TOP 】 / 【 めぞん 】 / [けびん]の部屋に戻る/ NEXT


 

 

 

 

ここはどこだ?

シンジは自分の居場所が認識できずに周りを見回してみる。

赤い空。

草一本生えていない荒廃した大地。

見渡す限りの地平線。

そしておびただしい数の十字架が地面に突き刺さっている。

全ての生命が朽ち果てた終わる世界…。そこはそんなイメージそのものだった。

シンジはその光景に寒気を覚え、この場所から逃れようと必死で駆け出した。

だが、どんなに歩いても、一向に景色は変わらない。

その時、前方に人影が見えた。

小学生の女の子が十字架の前でしゃがんで手を合わせている。

『あの娘は確かサキちゃんだっけ。』

人の姿に安堵したシンジはサキの前まで来て

「ねぇ、サキちゃん。何してるの?ここはどこだか分かる?」

と尋ねてみる。

「ここはあなたの罪を具現化した世界よ。」

「!?」

サキの瞳にはあからさまな憎悪が宿っている。

「人殺し!」

「えっ!?」

サキは十字架を指差して

「この十字架はあたしのパパとママのお墓よ。ここにある十字架は全てサードインパクトで死んだ人間のお墓なのよ。そう、あんたが殺したのよ!この人殺し!」

サキがシンジを断罪する。

シンジの顔が青ざめる。

「人殺し!」

突然後ろから声がした。

シンジが恐る恐る振り返ると、眼鏡をかけた小学生の男の子が立っていた。

「マ…マナブ君!」

「この、人殺し!パパとママを返せぇ〜!!」

マナブは泣いてシンジを罵りながら何度もシンジの胸を叩き続ける。

シンジの心がきりきりと痛む。胸を叩かれる痛みより、マナブの叫び声のほうがはるかにきつくシンジの心に突き刺さった。

 

「「「「「「「「人殺し!!!!!!」」」」」」」」

再びシンジを罵る声がする。今度は多数だ。

シンジが周りを見回すと三春学園の孤児達がシンジの周りを取り囲んでいた。

「あ…あ……あぁ………!!」

シンジの顔が恐怖に震える。

 

「人殺し!!」

「人殺し!!」

「人殺し!!」

「人殺し!!」

「人殺し!!」

「人殺し!!」

「人殺し!!」

「人殺し!!」

 

孤児達はシンジを取り囲みながら皆激しい憎悪の篭った目でシンジを睨んでシンジを罵り続ける。

 

「や…やめてよ!」

シンジは耐え切れずに頭を抱えてしゃがみこんだ。

だが孤児達は容赦なくシンジを罵り続ける。

 

そしてさらにシンジの周りにいる孤児の数はどんどん増えていった。

三春学園の孤児だけでなく、日本中の孤児達が姿を現してシンジを取り囲んだ。

さらに孤児達は一斉に合唱する。

     「「人殺し!!」」」

   「「「「人殺し!!!!」」」」」

「「「「「「「人殺し!!!!!!」」」」」」」」

 

「もうやめてよ!!もう許してよ!!」

とうとうシンジは泣き叫んだ。

 

だが、さらに孤児の数は増え続ける。何時の間にか日本だけでなく世界中の孤児達まで現れて地平線を埋め尽くした。そしてシンジは孤児達の波に飲み込まれてか細い悲鳴をあげながら押しつぶされてしまった。

 

 

「うわあああああぁぁぁぁ……!!!!!!!」

シンジは目を覚ました。

「ハア…、ハア…、ハア…、ハア…、ハア…、ハア…、ハア…、ハア…」

シンジの顔は死人のように青ざめている。

そして寝間着は汗でびっしょりと濡れている。

呼吸が少し落ち着いたシンジは自分の右手を目の前にもってきてじっと手のひらを見詰める。

「人殺しか…。確かにその通りだよな。僕の手は血で染まっているんだ…。」

シンジは大きくため息をついた。

「僕は…僕は一体どうすればいいのだろう?」

シンジの黒い瞳には深い絶望が宿っており、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。

 

 

 

「二人の補完」

 

 

  外伝一 「ある少年の自己肯定に至る軌跡(中編)」

 

 

「シンジ、おはようさん!」

第3新東京市立第壱中学の正門前、ヒカリに付き添われたトウジが後ろからシンジに声を掛ける。

「…………………………………………………。」

「なんや、シンジ。挨拶ぐらいせえや。」

シンジは何も答えない。

「シンジ!!」

トウジの怒鳴り声にはじめてシンジは振り向いた。

「!?」

シンジの黒い瞳は暗く沈んでいる。

表情にもまったく覇気が感じられない。

…………おはよう。……トウジ、……洞木さん。

シンジは蚊の鳴くような小さな声で挨拶を返すと、そのまま緩慢な足取りで校舎に向かっていった。

「なんや、シンジの奴。えらい景気悪い顔しくさって。ついこの間まで明るくしとったと思ったら、もうこれや。ほんまに浮き沈みが激しくて扱いづらいやっちゃで。」

「そうね。今の碇君の顔、はじめてこの町に転校してきたころを彷彿させるものがあったわよね。一体どうしたのかしら?」

トウジとヒカリは顔を見合わせてシンジの変化の理由を考え始めたが答えは出てこなかった。

 

 

 

その夜、バイトを終えたシンジはマンションへ戻ってきた。

はからずも三春学園の孤児達と面識をもってから3日が過ぎた。

今日一日シンジは学校の授業中もバイト中も完全に上の空だった。

今、常にシンジの頭の中を支配していたのは『人殺し』の言葉である。

『今まで考えたこともなかった…。サードインパクトの被害者のことなんて…。そうだ、確かにサキちゃんやマナブ君達の両親は僕が殺したんだ。』

シンジは再び自らを断罪する。

人類補完計画の失敗により永遠に帰らない世界中の十億の人々…。

シンジ一人が全ての罪を背負わねばならない理由はないはずである。

補完計画自体は人類の統合を図った狂った大人達によって進められ、シンジはその舞台(ステージ)に無理矢理登らされただけなのだから。

だが、それでもシンジは自分を許せなかった。

なぜなら、最終的にその計画の引き金を引いたのは他でもないシンジ自身だったのだから…。

 

