広さは、テニスコートの半分ぐらいか。
そんな部屋の真ん中に、細長い、ちょうど人が一人入る大きさのカプセルが置かれている。
そして、その傍らには、白衣を着た男が立っていた。
「・・・長い道のりだった。
だが、この苦労も、今日、ようやく報われる。
ついに私は、生命の神秘を解き明かし、科学を極めることに成功した。
お前は、最高の科学技術の結晶、この世で最高の存在だ。
さぁ、目覚めるがいい・・・。」
プシュ――・・・ガコン・・・。
男が何かを操作すると、カプセルから白い気体が吹き出し、そして蓋がゆっくりと開いた。
そして、その中には――――。
南極のマーカム山で起こったこの史上最大規模の大爆発は、地球の地軸をねじ曲げ、大津波と、世界的な大気候変動を引き起こした。
その結果、南極はもちろん、北極の氷までが溶解、海面が数十メートルにわたって上昇し、世界の人口の大半が集中する平野部が、海の底に沈められてしまった。
南半球の国々では、あわせて二十億人以上が死亡。
北半球でも、大きな打撃を受けた。
後の公式発表では、大質量隕石が光速の数十パーセントの速度で落下したために起こった、天災であるとされる。
その後も、干ばつや水害による飢饉、紛争が多発。
人類は、その数をインパクト前の半分以下にまで減少させた。
だが、人類は挫けなかった。
少しずつではあるが、復興が進んでいった。
―――そして時は流れ、舞台は西暦2015年。
日本はセカンドインパクトの際に、常夏の国になっていた。
水位の上昇などにより東京、大阪などの平野部は海底となっており、首都は長野県松本市へと遷都、第2新東京市と名前を変え、かつてのにぎわいを取り戻しつつあった。
さらなる遷都先として、第3新東京市も芦ノ湖付近に建設され、新たなる首都として期待されている。
そんなときであった―――。
「正体不明の物体、海面に姿を現しました。」
「物体を映像で確認!!
メインモニターに回します!」
ここは、第3新東京市の地下深くにある、国連直属特務機関、NERV本部の作戦発令所。
先ほどから、オペレーターの声がそこら中を飛び交っている。
最上部の司令席には、色の付いた眼鏡をかけ、あごひげを蓄えた男。
その側には、白髪の初老の男が立っていた。
「六分儀、15年ぶりだな・・・。」
白髪の男が、色眼鏡の男に話し掛ける。
「ああ・・・。
間違いない、“使徒”だ。」
六分儀、と呼ばれた色眼鏡の男が、顔の前で手を組んで答え、そのまま続けた。
「来るべき時がついに来たのだ。
人類にとって、避けることのできない試練が・・・。」
第3新東京市中に、サイレンの音と、アナウンスが鳴り響く。
「本日12時30分、東海地方を中心とした関東中部全域に、特別非常事態宣言が発令されました―――。
住民の方々は、速やかに指定のシェルターへ避難してください―――。
繰り返しお伝えいたします―――。」
碇シンジは、小さくそう呟いて受話器を電話機に掛け、ひと一人いない街を見渡した。
《仕方がないさ。
非常事態宣言が出てるんだ。
電話が通じるはずはない。》
"マスター"の声が、シンジの頭の中に直接話し掛けてくる。
だがシンジは慣れているので、別に驚かない。
〈そうですね・・・。
どうします?マスター。
二駅、歩きましょうか?〉
《あぁ。
それしか無さそうだな。》
ふぅ・・・。
シンジはため息をついて、手の中の手紙を眺めた。
それは、国連直属の特務機関、NERVから送られてきたものだ。
内容は、極秘裏に行われた調査と審査の結果、シンジがNERVの新型ロボットのパイロットに選ばれたこと、待ち合わせの日時、場所、絶対に他言しないこと等が書かれており、さらにシンジに拒否権が無いことが明記されていた。
そして、同封されていた写真が一枚・・・。
素晴らしい美女が写っており、
「わたしが代わりに迎えに行くから待っててネ 葛城ミサト」と書いてある。
書いてあることが事実なら、この女性が迎えに来るはずだ。
