私は鏡に映った顔をじっと見つめる。
髪はまだしっとりと濡れていた。
タオルで髪を包みなおして、バスタオルが落ちないようにもう一度体に巻きつける。
小さくため息を一つ。
そして、まじまじと鏡に映っている顔を見る。
はぁ、どうしよ…
私は自分の憂鬱そうな顔を見てまたため息をつく。
今、私には悩み事があった。
それは…
「シンちゃん、本当に私のこと好きなのかなぁ?」
シンちゃんが私に告白してくれたのはもう1ヶ月も前のこと。
すごく嬉しかった。
もちろん私は即OKして、二人は付き合い始めた。
それから毎日のように一緒に学校に行って、
一緒にお弁当食べて、
一緒に帰っているのに。
それなのに。
まだ手もつないでいない。
シンちゃんはそういうことには奥手なだけなのかな?
一度すごく良い雰囲気になったのに、
何もしてくれなかった。
どうしてなのかな?
私はもっとシンちゃんに触れたい。
でもシンちゃんはそう思ってないのかな?
私に全然触れてくれない。
…
…
「くしゅん。」
ちょっと寒い…かな?
4月と言っても、まだ夜は寒いよね。
私は立ちあがってバスタオルをはずす。
ぱさりとちいさな音を立ててバスタオルが床に落ちる。
え〜っと着替えは…
出してあった下着を手早く身につける。
ふと鏡の方を見ると、全身が写っていた。
…
パジャマを身に着けまた鏡の前に座る。
シンジに告白されるまでは付き合うようになれば、
悩まずに済むと思ったのに。
じぃっと自分の顔を見つめる。
そしてしばらく見つめた後、大きく頷いた。
そうよ。
待っているだけじゃ駄目だよね。
私からアプローチしないと。
幸い明日はシンちゃんとデートなんだから…
…
うん、決めた!
明日の目標!
シンちゃんと手をつなぐこと!!
めぞん200万ヒット記念SS
「手をつなごう」
SIDE A REI
TIME/99
「う〜ん。」
レイはそう唸った後、鏡の前でくるりと回っる。
う〜ん。
スカートがちょっと短いかな?
濃い紺色のワンピースタイプのその服はスカートの裾が膝から10センチほどだった。
どうしよ?
でも、せっかくのデートなんだし、
手をつなぐとゆー目標のためには多少は冒険しないと…
窓から朝日の柔らかい日差しが指しこんできている。
どこからかすずめ達の鳴く声も聞こえてくる。
首を傾げて考え込んでいたレイだったが、大きく頷く。
「うん。これで行こう。」
レイは壁にかかっている時計を見ると、
手早く机の上に置いてあったものを小さなかばんに詰める。
そして、とたとたと足跡を響かせて部屋から飛び出して行く。
そのままリビングを突っ切って玄関の方に向かう。
「今日は何時ころ帰ってくるの?」
母親が座りこんで靴を履いているレイに声をかける。
レイは右足の方の靴をはいて左足にとりかかる。
「う〜ん。夕方かな?晩御飯までには帰ってくるよ。」
「そう…別にお泊まりでもいいわよ。」
レイはその母親の言葉ににっこり笑って答える。
「そう?じゃあ、そおしよっかな?」
その答えに母親は参ったとばかりに手を上げる。
「そりゃ、大変ね。お父さんが怒鳴り込むわよ、その彼の家に。」
靴を履いて勢いよく立ちあがるレイ。
「そうね…やっぱりちゃんと帰ってくるよ。」
「そうしなさい。」
にこにこ微笑む母親に手を振ってレイは玄関のドアを開ける。
「じゃあ、行ってきま〜す。」
「いってらっしゃい」
レイは階段をゆっくりと降りながら時間を確認する。
父親から誕生日プレゼントで買ってもらったその時計は
一風変わったデジタル時計だった。
「うん。ゆっくり歩いて行っても待ち合わせには間に合うね。」
マンションから出てレンガを敷き詰められた歩道を駅のほうに向かって歩いていく。
春の暖かな日差しを浴びてレイは大きく背伸びをする。
「良い天気ね。こんな日にお昼寝とかすると気持ちいだろうな。」
まだ起きて間もないのにそんなことを考えながら、
レイは昨日の夜に決めたことを反芻する。
とりあえず、今日の目標は…
シンちゃんと手をつなぐこと。
今日は一緒に水族館に行くから、
二人でまわっている間にチャンスはいくらでもあるはず。
これはもう達成したも同じね。
今日からはもう待たないんだから。
含み笑いをしながらレイは歩道を歩いて行った。
シンジは待ち合わせの噴水前にやって来た。