『あの時、僕に融合を拒否する心の強さがあれば、誰も死なずにすんだんだ。そうすればサキちゃんやマナブ君達のような、孤児が生まれることもなかったんだ。』

 

悔やんでも、悔やみきれない、取り返しのつかない過ち…。

一生決して消えることのないシンジの心に刻まれた十字架。

 

『僕は人殺しだ…。世界中に溢れている不幸の半分は僕のせいなんだ。なのに、僕は…、僕は…』

シンジの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

『あれだけ多くの人間を傷つけて、殺して、不幸にして、それでもまだ生きている。それも、ただ生きているだけじゃない…。旧ネルフの人たちに支えられ、守られている。サキちゃん達は突然両親を奪われて孤児院に押し込められて辛い生活を強要されているのに、それに比べて僕は一体どれだけ優遇されているんだ!?』

ドンッ!!

シンジが壁を強く叩く。

一瞬、拳に痛みが走る。

『マヤさんのような優しい保護者がいて、独りで住める住居を与えられている。その他にも護身術の訓練とか委員会から色んな恩恵を受けている。それだけじゃない。その気になれば生活費をもらうことも、マヤさんと一緒に住むことだってできたんだ。マヤさんは僕のことを『偉いねっ』って誉めてくれるけど、冗談じゃない。僕は誉められるようなことは何もしていない!』

サキ達、サードインパクトの被害者が辛い現実の洗礼を受け、サードインパクトを起こした加害者である自分が数々の恩恵を受け、社会の軋轢から守られている。

何かが間違っているとしかシンジには思えなかった。

 

「僕は…僕は本当にここにいてもいいのだろうか…?僕にははじめっから幸せになる権利なんかなかったんじゃないだろうか?僕は…僕は一体どうすればいいのだろう?」

シンジは精神崩壊から目覚めて以後はじめて自己否定の言葉を呟いた。

 

 

 

それから1ヶ月近くの間、シンジは半死人のような生活を送っていた。

学校にもバイトにも顔を出していたが、主体的に動くことはなく、その間、笑顔を見せることは一度もなかった。

それでも以前のように学校を休んだり家出したりしなかったのは、精神崩壊前に比べればシンジの心が少しは強くなった証なのだろうか…。

とはいえ、この間シンジは自身の罪に思い悩み、悪夢に脅え、そして内罰的に自分自身を傷つけ続けた。

  

だが、そんなシンジに再び転機が訪れた。

それは一月ぶりのマヤの来訪がきっかけだった。

  

 

ピンポーン♪

マヤはチャイムを鳴らしてみたが、返事がない。

『変ねぇ、シンジ君いないのかしら?』

仕事が忙しくて、一月以上シンジのところに顔をだしていなかったマヤは、シンジの笑顔に飢えていたので、軽くため息をついた。

その後、2・3回チャイムを鳴らしてみたが、返事はない。マヤがあきらめて帰ろうとした時、突然ドアが開いた。

「あら良かったわ。てっきりシンジ君は出かけていて留守なのかと思っていたのよ。んっ〜もうー、シンジ君ったら、返事ぐらししなさ………………………。」

マヤは途中で言葉を飲み込んだ。

マヤを出迎えた、陰りのあるシンジの顔が目に映ったからだ。

「シ…シンジ君?」

「……………………………………。」

シンジは暗い目でマヤを見つめるが返事がない。

『やだ…。シンジ君が暗い…。一体どうしちゃったのかしら?せっかくシンジ君の笑顔を見にきたのに…』

「ねぇ、どうしたの?シンジ君。やけに暗いじゃない?」

マヤは努めて明るく質問したが、やはりシンジからの返事はない。

『ちょっとこれは只事じゃないわね。まるで昔のシンジ君を見ているみたいだわ。まずいわね。どうしてこうなったのか事情を聞かないと…。』

「ねぇ、シンジ君。ちょっとお話がしたいのだけど、家に入っていいかな?」

 

 

マヤはリビングに通されるとソファの上に腰を下ろした。

シンジは台所にいって冷蔵庫から麦茶の瓶を取り出すと、盆の上の二人分のコップに麦茶を注いで、マヤのところに運んできた。

「あら、ありがとう。シンジ君。」

「………………………………………………。」

やはり、シンジからの返事はない。

マヤは一瞬ため息をついたが、気を取り直したように一気に麦茶を飲み干すと

「ねぇ、シンジ君。ずいぶん元気がないみたいだけど、何か悩み事でもあるの?もしよかったら私に話してみてよ。」

マヤは熱心にシンジに語り掛けたが返事はない。

「シンジ君!」

「マヤさん……。」

「な…なあに、シンジ君?」

…………………………いいのでしょうか?

