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「みんな、今日は新しいお友達を紹介するわね。」

朝食の席上、食堂ではじめてシンジは孤児達に顔見せすることになった。

席についた子供たちの視線が一斉にカスミの隣にいるシンジに注がれる。

「あ…あの…、い…碇シンジといいます。これから夏休みの間ですけど、こちらで働くことになりました…。よ…よろしくお願いします。」

注目を浴びることが大の苦手なシンジはしどろもどろしながら自分より年少の子供たちを相手に敬語を使って挨拶した。

「………………………………………………。」

子供たちはじっと吟味するような視線でシンジを見詰めている。

シンジにはこの視線が辛かった。

注目を浴びることもそうだが、何よりシンジは自分はここにいる子供たちの加害者だという想いが強かったからである。

『まるで被告席に立たされている気分だ。』

どうしてもシンジには自身が罪人だという意識が抜けきらないみたいだ。

やがてカスミの「いただきます。」の号令の後、朝食がはじまったので、ようやくシンジは子供たちの視線のシャワーから開放されてホッと安堵のため息を漏らした。

今日から夏休み、ボランティアを隠れみのにしたシンジの贖罪の日々が始まる。

 

 

 

 

「二人の補完」

 

 

  外伝一 「ある少年の自己肯定に至る軌跡(後編)」

 

 

 

 

 

この日、5時前に三春学園を訪ねたシンジは、来た早々仕事を手伝うことになりカスミとバイト学生数人と一緒に30人分の朝食を作ることになった。

6時すぎになるとサキと数人の子供が起き出してきて朝食の準備を手伝いはじめた。

厨房をよく見ると、「当番表」と書かれた紙が張ってあり、そこに曜日と時間別に違った子供たちの名前が書かれている。どうやら子供たちは当番制で食事の準備を手伝うことにしているみたいだ。

シンジが感心していると

「ふ〜ん。お兄ちゃん、本当に手伝いにきたんだ。」

サキは昨日のシンジの言葉を半信半疑で聞いていたみたいだ。

「おはよう、サキちゃん。」

ふと、シンジは当番表を見て、今日の日付のところにサキの名前が出てないことを不審に感じていたら、カスミがシンジに

「サキちゃんはいつも早起きして当番でない日でも自主的に仕事を手伝ってくれているんでよ。料理の腕の方もめきめきと上達していますし。小さい子供なのに本当に感心ですわ。」

「へぇ、えらいんだね。サキちゃんは…。」

シンジは感心してサキを誉めたが、サキは興味なさそうな顔で

「別に…。あたしはここの子供たちを仕切っている最上級生として当然のことをしてるだけよ。口先だけで偉そうなこと言たって誰もついてきはしないからね…。まずは自分が模範を示さないとね。ほら、あんた達、ここはもういいからみんなを起こしてきて。」

「は〜い。」

下の子供たちは素直に返事をすると他の子供たちを起こす為に厨房から駆け足で飛び出していった。

妙に大人ぶったサキの態度にシンジはついアスカを連想してしまうが途中で苦笑した。

アスカはサキほど他人に対して面倒見のいい性格ではなかったし、アスカの本質が外的な能力の高さと反比例していかに子供ぽかったかをシンジは先の件で嫌というほど思い知らされていたからである。

とはいえ、シンジはそれでもなぜかサキにアスカを重ねてしまうのだが…。

 

やがて子供たちがちらほらと食堂に集まり出し、7時前には全員が集合したので、その席上シンジは自分の存在を孤児達に紹介され、その後、朝食が始まった。

シンジは朝食を食べながら周りの様子を観察してみる。

子供たちはいくつかのグループを作って皆歳相応の明るい顔で朝食を食べている。

カスミとサキの二人は恐らくここで最年少であるだろう4・5歳くらいの子供の食事を手伝っている。

大人であるカスミはともかく同じ孤児であるはずのサキの面倒見のいい態度にシンジは感心せざるえない…。

そして二十歳前後と思しきバイトの人達は自分達だけでグループを作って雑談を交している。仕事以外のことでは子供たちとは関わろうとはしないみたいだ…。

『そういえばマナブ君はどこにいるんだろう?』

シンジはマナブの姿を探したがどのグループを見渡してもマナブの姿はなかった。その時、何か違和感を感じたシンジは食堂の隅の方を見渡すとようやくマナブの姿を発見した。マナブはどのグループとも交わろうとせずに一人で黙々と朝食を食べている。

『どんな社会でも必ず一人はああいう子がいるんだよな…。』

その責任の一端は自分にあるような気がしたシンジはマナブの孤立した姿が気が気でなかったが結局この時は何もすることができなかった。

 

やがて、朝食の時間が終わると「ご馳走様」の挨拶をして、子供たちは自分の食器を厨房に運んだ後、食堂から出ていった。

 

 

この日一日シンジは孤児院での奉仕に体を酷使することになった。

朝食後、すぐに他の大人達や当番の子供たちと一緒に皿洗いをする。

皿洗いが終わると今度は洗濯の手伝いである。

30人近い子供の衣服となると量が半端ではなく3台の洗濯機をフル稼動させながら、洗濯物を大庭の物干し竿に乾しはじめる。

その間子供たちは、食堂に勉強道具を持ち込んで、夏休みの宿題等の勉強をはじめた。

夏休みの間は、午前中一杯は子供たちの時間は勉強に割り振られているようだった。

洗濯物を全て乾し終わったら、シンジはカスミに頼まれて、今度は子供たちの勉強の手伝いをすることになった。

さすがに小学生の勉強なので問題そのものは中学生のシンジには苦労しなかったが、人とコミュニケーションを取るのが苦手なシンジは子供たちに何か質問される都度色々苦労する羽目になった。

サキは成績の方も優秀らしく手早く自分の勉強を切り上げると、ここでも小さい子の勉強を手伝っている。

 

そして正午になると再び30人分の昼食作りとその後片付けを手伝った。

この頃にはさすがにシンジも疲れが出てきた。

料理はシンジの得意分野だが、なんと言っても量が違う。

『まだ、夕食が残っているんだよな…。』

そう、考えると憂鬱になった。

 

昼食後は皆で手分けして孤児院の掃除を始めた。

この時この場を仕切っていたのは実はカスミではなくサキだった。

「ほら、ツヨシとアケミとノボルは玄関の掃除ね。タケシとユウジとミユキはお風呂ね。マナブとユースケは………。」

サキはてきぱきと下の子供たちに指示を出している。

子供たちはサキの指示に不平を言わずに自分の与えられた掃除場所へ散りはじめた。

これは、やはりサキの下の子供たちの信頼度の高さを現すのだろう。そして何よりサキ自身が誰よりも積極的に孤児院の仕事を手伝っているからこそ、誰も文句一つ言わずにサキの指示を仰いでいるようにシンジには思えた。

カスミは完全にサキを信頼して掃除の役割分担に関する権限を与えているようだった。

同じ孤児でありながらサキの存在はこの孤児院の中ではかなり異質だった。

シンジも数人の子供たちと一緒に庭掃除を手伝っているとサキが

「お兄ちゃん。カスミ先生がこれからおやつにドーナッツを作りたいっていうから手伝ってよ。」

「う…うん。」

シンジは竹ホウキを放るとサキの後についていって再び厨房に顔をだした。

『そうか。3時のおやつなんてものもあったんだな。これで厨房に顔を出すのは何度目だろう。』

シンジは孤児院での仕事が予想よりはるかにきついものであった事を少しづつ思い知れされることになった。

「いっただきま〜す!!」

再び子供たちは食堂に集まって皿の上に大量に盛られたドーナツを頬張りはじめた。

200個は作ったはずのドーナツの山がみるみると消えていく。

ここにいる子供たちは皆、育ち盛りの上に一仕事終えた後である。

「あらあら、この分じゃ全然足りないみたいね。シンジ君、悪いけど追加オーダーが入りそうだから手伝ってもらえないかしら?」

カスミが申し訳なさそうにシンジに頭を下げると

「は…はい。分かりました。」

シンジは慌てて厨房に戻って再びドーナツを揚げることになった。

 

その後、夕食まで自由時間になる。

バイトの学生達は「まったくやってられないよな。ここの仕事は…」と愚痴りながら町へ繰り出していった。

自由時間の子供たちの行動はそれぞれ違っていた。

疲れて自分の部屋へ戻って昼寝をはじめた子供たちもいれば(三春学園では一部屋に4〜5人の子供が同居している。)共用室に篭ってゲームをはじめたり、また、虫取りの網やサッカボールを抱えて外へ飛び出した子供たちもいた。

シンジはここにきてようやく一息つくことができた。

だがふと落ち着くと子供たちの視線が常に自分に向けられていることに気がついて何となく居心地の悪さを感じだした。

『そうだ。ここにいる子供たちは皆僕の被害者だったんだ。』

忙しい時には忘れていたシンジの心の底に巣食っているトラウマが再び蘇る。

シンジを見つめる子供たちの無垢で真摯な瞳。

一体何を望んでいるのだろうか?

『もしかして本能的に僕の正体を感じ取っているのだろうか?僕がこの子達の両親を殺したということを…。』

それはありえないことだったが、ここにいる子供たちに強い負い目を感じているシンジはひたすら悪いほうに想像が進みかけた。そして子供たちの視線に耐えられずに共用室から慌てて出ていた。

その後、シンジは夕食の時間まで孤児院の中を当てもなくブラブラとうろつくことになる。

『そういえばサキちゃんやマナブ君達はどうしているのだろう?』

サキは幼稚園ぐらいの子供たちと一緒に昼寝をしていた。

どうやら下の子供たちを寝かしつけているうちに自分も疲れて眠ってしまったみたいだ。

『てっきりサキちゃんは外で遊んでいるのかと思ったけど…まあ、あれだけ積極的に動き回っていれば当然か…。』

シンジはサキの体にシーツを掛けると部屋から出ていった。

カスミは自室で帳簿を片手に難しそうな顔をして唸っている。

『自由時間ぐらい休めばいいのに…。そういや新しいバイトを雇う余裕もないって言っていたけど、そんなに孤児院の運営は厳しいのだろうか…。いずれにしてもこんなきつい仕事を毎日してるなんて本当に大変だよな。体を壊さなければいいけど…。』

そしてマナブは相変わらず共用室の方で一人蹲っていた。

他の子供たちが楽しそうに遊んでいる中、マナブはいつも一人だった。

シンジは孤立しているマナブの姿を不憫に思ったが結局この日は何も出来なかった。

 

やがて6時になるとバイトの人達や外へ遊びにいった子供たちも皆戻ってきた。

シンジは洗濯物を取り込んだ後、再び夕食の準備と後片付けを手伝い、ようやく今日一日の奉仕活動をすべて終了させた。

時刻はすでに8時過ぎで、その時には完全にヘトヘトで疲れきってしまった。

  

「シンジ君。今日は本当にありがとうございました。おかげで本当に助かりましたわ。」

カスミがペコリとシンジに頭を下げたので、シンジは無理して微笑んで

「い……いえ、僕の方も充実していました。やっぱり子供たちの笑顔は最高ですね。」

嘘だった。

シンジにとっては孤児院での奉仕は贖罪以上の意味を持ってはいなかった。

むしろ、何も知らない無垢な子供たちの顔を見る都度、シンジは罪悪感を覚えて息苦しさを感じているぐらいだった。

シンジはこの肉体的・精神的な苦痛は自分に与えられた罰だと信じていた。

「それじゃ、また明日…。」

そう言うとシンジはふらふらになりながら帰っていった。

  

 

 

それから、シンジは一日も休むことなく三春学園へ顔を出して、孤児院の仕事を無償で手伝っていた。

そしてそれはシンジにとって想像を絶する地獄だった。

仕事がきついからではない。

自身がサードインパクトの加害者であることを黙りながら、何も知らないサードインパクトの被害者である孤児達と接するのは想像を絶する心身の疲労を伴ったからだ。

そして何度も顔を出しているうちにシンジは孤児院という特殊な社会の実状を知ることになる。

確かにマヤの言っていた通り、この三春学園の雰囲気は孤児院の中でも恐らく最上の部類に入るだろう。

だがそれでも頻繁に色んなトラブルが発生する。

そう、心に傷を負った孤児は決してマナブ一人ではなかったからだ。

孤児達の大部分は未だ突然両親を失ったショックから立ち直っておらず、精神状態が極めて不安定なのでふとした切っ掛けで、突然母親を恋しがって泣き出したり…または無気力状態に陥ったり等カスミは頭痛の種を探すのに苦労しなかった。

