【 TOP 】 /
【 めぞん 】 /
[齊藤りゅう]の部屋/
NEXT
Episode1. Angel Attack
時に、西暦二千十五年。
うねうねと続く海岸線。
それをびっしりと埋め尽くしてその黒い鋼鉄の塊たちはあった。百足を思わせるその無数の砲身は、水平線の一点を向いて沈黙していた。
聞こえるのは、絶え間ない潮騒の調べと、海鳥たちの交わす声だけ。
砕ける波の白ささえなければ、それはいつ終わるとも知れぬ永遠の絵姿とも思えた。
ふと見ると、一羽の鴎が波をかすめて綺麗な曲線を描く。すい、とその姿が空中に浮かびあがったその瞬間。
遠く水平線に、巨大な水柱が上がった。
”特別非常事態宣言発令のため、現在全ての通常回線は不通になっております…………”
碇シンジは困惑した表情で、鸚鵡のように同じ台詞を繰り返す受話器を見つめた。
「駄目か。やっぱり、来るんじゃなかった」
耳障りな電子音と共に吐き出されたカードを手に、シンジは途方に暮れていた。時計を見ると、約束の時間をもうとうに過ぎている。送られてきた写真の女性は、いかにもノリと責任感が軽そうで、この非常時に約束どおりに現れてくれるなど、とても期待できそうにもなかった。
周囲を見渡すと既に彼以外には人影もない。無人となった町並みに、シンジは自分に残された選択肢が極めて少ないことを痛感せざるを得なかった。
「待ち合わせは無理か。しょうがない、シェルターに行こう」
そう呟いて案内版を探そうとした彼は、ふと少し離れた場所に人影が見えた気がして、振り返った。
陽炎がたつ中に佇むその影は、少女のように見えた。きゃしゃな体つき。短い淡い色の髪。
だが、シンジが認めたのはそこまでだった。飛び立つ鳥の羽音に一瞬気を取られ、再び視線を戻すと少女の姿はもうどこにもなかった。
幻だったのだろうか。
そう思った時だった。
「葛城一尉、3rd Childrenをロストした模様です」
オペレータからの報告に、赤木リツコはその端正な眉を潜めた。
「いったいミサトは何をやっているのかしら」
ミサトらしいといえばらしい失態だったが、今はそれを容認できるような状況ではない。残された時間はあまりにも少なかった。
モニターに眸を向けると、黒のプラグスーツの少女が映し出されている。憔悴した表情。無理もない。もう十二時間以上続けてシンクロを試みているのだ。だが、今は彼女に賭けるしかない。リツコはマイクのスイッチを入れる。
「マリエ、いい? もう一度最初から行くわよ」
”はい”疲労は隠せないものの、はっきりした口調で少女は応える。
「では、初号機起動を再開します。第一次接続開始」
「了解。第一次接続開始します」リツコの指示をオペレータが復唱した。
轟音。一瞬、空気が重い圧力と化して、彼を押しつぶそうとした。
街全体が揺るぎ、閉じられたシャッターが苦しそうに軋んだ。電線がひゅるひゅると不吉な音色を奏でる。
動揺して周囲を見回したシンジの眸に、信じられないものが写った。
”正体不明の移動物体は、依然本所に対し侵攻中”
”目標を映像で確認、主モニターに回します”
「十五年ぶりだね」
「ああ、間違いない」冬月の言葉に傍らに座る男が応える。スクリーンの中の巨人を見上げながら、ゲンドウは云った。
「使徒だ」
爆音を立てて何かがシンジの頭の上を通り過ぎた。
息を呑んで見上げると、対地ミサイルが長く尾を引く推進炎を残し、巨人に吸い込まれていく。新たな爆発。いくつもの火球が巨人を覆い尽くした。
だがその爆炎が消えると、巨人は何事もなかった様に佇んでいた。先ほどからの重戦闘機の攻撃も、毛ほどにも感じた様子はない。