「なんて言ったの、シンジ君?」

「僕は…僕は本当にここにいてもいいのでしょうか?」

「えっ!?」

「僕はここにいてはいけない人間なんじゃないでしょうか?」

「ちょ…ちょっといきなり何いってるのよ、シンジ君?」

「マヤさん。僕は一体どうしたらいいのでしょうか?」

シンジは暗い瞳でマヤを見上げる。何時の間にかシンジの目には涙が溜まっていた。

マヤはシンジのいきなりの自己否定の態度に戸惑ったが、すぐに自分を落ち着かせ

「あせっては駄目よ。私はシンジ君の保護者なんだから…。こんな時こそシンジ君の力になってあげないと…。まずはなぜシンジ君がこんな事を言い出したのか、聞き出さないと…」

そう決意するとマヤはシンジの手を握って、

「落ち着いて、シンジ君。いきなりこんな事を言われても分からないわ。まず、なぜそう思ったのか説明してくれないかな?」

暖かい笑顔で微笑みながらシンジを諭しはじめた。

そのマヤの顔を見てシンジは少しづつ落ち着いてきたみたいだ…。

そしてシンジはポツリ…ポツリと三春学園での出来事を話しはじめた。

 

 

「…………………………というわけなんです。」

シンジの説明を聞いてマヤは息を呑んだ。

『なんてことかしら…。ようやくシンジ君が独り立ちできそうだった時に、こんな現実を見せられるなんて…。』

マヤはチラリとシンジの顔を見る。落ち込んだシンジの顔を見てすぐには言葉が出てこなかった。

「マヤさん…。僕は…僕は一体どうしたらいいのでしょう?」

シンジは縋るような目でマヤを見上げる。

マヤは考えこんだ。マヤ個人の考えとしてはサードインパクトの責任の全てをシンジが背負わなばならないとは到底思えなかった。 

『そうよ。あの事件は決してシンジ君一人の責任ではなかったわ。ううん、むしろ私はシンジ君はあの事件の被害者だとさえ思っている。だって、シンジ君は事態に無理矢理巻き込まれただけなのだから…。それに世界中に発生した孤児の件だってシンジ君にまったく責任がないわけじゃないけど、全ての罪をシンジ君一人が背負わねばならないとは思えない。だって、LCLから帰ってこなかった人間は全て自分の意志で現実への帰還を拒んだのだから……………。』

そう思ったがそれを口にだして言おうとはしなかった。

シンジがその理論を割り切れるような人間ではないことはすでにマヤは重々知っていたからである。

『いずれにしても、ここは重要な所ね。ここで対応を誤ったらシンジ君は一生自分を罰しながら生き続けることになるかもしれない。』

そう思ったマヤは慎重にシンジに尋ねてみる。

「ねぇ、シンジ君。あなたはどうしたいと思っているの?」

「……………………………とりあえず、サキちゃんやマナブ君達に謝りたいと思っています。その他の子供たちにも……。」

マヤにはそれがシンジにとって最良の選択だとは思えなかった。

『まずいわね。サードインパクトの真相は日本政府さえ知らない委員会の最高機密なのに、このままだとシンジ君はそれを漏洩しかねないわ…。それに、もしそんな事になったらシンジ君は世界中の不幸な子供たちの憎悪を背負うことになりかねない。』

マヤにはシンジが多くの人間の憎悪と悪意を背負いながら、それでも前向きに生きていけるような人間だとは到底思えなかった。

『なんとかしてシンジ君の思考を変えないと……。』

とはいえまともな説得が今のシンジに通用するとも思えない。

マヤは、かつてシンジに対する憎悪で狂気に陥っていた時のアスカの説得に失敗した経験から、追いつめられた人間にはまともな正論が通用しないことを学んでいた。

『今のシンジ君をまともに説得しようとしてもたぶん無駄だわ。こうなったら、うまくいくかわからないけど、こちらもシンジ君の罪を認めた上でそこから話しを進めてみるしかないわね。』

「悪いけどシンジ君。それはその子供たちのためになるとは思えないわね。」

「えっ!?」

「シンジ君、ハッキリ聞くわよ。確かサキちゃんとマナブ君だったけ?シンジ君はこの子たちを幸せにしたいの?それともさらに不幸にしたいの?」

「!?」

マヤの意外な質問にシンジは戸惑う。そんな発想はシンジにはなかった。

「そ…そんな不幸にしたいわけないじゃないですか…。」

「そう。それじゃシンジ君はその子達に幸せになって欲しいと願っているわけね?」

「あ…当たり前じゃないですか!」

向きになって答えるシンジの解答にマヤは安堵した後

「それじゃ、シンジ君。さっきシンジ君がしようとした事、…つまりはサキちゃん達に事件の真相を話して謝罪することは、本当にその子達の為になると思う?」

「……………………………………………。」

「もし孤児達が、自分の両親を殺した犯人がシンジ君だと知ったら、孤児達はシンジ君をどう思うか…と聞いているのよ。」

「………………………た……たぶん、僕のことを憎むと思います。」

言いづらそうにシンジは答える。

望み通りの解答をシンジから導き出したマヤは、とっておきの一言をシンジに投げつけた。

「その通りよ、シンジ君。つまりその子達は下手をしたら、かつてのアスカのようになるかもしれない…ってことよね。シンジ君に対する憎しみだけで自分と現実を繋ぎ止めていたかつてのアスカのようにね。」

アスカの名前を聞いてシンジはビクッとした。

シンジの膝がガタガタと震えだす。

「もう一度聞くわよ、シンジ君。その子達をかつてのアスカのようにすることが、本当にその子供たちを幸せにすることだと思うの?」

マヤはあえて厳しい口調でシンジに尋ねる。

そのマヤの言葉にシンジは耳を塞いでしゃがみこんだ。

「答えなさい、シンジ君!」

マヤは追求の手を緩めない。

「………………思えま…せん。」

がっくりと肩を落としてシンジは答えた。

かつてのアスカの状態を持ち出されたのは相当シンジには堪えたようだった。

「そう、だったら、シンジ君はその子供たちをさらに不幸にする所だったわけね。自分自身の罪悪感から逃れたい一心で…。」

質辣な口調でマヤは尋ねる。

容赦のないマヤの口撃にシンジは耐えられなくなり

「じゃあ、どうすればいいんですか!?僕に他に何が出来るっていうんですか!?」

感情を露にしてシンジは訴える。

「それはシンジ君が自分で考えることよ。」

マヤは素っ気無く答える。

「そ…そんなのズルイですよ、マヤさん!僕のやろうとすることだけ否定して、解答を与えてくれないなんて…。」

「そう、確かにずるいわね。けど、大人はみんなこうなのよ、シンジ君。あなたは純粋すぎるから、少しはこういう大人の汚さに慣れておいたほうがいいと思うわよ。でないとこの先本当に苦労するわよ。かつての私みたいにね。」

