前夜
午前二時、私は一人執務室に施錠してこもり、息子に当てて手紙を
書いていた。
静かなせいか、夜 −逢魔刻− の闇の力なのか10年以上離れて暮
らしていた為か手紙には私の思いが些にこもってしまったようだ。
傍らには息子の写真。今は失われた妻と共に私に残された暖かい記
憶の一つ。
しかし、私と亡き妻の計画には息子の存在がどうしても必要なのだ。
その為に自分の幸福な記憶を自分で損なう事になっても。
躊躇っているのだろうか? いや、思い出どころか他人の命まで弄
んだこともあるのだ。今更、何を躊躇うというのだ。
椅子に身を預ける。
知らず知らずのうちに溜息までついている自分に自分で驚く。
これから世界を相手に戦うと言うのに、私もまだまだ甘い様だ。
気を引き締めなければ。
この世界では弱気になれば喰い殺される。
その時、部屋の明かりが揺れた。勿論部屋の照明は蝋燭などではな
い。常識で考えると電灯が揺らめく事などあり得ない。
しかし、私は心当たりがあった。
視線を飛ばすと、果たしてそこには人影があった。小柄な影は闇に
溶け込むように佇んでいた。
ただ、赤い瞳を燃え上がるように輝かせながら。
その瞳は私の方に滑るようにやって来る。足音さえなく、一瞬の淀
みもなく。私は魅入られたようにただ見つめていた。
気が付いた時には、「それ」は吐息の感じられる距離にまで迫って
いた。
小柄な影は少女の姿となった。
「何をしているの」
そう言いつつも、私の返事など必要としていない。それは私の手紙
を手にとって読み始める。そして、傍らの写真に視線を投げると、
私に向かって告げた。
「そう。彼を、呼ぶのね。
・・・そして、私のものに・・・」
微かに笑ったのだろうか。いや、その顔にはいかなる感情も浮かば
ないはずだ。
しかし、確かに彼女は笑顔を浮かべた。
気が付くと、彼女の姿は既になかった。
最新鋭コンピュータMAGIにより管理されたこの電子の要塞から
自由に出入りする。私の記憶以外に痕跡をとどめず。
綾波レイ。人の手による神の末裔。
そして、・・・忌むべきもの。
私は、今まで書いていた手紙を破り、新たに手紙をしたためた。
ただ、一言。
如何にも私らしいと思われている文句を。暖かみの感じられない言
葉を。
「来い」
私は、息子を自分達の計画の為に供物として捧げよう。
残酷な天使達の為に。
もうじき夜が明ける。
明日は、いや、今日は良き日であろうか。祈るしかない。
しかし、誰に?
不意に可笑しくなって笑った。乾いた笑いが部屋に響く。祈るべき
対象を我々は持っていないのに、誰に、何に祈るのだろう。
時に、2015年。
もうじき夜が明ける。
限定募集4人目、
めぞん通算99人目です(^^)
MASSさん、ようこそ(^^)/
第1作『前夜』公開です。
シンジへの複雑な感情
手紙の中で、
心の中でも。
長い言葉と深い思いを
結局は「来い」の一言でしか表せなかったゲンドウ・・
彼の不器用さが見えますね・・。
物語が始まった前夜−−−
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