アスカは少し不思議そうな表情を浮かべ、
隣を歩いている男の子の名前を呼んだ。
何?どうかしたの?
アスカは今、浴衣姿だった。
そして、年に一度行われる七夕祭に行くためにシンジと並んで歩道を歩いている。
神社まで続く歩道は大勢の人で混雑していた。
凄い人なんだけど…
実際、アスカは思っていたよりも大勢の人が二人の周りを囲んで歩いていた。
アスカがこの街に来て3週間が経過していた。
避暑のため両親と一緒にこの街に来た。
滞在は6月から9月までの間であるが、
すでにこの街でアスカは何人かの友人を作った。
今一緒にいるシンジはアスカ達がお世話になっているペンションのオーナの息子であった。
そうだね。でも、まだマシな方だと思うよ。
これで?
これじゃあ、アタシが住んでる街と変わらないじゃないの?
どこにこんなに大勢の人がいたのだろう?
やって来た当初、アスカの目にはこの街がひなびて見えたものだ。
人口は5万にも届かない程度、射取るところに緑があり、
郊外は田畑で埋め尽くされていた。
しかし、アスカはこの町の夏が気に入った。
なんとも表現しがたい町の雰囲気をアスカは気に入ったようだった。
近くの街からもたくさん人がきてるから。
と、シンジはここから少し遠いが、大きな街の名前を口にする。
そんなところからも来るの?
まぁ、この町の数少ない名物みたいなものだからね。
そのシンジの笑顔にアスカの胸が締め付けられる。
いつからだろう?
シンジのこの笑顔を見て胸が痛むようになったのは。
いつからだろう?
ふと気がつくとシンジの事ばかり考えるようになっていたのは。
7th of JULY
SIDE B ASUKA
TIME/99
神社へと向かう歩道を人波にまぎれながらゆっくりと歩いていく二人。
シンジの方はそうでもなかったが、
アスカの方は初めて履く履物に余り慣れていなかった。
そのため、周りの人達より自然と歩みが遅くなってしまう。
ごめんね、慣れてなくて。
ふいにそんな言葉が口を突いて出る。
その言葉に少し驚いたような表情を浮かべるシンジだったが、すぐに微笑む。
大丈夫だよ。
その言葉にほっと息をつくアスカ。
最初の頃はよく「バカシンジ!」とか怒鳴っていたものだが、
今ではそんな風に呼べなくなってしまった。
どうしてだろうね?
最初はあんなに反発していたのに。
今じゃ、こんなに…
好きになってしまって。
あの頃のアタシが今のアタシを見たら、
何て言うかしら。
あまり、良いことは言わないような気がする。
くすくす笑うアスカを見て不思議そうな表情を浮かべるシンジ。
と、いきなり後ろから押されて姿勢を崩すアスカ。
シンジは慌てて、手を差し伸べてアスカを支える。
そして、歩道脇による二人。
ふう…
大きくため息をつくシンジ。
ごめん…
アスカはうつむいて小さく囁く。
大丈夫?
シンジがアスカの顔を覗きこんで尋ねる。
それに言葉を返さずにこくこくうなずくアスカ。
そして、少し顔を赤く染めてシンジを見る。
ううん。こけなくて良かったよ。
うん。
じゃあ、行こうか?
うん。
シンジはアスカの右手を握ったまま歩き始める。
それに引かれる形でアスカも歩き出す。
シンジはゆっくりとアスカの歩幅に合わせて歩く。
シンジと、手つないでる。
何かすごく恥ずかしい。
どうして?
シンジは同じ事が起こらないように気を使ってくれているんだよね。
でも、これって他の人から見れば…
…
恥ずかしい。
どうしてなんだろ?
すごく意識しちゃうよ。
境内に入り、中の様子を見まわしてアスカはため息を漏らす。
すごい…笹ばっかり…
境内には至るところに笹が飾られ、願い事が書かれた短冊が括り付けられていた。
シンジは境内の奥のほうの人だかりを指差して説明する。
ほら、あそこで短冊を貰って、願い事書いたらくくり付るんだよ。
これ全部?
そう、来た人の願い事だね。
まぁ、絵馬みたいなものじゃないかな?
ふうん。
じゃあ、取ってくるね。アスカはここで待ってて。
うん。
シンジの後姿を見つめてアスカは小さく息をつく。
そして、きょろきょろとあたりを見まわす。
ちょっとこれ凄いと思う。
おとといから始まってるって話だから、
この3日間でどれくらいの人が来るのかな?