「………………………………………………………。」

マヤは真摯な瞳でシンジを見下ろすと

「シンジ君。私が言いたいのはね。本当に自立した人間になりたいのなら、ただ衝動で動くのではなく、きちんと結果を考えられる人間になりなさい…と言ってるのよ。」

「結果ですか…。」

『ここが正念場ね…。』

そう思ったマヤは敢えてシンジの過去のトラウマをほじくることにした。

「シンジ君。古いことを持ち出すようで悪いけど、あえて言わせてもらうわ。かつて参号機が第十三使徒に乗っ取られた時、シンジ君は戦うことを拒絶したわよね。あの時シンジ君は何を考えていたの?」

「な…何って……。」

「何も考えていなかった。ただ、自分が手を汚すのが嫌だったから、そこで思考を停止してしまった。自分が戦わなかった…その結果どうなるかなんて考えもしなかった。そうじゃないの、シンジ君?」

「…………………………………………………………。」

シンジは青ざめた顔で何も答えない。それを肯定と受け取ったマヤは

「その結果は知っての通りよね。結果を考えずに衝動で動いた結末は大抵悲劇で終わるものなのよ。アスカの時もそうだったわよね。」

アスカの名前に再びシンジはビクリと体を震わせる。

「アスカが一人でエヴァシリーズと戦っていた時だって、シンジ君は思考停止していたわよね。その結果どうなるかなんて分かりきっていたようなものなのにね。」

「や……やめてくださいよ。マヤさん!」

シンジは耐えられなくなり、叫んだ。

「そうね…。少し言い過ぎたわ。ごめんなさいね、シンジ君のトラウマを掘り起こすようなことをして…。けど、私の言いたいことも分かってくれたわよね?」

「は…はい。何となくですけど…。」

「だからね。シンジ君。本当に孤児達に償いたいのなら、それがその子たちのためになるのかどうかきちんと結果を考えてから動きなさいと、私は言っているのよ。自分のした事にきちんと責任がもてるのが本当の意味で大人になる…ということなのよ。」

マヤは優しく微笑んでシンジを諭しながらも

『まったくあきれるわね。私のいっていることは完全に詭弁だわ。』

と心の中で自嘲した。

一体今の世の中に自分のしたことに責任がもてる大人がどれほどいるというのだろうか…。

ましてや、マヤ自身自分が先ほどシンジに諭したことを実践できている立派な大人だとは到底思えなかった。

『自分には出来ない生き方なのに…シンジ君にはそう生きろ…と私はけしかけているのだわ。本当に大人って身勝手な生き物よね。けど、シンジ君にはそういう立派な人間になって欲しいと願うのは私のわがままなのかしら…。』

 

 

 

マヤはシンジのマンションを後にしながらも、先ほどの自身の発言を省みた。

『本当にあれでよかったのかしら?』

今回マヤがああいう論法を用いたのは今のシンジには慰めることや、ましてやシンジの罪を弁護するようなことをいってもたぶん効果がないだろうと考え、だったらいっそのこと、マヤ自身がシンジの罪を認めた上で話を進めた方がうまくいくかもしれない…と考えたからである。無論、マヤ自身は自分の言ったことは完全なペテンだと思っている。

アスカを引き合いにだされたのはシンジにはだいぶ堪えたようだった。その想いを引きずっている限りは、少なくともシンジが衝動的に自分の罪を孤児達に暴露することはないだろう。

だが、だからといってこの後シンジが前向きな行動に出れるか…というとそれは未知数だった。

『いずれにしても、シンジ君の性格からしてあの事件を何もなかったような顔をして生きていくことは不可能よね。だとすると、シンジ君に残された道は二つに一つね。自分の罪を認めた上でそれを正面から乗り越えるか…。それとも、罪の重さに耐え切れずに押しつぶされてしまうか…。』

マヤはため息をついた。

「強くなるか、それとも壊れるかの二者択一とは辛いところよね。運命はどこまでシンジ君を苦しめれば気がすむのかしら…。いずれにしても私に出来るのはここまでよね。この先どうなるかはシンジ君次第なのだから…。」

マヤは保護者としての自分の無力さを嘆きながらも、シンジが前者を選択してくれることを心から祈らずにはいられなかった。

 

 

 

一人マンションに残されたシンジは、自分の部屋で先ほどのマヤとの会話を反復してみる。

「自分のしたことに責任を持てる人間か……。確かに、僕は今まで結果を考えずにその場その場の衝動だけで生きてきたような気がする…。そしてその結果…………。」

シンジの脳裏に忌まわしい過去が思い浮かぶ。

潰されたエントリープラグから引きずりだされた左足を失ったトウジの姿…。

エヴァ量産機によってずたずたに引き裂かれ陵辱された弐号機の残骸…。

そしてサキやマナブ達孤児の姿。

 

シンジはわなわなと肩を震わせる。

「確かにマヤさんの言う通りだ。僕がしっかりと結果を考えて行動していればトウジもあんな苦労をしなくてすんだんだ。アスカだってあんな狂気じみた状態に落ち込むことはなかったんだ。そして何よりサキちゃん達のような孤児が発生することもなかったんだ!僕さえしっかりしていれば…。僕さえ……!!」

