コートに舞い落ちる雪。
鈍く光る街灯。
雪が降り積もった歩道。
吹きつける風。
ブーツが雪を踏む音。
白く凍る息。
全てが冬のもの。
そして、この手のぬくもりも…
めぞん200万ヒット記念
「手をつなごう」
SIDE C MANA
TIME/99
僕は手を繋いでいる女の子を見た。
僕はこの子を大好きだった。
いや、今でもその気持ちは変わらない。
でも、二人は会うのは今日で最後にしようと決めた。
もう戻れない。
もう、二人の歩いている道は交わらないのか?
このまま全てを忘れて、別れるしかないのか?
会えなくなってしまうのか?
出会えた奇跡を考えるなら、分かれることは不可能だと思っていた。
でも、その時が、もうすぐ迫っている。
「もう、会うのやめましょ。」
その一言。
それが彼女の思い全て。
頷くしかなかった。
どんな言葉もその一言の前では意味をなさない。
どうしてだろう?
どうしてこうなったのだろう?
わからない。
このぬくもりを忘れなければいけない。
この横顔を忘れなければいけない。
この声を忘れなければいけない。
この全てを忘れなければならない。
それが、僕にできるだろうか?
全てを忘れて、新しい恋を見つけることなんて出来るのだろうか?
そして、駅前の改札。
長いようで、短かった駅までの道。
切符を買う必要は無かった。
定期があったから。
定期入れの中にはまだ写真が入っている。
今年の初夏に一緒に取った写真。
もう、あの二人の夏は戻ってこない。
彼女を見る。
いつもの穏やかな笑顔。
そして、彼女は告げた。
「じゃあ…」
それだけ言って、彼女はうつむいた。
「送ってくれてありがとう…」
そう答えて、彼女の瞳を見つめる。
僕はこの瞳は一生忘れないだろう。
僕のことを誰よりも好きでいてくれたこの女の子の瞳を。
一瞬の永遠。
間違いなく、僕はその永遠を感じた。
彼女はちいさくうなずき、つないでいた手を離してしまう。
手を離してしも、彼女のぬくもりは手から消えなかった。
彼女はゆっくりと僕に背中を向けた。
そして、歩いていく。
雪がさらに強く降っていた。
彼女のさしている傘に白い雪があっという間に積もっていく。
彼女は一度も降りかえらずに僕の視界から消えた。
そして、僕は自分が泣いていることに気がついた。
慌てて涙をぬぐって、ゆっくりと彼女とは反対の方向に歩き、改札を抜ける。
良かったんだ。
これで、良かったんだ。
二人にはこれしか取るべき道が無かったんだ。
そう言い聞かせる。
階段をゆっくりと上りホームへと向かう。
ホームには僕以外に人はいなかった。
終わったんだ…
全て…
僕はほっと息をつく。
でも…
僕は、忘れない。
忘れたくない。
君のこと全て。
花が咲くような笑顔も、
僕の名前を呼ぶときの癖も、
つないだ手のぬくもりも、
ちょっと首をかしげるしぐさも、
考え込んでいるときの大人びた横顔も、
抱いた身体の感触も、
髪の匂いも、
瞳の輝きも、
怒ったときに頬を膨らませてすねるしぐさも、
そして、交わした会話の全ても、
忘れたくない。
君との思い出全てを。
忘れたくないよ。
ずっと、覚えていたい。
君のこと全てを。
どうすればいい?
私は一人で傘をさして立っていた。
フェンスの向こうには駅の構内だ。
ホームの上には人影が全く見えなかった。
ふう、と私は小さく息をつく。
息が白く輝き、そして消える。
雪は先ほどと変わらず、音を立てずに降り続けている。
どうして私はこんなところに居るのだろう?
もう、あの人とは会えない。
それはわかっている。
なのに、どうして、こうしているのだろう?
…
…
最後に見たあの人の顔。
すごくやさしく微笑んでいた。
それでいいじゃない。
最後に見た表情が笑顔だったら、忘れられる。
そう自分に言い聞かせたじゃない。
なのに、どうしてまだこんなところに私はいるの?
遮断機の警報機が鳴る音が聞こえてきた。
電車がやって来るようだ。
顔を上げてホームの方を見る。
最後に…
少しだけ…
あの人の顔を見たい。
…
そして、全部を忘れるんだ。
そう…
それが決めたことだから。
やってきた電車が目の前のホームにするすると入って来た。
見れるだろうか?
わからない。
でも、ここから動くことは出来ない。
一目だけでも…
ドアが閉まって、ゆっくりと電車が走り出す。
そして、速度を上げる。
あの人の姿は見えなかった。
そして、電車は走り去った。
私はその場に立ち尽くしていた。
見れなかった…
もう、これで、あの人とは…
私は自分が泣いていることに気がついた。
頬を涙がつたっていく。
どうしてこうなったのだろう?
私は彼を好きだった。
彼も私を好きでいてくれた。
離れたくなかった。
でも、私はあの人の傍にいることができない。
それは許されないことだから。
二人のために忘れるのが一番だと思った。
だから、別れることにした。
そして、全て忘れて、無かったことにしようとした。
でも、それは正しかったの?
本当に、それが二人のためだったの?
あの人は頷いてくれた。
それはあの人もそう考えていたから?
それとも私が言い出したことだから?