そんな不憫な孤児達の姿を見る都度、シンジは孤児達に面と向かって謝罪したいという衝動に駆られたが、その度に「この子供たちをアスカのようにするつもりなの?」というマヤの言葉が頭の中に浮かび上がりシンジはかろうじて自身の罪を暴露するのをとどめた。

そしてその行為はシンジの心にさらなる負荷を強いるのだ。

とにかくシンジは耐えた。

孤児院での奉仕はシンジにとって、アスカと二度目の共同生活を営んだ時に匹敵する地獄だった。

違いがあるとすれば、シンジは前と違い自ら望んでその地獄へ飛び込んでいったということだろう。

シンジにとってこの肉体的・精神的苦痛は自身に与えられた罰なのだから…。

 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん、何が目的なの?」

厨房で皿洗いをしている時、たまたまシンジと二人っきりになったサキがシンジに声をかけた。

「………………………………………………。」

シンジはサキの顔を見る。

孤児達の中でサキは唯一人異彩を放っている。

そしてシンジは、この孤児院におけるサキの役割の大きさを感じていた。

サキはカスミと自分より下の子供たちの間に入ってみずから望んで調整役を果たそうとしている。

子供たちが不平を言わずに共同作業できちんと自分の役割をこなしているのはサキがにらみを効かしているから…と言っても過言ではないだろう。

サキは下の子供から完全に慕われており、そしてカスミもサキを完全に信頼しているようで何か悩みがあればサキだけに打ち明けているようだ。

サキもそんな孤児達やカスミの期待に応えるために積極的に動き回っている。

『本当にサキちゃんは感心だよな。自分自身が親を失ったばかりなのにそんな素振りを見せずに、三春学園の精神的な支柱になっているのだから。ここにいる子供たちが、心に傷を負いながらも何とか笑って過ごせているのも間違いなくサキちゃんが皆を引っ張っているからだよな。』

シンジは顔を出す都度、そういったサキの武勇伝を見せられてきた。

後片付けや掃除の時など積極的に皆を仕切っているサキ…。

小さい子供の面倒を積極的に見ているサキ…。

そして、学校でも孤児というだけで苛めらる子供が少ないのは、サキが皆を守っているかららしかった。

『サキちゃんは強いよな。あの歳で自分だけでなく、あれだけ多くの他人を支えているのだから…。』

あれが僕が目指している本当に他人を支えられる強さを持った人間なのだろうか…。

シンジはサキの姿を見る度にそう考え、この歳で、自分だけでなく、多くの孤児達を支えているサキの芯の強さと態度に感心せざるえない…。

 

「ねえ、聞いてるの、お兄ちゃん?」

再び声をかけるサキにシンジは慌てて

「べ…別に目的なんてないよ。ただ僕は子供が好きだから…少しでもサキちゃん達の役に立ちたいと思って…。」

「ふ〜ん。そうなの…。あたしにはそうは見えないんだけどね…。」

サキはやや冷めた目でシンジを見つめる。

「………………………………。」

「だって、お兄ちゃん。いつも苦しそうだもの…。なんか嫌々だけど仕方なくここへ顔を出してるってかんじ…。下の子供たちの面倒を見ている時だっていつもひきつった笑みを浮かべているし…。ねぇ、お兄ちゃんは本当に善意だけであたし達に接しているの?」

そのサキの質問にシンジはドキリとする。まるで自分の心の内を見透かされているように感じたからだ。

『確かに僕の孤児院での奉仕は無償の行為なんかじゃない。孤児達に償いたい…そして自分の罪の意識から逃れたい…という下心があるんだ…。つまり確かにサキちゃんのいう通り僕の行為は決して純粋(ピュア)なものじゃないんだ。』

そう思ったシンジは、何も言えなかった…。

「まっ…、あたしは別にいいんだけどね…。お兄ちゃんが何の目的でここへこようとさ…。お兄ちゃん、家事も料理も出来るから、いてくれた方が色々役に立つしね。」

サキはそれだけ告げるとくるりと踵を返して厨房から出ていた。

そのサキの後ろ姿をみてシンジは大きくため息をついた。

 

 

 

それからしばらくしてわずかだがシンジ自身の心に変化が起こった。

今までシンジは孤児院に顔を出して食事の準備や掃除の手伝いなどの奉仕に精を出していたがそれでも積極的に孤児達と会話を試みようとはしなかった。

あくまでシンジにとっての三春学園でのボランティアは、自身の罪に対する贖罪であり与えられた罰でありそれ以上の意味はもっていなかったからだ…。

だが、何度も顔を出す都度シンジは孤児達の存在を無視できなくなってきた。

なぜだろうか?

それは孤児達が本質的に自分に似ていることに気がついたからだ…。

シンジは自由時間にはなるだけ子供たちと関わらないようにしていたが、いつも自分を見詰める子供たちの視線が気になっていた。

そして長い時間をかけてようやく子供たちの無垢な瞳が求めているものが何なのかを感じ取った時、シンジはかつてない親近感を感じざるえなかった。

『ここにいる子供たちは皆、他者の愛情を求めているんだ。』

それは当然のことだろう。

ほとんどの子供がまだ10にも満たない幼子なのである。

最も親の愛を必要とする人生の大事な時期に、突然両親を失ったのである。人一倍他者の愛情に飢えるのは当たり前のことだった。

そしてその姿は間違いなくかつてのシンジやアスカに通じるものがあったからだ。

『マナブ君だけじゃない。ここにいる子供たちは皆本質的に僕に似ているのかもしれない…。かつて他人の愛情に飢えていた僕自身に…。』

そう考えるとシンジはかつてない強い親近感をここにいる子供たちに感じて、何とか自分に出来る範囲で手を差し伸べてあげたかったが、結局ここまで何も出来なかった。

勿論、小さい子供とはいえまだ他人の心に触れるのが恐いという想いもあった。

だが、それ以上に自分はこの子達の加害者だという想いが、何とか子供たちの心に触れ合いたいというシンジの想いを封じ込めていた。

『そうだ。この子達の両親を奪ったのは僕なんだ。その加害者の僕が善人面して子供たちを救おうだなんてそんなのただの偽善じゃないか…。僕にはこの子達の支えになる資格なんてない。僕に許されるのはこの子達にただ償うことだけなんだ…。』

シンジは未だに自分が罪人だという意識が、そして自分が罰せられねばならないという内罰的な意識がどうしても抜けきらなかった。

それ以来シンジはずっとジレンマに悩まされることになった。

子供たちに手を差し伸べたい…、けど自分にはその資格はない…という強い庇護欲と罪悪感に挟まれたジレンマに…。

 

 

シンジ自身の心の葛藤とは別に今この三春学園で子供たちの母親役を務めているのは間違いなくカスミとサキである。

無論サキの場合は母親というよりは姉役だったが…。

カスミは平凡だが誠実な態度で子供たちに接することによって確実に子供たちの心を捕らえている。

そしてサキは自身が子供たちの精神的な支えになろうとシンジの目から見てもいつも懸命に努力している。

シンジはそんなサキの態度に常に感心せざるえなかったが、サキ自身は、シンジの事を便利なお兄さん程度に思っているようで、必要以上にシンジに関わろうとはしなかった…。

というよりもサキにはそんな暇はない…といった方が正解かもしれない。

前述した通り孤児院もまた一つの社会である。となれば当然様々なトラブルが発生する。サキは子供たちの間で何か起きると積極的に間に入って問題を解決しようと努力しているからである。

こうしたサキの精力的な活動のおかげで、三春学園の子供たちは何とか人並みに笑って生活できているのかもしれなかった。

だが、何事にも例外はあるようで一人だけその恩恵に属していない子供が一人いた。

それはマナブである。

マナブはいつも一人だった。

秩序を乱すような行動こそしなかったが、常にカスミやサキに言われるまでは何一つ自分で積極的に行動しようとしない。

サキにしても自分と同年代のマナブを甘やかす気はないらしく、むしろマナブにだけはいつも辛く当たっているといってもいい。

サキの目からは煮え切らないマナブの態度を見てると本当にイライラするらしく、事あるごとにマナブに絡んでいる。

いつも学園内のトラブルを積極的に抑えているサキ自身が唯一起こしているトラブルがマナブに対する口論である。時には暴力沙汰に発展するらしい…。

シンジはここに来て、この二人の喧嘩を何度も見せられた。

そんな時はカスミが間に入るのだが、カスミは大抵はマナブの弁護にまわるみたいだ。

サキからしてみればそれも気に入らないことなのだろうが、カスミからすればただでさえ心を閉ざしているマナブの方をフォローしないと、さらに症状が悪化するかもしれない…と心配しているからのようだった。

 

多くの問題を抱えているカスミだが、その中でも一番の頭痛の種はやはりマナブだろう。

他の子供たちも、まだ心の傷が完全に癒えたわけではないので本質的に多くの問題を抱えているが、それでもサキやカスミのフォローもあり、普段は歳相応の子供らしい笑顔を失わずにすんでいる。

だが、マナブはサキとはまったく正反対の意味で子供たちの中でも異質だった。

マナブは常に一人で自分から他の子供たちと積極的に関わろうとはしなかったので、食事の時間も自由時間の時もいつもどのグループからも溢れていた。

カスミに聞いた話だと三春学園へ来てから一度も笑顔を見せたことはなかったそうだ。

サキはマナブにだけは冷たい態度しか取らないのでカスミは時間を見つけてはマナブの心を開かせようと懸命に努力していた。

 

「ねぇ、マナブ君。一緒に遊びましょうか?」

「いい…………。」

「そんなこといわないで先生と一緒に遊びましょうよ。」

「一人にして…。」

「マナブ君…。」

カスミの瞳が暗く沈んだ。だがすぐに気を取り直して

「ねぇ、いつも一人で寂しくないの?」

その言葉にマナブははじめて反応した。

眼鏡の奥の瞳が揺れている。

カスミはやや心の中で安堵して、マナブの手を軽く握りながら

「本当は寂しいんでしょう?、マナブ君。」

「……………………………………………。」

カスミは暖かい笑顔でマナブに接したがマナブは何も答えない。

「だったら先生と遊びましょうよ。遠慮なんかしなくていいのよ。だって私たちは家族でしょう?」

カスミがそう告げた途端、マナブは“家族”という言葉に過剰に反応した。そして、カスミの握った手を無理矢理振り解いた。

「…マナブ君。」

「嘘だ…。」

「えっ!?」

「家族だなんて絶対に嘘だ!」

カスミはマナブの拒絶の態度に一瞬怯んだが、何とか持ち直すと誠意のこもった瞳でマナブを見つめて

「嘘なんかじゃないわ。私にとってはマナブ君もサキちゃんもここにいる子供たちは皆大切な家族なのよ。本当よ。決して嘘じゃないわ。私を信じて、マナブ君。」

だがこの時のマナブはカスミの言葉を受け入れることが出来なかった。

「嘘だ!嘘だ!嘘だ!先生は他人なんだ。!僕のママじゃないんだ!だから家族じゃないんだ!それに僕のことを本気で心配する人間なんかいるものか!だからみんなみんな嘘なんだ!」

そう叫ぶと泣きながらマナブは共用室から飛び出していった。

「マナブ君…。」

カスミはやや放心した表情でマナブが出ていったドアのあたりを見つめて大きくため息をついた。

 