不意に巨人の手が振り上げられると、その掌から閃光がほとばしった。光の槍にまともに貫かれた重戦闘機がぐらりと姿勢を崩し、シンジの目の前に墜落する。それを巨人がのしかかるように踏み潰した。
閃光。シンジは思わず目をつぶり、自分を吹き飛ばすであろう爆風に身構えた。
その瞬間だった。
けたたましいスキール音を立てて、一台の車がシンジを庇うように止まった。
シンジが呆然と見守る中、ドアが開き見覚えのある女性が姿を表す。
「ごめん。おまたせ」
甘い声が言った。
”目標は依然健在。現在も第三新東京市に向かい侵攻中”
”航空隊の戦力では足止めできません”
オペレータからの報告に、司令席に座る軍人達に苛立ちと焦りが広がる。
「厚木と入間も全部上げろ!」
「出し惜しみは無しだ。何としても目標をつぶせ!」
スクリーンの中で、重戦闘機の一機が巨大な対地ミサイルを放つ。ほとんど零距離に近く充分加速しきっていないそれを、巨人は無造作に掌で受け止め引き裂いた。誘爆に巻き込まれたものの、その爆炎が晴れると巨人は平然とした様子で再び侵攻を開始する。
「何故だ?! 直撃の筈だぞ!」苛だたしげに机を叩く。その勢いで吸いさしで一杯の灰皿があふれる。
「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆撃もまるで効果無しか」
「駄目だ。この程度の火力ではラチがあかん!」
そんな軍人達を横目に、冬月はのんびりとゲンドウに話し掛けた。
「やはりATフィールドか」
「ああ。使徒に対し、通常兵器では役に立たんよ」
不意に軍人達の傍らにある電話が鳴る。
「分かりました。予定通り発動いたします」
「N2地雷か」冬月が独り言のように呟く。
「無駄なことだ」とゲンドウ。
「だが、足止め程度にはなる。今は時間が必要だからな」
「グラフ反転! パルスが逆流します」
管制室に警報が鳴り渡った。
「全神経回路断線。信号、拒絶されました」
「シンクロを強制解除。主電源切断して」切迫したリツコの声が飛ぶ。
「どうして?」電源が切れたエントリープラグの中で、少女は肩を震わせていた。
「どうしてわたしじゃだめなの?」
その眸から零れた涙が、ゆっくりとLCLに融けていく。
ゆるやかに編まれた長い栗色の髪が液体に戻ったLCLの中でゆれ、静かに彼女の悲しみを被い隠した。
「初号機、機能停止。完全に沈黙しました」
「パイロット、精神汚染ありません」
その報告を最後に、ようやく警報が止まった。
「やはりだめ、か。これまでね」リツコは唇を噛む。
「でも先輩……」マヤの不安のこもった声。
「どのみち、マリエでは初号機は起動しないわ。後はミサトを待つしかないわね」
リツコが自嘲を込めてそういった。
「ええ、しんぱいごむよう。彼は最優先で保護してるわよ。だから、カートレインを用意しといて。直通の奴。……そう、迎えに行くのは私が言い出したことですもの、ちゃぁんと責任もつわよ。じゃ」
努めて明るく振る舞って電話を切ったものの、ミサトは愛車の惨状に憂鬱なため息を付いた。
(しっかしもうサイテー。せっかくレストアしたばっかだったのに、はやくもベッコベコ。ローンがあと三十三回プラス修理費かぁ。おまけに一張羅の服まで台無し。せっっっかく気合入れてきたのに。とほほほ)
ふと恋人の顔を思い浮かべると、
(これでまた式に回す余裕が無くちゃったなぁ。今度こそ文句いわれるわよねぇ、きっと)
だから、シンジが自分のことを呼んでいることに気付くのに、数瞬遅れた。
「ミサトさん?」
「あ、なに?」慌てて愛想笑いにならない程度の笑顔を返す。
だが、シンジの声は冷たかった。
「いいんですか、こんなことして」後部座席に山と積まれた乗用車用バッテリを指差す。周囲に乗り捨ててあった車から、ミサトが無断借用してきたものだ。
