『そうだな、先程君達が命名した名前、『エヴァ』と呼んでくれればいい』
自分の中からの声は、確かにそう言った。
「えっと...それじゃ、そう呼ぶ事にするけど、えっと、何て言うのかな、その、自分の中に、その、何かが居るってのに、実感が湧かないんだけど」
『...まぁ、確かにそう思考するのは自然だろう。それでは、まず今までにどのような事があったかを整理することにする』
「う、うん....あ、それは少し待ってくれないかな」
『なぜだ』
「一人でこんな道の真ん中で立ってたら危ないよ。人の目もあるし」
『.....なるほど。君達の言葉で言う...「世間体」、というものだな』
「あ、うん。そういうこと」
『了解した』
なぜこんなに自然に自分の中の、正体もわからないような物と話せるんだろう、とシンジは思った。
それと同時に、自分が考えた事は全部筒抜けなのだろうか、という不安も頭をもたげる。
....ま、いいや、それも帰ってからゆっくり聞こう。
ショートしそうな頭で、そう考えた。
やがて自分の住むマンションに着く。
カギを閉め、楽な格好に着替える。そして簡単な夕食を取り、風呂につかる。
いつも通りの行動。
ただ一つ違うのは、常に自分以外の気配がする、ということだが、それにもいずれ慣れてしまうのだろう。
そして彼と、彼の中の他人との、奇妙な会話が始まる。
「さて、いつでもいいよ。なんだっけ?」
『とりあえず、今までの事柄の整理から始める』
「うん」
『我々の生命体としての記憶の始まりは、君達の時間の概念で言うと、約2万年前となる』
「2万年!」
『それ以前の記憶は一切ない。なぜかは不明だが、あるいは消去、操作されたのかもしれない。その2万年の間ずっと...「南極」の地下に閉じこめられていたのだ』
「....」
『その異常な低温という環境下のため、我々の生命活動はほぼ停止していた』
「そうすると....やっぱり2000年の...」
『君達の数え方からすると、そうだな、西暦2000年、今から15年前に突然周りの環境が激変した。おそらく...発掘...されたのだろう』
「やっぱり」
『しかしその後、再び、前よりも低温の環境に置かれることとなった。これは...そうだな、「冷凍」というやつだったのだろう」
「冷凍?あぁ。そうか」
シンジにはこの部分は納得がいった。
謎の生命体の発見、その未知数の力に対して、生命活動を押さえるために冷凍するのは、輸送等の際の安全性を高める最良の策であろう。
『そのすぐ後に何か変化があって、またすぐに冷凍されていたようだが....その部分の記憶が不鮮明だ』
「?」
『そして15年の年月を経て、我々はフルに活動できる快適な領域を得た。だいぶ最初の頃より総数は減ってしまったようだが』
「快適な領域?あぁ、培養液のことかな」
総数の減少、とはおそらく実験に使われて失敗したのであろう。
全てが未知数なので制御、培養が難しいのだ。
『しかしそれも束の間、さらに快適な領域を我々は得た』
「それが、僕....かな?」
『そうだ。まず我々はその領域の構造を理解する事から始めた。その際に、たいぶ不愉快な思いをさせてしまったようだが』
「あ、もしかして、昨日の...」
昨日の奇妙な出来事が思い出される。
『あれは我々が神経、という物を把握するための、そうだな、「実験」とでも言うべきか、そういうものだったのだ』
やはり、この点に関して、リツコの推測は100%正解していた。
「そっか。でもあれは参ったな。突然頭は痛くなるし....何かと思ったよ」
『それについては...「謝罪」..でいいのだろうか....する』
「いや、もうそれはいいよ。ただ、何が起きていたのかわからないのは気持ち悪いものだからね」
『話を続けるとしよう。その後、人体というものについてほぼ全てを把握した我々は、最後に「脳」に行き着いた。その構造、働きは素晴らしいものだ。ありとあらゆる可能性が秘められている。もっとも、君達「人類」はまだその全てを把握できてはいないようだが』
「あ、うん。確かに、僕の分野外だけど、脳はまだまだブラックボックスらしいね」
『そして我々はそこで「言語」を知り、「外の世界」を改めて知った』
「で、ようやくこうして話せるようになったんだ」
『その通りだ』
「あ、それから、2,3聞きたいんだけど」
『答えられる範囲の問いには答える』
「えっと、僕が考えてる事って、全部わかっちゃうのかな?」
『今のように、強く我々に向けられた「意思」のある言葉は鮮明に理解できるが、普段何気なく思考する事柄に関しては、ぼんやりと、しかわからない』
