そして夜は明ける。
東の空から昇った太陽が自己主張を始め、空をうっすらと赤く染め上げる。
シンジはいつも通りに6時に起床し、朝食の準備をする。
今日はご飯、味噌汁、漬け物、納豆など、いたって純和風の食事だ。
「.....そういえばさ、エヴァは栄養ってどこから得るのかな?」
『基本的にこの体を構成している細胞と同じだ。すなわち、シンジが得た養分はそのまま我々の養分となる』
「ま、そりゃそうだね」
『シンジが摂る...「食事」..は、化学的に見て、栄養素のバランスが取れていて好ましいものだ。バランスが崩れていると我々も困る』
「...はぁ、そりゃどうも」
自分の中の細胞に朝食を誉められるのも奇妙な気分だ。
しかし不快感はまったくない。むしろ嬉しい、というか楽しい気分だ。
『む...これは....奇妙な感情だな。君達の感覚でいう、「暖かい」..感じ、なのだろうか』
「?」
しばらく考え込むシンジ。
「あぁ、多分、その...嬉しい、んだと思う」
『「嬉しい」?我々の中にはない概念だ。どのような物かはおぼろげながら理解できるが』
「そう....多分、それが僕と君達との最大の違いなのかもしれないね」
『しかしよくわからない。なぜ、「嬉しい」のか?』
「えっと....こんな風に、誰かと話しながら朝食取る事なんて、滅多にないから」
『そうか、もしかするとそれは...「寂しい」という感情に直結する事象なのか?』
「うーん...確かに、ずっと朝は一人で寂しかったような気がする」
『そうか。だが、この奇妙な感覚は...よくわからないが「心地好い」』
「それがわかるようになれば、エヴァも「人間」を完全に理解できるのかもね」
『それについては、「努力」する事にしよう』
穏やかな、それでいて心地好い朝の一時。
誰かと、こんなふうに話しながら朝食を取る事がこんなに楽しかったなんて。
「もう、一人じゃないんだ」、そんな考えがふと頭をよぎる。
考えてみればおかしなものだ。ほんの2、3日前に会話を初めて、この奇妙な同居人ともうすっかり馴染んでしまっている。
エヴァが神か悪魔かわからないが...そんな事はどうでもいい。
自分という人間を「理解」しよと努力してくれる者の存在がとにかく有り難かった。そして嬉しかった。
すでに、エヴァが居ない生活を思い起こすのは、とても難しいことになっていた。
穏やかな朝の一時。
が、しかし−
『シンジ』
「なに?」
『君に一つ説明しておかなければならない事がある』
「?」
『その前に聞いておくが、君は我々を「信頼」しているだろうか?』
「え?なんで突然そんな事を聞くのさ?」
『これから説明する事項に深く関わる問題だ。とりあえず確認をしておきたい』
「....まだそんな事考えた事もないけど.....そうだね、「信頼」できてなければこうして普通に話す事もないんじゃないかな」
少し長めの沈黙。
『....わかった。それでは説明する。....まず、開いた右手を前に差し出して見てくれ』
キョトン、とした表情で右手を前に差し出すシンジ。
「?....こんな感じ?」
『そう、それでいい。そして目を瞑り、意識を右手に集中する』
「???...まぁいいか。......んっ」
『そして何かを強く押すイメージを想像する』
突然、右手が熱くなったような感覚に襲われる。
あわてて目を開くシンジ。
そこには、八角形の形をした光の壁のようなものが浮かび上がっていた。
「!!!???....なっ、なにこれっ!?」
『そういえば名称、という物がなかったな。君達の言葉で一番適切な....そうだな、「Absolute Terror Field」、略してATフィールド、辺りが妥当な名前だな』
「いやそのっ、名前はどうでもいいんだけど、これって...?」
『今から説明する。その前にそいつを消す方法も教えておこう。今度は右手でそれをかき消すイメージを思い浮かべる。それだけでいい』
「んっ..............あ、消えた」
あたかもそこには最初から何もなかったかのような感覚に囚われる。
「で、これって一体....?」
『一言で言えば「心の壁」だ。人が他者を拒絶する「意思」がその源となる』
「僕の、意思が?」
『そうだ。我々が脳を探索した際にその原理を偶然理解できた。本来ATフィールドは心を持つもの、すなわち全ての人間が持っている。今のはそれを物質化しただけに過ぎない。その効果は、おそらくありとあらゆる物理的衝突を跳ね返すものと思われる』
「全ての人間が持っているの?それなのに他の人はなぜ出せないのさ?」
『脳にリミッタのような物が設定されていた。生態系のつりあいをとる自然の工夫だろう。よって物質化の際には我々の仲介が必要となる。それともう一つ、我々が仲介するためにはどうやら「信頼関係」が絶対不可欠らしい。信頼が成り立たないと、我々まで拒絶されてしまうからだ』
