みなさん、エヴァって人の魂が宿っているのは知っていますね?
初号機にはシンジ君のお母さん、弐号機にはアスカちゃんのお母さんの魂がいらっしゃいます。
それでは、零号機は? 零号機のパイロット、綾波レイちゃんはお母さんのお腹を痛めずに生まれてきました。じゃあ零号機にいるのは誰なんでしょうか?
‥‥実は、ここだけのお話ですけどね。
零号機には、レイちゃんの《お婆ちゃん》がいるのです。
「くうううぅ〜〜っ、疲れたっ!」
ここはジオフロント。国連直属の研究組織ゲルヒンです。薄暗い司令室で伸びをするのは熟年の美女にして有機コンピューターの権威、赤城ナオコ博士。 きょうはついに彼女の積年の労作【MAGI−system】が完成した日であります。
「まったくリツコったら、母親のお祝いの日だって云うのにさ、さっさと帰っちゃうなんて素っ気ないわね。肩も揉んでくれないんだもの」
ぼやきながら肩をグリグリまわすナオコさん。お年なんだから無理なさらない‥‥
「だれがトシですってぇ?」
ギロ
‥‥いや、なんでもありませんっ!
(やっぱり“土井美加voice”のキャラは“おばさん”と呼びたくなるトラウマがあるんですよね‥‥)
きゅぅぅ〜
‥‥は? お腹の音ですか? ナオコさん今日の晩御飯はまだのようです。
「うっさいわねぇ、これから取るのよ」
ナオコさん、出前のメニューを取り出しました。中華の萬珍廊、とんかつの倭寇、回転寿司の原子童‥‥けっこういろいろあるもんですね。 おや、今日はナオコさん、ピザショップのメニューを手にしました。
《う〜ん、アンチョビーは食べ飽きたし、サラミは後で匂うし、やっぱりここはお祝いにミヨコーノにしようかな?》
うむ。ミヨコーノですか。なかなか甘党なようで(笑)
ちなみに“ミヨコーノ”というのは焼きたての生地に生クリームとフルーツをトッピングしたデザートピザです。生クリームたっぷりですから、生地がすぐにベタベタになるので、作り置きしたり切り分けで販売することは出来ません。大きさ20センチ径のもので3〜4人前。これを一人で食べるんですか? ナオコさん? (こ〜いう極甘党の方、筆者は寡聞にして一人しか知らない)
さて、閑話休題。
オーダーするべく受話器をとったナオコさんは、発令所の隅に白い影を見つけました。白銀色の髪、赫い目。今日会ったばかりの小さな女の子。
「あら、レイちゃん、どうしたの?」
「‥‥迷ったの」
「あら、それは大変ねぇ。そうだ、お姉さんとピザ食べて、その後いっしょに帰ろうか?」
さすがに一人では食べきれないと思ったようですが、おねいさん、スかぁ?
「うっさい! ね、レイちゃん、そうしよ。碇のオジサンにはお姉さんが電話しといてあげる」
どうやら碇指令にゴマをする機会と見たようです。が、チビレイちゃんは無表情に言い放ちました。
「一人で帰れるからほっといて、婆さん」
「ば、ば、ばあさん?」
ナオコさんの脳裏でチビレイの言葉がエフェクト付きでこだまします。
『‥‥バアサン‥‥』
『‥‥オバアサン‥‥』
『‥‥オバアチャン‥‥』
「おばあちゃんですってえええっ!?」
自分で声の大きさに驚いて口を押さえ、辺りを見回すナオコさん。声をひそめて、
「ヒトのことおばあさんなんて言うものじゃないんじゃないぃぃぃ?」
‥‥語尾がふるえてますよ、ナオコさん。
「でもあなたばあさんだわ」
『‥‥アナタハバアサンダワ‥‥』
『‥‥アナタハオバアサンダワ‥‥』
『‥‥アナタハワタシノオバアサンダワ‥‥』
ナオコさんの脳裏でこだまするレイの声は、大晦日の除夜の鐘。ゴーンンンンンン・・・。
《こ、この子、私のことを、おばあちゃんですってえっ!?》
‥‥ちょいとセリフが違いませんかぁ?