噴水前できょろきょろとあたりを見まわす。
そして、時計を見て時間を確認する。
う〜ん。
やっぱり早かったな。
母さんが早く行けってうるさいから出てきたけど。
まだ20分もあるよ。
もう一度あたりを見まわすが、やはりレイの姿は見つからない。
噴水の端に腰掛けシンジは息をつく。
やっぱりまだどきどきしちゃうな。
綾波とデートするのこれで3回目だけど、まだ何か妙に緊張しちゃうなぁ。
…
不思議だね。
付き合う前の方が、あまり意識してなかった気がする。
少しずつマシになってるけど、
最初のころは一緒に学校行くだけでもすごくぎくしゃくしてて。
今でも時々すごく気まずくなったりするんだよな。
好きだと告白したのに。
綾波も僕のこと好きだと言ってくれたのに。
それに…
付き合ってもう1ヶ月経つのに…
まだ、僕は綾波の手も握ったことがない。
別に意識してるわけじゃないけど、妙に気が引けちゃって。
たぶん、そんなことしても綾波は嫌がらないと思うんだけど。
でも、どうしても踏み切れない自分がいる。
綾波のこと、すごく好きなのに。
どうしてだろ?
手をつなぐなんて簡単なことができないんだろう?
たぶん綾波も気にしてるよね。
変な風に思ってなければいいけど。
「シ〜ンちゃん。」
顔を伏せているシンジの前のレンガ張りの地面が影になる。
シンジはふと頭を上げて、その影の正体を確かめる。
そして、真っ赤になって顔を伏せた。
「どしたの?」
レイは少し不思議そうに首を傾げてシンジの隣にちょこんと座る。
「い、いや、ちょっと。」
シンジはつい、レイのスカートに目をやってしまったようだ。
不思議そうにシンジの顔を覗き込むレイ。
「シンちゃんの顔、真っ赤だよ。」
「そ、そう?」
シンジはそう答えた。
だって、そんなにスカートが短いんだもの。
何かすごいもの見た気がして。
シンジはそう心の中で呟く。
「変なシンちゃん。」
レイが首を傾げながら視線を周りの風景に向ける。
足をぶらぶらぶさせながら、一通り周りを見てから、シンジに視線を戻す。
その時にはシンジの頬もかなり普通に戻ってきていた。
「とりあえず、行こうよ?」
「そうだね。」
シンジが立ちあがり、レイもそれに習う。
二人は並んで駅の登りのエスカレーターに乗る。
ふとレイは思い出しようにシンジの方を見てたずねる。
「ねぇ、シンちゃん、今日のこの服どうかな?」
「ふ、服?」
「うん、ちょっと裾短かったかな?」
そう言って視線を落とし裾をちょっと持ち上げるシンジ。
レイの真っ白な足を見て、今度は耳たぶまで真っ赤になるシンジ。
「え、に、似合ってると思うよ。」
「そう?だったら嬉しい。」
そう答えてシンジを見て、レイはまたしても不思議そうな表情を浮かべる。
「シンちゃん。また顔が真っ赤。」
まさしくゆでだこ状態のシンジ。
レイは少しだけ目を細めてシンジを見て、そして、視線をスカートに向ける。
いきなりレイは何かに気付いたように頬を染める。
もしかして、シンちゃんが真っ赤になったのって…
…
…
…
恥ずかしい…
もし、それが本当だとしたら…
ちらりとシンジの方を見るレイ。
シンジも黙ったままうつむいている。
まだ頬はかなり赤い。
どうしよ。
今まであんまりそういうことは考えなかったから平気だったけど、
シンちゃんも男の子なんだし。
…
あ〜ん。
すっごく恥ずかしくなってきた。
これだったら、いつもみたいにジーンズで来ればよかった。
…
エスカレーターを降りて切符売り場に向かって歩く二人。
まだ無言だ。
レイは前を歩くシンジの背中を見ながら、
それでも少しだけ喜んでいる自分に気がつく。
でも、ちょっと嬉しいな。
だって、シンちゃんは私のこと女の子だって思っていてくれるんだよね。
それって嬉しいことだよね。
すごく恥ずかしいけど、シンちゃんがそう思っていてくれるって分かったから、よかったのかも。
二人は並んで席に座る。
電車の中は全部席が埋まって数人が立っているぐらいの混み方だ。
こうして並んで座るのって始めてよね。
レイは以外に近くにシンジの顔があるのを感じて不意にそう感じた。
シンちゃんと肩が触れてる。
どうしよ、何かどきどきしちゃうよ。
ただ並んで座っているだけなのに。
私がどきどきしているのが伝わりそうで。
シンちゃんはなんともないのかな?