シンジは強い自己破壊衝動に駆られた…。

シンジは強く強く壁を殴り続ける。

「畜生!畜生!畜生!畜生!」

拳に激痛が走る。だがそれでもシンジは殴り続ける。

あたりにあるモノをひっちゃかめっちゃかにひっくり返す。

そして本棚を持ち上げてひっくり返そうとした時、シンジはその重みに耐え切れず、押しつぶされてしまった。

「わあああああああ!!!!!」

本がバラバラに散らばって本棚の上に置かれていた道具箱もひっくり返してしまい、中に入っていたモノがあたりに散乱した。

「痛てて……!!」

暴れるだけ暴れて暴れ疲れたシンジは自分の行動を自嘲する。

「何やっているんだろう……………。」

シンジは本棚をどけてのろのろと起き上がると、怪我がないのを確認して部屋を片づけはじめた。

「馬鹿だな…。僕は…。こんなことしたって、何にもならないのに……………………んっ…!?」

シンジの瞳が道具箱から散乱したある物体に釘付けになった。

それは十字架を形どったペンダントだった。

シンジはペンダントを拾い上げると

「ミサトさんの形見のペンダント。こんな所にあったんだ。そういえばすっかり忘れていたな…………………!?」

シンジはペンダントを見てあることに気がついた。忘れていたのはその形見の存在ではなかったことを…。そう本当に忘れていたのは、その形見をくれた人物の自分に対する想いだったのだ。

シンジはペンダントを強く握り締めながら、かつて夢の中で出会った時のミサト達の言葉を思い出してみる。

 

『おめでとう…。』

 

「ミサトさん…。加持さん…。リツコさん…。綾波…。カオル君…。母さん…。父さん…。」

シンジの心に今は亡きシンジの親しき人達の想いが染み込んでくる。

少しづつだが今まで凍り付いていたシンジの魂が暖かい思い出で満たされはじめる。

そして先ほどまで絶望に打ち震えていたシンジの瞳にわずかだが希望の光が灯った。

「……………………また逃げ出すところだった。あれほど納得して現実へ帰ってきたはずだったのに、僕はまた逃げ出すところだったんだ。…………分かっていたはずなのに。僕の人生はもう僕一人のものじゃないって…、僕にはみんなの分まで生きなければならない責任があるってあの時悟ったはずだったのに…。」

シンジの瞳から涙が零れ始めた。

「ごめんなさい。ミサトさん。僕はもう少しでまた逃げ出してしまうところでした。自分の罪の大きさに押しつぶされて皆がくれた大切な未来を無駄にしてしまうところでした。けど、ミサトさん達のおかげでもう一度思い出すことができました。あの時の決意とミサトさん達の想いを…。ありがとうございます、ミサトさん。」

シンジは十字架を見つめながら、感謝の言葉を述べた。

シンジは瞳に涙を溜めながらもやや吹っ切た笑顔を見せた。それは久しぶりのシンジ笑顔だった。

「それにしても本当にミサトさんの言っていることは正しかったな。僕はあの時一種人生の悟りを啓いたような気にさえなっていた。けどミサトさんは、僕はまたきっと何度も同じ事を繰り返すだろう…と忠告してくれた。本当にその通りだった。あれほど納得して現実へ帰ってきたはずなのに僕はまた自分の存在意義について悩んでしまった。けど、ミサトさん。僕はもう一度立ち直れましたよ。僕にはミサトさん達のような僕を命懸けで愛してくれた素晴らしい家族がいたから…。そしてあの時約束したようにその事を決して忘れなかったから…。」

ふとその時シンジは一つの疑問にぶち当たった。

「結局ミサトさんの危惧した通り僕はまた自分の存在意義を疑ってしまったよな。……っていうことは僕はいずれアスカに対する想いについても疑ってしまうことになるのだろうか?」

シンジは一瞬そう考えたがすぐにその疑問をねじ込んだ。

「ははは…。そんな事あるわけないよな。だって、アスカのことを考えただけで僕の胸はドキドキしていたのだから…。確かに僕はミサトさんの言う通り自分の存在意義については疑ってしまったけど、アスカへの想いを疑うなんてことはあるもんか…。たとえ、この先何年アスカに会えなかったとしても絶対に……。」

シンジは無理矢理その話題を打ち消すと

「それより、この先どうするかだよな……。マヤさんの言う通りかもしれない。確かに本当にサキちゃんやマナブ君に償いたいのなら、きちんとその結果を考えるべきだったんだ。けど、僕に一体何が出来るんだろう?今の僕に他人の為にしてあげられることなんてあるのだろうか?」

 

シンジは部屋の片付けを全て済ませると、十字架のペンダントを自分の首にかけて

「このペンダントをいつも肌身離さずに身につけておこう。そうすればまたどんなに辛いことがあっても、きっとミサトさん達の想いを忘れないですむから…。」

そのペンダントがお守りになったのか、この夜シンジはひさしぶりに悪夢に悩まされずに熟睡することが出来た。

 

 

 

翌日、マヤはシンジに会いたいという旨の電話を受け取って、再びシンジのマンションを尋ねた。

昨日の会話の結果どう変わるか内心不安だったマヤは、シンジの顔を見て安堵した。

『とりあえず、乗り越えたみたいね…。』

シンジの黒い瞳に昨日までになかった強い決意が宿っているのを確認したからだ。

「マヤさん。昨日は色々と落ち込んでいる僕を叱咤してくれてありがとうございました。それで一つどうしてもマヤさんに聞きたいことがあるんですが…。」

「なあに、シンジ君?」

シンジはやや躊躇った後、

「サードインパクトの正確な被害状況について教えてくれないでしょうか?」

「えっ!?」

「僕が犯した罪がどの程度のものなのか…正確に知っておきたいんです。」

「シンジ君…。」

「お願いします。」

そう言ってシンジは頭を下げた。

「………………シンジ君。はっきり言って辛いわよ。」

シンジは胸に下げた十字架を握り締めながら

「か…覚悟しています。」

と答えた。その時のシンジの目を見てマヤは一瞬躊躇った後、軽くため息をついて

「わかったわ、シンジ君。そこまで決意しているのだったら、教えてあげる。シンジ君。私があげたノートパソコンはちゃんと通信回線の接続はしてあるわよね?」

「えっ…!?、あ…はい。」

シンジの返事を聞いたマヤはシンジの部屋へいってシンジのノートパソコンを立ちあげると

「これからMAGIへ接続するんだけど、シンジ君はちょっと後ろを向いていてくれないかな?これから打ち込むパスワードは委員会の特A級の最高機密なのよ。もちろん、日本政府さえもアクセスすることはできほどのね。」