「あ、そうか、それでさっきあんな事を聞いたんだ」
『その通りだ。そしてATフィールドの強さはすなわち拒絶の強さだ。シンジは人付き合いが苦手な部分があるらしいので、特に強力に展開できた』
「うーん。確かに人付き合いは苦手だよ」
苦笑いをするシンジ。
『しかし我々にはわからない。なぜ他人をそんなに拒絶する必要があるのだ?』
「....うーん、なぜと言われても...」
『少なくとも昨日の会話を観察する限り、シンジが他人から拒絶されているという印象はまったく受けない。逆にシンジが勝手に一歩引いた態度を取っているように思えるのだが?』
さすがにその様に言われるとシンジは困惑する。
自分ではあまり気付かない事だったのだが、確かに他人からこうして指摘され、客観的に自分の行動を振り返ってみると、自分が常に相手の領域に踏み込まないように、相手が自分を嫌いにならないように、と変に気を使いすぎていたのかがわかる。
そこでシンジはアスカやミサトの言動を思い起こす。
「そうやってシンジはすぐに謝るっ」
「シンちゃんも、そんなに気を使う事ないのにねぇ」
今まであまり考えた事はなかったが、これが彼女ら流のアドバイスだったのだ。
自分にちゃんと注意を促してくれる存在がある。その事実を改めて認識して、シンジは深く肯く。
「やっぱり...そうだったのかな」
『もう少し踏み込んだ態度で居ても、崩れるような人間関係ではないと思うが』
「.....そうだね。でも急には変えられないから、ゆっくりとね」
『今は、それでいい、と思う』
今まで聞いた中で、一番暖かみを感じる声。
「...ありがとう」
シンジは、自分の中の住人に、最高の笑顔で礼を述べた。
「で、何?人払いしなければいけないほどの用事って?」
リツコはキーを叩きながら傍に座っているシンジに尋ねる。
マヤとレイは頼み込んで出て行ってもらった。
今頃は休憩所でコーヒーでも飲んでいるだろう。
「とりあえず、見てもらいたい物があります」
そう言ってシンジはすっと立ち上がる。
リツコは不思議そうな面持ちではきはきと話すシンジを見る。
「(物怖じしなくなったわね....エヴァとの間に何かあったのかしら)」
リツコがそんな事を考えているとは知る由もないシンジ。
そしてシンジはゆっくりと右手を開いて前に差し出す。
「(かまわないね)」
『あぁ、特に問題はないだろう。我々としてはあれを見た時の彼女の反応の方が興味深い』
「(なんで?)」
『人間の感情の把握が今の我々の最優先事項だ。ありとあらゆる感情のデータが欲しい。もちろんそれには「驚愕」も含む。それと感情のサンプルがシンジ一人ではデータとして不完全になってしまう』
「(ふぅん。まぁいいや。それじゃぁ....)」
右手を強く押すイメージ。
右腕に一瞬電気が走ったような感覚の後、右手が熱くなる。
ゆっくりと目を開くと、朝と同じ八角形の光の壁ができていた。
それを確認したシンジはゆっくりと視線をリツコに移す。
「......これは....」
唖然としているリツコ。
「...エヴァと融合した人間の、可能性の一つ、だそうです」
「可能性....なるほど、キーとなるのは脳ね。エヴァが独自に脳を解析した....ということかしら」
さすがに普段はMADだがこういう事には鋭い天才科学者、赤木リツコ。
「そうらしいです。僕はあまり詳しい事はわからないんですけど」
「できればエヴァと今の現象について話がしてみたいんだけど」
「はぁ、かまいませんよ(というわけだから、よろしく)」
『わかった』
そして僕の自我はしばらくの間、意識を失っていた。
再び意識が戻った時、最初に視界に飛び込んできたのは、爛々と目を輝かせるリツコさんだった。
「....リツコ、さん?」
「あぁ、シンジ君に戻ったのね」
「一体何を話したんですか?」
「人間の脳の可能性、についてよ。すごいわ。今の話を総合すると....ふふ.....うふふふふふふ」
いつものMADに逆戻りである。それを見て引いているシンジ。
「え、えっと、それじゃぁ、僕はこれで失礼、し、しますね、そ、それじゃ」
そそくさと逃げるように退室しようとするシンジ。
「あ、ちょっと待ってちょうだい」
「は、はい?」
「一つ教えておく事があったわ」
「?」
「これはS級レベルの機密なんだけど...E細胞と融合してしまった以上、シンジ君も知る権利があるわ」
「エヴァ」と呼ばず、彼女は敢えて「E細胞」と呼んだ。
「S級!?なんなんですか、一体」
「E細胞の、亜種についてよ」
「亜種?そんなものがあるんですか?」
「E細胞、それとその亜種は、最初は同じ母集団の中に存在していたものなの。それが研究のために母集団から切り離した途端に自己改造を始めたの。研究用サンプルは計7つ。つまりE細胞はエヴァを含む8種類あるということ」