私はすごくどきどきしてるけど。
聞いてみたいな。
でも、何て聞けば良いのかな?
シンちゃんはどきどきしてる?
なんて言えないし。
う〜ん。
悩んでいるレイにシンジが声をかける。
「何か照れるね。こうして並んで座るの。」
「え?」
シンジは少しはにかんで続ける。
「だって、綾波がこんなに近くにいるんだもの。緊張しちゃうな。」
「そ、そうなんだ。」
レイはシンジの顔を見ずに答えた。
何故か怖くなってシンジの顔が見れない。
「うん。そう。」
シンジはやさしく微笑む。
レイは思いきってシンジの顔を見る。
やはり思っていたよりも近くにシンジの顔がある。
あう〜。
すごくどきどきしてきた〜。
どうしよ〜。
すこしずつレイの頬が赤く染まる。
駄目だよ〜。
こんなに近くに来られると〜。
と、急に車両がブレーキで揺れる。
「きゃっ。」
レイはそのままシンジの胸に飛び込む。
慌てて抱きとめるシンジ。
その一瞬、二人はお互いの存在を強く意識した。
そして、レイは慌てて体を起こして謝る。
「ごめん。」
シンジは気にしない様子で軽く微笑んで答える。
「ううん。僕は大丈夫だけど、綾波の方は?」
ふるふる首を振って答えるレイ。
「ううん。全然大丈夫だよ。」
「そうか、なら良かった。」
にっこり微笑むシンジにレイの胸が痛む。
あれ?
どうしたんだろ?
今、すごく胸が…
どうしたんだろ?
さっき、シンちゃんに抱きとめられたときも、息が止まるかと思った。
今までよりもすごく強くシンちゃんを意識した。
あんな感じ今までなかった。
私…
「どうかした?」
シンジが心配そうに尋ねる。
「ううん。なんでもないよ。」
そうにっこり笑って答える。
「そう。」
シンジも安心したようにうなずく。
レイはそんなシンジの表情を見て胸が締め付けられるな感じを味わう。
どうしてなのかな?
シンちゃんを見てると、すごく胸が…
私、おかしくなったのかな?
今まであまりこんなことなかったのに。
これってやっぱりシンちゃんのこと好きだからなのかな?
いっぱい、好きになるとこんな感じになるのかな?
水族館の入り口でチケットを買ってシンジはレイが待っているところに戻ってくる。
レイは何か考えごとをしているように顔を伏せて立っていた。
「綾波、買ってきたよ。」
はっと顔を上げて、シンジを見る。
「う、うん。じゃあ、入ろうよ。」
そのレイの態度に何かいつもと違うものを感じるシンジ。
しかし、そのことは何も口に出さずに答える。
「そうだね。」
二人はチケットを持って入り口の方に向かう。
シンジの後姿を見つめながら、レイは深く深呼吸をする。
いよいよね。
中に入ってしまえば、手をつなぐチャンスなんていくらでもあるはず。
頑張るのよ。私。
チケットを渡し、半券を受け取って、二人は目の前の水槽に向かう。
そこには鰯の大群が群れて円形の水槽内を周遊していた。
「すごいね〜。」
「全部、鰯なの?」
レイが水槽の周りを鰯の泳ぐ速度に会わせてついていく。
シンジもレイと一緒に歩く。
「そうみたいね。」
感心したようにため息をつくレイ。
「食べるの大変そう。」
シンジはくすくす笑って答える。
「綾波ってすぐ食べる話になるんだね。」
「良いじゃない、別に。」
ぷっと頬を膨らませてシンジを見つめるレイ。
「まぁ、悪いとは言わないけどね。」
見詰め合って微笑み合う二人。
「ねぇ、次行こうよ。」
「そうだね。」
シンジが歩き出す数歩後ろをレイがついていく。
やった!
