雲一つ見当たらない。
どこまでも澄んでいるその空の蒼に、僕は溶けてしまいそうだった。
そのままどれくらい空を眺めていたのだろうか？
僕の視界に一人の女の子が入った。
栗色の髪を風になびかせて、僕の顔をまじまじと見つめる。
そして、嬉しそうに表情をほころばせる。
「見つけた。」
僕は彼女の瞳を見つめる。
その瞳はいつものように輝いていた。
「どうしてここだと分かったの？」
「なんとなく…かな。」
彼女は笑みを大きくしてそう答えた。
彼女の髪は絶え間なく流れる風でゆらゆらと揺れている。
僕は両肘をついて起きあがろうとする。
しかし、彼女は離れようとしないで僕に顔を寄せる。
そして、二人の唇が触れた。
部屋110000ヒット記念
「恋をしています」
ＴＩＭＥ/99
僕はゆっくりと彼女から体を離し、彼女を抱きしめる。
「もう、マナはいつもいきなりなんだから。」
「えへへ、だってしたかったんだもん。」
華奢なマナの身体は僕に彼女が女の子だということ意識させる。
今でこそ少し慣れて抱きしめているが、最初の頃はすごく怖かった。
まるで壊れ物を扱うようにびくびくしていたら、彼女に笑われた。
その時のことを思い出して思わず、くすりと笑ってしまった。
「どしたの？」
彼女が少し不思議そうに僕の瞳を見上げる。
彼女の瞳はすごく澄んでいて、いつもその瞳に吸い込まれそうになってしまう。
いつまでも見ていたい。
そう感じてしまう不思議な魅力を持った瞳。
「別に…昔のことを思い出しただけ。」
そう彼女の耳元に囁く。
すると彼女は少し身じろぎをする。
そして、僕の腕の中からするりと抜け出した。
「もしかして、他の女の子のこと？」
彼女は少しすねたように口を尖らせる。
彼女との付き合いはまだ数ヶ月だった。
付き合い始めたのはじめじめとした梅雨のある日のこと。
その日に到達するまでいろいろあったが、
とにかく今の関係に落ち着いたことを僕は素直に喜んでいる。
「ううん、違うよ。マナと付き合い始めた時のことを…」
まだ、疑いの目を向けるマナ。
僕は軽く肩をすくめてみせる。
「もう…いつも言ってるだろ。僕はマナが一番好きなんだって。」
その言葉にやっと安心したのか、笑みを浮かべるマナ。
「あんまり恥ずかしいこと言わないでよ。バカ。」
とは言っているものの、頬が緩んでいるのだが。
僕は彼女の手を取って、抱き寄せる。
彼女はそれが当たり前のように僕の胸の中に収まる。
僕達はお互いを抱きしめるのが好きだ。
僕は一番大切な人が自分の腕の中に感じることができるのが好きだし、
彼女も僕を全身で感じることができるのが好きだという。
だから、二人はよく抱き合って過ごす。
今のようにマナは僕の胸に顔を埋めて囁くように話す。
僕は、彼女の耳元に顔を寄せて囁く。
ずっと、こうしていたい。
本当に心の底からそう思える、そんな女の子に僕は出会った。
「もう、マナはいつもいきなりなんだから。」
「えへへ、だってしたかったんだもん。」
だって、やっと会えたんだよ？
って言っても昨日の夕方以来だけどね。
それでも、私にはすごく長い時間で。
だから、シンジを見つけたときすごく嬉しくて。
だから…
と、シンジがくすりと笑みをもらす。
どうしたんだろ？
私はその疑問を口に出した。
「どしたの？」
その言葉にシンジの瞳が私を見る。
いつみても綺麗な瞳。
澄んだ夜色の瞳。
男の子なのに、妙な色気を感じてしまう。
「別に…昔のことを思い出しただけ。」
そうシンジはアタシの耳元に囁く。
耳元で囁かれると、どきどきしちゃう。
大分慣れたけど、それでも、今みたいに急に囁かれると…
でも、昔の事って…
私は少し身体を動かす。
慣れたものでシンジは少し私を抱く力を緩める。
そして、私はするりとシンジの胸の中から抜け出す。
「もしかして、他の女の子のこと？」
違うとは分かっていても何故かそんな言葉が口を突いて出る。
シンジのことを信じてる。
でも、やっぱり怖くなってしまう自分がいる。
まだ付き合い初めて数ヶ月、キスから先には進んでいない。
別にだからと言って、それを望んでいるわけではない。
シンジが抱いてくれたって、なんの保証も無いのだから。
でも…
なぜか、最近の私は臆病だ。
シンジが私のこと嫌いになるんじゃないか？