凄い数の短冊が括り付けられているし。
そのアスカの前を次から次へと大勢の人が通り過ぎていく。
ここに来るまでの露天商の数も凄かったよね。
とりあえず、帰りに寄っていくって事であんまり見れなかったけど。
ふと空を見上げるアスカ。
七夕…か。
でもここじゃあ、天の川があんまり良く見えないね。
一年に一度しか会えない織姫と彦星。
…
一年に一度…か。
…
お待たせ、短冊とって来たよ。
シンジがアスカに声をかける
…
どうしたの?
シンジが不思議そうにアスカの顔を見つめる。
ごめん…ちょっとびっくりしちゃった…
胸に手を当てて、息をつくアスカ。
つい考え事をしていたのでシンジが傍に来たのに気付かなかった。
ごめん、ごめん。
シンジは謝って、アスカに短冊と筆ペンを渡す。
筆ペン?
うん、どうも筆ペンで書くのが慣わしなんだって。
慣わし…ねぇ…
まぁ、本当はちゃんと毛筆で書けって事なんだろうけど。
ふうん。ま、いいわ。
で、お願い事を書けば良いのよね?
うん。まぁ、別に決まりは無いんだけど、
みんなだいたいお願い事を書いてるね。
お願い事…か。
もちろんお願い事は決まってるけど…
でも、そんな事書いて良いのかな?
短冊を見て固まっているアスカを見てシンジは微笑んだ。
じゃあ、僕は向こうの方に括り付けてくるから、
アスカも書いたら適当な笹に括り付けてね。
で、ここに戻って来て。
あ…うん。
そのアスカの返事を受けてシンジはてくてくと境内の奥のほうに歩いていく。
ちょっと、気を使わせちゃったかな?
アスカは首を傾げる。
…
ま、いいや。
で、お願い事を…
アスカは短冊に慣れない筆ペンで願い事を書く。
…
そして、息をついて、あたりをきょろきょろと見まわす。
どこにしよう?
しばらく、境内を歩いた後、ひとつに笹の枝に願い事を書いた短冊をくくりつける。
うん…これでいい。
短冊が風を受けてくるくると回る。
それを見て、アスカはにっこり微笑んだ。
石畳の道の両脇に、露天商が並ぶ。
道には人が溢れ、最初に通ったときよりも混雑してきていた。
金魚すくい〜。
アスカはとある露天商の前でシンジの手を引っ張る。
金魚すくいするの?
シンジの意外そうな口調にアスカはにこにこ微笑んで見せる。
これでも金魚すくいは得意なのよ。
なんか、イメージのギャップが…
シンジが苦笑を浮かべて金魚が入っている
水槽の前にしゃがみこむアスカを見る。
どうして?
いや、なんでもない…
シンジもアスカの隣に座る。
シンジは金魚すくいはできる?
金魚をすくう網を受け取って、アスカは浴衣の裾が濡れないように捲り上げる。
いや、あまり得意じゃないよ。
じゃあ、アタシがお手本見せてあげる。
アスカが網を構えて一匹の金魚に狙いを定めた。
しかし、いっぱい取ったねぇ。
シンジがビニール袋に入った金魚立ちを見つめて微笑む。
その袋の中には10匹近くの金魚が泳いでいた。
これでも途中で止めたのよ、
これ以上持って帰っても仕方ないし。
そうなの?
そうよ、金魚はこれぐらいの数のほうが長生きするんだから。
ふうん。
お互い何気なく無口になり並んで神社の階段を降りていく。
人通りは相変わらずで、これから神社の方に向かう人々が大勢いる。
ふと、シンジが足を止め立ち止まる。
そして、アスカに話しかける。
ねぇ、帰る前にアスカに見て欲しいところがあるんだけど。
え?
ここから少し入ったところなんだけど。
こっち?
シンジが指差す方は市街地とは別方向だった。
その方向にはろくに明かりも無いようだった。
もしかして…
シンジ…
ふと、とんでもない考えが脳裏に浮かぶが、アスカは首を振って、
その考えを追い払う。
その様子をシンジはすこし不思議そうに見つめる。
駄目かな?
シンジのその問いに慌てて首を振るアスカ。
そんなことないよ。
そう…じゃあ、行こうか。
シンジはそう言うと、アスカの右手を取る。
あ…
小さく声をあげるアスカ。
しかし、シンジには聞こえなかったようで、アスカの手を取ったまま歩き始める。
顔を伏せてそれに従うアスカ。
もう…
いきなり、手をつながれたら、びっくりするじゃない。
普段はぼけぼけとしているけど、
ときどきすごく積極的な事するんだよね、シンジは。
…
ふう。
何か頬が赤いよ?
どうしてかな?