「ああ、いいのいいの。今は非常時だし、クルマ動かなきゃしょうがないでしょ? それにこう見えても私、国際公務員だしね。万事おっけーよ」
「説得力に欠ける言い訳ですね」
ひく。
ミサトの意志とは無関係にこめかみが一瞬反応する。やさしくしてりゃあつけあがりやがって。
(誰かさんに似て、可愛くない子ね。まったく)
それがミサトの偽り無い感想だった。
もちろん顔には出せる筈も無かったが。
「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」
「了解です」とゲンドウ。
「我々の所有兵器では目標に対し有効な手段がないことは分かった」
「だが、君なら勝てるのかね」
「そのためのNervです」
「……期待してるよ」疲れた様子でそう言い捨て、軍人達は司令席ごと退場して行った。
「国連軍もお手上げか。どうするつもりだ、碇?」
冬月の皮肉がこもった言葉に、ゲンドウは言った
「初号機を起動させる」
「初号機をか? 4thでは起動しなかったのだろう? もうパイロットがいないぞ」
「問題ない」ゲンドウは口元に不敵な笑みを押し上げた。「もう一人の予備が届く」
一通りのチェックを終え、リツコはデッキに上がり潜水装備一式を脱いでいた。
LCLに潜るときには、いつも必ずシュノーケルを付ける。体に無害だということは分かっているし、そのままでも十分呼吸できる筈なのだが、血に良く似た匂いのするこの液体に、リツコはどうしても慣れることができなかった。
昔「血は、母なる海の匂いと味がする」といっていた奴がいたが、そんなことを言える神経がリツコには理解できない。所詮、そいつは男なのだろう。月が変わる毎に血を流している身からすれば、それは鬱陶しいルーティンに付随するものの一部にしか過ぎなかった。
もっとも、その好きになれない液体に満たされたエントリープラグに、自分はレイやマリエを押し込んでいる。勝手なものだ。
そんなことを考えていると、ケイジのアナウンスが告げた。
「技術局一課、E計画担当の赤木リツコ博士、赤木リツコ博士。至急、作戦部第一課葛城ミサト一尉までご連絡ください」
その放送に、リツコは親友の方向感覚を思い出す。
「呆れた。また迷ったのね」
「では後を頼む」
そう言って、ゲンドウは発令所を後にした。
「三年ぶりの対面か....」そう一人ごちた冬月に、オペレータの声が飛んだ。
「副司令。目標が再び移動を始めました」
「よし。総員、第一種戦闘配置」
”繰り返す。総員、第一種戦闘配置。対地迎撃戦用意”
「ですって」
「これは一大事ね」
ミサトの他人事のような台詞に、リツコもあくまで他人事のように返す。すでに予想されていたことなのだ。いまさら慌てたところでどうにもならない。
「で、初号機はどうなったの?」
「結局4th Childrenでの起動は断念したわ。現在B型装備のまま冷却中よ」
「奇跡は再びは起きず、か。でも、ホントに動くの、それ? まだ一度も動いたことないんでしょう?」
「そうね。起動確率は、0.000000001パーセント。オーナイン・システムとは良く言ったものだわ」
「それって、動かない、ってこと?」
揶揄するようなミサトの台詞に、リツコは思わずむっとする。
「失礼ね。ゼロではなくってよ」
「数字の上ではね。ま、どのみち、やっぱり動きませんでした、ではもう済まされないわ」
「そうはいっても、実際に起動に成功した例だってあるのよ。あなただって、その目で見てきたんでしょう?」
「で、その実際に起動に成功したパイロットのうちの一人が、今回初号機の起動に失敗したわけね」