そのうち他の女の子の所に行ってしまうのではないか？
そう思ってしまう。
「ううん、違うよ。マナと付き合い始めた時のことを…」
付き合い始めたとき。
シンジとこういう関係になるまですごく大変だった。
一時はもうだめだと思った事もあった。
でも、なんとか今の関係にたどり着いた。
だから…
「もう…いつも言ってるだろ。僕はマナが一番好きなんだって。」
その言葉は私にとって何者にも変えられない言葉。
シンジが私のことを私のことを好きでいてくれる。
嬉しい。
すごく嬉しい。
シンジのその言葉は私の弱気を消してくれる。
「あんまり恥ずかしいこと言わないでよ。バカ。」
私は、シンジに少し怒って見せた。
でも、駄目だね、頬が緩んじゃってるから。
シンジは私の手を取って、抱き寄せてくれる。
シンジに抱きしめられるのが私は大好き。
包み込むように抱いてくれるのがすごく気持ち良いから。
シンジの鼓動を感じているとき、私はすごく安心してしまう。
ずっとこうしていたい。
本当に心の底からそう思える、そんな男の子に私は出会った。
二人は手をつないで歩き出した。
黙ったまま、川辺の堤防をゆっくりと歩く。
陽はまだ高く、さんさんと光を二人に投げかける。
しかし、堤防を渡って吹く風のおかげで、さほど暑いとは感じさせない。
そんな堤防の上を二人は手をつないでゆっくりと歩いていた。
どうしてだろ？
いつも手をつなぐたびに緊張してしまう。
抱きしめているよりも、手をつなぐ方が緊張してしまう。
不思議な感覚だ。
触れている部分は一部なのに、抱きしめているよりももっと触れ合っている感じ。
マナは心が触れているんだよって言っていた。
そうなのかな？
ふとマナを見つめる。
僕は今、マナの心に触れているのだろうか？
「何？」
マナが僕のほうを見て、微笑みかけてくれる。
ずっとこの笑みを見つめていたい。
ずっとマナのことを好きでいたい。
そう…
僕はずっとマナに恋をしていたい。
そう思っている。
「なんでもない。なんとなくね。」
そう答える僕に、少し不思議そうな表情を浮かべるマナ。
僕は視線を川のほうに向けた。
川原で小学生達がキャッチボールをしている。
のどかな光景。
でもなぜかひどく感傷をさそう光景。
何だろう？
どうしてそう思うのだろう？
と、マナが少しだけ強く僕の手を握り締める。
その感触に思考の海に沈んでいこうとする僕は我に帰り、
マナにまた視線を向ける。
マナはにっこり微笑んだだけだった。
僕の心に触れているのかな？
そう思った。
…
恥ずかしい。
どうしてそう感じるのか分からないが。
急に恥ずかしくなった。
マナは僕の心に触れている。
ということは、僕のマナに対する思いにも触れているのだろうか？
そう考えると…
すごく恥ずかしい。
「何？」
シンジは少しはにかんで首を振って答えた。
「なんでもない。なんとなくね。」
なんだろ？
どうしたんだろ？
シンジはそのまま視線を川辺の方に向ける。
その横顔を見つめる私。
少し、寂しそうな表情なのは私の気のせい？
ふと、シンジの瞳を見て、私は握った手に力を入れる。
次の瞬間、シンジの瞳に浮かんでいるものが消え、
シンジはまた私の顔を見る。
私はにっこり微笑む。
シンジのこと大好き。
握った手から好きって思いが溢れてるよ。
ずっと、こうしていたい。
シンジの傍にいて、好きでいつづけたい。
傍にいるこの思いを忘れずにいたい。
そしていつの日にか…
そして二人の一日の終わり。
マナの家の前に帰ってくる二人。
そして、見詰め合い別れの挨拶を交わす。
また明日会えるように。
二人がこのままでずっといられるように祈りながら。
「じゃあ、今日はこれで。」
僕はそういうとマナの手を離そうとする。
今日一日ずっと手をつないでいた。
堤防を散歩するときも、
いろんなお店を見て回った時も、
そして、ここに帰ってくる時も。
まだつなぎ飽きたとは思わない。
でも、今日はここまで、二人のそれぞれに家に帰らないといけない。
…
しかし、マナは僕の手を離してくれない。
いつものことだ。
マナは握った手を離さないでうつむいている。
まるで、放せば二人の関係が壊れると信じているかのように。
「マナ、明日も会えるよね？」
マナは伏せていた顔を上げ、にっこり微笑んで頷く。
