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『カーネーション』   −Asuka−












「そろそろ行こうよ、アスカ。」

ミサトを送り出した後、早めの昼食を取った二人も出かける準備をしていた。

目的地はNERV本部第六ゲージ。エヴァンゲリオンの格納庫。

二人の母の魂が眠る場所。

「あ、そうだ。ごめんシンジ、悪いけど先に行ってて!」

シンジに声をかけながら、遠き地に思いを馳せるアスカ。

「そろそろ届いているかな、ママに。」




















10日ほど前。

三人で帰宅途中のシンジ、レイ、アスカ。

警護の都合上もあり三人は一緒に登下校することが結構多い。尤も理由はそれだけではないが……。

「あ、ごめん、一寸此処に用が有るんだ。」

シンジが足を止めたのは『フラワーショップ深雪』の看板の店の前。

「どうしたのよ一体?」

「ミサトさんに頼まれてたんだ。カーネーションを注文しておいてくれって。」

「カーネーション?」

「もうすぐ母の日だからね。」

「母の日……そっか、そう言えばそんな日もあったわね。」

母の日。

そんな日が有ることを知った時には既にアスカにとって意味の無かった日。

実母も義母も自分を見ていないと思っていたから。

ただ自分が認めてもらうことしか興味がなかったから。

だからアスカには何の意味もなかった日。自分には関係ないと思っていた日。

でも……

「……碇くん……」

「何、綾波?」

「母の日って何?」

「…………母の日って云うのはね、5月の第二日曜日、母親の愛に感謝する日なんだ。」

しばし躊躇った後、レイに説明するシンジ。

「母親の愛に感謝する日……」

「うん。自分を産んでくれたこと、育ててくれたこと、色々なことを教えてくれたこと……そして愛を注いでくれたこと、そんな様々なことに感謝を込めて母親にプレゼントを贈ったり親孝行をしたりする日、それが母の日なんだ。」

「……そう、母親に感謝を込めてプレゼントを贈る日なの……」

シンジが躊躇った理由。

無から作られた存在。

人から産まれたのではなく人の手によって作り出された存在。

それがファーストチルドレン、綾波レイ。

そんな存在に……母親は居ない。

レイの表情は変わらない。いつものように感情を見せない無表情。だからどんな思いが彼女の心に巡っているのかは判らない。

でも……

「えっと、その、あや……」

「ちょっとシンジ。頼むんなら早くしなさいよ、待っててあげるから。」

「あ、ご、ごめん。」

既に店に入って花を眺めているアスカに呼ばれて慌てて店に入って行くシンジ。そしてその後をゆっくりと思いに耽りながら続くレイ。

「僕の分も頼むけどアスカはどうする?」

「そうねぇ、ミサトやアンタはどれにすんの?」

「ミサトさんのお母さんは亡くなっているそうだから白いカーネーション。僕は……ピンクのカーネーションにしようかと思っているけど。」

「花の色に意味があんの?」

「うん、『母のある子は赤いカーネーション。母のない子は白いカーネーション』って言ってね。亡くなったお母さんには白いカーネーションを送り、生きているお母さんには赤いカーネーションを送るのが本来の形らしいんだ。もっともそれだと毎年同じ花を送ることになるし、それにカーネーションには黄色系統やオレンジ色、絞りとか花びらの縁だけ色が付いているのとか色々有るから今じゃあんまりこだわる必要は無いんだけどね。」

「ふ〜ん。」

「……だから碇くんはピンクの花なのね……赤と白の中間色……」

話を聞いていたのか、シンジの後ろから話しかけるレイ。

「うん……僕の母さんは生きているとも死んでいるとも言える状態だからね。」

ちょっと複雑な表情で答えるシンジ。

「……そうね、アタシもピンクの花にして。」

そのシンジの言葉を聞いてアスカも花の色を決める。

厳密に言えば肉体ごとEVAに取り込まれサルベージの可能性の残っているシンジの母ユイと異なり、アスカの母キョウコの場合は心の一部のみ取り込まれ肉体の方は既に亡くなっているのだが……やはりアスカにとっては一縷の望みがあると思いたいのかもしれない。

それが判っているのかシンジもアスカの言葉に異を唱えることなく店員のお姉さんに花を注文していく。

そして……。











時が過ぎアスカの部屋。

ベッドの上で思いに耽るアスカ。

夕食の時、ミサトがシンジに花を頼んでくれたかを尋ね、その時の話になった。

ミサトのために白いカーネーションを買ったことを話し……

シンジやアスカがEVAに宿る母のためにピンクのカーネーションを買ったことを話し……

そんな会話の最後でミサトがアスカに言った言葉。

『ドイツのお母さんには贈らなくていいの?』

彼女のもう一人の母。ドイツに済む義理の母。

自分でも気にしていたから……

『ミサトには関係ないでしょ!』

思わず反発してきつく言ってしまったけれど……

でも……

ミサトはドイツにいた時からアスカのことを良く知っている。勿論アスカの家庭のことも。

アスカと彼女の家族が今一つうまくいっていないことも。

日本に来てからというもの、ドイツから手紙や電話が来ることはあってもアスカから出したことはない。

事情が事情だけに仕方がなかったという事もある。

だが、だからこそ全てが終わった今、ミサトとしては彼女の可愛い妹が母親と不仲であるという状況は何とかしてやりたいと思っているのだろう。

アスカにもそんなミサトの気持ちはよく判っている。

だけど……

別に義母を憎んでいる、と言うわけではない。ドイツにいるときにはそれなりにうまくやってきた。

だけど、やはりわだかまりがある。

父が母を捨てた原因となった女。母を捨てさせた女。

実際にはそうではないのだと思う。父とつき合いだしたのは母と不仲になってからだろう。だが、それでも、判ってはいてもそんな思いが残っている。

そして何より……記憶に残る父と義母との会話。自分が聞いていないと思って話していた義母の言葉。

『私、あの娘が苦手なんです。妙に冷めたところがあって。』

『私はあなたの妻になりたかったのであってあの娘の母親になりたかったわけじゃないわ。』

『あなたと違って私はいつでもあの娘の母親を辞めることが出来るんですのよ。』

だから……











『え〜ん、え〜ん。』

泣いているアタシ。小さい頃のアタシ。

縫いぐるみを叩きつけるアタシ。とっても小さい頃にママからもらった大切な縫いぐるみ。とっても大切な宝物だったはず。でもアタシは怒りにまかせてその縫いぐるみを叩きつけている。