さっそくチャ〜ンス!
ちらりとレイはシンジの右手を見つめる。
何かちょっとどきどきしてきちゃった。
でも、今頑張らないと…
「どうしたの?」
シンジはぱっと立ち止まってレイの方に向く。
「え?何が?」
「いや、遅れてたから。」
にこりと微笑むとそう答えるシンジ。
「ううん。なんでもないよ。」
いそいそとシンジの隣に並ぶレイ。
そして二人は並んで歩き出す。
う〜ん。
惜しかったな〜。
もうちょっとだったのに〜。
内心レイはかなり悔しがっていた。
「どうしよ。どこからまわる?」
正面ホールと書かれたかなり広いスペースでシンジは立ち止まった。
目の前の壁側はガラス張りになっており、その向こう側は水槽になっており、
さまざまな魚が泳いでいた。
「順路とかないんだよね?この水族館て。」
「そうだよ。好きなところからまわれるみたいだね。」
レイはシンジが持っているパンフレットを覗き込み、
唇に指を当ててながら考え込む。
それはレイの癖だったが、シンジはそれを見るたびどきどきしてしまう。
ついレイの唇に目が行ってしまうからだ。
きれいな唇だな。
僕達は付き合っているわけだし、
たぶん、そのうちそういう関係にもなるんだろうけど。
あまり実感がわかないな。
「じゃあ、やっぱりペンギンさん見たいな。」
そのレイの言葉で我に帰るシンジ。
そして、パンフレットの方に意識を戻す。
「ペンギンさんね。」
「そう。この水族館って温泉ペンギンとゆー変わったペンギンさんがいるの。」
「温泉ペンギン?」
シンジは首を傾げて答える。
「ペンギンって暑いの苦手なんじゃ?」
「変異種らしくて温泉ペンギンは温泉があるところに生息するんだって。」
「じゃあ、温泉とかにつかるの?」
こくこく頷くレイ。
「うん。大好きみたいね。」
シンジは苦笑を浮かべる。
「なんだかなぁ。」
「ほんとだ…温泉につかってるよ。」
水槽の前でシンジは呆れたようにそう言った。
もうもうと湯気が立ち上るなかに何匹かのペンギンが
温泉に使っている様子が見て取れる。
「結構見た目は普通だね。」
レイはガラスにべったり張りついてそのペンギンを見ている。
「しかし、あの奥にあるのって冷蔵庫じゃ?」
シンジが指差す方向には確かに正方形の箱型のものが設置されている。
レイが脇に合ったプレートを読む。
「あれはペンギン達の家みたいね。
中はちょうど摂氏0度くらいですって。」
シンジはそれを聞いて苦笑を浮かべる。
「それじゃ、まったく冷蔵庫だよ。」
「あと、温泉ペンギンはなわばり意識が強くて、
寝るところを各自に別々に与えないと、ケンカになっちゃうんだって。」
「ふうん。結構気性が荒いのかな?」
「でも、こっちのプレート見て。」
レイが指すプレートには「温泉ペンギンを抱いて見ませんか?」
とか書かれている。
「毎時30分から15分間か。」
「場所は…」
レイがパンフレットを見て場所を確認する。
「あっちね…」
指差す方には2階のテラスに出る通路だった。
「時間はあと10分くらいだから、行ってみる?」
瞳を輝かせてこくこくうなずくレイ。
「じゃあ、行ってみようよ。」
「かわいかった〜。」
レイはにこにこ微笑んでいる。
テーブルを挟んで二人は昼食を取っていた。
「すっごくふかふかしてて、全然人に慣れてたし。」
「やっぱりこういうところにいるから人を怖がらないのかな?」
サンドイッチを一つ皿からとって食べるレイ。
もぐもぐ食べながら、首を少し傾げてみる。
そして、ごっくんと飲みこんでから答えた。
「どうなんだろ?もともと人なつこいらしいって飼育員の人が言ってたよ。」
「ふうん。」
シンジもサンドイッチを一つ取る。
雲に隠れた太陽が現れ、あたりを暖かく包み込む。
テラスでは大勢の人達が昼食を楽しんでいた。
「でも、すっごく、かわいかったなぁ。」
レイが抱いた温泉ペンギンはレイを気に入ったようで、ずっとレイに抱きついていた。
シンジは苦笑をうかべて答えた。
「そうだね、ペンペンって言ったっけ?
