あの日からもう既に3年が経とうとしている。
こうして町の復興を見ていると人のたくましさというものには頭が下がる。セカンドインパクトの傷が完全に癒えぬうちに起こったサードインパクト、いくら影響は最小限に押さえられたとはいえこのまま人は滅びの道を歩むかと思ったのだが。こうしてみると人類という種は予想以上に可能性を秘めているのかもしれない。賢者面して『人の進化は行き詰まった』などと宣っていた老人達に見せてやりたいとつくづく思う。
今日はいつもより冷えるようだ。サードインパクトにより常夏が常冬に変わって久しいとはいえ、今日ほど冷えるのは珍しい。長く伸ばした黒髪が北風に痛めつけられる。歳のせいかそれとも手入れ不足が原因か最近髪に艶が無くなってきた。いや、やはり一時染めていた影響が大きいのかもしれない。
今では既に習慣となりつつある尾行者のチェック。存在しないのを確認して家に近づく。まずいないことは判っているのだが、やはりおろそかには出来ない。我々の存在が政府に知られたらまずA級戦犯扱いは免れないだろう。私はともかく他の3人はいわば世界を救った者達だというのに。
静かに家にはいると、早速出迎えがやってきた。
「ただいま、ペンペン。」
既に老年に近いはずだが相変わらず元気いっぱいだ。洞木さんの所から引き取って2年になるが病気一つしない。たぶんこの家で一番元気な存在だろう。
私に何かを訴えかけるペンペン。どうやら昼御飯を食べていないらしい。
「あのヤドロクはどうしたの?またビールを飲んで寝ているわけ?」
そうだそうだと頷いている。全く彼にも困ったものだ。ほとんどヒモ同然の生活をしている。もっとも、彼のおかげで私は命を救われ、私達が平穏に生活が出来ているのだが。なにより誰も知らないことだが、彼こそが世界を救ったのだ。
とりあえず冷蔵庫から生アジを出し、ペンペンにあげてから居間にいく。案の定そこには空き缶を周りに侍らせて寝ている彼が居た。裸の上半身には金色の十字架が光っている。
「ちょっと、加持くん、こんな所で裸で寝ていると風邪を引くわよ。」
3年前とは似ても似つかぬ顔。短く切った髪。同じ所と言えば無精髭ぐらい。それでもこれが加持くんなのだ。3年前のあの日から…。
「…やぁ、リッちゃん、おかえり。」
「昼間からそんなに飲んでたら体に悪いわよ。それじゃ…」
『それじゃまるでミサトみたいじゃない』その言葉は続けられなかった。
3年前、自分を殺させ、整形し、いわば加持リョウジという存在を抹消することで行動の自由を得た彼。そうして彼は撃たれた私を救い、碇ゲンドウの暴走を止め、老人達の愚かな計画を無効にした。だが、彼が自分の存在を消してまで守りたかった女性、そう葛城ミサトだけは結局救えなかったのだ。そして、それ以来彼はアルコール依存症となった。
もっとも身分のごまかしなどやるべきことはやってくれた。彼女の形見の十字架が彼を現世に引き留めてくれたのかもしれない。最近では庭で野良仕事もやっているようだ。ビール漬けは相変わらずだがだいぶ健康的になった。
「ところで、いったい…」
続ける前に玄関のチャイムが鳴る。どうやら買い物にでも出かけていたようだ。
隠しカメラのモニターを覗くと中学生ぐらいの綺麗な女の子。妙なおまけも付いていないようだ。確認して鍵とチェーンを外す。
いそいそと入ってくる女の子。わかっていてもとても男の子には見えない。
「あ、帰っていたんですね、リツコさん。ただいま。」
「お帰りなさい、シンジくん。」
そう、この子は碇シンジ。彼が女装(と言っても髪を伸ばしたので薄化粧して女物の服を着ているだけだが)をして外出しているのも私が髪を染めるのを止め長く伸ばしたも正体がばれるのを避けるために他ならない。こんな子供だましでとも思ったが、以外と効果があるようだ。もっとも、加持くんの工作が効いているのが大きいのだが。
「ところで、綾波の様子はどうですか?」
「ごめんなさい、私も今帰ったばかりなのよ。薬も貰ってきたし、ちょうど良いから一緒に見に行きましょう。」
二階の奥のカーテンを閉め切った部屋、ベッドの上で眠るレイ。昔はその碇ユイに似た顔を見る度に憎しみと嫉妬の火がともるのを感じたが、全て燃え尽きた今となっては後悔と罪悪感の鈍い痛みが心に重くのしかかってくる。
「最近ますます目覚めてる時間が短くなってきて…」
「とりあえず、これが3日分の薬。渡しておくわね。」
「すみません、リツコさん。いつも…」
「私たちは家族よ。礼を言うことじゃないわ。…なにより、レイがこうなった責任は全て私にあるんだから…」
そう、これは私の罪。命を弄んだ私の業。本来許されざる命であるため、レイの体はNERVでの定期的なメンテナンスを必要とした。だが今ではそんなことは望むべくもない。薬で体の劣化を防ぐのが精一杯。あのときあんなことをしなければ…。