「あなたね、仮にも義理の娘になる子なのよ? そういう言い方はないんじゃないの」
だがリツコのその言葉に、ミサトは笑みを消して言った。
「だからなのよ。あの娘には、これ以上辛い思い、させたくないもの」
「じゃあ、彼ならいいというの?」
リツコはシンジを視線だけで示す。だがシンジは、渡された資料に目を落としていて、その視線に気付かない。
「そうは言っていないわ。第一、まだシンクロできると決まったわけじゃなし」
「同じことよ」リツコはあえて冷たく言い放った。「シンクロできなければ、私たちに未来はないわ」
実際のところ、戦闘指揮官はミサトなのだ。その彼女が決心しないことには、例え起動に成功したところで、実戦などとても無理だった。
「わかってるわ」ミサトは唇を噛む。
「どのみち、私たちに選択の余地なんて残されていないんだから」
照明が落とされた水面をホバーボートが走る。
あれきり二人の女性は一言も言葉を発していない。エンジンの甲高い騒音と、ボートが水面をかき分ける音だけが耳に届く。シンジは落ち着かない思いで周囲を見上げた。
巨大な空間。この区画だけでも、ちょっとしたビルが数棟すっぽりと収まってしまうくらいの広さがあった。この他にも同様な区画があるとすれば、この施設全体の広さはどれほどになるのだろうか。シンジには予想も付かなかった。
数分も走ると、向う岸が見え始め、そこが向かっている場所だと見当が付いた。張り出した桟橋にボートを繋ぎ止めると、女性達は身振りで付いてくるように告げ、先に立って歩き始める。
後れまいと扉をくぐったシンジを、暗闇が迎えた。背後で扉が閉じられる音がし、思わず不安に囚われ声を上げる。
「あ、あのっ。真っ暗ですよ」
だが次の瞬間、照明に照らされた巨大な顔が目の前に浮かびあがり、シンジは息を呑んだ。
「かお……? 巨大ロボット……?」
「探しても、載っていないわよ」
慌ててブックレットをめくるシンジに、リツコが冷たい声を投げる。
「人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。建造は極秘裏に行われたわ」視線だけ動かし、シンジを見る。
「我々人類の、最後の切り札よ」
シンジにはリツコの言っていることの半分も理解できなかったが、だたひとつだけわかったことがあった。
「これも父の仕事ですか」
「そうだ」
その声に、シンジの心臓が跳ね上がった。弾かれたように顔を上げる。
巨大な顔の背後にあるガラスで敷きられた部屋で、その男は不敵な笑みを浮かべていた。
「ひさしぶりだな」
「と、とうさん………」
例えようのない感情が胸の奥から湧きあがってきて、シンジは思わず視線を逸らす。そんな息子の様子に、ゲンドウは口元に嘲笑を押し上げて、言った。
「出撃」
「出撃?!」ミサトは自分の耳を疑った。「零号機は凍結中でしょう?! まさか、初号機を使うつもりなの?」
「他に道はないわ」リツコの声はあくまで冷静だった。
「でも、レイはまだ動かせないし、マリエは起動に失敗したんでしょう? パイロットがいないわよ」
「さっき届いたわ」
ミサトの眉がきゅっと引き締められる。
「マジなの?」
それには応えず、リツコはうつむいたままのシンジに向き直った。
「碇シンジ君」
急に名前を呼ばれ、我に返ったようにシンジは顔を上げた。
「あなたが乗るのよ」
「えっ?」その意味が分からず、シンジは一瞬呆けたような表情になる。
「ちょ、ちょっと待ってよ」ミサトが割って入った。
「綾波レイですら、零号機とシンクロするのに、七ヶ月もかかったんでしょう? 今来たばかりのこの子には、とても無理よ」
「いいえ。4th Childrenは、たった一回で参号機の起動に成功しているわ。試してみる価値はある筈よ」