「はい、わかりました。」

シンジは慌てて後ろを向いた。

しばらくして

「もう、いいわよ。シンジ君。」

マヤの了解が出たのでシンジはディスプレイのモニターを覗くと、サードインパクトの被害状況を示したデータベースが構築されていた。

マヤはその中からマウスで人物の欄をクリックすると、人類補完計画が失敗した結果、死亡した人物の被害状況を示したグラフが表示された。

「大丈夫?シンジ君。」

シンジには刺激が強すぎるのでは…と危惧したマヤが心配そうにシンジに声を掛けると、シンジはやや青ざめた顔をしながらも

「だ……大丈夫です。いいから続けてください……。」

マヤは言われるままにシンジにデータを見せ続けた。

国別、性別別、年齢別、職業別、などあらゆる統計を示したグラフが次々に示される。

「………………………というわけで、LCLから帰ってこなかった人達のパーソナリティーを研究すると意外な事実が分かったのよ。それは心の強さは決して年齢や貧富とかとは関係ないということよ。一見、生きることに絶望していそうな人でも現実へ帰ってきた人は意外に多いのよ。そして逆にこの世の栄華を極めた人間でもLCLから帰ってこなかった人間もけっこういたりする…。つまり、不幸のどん底でも人間性の高みに立つ者もいれば、幸福の絶頂でも人間性を消失する者もいるということかしらね…。」

知らぬ間にマヤの口調が熱が帯び始める。

今マヤの顔は姉のようなやさしい保護者ではなく、完全に怜悧な科学者の顔になっていた。

シンジは次々に表示されるサードインパクトの被害者のデータを苦行のように読み続ける。

家族そろってLCLから帰らなかったケースはまだましといえた…。両親を失った孤児達、逆に子供を失った親達。そして伴侶を失った者達。ありとあらゆる不幸が数値としてディスプレイの中に刻まれていた。

そして孤児院の一覧の中から「三春学園」の名を検索し、サキやマナブの名前が表示された時、とうとうシンジは耐えられなくなり

「ううぅぅぅ……!!!!」

シンジは口元を押さえて洗面所へ駆け込むとそのまま吐き出した。

「はあ…、はあ…、はあ…、はあ……」

シンジは再び自身の罪の重さを思い知らされた。

自分が衝動で起こしたサードインパクトがどれほどの不幸を世界中に撒き散らしていたのか、数値とデータを見て改めて思い知らされた気分だった。

正直、自分を支えているミサト達の想いがなければ、シンジは罪の重さに耐え切れず狂っていたかもしれなかった。

マヤはパソコンの電源を落とすと、ようやく自分が調子にのってしゃべりすぎていたことに気づいて

「ご…ごめんなさい、シンジ君。シンジ君の気持ちも考えずに、つい………。」

洗面所から戻ってきたシンジはうな垂れたマヤの顔を見て、青ざめた顔で無理して微笑むと

「き…気にしないでください。マヤさん。僕がマヤさんに頼んだことですから…………。それにしても今更ですけど僕のせいでサキちゃんやマナブ君達にあんな辛い想いをさせてきたんですよね。」

やや自嘲するようなシンジの様子を見てマヤは

「シンジ君。確か三春学園だったわよね。私も一度仕事で尋ねたことがあったけど、あそこはまだいいほうよ。園長の三宅さんは子供たちのことを考えた大変誠実な人だからね…。孤児院なんていうと、酷いところだと刑務所と大差がないなんて所も珍しくないのだから…。」

「………………………………………………。」

「ねぇ、シンジ君。今更言うのもなんだけど、こんな事を調べてどうするの?」

そのマヤの問いにシンジは寂しそうに笑うと

「まず、自分の罪の全てを正確に知っておきたかったんです。この先、また順次に自分の罪を突きつけられてその都度悩み続けるのは嫌だったから…。今なら…あの時の決意を胸に秘めている今なら…きっと何とか耐えられると思ったから……。」

シンジはそう言って十字架を強く強く握り締めた。

 

 

 

あれからシンジは自身の罪に対して何か出来ることはないか…と思い悩んだ結果、積極的に孤児達と関わりを持とうと決意した。

無論何か出来る…という確固たる展望を持った上ではない。

サードインパクトという世界規模の災厄の前に今のシンジはまるで無力だった。

そう、シンジはもはや地上最強の戦闘兵器であるエヴァンゲリオン初号機のパイロットだったサードチルドレンでも、人の持つ知恵の実と使徒の持つ力の実の双方を手に入れた人類の命運を選択できる神の子でもない、ただの無力な一人の中学生に過ぎなかったからだ…。

シンジは己の無力さを嘆かずにはいられなかっが、だからといってそれを理由に全てを投げ出そうとはしなかった。

『確かに僕は無力だ…。もう僕には何の力もない。けど、それでも僕にはまだ碇シンジという一人の人間として五体満足な体がある。出来る・出来ない…の問題じゃない。どんなことでもいいから今やれることをするんだ。』 

ただ、家でじっとしていても、自分の無力感と罪の意識に悶々とさい悩まされるだけで、何の答えも出てこない。

だったら、どんな形でもいいから、サードインパクトの被害者に接すれば何らかの答えが見つかるかもしれない…シンジはその可能性に一縷の望みを託した。

 

その日学校から帰ったシンジはそのままバイト先へ足を伸ばすと、ボランティアをしたいので夏休みの間だけバイトを休みたい旨を定食屋の店主に訴えた。

「……………というわけで、夏休みが始まったら、三春学園の手伝いをしたいんです。少しでも孤児達の役に立ちたいから…。僕も同じ親なしだから彼らの気持ちは良く分かるので…。」