少し悲しげな表情を浮かべているが気丈に微笑を浮かべている。
いつもこの笑みを見るたびに胸が痛む。
このまま一緒に夜を過ごせればと思う。
…
でも、僕達はまだ学生だから。
だから、二人では夜を過ごすことができない。
「明日は何するの？」
マナがそう尋ねてくる。
僕は少し考えてこう答えた。
「明日は朝、ここに迎えに来るよ。
プールに行きたいって言ってたよね。
明日も天気はいいみたいだし、プール行こうよ。」
その提案にマナは瞳を輝かせてこくこくうなずく。
｢すっごく嬉しい。明日はシンジとプールだね。」
「うん。二人でプール行こう。」
そう答えて、僕はマナの肩を抱く。
マナは心持ち顔をあげて瞳を閉じる。
軽く触れる唇。
「じゃあ、また明日。おやすみなさい。」
僕は手を振って歩き出す。
「おやすみなさい。」
彼女はそう答える。
こうして二人の一日は終わる。
シンジはそう言うと繋いでいた手を放そうとする
私は手を放すのが嫌いだ。
つながっていた二人が放されて別々の他人になってしまうようで嫌いだ。
だから、放さない。
でも、分かってはいる。
二人はそれぞれの家に帰らないと行けないことは。
「マナ、明日も会えるよね？」
シンジはいつもこう放しかける。
まるで、心配している私を安心させるように。
明日も二人は一緒だということを確認するように。
どうしてだろう？
前はこんなに弱くなかった。
繋いだ手を放すのも抵抗が無かったし、
別れ際にこんなに胸が痛くなる事も無かった。
何が私を変えたのだろう？
でも、いまはそんなことを考えている時じゃないよね。
私はじっとやさしい笑顔を浮かべているシンジに向かって微笑んで見せる。
たぶん、満面の笑みではないのよね？
シンジは頷いてくれるが、少し不安そうな表情を浮かべるから。
「明日は何するの？」
私は最近、明日会うまでの時間が寂しくないように何をするか聞くようにしている。
そうすれば、何するかを考えて気を紛らわせることができるから。
シンジは少しだけ考えた後、こう答えてくれた。
「明日は朝、迎えに行くよ。
プールに行きたいって言ってたよね。
明日も天気はいい見たいだし、プール行こうよ。」
そう、まだ今年の夏はシンジとプールに行ってない。
今日、少しごねてみたのだが、ちゃんとシンジは分かってくれたらしい。
大抵は大丈夫なのだが、ときおりすごく鈍感になってしまうから、少し不安になるときがある。
｢すっごく嬉しい。明日はシンジとプールなんだね。」
「うん。二人でプール行こう。」
シンジはそう答えて、私の肩を軽く抱く。
それが何を意味するか、わかっている私は瞳を閉じて軽く顔を上げる。
シンジがキスしやすいように。
そして触れる唇。
「じゃあ、また明日。おやすみなさい。」
シンジは私に手を振って歩き出す。
「おやすみなさい。」
私はそのシンジの背中に声をかける。
手を振って答えてくれるシンジ。
私はシンジが路地を曲がり見えなくなるまで見送る。
そして、家に入るのだった。
そして僕は一人になる。
空を見上げるとそこには天の川がかかっていた。
僕は小さく息をつく。
どうして、こんなに胸が痛むのか。
どうして、こんなにマナが好きなのか。
いつまで二人はこの関係を続けられるのだろうか？
何も分からない。
…
でも、僕のこのマナへの思いは変わらない。
ずっとこのままマナのことを好きでいたい。
誰がなんと言おうと、それが僕の真実だから。
Fin
あとがき
どもTIMEです。
部屋11万ヒット記念SS「恋をしています」です。
何かほんの少し前に10万ヒット記念書いていたのに、もう11万ヒット記念ですね。
＃ずっとお付き合い下さっている皆様に感謝です。
今回はまったく話に起伏がありません。
以前はSSを書くときにはなるべく話に起伏をつけようとしていたのですが、
どうも最近は、こんな感じで起伏が無くなってきてますね。(^-^;;
付き合い始めた二人のそれぞれの思いを分けて書いてみましたが、
とある作品の影響受けまくりですね。
10万ヒット達成して少し気が抜けていたんですが、
やっと最近ペースを取り戻してきたので、
連載を以前のように更新していければと思っています。
それではまた、連載の方でお会いしましょう。