いや、今更悔やむ暇があるなら今どうするかを考えるべきだろう。今シンジくんが自分を保っているのはレイを支えているという意識があるからに他ならない。もしレイが死ねばシンジくんは再び心を壊し、おそらくは二度と元に戻せないだろう。いわば二人の命が私に掛かっているのだ…。
しばらく考え込んでいたのだろう、気がつくとシンジくんがこちらを見つめていたので先に下に降りる。私たちが見ていると薬を飲ませられないのだ。意識が無いと薬を飲んでくれないため口移しでレイに飲ませている。いい加減慣れてくれても良さそうなものだが相変わらず見られるのは恥ずかしいらしい。
しばらくするとシンジくんも下に降りてきた。ついでに服を着替えて化粧も落としてきたようだ。こうして見てもとても17歳の男性には見えない。EVAとの限界を超えたシンクロの影響か、、3年前から彼の成長は止まっている。おかげで違和感無く女装できるというのは皮肉な話だ。これも私の罪。私の業。今更神など信じてはいないが、もし地獄というモノが存在するなら私は最優先で地獄行きだろう。
気がつくとまた加持くんがペンペン相手にビールを飲んでいる。いい加減にしてもらいたいものだ。黙っていたが、そろそろ教えてあげた方がいいかもしれない。
近づいて、口をつけようとしたビールを取り上げる。
「ちょっとは自制してくれない、加持くん。アル中の酔っぱらいがパパだなんて、子供がかわいそうでしょ。」
さすがの加持くんも驚いたのか、ビールを取られた文句を言うのも忘れて呆然と私を見つめている。
「3ヶ月、たぶん女の子だって。」
そう、こんな時代でも新たな命は生まれるのだ。昔は母親にはなれそうにもないと思っていたが、この3年間の営み、そしてなによりこんな私をレイが許し笑いかけてくれたことが私を呪縛から解放してくれたらしい。今では素直に子供が出来たことを嬉しいと感じられる。私と加持くんの関係が愛情ではなく傷の舐めあいであることも判っているが、たとえ加持くんがこの子を愛してくれなくても今の私はこの子を愛していけるだろう。
「……おなかを触っても良いか?」
「まだ動かないし、心臓の音も聞こえないわよ。」
それでも私のおなかに手を当てて赤ちゃんの存在をを感じ取るかのように目を閉じる。
「僕も触って良いですか?」
シンジくんも同じようにして目を閉じる。どうやらこの子は家族に恵まれそうだ。私もそっと手を当て目を閉じる。私の赤ちゃんに語りかけるために…。
どれだけの間そうしていただろうか。シンジくんが私に尋ねてきた。
「この子の名前はもう決まってるんですか?」
でもシンジくんも、そして加持くんも私がどう答えるか判っているようだ。
「ええ。この子の名は…『ミサト』。」
そう、彼女はよく言っていた、『生きているうちに精一杯のことをする』と。そしてまさにその言葉通りに生きていた。この時代に生まれようとするこの子にとってこの名前はふさわしいだろう。
そしてそれは今を生きる私たちにも言える。生きてさえいれば、精一杯生きてさえいれば常に希望はあるのだとこの3年間で教えられた。レイもまだ生きている、まだ希望は残されているのだ。今はまだ先に光は見えないけれど、生きてさえいればいつか光が見えてくるだろう。この暗き道の向こうにも…。
(fin)
(後書き)
皆さんはじめまして。このたびメゾンEVAに入居しました【B.CAT】です。実は1本目のSSに後書きをつけるのを忘れていまして、これが最初のご挨拶になります。
見ていただくとお解りの通り、リツコさんの補完のお話です。ゲンドウが改心して救われるというお話は時々見かけますが、愛人にただ利用され続け、裏切られ続け、用済みとなると捨てられ絶望の果てに未来を捨てた女性が果たしてそれで救われたことになるのか、との疑問がこのSSになりました。
「こんなのリッちゃんじゃねぇ」とお思いの方もおられるかもしれませんが、本編で最も救いの無かったリツコさんへの私なりの愛情ですので、まあ暖かく見てやってください。 では最後になりましたけど、これからよろしくお願いします。
ではB.CATでした。
B.CATさんの『暗き道の向こうに』、公開です。
1作目とは大きく雰囲気を異にした、
シリアスな作品ですね。
辛いあの時、
それを引きずっている今。
しかしその辛さも少しずつ癒えているのでしょうか・・。
起きている時間が短くなっているレイと成長が止まったシンジという
自らの罪を目の当たりにしながらも、
生きていく。
リツコさんにあたたかな明日を・・。
さあ、訪問者の皆さん。
異なる面を見せたB.CATさんに感想メールを・・
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