シンジはクビになることを覚悟の上で話したが、意外にも「げんごろう」の店主の川内は快くシンジの休職願いを承諾してくれた。

「あ…あの本当にいいんですか?」

意外な顔をしてシンジが尋ねると、川内は暖かい笑顔でシンジを見下ろして

「ああ、そういう動機ならかまわんよ。積極的にボランティアに参加しようとは近頃の若い者にしては感心だからな。仕事の方なら大丈夫だ。小遣い稼ぎに夏休みの間だけバイトしたいという学生はけっこう多いから急募すれば何とかなるだろう。そのかわり新学期になったらまた戻ってきてくれよ。碇君は真面目だし料理の腕も確かだからうちも重宝しているからね。」

「は…はい。ありがとうございました。」

シンジは頭を下げて自分の我が侭を承諾してくれた川内に心から感謝を述べた。

シンジにしても恐らく三春学園と長く関われるのは夏休みの間だけだろうと思っている。

新学期に入ってからもバイトをキャンセルしたらシンジの生活そのものが成り立たなくなるからだ。

無論、マヤに泣きつけば生活費でもなんでもいくらでも都合してもらえるのだろうが、そんな甘えはシンジには絶対に許されなかった。

 

『とにかくこの夏休みの間に何らかの答えを自分で見つけるんだ。』

それがシンジの今の命題だった。

 

 

それから一学期の終業式を終えたシンジは、自分の成績表を見て、軽くため息をついた。

「例の件で思い悩んで、授業を真面目に聞いていなかったツケがきているよな…。二学期の成績で挽回しないと将来、奨学生の推薦を受けるのはきつくなるかもしれないな…。」

その時、トウジ、ヒカリ、ケンスケが現れて後ろから声を掛けた。

「よう、シンジ。一学期の成績はどうだった?」

軽く首を振るシンジの様子を見てケンスケは軽くシンジの肩を叩いた後

「そうか…。そういや、ここ一月近くシンジは授業中、上の空って感じだったしな…。まあ、けど立ち直ったみたいで、何よりだな。ま、済んだことは忘れてこれからどうしようか決めようや…。」

「これからって?」

「だから、夏休みだよ。これからどうしようかってトウジや委員長とも相談してたじゃないか。それにしても本当に第三新東京都市に戻ってきて助かったよ。地方にいたんじゃ中学最後の休みも満喫できなかったしな…。」

「…………あ、悪いけど、僕、夏休みの間にはやることがあるんだ。だから…。」

「おい、やることって…。」

「ご…ごめんね」

シンジはそう皆に謝ると駆け足で教室から出ていった。

 

 

そして学校を出たシンジはその足で三春学園へと足を伸ばした。

だが一歩一歩三春学園へ近づく都度、シンジの足取りは重いものになる。

三春学園まであと100mの地点でシンジの足が止まった。

そしてシンジは方向を転換すると自分の左手にある「第三中央公園」とプレートの掲げられた、やや広めの公園に足を伸ばして、ベンチに腰掛けると軽くため息をつく。

『覚悟していたはずなのに、やっぱり恐い…。僕はマナブ君たちの姿を見て、最後まで理性を保っていられるのだろうか?』

夢で見た自分を「人殺し!」と罵る孤児達の姿を思い浮かべる。

『やっぱり、僕にはまだ無理かもしれない…。このまま、帰ろうか…。』

ここまで来てシンジが弱気になりかけた時、

「んっ!?」

ある事に気づいてシンジは立ち上がった。

目の前に広がっている芝生の中央に立っている大木の前で、一人俯いてる赤茶色のショートカットの髪をした小学生くらいの女の子の姿に気づいたからだ…。

「あの子は確かサキちゃんだったよな。こんな所で何をしているのだろう?」

シンジは芝生区域の柵の前まで近づくと、足の下に立てられた『芝生に入るな!』という立て札に気がついて道徳心に駆られたシンジは

「ねぇ、サキちゃん。ここは進入禁止区域だよ。」

とサキに注意を促してみる。

そのシンジの声にサキは顔をあげる。

『えっ!?』

サキは瞬間的にシンジと顔を合わせると、再び俯いたまま無言でシンジの脇を駆け抜けていく。

何も言わずに去っていたサキの姿を呆然とシンジは眺めながらも、先ほどの記憶を反復してみる。

『一瞬だったけど、サキちゃん泣いてたよな……。』

 

 

「本当にお久しぶりですね、碇さん。また顔を出してもらえて嬉しいですわ。」

三春学園の共用室でカスミがシンジに挨拶した。

先ほど姿を見掛けたサキの姿が後押しになったのか、あの後、シンジは30分程悩んだ後、当初の予定通りに孤児院を訪問することにした。

  

シンジは周りを見回してみる。

共用室の中にはかなりの数の子供たちがたむろしていた。

『この子達はみんな僕の被害者なんだ…。』

そう考えたらシンジはガス室に押し込められたような息苦しさを感じたが、

『これはきっと僕に与えられた罰なんだ。』

と思い込んで耐えることにした。

むろん、当たり前のことだが孤児達は夢のようにシンジを「人殺し」と罵ったりはしなかった。

そして孤児達の中にサキの姿を発見したシンジはサキに近寄って

「サキちゃん、お久しぶり…。」

とぎこちない笑顔で挨拶した。

「あら、お兄ちゃんまた来たの?」

サキは素っ気無く答える。

「あのサキちゃん。さっきは公園で何をしていたの?」

だがサキはシンジの質問を無視して低学年の児童を相手にパズルを教えている。

明るい笑顔で熱心に子供たちの面倒を見るサキの姿を見て

『さっき泣いているように見えたのは僕の気のせいだったのかな…。』

とシンジは首を傾げたが、相変わらず部屋の隅で蹲っているマナブの姿を発見して今度はマナブに近づくとマナブに挨拶する。

「マナブ君。こんにちわ…。」

「……………………………………………。」

しかしマナブからの返事はない。マナブの眼鏡の奥の暗い瞳は完全に死んでいた。

そのマナブの態度にシンジは軽くため息をつく。

『本当にマナブ君の姿ってカオル君を殺して無気力状態になっていた頃の僕にそっくりだな…。やっぱり大事なものを失った人間はこうなってしまうのだろうか。だとしたらマナブ君がこうなったのは完全に僕の責任だよな。』