「そ、そう」
とりあえずシンジは安堵の表情を浮かべた。
さすがに自分の考えてる事が全て他人に筒抜けになるのはいい気分ではない。
「それからもう一つ。僕の体は、今どうなってるの?」
『かなりの変貌を遂げている。免疫系に始まり、不完全な部分はことごとく排除された。ありとあらゆる外部からの有害な侵入物を防ぐようになっている』
「じゃぁもう風邪も引かないってこと?」
『そういうことになるな』
「えっと、リツコさんが言ってた、反射系って?」
『脊髄の部分の情報伝達能力にはまだ余裕があったので向上させた。集中すれば、ありとあらゆるものの動きに対応できるはずだ』
「それって何の役に立つのさ?」
『我々は、ただ不完全な部分を改善しただけだ。そう問われても困る』
「ははっ、エヴァって、困るコトもあるんだ」
『まだ、その呼び名には慣れないものだ』
「ま、ゆっくり慣れるといいよ」
最初はおぼつかない感じだったが今や会話を楽しんでいるシンジ。
いつの間にか立場が逆になってしまっている。
『そうする事にするよ。「マスター」』
聞きなれない言葉。違和感。
「マスター?主人?なんで僕が?」
『我々はこの体がなければ現状では生きる事が出来ない。その体を動かす「意思」には、我々は最優先で従うべきである、と考える。よって、そう呼称するべきだろう』
「うーん....」
『そう呼ばれるのは...「不愉快」..なのか?』
「いや、別に、不愉快ってほどじゃないんだけど、なんかピンと来ないし、僕の事は普通に「シンジ」って呼んでくれればいいよ」
『そうか...それならば、以後...そちらで言う、「世話になる」...だな。よろしく頼む、シンジ』
「え?あ、うん。こちらこそよろしく」
いつの間にか、二人(片方は人ではないが、とりあえず以後こう呼ぶ事にしよう)の間に、奇妙な、友情のようなものが誕生していた。
それを疑問に感じないおおらかさもシンジの良い?所ではあるのだが。
その後も、夜遅くまでエヴァとシンジの会話は続いた。
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん
平和なさえずりを屋根の上で、電線で、陽気に行うスズメ。
典型的な朝の光景である。が...
「しまった!!」
朝から素っ頓狂な声を上げるシンジ。時計はすでに9時を指している。
昨夜の会話ですっかり夜更かししてしまったのだ。しかも目覚ましのセットを忘れた。
「遅刻だよ遅刻っ」
『何か問題でも発生したのか、シンジ?』
「あっ、なんで起こしてくれなかったのさっ」
『君の意思が最優先だ。まだ睡眠を取りたいという強い意思を感じたので放置した』
「あ、そうか。って、もう、明日からはそれは無視していいからっ」
『了解した』
あわてて着替え、玄関から飛び出すシンジ。
ほとんど全力疾走だ。
歩いて20分の道のりを5分で走る。
研究所に着いてから、シンジははたと気がついた。
「あれ?ぜんぜん疲れてないし、息も乱れてない」
『当然だ。呼吸器系の改善も行った。肺の酸素処理能力も格段に上がっている』
「へえ、それはすごいや」
『それよりも、早く行った方がいいんじゃないか?』
「あ、そうだったっ」
再び研究所の廊下を走り始めるシンジ。
お行儀悪いぞ(笑)
ミサトの研究室(以下「葛城研」)に着くと、まぁ当然ではあるがミサトとアスカがすでに来ていた。恐る恐る入って行く。
「お.....おはよう、ございます」
「あら、シンちゃん、遅刻なんて珍しいわね。何かあったの?」
まさかE細胞と談笑してて寝坊したなんてとても言えない。
「いや、その、寝坊しちゃって」
「まったく、アンタが寝坊なんて、今日雪でも降るんじゃないの?」
この声はアスカ。
何かの実験中だったのか、スポイト片手に珍しい物を見るような目でこっちを見ている。
「そ、そうかもしれないね。あははは...」
ぎこちなさ120%(当社比)のシンジ。
「それよりも、アンタ、昨日検査したんでしょ?どうだったのよ?」
「え?」
そういえば、アスカには昨日会えなかったので何も言ってなかった。
「『え?』じゃないわよ、結局どうだったわけ?」
「シンちゃん、ちゃんと説明してあげなさいよ〜。アスカ心配してたのよ」
「ちょ、ちょっとミサト!何言い出すのよっ!」
「あ、えっと、一応、大丈夫だってさ。リツコさんが言うんだから間違いないよ」
「どうかしらね〜、あのオールドミス、かなりMADだから」
