「或はそれも幸福のカタチ」
「ふぅ.....」
大きく息をついてベンチに腰を下ろす。
天気は快晴。気温もぽかぽかと暖かく丁度良い。
周りを見回すと、カップルや親子連れ、木陰で読書している人もいる。
典型的な日曜日の光景だ。
シンジは久々に取れた純粋な休みをのんびりと過ごす事に決めた。
昼過ぎに外の陽気につられて何気なく近くの公園にやって来ていた。
公園と言ってもそれは決して小さなものではなく、街外れに作られた巨大な森林公園なのだ。だが、公園の中心には大きな広場があり、そこには売店や噴水、そして幾つかのベンチがある。
シンジはそのベンチの1つに座っていた。
「んー、いい天気だな〜」
こんなにのんびりとした休日を過ごすのは何週間ぶりだろうか。
思わず顔が綻んでしまうシンジ。
「今日はゆっくりできそうだ...ふぁぁ」
『そうだな。シンジにはもう少し休養が必要だ。人間というのは少し働き過ぎるきらいがある』
「(うん。特にこの国は「勤労の義務」ってのもあるしね)」
『人間同士で決めたルールだ。それに従うのも当然、か...』
コロコロコロ...
「...ん?」
目の前に赤いボールが転がってきた。何気なくそれをそっと拾い上げる。
小さな女の子がそれを追って走ってきた。
なるほど、少し離れた芝生の上で親子でボール遊びをしていたのだ。
シンジはにっこり笑って少女にボールを手渡す。
「はい」
「お兄ちゃん、ありがとっ!」
ぺこりと頭を下げ、ボールを受け取ると、来た時と同じ様に両親の方へ走って行く。
芝生の方へ目を移すと、その母親がシンジに会釈をするのが見えた。シンジも微笑みつつ会釈で返す。
久しくこんな光景にお目にかかった事はなかったので、思わず嬉しくなる。
『平和....か』
「(え?ああ...うん。そうだね、これって...平和って事だよね)」
『人間の感じるそれとは違うかもしれないが...いいものだな』
「(えっ!?)」
エヴァにそんな感情があったとは、シンジは軽い驚きを覚える。
『そんなに驚く事ではない。我々全てで一つの意識だ。思考もすれば感情もある』
「(そっか....そうだよね)」
『我々は万能の存在ではないし、逆に人間から学ぶ事も多い。多くの学習の上にこの感情は成り立っているのだ』
「(ふぅん...)」
先程の親子連れは芝生の上にシートを敷いて、持参したらしい弁当を広げている。女の子は常にニコニコし、それを見る両親の目は優しく、穏やかだ。
その3人の間には、他者が決して断ち切る事のできない絆が見てとれるようだった。
涙が出るくらい幸福そうな親子だった。
「なんかいいな...ああいうの」
シンジには両親とああして公園に出かけた記憶はこれといってない。
だからといって両親を攻めるつもりはないし、恨み言を言うつもりもない。
ただ、あの親子連れが、ひたすらまぶしく見えた。
自分もいつか父親になった時、ああいう光景を作り出せるのだろうか−
いつしかシンジはあの親子連れに未来の自分の姿を重ねていた。
公園を親子で歩き、子供が真ん中で両親を見上げてはしゃぐ。そんな光景が目に浮かぶ。
父親は僕だ。すると母親は......
...やめよう。
「...まだまだ、そんな事考えてる場合じゃ、ないよね」
現実に目を向ければ、自分はもしかすると命を狙われている身だ。
全てが終わって、生き残ってから考えても、努力しても、遅くはない。
「さて...ちょっと、歩こうかな」
あまり人気の無い森の方角に向かって歩いていった。
木々の間からさしこむ光が地面に様々な模様を描く。
どこからか聞こえてくる鳥の鳴き声が優しく耳に届く。
そこにあるもの全てがシンジの心を癒していった。
が−
『シンジ』
「ん?...何?」
相変わらず穏やかな表情のシンジ。
『右の方に大木があるだろう』
「うん。あるけど、それがどうかした?」
『合図したらすぐにその木の裏側に回りこめ』
「へ?なんで?」
『いいから、今だ!』
「えっ、う、うん」
バシィィィッ!
