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夕刻。NERV本部内食堂。
「マヤには恥ずかしいところを見せちゃったわね。」
レイが帰った後、リツコとマヤはそのまま早めの夕食を取り、今は食後のティータイム。
「そんなこと無いですよ。」
マヤにとってリツコは最も敬愛する存在。彼女の憧れである女性。
それは彼女の優れた知性だけではなく、どのような状況下であっても的確な判断を下すその冷静沈着さ、そして己が傷つくことを、汚れることを厭わないその強さも。
だが反面、その冷たさ、非情さに眉をひそめることもあった。
そして最も親しいはずの自分にすら心を見せてくれない寂しさも。
だから、マヤにとってあのリツコの姿はある意味感動ですらあったのだ。
「それにしても本当にびっくりするぐらいよく泣いてましたね、先輩。」
そのマヤの言葉にちょっと顔を赤らめてリツコが答える。
「言わないでよ、本当に恥ずかしいんだから。全く、あれじゃどっちが“お母さん”なんだか判らないわ。」
「でも、正直驚きました。だってほら、先輩っていつもクールで沈着冷静、感情には流されないってイメージがあるじゃないですか。その先輩が……」
「あら、それはマヤちゃんの認識不足ね。私にはとってもリツコらしいって思えるけど。」
その時横からかけられた声。
二人が慌ててそちらを見ると、何時からいたのかそこには葛城ミサトの姿があった。
「ど、どうしてミサトが此処に? 京都まで墓参りに行くとか言ってなかった?」
「え、だいぶ日が傾いてたから帰ってきただけだけど……何かおかしい?」
日が傾いてから京都を出てこの時間に帰り着くとは一体どんなスピードで飛ばしてきたのだろうか……マヤとリツコは内心冷や汗をかく。
「そんなことよりさ、何があったか詳しく教えてよ。」
「ふうん、そんなことがあったんだ。良かったじゃないリツコ。」
しっかり席を陣取り、渋る二人から洗いざらい聞き出したミサト。そのからかうような口調に再びリツコは少し顔を赤らめる。
「そう言えばさっき葛城さんは先輩らしいって言ってたけど……どうしてです?」
そのマヤの疑問にミサトは一見関係ないような話を語り出す。
「前にね、シンちゃんに言われたことがあんのよ。私って芯にとっても冷たいところがあるんだって。たぶん私はそんな自分が嫌いだから、普段は軽薄で感情的で、いつもふざけてばかりいるお調子者の衣を纏ってるのよ。」
そして目をリツコに向けるミサト。
「そしてリツコは私の反対……一途で純粋で優しくて、自分が傷つくことが判っていてものめり込まずにはいられない、だから無意識の内に感情を殺して冷酷な人間を装って、深入りしないように他人から距離を取っているのよ。アンタとレイはよく似てるわ、アンタがどう思っているかは知んないけど。確かにアンタ達二人は親子だわ。」
「それはミサトの買いかぶりよ。他人が皆善人だと思い込むのはあなたの悪い癖だわ。」
手に持ったコーヒーの黒い液面を見つめながら呟くリツコ。
「そんなところがよ。いつも無理して悪人ぶって……だから堰が外れると止まらなくなんのよ。」
ミサトのその言葉に、しばしの間訪れる沈黙。
その雰囲気を振り払おうとしてかマヤがミサトに尋ねる。
「それより葛城さん、どうして本部にまで来られたんですか?」
今日はミサトにとっては休日。そのまま家に帰っても良かったはずなのだが……
「あ、そうそう、すっかり忘れてたわ。ちょっと待っててねぇ〜。」
そう二人に言ってどこかへ立ち去るミサト。そして、しばらくしてから帰ってきた彼女の手には……
「わぁ綺麗、こんなのがあるんですね。」
「ね、珍しいでしょ、これ。帰って来る途中で偶然見かけたのよ。」
その手にあるのは三輪の、青いカーネーション。
「これって染めてあるんですか?」
「ううん、そう云うのはもっと水色っぽいのになるんだって。これは元からこういう色らしいのよ。花屋のおっちゃんの話だと作るのが難しいんであんまり出回ってないらしいけど。」
そのマヤとミサトの話を余所にその青い花を見つめているリツコ。
「気に入ったみたいね。」
「え?」
リツコが気がつくとそんな自分をマヤとミサトが見つめていた。
「はい。」
リツコにその花を手渡すミサト。
「え……良いの?」