シンジはどうしてもマナブの姿にかつての自分を重ねざるえなかった。

  

それからシンジはカスミと軽く二・三取り止めのない会話を交した後、本題に入ることにした。

「あ…あの、カスミさん。一つお願いがあるんですが…。」

「はい、何でしょうか、碇さん?」

「そ…その、夏休みの間だけでいいので僕をここで働かせてもらえないでしょうか?」

「えっ!?」

カスミはシンジの申し出にしばらく迷った後、軽くため息をついて

「お気持ちは嬉しいんですけど、今、うちも遣り繰りが厳しくて新しくバイトを雇う余裕が…」

「い…いえ。お金は要らないんです。ただ、働かせてもらえればそれで…。」

「そ…そんな、いくら何でもそれは悪いですわ。」

歯切れの悪いカスミに対してシンジは嘘をつくことにした。

「気にしないでください。僕は本当に子供が大好きで、小さい子の面倒を見るのが好きなんです。だからお願いします。」

「で…でも…。」

熱心に頼み込むシンジに対して歯切れの悪いカスミの会話にサキが割り込んだ。

「いいんじゃない、カスミ先生。働きたいっていうんなら働かせてあげれば…。」

「サキちゃん!」

サキは小さい子供の着替えを手伝いながら

「それにいつもカスミ先生言ってたじゃない。夏休みはバイトの人が休みがちになるから猫の手も借りたいって…。あたしとしても大助かりよ。そこにいる粗大ゴミは何の役にも立たないから…!」

サキは忌々しそうに部屋の隅で俯いてるマナブをちらりと見ると、すぐにシンジに視線をうつして

「で、お兄ちゃん。だいたい何が出来るの?」

サキの質問にシンジは顎に手を当てて考えて

「え…っと、料理でも洗濯でも掃除でも人並みの家事ならだいたいこなせると思うけど…。」

そのシンジの言葉にサキは瞳を輝かせて

「そう、それは使い出があるわね。ねぇ、カスミ先生。碇さんに手伝ってもらおうよ。無償で孤児院の仕事を手伝いたいなんて物好きはたぶんもういないと思うよ…。」

カスミはサキのその言葉にやや躊躇った後ありがたくシンジの申し出を受けることにした。サキの言う通り人手に困っていたのは確かで猫の手も借りたい状況だったからである。

  こうしてシンジは夏休みの間、孤児院の仕事をボランティアという形で手伝うことが決定し、翌日よりシンジの三春学園での中学生活最後の夏休みが始まることになった。

 

つづく…。

 

 

 

 

 

 


NEXT
ver.-1.00 1998+6/10公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは itirokai@gol.com まで!!

 

ども、けびんです。

めぞんの皆様、長らくご無沙汰しておりました。

最近本当にスランプで本編・外伝ともになかなか筆が進まなくなってしまいました。

(一時期真剣にめぞんに休載宣言を出そうか悩んだくらいです。)

まあ、長編連載してれば一度はこういう時期もあるかな…と。今ではAIR編の頃の勢いとペースが信じられないくらいです。

今回の外伝の内容もシンジが立ち直るまでの過程を書いた所で息切れしてしまい、往生際悪く、中編などと区切って解決を先延ばしてしまいました。すいません。

ここまで来たら外伝の方を先に仕上げる予定です。

次回、後編(今度こそ最後です。(笑))では孤児院でのシンジ奮闘記になると思います(^^;

本編の更新の方がしばらく止ってしまい大変申し訳ないですが、近いうち必ず再開しますのでもうしばらくお待ちください。お願いします。m(_ _)m

 

では。

 

 


 
けびんさんからのリクエストにお応えさせていただいて、W杯大予想〜


vsアルゼンチン
前半 1−0  後半 1−1  2−1で勝ち

vsクロアチア
前半 0−0  後半 2−1  2−1で勝ち

vsジャマイカ
前半 1−0  後半 1−0  2−0で勝ち


・・・・・はい。予想でなくて、希望です(^^;

守備力をかなり評価していて、
攻撃力は・・・「三味線引きまくりじゃねーの」と、ね

0−2 0−3 1−0なんつーのも?



◇カズについて

岡田監督の発表を聞いたときは−−うーん、「ほっとした」。

”W杯に連れていってくれるカズ”を見たかった。
”W杯に連れていってもらうカズ”は見たくなかった。

連れていってもらうことを良しとするカズもみたくなかった。


その時の岡田監督の発言は、十分カズに気を使っている。と思う。よ。
「相手・戦術にあわないから」と言って
「力が無い」とは言わなかったやん−−


森下社長へは頭の横で人差し指をまわしたい気分。

「カズがいなくてうちのチームが影響を受けた」
「非礼」

代表にとって大事なのは
外れる選手のケアではなくて、
代表選手22人へのなんだから。

そんな余裕無いでしょ、日本には(^^;
ある必要もないと思うけどね。



W杯に向かう代表チームに求めるなよ、ってかんじ。
あそこでは、代表に選手を出してやっている、なのかな。


カズの気持ちを代弁しているとか言う人もいるけど
あんなもんがカズの気持ちだなんて・・・とてもおもえない




後半、話がずれちゃいました(^^;



*
TOP 】 / 【 めぞん 】 / [けびん]の部屋に戻る