「或はそれも幸福のカタチ」
第8話「Intertwine Thought」
闇。
漆黒の闇。
その闇の中から浮かび上がる2つの巨大なモノリス。
「報告を聞こう」
「はっ....オペレーション『ヤペタス』....失敗に終わりました」
「なんだと!?サキエルまで投入してしくじったというのか!」
「申し訳ありません。細かな戦況報告をいたしますと、負傷者、死傷者共にゼロ。ですが....サキエルを失いました。生命活動停止後、HTLを起動。証拠は隠滅済みです。」
「...!サキエルがやられたのか!?あれに通常兵器は通用しないのだぞ!」
「現地に残していた化学班の報告によりますと、サキエル以外のものの『壁』の反応が見られたという事です」
「何っ!?『壁』を使える者が他にいるというのか?.......信じられん」
「........シンジ?」
その声に振り向いたシンジの表情が凍り付く。
「!....アスカ」
アスカの目に映るのは、弱々しく座り込むシンジと、その前方にあるオレンジ色をした液体の水たまり。
「ちょっとシンジ、こんな所で何やってるのよ!さっきはいきなり研究室飛び出してくし、通路のあちこちは隔壁が閉まってるし...もうわからないことだらけよっ!!」
「ご...ごめん」
「もしかしたらあんたがバイオハザードに巻き込まれたんじゃないかって、探してたのよっ!?」
「心配かけちゃったみたいで...ほんと、ごめん」
「話は今からゆーっくり聞かせてもらうわよ....あら?あんたケガしてるじゃない!」
「あ...いや、これはかすり傷だから」
「なんでケガしてこんな所に座り込んでるのよっ!」
「いや...それは...」
返答につまるシンジ。
と、その時、絶妙なタイミングでリツコと二人の研究員が通路の奥から走ってきた。
「ちょっと大丈夫シンジくんあら肩ケガしてるじゃないこれはすぐに手当しなきゃいけないわねとりあえず私の研究室に急いでいくわよあらアスカあなたは早いところ自分の研究室に戻って仕事終わらせちゃいなさいあなたたちその液体採取よろしくそれじゃ行くわよシンジくん」
ずるずるずるずる......
脱力したままのシンジを引きずるようにしてリツコは風のように去って行った。
圧倒されていたアスカは二人の姿が見えなくなった所で我に帰る。
「ちょ、ちょっと、こらー!リツコー!....何なのよ!もう!」
赤木研。テーブルを囲むようにシンジ、マヤ、リツコが座っている。
マヤがいれたコーヒーをすすって初めてシンジは安堵の溜め息を漏らした。
「危ない所だったわね、シンジ君。あれが防げなかったら....」
「ええ........って、見てたんですか!?あれを」
「ええ。やつが侵入してきてから一部始終(きっぱり)」
「見てたならどうして助けてくれなかったんですかっ!!」
猛烈な勢いで怒りだすシンジ。
しかしリツコは表情を変える事なく応える。
「助ける?どうやって?あれにはいかなる武器も効かないのよ?」
「うっ.....」
「私たちは、あれを発見した時点ですでに諦めていたのよ。そこへあなたが突然飛び出して来た。あれには驚いたわ。その瞬間から、あなたの持つATフィールドが唯一の望みとなってしまったの」
「あれは....一体なんなんですか?なんであんな所にいたんですか?」
「あら、それはエヴァの方が詳しいはずよ」
「え...」
『あれは我々の「同胞」だと説明したはずだ。目的はわからないが』
「(あ、そうか)...奴の目的はなんなんですか?」
「.....あの61番通路の奥の倉庫を狙ったのだと思うわ」
「倉庫を?」
「これは最重要機密なので私の口からは言えないわ。そのうち碇所長から直接聞く事になるはずよ」
「父さんから....」
「まぁ、それは置いとくとして、さっきケガをしたんじゃないの?肩を見せてみなさい.......あら、もう薄皮が張ってる。新陳代謝の加速、エヴァの力ね」
「あ、ほんとだ、すごいや(...ありがとう)」
『結果的に我々がシンジを危険な目にあわせたのだ。それぐらいは当然だ』
「シンジくん」
「...はい?」
その声にリツコの方を向いてシンジは驚いた。
今までにない真剣な眼差しでリツコがじっとこちらの目を見つめている。
「あ...あの、な、何ですか?」
「さっきの液体の解析の結果が出たんだけど....」
「え?あ、あのオレンジ色した....」
「これは...昔、論文で見た事があるわ...『L.C.L』と呼ばれていたものね。おそらく」