シンジは黙ってカスミとマナブのやり取りを見ていた。

すでに、ここに来てからこの種のやり取りは何度も見せられてきたのだ。

自己否定の言葉を叫んで泣き喚くマナブ。

それを困ったような顔で成す術もなく見詰めるカスミ…。

そしてその都度感じざるえなかった。

『あれほど見苦しいものなのか…。自分で自分の存在を否定して他人に当たり散らす姿というものは…。』

マナブがまだ小学生のそれも心に傷を負った小さな子供だということを差し引いてもマナブの自己否定の態度はシンジの鼻につくものがあった…。

『けど…』

そこでシンジは思う。

『マナブ君とかつての僕に一体どれほどの違いがあったというのか?』

今のマナブの姿は確かにかつてのシンジの姿でもあったからだ…。

そう、シンジにはマナブはかつてのシンジの悪しき属性をデフォルメした姿…いわばシンジの心のドッペルゲンガーのような気がした。

そしてマナブの姿を…客観的にかつての自分のドッペルゲンガーの姿を見ることによって、改めてかつての自分の情けなさを痛感し、自身の今までの態度を反省せざるえなかった。

そして客観的に自身のドッペルゲンカーの姿を見てもう一つ気づいたことがある。

それはマナブは自分を傷つけているつもりで、実は他人を傷付けているという事実である。

『今まで僕は内罰的な態度は自分自身を傷つけるだけのものでしかないと思っていた。けど、違ったんだ。本当はマナブ君は自分を傷つけているつもりで、マナブ君のことを本気で思っているカスミ先生を傷つけているんだ。こうして客観的に外から見てみてはじめてよく分かった。だとすると…』

シンジは再び自身の今までの態度を思い浮かべる。

『僕は今まで自分を傷つけるつもりで、ミサトさんやマヤさんの心を傷付けていたのかもしれない…。だとしたら本当に馬鹿みたいな話だよな。自分を本気で心配してくれる人間を傷つけるなんて…。』

シンジがマナブを通じて内罰的というのは実は自分でなく他人を傷つけるものでしかなったことに気がついたのはこの時だった。

 

 

 

「しかし、君も物好きだねぇ…。」

ある時、台所で皿を洗っているシンジに、バイト学生の黒川が声を掛ける。

黒川は調理師の専門学校の生徒で、料理の腕は確かだが、性格は現代風の自己中心派である。

「そ…そうでしょうか?」

「そりゃ、そうさ。何で好き好んで孤児なんかと関わろうとするんだよ?俺だって他にバイトがあればこんな辛気臭いところで働いたりはしないぜ。他のバイト仲間も皆俺と同じ事を思っているぜ。」

「………………………………………………………。」

黒川達バイト学生にとってはここで働くことはアルバイト以外の何者でもない。

だから当然孤児達と積極的に関わろうという意欲はさらさらない。

シンジはどうしてもそんな黒川達の態度に反発を感じざるえなかった…。

サキをはじめとした子供たちが、カスミ以外の人間に接する態度が妙によそよそしいのも、黒川達の態度に問題があるような気がしたからだ…。

『この人達ももっと子供たちのことを考えてあげればいいのに…。』

その時ふと自分自身のことがシンジに引っかかった。

『結局は僕もこの人達と同じなんじゃないだろうか…。ここにいる子供たちが本質的に僕に似ていると気づいてからも結局僕は何もしなかった…。僕にはここにいる子供たちに手を差し伸べる資格はないとずっと思っていからだ。だって僕はこの子達から全てを奪った加害者だから…。けど、僕はそうやって理由をつけて逃げているだけなのかもしれない…。』

 

そう思ったが、どうしてもシンジには自分の罪の意識を消すことが出来なかった。

だからこそシンジは子供たちに対する最初の一歩を踏み出すこが出来ず強いジレンマに陥っていた。

だが、夏休みも半ばに近づいた頃ようやくシンジはその最初の一歩を踏み出すことが出来た。

その切っ掛けはいつものサキとマナブの口論である。

 

 

 

「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ!どこまで他人に甘えれば気が済むのよ!?」

サキはマナブの胸倉を掴んで、激しくマナブを責め立てる。

口論の切っ掛けは本当にささいなことである。

本来無視してもよさそうなものだが、サキはまるでそれを待っていたかのようにマナブにからみはじめた。

『あのぐらい見逃してあげればいいのに…。サキちゃんって下の子供たちには寛大だけど、マナブ君にだけは辛くあたるんだよな…。』

シンジはそう考えたが、仲裁しようとは思わなかった。

サキがシンジのいう事を聞くとは思えなかったし、いずれいつものように鎮火するだろうと楽観していたからである。

だが、今回はなぜかその気配を見せずどんどん口論は激しくなっていった。

周りの子供たちも不安そうに二人を見つめている。

やがてマナブが泣き出した。だがそれでもサキは追求の手を緩めずにマナブを罵り続ける。

そこでようやくカスミが仲裁に入った。

カスミの胸の中で激しく泣き続けるマナブを見て、カスミはつい衝動的にサキに手をあげてしまった。

パンッ!!

カスミがサキの頬を叩く。

頬を叩かれたサキは信じられない…という表情でカスミを見つめる。

カスミはあえて厳しい表情で

「サキちゃん。いつも言っているけどマナブ君を苛めちゃだめでしょう!そりゃ、サキちゃんの気持ちも分かるけどやりすぎよ!マナブ君は今サキちゃんのように強く生きれるような状態じゃないのよ!サキちゃんももう少しマナブ君の気持ちも考えてあげなさい。」

その言葉を聞いて、そしてカスミの胸の中で甘えるマナブの姿を見て、サキの瞳に強い嫌悪と憎悪が宿った。

シンジはドキリとした。

マナブを睨むサキの瞳は誰かに似ていたからだ。

『そうだ、アスカだ…。今のサキちゃんの目は、僕を見つめるアスカの目にそっくりなんだ。確かアスカがあんな目で僕を睨むようになったのは、シンクロ率で僕がアスカに勝ちはじめた頃だっけ…。』

  

「何よ!カスミ先生ったら、マナブばっかり贔屓して!!もう、やってられないわ!!」

サキは赤い目でそう叫ぶとそのまま飛び出していった。

「サキちゃん!!」

カスミがサキを呼び止めたがサキは振り返らずにそのまま孤児院から出ていった。

「サキちゃん………。」

カスミは言い過ぎたか…と反省したが、自分に縋り付いて泣いているマナブを放っておけず困った顔でオロオロしている。

周りの子供たちも突然の事態にどうしていいか分からないみたいだ。

 

シンジはしばらく迷った後

『サキちゃん今一瞬泣いていたような気がしたな…。そういえばこの光景ってどこかで見たような気がするな…。』

シンジは思い出した。

ユニゾンの特訓中に綾波レイとのユニゾンを成功させてショックを受けてマンションを飛び出していったアスカの姿に似ているんだ。

 

『碇君、追いかけて…。』

『えっ!?』

『女の子を泣かせたのよ!責任取りなさいよ!』

 

突然シンジにはなぜかその時のヒカリの言葉が脳裏に浮かびあがってきた。

シンジは周りを見る。

誰もサキを追いかけようとしないみたいだ。

『別に僕が泣かせたわけじゃないけど、僕がいくしかないのかな…。』

なんとなくサキにかつてのアスカの姿を重ねあわせたシンジは放っておけなくなったので、孤児院の外へ出てサキを探すことにした。

 

 

最初、シンジは闇雲にサキを探したが、ふと公園でサキを見掛けたことを思い出して

『もしかしてあそこにいるのかな…。』

と第三中央公園に足を伸ばしてみる。

シンジの予想通りサキはそこにいた。

以前見かけた時と同じく中央の大木に顔を伏せている。

遠目からでも泣いているのが人目で分かった。

「ぐすっ…、ぐすっ…、何よ!マナブばっかり贔屓して…。誰もあたしの気持ちなんか分かってくれないんだ…。うっぅぅぅ…。」

シンジは芝生の前まで来て呆然とサキの泣き続ける姿を見詰めてる。

『サキちゃんは強い子だと思ってたけど、こんな弱いところもあったのか…。』

ふと、シンジはそれこそ先入観に騙されたサキに対する間違った評価であることに気がついた。

『そうか、辛くないはずなかったんだ…。そうだよな。サキちゃんだって両親を失ったばかりの11歳の女の子なんだから…。きっと皆の前では無理していただけだったんだ…。』

 

シンジはサキに近づこうとして、ふと足の下に立てられた『芝生に入るな!』という立て札に目をとらわれた。

 

『入るな!』

それはサキの心に立ち入るな…と宣言している無意識の警告のような気がした。

シンジはこのシチュエーションに強い既視感(デジャブー)を感じた。

 

『立入禁止!』

第十五使徒アラエルに心を犯され傷ついたアスカにシンジは躊躇いながらもかろうじて声をかける。

「………よかったね、アスカ。」 

「うるさいわね!ちっともよかないわよ!」

「よりにもよって、あの女に助けられるなんて………あんな女に助けられるなんて………そんなことなら死んだほうがましだったわよ!」

何も言えないシンジ。

「嫌い!嫌い!みんな嫌い!だいっキライ!!」

『アスカ…。』

この時のシンジにはまるでアスカの心の状態を示すような「立入禁止」の看板を超えてアスカの側に、いや傷ついたアスカの心に直に触れる勇気はなかった…。

そしてそれ以後アスカは滝を垂直に落下するように堕ちていった。

 

シンジはハッと気づいた。

思考を過去から現実へ引き戻して目の前で泣いているサキの姿にかつてしゃがんで泣いていたアスカの姿を重ねあわせる。

シンジは再び足下にある『芝生に入るな!』の立て札を見る。

そして心の中で強く念じる。

『逃げちゃ駄目だ!』

シンジは立て札の言葉を無視して、大股に柵を乗り越えて芝生に入ると迷いのない歩調でサキの前へ姿を現す。

「サキちゃん……。」

軽くシンジは声を掛けると、その声にサキは振り替える。

サキの顔は涙でくしゃくしゃに崩れていた。

だが、サキはシンジの姿に気づくと、決して弱みは見せないようにゴシゴシと涙を拭き始めた。

「泣いていたの?」

「な…泣いてなんかいないわよ!」

シンジのその言葉にサキは強がってみせる。

「で…でも…。」

「はん、あたしが泣くはずないでしょう。だってあたしは強い子なのよ。マナブなんかと一緒にしないでよね。」

「………………………………………………。」

「そうよ、あたしは泣いてはいけないのよ…。カスミ先生だって、下の子供たちだってみんなあたしを頼りにしているんだから…。あたしがしっかりしていないとみんな不安になるのよ…。だからあたしは泣かないのよ…。あたしは強い女の子なんだから……。パパやママなんかいなくたって………平気なんだ……か…ら……………………。」

再びサキの瞳が潤み始めた、だがサキは懸命に泣くのを堪えている。

『そうか…。この子はずっと無理していたんだ…。みんながサキちゃんに期待しているのを知っていたからみんなの期待に応えられるように一生懸命自分を偽って強い女の子を演じてきたんだ…。僕は一体何を見ていたんだろう…。サキちゃんのように強がって…強がって…無理して生きてきた女の子を知っているというのに…。』

そして同時にシンジは強い罪悪感に囚われた。

なぜならサキから両親を奪ったのは…サキを今の境遇に追い込んだのは、他でもないシンジ自身だったのだから…。

『サキちゃんを慰めてあげたい…。けど、僕にはその資格はない…。サキちゃん達を不幸にした張本人である僕にそんな資格なないんだ…。結局何も出来ないのか…。傷ついた女の子を前にして僕はまた何も出来ないのか…。アスカの時と同じように…。』

