『はぁっ,はぁっ・・・。』
(まいったなぁ・・・。なんでこんな日に限って・・・。)
目の前を規則的に白い靄が流れ去っていく。
僕は,ネオンの輝く商店街の中を,歩く人達の隙間を縫うように走っている。冬とはいえ,もう空は真っ暗だ。約束の時間は,もう5分ほど過ぎている。
(あまり遅くなると,機嫌,こわしちゃうからなぁ・・・。)
せっかくの日にそれは嫌だった。
そう,今日は12月4日。彼女の誕生日だ。
毎年のようにこの日は,両親や仲のいいみんなとパーティーをしていた。
でも今回は,僕らが引っ越ししてから最初のパーティーになる。
そんなことを考えている内に,左手の方に目的地が見えてきた。5階建ての小綺麗なマンションだ。チラッと時計を見る。約束より10分遅れ。
(怒ってるかなぁ・・・,何て言おう・・・。)
僕は言い訳を考えながら,そのマンションの入口をくぐると,エレベータに飛び込んだ。
505号室の前まで来ると,カードキーを通す。
プシュッ
『おっそーーーいっ!なにやってたのよぉっ!』
『うわっ!!!』
ドアの開閉を司るエアシリンダーからの空気の抜ける音ともに,ちょっと不機嫌そうな元気な声が目の前から飛んできて,僕はちょっと飛び上がってしまった。
『び,びっくりしたぁ。アスカ,そんなとこにいないでよ。』
僕の約束の相手,赤みがかった蜂蜜色の髪に深い蒼い色の瞳をした少女,いや,すでに女性と呼んだ方がいいかも知れない,彼女は,腰に手を当てて頬をちょっとふくらませて,僕の方を睨んでいる。いつも僕の予想外のことをするアスカに,僕は振り回されっぱなしだ。
『あんたが約束の時間に遅刻するからよ・・・。』
アスカは,すねたように顔をそむけて,上目遣いで僕を見る。
(あっ・・・,こんな顔のアスカも可愛い・・・。)
僕は,その場に合わないようなことを考えながら,しばしボーッとしてしまった。
『ちょっとぉ,聞いてるの,シンジィ?』
アスカがちょっと訝しげに顔を近づかせてきたので,僕はハッと我に返った。
『ゴッ,ゴメン,アスカの・・その・・・,ちょっとすねた顔も,可愛いなぁって思って・・・。』
(し,しまったっ!思わず,思っていたことをそのまま口に出してしまった。)
『えっ!?』
突然の僕の言葉に驚いたアスカの瞳が大きく見開かれ,頬がほんのりと桜色に染まる。
『あっ,その・・ゴッ,ゴメン。そ,そうじゃなくて・・・,いや,そうじゃないって言うのは,アスカが可愛くないって言う意味じゃなくて・・・,その・・・,あれっ,何言ってんだ,僕・・・。だ,だから・・・,その・・・,時間,遅れちゃったのは,ちょっと学校で先輩に捕まっちゃって・・・。』
僕の顔は真っ赤に染まっているのだろう。頭の方もボーっとして,自分が何を言っているかも良く分からない。
『クスクスッ』
そんな僕の様子がおかしかったのか,アスカが急に笑い出した。
『いいわよ,もう。ホーーント,シンジったら昔っから全然,変わらないんだから。』
ニッコリと天使の微笑み。僕はまた,一瞬,ボーっとしてしまった。だが,すぐにハッと気を取り直すと,アスカに微笑みかえす。
『よかった,ホントに怒ってるのかと思って心配したんだ。』
『せっかくのわたしのバースデーだもん,今日は。ねっ!』
あぁ,アスカも同じこと考えてたんだ・・・。僕はそう思うと,とても嬉しくなった。
『うん,そうだね。』
僕はそう言うと,靴を脱いでアスカを部屋の奥に促した。
『うわぁ・・・。』
リビング・ダイニングに入った僕は,その光景に絶句した。
並べられた料理の数々。
スモークサーモンやキャビアの並んだオードブルに色鮮やかな野菜のクリームシチュー,サラダ,様々な種類のフランスパン,フライドチキン等々。そしてテーブルの中央にはクリームで可愛らしく飾られたデコレーションケーキ。
『これ・・・,全部,アスカが作ったの?』
『そうよっ。凄いでしょ。またまた惚れ直しちゃったかなぁ,シンちゃん。』
アスカは悪戯っぽく微笑むが,その顔は自分の努力の成果が報われたことに心から満足している様子が見て取れる。
『うん・・・・,そうだね。』
心の底からそう思った僕は,これ以上は出来ないという極上の笑顔をアスカに向ける。一瞬,さっきの僕と同じようにボーっとしたアスカだったが,視線を逸らすと小声で呟く。そのうなじが真っ赤に染まっているのが見える。