この時、ナオコさんの悪い癖がはじまっていました。
頬を赤らめてチビレイの顔を見つめるナオコさん。
《そういえば、似てるような‥》
「り‥」
「?」
「リツコォォォォォッ!!」
ナオコさんはがばっとチビレイにつかみかかり、手を引いて怒濤のダッシュで発令所を飛び出しました。我が娘、リツコを追って。
後に残るは、セントラルドグマに轟く絶叫のみ。
「あんたいつの間にこんな娘を生んだのおおおおっ!」
‥‥だから違いますってば。
‥‥そう、ナオコさんの悪い癖、それは『とんでもない早とちり』だったのです。
「いま、声が聞こえなかったかね?」
ヒゲ面の男が顔を上げて若い女に聞く。
「はあ? なにがでしょうか」
リツコさんは小首をかしげました。
「いや、ナオコ君の声がしたような気がしたが‥‥まあいいか」
ここはゲルヒン本部最上階、完成すればゲンドウの城となるだだっ広い司令室。が、まだ工事中の今は窓ガラスも入らない吹きっさらしのまんまだ。ナオコさんと別れたリツコさんは、まだ不案内なためここに迷い込んでいました。そして目撃したのは、窓拭きゴンドラに乗って司令室の外壁に張り付いているゲンドウでした。んでもって手には赤いペンキのスプレー缶。
「で、なにをしてるんですか?」
もうゲンドウに一度聞き直すリツコさん。窓から体を乗り出して見ると、司令室の外にはたった今吹き付けられたペンキが乾ききらずに垂れています。
「明日をもってゲルヒンは解体され、新組織となる。そのシンボルを私自ら書き上げたのだよ」
にやり。オヤジの嗤いは今日も不気味だ。
ピラミッド型の壁面にはスプレーで大書されています。『ねるふ参上』と。
‥‥まあ、ひらがなはいいとして「参上」は余計じゃなかろか?
「ふっ、かまわん。昔取ったきねづかだ。我ながら見事な出来映え。‥‥どうしたね?」
「‥‥いえ、めまいが‥‥」
元ヤンキーの上司‥ここへの就職、やめようかと思うリツコさんでした。
「うむ、それはイカンな。医務員を呼ぶかね?」
すかさずリツコさんの肩を抱き止めるゲンドウ、おやぢであります。
「いえ、結構です。これで失礼します‥‥」
と、そこへ‥‥。
「リツコおおおぉっ!」
轟音とともに蹴破られるドア、そこに立っているのは言わずと知れた目を血走らせたオバサ‥
「やかぁしい!」
げふ! ひ、肘撃ち‥‥アバラ折れたかも‥‥
「リツコおぉっ! あんたいつの間にこんな娘を生んだのおっ‥‥」
「「はあ?」」
そこでナオコさんはピシッと固まりました。彼女の目に映るのは、「ゲンドウに抱きすくめられたリツコ」 そしてギギイ、と音がしそうなぎこちなさで首を回して見るのは、自分と手をつないでいる「孫」‥‥チガウッテバ‥‥
「い、いやあああっ! ゲンドウさん! 親子丼だなんて不潔よおっ!」
ああ、また早とちりしてる‥‥
「おまけにあたしを差し置いてリツコとこんな子供までえっ!」
完全に誤解したリツコさん、発散する熱気がすごいです。背後にオーラみたいなものが見えるのは気のせいでしょうか?
「ままま、まちたまえ赤城君、い、一体何の話かね?」
ゲンドウ、顔が青いぞ。目だけがキョロキョロおどおどと逃げ道をさがしています。
「ゲ〜ンちゃ〜ん、か〜くご〜はい〜い〜〜」
一方、詰め寄るナオコさんの目は、完全に据わっちゃってます。
「だぁぁっ、待てっつーに!」
問答無用! フライング・クロス・チョップがゲンドウの喉輪を捉える!
「ぐわっ!!」
続いてアックスボンバー! 倒れたところにストンピング乱れ撃ち! しかもハイヒールでだ! ゲンドウすでに血みどろだあっ!
「ぐおおおっ!」
ゲンドウ選手、かろうじてロープに、いや窓枠に逃れました。しかしもたれてぐったりしております。すでに戦意喪失かぁ? おおっ、ナオコ選手、続いては窓枠に登り、何をしようというのかぁ? これは、これは足場も省みずに大業フランケンシュタイナーの体制だぁ!
「ちぇすとぉっ!」
「うっぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ‥‥」
おおっと両選手場外! 場外へ転落だぁ! これは、これは大変なことになりましたぁ! 両選手の絶叫がドップラーシフトを残して消えてまいります! ‥‥は! 私は何を実況していたんだ? ‥‥へ? あれ?‥‥って、ここって地上何メートルでしたっけ? リツコさん?