シンジは再び激しいジレンマに陥った。

「パパ………ママ………どうして死んじゃったのよ…。どうしてサキを一人置いて逝っちゃったのよ……。パパ………ママ…………。」

サキはそう呟きながらも懸命に鳴咽を堪えている。

『サキちゃん……………アスカ…………。』

シンジは弱々しく強がるサキの姿が完全にアスカの姿と重なった。

もう我慢できなかった。資格のある・なしではない。この時シンジは贖罪でも罰でもなく、ただ純粋にサキに手を差し伸べたいと心から思った。

そしてシンジは歯を食いしばって、先ほど『入るな!』という警告を乗り越えた時に呟いた言葉を再び心の中で強く念じた。

『逃げちゃ駄目だ!!』

その時、はじめてシンジは自分の心を縛り付けていた楔の一つを自らの手で振り解いた。

そして、

「!?」

次の瞬間シンジは迷わずサキを抱きしめた。

サキは一瞬呆然としたがすぐに

「な…なにするのよ!?離しなさいよ!、このスケベ!」

とシンジの中で暴れまわった。

だが、シンジはサキの攻撃に身をまかせながらも決してサキを離さずにさらに強くサキを抱きしめると

「泣いてもいいよ…。」

と優しい声で呟いた。

「えっ!?」

「泣きたいときは無理しないで泣いてもいいと思う。」

「そ…そんなこと出来るわけ………」

シンジは今自分に出来る精一杯の暖かい笑顔でサキに微笑むと

「サキちゃんは本当に優しい娘なんだね。けど僕の前まで無理しなくても大丈夫だよ。だって僕は部外者だからね。カスミさんや下の子供たちの前では弱いところを見せられなくても、僕になら平気でしょう?だから無理しなくていいよ。」

それを聞いてほんの少しだがサキの抵抗力が弱まった。サキの瞳が揺れている。

「僕はさ、サキちゃんみたいな女の子を一人知っているんだ。その子もサキちゃんみたいに強がって…強がって…無理して突っ張って生きてきて、最後には無理しすぎて壊れちゃたんだ…。僕はサキちゃんにはそうなって欲しくないんだ…。だからさ…、僕の胸でよければ、泣いていいよ。」

そう言ってシンジは強く強くサキを抱きしめた。

この時シンジの心の中には贖罪のための義務感は欠片も存在しなかった。ただ純粋(ピュア)にサキのことだけを想っていた。

そう、今シンジはサキの心を包んであげようと…それだけを真摯に願っていた。

そのシンジの想いが通じたのだろうか…。

みるみるサキの抵抗力が弱まってきた。

やがてシンジの胸に顔をあずけると

「うっ…うぅ……うぅっ………うわ〜ん!!!」

サキは激しく号泣しはじめた。

シンジはサキを抱きしめたまま、そのままサキが泣くままにまかせた…。

「う…うぅ…ひくっ…ううう……!!」

サキはシンジの胸にしがみついて泣き続ける。

 

この時サキははじめて自分の存在をシンジという他人に預けたのだ。

そう、それは今まで他人に肯定してもらうことでしか、自分を肯定することが出来なかったシンジが、はじめてサキという他人の存在を肯定してあげた瞬間だった。

 

 

しばらくして泣くだけ泣いて泣きつかれたサキが

「もういいよ、お兄ちゃん。」

と呟いたのでシンジはサキから手を放した。

「ごめんね。服濡らしちゃったね。」

サキが涙でびしょ濡れになったシンジのトレーナーを指差すとシンジはにっこりと笑って

「気にしないでいいよ、サキちゃん。それよりすっきりした?」

と尋ねると、サキはやや頬を赤らめて

「うん!」

と大きな声で応えた。

それは険のないサキの心からの笑顔。

シンジがはじめて見た太陽のようなサキの本当の笑顔だった。

「さてと、それじゃカスミ先生も心配しているだろうか、戻らないとね。」

サキはそう言った後、ちらりとシンジの方を見て

「お兄ちゃん。ありがとう。本当に嬉しかった。」

そうシンジに礼を述べてシンジの目の前まで近づくと、軽くつま先を伸ばして背伸びすると

「これはその感謝のお礼よ!」

と言ってシンジの頬にキスをした。

『えっ!?』

呆然としてシンジは自分の頬を押さえると、サキは照れ隠しのように俯いて

「それじゃ、先戻ってるね。シンジお兄ちゃん!」

と叫ぶと駆け足でここから離れていった。

シンジはサキがはじめて自分を名前で呼んでくれたことに気づいて苦笑したが、ふと

『あの時、今のようにアスカの心をしっかりと抱き留めてあげられたらきっとアスカは壊れずにすんだのだろうな…。』

と考えてシンジは軽くため息をついた。

だがこの時シンジは自らの力で一つの壁を乗り越えることが出来た。

なぜなら『罪と罰』という自らの心を戒めていた楔を乗り越えて、はじめて孤児達の心に手を差し伸べることが出来たのだから…。

そしてこの日を境にシンジの三春学園でのポジションは微妙に変化することになった。 

 

 

 

「いらっしゃい、シンジお兄ちゃん。今日も来てくれたのね。」

サキはやや赤くなりながらも本当に嬉しそうな笑顔でシンジを出迎えるとシンジの手を引いてシンジを共用室へ連れていった。

あの一件以来サキのシンジに対する印象は180度反転したようだった。

あからさまにシンジに甘えるサキの態度は、かつての加持に対するアスカの態度を彷彿させるものがあった。

カスミの目から見てもサキが思春期相応の淡い想いをシンジに抱き始めているのはほぼ間違いないところだった。

もっともシンジ自身は相変わらずの朴念仁ぶりでその事にまったく気がつかなかったが…。

そしてそれをきっかけに他の孤児達のシンジに対する態度も大きく変わっていった。

今までシンジに警戒心を抱いて距離を置いていた孤児達も、間にサキを通すことにより、次第にシンジに打ち解け始め、今では完全にシンジに心を開くようになっていった。

そしてそれはシンジ自身にも大きな変化をもたらした。

今まではシンジは自身の罪に囚われるあまり、自分にはその資格はないとして子供たちとの交流を避けていたが、それが間違いであることに気づいたからだ…。

『そうだ。本当に大切なのはどんなことでも最もサキちゃん達の為になることを積極的にすることだったんだ…。それに比べれば僕自身が抱えている罪の意識なんてほんとうにちっぽけなものだったんだ。』

サキの存在を肯定してあげられたことは、シンジにとって何よりも大きな自信に繋がったようだった。

それ以来シンジは孤児院での奉仕を罰だとは考えなくなった。

それに伴いいままでシンジが自身の罪の意識から感じていた閉塞間も大幅に弱まっていくことになる。

そう、シンジは今では三春学園の孤児達と触れ合えるのを心から楽しみはじめていた。

もう贖罪でも義務でもない。

シンジに懐く子供たちを見て、『子供ってかわいいものなんだな。』とシンジは思いはじめた。

そしてもうシンジは自身の罪もさして気にすることなく子供達と触れ合うことが出来た。

シンジにはマヤの言葉の通り、子供たちに謝罪することや自身を罰することよりも、はるかに子供たちにとって有益なことをしているという実感が持てたからだ。

 

 

 

あれ以来、シンジはサキと話をする機会を多く得るようになった。

サキはシンジを例の公園に連れ出すと、普段溜まっているうっぷんや愚痴を延々とシンジに対して語り始めた。

こうしてみると本当にサキは学園内で我慢していたのだということを改めてシンジは認識した。

そしてだからこそ、マナブに辛く当たっていたのだろう…と今になって思った。他にサキにとっては溜まっているものをぶつける場所は存在しなかったのだろう。かつてのアスカのように…。

「でねぇ、まったくマナブの奴はむかつくのよ!本当何様のつもりなのかしら…。自分一人が不幸だって顔しちゃってさぁ…。少しはシンジお兄ちゃんの爪の垢でも飲ませてやりたい気分だわ。」

「ははは……………。」

シンジは苦笑するしかない。

シンジ自身は、自分とマナブの間にそう差違があるとは思っていない。

シンジはマナブはかつての自分の悪しき属性をデフォルメした姿…。シンジの心のドッペルゲンガーだと思っていたからだ…。

シンジ自身も本来他人に対して積極的な方ではないが、いつも一人で自分の殻に閉じこもっているマナブの態度を見かねてマナブに声を掛けてみたがマナブはシンジに対して何の反応も示さなかった。

そんなマナブの姿にどうしてもシンジはかつての自分を重ねざるえなかった。

特にそうなったきっかけが親から捨てられたという思い込みだということにシンジはかつてない親近感を感じるのだ…。

『マナブ君は昔の僕自身だ…。辛い過去に押しつぶされて自分と他人を信じることが出来なくなっている。そしてそのきっかけを作ったのは僕なんだ…。』

シンジの胸に強い罪悪感と同時にわずかながら使命感が芽生えはじめた。

『マナブ君に教えてあげたい。マナブ君の周りにもカスミさんのように本気でマナブ君を心配している大人がいるということを…。僕は結局皆が死ぬまでミサトさん達の愛に気づかなかった。マナブ君にかつての僕のようになって欲しくない…。』

 

「ねぇ、お兄ちゃん、聞いてるの?」

いきなり固まりはじめたシンジにサキが頬を膨らませながら声を掛ける。

「あ…聞いてるよ。マナブ君のことだったけ?」

「そうよ。あたしあいつ見てるとすごいむかつくのよ!特に自分はいらない人間だ…なんて勝手に自分で思い込んでいるところなんかサイテーよ!」

その言葉にシンジの胸がチクリと痛む。

シンジにはそのサキの悪口は自分に言われているような気がしてならなかった…。

『確かに最低だったよな。自分を命懸けで愛してくれた人があんなに大勢いたにもかかわらず僕は、自分のことを要らない人間だと思い込んで、自分で自分の可能性を閉ざしていたのだから。きっと、アスカから見ればそんな僕の態度が鼻について仕方なかったんだろうな。』

シンジは心の中で大きくため息をついた。

シンジにはサキの気持ちも分かったが、それ以上に今のマナブの気持ちもわかったので、何とか弁護してあげたかったが、何も思い付かなかった。

いずれにしてもシンジはここに来てようやく目標を見つけることが出来た。

自分の殻の中に閉じこもったマナブの心を開かせること…。

だが、それが一筋縄ではいかないことはシンジは本当によく分かっていた。

心を閉ざした人間を立ち直らせることがどれほど困難なことかは自分自身が一番良く知っていたのだから…。

 

 

 

「ねぇ、シンジ君。最近ずいぶん疲れているんじゃないの?」

夜の10時頃、久しぶりにシンジのマンションを尋ねたマヤが心配そうにシンジに声をかける。

「えっ!?べ…別に大丈夫ですよ。」

シンジは自分の宿題を中断してマヤに振るかえると、無理して微笑んでマヤをいなそうとしたが、マヤは乗ってこなかった。

「シンジ君、あなた夏休み中、毎日、三春学園に顔を出しているんでしょう?」

「……………………………………………………。」

マヤは本当にシンジを気遣う瞳で見下ろして

「シンジ君。あの子達に罪の意識を感じるのは分かるけど、自分の人生を償いだけで終わらせる必要は私はないと思うわ。シンジ君にもシンジ君の人生があるのだから、もっと他の子みたいに自分のやりたいことをしていいはずなのよ。」

そのマヤの言葉にシンジは躊躇わずに

「もう責任とか贖罪とかだけじゃないんですよ。あの子達とかかわることがが今僕が一番やりたいことなんです!だから本当に大丈夫です。やりたいことのために努力するのは本当に当たり前のことなんですから。」

マヤはシンジの顔を見る。

シンジの顔の筋肉は肉体的な疲労で骨格の当りがやややつれていたが、その黒い瞳の中には凛とした強い輝きが宿っていった。

『なんて奇麗な瞳をしているのだろう…。それにあれほど他人を怖がっていたシンジ君がこれほど積極的に他人と関わろうとするなんて…。そういえば、人間の人生の最も密度の濃い時期にはわずか一月の短い期間で常人の10年分の人生経験に匹敵する精神的成長を遂げる時期があるって本で読んだことがあるけど、もしかしたらシンジ君にとっては今がその時期なのかもしれない…。』

そう感じ取ったマヤは軽くため息をつくと

「わかったわ、シンジ君。けど、無茶はしないでね。無理してシンジ君が倒れてしまったら元も子もないんだからね…。」

「はい、ありがとうございます。マヤさん。」

嬉しそうに頭を下げるシンジを見て、マヤは

『確かにこれは大きな飛躍よね…。あのシンジ君が積極的に他人とかかわろうとしているのだから…。この時期をうまう乗り切れば本当にシンジ君は見違えるほど逞しく成長できるかもしれない…。ただ、相変わらずシンジ君は自分のしていることに夢中で周りが見えていないみたいだから、私がシンジ君の状態に気を遣ってあげないとまずいみたいね…。』