『だっ,だって・・・・,今日は・・・初めての二人だけのバースデーパーティーだから・・・。』
最後の方は消え入りそうな声だったが,はっきりと僕の耳に聞こえた。
『アスカ・・・』
僕は,そんなアスカを見て,自然に彼女を抱き締めていた。アスカの顔がこちらを向く。澄んだ蒼い瞳が少し潤んでいる。僕は優しく頬を撫でると,顔を近付けていった。柔らかい感触。
時計の音だけが部屋に響く。
しばらくして,僕らは身体を離した。
『さっ,さぁ,とっとと始めるから。き,着替えてきなさいよ。』
顔はまだ赤く染まっていたが,アスカの様子は普段のものに戻っていた。
『うん,ちょっと待っててね。』
そう言うと僕は,奥の自分の部屋に着替えに向かった。
僕たちは,今,京都に住んでいる。今年の春に,母さん達が卒業した大学の新入生となった。もちろん,アスカも一緒だ。
第三新東京市にも新しくできた大学(東参大)はあったが,あまり興味は湧かなかった。それよりも,僕とアスカの母さん達が一緒に通い,父さんと出会ったという場所に興味があったこと,また伝統があり,ノーベル賞受賞者を何人も輩出している,というのが,今の大学を選んだ理由であった。でもそれは半分表向きで,実際は親元から離れて一人暮らしもしてみたいという気持ちが残り半分あった。
もちろん,アスカも同じ大学に行くということがあったからなのだが。一人だったら,寂しがり屋の僕は,そんなことはしなかったかもしれない。
親たちは,そんな僕達の気持ちを知っていたようだ。そして用意されたのが今のマンションである。さすがに,僕はともかく,女の子の一人暮らしは心配だったのだろう。両家の親の話し合いののち,一つのマンションが確保された。そして父さんが僕に言ったのだ。
『シンジ,お前はアスカちゃんと一緒に暮らすんだ。惣流家の了解も取ってある。
いや,まぁ,これは半分向こうから言い出したことだが,アスカちゃんのボディーガード役としてだ。それに家賃なども節約になるだろうからな。うちとしても何も問題ない。』(ニヤリ)
両家の親の気持ちのほんとのところが何処にあるかは,良く分からない。(父さんの最後の“ニヤリ”が効いているのだろう・・・。)また,母さんとキョウコおばさんは,僕とアスカをすでに許嫁として扱っているところもあり,母さんなんかは,『まぁ,結婚前の予行演習みたいなもんね。これを機会に,アスカちゃんとの仲を進展させるのよ。でも,シンジ,子供だけはくれぐれも気を付けるのよ。』
などと,僕に囁いたものだ。
自分の部屋で着替えながら,僕はもう半年以上も前になってしまったそんなことを思い出していた。
そんなこんなで,僕たちが今いるのは,二人で住んでいるマンションだ。
『シンジィ,まぁだぁ?』
(アスカが呼んでいる。早くいかなきゃ。)
僕は回想を打ち切って,慌てて部屋を出た。
『あれっ?!』
僕は,一瞬,暗くなった視界に思わず声をあげてしまった。
リビング・ダイニングは明かりが落とされて,ケーキの上にある19本のキャンドルの明かりだけになっていた。
『ほらっ,雰囲気,でてるでしょ。』
ニッコリとアスカが微笑む。
アスカは,思いついたことをすぐに行動に移す。ちょっと油断すると,すぐおいてきぼりになってしまう。でも,そんなところも僕を惹き付けるアスカの魅力のひとつなんだ。
『うん,そうだね。』
僕はすぐに立ち直ってアスカを追う。もう,ちょっとやそっとのことでは,動じないようになってきている。それでもまだ,時々,僕はアスカに振り回されている。
(でも,それもまた・・・。)
『じゃあ,はじめようか,パーティー。』
『うん。』
僕らは用意したグラスにワインを注いだ。
軽くアスカの方に向かってそれをかかげる。
『誕生日,おめでとう,アスカ。』
『ありがとう,シンジ・・・。』
チン。
澄んだ音が室内に響いた。
アスカの準備した料理は,二時間後にはほとんど無くなっていた。
『あれだけの量があったのに,みんな食べちゃったね。』
アスカが,ちょっととろんとした眼で話しかけてくる。アルコールが入っているせいもあるが,自分の作ったものが残さず食べられたことに満足もしているのだろう。