「で、それは今どうしてるんですか?」
「エヴァの基本となったE細胞と母集団は日本に。残りは世界7ヶ所の研究所に保管されていたわ」
「...?されて「いた」...って、どういうことですか?」
「何者かに、奪われてしまったのよ。1ヶ月前にね」
「奪われた!?なぜです?」
「いろいろと推測はできるけど....そうね、それはまたゆっくり話すわ。とりあえず、亜種が存在する事だけ覚えておいて」
「はぁ....わかりました」
リツコさんは、何かを隠している。
しかし今はとりあえず平和だし、あまり波風立てるのもよくないな、と判断して、とりあえずここは引き下がることにした。
しかし心の中に何かが引っ掛かる。
結局この日シンジは釈然としないまま昼食を作ったので、ぼーっとして焦がしてしまい、アスカにきつーく言われてしまったのだがそれはまた別の話。
その頃、某所では−
漆黒の闇。永遠に続くかのような静寂。
だがその静寂は唐突に打ち破られる。
ゴゥン、という音を立てて闇の中から浮かび上がる長方形の物体。
その表面には「SEELE 01」と赤い字で書かれている。いや、これがホログラムなのだとしたら、表示されている、と表現するのが正解かもしれない。どっちにせよ、それが何であるのかは伺い知れない。
突然、その空間に、低い、老人に近い年齢の男の声が響きだす。
「サキエルの準備は整ったのか」
それに応えるかのように、別の位置にゴゥン、と音を立ててもう一つ長方形の物体が現れる。
「現在、強制コントロールの為の実験の最終段階です。それが完了すれば、すぐにでもオペレーション「ヤペタス」は実行できます」
「朗報を、期待しているぞ」
「問題ありません。あと2日もあれば遂行できるでしょう」
「できるだけ急げ。我々に残された時間はそう多くない」
そう言い残して、その長方形の物体は一瞬でその姿を消した。
「...わかっております」
先程と同じく、その長方形の物体も一瞬でその姿を消した。
後には、再び漆黒の闇だけが残された。
あ・と・が・き
うーん、セリフとそれ以外の文字のバランスが.....
いやー、それにしても、出てきませんねぇ、アスカ (^^;;;;
でも御安心を。次回は確実に出てきます。しかもちょっとLASです。(ニヤリ)
LASな方はお楽しみに。次回はサービス、サービス!...って程じゃないですが。
さて、今回は色々と頭を使いました。
まずいかにそれっぽい(それでもまだウソくせぇ、って感じですが)形でATフィールドを登場させ、それの説明をするか。
まぁこれは前からちょっと思う所ありましたので割とすんなり書けたような気がします。
それに絡めて、シンジを少しだけ補完してみました。実は心の動きの表現はSFな表現の1万倍難しかったりします(まぢ)。これをさらっと書ける作家さんとか時々いらっしゃいますが、ただもうひたすら尊敬しちゃいますね。
後半は少しストーリーの進行と、それに併せて伏線を張っています。
ちゃんと使い切れるだろうか....いやまぁ、今の所予定通りですけどね。
やっぱ、小説って難しいです。ホント。でも楽しいです。
以下余談。
先日、「まごころを、君に」のフィルムブックを購入したのですが、後半、実写になる手前のシーン、何か違うような...?
....これ、76&77と78&79ページ、逆じゃないか??
「あなたとだけは、絶対に〜」のセリフの位置、変だよね!これ。
第2版からは直ってるんでしょーか?直ってなかったら、クレームつけましょう。
それにしても...前回に引き続き「愛」のない仕事をしてるなぁ、角川。こんなんちょっと読めば発見できるミスでしょうが。担当者入れ替えましょう。まぢで。
ファンとしては、そのぞんざいな扱いは悲しいですよ、ホント。はっきり言って「無能」だと思います。
同書をお持ちの方、御確認下さい。
今回の執筆時のBGM−CD:「Rave Racer」
あ、それから... 前回の感想をくれた旭さん、鷹羽さん、リョウさん、村木さん、ありがとうございます。
あ、長いあとがきになっちゃったな。すいません (^^;;
さんごさんの『或はそれも幸福のカタチ』第5話,
公開です。
おおおっっっ
どんどんアクションの予感が強くなってくる〜
MADな薬を飲んだシンジの不幸喜劇で、
その過程でアスカが絡んでLAS要素プラス。
だと思っていたんですが、
シリアスな動きがでてきましたね!
ギャグとシリアス。
この二つの橋渡し役は・・・やっぱりリツコさんかな(^^)
彼女はどちらでも”張れる”グッドなキャラクターですね。
さあ、訪問者の皆さん。
さんごさんに「アスカ懇願メール」を送りましょう!(笑)