「しかし、例え起動に成功したところで、戦闘訓練を受けたこともないのよ。まとも闘える筈ないわ」
「座っていればいればいいわ。それ以上は望みません」
「リツコ!」ミサトは思わず声を荒げた。
「今は使徒撃退が最優先事項です。そのためには、誰であれエヴァとわずかでもシンクロ可能と思われる人間を乗せるしか方法はない。私たちに手段を選んでいる余裕なんてないの。分かっている筈よ、葛城一尉」
親友の冷徹な表情に焦りと怒りが込み上げてくる。だがその感情も、今の状況を思い出すにつれ萎えていくのを禁じ得なかった。
「…………そうね」ミサトは打ちひしがれるように肩を落とした。
「とうさん」それまで沈黙を守っていたシンジが、不意に口を開いた。
「何故呼んだの?」
「お前の考えている通りだ」
「じゃあ、僕がこれに乗って、さっきのと闘えっていうの?!」
「そうだ」
「いやだよ、そんなの! 何を今更なんだよ。父さんたちは、僕がいらないんじゃなかったの?!」
「必要だから呼んだまでだ」ゲンドウはニベもない。
「………何故、僕なの?」
「他の人間には無理だからな」
嘲笑うようなゲンドウの口調に、シンジは動揺とも怒りともつかない感情に囚われる。
「無理だよそんなの………。見たことも聞いたこともないのに、できるわけないよ」
「説明を受けろ」
「そんな………、できっこないよ。こんなの乗れるわけないよ!」
シンジの声はもはや悲鳴に近かった。だが、そのシンジにゲンドウは追い討ちを掛ける。
「乗るならはやくしろ。でなければ帰れ」
シンジの顔がはっきりと強張る。打ちのめされた表情。
ミサトも、リツコも言葉を発しない。いや、発することができない。とても親子の会話とは思えない雰囲気に、居合わせた誰もが皆、息を呑んで成り行きを見守るしかなかった。
「待ってください」
不意に細い声が響いた。
見ると、黒いプラグスーツの少女が、肩で息をしながら入り口に立っていた。緩やかに編まれた豊かな栗色の髪。すらりとした体つき。だが、色白の顔立ちに疲労の色が濃い。その身を壁に預け、立っているのがやっとのようだった。
「マリエ!」ミサトが思わず声を上げる。
「何をしているの、マリエ。休んでいるように言った筈よ」とリツコ。
そんな声にも耳を貸さず、少女は続けた。
「もう一度、もう一度だけわたしを、初号機に乗せてください」
「だめよ」だがリツコの声は揺るぎなかった。「初号機はあなたでは起動しない。それはあなたが一番良く分かっている筈よ」
マリエと呼ばれた少女は、その言葉に唇を噛み締めうつむいた。
「リツコ!」ミサトが責める口調で叫ぶ。
「だめよ、ミサト。あの娘は今日だけで十四回も起動試験をしているのよ。通常では考えられない回数だわ。体力的にも精神的にも、もう限界なの。これ以上続ければ、脳神経への影響が無視できなくなるわ」
その言葉に、ミサトは思わず次の言葉を飲み込んだ。
そのときだった。
地響き。ケイジ全体が震える。続けざまの振動。
「奴め、ここに気付いたか」忌々しげにゲンドウが呟く。
「シンジ君、時間がないわ」とリツコ。
シンジは救いを求めるようにミサトを見た。だが、返ってきたのは軍人らしい厳しい視線だった。
「乗りなさい」
シンジは裏切られた思いで視線を逸らす。
「やだよ。せっかく来たのに、こんなのないよ」
「シンジ君。何のためにここに来たの? だめよ、逃げちゃ。お父さんから、何よりも自分から」
「分かってるよ。でも、でもできるわけないよっ」
その様子を見下ろしていたゲンドウは、モニタを振り返った。
「冬月」
その声に応じて、モニタの一部が切り替わる。
「レイを起こしてくれ」
”使えるかね?”