そう考え改めてマヤは陰ながらシンジをサポートする決意を固めるのだった。

そのマヤの予測は正しかった。

夏休み以後シンジは以前のように生活の辛さに弱音を吐くことがなくなったからである。

三春学園で生活する子供たちの姿を見てはじめて、シンジはいかに今まで辛いと信じこんでいた自立するための一人暮らしの生活が、相対的に見て恵まれたものであったのかを思い知らされたからである。

ましてや、ここは日本で一番復興が進んでいる第三新東京都市である。この町の外にはどれほど貧困に喘いだ現実が広がっているのかシンジには想像だにつかなかった。

あくまで相対的な評価ではあったが、今の自分がいかに優遇されているか、そしていかに大人達の好意に甘えていたかを改めて思い知らされたからである。

 

 

 

「………………というわけでサキちゃんも学園内ではかなり無理をしているんだと思います…。」

シンジは言いにくそうにカスミに公園での一件を伝えると、カスミは大きくため息をついて

「確かにシンジ君の言う通りですね。あんな小さい娘が辛くないはずなかったんですよね…。なのに、私はサキちゃんは強い娘だと錯覚して、サキちゃんに対する気遣いを怠っていたみたいですわ。子供は全て平等に扱わなければならないのに保母失格ですね。」

「…………………………………………………………。」

なんとも言えず言葉を濁すシンジに対してカスミはやや縋るような目でシンジを見つめると

「ねぇ、シンジ君。自分の無能を押し付けるようで申し訳ないのですが、これからもサキちゃんのことを支えてあげて戴けないでしょうか?今ではサキちゃんは本当にシンジ君の事を信頼しているみたいなので…。」

そう言ってカスミは頭を下げる。

「は…はい。僕に出来ることなら……。」

シンジは躊躇うことなくそう答えた。

とはいえ今ではシンジはそれほどサキのことは心配していなかった。それより問題はマナブである。

『マナブ君は本当に昔の僕に似ているんだ。だから、現実に脅えるマナブ君の気持ちは痛いほどよく分かる。だったらそんな僕だからこそマナブ君の力になれるかもしれない…。』

シンジ心から本気でそう思った。

 

 

 

シンジは孤児院に顔を出すと今まで以上に積極的にマナブに話しかけたが、マナブはなかなか反応を示さなかった。

分かっていたことではあったが、まるでリアクションがないとシンジも落胆せざる得ない。

そして長い間マナブに関わっているとサキが嫉妬してシンジを公園に連れ出すというのが通例になっていた。

二人はシンジとサキの指定席になったベンチに腰を下ろすと、いつものように会話を開始する。

といっても大抵はサキが孤児院での不満を延々と聞かせてシンジは適当なタイミングで相づちを打つだけなのだが、この日は珍しくシンジの方からサキに質問した。

「ねぇ、サキちゃん。ちょっとサキちゃんに聞きたいことがあるんだけど…。」

「なあに、シンジお兄ちゃん?」

シンジはアスカの事について話した。

正直シンジにはアスカ…というよりは女の子の気持ちで分からないところが多かったので、アスカと似たタイプの女の子…とシンジが勝手に信じ込んでいるサキに女心について聞いてみたかったからだ…。

『女性は向こう岸の存在だって加持さんが言っていたっけ…。それにしても小学生の女の子に恋愛講座を頼むとはさすがに情けなかったかな…。』

そう考えてシンジはやや自嘲する。

「ふ〜ん。そのアスカさんって人はそんなにあたしに似ているの?」

「うん…。気の強いところとか…無理して自分を偽っていたところとか…色々とね…。ただアスカはサキちゃんほど偉くはなかったと思う。彼女の努力はサキちゃんと違って自分自身を他人に認めさせるためだったから…。」

そう言ってシンジはアスカの写真をサキに見せる。

「ふ〜ん。奇麗な人ね…。お兄ちゃんは長めの髪の女の子が好みなんだ…。」

「えっ!?」

「な…なんでもない…。そ…それよりこの女の子がお兄ちゃんの恋人なのね?」

そのサキの問いにシンジは情けない表情をすると

「こ…恋人とは言えないと思う…。だって逃げられちゃったから…。」

「ふ〜ん。見る目がないのね。そのアスカさんって…。で、お兄ちゃんはこのお姉さんと復縁したいの?」

「う…うん。」

やや赤くなってシンジは答える。

サキは一瞬面白くなさそうな目でシンジを見つめたが

「けど何で逃げられちゃったの?あたしはお兄ちゃんはけっこういい線いってると思うけど…。」

「………………………僕が自分一人のことしか考えられなかった本当に情けない奴だったからだと思う。」

大きくため息を吐きながらそう答えるシンジにサキはしばらく考え込んだ後

「ねぇ、お兄ちゃん。あたしはお兄ちゃんがそんなに情けない人間だとは思えないよ。そりゃ、最初に会ったときはマナブと同類だと思ったけど…。」

『マナブ君と同類だったんだよ。僕は…』

「特にあたしのこと抱きしめてくれた時、あたしすごく嬉しかったよ。なんか心が暖かい想いに包まれるような気がして…。ああいう風に抱きしめてもらったら大抵の女の子はコロリといっちゃうと思うけどな…。ねぇ、お兄ちゃんはそのお姉ちゃんを抱きしめてあげたの?」

そのサキの問いにシンジは考え込んだ。

『確かに何度かアスカのことを抱きしめたけど、サキちゃんの時のようにアスカを守ってあげようと思って抱きしめていたわけじゃない…。ただ縋っていたんだ…。アスカの存在を肯定してあげるんじゃなくて、僕の存在を肯定して欲しかったからただ縋り付いて抱き着いていただけだったんだ…。』

「お兄ちゃん?」

「あ…え〜っと…、抱きしめていないと思う…。」

『僕がアスカを守ってあげたいと思って抱きしめたのは看病している時ぐらいだったからな…。』

「だったら、今度そのお姉ちゃんに会ったらあたしにしたみたいに心を込めて抱きしめてあげればいいと思うよ。もしそのお姉ちゃんが少しでもお兄ちゃんに気があったらそれだけで虜になると思うけどな…。」

「そ……そうかな?」

「きっとそうよ。で、お兄ちゃんはいつかそのお姉ちゃんに会いにいくわけ?」

「う…うん。今はまだ無理だけどもう少し自分に自信がもてるようになったら会いにいきたいと思う。」

「ね…ねぇ、お兄ちゃん…。」

「なあにサキちゃん?」

サキは急に顔を真っ赤にしてもじもじしはじめると

「ね…ねぇ、………も…もし、お兄ちゃんがそのお姉ちゃんに会いにいって振られたら、サキがお兄ちゃんのお嫁さんになってあげてもいいよ…………。」

「えっ!?サキちゃん今なんていったの?小さくてよく聞こえかったんだけど…」

「なんでもない!」

サキは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「そ…そう?」

『鈍感!』

サキは照れ隠しのように語調を強めると

「それよりお兄ちゃんさあ…。なにかそのお姉ちゃんとの思い出になりそうなものはないの?」

「思い出?」

「そう。たとえばそのお姉ちゃんが喜んでくれたこととか…誉めてくれたこととか、とにかくいい印象を与えた事よ…。やっぱり手ぶらで会うのもなんでしょう?何か一つそういう絆みたいなものがあればやり易いと思うけど……。」

「絆ねえ……。」

シンジは考え込んだ。

『アスカが僕のしたことを誉めたことなんて一度もなかったんじゃないかな…。う〜ん。………………待てよ。そう言えば……!!』

「何かあったの?」

「いや、一度だけ僕が弾いたチェロを誉めてくれたことがあったかな…って…。」

照れくさそうにシンジが頭を掻くと

「チェロ!?」

「うん。弦楽器の一種なんだ…。サキちゃん知ってる?」

「知らない…。けど………。」

サキは好奇心に瞳を輝かせると

「一度、見て…いや聞いてみたいな。ねぇ、お兄ちゃん。そのチェロって奴をあたしに聞かせてもらえないかな?」

 

 

 

「へぇ〜、お兄ちゃん、けっこういい所に住んでるのね。」

はじめてシンジのマンションを尋ねたサキは軽い驚きの声をあげた。

「そ…そうかな?」

「それより、そのチェロって奴を早く見せてよ!」

その言葉にシンジは押し入れで埃を被っていたチェロのケースを取り出してサキに見せる。

「うわぁ…。ずいぶん大きな楽器なのね。」

自分の身長並みの大きさを誇るチェロの重量感にサキは再び驚きの声をあげる。

「是非、お兄ちゃんがこの楽器を弾いている所を見てみたいな。」

サキは好奇心の篭った視線で上目遣いでシンジを見上げる。

「い…今?」

「うん!」

邪気のないサキの笑顔を見て、シンジは軽くため息をついた後、演奏を開始した…。

 

 

「ふ〜ん。あたしは音楽のことは良く分からないけど、けっこういけるんじゃない?なんていうか心に染みるものがあるのよねぇ…。」

「そ…そうかな…。」

「ただ、もうちょっと人前で弾くのに慣れる必要があるんじゃないかな?お兄ちゃん、調子に乗るとけっこうスムーズに演奏できてたけど、最初の方3回ほど失敗したでしょう?」

「…………………………………………………。」

「さて、お兄ちゃん。そろそろ戻ろうか…。」

「ちょ…ちょっとサキちゃん。何やってるんだよ。」

サキは自分の身長ほどもあるチェロのケースを持ち上げて、よろよろと足元をふらつかせので慌ててシンジはサキの体を支えた。

「何って、三春学園に持って行くに決まってるでしょう。」

「へっ!?」

シンジは素っ頓狂な声をあげる。

「そして今度は皆の前で演奏してみせてね…。」

そのサキの言葉にシンジは慌てふためいて

「ちょ…ちょっと待ってよ、サキちゃん。サキちゃん一人でもあがっちゃうのに皆の前でなんて無理だよ…。」

「何いってるのよ。いつか彼女の前で演奏するんでしょう?その時失敗したら目も当てられないじゃない。今のうちに慣らしておいた方がいいと思うよ。」

「そ…そりゃそうかも知れないけど…。」

「というわけよ。多人数の前で照れずに演奏できればきっと彼女の前でもうまくいくと思うわよ。」

「………………………………………………。」

「決まりね!」

そう言ってサキがウインクするとシンジは大きくため息をついた。

 

 

 

午後3時、三春学園の共用室から軽快なチェロのリズムが聞こえてくる。

演奏者は碇シンジ。

そして共用室にはカスミやサキ他10人以上の子供たちが集合している。

サキは並外れた統率力と企画力でシンジのチェロの演奏を三春学園の毎日のイベントに組み込んでしまいカスミもレクレーションの機会を持つのはいいことだといってサキの提案を了承したので、それ以来、シンジは三春学園でささやかな演奏会を開くことになった。

多くの視線がシンジ一人に集中するため、シンジは完全に舞い上がってしまい最初のころはまったく演奏にならなかったが、何度も繰り返しチェロを演奏することにより、少しづつ人前で注目を浴びることに慣れていった。

子供たちも、最初はサキに対する義理立てで仕方なくシンジのチェロを拝聴していたのだが、シンジの演奏がスムーズになるにつれ次第に心から演奏会を楽しむ子供が増え始めた。

まだ技術的には未熟だが、シンジのチェロには確かに心に訴えるものがあったからだ…。

今では、どうしても音楽に興味を持てない何人かの子供を除いて、皆積極的にシンジの演奏会に参加するようになっていた。

 