シンジが素早くそこを離れると、次の瞬間、シンジが立っていた位置の地面が破裂した。いや、何かが叩き付けられたのだ。
「えっ!?な、何?今の」
驚愕しつつも木の裏に回りこむシンジ。
『迂闊だった。こんなに接近してから気付くとは』
「も、もしかして...」
『敵だ』
思わず「えぇ〜」という表情になるシンジ。
「化学班より伝達。オペレーション『リシテア』、スタートします....シャムシェル、攻撃を開始しました。現在制御レベル2。データ収集開始します」
「了解。それから...本部からの命令だ。結果がどうなろうともHTLは起動する」
「シャムシェルを捨て駒にするのですか?上の連中の考える事は...それに、あの青年が『壁』を張れるというのが未だに信じられないのですが」
「...我々がそれについて詮索する必要はない。命令に従うだけだ」
「...了解」
「ど、どうすれば...」
『前と同じ、懐に飛び込んでATフィールドを張れ』
「でも、それって危険なんじゃ....前はうまくいったけど」
確かに前回の戦闘の際のその行為は賭けであった。
しかし、他にこれといった対処方がないのも事実だ。
『とりあえず接近する事を考えろ。防御用ATフィールドは張れるな?』
「うん...たぶん...うわっ!!」
それは光の鞭、とでも言うべきものだった。
それがシンジのいる木の表をまず叩き、続いて第二撃が木に巻き付くようにしてそのままシンジの頭部の辺りを狙う。ギリギリで頭をひっこめたものの、それが木に叩き付けられる時の音が耳に焼き付いた。
焦げるようなキナ臭い匂いが鼻を突く。
『慌てるな、シンジ。まずは敵の位置を確認しろ』
「慌てるな..ったって、うわっ」
ただ走って木から木へと逃げ惑うシンジ。その際にチラリと敵の姿が見えた。
日の光で鈍く光る体。
あきらかに人間のそれとは違う形態。
そして人間で言うなら「腕」の部分から繰り出される光の鞭。
前の敵よりもさらに人間離れしたその姿に戸惑うシンジ。
「な、なななななな、何あれ!?」
『敵だ』
「敵って言ったって、元は人間なんじゃないの!?なんであんな...」
『脳への刺激次第で体形などいくらでも変化する。不思議はない』
「いや...でも...」
『今は、あれを倒す事だけ考えろ』
「う...うん」
とは言われたものの、光の鞭は容赦無く、的確にシンジを狙い、そして地面をえぐる。
しかしその攻撃には明確な「意思」が感じられない。まるで機械じかけのような動きだ。
これもE細胞に乗っ取られているせいだろうか?
かわせる攻撃は紙一重でかわし、無理な攻撃に対してはATフィールドを張って防御する。その際の精神的負担は大きい。
「くっ...」
物理的な衝撃はないものの、シンジの顔は苦痛に歪む。
言ってみれば心を削られているのだ。ある意味物理的な痛みより辛い。
『どうしたシンジ、このままではやられるぞ』
「そんなコト言われても...防ぐだけでも辛いのに...」
『しっかりしろ、まずは物陰に隠れろ。攻撃はその後だ』
「でもどうやって!?あんな光の鞭みたいなの相手じゃ、突っ込んでいくなんて無理だよ!?」
『...いくつか策はあるんだが...』
「それじゃぁ何でもいいからやってよ!早く!」
『いや、駄目だ。下手をすれば取り返しのつかないことになる』
「それじゃぁ、どうすりゃいいのさっ!?」
『とにかく隙をうかがって出るしかない』
しかしそんな希望的観測とは裏腹に、シャムシェルは確実にその距離を縮め、だんだんとシンジの動きにも疲労の色がにじみ出てきている。
その瞬間−
ビシィッ!!
「うあっ!!」
その緩慢になるつつある(それでも常人に比べれば十分早いのだが)動きに、とうとう光の鞭の速度が追い付いてしまった。
それでもなお逃げようとするシンジに対し、それは容赦なく攻撃を始める。かわす努力も空しく、だんだんとシンジの体のあちこちに傷が出来始めた。
その身を焦がすような感触がシンジの心を突き崩していく。恐怖が絶望を呼び、その絶望がさらなる恐怖を呼ぶ。悪循環だ。
「(もう、だめだ....)」
『シンジ、しっかりしろ、シンジ』
「うわっ!!」
疲労が溜まった足が縺れる。完全に追い詰められる格好となってしまった。
絶望を顔に張り付けたシンジを見て、観念したと思ったのか、シャムシェルは攻撃を一時停止し、ゆっくりと、光の鞭でヒュンヒュンという音をたてつつ近づいてきた。とどめを刺す気なのだろう。
「(ちくしょう...ちくしょう....)」
『シンジ、おい、シンジ...』
シンジの脳裏を様々な記憶が過る。
ミサトさん、リツコさん、綾波、マヤさん、父さん、母さん....