『アスカちゃん、どうしたの!?』

『こんなものいらない! ママはアタシを捨てたもの! ママはアタシを見てくれないもの! だったら、こんなものいらない!』

『アスカちゃん……』

暴れるアタシを抱き止めようとしている今のママ。

『放して! ママのふりなんかしないで! アンタなんかママじゃない!』

泣きながら叫んでいるアタシ。

『嫌い! 嫌い! 人形ばかり見てるママなんか嫌い! ママを捨てたパパも嫌い! ママからパパを奪ったアンタも嫌い! みんな、みんな大っ嫌い!!』

『アスカ!』

始めて聞くママの怒った声。

その声の強さに思わずビクッとして動きを止めるアタシ。

そのアタシを抱きしめてママはアタシに語りかける。

『アスカ、私のことは嫌いでも良いわ。あなたの言うとおりキョウコからあの人を奪ったのは私だから。でもねアスカ、キョウコのことだけは嫌いにならないで。キョウコがあんな風になったのも、あんな実験に志願したのも全てアスカを愛していたからなのよ。』

『嘘よ! ママはアタシを見てくれない! ママはアタシを愛してない!』

『嘘じゃないわ。今は難しくて判らないかもしれないけど、でもこれだけは信じてあげて。キョウコはあなたを愛しているの。誰よりも深く。』

『……ホントに?』

『ホントよ。今は病気でアスカのことが判らないだけ。だから……ママのことを信じてあげて。』

『……うん……』

小さな声でうなずくアタシ。

『……ねぇ……』

『何、アスカ?』

小さな声で尋ねるアタシ。

『アタシと一緒に寝てくれる?』











いつの間にか寝ていたらしい。気がつくと枕が濡れていた。

ずっと忘れていた記憶。遠い過去の日の夢。

『あの後、ずっとアタシと一緒に寝てくれてたんだっけ……』

アスカが適格者として認められ訓練所に入る前、義母と暮らし始めた頃の記憶。

そういえば、破れてパンヤのはみ出した縫いぐるみを丁寧に繕ってくれたのも義母だった。

『どうして忘れてたんだろう……』

アスカにも判っていた。過去を思い出さないようにしていたから。過去を切り捨て、ただ未来だけを見つめていようとしていたから。

そんな自分から抜け出したつもりだったけど、それでもまだこだわっていたのかもしれない。

「よっと!」

一声かけて起き出すとアスカはパソコンに向かった。

今度こそ本当の親子になる、その一歩を踏み出すために。





















そして再び母の日。ドイツ、ラングレイ家。

彼女の手にあるのはアスカから送られてきたカーネーション。アスカがインターネットでドイツのフラワーショップに注文したピンクのカーネーションの花束。

そしてその花束に添えられた一枚のメッセージカード。




『もう一人のママへ

     限りない愛を込めて    アスカ


             いつの日か……   』




「ねえ、ママ。これ、なあに?」

「これはね、日本にいるお姉ちゃんからの母の日のプレゼントよ。」

「ふうん。ねぇ、いつになったらお姉ちゃんに逢えるのかな?」

「きっとすぐに、そう、もうすぐ逢えるわよ。」

そして鳴り響く電話のコール音。それは日本からの国際電話。






いつの日か……本当の家族となる日はそれほど遠くないかもしれない。





















遠き地の母に限りない愛を乗せて……ピンクのカーネーション。






(fin)


レイの章へ

ver.-1.00 1998+05/12公開

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 『カーネーション』 アスカの章 お届けしました。






惣流・キョウコ・ツェッペリン。彼女がアスカの母親としてアスカに愛を与えるお話、彼女とアスカと交流のお話は多いですね。

でももう一人、アスカには母親がいます。TV版では名も語られなかったアスカの義母(マンガ版ではそもそも存在すらしない可能性が高い)。彼女はアスカパパの浮気相手と言う立場のためか、或いは回想編での僅かなセリフのためか、アスカに冷たい女性、アスカの母親という立場を放棄した女性という扱いが多いですね。

でも……ホントにそんな女性ならわざわざ日本にまで電話をかけてこないんじゃないかな、と思うわけです。正直言ってアスカって扱いの楽な娘じゃないし、もしホントに嫌っているなら10年近くも経ったあの時点でもっと悪い関係になってるんじゃないかなと。

だから……そんな彼女達にも幸せになって貰いたいと思いました。

と言うわけで今回はキョウコさんではなく、アスカとドイツの義母とのお話です。

ピンクのカーネーションの花言葉は「熱愛」。彼女の家族が深い愛情で結ばれますように……。






では次は レイの章 です。





 B.CATさんの連作集『カーネーション』−アスカの章−、公開です。




 そうですよね、

 アスカの義母つーと、
 冷たいイメージがありますよね。



 出てきたのが番組終盤のあの時期だけですから−−

 しゃーないか(^^;



 関係が修復される第一歩

 こっちも嬉しくなっちゃうな



 さあ、訪問者の皆さん。
 連作公開中のB.CATさんに貴方の感想を!



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