シンジが弓の動きをピタリと止めて演奏を終了する。

すると子供たちから拍手の洪水が巻き起こる。

シンジは照れくさそうに頭を掻いた。演奏を終了した、この一瞬がどうにも気恥ずかしい…。けど、それは決して不快な感覚ではない。むしろ、心地よい瞬間だった。

ふと、シンジは部屋の隅の方を見てみる。

そこにはマナブが俯いて座っていた。

シンジは考える。

マナブは毎日、演奏会に顔を出していたが、シンジにはマナブが音楽に興味をもっているとは思えなかった。

『そういえば、マナブ君は演奏会を行う前も、いつも自由時間には共用室に顔を出していたよな…。無論だからって他の子供たちと積極的に関わるわけでもないし………。』

シンジは、マナブの行動について再び考えてみる。

そしてマナブを自分自身に置き換えることによってマナブの真意を理解することが出来た。

『そうか、マナブ君は昔の僕と同じ状態に陥っているんだ…。一人は寂しい…。けど、他人は恐い…。その相反する矛盾に悩まされているんだ…。だから、マナブ君はいつも共用室に来ていたんだ。一人でいるのは寂しいから…。けど、それでも他人と触れ合うのが恐いから、カスミさんが手を差し伸べても、その手を握ることが出来なかったんだ…。昔の僕みたいに…。』

人は他人を完全に理解することは出来ない…。ただ、今のマナブの心境だけはシンジには手に取るように把握することが出来た…。マナブがかつてのシンジと同じく他人に脅えていた心の病める同種の人間だったからである。

『だとすれば僕のするべきことは…』

この時、自然にシンジはマナブに対する自分の役割を理解することが出来ていた。

 

 

 

それから、シンジは今までとは違ったやり方でマナブに接しはじめた。

今まではただ、闇雲にマナブの心を開かせようとしていたが、自分がマナブの心に踏み込めば踏み込んだだけ、マナブはさらに逃げてしまうだけだということを理解したからである。

だから、シンジは今までとは異なった発想でマナブと付き合いはじめることにした。

ただ、ガムシャラにマナブの心に近づくのではなく、「あの時、僕は何を欲していたのか?」という観点から、自分が当時して欲しかったことを考えてみる。

そして、当時の自分がして欲しかった接し方でシンジはマナブに接すようになった。

そう、この時はじめて、シンジは効率というものを考えたのかもしれなかった。

 

朝食の席上、相変わらず孤立しているマナブにシンジは声をかける。

「ここいいかな?」

「………………………………………………。」

マナブが何も答えないのを肯定と受け取ったシンジはにっこりと微笑むと、自分の朝食の盆をかかえて、マナブの隣に腰を降ろした。

カスミやサキは興味深そうにシンジとマナブを見ている。

だがシンジは黙々と朝食を食べるだけで、マナブに話し掛けようとしない。

マナブと目線が合うと軽く微笑むだけで、会話を試みようとはしなかった…。

「ごちそう様。」

シンジは挨拶すると、結局一度も会話を交すことなくそのまま席から離れていった。

マナブはやや呆然とした表情でシンジの後ろ姿を見つめている。

 

それからシンジは食事の時も、自由時間の時もずっとマナブの側にいてあげた。

とはいえ側にいるだけでシンジはマナブに話し掛けたりはしない…。

マナブの方もシンジが側にいるのを拒絶はしなかったが、当然マナブの方から話し掛けることはなかったので、二人の間にはまったく会話が成立しない…。

酷い時など3時間も共用室で黙たままお互いを見つめている時もあった。

サキやカスミはあきれた目でそんな二人の様子を見ていたが、やや超然としているシンジの様子を見て、何か考えがあるのでは…と思い黙って様子を見ることにしていた。

 

『きっと、これでいいはずだ…。』

シンジに考えがあったことは確かだが、他の人が超然として見えるほどにはシンジは確固たる自信に溢れているわけではなかった。

『あの時僕は無条件に自分を肯定してくれる存在を欲していた。一人は寂しい…けど、他人は恐い…。その矛盾を解消するために、決して僕の心に踏み込むことなく、ただ黙って僕の側にいてくれるような人を欲していたんだ。』

シンジはかつてシンジの心を開こうと努力した今は亡きシンジの親しい人達を思い浮かべる。

ミサトさん…。積極的に、そして情熱的に接することによって僕に家族という安らぎを与えようとしてくれた僕の姉さん。

加持さん…。ミサトさんとは逆に淡々と冷静に状況を指摘することで、僕の進むべき道を示唆してくれた大人の人…。

カヲル君…。自分の好意を素直に言葉で示すことによって、僕に希望を与えてくれた僕の親友…。

『それぞれ手法も主義も異なったけど、みんな一生懸命自分の人生を生き抜いた、僕の人生観に多大な影響を与えた、本当に素晴らしい人達だったと思う。けど…、』

そこでシンジは思う。

『だからって僕はミサトさんや加持さんやカヲル君のようにはなれないと思う…。ミサトさん達のやり方で他人に接することは出来ないと思う。だって、僕はミサトさん達とはまったくの別人だから…。碇シンジというまったく別の個性だから…。けど、それでいいんだと思う…。僕には、碇シンジには碇シンジのやり方があってもいいと思う…。』

シンジは自分の隣にいるマナブをチラリと見る。

『今はこれでいい…。決してマナブ君の心に踏み込むことなく、だた、黙ってマナブ君の側にいてあげるだけでいいんだ…。そして待つんだ…。マナブ君の方から僕に反応を示してくれるのを…。』

 

 

シンジは自分自身の体験をか細い支えにして、マナブに着かず離れずの誠実な態度で接し続けた。

これほどシンジの方から積極的に他人に関わろうとしたのは綾波レイとの交流以来だった。

マナブはなかなか表面的なリアクションを返さなかったので、シンジは少しづつ自分のやり方に自信を失いかけていたが、それでもシンジはマナブに対する接し方を代えなかった。

だが、シンジの接し方は着実にマナブの心を捕らえていたみたいだった。

夏休みも終わりに近づいたころようやく表面的な効果が現れたからだ。

 

その日、たまたまシンジはマナブと二人っきりになった…。

周りには誰もいない…。マナブはきょろきょろと周りを見回してそのことを確認すると、おずおずとシンジに話し掛けた。

「ね…ねぇ…、お兄ちゃん。」

マナブはやや脅えた目でシンジに話し掛ける。

『とうとう来た…。』

そう考えてシンジは心の中で安堵のため息を漏らした。自身のやり方がまったく無意味なもので、ただの道化かもしれないという想いも確かに存在していたからだ…。

だがシンジは込み上がってくる喜びの衝動をかろうじて抑えた。これからが本番なのである。

そしてこの行為が、ただ自分から他人に話しかける…と行動が今のマナブにとってはどれほど勇気のいることだったのかシンジには痛いほどよく理解していたからである。

「なんだい、マナブ君?」

シンジは暖かい笑顔でマナブに答える。

マナブは何度か口篭もった後、

「ねぇ…お兄ちゃんはどうして僕に近づこうとするの?何もない僕に……。」

シンジはそのマナブの質問に痛いほど共感することが出来た。だから

「マナブ君が好きだから…。それじゃ理由にならないかな?」

敢えてシンジは言葉にだしてその想いを伝えた。カヲルがシンジに伝えた言葉のように、言葉で言わないと伝わらない想いも確かに存在するからである。

そのシンジの言葉にマナブはビクッとする。マナブの黒い瞳が揺れている…。

「信じられないかな?」

マナブは脅えた目でコクッと肯いた。

「どうして信じられないの?」

「だって…、ぼ…僕には何もないから…。僕には他の人に役立てるものなんてなにもないから…。」

「……………………………………………。」

「僕は、サキちゃんみたいに明るくないし、お兄ちゃんみたいに料理や音楽みたいな特技があるわけじゃない…。だから誰かが僕にやさしくしてくれるなんて信じられないんだ…。だから僕は父さんからも捨てられたんだ…。僕には何もなかったから…。」

マナブにしては饒舌な方だろう。何時の間にかマナブの瞳には涙が溜まっている。

「そう。やっぱりマナブ君は僕に似ているんだね…。」

「えっ!?」

シンジはやや遠くを見るような目で

「僕も昔…といっても半年ほど前だけどね…。自分は要らない人間なんだ…そう思い込んで自暴自棄になっていた時期があったんだ。今のマナブ君のようにね…。」

「う…嘘!?」

「嘘じゃないさ…。だからマナブ君を見てると放っておけなかったんだ。昔の自分を見ているような気がしてさ…。」

「……………………………………………。」

シンジ自身も何時になく饒舌になりはじめた。

「だからさ…、マナブ君の気持ちも本当に痛いほどよく分かるんだ。マナブ君は恐いんだろう?自分に近づいてくる僕やカスミさんのような他人が?」

その言葉にマナブはビクッと体を震わせる。どうやら図星だったようだ。

「それは本当に理解できる。僕もそうだったから…。僕も他人を受け入れるのが恐かったから、ずっと他人を拒絶していたクチだったから…。」

そう言ってシンジは大きくため息をついた。

「お兄ちゃん……。」

その時、扉の外からガヤガヤと子供たちの声が聞こえてきた。

それに伴ってマナブの態度が頑なになりはじめた。

『ここまでかな…。もう少しマナブ君と話をしたかったんだけどな…。』

シンジは心の中で軽く舌打ちした後、最後にマナブににっこりと微笑んで

「信じられないのは無理もないけど、僕も…そしてきっとカスミ先生も本気でマナブ君を心配していると思うよ。だからさ…。気が向いたら何時でも話し掛けてきてね。僕は何時でも待っているから…。本当にマナブ君のことが好きだからね。」

シンジはそう言って共用室から出ていった。

マナブはやや呆然とした顔でじっとシンジのことを見つめていた。

  

 

 

そして夏休みもあと3日を残すことになった。

『もうすぐ夏休みも終わりか…。結局あれ以来マナブ君は話しかけてこなかったよな…。やっぱり僕のやり方はまずかったのだろうか…。』

シンジはそう思ったが、実はシンジの先の行動はシンジの予想以上にマナブに強い影響を与えていた。

あれ以来マナブの心は、完全に揺れ動いていた…。

シンジという他人の存在に…。

だが、まだ他人を受け入れるのが恐いという思いがあったために、そして未だに自分の価値を信じられなかった故にマナブなかなかシンジに自分から近づくことが出来なかっただけなのだ…。

相変わらずマナブはなかなか感情を表に表さなかったので、シンジはその事に気づくことは出来なかったが…。

『もうすぐ夏休みも終わる。そうなったら今までみたいに毎日のように三春学園へ顔をだすことは出来なくなるよな…。学校が始まったらバイトもしないといけないし、三春学園へ顔を出せるのはよくて週に一回って所かな。』

そう考えてシンジはため息をついた。シンジは長期戦になることを覚悟したが、意外にも最後にシンジはもう一度マナブと触れ合うチャンスを得ることが出来た。

かなり強引なアクシデントにより副産物ではあったが…。

 

 

 

 

 

あたりはすでに漆黒の闇。

そして激しい雨の音だけが、僕の鼓膜に響いている。

僕は今、マナブ君と二人っきりで洞穴の中にいる。

これってやっぱり遭難したことになるのだろうか?