「地下六百メートル。海抜では二百メートルほどかしら」
ちが〜う! このビルから下の地面までは何メートルなんスか?!
「地上高百二十六メートル。ちなみにここから落下した物体の着地速度は時速五百六十キロになるわね」
ご、ごひゃくろくじゅう‥‥ヤバイ、それはヤバイ。‥ってな〜にやってんスかリツコさん!早く医者を、救急車、いや警察かも‥‥ ? リツコさん? なにやってるんですかっ? ‥う゛ぉ?
司令室の入り口でしゃがみ込んでいるリツコさんがつついているのは、ぴくりとも動かないチビレイちゃんです。
全力疾走してきたナオコさんに引っ張られてたチビレイちゃん、どこでぶつけたのか頭からダクダクと鮮血が。おまけに手足も変なところで曲がってるような‥‥。
つんつんって、つっ突いてますけど‥‥あの、リツコさん、ボールペンでつっ突いてるだけじゃなくて、ちゃんと手当を‥‥
「ムダよ」
ムダって、脈ぐらいみましょうよ? ねえ? リツコさん、リツコさ〜ん?
「うふ、うふふふ、母さんも居ない、碇所長もいない、おまけにこ〜んなに新鮮な素材がしかも三つも‥‥うふふふふふぅっ!」
‥‥リツコさん、目がイっちゃってます‥‥ごめんレイちゃん、あたしゃ命が惜しい、逃げますぅぅっ!
かくしてこの日、赤城ナオコ博士、綾波レイ初号機、碇ゲンドウ(これまた初号機)、登録抹消。 その真実を知るものは数少ない‥‥。
そして時は過ぎ去って2015年。ここはジオフロント内エヴァ零号機ケージ。いましも第一回の連動試験が敢行されようとしています。搭乗しているパイロットは綾波レイ(弐号機)、コントロールルームで見守るのは碇ゲンドウ(たうぜん弐号機)と赤城リツコ博士。
そしてもう一人、この日を待ちわびていた人がこの場にいらっしゃいます。もっともお姿は見えません。
《そんなことないでしょ!》
あ、いえ、人のカタチではあるんですが、なにぶんデカすぎるもんで‥‥。
《ふん、まあいいわ。うふふふふ‥‥》
なにやらご機嫌なその方は、零号機さん。というよりそのコアにいらっしゃる魂と言うべきでしょうか?
《うふふふっ、レイちゃんと一緒、レイちゃんと一緒‥‥》
‥‥ウキウキワクワク状態でらっしいますねぃ。
そう。ナオコさんの魂はエヴァ零号機に宿っているのでした。え? MAGIこそナオコさんじゃないのかって? だってあれはナオコさんが生前に製作した自分の能力のコピーであって、ソウルの居場所じゃござんせん。
しかし、昔から『立ってる者は親でも使え』とは申しますが、親の魂さえエヴァの素材に使うリツコさん、外道ですね〜。 (そんなもん今さら言わなくていい? ごもっともデス)
「絶対境界線まであと0.5、0.4、0.3、0.2‥‥ボーダーライン・クリア!」
「エヴァ零号機、起動します!」
《レイちゃん、おばあちゃんですよ〜。大きくなったわね》
満面の笑みを浮かべてレイの心にふれるナオコさん。
「‥‥‥‥」
レイちゃん、完全に沈黙。
《レイちゃん? ナオコおばあちゃんですよ〜〜》
だから違うんですってば‥‥。勘違いしたまんまとは難儀なオバハンやねぃ。
ほらレイちゃん、返事をしてあげたら?
レイちゃんがぽつりと呟きました。
「‥‥アナタ誰‥‥」
轟く警報! オペレーターが突然の事態に緊迫した声をあげます。
「パルス逆流!」
「零号機、パイロットとのシンクロを拒絶しています!」
拘束具を引きちぎって暴れ出す零号機。中ではナオコさんが泣き叫んでいました。
《いやぁぁぁぁっ、レイちゃんが、レイちゃんがおばあちゃんて呼んでくれないぃぃぃっ!》
ブンブンブンブンっ! と力一杯首を振る零号機。握りしめた拳を口元に、内股で全身をくねらせちゃってイヤイヤしてます‥‥、はっきり言って異様‥‥あ、オペレーターのマヤさんが泡吹いて白目むいた。おまけにプラグ内のレイちゃんも思いっきりシェイクされてます。
「あややややや、くるくる〜」
‥‥ショックで違う世界にイっちゃってますね‥‥
《リツコおっ! あんたレイちゃんをどういう育て方したのぉっ!》
ナオコさん、リツコさんにつかみかかろうとしています。自分の手がエヴァの手だって事を完全に忘れてコントロールルームの強化ガラスをブッたたいてます。あ〜あ、血圧上げるからエントリープラグが飛び出しちゃったじゃないですかぁっ!