そう思ってシンジが顔を上げると、街並の間に、一瞬、一人の少女がたたずんでい るのが目に入った。
青い髪をして、不思議な静けさを持った、自分と同じ歳ぐらいの、おそらくこの街の学校の物であろう制服を着た少女。
しかし、
「あれ?」
その少女は、シンジが瞬きをした瞬間に、影も形もいなくなっていた。
〈幻覚?〉
シンジはそう判断する。
だが、
《いや、幻なんかじゃない。
確かに、今そこに、お前と同じくらいの少女がいた。》
"マスター"はそれを否定した。
《そんなことより、何かが来るぞ。》
"マスター"の警告にシンジが顔を上げると、ビルの向こうの方から、巨大な怪物が見える。
「あれは・・・一体?」
よく見れば、その怪物の周囲を、戦闘機らしき物が飛び回っている。
《よくは分からんが、少なくとも、俺は見たことが無いな。》
〈そうですか・・・。〉
戦闘機はさかんにミサイルなどで攻撃しているが、今ひとつどころか、まったくダメージを与えていないようだ。
〈マスター、僕、思うんですけど・・・。
新型ロボットって、まさかこれに対抗するために・・・?〉
《ちょうど俺も同じことを考えていたところだよ。
・・・おっと、ようやくお迎えが来たようだな。》
シンジにも、遠くの方から、自動車が一台、向かってきているのが見えている。
〈そうですね。
細かいことは、その葛城さんに聞きましょう。
それにしてもマスター、『お迎えが来た』なんて、なんだかご臨終寸前のお年寄りみたいな事を言わないでくださいよ。〉
そんなことを言い合っている間にも戦闘機が怪物に潰されたり、ミサイルが切り裂かれたりしていたが、たまたま弾き飛ばされたミサイルが、シンジめがけて飛んできた。
〈マスター、ミサイルか何かが飛んできますけど・・・防ぎます?〉
《そうだな。
ついでに、あの車も守ってやれ。
ただし、出来るだけ見られないようにしろよ。》
〈分かってます。
ミサイル程度なら、あまり見えないぐらいの壁で十分です。〉
そう言って(?)、シンジは右手を水平に上げた。
ミサイルも近付いてくるが、自動車の方が早く着くだろう。
《よく引き付けてから展開しろよ。
車まで弾いちまったら、何の意味も無いからな。》
"マスター"の指示通り、自動車が十分に近付くまで待って、シンジは次元隔壁を展開する。
次元隔壁――――。
それは、シンジの能力の1つだ。
簡単に言うならば、空間の魔法瓶。
水筒などに使われる魔法瓶は、容器のガラスやステンレスを二重にし、その隙間を真空にすることで、熱が外へ逃げたり、外から熱が入ったりするのを防ぎ、内部の温度を一定に保つ。
次元隔壁も、理屈は同じだ。
ガラスやステンレスの代わりに、空間を1つ上の次元に対して『傾斜』させ、壁をつくる。
それを二重に展開するのだ。
それだけでも無敵のバリヤーなのだが、さらに、魔法瓶の真空の代わりに、隙間の空間を相転移させ、その空間内の物理法則を、根底から破壊する。
いかなる攻撃も、あくまでこの宇宙の物理法則の上で成り立っている以上、その相転移空間を通り抜けることは出来ない、と言うわけだ。
ただし、欠点もある。
やたらと目立つのだ。
『傾斜』空間はさほど目立たないのだが、問題なのは相転移空間。
物理法則が破壊されているためか、めちゃくちゃな光を発生させるのだ。
その色、実に派手で、俗に虹色、七色などと呼ばれることもある。
端から見ている分には綺麗この上ない光景なのだが、ちょっと考えれば、普通はそんなことが出来ないのは分かるだろう。
他人に見られるとまずいので、シンジは、『傾斜』空間の隙間を出来る限り狭くして相転移空間を少なくすることにより、発光を最小限に抑えているのだ。
ドドォン!!
ミサイルが突っ込んでくると同時に、辺りが一瞬だけ、薄い虹色に包まれる。
そしてその後には、驚いて止まった自動車と、シンジだけが、全くの無傷で立っていた。
後は瓦礫と化している。
シンジが駆け寄ると自動車のドアが開いて、写真の女性―葛城ミサト―が顔を出した。
「お待たせ、シンジ君!