なかなかレイから離れなかったものね。」
「そうそう、ぎゅうっと抱きついちゃって、もう連れて帰りたいって感じ。」
レイはうっとりとした表情で答える。
「なんだかなぁ。」
首を振ってシンジは微笑む。
二人はしばらく談笑しながら昼食を取った。
そして、食べ終わった後、レイはパンフレットをテーブルの上に広げる。
「ねぇ、どこ回ろうか?」
「イルカとかアシカとか見てないね。」
「シンジってもしかして、海の哺乳類系が好き?」
その問いに少しだけ考えてから、こっくりうなずくシンジ。
「う〜ん…そうかもね、何かすごく気持ち良さそうに泳いでいるの見るのがね。」
レイは少し驚いたように目を見開いて答える。
「そうなんだ。」
「うん、ずっと見てると何かすごく基分が落ち着くよ。」
レイはパンフレットに視線を落としてしばらく考えていたが、顔を上げる。
「じゃあ、まずイルカさん見にいこう。」
「そう?いいの?」
そうたずねるシンジににっこり笑ってうなずくレイ。
「全然おっけ〜だよ。」
二人はイルカの水槽の前でベンチに並んで座っていた。
シンジはぼんやりと水槽の中を泳いでいるイルカ達を見ている。
レイはちらりとシンジの方を見る。
シンジがその視線に気付きレイの方を見る。
「ごめん、退屈かな?」
レイは首をふるふる振って微笑む。
「ううん。そんなことないよ。」
そう答えてレイは視線を水槽に向ける。
「イルカさんって水の中だと目が見ないんだよね?」
シンジはこっくり頷く。
「そうみたいだね。ソナーを持ってるんだって。」
シンジが体を動かすと、二人の肩が軽く触れる。
「あ、ごめん。」
シンジが慌てて体を離す。
「う、うん。」
レイはぎこちなく微笑むと顔を伏せる。
そして顔を伏せたままちらりとシンジを見る。
シンジは少し頬を染め視線を水槽に向けている。
レイの側にあるシンジの右手は軽くベンチに置かれていた。
もしかして…
これってちゃ〜んす?
レイはちいさく息をつく。
落ち着いて、今度は失敗しないように…
レイはそろそろと左手を膝の上からベンチに置く。
鼓動が次第に早くなってくる。
どきどきしてきたけど、今はそれよりも手を…
もう少し…
しかし、レイの手は動かない。
どうしたの?
今ここで手を繋がないと…
どきどきしてる場合じゃないのよ!
レイは手を動かそうとするが、
ベンチに添えられている左手は動かない。
…
…
どうして?
あともう少しじゃない。
どうして、今になって…
…
…
レイは顔を伏せた。
どうして?
シンちゃんのことすごく好きなのに…
どうして、こんな簡単なことが出来ないの?
いつもの私らしく、ぱっと触れちゃえばいいのに。
どうしてこんなに簡単なことが出来ないの?
私、どうしちゃったんだろう?
手を繋ごうとしたときに感じたのは…
それは…
…
…
…
まさか…
私…
そういう風に思っていたの?