結局、内蔵電源が切れるまで暴れ続けた零号機は、硬化ベークライトで固められ、この日の起動試験は中止となりました。 照明も落とされ、うすぐらいケージの中では、ナコオさんがコアの中でひとりぼっちで残されています。
《ふんふんぐしゅんぐしゅん、レイちゃんが冷たい‥‥リツコのばかぁ、ゲンドウのばかぁ‥‥》
‥‥いじけてますね。だから違うんだってばぁ。
そして技術主任室では‥‥
「零号機が殴りたかったのは私ね、間違いなく‥‥」
暴走の本当の原因についてはち〜とも理解していないリツコさんでした。
というわけで、零号機はこの後、シンクロ率を意図的に低くしてどうにか使える状態にしたものの、なにかてぇと暴走を繰り返すことになるのでした。
‥‥そしてナオコさん、今日の暴走原因は‥‥
《いやあぁぁっ、私に乗るのはレイちゃんでなきゃいやぁっ!》
‥‥シンちゃん御愁傷様。
※あとがき
こんにちわ。作者の眞戸澤でございます。
ナオコさん主役‥‥と言っていいのかな、これは? それとも零号機主役かな(笑)
零号機にはチビレイちゃんの魂がやどらせてある、と言う説を読んだことがあります。
が、私は「アレ?」と思いました。
だってチビレイちゃんの魂が転移して二人目レイちゃんになったわけで‥‥。
彼女は使徒だから、魂のないエヴァでもシンクロできると言う説もあります。しかし、だとしたらシンジ君と互換試験をやった意味はないですよね。(それに私は“ヒト”なレイちゃんが好きですから(笑))
で、「ナオコさん出番です!」、と相成ったわけです。 ち〜と壊しすぎたかも知れませんが、リツコさんはそれ以上に壊したからアイコということで(笑)
さて、先頃こちらで公開いたしました拙作「ガラスの宵闇」に感想メールありがとうございました。 “本歌取り”とほめて下さった方、リフレインの数もちゃんとあわせんかぃ!と添削して下さった方、訳わかんないから何がネタか教えてと言う方、つまらない・電話代返せ! と言う方まで色々‥‥。(直接電話くれた人も2人(笑))
それはともかく、合計14通ものメールをいただいた内、モトネタが何かお判りになった方はわずか5名‥‥。う〜ん、予想以上にマイナーでしたか? 中学のとき教科書にも載っていたし、家庭教師やったときにも副読本で見たんだがなぁ(嘆息)
というわけでネタばらしします。 あれの元ネタは、詩人・山村暮鳥さんの《風景》という作品の一節です。 《いちめんのなのはな》と云うフレーズが7回繰り返され、《かすかなるむぎぶえ》と続き、最後に《いちめんのなのはな》がもう一度出てくる、ある意味単調、しかし風景描写の一つの極だと私は思っています。 今、手元にある本の中でこの作品が乗っているのは、夢枕獏さんの《猫弾きのオルオラネ》(ハヤカワ文庫 JA548)だけですが、他の著名作家の作品でも引用されていたことがあるような記憶が‥‥ご存知の方がいらしたら教えて下さい。
では、次回作(実はもう書き上げてある)では意外な方を主役に? お楽しみに。
P.S. 獏さん好きな方、ソースも見て下さい。
眞戸澤さんの『ナオコ暴走』、公開です。
今開かされる零号機の謎!
そうか、こういう理由があったのか(^^;
ナオコ婆さんに、
ヤンキーゲンドウ。
まともに見えていたリツコも○キ印・・
こういう奴らに大きな力を与えてはならないのだ。
こういう奴らだから大きな力を持てたのかもしれない・・(^^;
つくづく、自己主張できないシンジは
ボロボロにされるだけの存在なのね(笑)
さあ、訪問者の皆さん。
前作の解説をありがとう眞戸澤さんに感想メールを送りましょう!