ただ手をつないでいるだけなのに。
…
でも、ずっとこのままで…
手をつないでいたい。
シンジの傍にいて。
シンジと一緒に歩くときには、
こうして手をつないでいたい。
…
…
アスカは顔を上げシンジの横顔を見つめる。
つないだ手を離したくない。
…
シンジ…
この手を離さないでね。
このままずっと、アタシを見ていて欲しい。
アタシだけを…
見ていて欲しい。
ほら、ここだよ。
シンジはアスカを連れて山の中腹の展望台に連れてきた。
眼下には町の明かりが見える。
そして、頭上には…
天の川がこんなにきれいに…
アスカは空を見上げてそう呟き、
そのままじっと天の川を見つめる。
七夕なのに、空を見ないのも変だから。
シンジはそう呟いたきり、アスカと同じように天の川を見上げる。
二人の頭上には、まさに星々を集めたかのように
光り輝く天の川があった。
山の斜面を登ってくる風が二人の前髪を揺らす。
彦星と織姫ってどこだっけ?
アスカはそう呟いて、きょろきょろと星を探す。
そのアスカの背後に立ち、空を指す。
アスカは少し驚いたようにシンジの方を振りかえる。
シンジ?どうかしたの?
その質問には答えず、シンジは空の一点を指差す。
ほら、こっちにあるのが彦星。
耳元に囁かれ、アスカはシンジの指を指す方を見上げる。
そして、少し首を傾げて、シンジと同じように指差す。
あれ?
そうだよ…
そして、シンジは違う星に指を向ける。
それで、こっちが織姫。
これ…ね。
そう…これで覚えたね。
…うん、たぶん。
くすりと笑みをもらすシンジ。
もう…
どうして、こんなこと自然にできちゃうんだろ?
もし、意識してやっていたら…
許せないよね、絶対に。
と、くるりときびすを返すアスカ。
鼻が触れそうな距離で見詰め合う二人。
シンジは少し驚いたように顔を離す。
どうかしたの?
なんでもない。
にっこり微笑むアスカ。
やっぱり、意識してない。
こんなに二人が接近したのって初めてなんだよ。
わかってる?
今だって、シンジの瞳に吸い込まれそうで…
…
じっと、シンジを見つめるアスカ。
ずっとこうしていたいって思う。
ずっと、シンジの傍にいたいって思う。
こんな日々がずっと続けば良いと思う。
自分でもはっきりした理由はわからない。
でも、アタシはシンジのことを…
好きになってしまった。
最初は、全然意識しなかった。
冴えない、面白みの無い男の子だと思った。
からかったら、すぐ間に受けるし。
でも…
…
…
でも…
今は…
こんなに…
シンジ…
そっと名前を呼びかけてみる。
どうしてこんなに胸が締め付けられるのだろう?
名前を呼ぶだけで、すごく…
軽く首を傾げてアスカを見るシンジ。
そう、いつものシンジの笑顔。
アタシはこの笑みに捕らわれてしまったのかな?
見詰め合う二人。
どうして、そんなにやさしい瞳をするの?
そんなに見つめられるとアタシ…
シンジが右手を伸ばしアスカの頬に触れる。
シンジの手は柔らかかった。
どうしたの?
シンジは少し苦笑して、首を振った。
いや、何故か急にアスカがいなくなるんじゃないかって。
アスカはシンジの手に自分の手を重ねる。
ほら、アタシはここにいるよ。
そして、シンジににっこり微笑みかける。
そうだね…
顔を寄せる二人。
アスカを瞳を閉じる。
アスカの肩を優しく抱くシンジ。
そして、二人が触れそうになった時。
大きな花火が頭上に開いた。
きらきらと光を放つその花火を見つめる二人。
そして、次の花火が開く。
花火?
みたいだね。
そして、二人は顔を見合わせて笑い出す。
ひとしきり笑った後、アスカは花火が開く夜空に視線を向ける。
きれいだね…
うん。
二人は肩を寄せ合い花火を見る。
アスカはふと
シンジの横顔を見つめる。
その視線に気付きアスカの方を見るシンジ。
何?
アスカは首をふるふる振って答えた。
ううん…
そして、いつもの笑顔を浮かべる。
なんでもないよ。
シンジは少しだけ首を傾げたが、また視線を夜空に向ける。
それを見て、アスカも微笑んで視線を夜空に向けた。
あとがき
どもTIMEです。
部屋10万ヒット記念SS「7th of JULY」です。
SIDE Bはアスカ編です。
もともと本編ベースのサイドストーリーを考えていたのですがまとまらず、
苦肉の策で、次の短期集中連載のネタを持ってきました。(^^;;
つーわけで、同じ設定で連載やる予定です。
でも、いつ公開するかは未定。(^^;;
とりあえず、Time-Capsuleが終わってからですかね。
次はマナ編ですが、レイ、アスカ編とは少し違った雰囲気で書こうと思っています。
でも、書くのはこれからです。(^^;;
ではSIDE C MANAでお会いしましょう。