…
雪がコートを真っ白に染めていく。
好きだよ…
どう思っても、この思いは打ち消せない。
シンジ…
私…
やっぱり無理だよ。
シンジのこと忘れられないよ。
私の話を聞いてくれているときの笑顔も、
紺色の瞳の輝きも、
名前を呼んだ時にはにかむ様子も、
抱かれた時に感じるあなたの鼓動も、
落ち着いた笑顔も、
いつまでも聞いていたいと思うような声も、
私の髪をくるくると指を巻きつけるしぐさも、
そして、やさしくキスをしてくれたことも、
全て、忘れられないよ。
忘れることなんて出来ないよ。
あなたは私の心のほとんどを閉めているの。
忘れたら、私は私で無くなってしまう。
どうすればいいの?
懐かしい思い出。
シンジと始めてあった時のこと。
それはやっぱり雪の降る日で。
校門で傘を忘れて、一人立っていた私に声をかけてくれた。
「駅まで送るよ。」
すごく驚いて。
そして、自分がかけていたマフラーを私に…
すごく優しくしてくれて。
風上に立って、私に雪が降りかからないようにしてくれて…
すごく気を使ってくれて。
好きになった。
シンジも私を好きでいてくれて。
二人は付き合うようになった。
そして、始めてのデートで一緒に取った写真。
いまでも私の宝物になっている。
ずっと二人一緒にいられると思っていた。
今でも一番好きな人なのに。
なのに…
どうして忘れなければいけないの?
シンジに会えなくなるの?
ずっと忘れずにいたいよ。
ずっとそばにいたいよ。
たったそれだけのことなのに、
神様はそれさえも許してくれない。
自分では納得しているつもりだった。
でも、本当は、全然、認めていなかったんだ。
シンジと別れるなんて、受け入れることが出来ないって。
シンジのいない世界で生きていけるわけ無いじゃない。
会いたいよ。
忘れられないよ。
どうすれば会えるの?
教えて…
神様…
シンジ…
そこにいたのね…
マナはにっこりとシンジに微笑みかけた。
シンジはこっくりとうなずくと、マナの右手を握る。
どうしたの?
シンジは手を握ったままマナを見つめる。
何?じっと見つめられると恥ずかしくなっちゃうよ。
…
シンジが何かをつぶやいた。
何?聞こえないよ。
シンジの口が動く、しかしマナにはシンジが何を言っているのか聞こえない。
聞こえないよ。
マナは少し、困惑した表情を浮かべるが、手を握ったまま、
シンジの方に一歩近づく。
シンジはそのマナの耳元に顔をよせ、小さく囁く。
「起きるんだ。」
その瞬間、マナの周りをまぶしい光が包み込む。
「シンジ!」
慌てて、シンジの方に手を伸ばすが、そこには何も無かった。
先ほどまで握っていた手も何処かに言ってしまった。
そして、まぶしい光で何も見えなくなった。
マナはふと目を覚ました…
私…どうしたの?
誰かに背負われているの?
マナは手編みの帽子をかぶせてもらって、雪の中をおぶってもらっていた。
マナはその背中に見覚えがあった。
マナは自分を背負っている男の耳元に顔をよせ囁く。
「シンジ、帰らなかったんだ…」
そう、間違えるはずも無い。シンジが私を背負っていてくれる。
シンジは小さく首を縦に振る。
「駄目だった…マナと離れるなんて、僕にはできなかったよ。」
そして、息をつく。
「そう…」
「いままで、僕は自分から何かを望んだことは無かった。
でも、マナは違う、マナは僕が始めて自分から望んだ人なんだ。だから…」
シンジは立ち止まって、マナを見る。
「誰がなんと言おうと、僕はマナのそばにいる。」
雪がシンジの髪を白く染めている。
「でも、お父様は…」
「父さんのことは関係無い。これは僕が決めたことなんだから。」
「でも、婚約者の人が…」
「僕から話をしてわかってもらう。」
「でも…」
「マナは、やっぱり僕から離れたい?
こんな、人に迷惑しかかけない男は嫌かい?」
「…」
「マナがそう言うのだったら、あきらめるよ。」
「…そんなことないよ。」
マナはシンジの背中に顔を埋める。
「私だって、シンジ以外の人は選べないんだから。」
「だったら、僕を信じてくれる?」
「うん、私はシンジを信じるから。」
その答えにシンジはいつもの笑顔を浮かべる。
私の知っている笑顔。
ずっと、これからも見つづけていたい。
「じゃあ、帰ろう。」
「うん、帰ろう、私達の部屋へ。」
シンジは再び、しっかりとした足取りで雪の歩道を歩き出した。
あとがき
どもTIMEです。
めぞん200万ヒット記念SS「手を繋ごう」です。
最後はマナ編です。
秋なのに、冬のお話を書いてみました。
相変わらず、設定を書きませんでしたが、分かってもらえたでしょうか?
一応シンジに婚約者がいて、父親にはさからえず、
二人は別れなければいけないというあまりにお約束な設定です。
最初は本当に別れさせるつもりでしたが、書いてるうちにいつもの展開になってしまいました。
#まぁ、いいや。これが私のスタイルですから。と開き直っておきましょ。
さて、これで200万ヒット記念の方は終わりですが、連載の方はさっぱり終わっていません。
来年中には全て終わらせる予定ですが、さてどうなることやら。
では、他の連載の方でお会いしましょう。