「(アスカ......)」
「....え?」
そしてとうとう目の前にシャムシェルが立ちはだかり、光の鞭が唸りを上げてシンジに向かい降りおろされる。早い!
その時だった。
「あれ?」
死を覚悟したはずのシンジは思わず呑気な声を出す。
勝手に右手が持ち上がり−
そして閃光の早さで降り下ろされる!!
その瞬間、目の前の空気が歪み、目の前に居たシャムシェルの腹部(?)に真一文字の裂け目が入る。防御はしていたはずなのだが、そのための赤い八角形の光も同じ形に切り裂かれていた。
シャムシェルも、一瞬何が起きたかわからない、といった様子だったが、そのまま活動を止めて崩れ落ちてしまった。
あまりにも、あっけない幕切れである。
「化学班より伝達。オペレーション『リシテア』、終了....目標の捕獲はできず。データ収集完了」
「了解。最後は一体どうなったんだ?こちらからは確認できなかったが」
「現在データ照会中.......!!!...信じられない」
「何があったんだ?簡潔に説明せよ」
「『壁』の反応を示す数値が5倍近く跳ね上がっています。そのエネルギーを収束、刃物上に空気中を飛ばすことによってシャムシェルの腹部を切断。一撃です」
「5倍!?...その数値に間違いは無いんだな?」
「エラーは認められません。HTL、起動します」
「了解。すぐに帰還しろ」
「........生きてる....」
すぐ傍にあった大木にもたれかかり、シンジは呟いた。
『すぐに諦めるのは人間の中でも美徳とはされないはずだが?』
戒めるようなエヴァの声。
バツが悪そうなシンジの表情。
「いや...でも、ほら、あんな状況じゃ...」
『もう少し自信を持て。ATフィールドの使い方をまずはマスターする必要があるな。....おかげで、奥の手を使ってしまった』
「あ、そういえば、最後どうなったの?何をやったの??」
『言った通りだ。「リミッタ」を外す。それだけだ』
「リミッタ?」
『そうだ。普段使用しているATフィールドにはリミッタがかかっている。それを開放し、何倍もの力を引き出すという作業を行ったのだ』
「そんな事ができるんだったら、なんで最初から!それに、この前だって!!」
『いくつか問題点がある。まず、『心の暴走』を一瞬でも促すわけだから、下手をすると発狂してしまう。失敗したら廃人になる所だった』
「えっ...そ、それは、マズいよね...」
『うむ....それともう1つ...』
「何??」
『そろそろだな...』
「え?何が?ね、何なの?」
『肉体に、かなり過酷な負担がかかるのだ』
「え?」
次の瞬間、まず右肩に強烈な激痛が走った。
「う、うぁぁぁぁぁっ!!!!」
『これでも緩和させている方だ。神経接続を完全に切るわけにはいかないからな』
そして、肩から腕へ、その痛みが伝わってくる。
「う...くぅっ....あああああああっ!!!」
『命が助かっただけよかっただろう』
「そ、そりゃそうだけど...くぅぅっ!!」
『あ、それから』
「うっ...な、何?」
『右肩は耐えきれずに外れたから、誰かにはめてもらってくれ』
「ええええええ〜〜〜〜!!!??」
『骨折まで行くと予想していたくらいだ。その程度で済んでむしろ幸運だと思え』
生きているという事実を、イヤと言うほど噛みしめるシンジだった。
あとがき
よっしゃぁっ!ようやく2回目の戦闘が終わったっ!!
LASの皆さん、マジでお待たせっ!次回はバリバリのLASだよっ!!
...ここまで書いてLASじゃなかったら刺されますな (^^;
相変わらず戦闘は難しいです。両者の細かい動きに加えて心理描写も書ききらないといけないんで。...まだその域には全然達してませんが。
あと、この第10話で一時執筆が2ヶ月ほどストップしてたもんで、エヴァの性格とかがちょっとだけ変化してるかもしれません。多分大丈夫だろうとは思うんですが。
あ、この前「感想メールが無い」とほざきましたら、何人かの方からメールを頂きました。本当にありがとうございます。ちゃんと読者がいる(爆)のを実感できて嬉しかったです。
それでは、次回をお楽しみに。
今回のBGM−CD:「エヴァンゲリオン リミックス [erst]」