「もともとリツコにあげるつもりで買ってきたんだし。どうせリツコのことだから仕事ずくめでレイが来るまで母の日のことなんか忘れてたんでしょう? もし覚えてても 『いつも話しているんだから別に良いわよ』 とか言って花なんか買わないと思ってね。」
「……ありがとう、ミサト。」
しばらくその花を見つめ、そして立ち上がる。
「ごめんなさい、ちょっと行って来るわ。」
「い〜のよ、ゆっくりとお母さんと話してきなさい。」
しばしの後。
発令所の下、三台のMAGIがおかれている場所。そこにリツコの姿があった。
リツコはMAGIに一輪ずつカーネーションを飾っていく。心の中で母に語りかけながら。
MAGI MELCHIOR
科学者としての母さん。
私が尊敬していた母さん。
私の師であり、目標であった人。
私がゲヒルンに入ったのもあなたに追いつきたいという想いのためだった。
母さんが亡くなってから5年、未だにあなたに追いつけた自信はないけれど……
MAGI CASPER
女としての母さん。
私が嫌いだった母さん。
天才科学者としてではなく、私の母親としてでもなく、最後は一人の女として自殺した母さん。
そんな母さんを憎んですらいたけれど……
でも結局私はそんな母さんと同じ道を歩んでしまった。
私に最も近い母さん。だからこそ私はあなたを憎んだのでしょうね。
そして MAGI BALTHASAR
母親としての母さん。
私にはよくわからなかった母さん。
でも私が一番好きだった母さん。
母親としての母さんは、ほとんど私に見せることはなかったわね。特に私が大きくなってからは。
でも私が小さい頃、寂しがり屋で泣き虫だった私はよく泣いていたけれど、そんなときいつも母さんは私を抱きしめて背中を軽く撫でながら子守歌を歌ってくれたのを覚えている。
いつの間にか泣くことも忘れてしまって、そんな記憶はどこかへ行ってしまっていたけれど……
さっきレイに抱きしめられて泣いたとき、その懐かしい感触を思い出してしまったわ。
母親にはなれないと思っていた私。
なる資格は無いと思っていた私。
だからあなたを、母親としてのあなたを理解できる日は決して来ないと思っていたけれど……
あんな暖かさを子供に与えるなんて事は決して出来ないと思っていたけれど……
でもそんな私を“お母さん”と言ってくれたレイ。
母さん。
いいのかしら、私が幸せになっても。
幸せになる資格があるのかしら。
ねぇ、母さん。
きっと母なら『幸せになるのに資格なんていらないのよ』と言うだろう、そうリツコは思う。
母が幸せだったのかリツコには判らないけれど……自分に幸せになって欲しいと思っていたことは間違いないだろう。
命を弄んできた自分にはそんな資格はないのかもしれないけれど……
罪深い自分には許されない事なのかもしれないけれど……
それでも……
「私が幸せになっても良いわよね、母さん……」
そして……
ついつい時間を忘れてミサトと喋っていたマヤが慌ててリツコの研究室に帰ってきた。
「遅いわよ、マヤ。」
「すいません先輩!」
席について再びMAGIの端末を立ち上げるマヤ。と、そこには……
マヤはそれをしばしの間見つめ、そしてリツコの方をちらっと見て微笑む。
先程まで猫の絵柄だったはずの画面の背景、そこには青いカーネーションの模様が飾られていた。
全ての母に真心を込めて……青いカーネーション。
(FIN)
『カーネーション』 リツコの章 お届けしました。
青いカーネーション……これは実在します。半年くらい前の新聞に品種改良(もしかしたら遺伝子操作まで使っているかもしれません)で作り出すことに成功したと云う記事が載っていました。まだ市場には出回っていないと思いますが。
この青いカーネーションこそが私がこのお話を書くきっかけとなりました。
人の手で新たに作り出された青いカーネーション、最新鋭の科学で作られた有機コンピューターという母親にぴったりだと思いませんか?
ちなみに青いカーネーションの花言葉はありません。出来立てだから当然ですね(笑)
さて以上で連作集 『カーネーション』 終了です。
私は基本的にSS作家なんで、記念日物でSS書いても全然記念にならない(笑)。と云うわけでこのような連作と云う形にしてみました。
4人の女性の母への想い、いかがでしたでしょうか。
全ての母親へ、そしてこれから母となる方々へ……皆様と皆様の子供達が深い愛情で結ばれますように……B.CATでした。
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