月SSですが、まぁそれなりにまとまったのではないかと。
なんか、アスカの話は大人のお話になってしまいますね。
#特に意識はしてないのですが。
TimeCapsuleの更新が順調だったおかげか、
40000から50000は早かったですね。
次は60000を目指すわけですが、
気持ちも新たにがんばりますのでよろしくお願いします。
では連載でお会いしましょう。