『うん。我ながら,自分の食欲に驚いてるよ。』
僕は,心も体も満たされた思いを感じながら,返す。
高校に入った頃から伸び始めた僕の身長は,今や180cmを優に超えたものの,身体の線自体はまだ細い方である。よくあれだけの量が入ったものだと,変なことに感心してしまう。
『でも・・・,ホントに美味しかったから。』
『ありがと,シンジ。』
『でも,いつの間にこんな料理覚えたの?』
『今日のはね,ユイおばさまやヒカリに,DVDで実演付きのレシピ,送ってもらって練習したんだ。』
『そうなんだ。』
そんなアスカの健気さに,僕は何かお返しをしなくちゃいけないなと考えて,ふと思い出した。
(そうだ,プレゼントわたさなきゃ。)
『ちょっと待ってて。』
僕はこの前の週末に準備したプレゼントを取りに,一度,部屋に戻った。
アスカも分かっているのか,何も聞かずに僕を待っていた。
『はい,アスカ。バースディ・プレゼント。』
『ありがとう,シンジ。でも,結構大きな包みね。何が入ってるの?』
『開けてみてからのお楽しみだよ。』
『じゃぁ,さっそく,開けてみるわね。』
僕が渡した,赤いチェックの紙に緑のリボンを巻いたやや大きめの包みを手に取ると,アスカは早速,開け始めた。
『わぁ・・・・。』
中から出てきたのは,赤を基調に,袖の部分がクリーム色系の皮でできたスタジアム・ジャンバー。
『ふぅーーーん,シンジにしてはまぁまぁのセンスね。』
言葉だけ聞けば厳しいが,恋人同士になってからもまだ素直でない部分を残している彼女のそんな言葉が,実は相当の褒め言葉であるというのが,ここ一,二年でやっと分かるようになってきた。だから素直に言葉が出る。
『喜んでもらえて嬉しいよ,アスカ。』
『うんっ。・・・・ありがと。大事にするわ。』
ジャンバーに頬ずりするアスカ。
『んっ・・・,あれっ?』
彼女が,突然,変な声をあげたのは,ジャンバーの中に隠れていたもう一つの包みに気が付いたからだ。
『あれぇ・・・,これも,ひょっとしてプレゼント?』
アスカが,きょとんとした顔で僕を見る。
『そう,おまけ。』
アスカを驚かすことに成功した僕は,思わずにんまりとしてしまった。
『ふ,ふぅ〜ん,シンジも面白いことするじゃない。』
僕の思い通りにことが運ばれたことを感じて,ちょっとすねたような表情をしながら,まんざらでもない様子で,アスカはもう一つの包みをあける。
そこから出てきたのは,レモンイエローの半袖のワンピース。
『なによこれぇ・・・,夏用の服じゃない。』
アスカは,ちょっと意外そうな声で言う。
『なんでこの時期にこんなもの・・・?』
『おまじないさ。』
『おまじない?』
『そう,おまじない。来年の夏も,それからもずっと,二人が一緒に居られるための・・・・おまじない。』
『!!!!!』
アスカは僕の意図が分かったのか,ギュッとそのワンピースを抱き締めた。
『むかし,お気に入りだったろ,その色したワンピース。今じゃ,全然,着れないだろうから,新しいの,着てもらおうと思って。ネット通販のカタログで見たときに,ね。』
僕は,言いながら,頬が火照ってくるのを感じていた。
『うん・・・,憶えててくれたんだ。』
アスカは,ちょっと眼が潤んでいる。
(こんなに喜んでくれるなんて・・・。良かった,ほんとうに。)
僕は心が幸せで満たされてくるのを感じていた。その時,
『そうだっ!!』
アスカは,突然,立ち上がったかと思うと,服を脱ぎだした。
『アッ・・,ア,アスカっ,なっ,何してるんだよっ!!』
今更でもないのに,僕は思わず動揺してしまって,叫んでいた。
『着てみるのよっ,今すぐ!せっかく,シンジがプレゼントしてくれたんだから
っ!今度の夏まで待っちゃいられないわっ!!』
そう言うと,アスカはどんどん服を脱いでいく。思わず僕は身体を反対にして,アスカに背を向けた。まったく,アスカと居ると心を緩める暇もない・・・。
『シンジ!!』
アスカの呼ぶ声に,僕は姿勢を戻してアスカの方を向く。
そこには,数年前の彼女が居た。
いや,そう思ったのは一瞬だけ。その頃とは,身長もそして雰囲気も大分違っている。あの頃より遥かに,女らしく,美しく成長した姿がそこにはある。
『どう?』