「LCL?」
「あの主成分は人間を構成するものとほぼ同じ。言ってみれば、生命のスープね」
「スープ、ですか...」
「あれの死体をLCLに還元してしまう事によって、証拠隠滅を図ったのね」
「そ、そうなんですか...」
「で、一つ気になる事があるの」
「?」
「E細胞の亜種は、まだ世界に6種類、残っているということよ」
「!じゃぁ、あんなのがまた来るってことですか?」
「その可能性は高いわね」
「そんな....」
「そして、シンジ君」
「?」
「E細胞と融合した生体を倒せるのは...あなただけなの」
「!」
「このままずっと来なければそれはそれでよし。でもその保証はないわ」
「.......」
「あなただけに負担をかけたくはないのだけど、でも...覚悟はしておいて」
「そんな...突然そんな事言われても、困りますよ...」
「ま、とりあえず今日は帰ってゆっくり休みなさい。アスカやミサトに心配かけたくないでしょう?」
「......はぁ」
虚ろな表情のまま赤木研を出るシンジ。
すでに時刻は10時を過ぎている。葛城研はすでに真っ暗で、アスカは帰ってしまったようだ。
「どうしよう.....」
アスカに全てを見られてしまったわけではないが、ATフィールドを展開するところを見られただけで十分だ。弁解の余地はない。
そして、あの異質な物を見るような目。
「.....アスカ...」
この人間離れの「力」が恨めしい。実感はないが自分はすでに人間ではないのではないか?それは何を以って「人間」とするかで変わるが、明らかにATフィールドの展開は人間の成せる業ではない。
しかし、今彼にとって最も重大な問題は「アスカに嫌われるか否か」という極めて人間的な悩みであり、それはまだまだ彼を人間たらしめているのであった。
「何て説明すればいいんだ....」
『....すまない』
「え!?...いや、エヴァは悪くない...と思うよ」
『しかし、この力に対する強い「恐れ」を感じる。それは我々が原因と言えるのではないか?』
「...確かに、この力は「恐い」よ。僕が僕でなくなる感じすらするんだ。でも...一番恐いのは、この力がみんなにバレた時の反応だと思う」
『人間の繋がりは強固でもあり脆くもある。微妙なものだ。確かにその考えは理解できる』
「でも、もしこの力がなかったら、という事も考えると...この力がなかったら、あいつがリツコさんやアスカに危害を加える事になったかもしれない。そう考えれば、逆に感謝しなきゃいけない事かもしれないと思うんだ」
『なるほど。確かにそういう考え方もある』
「なんか....ややこしいね」
『今は、体を休める事が先決だ。ATフィールドの展開は体力を著しく消耗する』
「え、そうなの?」
『それと、精神的にも、だ。心をむき出しにして戦うのだからな』
「....言われてみれば、どっと疲れたような気もする」
おぼつかないふらふらとした足取りのまま、なんとか家に帰りつき、着替えもせずにそのままベットに倒れこむ。布団の柔らかい感触が安堵感を生み、そのまま深い眠りへと落ちて行く。実際、シンジの状態は疲労困憊と言ってもいいだろう。
「...Zzzz」
『...(やれやれ)』
シンジの長い1日が終わろうとしていた。
「『壁』を使えるという事は、E細胞と融合しているということか?」
「まだ確認は取れていません。が、それ以外の可能性は皆無であると思われます」
「とうとう奴は人体への投与を始めたということか...いや、しかし...」
「このままでは今後の作戦に支障が生じます」
「わかっている。その人物に関するデータを徹底的に調査しろ...それから、シャムシェルの状態はどうなっている?」
「現在コントロール第5段階、暴走の危険はありません」
「そうか。ならば、その人物の名前の確認が取れ次第、シャムシェルをぶつける。それと同時に「壁」に関するデータも採取しろ」
「シャムシェルを捨て駒にするのですか?」
「不本意だが、やむおえまい。その代わり、コントロールは最低レベルまで落としておけ。以後、本作戦をオペレーション『リシテア』と呼称する」
「.....了解しました」
「さて、どう出るつもりだ、碇...」
暗闇。
その中にうっすらと浮かび上がる、どこまでもまっすぐな通路。
そこをシンジは走っていた。
「はぁ...はぁ...はぁ....」
息が切れる。息が苦しい。
心肺機能の向上はどうしてしまったのか?