だとしたら、私…
私…
「どうしたの?レイ?」
その言葉にはっと我に帰るレイ。
そして、自分が泣いていることに気付く。
慌てて頬を伝う涙をぬぐうレイ。
シンジがハンカチを出して涙をぬぐう。
「ご、ごめんなさい。」
心配そうな表情を浮かべるシンジにレイは無理矢理笑って見せる。
しかし、その笑みはいつものレイの笑みではなかった。
「本当になんでもないの…大した事じゃ…」
「泣くようなことなのに?」
シンジはじっとレイの瞳を見つめる。
予想外のシンジの反応にレイは目を見開く。
「今日の綾波は少し変だよ。ときおり、何か考え込んでるし。」
そのシンジの言葉にどきりとするレイ。
シンちゃん、私のこと見てたんだ。
そして、レイは慌てて手を振って答える。
「そ、そんなことないよ。本当に…」
レイの言葉に被せるようにシンジは強く言う。
「本当に?」
重ねるようにそうたずねるシンジ。
「…」
レイは急に黙り込んでうつむく。
本当は…
本当は…
「私…」
顔を上げてシンジを見つめるレイ。
髪がふわりと揺れ、横顔にかかる。
「シンちゃんのこと全然、信じてなかったの。」
そして小さく息をつく。
「すごく不安だった。だって、シンちゃんは私を好きだって言ってくれたのに…」
頬を涙がつたう。
レイの瞳が涙で輝く。
「私に触れてくれなかったから…」
シンジは少し驚いた様子でレイを見ている。
「だから、今日は私から手をつなごうと思って。」
レイのその言葉に納得したようにうなずくシンジ。
「それで、今日ずっと何か考えている風に感じたんだ。」
こくこくうなずくレイ。
「でもね、さっきシンちゃんと手をつなごうと思ったの。
でも、私どうしてもシンちゃんに触れることが出来なかった。」
シンジはやさしくレイの涙をハンカチでぬぐう。
レイはぐずぐずいいながらじっとしている。
「どうしてだろうって考えたの。」
シンジを見つめる瞳はそこでまた涙で潤んだ。
「私ね、すごく怖くなったの…
シンちゃんが受け入れてくれないんじゃないかって。」
「僕が?」
「そう…それで気付いたの。
私は全然シンちゃんのこと信じてないんだって。
だって、本当に信じているんだったら、
何もなくても平気なはずだもの。」
「信じていたら…か。」
「だから…ごめんね。私、全然駄目ね。」
レイを見つめていたシンジは首を振る。
「そんなことないと思うよ。」
思いがけないその言葉にレイはまじまじとシンジを見る。
「だって、僕も同じようなものだから。」
「シンちゃんも?」
軽く頷き返して、シンジは視線を水槽のほうに向ける。
「ずっと思っていたんだ…
どうして好きだって告白したのに、
こんなにぎくしゃくしちゃうんだろうかって。」
シンジの視線をは水槽の中ではなくどこか遠いところを見ているような目つきだった。
「でもね…今の綾波の話でわかったんだ。
僕も怖がっていたんだって。」
「どうして?」
「今でさえこんなに綾波のことが好きなのに、綾波に触れてしまったら…」
にっこり笑ってレイを見るシンジ。
「どうなるかすごく怖かったんだ。
前よりも綾波を好きになっている自分がいる。
でもそれを外に出していいのか?
すごく怖かったんだ。それで綾波が僕を…」
首を振って苦笑を浮かべるシンジ。
「嫌いになってしまったら…」
シンジの瞳が暗く曇ったようにレイには見えた。
「僕はどうすればいいのか、わからないから。」
レイは首を振ってシンジをじっと見つめる。
「そんなことないよ。私はすごく嬉しい。
だって、私、シンちゃんのことすごく好きなんだもの。」
そのレイの言葉にシンジは笑みを浮かべる。
「僕も同じさ、綾波を好きなんだから、拒まないよ。」
お互いに見詰め合って、微笑む二人。
「私達、遠回りしてたのかな?」
「そんなことないよ、これが近道さ。」
そう答えてシンジは立ちあがる。
一瞬送れてレイも立ちあがる。
「行こうか?」
そうたずねるシンジににっこり微笑んでうなずくレイ。
どちらからともなく伸ばした手が触れ合う。
そしてやわらかく握り合う。
微笑み合う二人。
「こんなに簡単なことなのに…」
そうつぶやくレイにシンジは耳元に顔を寄せて囁く。
「でも、すごくどきどきするよ。」
その言葉にレイは頬を赤く染めうつむく。
「もう、イジワル。私もどきどきしてきたじゃない。」
「僕だけどきどきしてるのはつまんないからね。」
「何よ、その言い方。」
二人は笑いあって歩き出した。
その手はしっかりとつながれたままだった。
Fin
あとがき
どもTIMEです。
200万ヒットです。
すごいですねぇ。
大体半年で50万ヒットですね。
#最近はさらに早くなっているかも。
というわけで、めぞん200万ヒット記念SS 「手をつなごう」です。
いつもの通りレイ編から公開です。
付き合い始めた二人のお話ですが、
ちょっと雰囲気を変えたいな
と思った割にはいつもの調子ですねぇ。
何かすごく久しぶりにレイのお話を書いた気がしますが、
そんなことないんですよね。
「シンちゃん」「綾波」って呼び方を久しぶりに使ったせいかも。
さて次はアスカ編ですが、こちらは今回とは違って、少し大人?のお話です。
一緒に暮らしている二人のお話です。
では次のアスカ編でお会いしましょう。