おっかない事をさらっと言うアスカ。
この場にリツコがいたら、想像するだけでも恐ろしい光景が繰り広げられるだろう。
「.......(汗)」
と、丁度その時、際どいタイミングでリツコが扉から顔を出した。
「お邪魔するわよ」
「あらリツコ、どうしたの?」
「ちょっとシンジ君を借りるわ」
「は?」
「所長命令で、連れてこいとの事よ」
「父さんが、僕をですか?」
釈然としない表情のシンジ。
滅多に顔を合わせないし、話す事もない父親が突然自分を呼びつけたのだ。
「そう。早く来てちょうだい」
「.........わかりました」
後に残される「???」な表情のミサトとアスカ。
「.....大体事情はわかった。すでに会話まで可能とは...」
ゲンドウがその重い口を開く。
人工進化研究所、その所長室。
その部屋の主の趣味なのか、常に薄暗く、やたら広いその部屋の中央に、シンジ、リツコ、コウゾウ、ゲンドウの4人が集まっている。
シンジは父親が苦手で、昔から数えてみてもまともな会話をした数は少ない。
明らかに、シンジは緊張している。
「そのエヴァ、とやらと我々は会話はできるのかね」
その緊張をほぐす為だろうか、コウゾウがゆっくりと、落ち着いた口調で話す。
「聞いてみます」
以下、シンジとエヴァの会話。
当然、周りの人間には聞く事ができない。
「で、どうなの?」
『一応、可能だ』
「一応?」
『他の人間と会話するのに最も簡単な方法は、君の脳の制御を少し借りる事だ』
「つまり、うーん、悪い言い方をすれば、「乗っ取る」ってこと?」
『そうだ。だが会話が終了すれば全権は再び君に戻す。あとは君の意思次第だが』
「うーん、まぁ、今更疑ってもどうしようもないし、いいよ」
『了解した』
その瞬間、僕は意識を失った。
長い長い時間が経ったようにも思えるし、一瞬だったような気もする。
意識が戻って最初に目に入ってきたのは、驚愕、の目で僕を見つめる3人だった。
「....父さん?」
「今は、シンジなのか?」
「あ、うん。そうみたい」
「それにしても、やはりあれが始まりだったか....」
冬月さんがよくわからない事を言っている。
「あれ」.....って何だろう?
後でエヴァに、その時何を言ったか、と尋ねたら、昨夜話してくれた内容とほとんど同じらしい。
「御苦労だった。研究室に戻って仕事を続けるように」
父さんがゆっくりとした口調で僕に言う。
「...はい、それでは、失礼します」
一応父親とはいえ、ここの所長なので、退室の時くらいはちゃんとした口調で返す。
しかし....
何かが心に引っ掛かる。
エヴァの話を聞いた父さん達の反応。
その時、僕は確信していた。
父さん達は、確実に何かを知っている。
あ・と・が・き
『−「作る」のではなく、それまで何もなかった湖から恐竜が現れるように、ずっと以前からあって単に見えなかっただけだという風に「設計図」が、頭の中ではなく、現前に、見えるものとして、出現した。その後はマシンになって書いた。』
(村上龍「五分後の世界」あとがきより)
うーん、今回、この言葉が身に染みてます。
最終回までの粗筋が、だいたい完成しました。あとは細かい部分を決めて実際に文章を書くだけなのですが、それにしても展開がスムーズ過ぎます。
「もしかして、俺はこれとまったく同じ話をどこかで読んだのでは?」
と疑うほどです。ううん。
...ま、いいや。とりあえずきちんと書き上げる努力をしたいと思います。
#40万ヒット記念のやつはすでに書きあがりました(爆)
あ、それから...
前回の感想をくれたT橋さん、I藤さん、リョウさん、ありがとうございます。
(ぜんぜん伏せ字になってない...次回からそのまま書いてもいいですか?)
今回執筆時のBGM−CD:「〜 refrain
〜 The songs were inspired by "EVANGELION"」
さんごさんの『或はそれも幸福のカタチ』第4話、公開です。
コミカルノリの
アスカxシンジオチだと思っていたんですが、
いや〜謎めいてきましたね(^^)
EVA。
南極で一時目覚めていたときに何が起こっていたのでしょうか。
ゲンドウ・リツコ。
何を知っているのでしょうか。
アスカ。
ラブラブになるのか(^^;
みさと。
キメることが出来るのか(^^;;;
その他大勢。
セリフ・・・出番はあるのか(^^;;;;;
先の展開を待ちましょう(^^)/
さあ、訪問者の皆さん。
貴方も感想を送ってあとがきで紹介して貰いましょう−