切れないはずの息が切れる。
背後から確実に忍び寄ってくる敵の気配。
どこまで走っても消えない敵の気配。
心をずたずたに引き裂くような敵の殺意。
恐怖。
「いやだ....もう...いやだ....助けて....助けてよ...ねぇ...」
しかし彼の中のエヴァは沈黙を守っている。
「なんで応えてくれないのさ...助けて...助けて...」
『...シンジ』
「やっと応えてくれた!...ねぇ、早く助けてよ」
『我々に、同胞を殺す手伝いをさせるつもりか?』
「!!」
『人間とは愚かな物だな。すぐに他人に助けを乞う。そのような弱い生物は「不要」だ。そのまま殺されてしまえばよい』
「な...何言ってるんだよ...ねぇ...今はそれどころじゃないんだよ...ねぇ..」
『断る』
「そんな.....」
しかし敵の気配は消える事が無い。
絶望がシンジの心を覆い尽くすかと思われたその瞬間、目の前にまばゆい光を伴って通路の切れ目が現れた。
「!...これで助かる...」
最後の力を振り絞って駆け出す。
その先に一人の人影が見えた。
シンジの心に「希望」の2文字が浮かぶ。
慌ててその人の背後に縋りつく。
「あの、た、助けて下さい、追われてるんです」
「...あぁ、もちろん、助けてあげるさ...今すぐに」
そう言って振り向いたその顔は−
自分の手で殺したあの怪物だった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
がばっ
跳ね起きるシンジ。背中に汗をびっしょりと掻いている。
ゆっくりと自分の今いる部屋を見回す。
「...はぁ....夢か...」
『どうした、シンジ』
「いや...何でもない。ちょっと悪い夢を見ただけ」
『夢、か...我々の意識は「睡眠」を必要としないので、無縁なものだな』
「そうなんだ...あ、僕が見た夢の内容とかって、わかっちゃうものなの?」
『いや、おそらく深層意識の問題なので、我々にはわからない』
「そう...」
『...「恐い」のか?やはり...』
「うん。あと6回もあんなのと戦わなくちゃいけなくなるのかもしれないと思うと...そもそも僕は、何かと争う、というのはあまり好きじゃないんだ」
『しかし、戦わなければ生き残れないのも事実だ』
「うん....あっ!!」
『どうした?』
「明日、アスカにどうやって説明すればいいんだろう...」
漠然とした不安が、シンジの心を押し包んでいた。
つづく
NEXT
Version-1.00 1998+01/27公開
感想・叱咤・激励・「おいおいここで終わりかよっ!!」等は
こちらへ。
あとがき
あぁ、だんだんとシリアスになって行く...
LASを期待して見に来ていただいてる方には本当に申し訳なく思っております。(ホントにぃ?)
ちゃんとLAS専用の回は用意してあるんですがねぇ。ストーリーを進めないとおちおち安心してLAS書けないんですよ。
でも、もう少しです!もうちょっとでゲロ甘な展開が...(信憑性低し)
以下余談。
えー、もうすぐこの話も折り返し地点。頑張りますのでよろしくお願いします。
この話、第7話まではNetscape系のエディタで作ってたんですけど、それだとどうやらMSIEの人には背景の黄色がキツかったみたいですね。今回薄めにしてみましたがどうでしょう。
かなり更新速度が落ちてますが、見捨てないでね (^^;
何せ受験生なもんで(マジ)<受験勉強そっちのけでLAS書くなってば(笑)
あと少しで楽になりそうかも...
あと、最近感想メール少なくてかなり寂しいです(;_;)
手応えみたいなのがちょっとは欲しい部分もありますので、遠慮せずになんでも書いておくってください。返信率100%です。
今回の執筆時BGM−CD:「Mainline Voyage」(SANODG)
わけがわからないまま終了。
さんごさんの『或はそれも幸福のカタチ』第8話、公開です。
戦いの後は、後始末〜
怪我は勝手に治っちゃうし、
政治的なことには全く外の人で、
お掃除は清掃人がいるし、
死体の分析などはリツコさん達が−−
シンジ、する事がなくて気が楽?
いえいえ、
色々大変でしたね。
他にもあんな化け物がいて、
それの相手を出来るのは自分だけだなんて・・・
まわりの人、アスカとか、との関係とか気をやむこと多数−−
シリアスに悩むシンジくん、
頑張ってね〜 お気楽な応援でごめんね(^^;
さあ、訪問者の皆さん。
受験に突入したさんごさんに感想&応援メールを送りましょう!
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