マナブ君は不安そうな目でチラチラと僕の方を見る。

僕はマナブ君を安心させるように暖かい笑顔でマナブ君に向かって微笑むと、マナブ君の手を取って強くマナブ君の手を握りしめた。

 

 

「遠足ですか?」

「ええ、明後日で夏休みも終わりですから、明日、三春学園の子供たちだけで、浅間山へハイキングに出掛ける予定なの。シンジ君も来てくれると嬉しいんだけど…。」

カスミはやや縋る目でシンジを見つめる。

「えぇ、僕はかまいませんよ。」

「そう、よかったわ。きっと子供たちも喜ぶと思うわ。」

 

その日、僕ははじめて三春学園へ泊まることになった。僕はカスミ先生やサキちゃん達と一緒に腕によりをかけて30人分の弁当を作ることになり、結局作業が終了したのは、朝方の3時近くになったからである。

 

そして翌日。

本日は遠足日和の快晴だ。

僕はカスミ先生や三春学園の子供たちと一緒にリュックを背負って、浅間山へ向かった。

僕もこういうイベントは久しぶりなので柄にもなく張り切っていた。

その時にはあんなとんでもない事件が起きるとは思わなかった。

 

「本当にシンジお兄ちゃんの作ったお弁当っておいしいね。」

サキが嬉しそうにシンジに尋ねる。

頂上に着いた僕たちはシートをひいてそこで昼飯を取る。

僕の周りにはサキちゃんをはじめとした数人の子供たちが楽しそうに騒いでる。

僕も子供たちに懐かれて悪い気はしなかった。

だからこの時マナブ君のことをすっかり忘れていた。

 

この日、マナブは一人だった。

普段、マナブのことを気に掛けているシンジも今日は遠足気分に浮かれて、マナブのことを放置していた。

マナブはシンジから着かず離れずの距離を保って後ろからついていったが、結局シンジが振り返ることはなかった。

マナブは寂しそうな瞳でじっとシンジを見詰めていたが、突如何かを思い付いたように考え込むとそろりそろりと誰にも気づかれないように美春学園の群れから離れていった。

 

 

やがて夕刻になり下山した僕たちは、帰る準備をはじめて点呼を取る。

この時には雲がかなり出はじめていて天候が変わりつつあったので、遠足中に雨が降らなかった天のいたずらに心から感謝した。

だが、穏便に全てが終わると思った矢先、

「カスミ先生。マナブ君がいません!」

点呼を取っていた女の子が声をあげた。

カスミは慌てて自分で子供たちの数を数えてみる。

子供の数は25人。確かに一人足りなかった。

皆で手分けして探してみたがマナブ君は見つからなかった。

「あの馬鹿!どこ、うろついているのよ!?」

そのサキのいらいらした声にカスミが不安そうに

「一体どうしたのかしら、マナブ君。ねぇ、誰かマナブ君を見た人はいないの?」

そのカスミの声に、キヨシという幼稚園児が

「マナブおにーちゃんなら、おりるとちゅうでべつのみちにはいっていくのをみたよ。」

「キヨシ、どうしてもっと早く言わないのよ?」

「だ…だって……」

サキの剣幕にキヨシが脅えたので、カスミが慌てて

「よしなさい、サキちゃん。まだ5歳の子供にそういう判断がつくわけないでしょう。」

「…………………………………………。」

「それにしてもどうして、マナブ君は道を間違えたのかしら?もう、そんな判断がつかない歳でもないはずなのに…。」

「たっく、あの馬鹿、帰ってきたらギッタギッタにしてやる……………ね…ねぇ、カスミ先生。も…もしかして、マナブの奴、自殺するつもりなのかも…。だってあいついつも生きること自体辛そうにしてたから…。それにあたし、いつもあいつのこと苛めていたから…。ど…どうしよう……。」

サキが珍しく不安そうな顔でカスミを見上げたので

「そ……そんなことあるわけないじゃない。考えすぎよ、サキちゃん。」

カスミは軽くサキを抱きしめて慰めたが、カスミの顔色もやや青くなっていた。

周りの子供たちも不安そうにカスミを見つめている。

 

シンジは黙ってカスミとサキのやり取りを見ていたが

『僕のせいだ…。』

と内心で大きく後悔した…。

『何をやっていたんだ、僕は…。分かっていたはずなのに…。今、三春学園で一番気を付けなければいけないのはマナブ君なんだって分かっていたはずなのに…。僕のせいだ…。遠足気分に浮かれてないで僕がしっかりとマナブ君のことを見てあげていれば、こんなことにはならなかったんだ…。』

シンジはそのことを悔やんだが、この時シンジは内罰的に自分を傷つけるよりも、まず行動することを選んだ。

シンジはキヨシの前にきて、

「ねえ、キヨシ君。マナブ君はどの辺りで別の道へ入っていたのかな?」

と聞いてみる。

「えっ…とねぇ、マナブおにーちゃん、たてふだのたっていたみちをくだっていったよ。」

シンジはそれだけ聞くとカスミの方を向いて

「カスミさん。それじゃ僕、今からマナブ君を探してきます。」

「ちょ…ちょっと、シンジ君。もう暗くなってきたし夜の山道は素人には危険よ。ここはやっぱり救助隊にまかせたほうが…。」

「大丈夫です。すぐに戻ってきますから。」

シンジはそう告げると迷いのない歩調で全力で駆け出した。

「シンジ君!」

「シンジお兄ちゃん!」

カスミやサキが声を上げたが、シンジは振りかえらずに今、降りてきた山道を駆け上っていった。

 

 

 

シンジは20分ほど全力で登ると、ようやくキヨシの言っていた分かれ道に辿りつくことが出来た。もう片方の道の真ん中には立て札が通せんぼするように立っている。

立て札には「危険!!この先、道がないので進むな」と書かれていた。

「マナブ君ならこのぐらいの漢字読めるはずだよな…。どうしてマナブ君はわざわざ自分から進入禁止の方へ入っていったのだろう?」

シンジは自問したが答えは出てこない。

もしかして、自殺するのでは…というサキの言葉がシンジの脳裏を過ぎった時、シンジはその考えを強引に打ち消した。

「悩んでいる場合じゃない。今はとにかく一刻も早くマナブ君を探さないと…。」

シンジは自身も進入禁止の方へ進んでいった。

10分ほど進むと、立て札の予告通り道がなくなったので、シンジは枝を掻き分けながら進んでいき

「マナブ君〜!!どこにいるんだよ!?返事をしてよ、マナブ君〜!!」

シンジは大声でマナブの名前を叫びながら前へ進んでいったが返事は返ってこない。

辺りはどんどん暗くなり、先へ進めば進むほど、シンジは自分の現在位置が分からなくなってきた。

「確かにカスミさんの言う通りだ。これ以上進んだら、僕自身が遭難してしまうかもしれない…。やっぱり、プロの人にまかせておいたほうがよかったのだろうか…。」

シンジが弱気になりかけた時、左手から人の叫び声が聞こえたような気がした。

「マナブ君!!」

その瞬間シンジは無我夢中になり再び全力で声の聞こえた方向に向かって道なき道を進みはじめた。

「マナブ君〜!!」

シンジはマナブの名前を叫びながら前へ進んでいく。

しばらくしてようやく視界が開けた。

大きな広場のような場所に出ると目の前で呆然と突っ立っているマナブの姿を発見した。

「マナブ君……。」

シンジは目標の少年を見つけて、心から安堵してマナブに近づいていった。

マナブはシンジを信じられないものでも見るような目で見ている。

シンジは乱れた呼吸を整えてマナブの前までくると軽く微笑んで

「探したよ、マナブ君。」

そのシンジの言葉にマナブの瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちた。そしてマナブは呟いた。

「本当に探しにきてくれたんだ。僕のことを…。」

「!?」

「誰も僕のことなんか本気で心配してくれるなんて思わなかった。僕がいなくなったってみんな気がつかないかもしれない…と思っていた…。けど、けど…………うっぅぅぅ…。」

そう言ってマナブは鳴咽を漏らし続ける。

この時シンジはマナブの真意を理解した。

『そうか、マナブ君は試したんだ。僕のことを…。そして自分が本当に要らない人間なのかを…。こんな乱暴な方法で…。』

マナブの意外な行動力と発想にシンジは驚かされた。

そして、そう考えるとシンジは嬉しくなった。マナブにとって自分の存在がこれほど大きくなっていたいう事実にである。こんな状況では不謹慎かもしれなかったが…。

「マナブ君。帰るよ!」

そのシンジの言葉にマナブはビクッする。

シンジはあえて厳しい表情で

「マナブ君。帰ったらカスミ先生やサキちゃんに思いっきり引っぱたかれると思うけどそれは甘んじて受けるんだよ。二人とも本気でマナブ君のことを心配していたんだからね。」

「う…うん。」

マナブが黙って肯いたので、シンジはマナブを連れて帰ろうとしたが

「さて、どこから来たっけ……。」

無我夢中でマナブを探していたシンジは、帰り道が分からなかった。

マナブは不安そうにシンジを見上げている。

シンジとマナブが帰り道が分からずウロウロしていると、突然激しい勢いで雨が振り出した。 

「悪い時には悪いことが重なるものだな。」

傘を持っていなかったのでシンジは慌ててずぶ濡れになる前に近くにある洞穴に避難した。

 

 

シンジは洞穴の中で雨宿りをしていたが、一向に雨は止む気配を見せなかった。

「まいったな…。この雨が止むまでは出歩くことも出来ないし…。」

シンジが軽くため息をつくと、

「ごめんね、シンジお兄ちゃん。僕のせいなんだよね…。」

マナブは暗い表情で俯いている。

シンジはマナブを慰めるように微笑むと

「気にしないでいいよ。僕が好んでマナブ君を探しにきただけだから…。」

「………………………………………………。」

それからしばらくの間二人は無言だった。

 

それからどのくらい時間がたったのだろうか……。

シンジは腕時計を見ると夜の9時を過ぎていた。

だが已然として雨は強い勢いで降り続けている。

「これで死ぬかもしれないんだね、僕たち……。」

再びマナブが不安そうな声でシンジに話し掛けてきた。

「……………………………………。」

そんな大袈裟なモノでもないだろうに…とシンジは思った。

正直、かつてエヴァのパイロットとして生きるか死ぬかの世界を駆け抜けてきたシンジからしてみれば、この程度の遭難など危地のうちには入らなかったが、安穏とした世界を生きてきたマナブからすれば、そう感じるのだろう。

明らかに未知の体験に脅えているマナブの姿を見て、シンジはやや躊躇った後、手を伸ばしてマナブの手を強く握り締めた。

マナブは一瞬ビクッしたが抵抗しなかった。

これがマナブと心から語り合える最後のチャンスだろう…。

そう思ったシンジは、あえて自分にとってもマナブにとっても辛い話を切り出した。

「マナブ君。マナブ君は自分が父親から捨てられたと思いこんでいるんだよね…。」

その言葉にマナブが震えだしたので、シンジはさらに強くマナブの手を握り締めて

「ねぇ、マナブ君はどうしてそう思ったの?」

シンジは心の痛みを必死に抑えながら、表情は笑顔を繕ってマナブに尋ねてみる。

「………………サ……サードインパクトの起こった日にパパとママと一緒に遊んでいる夢を見たんだ…。けど、気がついたらお家がなくなっていた…。そして服だけ残してパパとママは消えていたんだ…。だから僕は捨てられたんだ…。パパとママに捨てられたんだ…。」

そう言ってマナブは鳴咽を漏らしはじめた。

そのマナブの言葉にシンジの胸がズキリと痛んだが、シンジは逃げなかった。

今、試練を受けているのは、マナブだけではなく、自分自身だと思っていたからだ…。

「マナブ君の両親は決してマナブ君を捨てたわけじゃないよ。ただ、逃げただけなんだ。」

「逃げた…?」

「そう、逃げたんだ。マナブ君の両親だけじゃない。サードインパクトで亡くなった人は皆現実の生活から逃げ出した人ばっかりなんだ…。こんなこといってもマナブ君には分からないと思うけど…。」

「…………………………………………………………。」

「きっと、マナブ君の両親はマナブ君がこんなに強い子だって思わなかったんだろうね。」

そのシンジの言葉にマナブは意外そうな顔でシンジを見る。

「強い…?僕が…?」

「うん。」

「嘘だよ。僕が強いはずないよ。だって僕は臆病で、弱虫で…。」

「マナブ君は強いよ。自分で気づいていないだけなんだ。今ここにマナブ君が生きているのがその何よりの証拠なんだ。だって、サードインパクトを生き延びた人は皆傷付け合う現実の世界で生きていこうと無意識のうちに決意した人達なんだから…。」

「…………………………………………………。」

人類補完計画の実状を知らないマナブにはシンジの言葉の意味は理解できなかったが、真摯なシンジの瞳を見てシンジが嘘をついていないことだけは理解した。

「それに…」

そこでシンジは口元を綻ばせた。

「こんな大胆なことをして僕を試したじゃないか…。本当に心の弱い人間にはこんな大それたことは思いつかないと思うよ。」

そのシンジの言葉にマナブは顔を真っ赤にした。

「だからね、マナブ君。今マナブ君は他人が恐いから他人を受け入れられないんだと思うけど、ほんの少し勇気をだすことが出来ればきっとうまく他人と付き合えるようになれると思う。……て、本当はそんな偉そうなことを言える人間じゃないんだけどね、僕は……。僕もマナブ君と同じようについ最近まで他人を拒絶して生きてきたクチなんだから…。」