アスカが,ワンピースの裾をひるがえしながら,その場でクルッと一回転する。にっこり微笑むその姿に,魂を奪われたようにボーっとしていたのは何秒ぐらいだろうか。
『ねぇ,わたしの美貌に見とれるのはしょうがないにしても,そろそろなんか言ってくれてもいいんじゃなぁ〜い?』
微笑んだまま,首を軽くかしげて,アスカが僕に声をかける。
『う,うん,とっても・・キレイだ・・・。』
僕は半分,まだ魂を奪われた状態のまま答える。
『ふふっ,よろしい。』
アスカは僕をやりこめたことで満足したらしい。そのまま鼻歌を歌いながら,室内
を軽いステップで飛び回る。僕の視線は,まだそんな姿に吸い寄せられたままだ。
『ああっ!!』
突然,アスカが叫んだ。
『アスカッ,どうしたのっ!?』
僕はハッと我に返ると,あわててアスカに駆け寄った。
アスカは窓の外を見つめている。
『ゆき・・・・。』
『えっ?』
僕も,つられて窓の外を見た。そこには,天使の羽根のように白く輝くかけらが舞い落ちていく。
『雪・・・だ。』
『キレイ・・・・。』
僕とアスカはその幻想的な光景に見とれていた。ふと気が付くと,僕の右肩にアスカが頭をもたせかけている。僕は手を廻して,アスカの肩をそっと引き寄せた。
(しばらくこのままでいよう・・・。)
そう思った瞬間,アスカがパッと身をひるがえした。
『シンジッ!行くわよっ!!』
『ア,アスカッ?!行くって・・・・?』
『外よっ!部屋の中から見ててもつまんないわっ!』
次の瞬間には,アスカの姿は,僕の視界から消えていた。
僕は慌てて彼女の後を追う。
マンションの裏手にある公園は,すでにうっすらと雪化粧していた。近くの住宅の幸せな家族達の団らんが行われているであろう窓から漏れてくる明かりが,舞い落ちる雪に反射してキラキラと光っている。その中でレモンイエローの妖精が跳ね廻っていた。
僕は公園の入口から,そんな彼女の,雪にはしゃぐ横顔に見とれていた。
その妖精は,だんだんこちらに近づいてくる。
『向こうでは滅多に雪なんか降んなかったのに・・・。』
『京都は盆地だから,冬は寒いって聞いてたけど・・・,雪が降るなんてね。』
『うん・・・,でもちょっといい感じね,こんなのも。』
アスカが僕を見つめてくる。僕は何も言わずに彼女を抱き締めた。二人の影が重なる。
『んっ。』
唇を離すときに,アスカが軽く声をあげる。そんな仕種も可愛いと思いながら,彼女の耳元に口を寄せて,僕は囁いた。
『好きだよ,アスカ。』
『あたしも,好き,シンジ。』
そのまま,しばらく僕らは見つめ合った。と,その時,
『クシュンッ。』
『ああぁ,アスカ,半袖のままじゃない。風邪ひいちゃうよっ!』
僕は慌てて自分のセーターを脱ぐと,アスカに着せる。
『もうっ,思い立ったらなんにも考えずに実行しちゃうんだから。まったく,アスカといると気を抜いている暇がないよ。』
『そうよ,シンジ!わたしと一緒にいる時は,油断しちゃダメよっ!!』
そんなアスカの言葉を聞いて,僕は苦笑した。でもそれは,ちっともいやな気持ちが入っているものではない。むしろ,嬉しい気持ちが強かった。
(今まで,十何年も一緒にいて,笑って,泣いて,怒って,楽しんで・・・。たくさんの君を知ってるつもりだけど・・・。いつも驚かされる,慌てさせられる。だけど,そんなアスカもとても愛しい。)
心の中で思っていた言葉が口をついて出た。
『アスカ,これからも僕を,油断させないでね。』
『あったりまえでしょっ!!』
終
11月最初の日。
さっそく入居者です(^^)
めぞん通算89人目の新住人、
ぜんさんのご入居で四号館も要拡張になってきましたね。
”拡張”と言っても参号館ほどにするだけですし、
五号館建設の予定はないですし・・・
アスカを虐めたトカゲEVAの館なんて建ててやん無い(爆)
そこまでは先着順ですね(^^)
予約はご勘弁を−−
以上業務連絡(^^;
ぜんさんのめぞん第1作、公開です!
親公認での同棲生活・・・
長い付き合いから生まれる
気のおけない関係と、
アスカの奔放さから生まれる刺激。
二人暮らしをはじめて8ヶ月たつのに、
ちっとも倦怠感を感じさせないところがいいです〜
相性の良さが伝わる二人でしたね。
さあ、訪問者の皆さん。
11月最初のぜんさんに感想メールを送りましょう!