危険だから、早く乗って!!」
慌てて乗り込むシンジ。
するとミサトは素速く車を発進させ、Uターンした。
「ごめんね、遅れちゃって。
怪我はない?」
「えぇ、運良く、全くの無傷です。
ところで・・・。」
「分かってるわ。
アレのことでしょ。」
ミサトはちらっと怪物の方を見て、答える。
「アレはね、使徒よ。」
「・・・使徒、ですか。」
〈マスター、聞いたことありますか?〉
シンジが小さな声で問いかける。
幸い、ミサトには聞こえなかったようだ。
《いや、ああいうのを使徒と呼ぶなんて事は、聞いたことが無いな。
これから説明してくれるだろう。
ちゃんと聞いておけ。》
〈はい。〉
「国連軍の湾岸戦車隊も全滅したわ・・・・・・。
軍のミサイルじゃ、何発撃ったって、アイツにダメージを与えられない。」
「そのために、新型ロボットとやらを動かさなきゃならないんですか?」
ミサトの話を遮るようにして、シンジが訊ねる。
「そう言うこと。
あなた、状況の割に落ちついてんのね。」
「まぁ、色々ありましてね。」
もちろん、頭の中で"マスター"と相談している、などとは言えない。
さっきのミサトの返事に、"マスター"が考え込んだ。
《ふむ、そいつは気になるな。
ミサイルではダメージを与えることは出来ないが、ロボットなら出来る・・・。
そのあたりに、何かありそうだ。》
「今は詳しく説明してるヒマがないわ。」
ミサトは、それきり黙ってしまった。
〈マスター・・・説明してくれませんでしたよ・・・?〉
《そんなこと、俺に言われても困るぞ。》
「いけない!
もう、こんな時間!?
出来るだけここから遠くへ離れなくてはいけないわっ!」
時計を見たミサトが、叫んでさらに加速する。
使徒の周りでは、戦闘機が一斉に離脱していくのが見える。
「戦闘機が使徒から離れていく?!
か、葛城さん!
一体、何が・・・。」
外を見ていたシンジが質問しようとするが、ミサトに遮られる。
「顔を引っ込めて、ショックに備えて!
しゃべっちゃ駄目!
舌、噛むわよ!」
〈マスタぁー!!
何がどうなってるんでしょうか!?〉
ミサトが答えてくれないため、"マスター"に質問するシンジ。
《分からんが、戦闘機の動きから考えると、何か大きな攻撃があるようだな。
彼女の言う通り、ショックに備えておけ。
ついでに、次元隔壁もいつでも展開できるようにしておけよ。》
〈はい・・・。〉
シンジが答えた次の瞬間、使徒の足下で、巨大な爆発が起こった。
「わははははっ!
見たかね!
これが我々のN2地雷の威力だよ!
これで君の新兵器の出番は、もう二度と無いというわけだ。」
国連幹部が、勝ち誇って言った。
「電波障害のため、目標確認まで今しばらくお待ちください。」
「あの爆発だ。
ケリは着いている!」
確認の必要はない、と言う意味を込めて、オペレーターに言う国連幹部。
しかしその直後、その国連幹部達の目が、精一杯まで見開かれた。
それまで、N2地雷による爆発で、ドーム型を示していたエネルギーレベルの立体グラフが、突然異常に高い数値を示したのだ。
「爆心地にエネルギー反応!」
少し遅れて、オペレーターの報告が続く。
「映像、回復しました!」
モニターに、広大なクレーターの中心に立っている使徒が映し出される。
胸部にある、顔のような物が一部損傷してはいるが、他はほとんど無傷だ。
「街を1つ犠牲にしたんだぞ!」
「ば、バカな、我々の切り札が!」
さっきの勝ち誇りようが嘘のようにうろたえる国連幹部達。
そしてその些細な―しかし大きな犠牲を払った―抵抗の証さえ、新たに身体の内部から出てきた顔に、押しのけられる。
「なんて奴だ!」
「化け物め!」
「―――はっ。
分かっております。」
口々に使徒をののしる声の中で、1人の国連幹部が、受話器を耳に当てていた。
「はいっ―――。
では失礼いたします・・・。」
ピッ!
なにやら話していたが、電話を切ると、NERV司令、六分儀ゲンドウの方へ向き直る。
「・・・六分儀君。
本部から、通達だよ。」
幾分、苦々しげな色が混ざった声だ。
ガシャ・・・。
椅子から立ち上がり、国連幹部達の方を見据えるゲンドウ。
国連幹部はその後ろに控えるNERVのメンバーを一瞥してから、ゲンドウに告げる。
「今から本作戦の指揮権は、君に移る。
お手並みを、拝見させてもらおう。
我々国連軍の所有兵器が、目標に対し無効であったことは素直に認めよう。
―――だが、六分儀君。
君なら勝てるのかね?」
ゲンドウは、眼鏡の位置を直しながら、一言答えた。
「ご心配なく。
そのためのネルフです。」