そう言ってシンジはやや自嘲する。

シンジは再び真摯な瞳でマナブを見つめると

「マナブ君。僕はずっと父さんから捨てられたと思って生きてきたんだ。早くに母親をなくして物心ついた3歳の頃から叔父の家へ預けられてずっと父親と離れて生きてきた。だから僕は自分が父親から捨てられたと…自分は要らない人間だと思い込んで今まで生きてきたんだ…。11年間の間ずっとね。」

「…………………………………………………………。」

シンジはこの表現は卑怯かな…と思いながらも

「僕もね、サードインパクトで父親を失ったんだ。けど、父さんの遺言みたいなものは聞くことが出来たんだ。その時、父さんは何ていったと思う?」

マナブは何も答えなかったがシンジの話に興味をもちだしたようだ。自然にマナブの体はシンジの方へ傾いている。

「『すまなかったな、シンジ。』って父さんは僕に謝ったんだ。父さんは僕が恐かったから、僕を遠下げていたみたいなんだ…。笑っちゃうよね。あの父さんが僕を怖がっていたなんて…。熊のように恐い顔をして、死ぬことなんか少しも恐れていなかった父さんがひ弱な子供でしかない僕を怖がっていたなんてさ……。」

「…………………………………。」

「……………………結局、僕と父さんとは最後まで分かり合うことは出来なかったんだ。僕か父さんかどちらかがもっと勇気を出していれば、分かり合うことが出来たかもしれないのにさ…。僕達はその可能性を自分から閉ざしてしまったんだ。たぶん、僕はそのことを一生悔やんで生きていくことになると思う…。」

シンジはやや申し訳なさそうな顔をして

「ごめんね、マナブ君。こんなつまらない話してさ…。だからマナブ君には僕のようになって欲しくない…なんて偉そうな説教を垂れるような資格は僕にはないんだ。だって、僕自身が、僕を諭そうとしてくれた人達の好意を今までずっと裏切り続けてきたろくでもない人間だったのだから…。」

「シンジお兄ちゃん。」

その時再びマナブの方から声をかけてきた。

「なんだい、マナブ君?」

「……………あ…ありがとう。」

「えっ!?」

マナブはややもじもじして

「あ…ありがとう。シンジお兄ちゃんは本当に僕のことを心配してくれてるんだね。だから自分の体験を僕に話してくれたんだね…。」

「マナブ君…。」

「ね…ねぇ、お兄ちゃん。」

マナブは真剣な…そしてややシンジに縋るような目でシンジを見つめる。

「僕は……僕は……本当にここにいてもいいの?」

シンジはこのマナブの言葉の真意を理解した。

マナブはシンジに自分の存在を肯定して欲しがっているということを…。

そのことを悟ったシンジは言葉でなく態度でマナブの望みに答えた。

マナブの体を引き寄せて強く抱きしめてあげた。

かつてサキの存在を肯定してあげた時と同じように…。

「信じてもいいんだね?」

そのマナブの言葉にシンジは暖かい笑みでコクリと肯いた。

そのシンジの笑顔を見て、安心したのだろうか…。

マナブはシンジの胸の中で熟睡しはじめた。

穏やかな寝顔のマナブを見て、シンジは今はこれでいいのだろう…と思った。

いずれは自分で自分を肯定出来るようになるのが正しい人としての在り方なのだろうが、傷ついた幼子にまだそこまで望むのは酷というものだろう。

だから、今はシンジがマナブの存在を肯定してあげればいいのだ。いずれ何時かマナブが自分で自分を肯定出来るようになれるその日まで…。

 

 

 

 

翌朝。眩しい日の光が射し込んでシンジは目を覚ました。

雨は止んでいるようだった。

「マナブ君。朝だよ…。」

シンジはマナブを軽く揺すって起こすと、やや寝ぼけているのか

「おはよう、お兄ちゃん」

とマナブは挨拶する。

シンジはマナブの手を引いて一晩あかした洞穴から出た。

「ねぇ、お兄ちゃん。見て!」

マナブが何かに気がついたように右手の方向を指す。

シンジはマナブの指差した方向を見上げると澄み切った青空に奇麗な七色の橋がかかっていた。

「虹だ…。」

その虹の下にこちらへ近づいてくる人影が見える。

その中にはカスミとサキの姿も混じっていた。

「助かったんだね…。僕たち……。」

あくまで大袈裟なマナブの表現にシンジは苦笑した。

マナブはプルプルと顔を震わせて…

「う…嬉しいはずなのに、一体どうすればいいのかわかんないや…。ね……ねぇ、シンジお兄ちゃん。こんな時はどんな顔をすればいいと思う?」

そのマナブの質問にシンジは躊躇うことなく答えた。

「笑えばいいと思うよ…。」

それを聞いてしばらくしてマナブはぎこちない…しかし歳相応の少年らしい笑顔で微笑んだ。

それはシンジがはじめて見たマナブの心からの笑顔だった。

そしてそれをはじめてみたのはサキやカスミにしても同様だったようだ。

マナブに殴り掛かろうとしていたサキは、そのマナブの笑顔を信じられないものでも見るような目で見つめて呆然と固まってしまったからだ…。

 

 

 

 

その後、色々あったが何とかシンジとマナブは三春学園へ戻ってくることが出来た。

当然マナブはあの後サキにぼこぼこにされたのだが、それでも終始マナブは笑みを絶やさなかったのでサキは薄気味悪そうな顔でマナブを見ていた。

今シンジはカスミの部屋にいたが、そこにはカスミのほかにもマヤが佇んでいた。

マナブを探しにいったシンジが一晩行方不明になったという連絡を受けたので保護者として心配して来たようだった。

「シンジ君、本当にありがとうございました。マナブ君の笑顔なんてはじめて見ましたわ。サキちゃんのことといい本当に感謝に耐えませんわ。」

丁重に頭を下げるカスミにシンジは慌てて

「そんな、僕の方こそ大変いい経験になりました。」

それは本当だった。

特にマナブとサキに触れ合うことによってシンジは大切なことを学ぶことが出来た。

それは、内罰的というのは他人を傷付けるだけの極めて無利益な行為であるということ。

そして償いという自分を罰するよりも、はるかに有益で前向きな生き方があるということを孤児院での生活を通じて学んだことだった。

シンジが10年以上も連れ添ってきた内罰的な自分にけじめをつけようと考えたのは実はこの時だった。

マヤはシンジの誇らしげな顔を見る。

『なんて凛々しい顔をしているのだろう…。人間ってたった一月でこれほど精神的に成長できるものなのかしら…。ましてや、あの自分の殻に閉じこもりぎみだったシンジ君が…。これは2・3年後が楽しみだわ…。』

そう考えてマヤはやや頬を赤らめた。 

 

「それにしても、シンジ君。あなたって本当に不思議な子ね。」

「!?」

カスミの言葉にシンジは怪訝な表情をする。

「サキちゃんといい…そして何よりマナブ君といい、こんな短期間で子供たちの心を掴むなんて本当に信じられないわ。私もこの道、5年のプロのはずなのに、半年以上も子供たちに接していながら、結局マナブ君の心を開くことは出来なかったのに…。それをシンジ君。あなたはたった1月たらずで成し遂げてしまったのですから…。」

カスミはやや悔しそうな目でシンジを見つめた。

「そ…そんな、本当にたまたまですよ。マナブ君が昔の僕に似ていたから…マナブ君の抱えていた悩みが昔自分が抱えていた悩みとまったく同じだったからうまくいっただけですよ。」

「そんなに謙遜することはないわよ。私はサキちゃんの時から感じていたんですけど、シンジ君。あなたには病める者の心に共感出来るという、立派な才能があるんだと思うわ。」

「病める者の心ですか…。」

意外な顔をしてカスミの顔を見るシンジに、カスミは

「そう。たぶん、シンジ君自身の辛い体験が土壌となっているんだと思うけど、それは誰でも手に入れられるようなものではないのよ。本当に辛い絶望を自分の力で乗り越えられたほんの一握りの人だけが手に入られる大変貴重な能力だと私は思うわ。」

「……………………………………………………。」

カスミはにっこりと微笑むと

「もしかしたら、シンジ君。あなたには他人の心を癒してあげる職業が向いているのかもしれないわね。だって、あなたには病める者の心を自分のように共感できるという素敵な才能を持っているのだから……。」

 

 

 

帰り道、シンジは連れ添って歩くマヤに先のカスミの発言を尋ねてみる。

「ねぇ、マヤさん…。」

「なあに、シンジ君?」

「さっき、カスミさんが言っていたこと、どう思います?僕は少し大袈裟すぎるかな…と思うんですけど。」

そのシンジの言葉にマヤはやや考え込んだ後

「私も三宅さんの意見には賛成よ、シンジ君。あなたは自分をもっと高く評価してもいいと思うわよ。」

「そ……そうでしょうか?」

やや照れて頭を掻くシンジにマヤは暖かく微笑んで

「きっと、そうよ。シンジ君。私もシンジ君は多くの他人に影響を与えられる無限の可能性を秘めていると思うわ。だって、私は数多くの実例を見てきたのだから…」

「実例ですか?」

「そう、シンジ君。覚えている?感情というものを一切持たなかったレイちゃんにはじめて笑顔と涙を与えたのはシンジ君だったでしょう。葛城さんだって加持さんだって、シンジ君に自分の人生を託すほどシンジ君に入れ込んでいたわけだし。それにシンジ君は人間だけでなく使徒にさえ多大な影響を与えていたのよ。渚カヲル君は、本当にシンジ君のことを好きだったわけでしょう?」

「マヤさん……。」

「だからね、シンジ君。あなたはもっと自分を信じてもいいと思うわよ。多くの人間から愛されていた自分を…。そしてサキちゃんやマナブの存在を肯定してあげた今のシンジ君の本当の強さを…。」

「そ…そうかもしれませんね。」

シンジは明るい笑顔でそう答え、はじめて自分を認めることが出来た。

或るいはこれこそシンジが自分で自分を肯定した瞬間だったのかもしれなかった。

『僕にも出来るんだ。そうだ、最後まで逃げずに戦うことが出来ればどんな困難だって乗り越えることは出来たはずなんだ。今までだって、これからだって、きっと……。』

シンジはマヤとカスミの二人の言葉に今までずっと捜し求めていた何かを見つけたような気がした。

 

『シンジ君には心の病める者に共感できる才能が、多くの他人に影響を与えられる無限の可能性があるのよ。』

シンジがその言葉をきっかけとして、サキやマナブとの交流や、自分やアスカの辛い過去に想いを馳せ、将来カウンセラーという職業について多くの心の病める者の助けになりたいと願いのは、この後すぐだった。

  

終わり。

 

 

 

 

 

 


NEXT
ver.-1.00 1998+6/30公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは itirokai@gol.com まで!!

 

どうも、けびんです。

長くなりましたが、何とか今回で外伝1を終了させることが出来ました。

今回は後書きによる本編補足は致しませんので(正直、かなりベタで観念的なお話だったので(中編の時など小説になっていないような気がしました(大反省))テーマをうまく消化出来たのか自分では分からないので)思ったこと・感じたことを率直に(否定的な意見でも一切かまいませんので)聞かせてもらえたら嬉しいです。

 

さて、外伝に夢中になって(あとスランプもからんで)だいぶ本編も間が開いてしまいましたが、次から本編に戻りたいと思います。(とはいえ、外伝もまだ書きますけど(笑)(次に書く外伝はAIR編第七話と第八話の間のサイドストーリーに該当するかなりダークなお話になると思います(爆))

 

では次は本編16話(すでに2ヶ月も間が開いてしまったな…)でお会いしましょう。

では。

 

 




 けびんさんの『二人の補完』外伝1後編、公開です。





 孤児達との関わりの中で、
 自分も大きく学び成長したシンジ−−



 過去の経験とかとかから出てくる言葉や行動は
 ”重み”がちゃうね、やっぱり(^^)



 閉じこもっていた、
 押し込めていた、

 子供達も、乗り越えることが出来て・・・

 よかったよかったよかったぶい



 ここで学んだことを生かせるかな、、シンジくん。




 さあ、訪問者の皆さん。
 外伝を書き上げたけびんさんに感想メールを送りましょう!




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