「死んでいるわけではない」
冬月は数瞬迷い、「わかった」と言った。
「初号機のシステムをレイに書き直して。再起動」
”了解。現作業中断、再起動に入ります”リツコの声にオペレータが応える。ミサトとリツが離れていく気配。
シンジはその声を聞きながら、肩を震わせうつむいていた。
(やっぱり僕は……要らない人間なんだ)
だから、ミサトが最後まで気遣わしげな視線を向けていたことも、黒いプラグスーツの少女が唇を噛んだままシンジを見ていたことも、彼は気付くことがなかった。
医師と看護婦に付き添われたストレッチャーが入って来る。
「綾波さん…………」少女の呟きは耳障りな車輪の音にかき消された。
乗せられていたのは、シンジと同年代の少女だった。華奢な体つきは白いプラグスーツに包まれ、その合間から同じ白さの肌と包帯がのぞく。短い淡い色の髪。片方を包帯に覆われた眸は透き通るような、緋色。
ぎこちなく身を起こすと、彼女は苦痛に喘いだ。相当な重傷なのだろう。とても起き上がれるような状態でないのは、シンジにも分かった。
ふと栗色の髪の少女に目を移すと、彼女は辛そうに目をそらしている。
(何もできない自分)そんな言葉が浮かんでくる。
自分はあんな少女達にすべてを押し付けて、現実から逃げようとしている………。
ひときわ大きくケイジが揺れた。周囲の構造物すべてが大音響で悲鳴を上げる。立っていられないほどの振動が襲い、シンジはバランスを崩して床に倒れ込んだ。視界の隅で白い少女がベッドから滑り落ちるのが見えた。同時に、頭上から唸りを上げて何かの構造物が落下してくる気配。思わず手を上げてかばう仕種をしつつも、シンジは死を意識した。
その瞬間。
赤い水面を割り、巨大な腕が振り上げられた。信じられないほど素早い動きで少年の頭上に掌をかざす。弾き飛ばされる鉄骨。
その光景に、ゲンドウは不気味な笑みを浮かべた。
”エヴァが動いた!”
”どういうことだ?”
”右腕の拘束具を、引き千切っています!”
作業員達の驚愕の声。
リツコは呆然としてエヴァを見上げる。
「まさか………」有り得ない。エントリープラグも挿入していないのに。動く筈がない。
だが、エヴァは動いた。
何故?
その瞬間、彼女はあの男の言葉を思い出す。あれは、こういうことだったの?
一方、ミサトはシンジを見ていた。
「インターフェイスも無しに反応した……、というより、守ったの、彼を?」
個人の感情とまったく別の、ミサトの中の軍人としての本能がめまぐるしく計算を始める。
「いける…!」
ミサトの顔にしたたかな笑み浮かんだ。
「動かしちゃだめっ」少女の切迫した声が飛ぶ。抱き起こそうとしたシンジは思わず手を離した。だが、その手にべったりと付いた鮮血に息を呑む。
栗色の髪の少女がよろめきながら走りよってくる。
「綾波さんっ」耳元で叫ぶとうっすらと眸を開いたが、すぐに苦痛に顔を歪めた。
そのうめく声の頼りなさ。傍らに寄り添う少女の必死な眼差し。
そのすべてがシンジの心を責め立てる。
逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。
逃げちゃ、だめだ。
「やります。僕が乗ります」
The end of Episode1.
Next Episode is "The Beast".
エヴァは使徒に勝つ。だがそれはすべての始まりにしか過ぎなかった。
父親との空間から逃げ出し、一人でいいと言いきるシンジを、ミサトは自分が救おうと決心する。だが、それは大人の傲慢な思い込みに過ぎなかった。
シンジはその夜、心を閉じる。
第弐話、「知らない、天井」
Appendix of Episode1.
「エントリープラグ注水」
「なっ、なんですか、これ、あ、あ、ごぼごぼがぼがぼ」
「大丈夫、肺がLCLで満たされれば、直接酸素を取り込んでくれます」
「ごぼごぼごぼがぼがぼがぼ」
「リツコ、様子が変よ」
「せっ、先輩っ。あれ、プラグ洗浄用の洗剤ですっ」
「なんですって?!」
本日2人目です(^^)
凍結解除に素早く応じた齊藤さん、105人目の新住人です!
ここまでは、
ほぼそのままですね。
TVのストーリとほぼ。
大きな相違点、
マリエとはいったい何者でしょうか?
第一話から出てきた。
[4th]の番号を受けている。
ミサトのこだわり。
重要な役割を持っていることは間違いなさそうですね。
さあ、訪問者の皆さん。
感想メールで齊藤さんを迎えましょう!
めぞん/
Top/
[齊藤りゅう]の部屋